●校内〜廊下で走ってはいけません〜
「待て!」
理恵の声に歌音 テンペスト(
jb5186)が振り返った。
「ああ! こんな所でお姉様に会えるなんて!」
「テンペストさん、そのリス捕まえて!」
我に返った歌音。不敵な笑みを浮かべ待ち構えるが、全力でスルーしていった。しかもこれ以上近づきたくないとでも言わんばかりに、距離を取りながら。
「……あれ? ああっと、足が滑ってうっかりお姉様の服の中に!」
滑ったという割に、ブラウスの裾へにゅるりと潜りこむ。
理恵を押し倒し、ブラウスの中でくんかくんかと匂いを嗅ぎ笑みを浮かべる。
(いいにほい……お姉様のお山が、こんなに身近に! もう少し、もう少しで登頂よ!)
狭い服の中、ずりずりとさらに進もうとした――が。
「いい加減にしなさい」
両拳を挟み込むように打ち付ける。
脳天に激しい衝撃が突き抜けた歌音。目に星が飛び交い、ぶっと鼻血が出る。
服の中がスプラッタとなった理恵は、悲鳴を上げていた。
部室でシャワーを浴び、ジャージに着替えてから、目を覚ました歌音に事情を話す。
「それはなんとうらや――いや、ふしだらなリス! このあたしがお姉様のために、捕まえてあげるわ!」
そう言って水着を着用する。
「これなら入られる心配ないしね!」
だがこの時点で彼女の心情は、何だか自分はエロリスと同類な気がして妙な連帯感を感じている、とは理恵も予想がつかなかった。
こめかみを押さえ眉根を寄せていた理恵が携帯を取り出し、誰かへと電話をかける。
呼び出しの最中、不安そうな顔で廊下に目を向けた。
「とくに被害が無ければいいのだけど……」
校舎の外へこそっと2匹が逃げ出すと、そこには芝生で寝転がっているSilly Lunacy(
jb7348)の姿が。
「あー、絶好のお昼寝日和やわあ……ん? なんやねん?」
目を閉じていたSillyは手の不思議な感触に目を開けると、鼻面を押し当てているニホンリスとエゾシマリスがいた。
「あんたら可愛いなぁ。あ、こら、くすぐったいって!」
腕の上をチョロチョロ走り、服の中へと入っても「あっっはっは」と明るくおおらかに笑うだけで、嫌がる気配も何かに耐える気配も感じさせない。
「しょーがないなー……クッキー食べる? 満腹になったら眠くなるやろ?」
クッキーを与え目を閉じると、やがて大人しくなり服の中で丸くなる。
そして仲良く眠りにつくのであった――
学校へ忘れ物を取りに来ていた深森 木葉(
jb1711)が教室を出ると、廊下の向こうからちょろちょろと走る1匹の影が。
「うわぁ〜リスさんだぁ〜。かわいいなぁ〜……おいでおいでぇ〜。もふもふするのですよぉ〜」
事情を知らない木葉がしゃがみ、おいでおいでと手招きする。すると袴の袖から服の中へと侵入する。
「わぁ、わぁっ服の中はダメなのですよぉ〜。出てきてくださぁ〜いぃ」
パタパタと袖を振るが、時すでに遅し。エゾリスが猛威を振るう!
