(映画のチケットを配布してくれるなんて、やっぱり人間は優しいですね)
勘違いしている、神雷(
jb6374)。でもみんな、そんなものだ。
2枚手に入れたエルリック・リバーフィルド(
ja0112)は、橋場 アトリアーナ(
ja1403)の顔を思い浮かべていた。
(確かアトリは猫が好きと言っていたで御座るな……お誘いしてみるで御座るかな)
「なるほど……うむ、手段を択ばないその心意気やよし☆」
(まぁ、なるようにしかならないと思うけどねぇ♪ 折角だしちょっと関係者の運試し、だねぇ)
今回の趣旨は理解すれども、さほど協力的でもないジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)。
ただ、亀山 淳紅(
ja2261)やラグナ・グラウシード(
ja3538)あたり、それこそ我が使命と燃えていた。
「ほう、リア充をつぶす? よかろう! 私の力を見せてやるッ!」
カサっと懐から音が聞こえたりするラグナ。
(久々やな……元クリスマスしっと団の血が騒ぐわ……!)
「顔なんて隠さへん。恨みも全て引き受けたろやないか。引き受けた上で正々堂々全力で邪魔したるからな!」
高らかに宣言し、部室を後にするのであった。
「まあ、かまいませんが……アレ着ていくか。姿隠せるし」
趣旨は理解しつつも乗り気ではないリオン・H・エアハルト(
jb5611)は、実家から持ってきたある物を思い浮かべ、急ぎ足で帰路につく。
集まっていた者はもうすでに映画館へと向かっており、部室に残っているのは美具 フランカー 29世(
jb3882)だけであった。美具の前にチケットを差し出すが、ぐいっと返される。
「そんな施しなど、いらん。よいか、雅殿――失恋も絶望も自ら体得しなければ成長などない。大事だからというて、全ての負の感情を取り除いてしまっては決して理恵殿のためにはならん」
「脈が微塵もないなら、とっとと諦めさせる方がよくはないか。美具フランカー先輩」
頭を振る美具。
「狂おしいまでに絶望し、脈無と自ら思い知らない限り納得もせんし一歩たりとも進めまい。獅子は――を紐解くまでもなく、転ばぬ先の杖など理恵殿は決し喜ばんじゃろう。そもそも、もう子供でもあるまいしの」
戸に手をかけたところで美具は背を向けたまま、伝えた。
「今回、美具は理恵殿の味方になるつもりじゃ。せいぜい気張って邪魔するんじゃな」
そして部室を後にする。残された雅はしばし沈黙の後、携帯を取り出すのであった。。
(気が進まないな〜。ぶっちゃけ、なるようになんじゃね? って正直思ったり……まぁやるだけやっちゃいますか☆)
「良い働きしたら、雅先輩にご褒美要求しよっかな〜♪」
そんな事を映画館の前で漏らしている藤井 雪彦(
jb4731)。
「さ〜ってターゲットが来るまで時間潰しでもっと……おっ可愛い」
雪彦が目を止めたのは沙 月子(
ja1773)である。
「……待ち合わせかな〜。とりあえず声かけて〜あっ今は依頼中……うん、アドレスだけ聞いとこ♪」
自制が少しだけ働き、いつもより1歩出遅れ先に誰かが月子に声をかけたので、踵を返し、別の女性に狙いを定めたりする。
「沙さん〜お待たせいたしました〜」
眼鏡をかけ、黒髪おさげにリボンが特徴的な長身の男性が、手を振りながら月子に声をかけた。月子はじろじろと不審者に目を向けていると、男性がポンと手を打った。
「私です〜。カーディスですよ〜」