「うにゃ〜〜〜。くすぐったいのですぅ〜。チクチクするのですぅ〜」
エゾリスの猛攻に耐えきれずペタリと地べたにしゃがみ込むと、下からの出口がなくなったエゾリスは上へ上へと這い上がってくる。
「にゃぁぁぁ〜。ダメですぅぅぅ……」
ビクッと身体を震わせ、着物を乱したまま涙目でぐったりと壁に寄りかかると、ひょっこり胸元から顔を出したエゾリスが鼻を鳴らし、その場を後にするのだった。
「うお、何や今の――そしてこれは何事?」
校内を徘徊中だった梁 香月(
jb5675)は木葉の惨状に眉をひそめていると、ずいぶん大量のドングリを手にした森田結衣(
jb7377)が窓の外を通りがかり、同じく惨状に眉をひそめた。
「あらあら、弟の話は本当だったようだわ。リスが服の中に入ってきて、悪さするって言うケダモノリスって言うのは」
追試を受けているであろう弟を迎えに来たのだが、その弟からそんな連絡を受けていたのだ。
そのためのドングリもちゃんと拾ってある――ただの偶然だが。
「ケダモノリス……間違いはないんやけどな。生物部のどっかからか逃げ出してきたんやろか?」
「どうなんでしょうね。とにかくアレを捕まえてと頼まれましたので、では」
「うん、おおきに。姐さん」
結衣が去った後、香月も動き出すのであった――壁にもたれかかり、ぐったりとした木葉を残して。
「あの、大丈夫ですか?」
図書館からひょっこりと顔をだし、天宮 葉月(
jb7258)が優しい言葉をかけると壁に手を付きながらのろのろと、何とか立ち上がる木葉。言葉はもう出ない。
「何やらひどくお疲れのご様子ですね」
心配そうにしている葉月の横で、リディア・バックフィード(
jb7300)が率直に述べる。
「リスさんに悪戯されただけなのですぅ〜……」
顔を上気させたまま頭を下げ、よろけながらもその場を後にする。
「……リスに手間取るとは、滑稽な状況ですね?」
「微笑ましいような気もするけど、迷惑にあってる人もいるみたいだし……早いところ捕まえちゃおうか」
「この程度の案件、迅速に解決です」
「さすがリーダー」
自信満々なリディアを頼もしそうな目で眺めていると、その足元にこちらをじっと見つめているタイワンリスに気付いた。逃げようとしないリスに近づき、抱き上げようと手を伸ばした。
「おいで、怖くないよ〜」
優しく語りかけながら来るのを待ち構えていると、リスは手に鼻を近づけヒクヒクさせ――腕を駆けのぼり、一直線に服の中へ。
「え? ちょっと、どこ入って……!?」
もふもふが身体を駆け巡り、くすぐったさに悶えながらも慌てて捕まえようとする。だがもちろん、スルリスルリと手はかわされる一方である。
リディアも捕獲を手伝おうと手を伸ばすと、それに合わせたリスが今度はリディアの服の中へ侵入した。しかし一向に動じる気配もなく、服の中で蠢いてるにもかかわらず表情一つ崩さない。
「齧歯類は実験体として扱いに慣れていますし……」
余裕を見せるリディアは「うぅ……リスなんかに良い様に……」と、涙目でへたり込んでいる葉月に手を差し伸べた――瞬間、がばっと自分を抱き込むように両腕で胸を押さえた。
それよりも一瞬早く脱出していたリスの身体には、なにやら黒いレースの物が。
「畜生如きが私の下着をっ! こっ、ころしますっ!」
凄まじい殺気を感じ、リスが開けっ放しの出入り口から廊下へと逃げだした。逃げた直後、戸に薄紫色をした光の矢が突き刺さる。
「捕縛し監禁し治験し解剖し標本にしてやりますからっ!」
追かけるリディアに「それはやりすぎだよっ」と声をかけながらも、後を追うのであった。
友人と共に部室へ向っている途中、礼野 智美(
ja3600)が廊下で咆えた。
「させるか!」
服の裾を狙い友人の足を駆け上り始めたチョウセンシマリスはビクッとして、その場から逃げ出す。
「……許さん、あのエロリスっ」
麦藁帽子を片手にリスを追いかけていく。その背に友人が「怪我させちゃあ駄目よー」と言葉を投げかけていた。
角を曲がると、すでにリスは姿をくらましていた――が、「お? おー……リスだ♪」と誰かの呟きが聞こえ、そちらへ向けて走り出す。
「かわいー……ほら、こっちおいでー」
部活の合間にぶらっと校内を歩いていたフィン・ファルスト(
jb2205)が、剥き身の落花生を掌に乗せてしゃがみ、誘き寄せる。
差し出された餌を躊躇する事無く両手でつかみ、かじりだすリス。そのほっこりした姿に思わず、撫でようとさらに手を伸ばした。 そこでヤツの目の色が変わる。
落花生を全部口に含むとその手をつたって、襟もとへジャンプ!
「あ、こら服の中に入っちゃ……!? ちょ、ホントどこ触って――ダメ、そこ入っちゃダメぇ!?」
声を頼りに智美が着いた時にはすでにリスはおらず、代わりに疲労困憊し、妙に艶っぽくなっているフィンがそこに居た。
「……立てるか?」
手を差し伸べられ立ち上がったフィンは無言のまま赤白の鋼糸を取りだし、廊下を駆け出していた。
「おっしゃあ、準備万端やで!」
全身にヒマワリの種を括り付けた香月が廊下を駆けまわっていると、その意気を汲んでくれたのかタイワンリスが姿を現す。
お互いに獲物を見つけ距離を縮めると、タイワンリスが1mほどジャンプしてきた。
(今やな!)
透過能力を発動させて回避――するつもりが何故か透過できず、服への侵入を許してしまう。
「へへ、透過なんてさせねーよ?」
カメラと阻霊符を片手に、杉田亮が笑みを浮かべていた。味方が、実は敵の味方だったようである。
「ちぇいやー!」
そこへ歌音が香月へ向って、下からじゃんぷあたっく。
「ああ、またうっかり服の中に!」
「いい加減にしときなさい!」
足を掴んで歌音を引っ張り出すと、シャッターを切るのに夢中だった亮へ歌音を投げつける。飛来している歌音の頭部にはリスが乗っており、2人が激突する前にひらりと飛び降りる。
潰れたカエルの様な悲鳴を上げた2人を無視し、理恵が香月に微笑みかけた。
「危ないところだったね。大丈夫?」
手を差し伸べたが香月はその手を取るより先に、魂縛符をリスへと投擲した。
だがそれも虚しく、余裕でかわしたリスは行ってしまうのであった。
「ムッキー! 待ちや!」
もはやリスしか見えていないのか、理恵の手も取らずにすぐ駆け出して行ってしまった――
「この騒動は一体なんだってーの……」
ブレザーに暑くても真っ赤なマフラー、ギィネシアヌ(
ja5565)がさっきから聞こえる悲鳴のようなものに関心を抱き、廊下を歩いていると、正面からチョウセンシマリス、エゾリス、タイワンリスの3匹が。
「ってリス?」
「待て、エロリス!」
「畜生風情が!」
「待ちや!」
誰かが追いかけているのだなと、軽い気持ちでリスの前に立ちはだかる。恰好の的だ。
リスは裾から、襟から、袖からと侵入し駆け抜ける。
「あっ……そんなの、だめ!」
普段の態度からは想像もつかないような可愛らしい声をあげ、膝をついてしまう。追われているリス達は長居せずに即離脱、息を荒くし床に手を付いたギィネシアヌの横を通り過ぎていく怒りの集団。
「あの、大丈夫ですか?」
葉月だけが声をかけると、目を閉じたまますっくと立ち上がり――その顔、修羅と成り果てる。
「待ちやがれだぜ!」
こうして、被害者同盟が増えていく。
その様子を戸の陰から覗いていたゲルダ グリューニング(
jb7318)は「エゾリス……可愛いです」と、フラフラ後を追いかけるのであった。
1人で歩いている東城 夜刀彦(
ja6047)が、ばっと振り返る。
するとちょうど、3匹のリスが十字路で3手に分かれるのを目撃。殺気立った被害者同盟も3手に分かれた。
「うわぁ……栗鼠がいっぱい……! 頬ずりしたいな!」
目を輝かせ、赤白の鋼糸を器用にかわし、瞬間的に距離を詰めた智美の手からも逃れるチョウセンシマリスに向かって行く。
気をつけてとかそんな言葉を投げかけられたのかもしれないが、すでに夜刀彦はリスの事で一杯であった。3つのフェイントを織り交ぜ手で捕まえようとしたが、寸でのところでかわされる。
袖に入り込むリスは脇腹へと一直線に駆け巡る。
「あははあははは!?」
腕を駆け抜ける際はなんともなかった夜刀彦だったが、脇腹はかなり弱いらしく、すぐに笑い崩れ呼吸困難に陥り、床にくったり色っぽく横たわる。