と、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)が名乗ると、月子は目を丸くさせ「はいぃぃ!?」と驚愕していた。
無理もない。状況によりけりとは言え、普段は猫の着ぐるみを着てばかりいる彼だ。素顔を知らなかったり忘れていたりしても、仕方ないだろう。
「酷いです〜。それはともかく、今日はどうぞよろしくお願い致します、同士!」
「こちらこそ、よろしくお願いします、同士ッ!」
がっしと、手を繋いだというよりは手を組んだ2人の姿はカップルのようにも見えるが、そんなものは仮の姿。本当の姿は白猫ピンズのための、エセップルだった。
2人は手を繋いだまま入場しようとし、ずいぶん低い自動ドアのフレームにでカーディスは頭を打ち付け、うずくまるのであった。
その横をすいすい通り抜けていく、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)と山科 珠洲(
jb6166)。森田良助(
ja9460)と神雷、高虎 寧(
ja0416)と淳紅も、それぞれペアになって入場する。
チケットを渡して白猫ピンズをその場で受け取ると、シアターの向かう者、売店に向う者など、どうやら前もってピンズのためにペアを組む手筈だったようだ。
そしてここにも、それに近いペアが――今回のメインターゲット、中本光平と黒松理恵(jz0209)である。光平がピンズを受け取ると、その後ろ、見本のピンズを眺めていたジェラルドが2人に聞こえるよう、わざと大きな声で独り言を呟いた。
「ん、可愛いけど……これを貰う為に2人で来たのか、それとも2人で来るのが目的だったのか……これが大事だよねぇ」
問いかけるような独り言が耳に届いたのだろう。理恵が光平から自分の分のピンズを受け取る時、思い切ってそれを確認してみた。
「コー平。これが欲しくて、私を誘ったのかな」
「まあそうかも。でもこうして誘おうって思える相手って、黒松か若林くらいだからな」
(雅と同列なんだ……)
その事実にはさすがに堪え、肩をがっくりと落としてしまう。
(なるほど……彼女の前途がこれで見えたな)
少しだけ同情にも似た憐みの目を向けるジェラルド。
しかし理恵は大きく深呼吸し、顔をあげた時にはいつもの強い意志を取り戻していた。これくらいで折れるほど、ヤワな恋心ではないのだ。
(そこで折れてくれれば、まだ俺にも――)
「じゃないな。何を考えてるんだ、俺は」
自省し頭を振った城里 千里(
jb6410)の顔を、城里 万里(
jb6411)が不思議そうに覗き込んだ。
「何を考えたんですの? お兄様」
憮然とした表情で「お前には関係ない事だ」と、万里の鼻面を指ではじく。
「にゃっ!?」
「いいから、行くぞ」
ピンズを受け取り、売店の理恵達に見つからぬようシアターへ向かった。
「待ってよ、お兄様ー!」
入り口付近でたたずみ、次々に渡されていくピンズを物欲しそうな目で見ていた蓮城 真緋呂(
jb6120)。
すると意気揚々と1人で歩いているラグナに目を止め、何か閃いたのかにっこり笑みを作ると、いきなりラグナの腕を取った。
「よかったら、一緒に入りましょう」
(名前知らないけど)
突如腕を取られたラグナは泡を食い、己の腕に感じる柔らかな感触と女性特有の甘い匂いで完全に言葉を失っていた。
(まさか、これは……私にも春が!?)