凛々しい表情のリスが裾から顔をのぞかせ、去ろうとする――が、動かないと思っていたはずの夜刀彦の手が上から覆いかぶさり、初めてリスが捕えられた。一念とは恐ろしいモノである。
ぜーはーと息を切らせながら身を起こした夜刀彦が、リスに念願の頬ずりを。
「ふわふわだ! 可愛いなぁ! ちっちゃくてふわふわで手もちまっとしてるなんて、最高だよね!」
リスにメロメロの夜刀彦が「かわいー」を連呼していると、智美もフィンも毒気を抜かれてしまう。
「よーし、うちの子になるといい。餌はハムスターフードでいいのかな?」
「ししょー、いちごオレ」
「はいはい、ご褒美ですね」
中等部の制服に身を包んだ神雷(
jb6374)が、いちごオレを柘榴姫(
jb7286)へ渡す。
しかしそこへ黒レース装着のタイワンリスが足を登り、ボタンの間から無理やり中へと入っていく。
「あ……ふっ……うぅ……」
床に横たわり声を噛み殺し、涙目で恥辱に耐える様を、柘榴姫はいちごオレを飲みながら眺めていた。
「いちごオレおいしーわ」
スカートがずれ上がり黒レースの下着がチラチラと見え隠れし、ブラウスのボタンは大半が跳び、神雷のこれ以上ないのではというくらいはだけた制服からリスが飛び出す。
そして柘榴姫に張り付き侵入を開始。
その時うっかりいちごオレを握ってしまい、ストローから噴出したいちごオレが神雷に降りかかった。
「ししょー、おいしそうだわ」
リスが服の中でもぞもぞしているが全く気にかけず、神雷に張り付いて柔肌にかかったいちごオレをペロペロと舐めだす。
「やめなさ……あぅ……」
身をよじり抵抗を試みるが、細く鋭い鋼糸で手足を縛りあげ、柘榴姫は容赦なく全身にかかってしまったいちごオレを隅々まで、余すところなく舐めきってみせた。
解放された神雷が顔を赤くし、ずれた眼鏡をかけ直して衣服を整える正座すると、床を叩いて柘榴姫にも正座を促す。
「往来の場で何をやってるんですか! 女性として恥じらいを持ちなさい!」
短い説教の後、ハンカチで柘榴姫の顔を優しく拭いてあげると、横を通り過ぎていくリディア達。
「あそこですね! ハヅキさん!」
「了解!」
リディアが再び光の矢をリスの前方へと射ち、葉月が光を纏ったアックスを2度振り下ろすと、左右の地面がえぐられる。さすがのリスもそれには驚き、硬直した。
「さっきのお返しだよ♪」
硬直して動かなくなったリスを捕まえ抱き上げると、尻尾を存分ににぎにぎとモフる。
さんざんモフり倒して満足した葉月がいい笑顔でいると、リディアがその手からリスと下着をもぎ取ると、やっといつもの冷静さを取り戻す。
(動物は畜生に過ぎません。迅速にリスを捕縛して事件を解決です――)
「そう思っていた時期が私にもありました……」
「え、なんですか?」
「なんでもありません。さ、戻って本の続きといきましょう。新たに調べる事も出来ましたし」
(この新しい研究対象のね)
がっちりとリスを掴み、ほくそ笑むリディアであった――
「待て待て待て―!」
「大丈夫、怖くない」
リスの進行方向でしゃがんだゲルダが優しい声をかける――が、その横をリスが完全スルーしていった。今はそんな場合ではない、そう本能でわかっているのだろう。
ボッチでスルー耐性の付いていたゲルダはめげずに、あとを追いかける。
「ちっ、ラチがあかねーな。アンパンで誘えねーか」
「この時期のリスは食欲の権化……入れ食い間違いなしです」
そんな事を自信満々に言いきったゲルダ。3人が足を止め、ほんの少しだけ会議を開く。
そしてその結果、道端にはちぎられたアンパンが転々と。そして近くの準備室の中には豆がまかれていた。
息を殺し身を潜める事数分、戻ってきたエゾリスがアンパンに釣られ、むざむざ準備室へとふみこんでしまう。しょせんは畜生。
ぴしゃっと香月が戸を閉め、ゲルダが「どんどんしまっちゃうよー」と障害物を移動させるとゲルダの足元を通り抜けようとする。
「汚い英雄に対するは……美しき怪物――クリムゾンアーツクーロンモード!」
蛇の頭を持つ尾が8本、ギィネシアヌから生えたかと思うと、あたかもリスの逃げる先を見据えたかのような動きで手を伸ばす。ヒラリと左手はかわしたものの、かわした先に本命である右手が待ち構えていた。
「おっし、捕まえたぜ! さてどうしてくれっかな」
「私がこの子を、飼いたいのです」
頑なな意思を感じ取り、怒りが徐々に治まりつつあるギィネシアヌが肩をすくめ、ゲルダにリスを渡すと受け取ったゲルダは嬉しそうに頬ずりしながら「今日から友達だね」と、リスに語りかけていた――
校内が騒がしくなっている、練習中の五十鈴 響(
ja6602)がそれに気がついて手を止めた。
「もう外に逃げてる!?」
理恵の声がここまで木霊し、気になった響は校舎へ見に行こうとする。
すると寝転がっているSillyのボタンの間から、ふさふさの尻尾が溢れていた。
「……あのふさふさは、リス!? それに何か……」
響の声に反応したのか、もぞもぞと蠢きリスが襟から顔をのぞかせる。
「襟の所から顔出したりしてかわいい♪」
だがそこにヒリュウを連れた歌音がヒリュウをけしかけ、ゴミ袋を寝ているSillyに被せる――だがヒリュウが近寄った段階でリスは逃げ出し、ゴミ袋をいきなり被せられたSillyは寝ぼけたまま拳で振り払うと、歌音の顔面にヒット。その場で転げまわっているのであった。
「私もリスさんと遊びたいな」
そしてリスを追いかける。彼女が被害にあったかどうか――それは定かではない。
芝生に座りながら胡桃を指ではじいた、犬乃 さんぽ(
ja1272)。胡桃は放物線を描き口へ、とはいかなかった。空中でリスが見事なキャッチングを披露。
さんぽの開いた口が塞がらなかった隙に、袋ごと胡桃を持っていかれた。
「あ、コラー!」
木に登っていくリスを追いかけ、普通に走るような感覚で木に登って追いかける。それにリスが驚き、身近な木にジャンプで飛び移るが、さんぽも負けじと身体が水平のままジャンプしてリスを追いかける。
「待てー、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!」
追われているうちに胡桃の袋は落としたようだが、1粒の恨みなのか、はたまた熱くなってて気づいていないのか、追跡を止めるそぶりはない。
「今日はまた騒がしいような……気のせいかな?」
街から戻ってきたシャルロット・ムスペルヘイム(
jb0623)が首を傾げていると、木から降りてきた2匹のリスが向かってくる。もちろんさんぽも。
「おや、なぜこんなところに?」
そんな疑問を抱いた直後、先頭を走るリスが裾から潜りこむようにジャンプしシャルロットの身体を這い回った。突然の出来事に「お、おおおおお!?」と戸惑い、紙袋を落してしまう。
それをなぜかもう1匹が咥え、全力で逃走。
「待て、それは君達には必要ないだろう!」
「そこだぁ!」
さんぽがシャルロットの身体を這い回っているリスを狙って手を伸ばすと、その手は完璧なほど真正面からシャルロットの胸にタッチしていた。
少し、気まずい空気。
「……あー、貧相な体でごめんね」
「わわわっ、ボクこそゴメン!」
慌ててひっこめたさんぽの手に、リスがちょこんと乗っかっていた。この動揺を利用し、散歩の服の中へと潜りこむ!