春の気配に混乱しながら、ふわっふわな足取りのラグナは真緋呂に引かれるまま一緒に入場しピンズを受け取ったが、彼の幸せはそこまでであった。
ピンズを手に入れた真緋呂は「わー」と喜ぶと、パッと腕から離れ、まるっきり悪意など感じさせない笑顔をラグナに向ける。
「それじゃ、私は売店行くんで。一緒に入ってくれてありがとう!」
手をフリフリさせると、ラグナを残して売店へ向かって歩く。
呆然とするラグナ。深く傷ついた彼は、人目もはばからずガクーっと膝を落し床に手を付いて、それっきり動かなくなってしまった。
あまりにも気の毒すぎて、もぎりをしていた白猫着ぐるみの係員は彼をそっとしておくのであった――
上映時間が近づいてくると人も増え始め、映画館内部は人であふれかえっていた。
人の多い所が苦手な浪風 威鈴(
ja8371)の手を、浪風 悠人(
ja3452)がしっかりと握り、かき分けて進んでいく。手を引かれながらも、威鈴は珍しそうにちらちらと周囲に目を配っていた。
「映画……館……はじめて」
「そうだったっけ? でもたまには屋内でのデートもいいかな――ああ、ピンズは威鈴の好きな方もらっていいからね」
映画を見に来ただけのつもりだが、今回の依頼が依頼だけに、多少なりとも周囲を警戒している悠人がかばう様にエスコートしていると、威鈴は嬉しそう悠人に身を任せている。
「いらっしゃいませぇ」
少し赤面しながらも、売店の売り子をしている月乃宮 恋音(
jb1221)。人見知りで人と話す事が苦手ではあるが、店員として実に真面目で、しっかりとしていた。
そしてなぜか売店のラインナップが、さらに充実していたりする。映画に合わせた白猫の飾りやポップで飾り付けられた、猫のクッキーやらチョコなど、ひとつひとつ形も違い、しかもかなり猫の可愛さを前面に押し出した手作り感丸出しの物が並んでいた。
これらすべてが、恋音による手作りである。今回のためにわざわざ作ってきたのだ。
残念ながら時間が少し足りなくてやや少数販売にはなっているが、それでもかなりの充実ぶりである。
「色々あるで御座るなぁ」
「映画といえば、ポップコーンですの」
アトリアーナが即決でポップコーンを頼むと、エルリックは甘栗を頼む。
言葉が耳に届いたのか、エイルズもうんうんと頷いてポップコーンとコーラを大量に買い込む。同じく、ポップコーンを指さしているフランツィスカ=K=レンギン(
jb6455)。
「私はキャラメルポップコーンが良いです……」
「同じもので構いません」
一緒にいる一月=K=レンギン(
jb6849)はすでに5回は熟読したはずのパンフレットから目を離さず、答える。息抜きにと姉とともに訪れた、生まれて初めての映画鑑賞。クールを装いながらも、相当浮かれている。
ポップコーン片手に、パンフレットからなかなか目を離さない一月の手を引いてフランツィスカは楽しそうに微笑んだ。
「早く行きましょう……? 折角ですし……2人で良い席を……」
「……はい、そうですね」
楽しそうにしている大好きな義姉に笑顔を返すと、今のこの時間を大切にするようその手をしっかり握って、シアターへと向かう。「面白い形のお菓子ですねぇ」
ワンピースを着た神雷が、恋音の手作りお菓子をまじまじと眺めていると、そのすぐ横でもがっつりそれに食いつく様に見入っている男性がいた。
「コー平……時間来ちゃうよ」
「待って、もう少し吟味を」
そう、これは光平の目を惹く事を目的で作られた代物だった。
(……本当にうまくいく方々でしたら、これくらいは大丈夫なはずなのですよぉ……)
恋にトラブルはツキモノ、これは本当の恋を勝ち取るための試練なのだ。
だが試練上等!
ざっと、残っていた全てをかき集めた理恵は、それを恋音へ叩きつける様に突き出した。
「これ、全部お願いします!」
鬼気迫る理恵に、恋音は営業スマイルとちょっと違った笑みを浮かべる。
「お買い上げ、ありがとうございます」
全てを買い集めた理恵が袋をひっさげて振り返ると、ドスンと青い髪の少女にぶつかってしまった。偶然ぶつかるには、ずいぶん難しい位置だった気もするのだが。
散らばる小銭と、ポップコーン。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
手を差し出すと、床に手を付いていた歌音 テンペスト(
jb5186)が顔をあげると、目を輝かせる。
「あんっ……理恵と目が合った瞬間、歌音の心にビリリと電流が走った。歌音は許されない恋に落ちてしまったのだった」
自らの心情を実況する歌音に少しだけたじろいだりもしたが、理恵が助け起こすと、小銭を拾い集めた光平が歌音に手渡す。だが歌音の目に、光平などまるっきり映ってなどいない。
「これで新しいポップコーン買ってね。それと、これ。お詫び」
今しがた買ったクッキーを1袋渡すと、歌音の手にあるクッキーを残念そうな目で見ている光平の背中を押して、シアターへと消えていった。
歌音は獲物を前にお預けを食らった狼のような顔で、その後を付いて行くのであった
(うん、ここからなら映画鑑賞中のバカップルの姿がよく見えるな)
最前列の一番奥を陣取り、後ろのシートへ目を向けているカルセドニー(
jb7009)。目的は映画鑑賞――ではない。見るべきものはカップル、ただそれだけだ。
そして今、カップルになろうと必死でもがいているターゲットの姿を確認する。
「恋する乙女か……実に観察に値するな」
数百年単位想い続けてきた片想いの相手を思い浮かべ、感慨深げに頷く。
隣同士で座っているのは、エルリックとアトリアーナ。エルリックがパンフレットを見ながらも、チラチラとアトリアーナの顔をうかがっている。
月子とカーディス。パンフレットを見ながら「うちのまろに似てるぅぅぅぅ」とか「うちの夜さんを白くしたらあんな感じに……」と、どう考えても恋人の雰囲気ではない。
悠人と威鈴。悠人は常に警戒しつつも、威鈴が楽しそうにしているのを見て微笑んでいた。
千里と万里。千里が理恵を目で追い、万里はその千里の顔を眺めている。雰囲気から兄妹だとわかる。
一月とフランツィスカ。どちらも女性だが、雰囲気はカップルのそれと非常に酷似している。
1人で座っているのは大量のポップコーンで両隣を陣取り、すでに動く気が全くないエイルズレトラと、その前の席でパンフレット見て「『シロがいた夏』……これって本当にアクション映画なんですか?」と、ここまで来てとぼけた事を言いきっている神雷などである。
「ああ、やはり涼しいですね。寝るにはうってつけです」
そんな暗くもなっていないうちからはっきりと寝ることを宣言し、通路をうろうろとしていた寧は前列の端、その通路で横になると目を閉じ、スッと完全に気配を断ってみせる。
「寧は環境問わず寝れるので、お休みなさい……」
寧が完全に夢の世界に旅立っている間、理恵がまた誰かとぶつかる。
「あ、ごめんな……さい?」
「いえ、大丈夫です」
くぐもった声で返す、T字スリットのフルフェイスヘルメットに装甲服のトルーパー姿の人物。別の映画の登場人物のコスプレであった。
だが、それよりも理恵が気にかかったのはその人の持つ雰囲気と、くぐもった声に覚えがあるような気がするからだ。
「えっと……顔見知りだったり、しませんか?」
「いいえ、コマンダー。初対面です」
そう返されてはまさかメットをはぎ取るわけにもいかず、釈然としないまま理恵は席探しに戻る。
「……オーダーを実行しますか」
メットの側頭部に搭載されているデジカメの調子を調べるために1枚撮る、コスプレ男――リオンであったとさ。
理恵が少し足を止めていた隙に、光平はさっさと席に座っていた。その後ろには珠洲の姿。
だが幸いにもというか、まだ両隣の席は空いている。
理恵が隣を陣取ろうと1歩踏み出すと、誰かが息を切らせシアターに飛びこんできた。
「っぶね!!」
依頼をすっかり忘れ、ナンパにいそしんでいた雪彦だった。
(邪魔っつてもな〜……普通、デート中に知り合いに会ったら、2人きりになりたい子は邪魔だと思うよねぇ?)