「って……はわわ、そんなとこ入っちゃ駄目だもん」
真っ赤になりながら服をパタパタと扇ぎ追い出そうとすると、リスはあっさりと出てきて2人から距離を置くと、振り返って散歩の顔をじっと見る。どことなく、残念そうだ。
「……あのリス、なんか残念そうな顔してる……ボク男だもん、間違える方が悪いんだもん」
頬を膨らませ追かけようとしたさんぽだが、背後から「おや、胡桃だ。くれるのか?」と、気になる言葉を聞き足を止める。
シャルロットも目を細め、じっと見ていた。
「こっちの袋は――下着だなぁ。かなり控えめなサイズの」
杉田亮が拾い上げる。彼の肩に何故かリスがちょこんと座っていた。
2人が無言で亮に近寄ると、リスは危険を察知し即離脱。亮が口を開く前に、ハードカバーの聖書が頬にめり込んでいた。
崩れ落ちる亮の手から袋を取り戻すと、ビシッと聖書を向ける。
「ボクみたいなのが欲しいなんて随分変わった人だね!」
誤解だけど、死人に口はない。物言わなくなった亮に手を合わせたさんぽも胡桃の袋を取り戻し、去ろうかとしたところでシャルロットがガクッと地面に四肢をつけ、崩れ落ちていた。
袋からはみ出た下着。2つ支えるためのモノが、1つしか支えれないモノ2個へと生まれ変わっていたのだ。
あまりにも気の毒すぎて、さんぽはかける言葉も分からず、そっと肩に手を置くのであった。
校外の歩道を歩いていた雫(
ja1894)の前に、逃げたリスが出現。
「可愛い……」
そう雫が呟き買い物袋を地面に下ろすと、しゃがんで何かを拾い、目の前のニホンリスに向けていた。松ぼっくりだ。
どちらに興味を惹かれたのかわからないが、リスはゆっくり近づく。
(味は美味しいらしいですね……)
雫のただならぬ気配を敏感に感じ取ったリスは踵を返し、手を出す事もせず一目散に逃げて行ったのだった。
リス、初めての不戦敗――だが事情も知らない雫は、残念そうにリスを見送る。
「はぁ〜、予想通りですけどね」
校庭撒かれたドングリ。それを夢中で頬張るエゾシマリスへゆっくり近づいていく結衣だが、その背後からニホンリスの侵入を許してしまう。
「イヤだわなにするの」
モジモジと色っぽく身をくねらせていた結衣だが、一向に出てくる気配のないリスに業を煮やし「あらあらうふふ」と、黒い笑みを浮かべた時にはすでに目と髪が銀色に変化していた。
「いい加減にしろよエロリス共……!」
気迫が通じたのか、一目散に2匹とも逃げて行ってしまった。
残された結衣は「あらやだ、言葉が……」と口を押えながら、いつもの黒髪へと戻る。
「どったのぉ?」
「どうか、したのかなぁ」
「あれ、今2匹いたなぁ……」
ぶらりと木陰から姿を現した幽樂 來鬼(
ja7445)とエルレーン・バルハザード(
ja0889)、それに氷野宮 終夜(
jb4748)が、落ち着きを取り戻した結衣からリスの事を聞き目を丸くさせた。
顔を引きつらせ「そんなリスいるの? ……逃げたいわぁうち」と言う來鬼。「ぬぬっ! えっちなりすさんとか…悪いなぁ悪いなぁ!」と沸き立つ正義が押さえられないエルレーン。
「なんか聞いてた時より増えてる? 仕方ない、手伝う気できたんだし、どうにかしよう」
そんな來鬼と終夜の頭上から、何かが降ってきた。逃げたと思っていたリスだ。
2人に張りついたリスは襟から服の中への侵入を試みると、尻尾が耳をくすぐる。
「え!? ちょ!? やめ……ひゃぅ!」
「あ、こら、ゃ、駄目……っ……」
弱いところをつかれた來鬼はへたり込んでもがいているとすぐにリスは出てきて去っていく。長居は危険とわかっていたのだろう。
膝をついた終夜は服の上からおさえこもうとするが、身体中を駆け巡る速さについていけない。だがこちらもすぐに離脱した。
離脱の瞬間、終夜が常人には目にも止まらぬ速さの鋭い突きを放つが、空を切る。
へたりこんでいた來鬼はゆらりと立ち上がり「あのエロリス!」と、全力で追いかける。終夜は落ち着いたもので、膝の埃を払い落してから追かけるのであった。
「よーし、死なばもろともっ」
(ふふーん、服に入ったところをそのままゲットだぜっ、だよっ!)