どうしようか迷っている間に理恵が光平の隣に座ろうとして、それよりも早く2人の間を割って入った歌音。理恵の手を取り、潤んだ眼差しを向ける。
「お姉様……あたし変しました。いや、恋しました。隣に座って宜しいですか?」
すでに座席の上で膝立ちしてしているのだが。
「あっれ? おひさぁ♪ 何々? デート? うらやま〜」
光平の反対の席に雪彦がちゃっかり、何食わぬ顔で座っていたりする。もはや諦めるしかない。
「ああ、うん。どうぞ」
大量のお菓子を抱えたまま大人しく歌音の隣に座ると、そのすぐ横を同じように大量のお菓子と飲み物を抱えた真緋呂が陣取ってしまう。
これでは光平に動いてもらう事すら、かなわない。がっくり、うなだれるしかなかった。
「何やってるんだあいつは……」
「お兄様、前の席が空いてますよ?」
「映画でも何でも、俺は一番後ろから見るって決めてるんだよ」
そう言いつつ、顔は正面を見ているが視線の先にはずっと理恵がいた。そんな兄の心中を察して、手を開いて差し出す。
「万里何か食べ物とか買ってくるー。はい、お財布頂戴」
いつもなら自分で自分の分を買ってこいなど言いそうなものだが、今日に限り素直に財布を差し出す千里。意外と、気持ちに余裕がないのかもしれない。
「ポップコーンポップコーン♪」
財布を受け取り歌いながら陽気に出陣――クルリと振り返り「万里を褒めてもいいのよ?」と気を使った自分をアピールする。
「いいからさっさと行って来い」
視線を微動だにさせず、しっしと手で払う仕草をする。その肩に、もふっとした手が置かれる。
ゆっくり振り返ると、もぎりをしていた白猫着ぐるみさんが親指を立て、首を傾げる千里を残してその場を離れるのであった。
パンフレットを読みながら隣のアトリアーナの様子をうかがっていたエルリックは、時折彼女が何かを思い出してはため息をついているのに気付いて、どうにかしたいと思ってしまった。
手の中の甘栗とアトリアーナのポップコーンを交互に見比べ、ジッとポップコーンを凝視する。
「アトリ、一口貰っても構わぬで御座ろうか」
「ん、いいですの」
開いたエルリックの口にポップコーンを投げる様に放り込み、幸せそうに噛みしめる彼女を見てはふっと笑う。
「……じゃ、ボクも栗ちょーだい、ですの」
「いいで御座ろう。あーん、で御座る〜♪」
その様子をカルセドニーが、羨ましそうにじっと見ている。
(俺様もマイハニーと甘い空気を作りたいものだ……)
愛を大事にする悪魔は不躾なほどガン見しているが、2人の空間というものはそう簡単に砕けるものではない。
場内が暗くなり、短いコマーシャル映像のあと、すぐに本編が始まる。
思考の海から帰ってきたフランツィスカが一月にニコリと笑みを向け、そしてスクリーンへ視線を向ける。背後から何やら不穏な空気にも似たものが漂ってくるが、そんなものは今この場において些末な事でしかない。
(何やら……思惑が交錯しているようですが……一月との映画鑑賞を邪魔されなければ……それでいいのです……)
そうは願っても、トラブルは付き物。
さっそくトラブルが理恵に降り注ぐ。
「おーっと! 僕の右足が突如急ブレーキッ!」
わざとらしくつんのめり、持っていたポップコーンとドリンクを理恵に向けて盛大にぶちまける良助。
ジュースが滴る理恵へ、床に伏したままとてもウザい顔を作り自らの頭を小突く。
「ごめんなさーい☆ 僕ってすっごいドジっ子なんですぅ〜☆ 許してちょんまげ☆」
イラッ。
顔だけでなく、謝罪の言葉、声、その全てが苛つかせる。もはや職人芸と呼んでも、過言ではない。
「よーし、もう1回買ってこよー! 今度は左足が急ブレーキしそうだけど」
「……君は何がしたいのかな?」
「1度でいいからやってみたかったんだよね、恋路の妨害☆ そんな僕、リア充」
拳を震わせる理恵に良助は「怒った? ねーね―怒った?」と油を注ぎ続ける。そんな良助の背後から白色の大鎌がぬっと姿を現し、その首に刃が当てられる。
「静かにお願いします……折角の映画鑑賞中です……」
振り返りもせずにフランツィスカが冷ややかな声を投げかける。だがそれで止まる男でもなかった。
「ごめーんちゃい☆ 僕、喋り出したら止まらない体質なんですぅ」
その瞬間、大鎌が手前に引かれる。
もともと物理的な殺傷力はないので斬れる心配こそないが、悪しき魂のみを切り裂く鎌の白鋼が喉に食い込む。
ぐぇっと潰れたカエルのような声を上げた良助が大鎌に引かれるままによろめき、前列の席に引きずり込まれていく。そしてまさしく焔のような存在感を放つ大剣が半円を描き、刃の腹を受けた良助が弾丸の如き勢いで水平に飛んでいく。
壁に激突。しばらく張りついたのち、床へ崩れ落ちる。
「ないす、ばっち……」
そして完全に力尽きてしまう。
動かなくなった良助をすかさず、もぎりの白猫着ぐるみさん1号と2号が足を掴んで引きずり、外へと運んでいく。階段もあるのだが、お構いなし。
「きゃっ……怖い!」
映画の事なのか今の事なのかよくわからないが、少なくとも怖がるようなところではないシーンで理恵に抱きつく歌音。抱きついてからハッとする。
「お姉様、お顔が液体まみれじゃないですか。ただちにお顔を、洗浄させていただきます」
そう言うと舌を出し、理恵の頬へと突貫。
「いらないから!?」
両手でがっちりを理恵の頭を掴み接近を試みる歌音に対して、理恵も両手を使って全力で抵抗していた。力では勝っているはずなのだが、ナントカの一念岩をも通す。
歌音の舌先が徐々に、理恵の頬へと近づいていく――と、そこへ。
「あっぶなーいのじゃ」
真っ直ぐに伸びてきた銅色の鎖鞭が、歌音の額を直撃する。
魔力さえ帯びていなければ物理的な殺傷力はないが、飛来する金属が当たれば当然痛い。理恵から手を離し、額を押さえた歌音が立ち上がって周囲を見回す。
「誰!? あたしと理恵お姉様との恋路を邪魔する輩は!?」
「外道に名乗る名など無い。怪傑クマー天狗惨状じゃ」
やや控えめな声で答え、鎖鞭の柄を手にしていたのは――もぎりの白猫さん1号だった。
「思いっきり名乗ってるじゃんとかは野暮かな……しかもなんか参上のニュアンスが違う気がしたし……」
助けてもらった手前、ツッコみを入れたくても入れれない理恵がハンカチで顔をぬぐいながら、ふと気がつく。
「今の声。それにクマーって……いや、うん。ヒーローの正体を暴くなんて、それこそ野暮だよね」
「絶対に許さない。もう少しでペロペロできたのに!」
火花を散らす歌音。
クマー天狗はばっと腕を広げ、柔道の構えをとる。姿は猫だが、実に熊っぽい。
じりじりと中央通路を下り、自ら不利になるであろう下へと回り込んだところで歌音が飛びかかった。
歌音の襟をつかんだクマー天狗はそのまま押し倒され――否! 身を沈め、歌音の腹部を蹴りつけ見事な巴投げで歌音を投げ飛ばす。
「ほやぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げ、スクリーンを縦断。そして逃げ遅れた神雷の上へと落下し、派手な音を立てる。
「あてー……お姉様からなら、いくら苛められてもいいのに……あらら?」
身を起こした歌音の両手に奇妙な感触が。
「ふくよかで柔らかく、それでいて弾力もあり見事なハリを感じさせるこの手の感触はなにかな?」
視線を落すと、少し涙目の神雷と目が合った。さらに落とすと、歌音のワキワキしている手が、神雷の胸の上にあるではないか。
それに驚いたのは、ほんの一瞬。涙目の神雷に歌音のSっ気が呼び起される。
「ここか? ここがええんか? ほら、楽に――」
「鑑賞の、邪魔ですねぇっ」
恍惚の笑みを浮かべていた歌音の顔面に、容赦のない蹴りが打ち下ろされる。
首から変な音を立て一転、二転、三転。床に倒れた歌音はそれっきり動かなくなる。幸せそうな顔であるが。
スクリーンの前で暴れる邪魔者がいなくなると、エイルズレトラは再び席に座り、ポップコーンをむさぼるのであった。
「何……して……るの……かな?」
「威鈴が気にする事じゃないよ」
(俺としてはあの恋、応援したくなるけどな)
そしてシアターの外。せっせと働いている恋音が、いまだに立ち直れないラグナに足を引っかけてしまう。
「……あぅ……すみません、お客様……」
それでも反応しないラグナの懐から、ぱさっと紙袋が床に落ちた。虚ろな瞳の友が、ラグナに語りかける。
(どうした兄弟。俺達に春なんて来ないと、知っているだろう?)