エルレーンもその場を後にすると、残された結衣は「……そろそろ弟を迎えに行かなきゃね」と、当初の目的を優先して戦線から離脱してしまう。
(久しぶりのプリン)
ソーニャ(
jb2649)がランチのデザートとして、プリンを皿に乗せプルプルと震わせていた。
その手にリスがぶつかり、皿からこぼれ落ちたプリン――無残な姿へと変貌。表情こそ変化はないが、ぎゅんと頭を向けリスに狙いを定め駆け出す。
「るん、るん、るん♪ 今日はデート、デートー♪
危険区域をスキップで歩いているRehni Nam(
ja5283)の前をエゾシマリスが横切る。
「……あれ? リスさん? 向こうでは珍しくないですけど、こっち来てからは初めてかもー?」
出会ってしまうと人は皆、しゃがんで「おいでー」とやってしまう。普通ならば逃げると分かっているのだが、もちろんこのリスに限り、寄ってくる。
「あら、随分人懐っこい子ですねー……って、きゃっこ、こら――ななな、何をするのですーっ!?」
もうお分かりだろうが、彼女もまた被害に遭う。
「ふしゃーっ! 離れなさい、このエロリス!」
気迫勝ちか、素直に離れるリス。つぶらな瞳をキッと睨みつけた。
「ふふふ、いい度胸です……天魔じゃないとか、関係ないのです。今、ここで禍根を断ちます……!」
手を掲げると、無数の星が生み出される。
「全力全開、コメットぉーっ!!」
幾多の彗星がリスを襲うのだが、標的が小さすぎてまったく当たらない。それどころか土煙で視界が悪くなってしまった。
「くっ、逃がすか、生命探知ー!」
しかし、察知できたのは走っているソーニャと襟と裾をがっちり押さえたエルレーンくらいであった。
探知できずに諦めたRehniはえぐえぐと悔し涙を浮かべ、どこかへと行ってしまう――そしてエルレーンが即座に建物の陰へ。服がもぞもぞと蠢いている。
「やーん、えっちぃ……なのっ」
先ほどの終夜の失敗を踏まえ、出口をしっかりと抑え込むエルレーン。その正面、建物をすり抜け「つーかまえた」とソーニャがエルレーンに抱きついた。
正確には、リスを身体で挟み込んだのだ。だが身長差もあるため、リスはもがいてエルレーンのお腹から上へと逃げ出すと、ちょうど胸の位置へ。
それを狙い、ソーニャはエルレーンの胸で挟み込もうと両手を振りかぶり――パンと胸の前で手を叩く。
「……ボクのでも無理だったけど、ゴメン。君のでも無理だったね。挟めない」
無情な言葉にエルレーンが凍りつく。
力が緩んだ隙にこっそり逃げ出したのに気付かず、ソーニャは遠慮なしにまさぐってリスを捜すのであった――
「……んぅ……」
ベンチで昼寝をしていた雪室 チルル(
ja0220)の帽子が、もぞもぞと蠢いている。
『いたー!』
來鬼と歌音が帽子の中にいるリスに気付き、2人して帽子へ手を伸ばす――と、そこでチルルが目を覚ます。
声で起こされ、寝起き直後で頭が重く、頭がなんかもさもさする。なによりも、大切な帽子に手をかけている。もはや怒り心頭するには十分すぎた。
「あんたらなんのあのさ! キシャー!」
昼寝をする前まで訓練をしていたので、チルルはヒヒイロカネを取り出すとツヴァイハンダーFEを具現化させる。
「おわわわわわ、こらあかん、撤退や!」
命のが惜しい來鬼は逃げ出すが、色々と壊れ気味な歌音だけはその場に止まり蟷螂の構えをとって応戦する。
「激おこ! もー!」
大剣が次々と繰り出され地面を抉り取り、回避し損ねた歌音の脳天へ――だがそれを、はっしとまさかの白羽取りで止めた――ところで後頭部をバットで叩かれ、昏倒する。
「あー……ゴメン、お騒がせしました」
理恵が謝り、またも足を掴んで退場。
やっと静かになったなと、チルルは再びベンチで横になるのであった。むろん、リスはとうの昔に逃げ出していた。
「れふにーちゃん遅いなぁ。大丈夫かな、緊急依頼でも入ったかな?」
学校で待ち合わせをしていた亀山 淳紅(
ja2261)が時計を見、そして校舎を見る。
「……にしても、何か今日はいつもより騒がしいような?」
そんな目の前に、Rehniをいいように汚したエゾシマリスがシュタっと校舎から降りてきた。
ぱぁぁっと目を輝かせる淳紅。
「……! リス! リスやっ。すっごー野生のリスとか初めてみた! ふおお!」
興奮しながら、慌てて自分の身体をまさぐる。
「餌! なんか餌ないかなー!」
すでに彼女を餌食にしたリスの餌を探していると、敵意はなく好意しかないと判断したリスがちょろちょろと淳紅の服の中へ潜りこんできた。安全地帯、そう捉えたのかもしれない。
「あははは、くっ、くすぐったい! もーなんやの可愛いなー。おし、一曲歌ったろか」
芝生に座って校舎に背を預けると、淳紅は歌いだす。するとたちまち霧がたちこめて、淳紅はリスと共に深い眠りへと落ちる。
それから少しして、誰かに抱きつかれて目を覚ました。
「えうぅー、ジュンちゃんー……私汚されちゃったのですよぅ……」
Rehniに泣きつかれた淳紅はオロオロとし「へ? ど、どしたん。汚れた? 依頼で戦闘でも……?」と事情を求めると、縞の入ったリスの事を聞かされた。
「それって――こいつちゃうん?」
服の中で眠っていたリスをつまんで見せる。
「そいつなのです!」
「へぇ……」
目を覚ましたリスが淳紅の手をかじったりともがくが、全く、微動だにしない。
そのうちにリスを自分の顔に向け、鼻面を指ではじく。淳紅のその口は笑っているが、目からはハイライトが消えている。
「人の彼女にな?」
ピシッともう1回。
「手をだすとな?」
さらにもう1回。
「こういうことになるんやで?」
カクンと首を傾けると、意思が通じたのかエゾシマリスは完全に大人しくなってしまった。
「こいつには自分がちゃんと躾とくから、れふにーちゃんは元気出してや?」
それでもなく事を止めないRehni。意を決した淳紅が口をゆっくり開いた。
「あー……大丈夫やって。その、れふにーちゃんは――キレイやから」
その途端、胸に顔をうずめていたRehniは耳を赤くし、ギュッと淳紅のシャツを握りしめ「ありがとう、ジュンちゃん」と、か細い声で感謝を伝えるのであった――
●残りの1匹は
「エロリス、か」
教師へ質問しに来たという事にしてやって来た若林雅がメールを読み、スマホから目の前のニホンリスへと視線を向けた。
しゃがみ、おもむろに手を差し出す。
獲物だヒャッハーという勢いでリスが袖口に潜りこんだところで、袖口に仕込んでいたビニール袋の口をきゅっと縛る。そして小さなケージの中へ放り込む。
「捕獲、完了……まったく、罠を仕込めばいいだけなのにずいぶん派手にやったものだなぁ」
えぐれた地面にやれやれと頭を振り、雅は部室へと向かうのであった――
このエロリスども! 終