「……ああ、そうだとも。私に春など来ない」
(なら、お前のするべき事はなんだ?)
「私のすべき事、とは……」
(1つしかないよな? 非モテは傷つく事で修羅になる。そうだろう?)
「ああ、そうだ……そうだよ、兄弟!」
紙袋『リア充滅殺仮面』を手に取り立ち上がると、高らかに掲げそれを装着!
「私の使命! リア充! 滅殺!」
修羅が降臨したラグナ、シアターへと駆け出すのであった。でもピンズは捨てられないのが、実に彼らしい。
映画がいよいよ佳境に突入。シロが主人を求め、燃え盛る家屋の中で鳴いていた。
このシーンでぐっと来てしまったエルリックと悠人だが、そこはお互い大事な人の手を強く握る事で我慢する。
「しろー! しろー!」
全然我慢していないカーディスは泣きながら、同じように大泣きしている月子にハンカチを渡しながら自分の涙もぬぐっていた。
だがこんな状況でも映画に目を向けていない、理恵。歌音がいなくなったので席を移動して隣にまでこれたが、なかなか手を伸ばすだけの勇気が出てこない。声をかけようとして、その顔に『お客様映画中はお喋りはやめてくださいプスー』と、もっともな張り紙を叩きつけられ、結局止めている。
それでも意を決し、ゆっくり手を伸ばす――
(妨害、早くしろ!)
もどかしい理恵の様子を夜目でずっと捉えていた千里は3年前の自分と重ね合わせ、思い出されるトラウマに顔を覆ったりと悶えていた。
千里の念が通じたのか、理恵の後ろにいた淳紅が非生物のスライムをその背に、のっぺり張りつける。
「ひにゃぁぁ!?」
「しろぉぉぉぉ!」
理恵の絶叫が、すぐ隣の光平含む猫好き達の絶叫でかき消された。だがすぐさまハリセンでしばかれる光平。
「映画鑑賞はお静かに」
ハリセン片手に猫のしっぽをちらつかせ、光平を正気に戻す珠洲。
ひとまず安堵した千里は今のクライマックスでボロボロ大泣きしている万里へとハンカチを差し出した。
「大体お前は感情移入しすぎなんだ。ほら、ハンカチ持っとけ」
だが今のシーンで大泣きしたのは万里ばかりでもない。威鈴もボロボロと涙を流していた。
フランツィスカも「っ……ああ」と声を漏らして一月の手を握りしめ――切ない瞳を向け、一月の存在を確かめる様そっと、頬にキスをする。顔を赤らめながらも一月は存在を証明するため、キスを返すのであった。
スライムを仕掛けた淳紅を睨み付ける理恵だが、その片手は真緋呂によって痛くなるほど強く握りしめられていた。
シーンが入れ替わり、女性撃退士が映し出されスタッフロールが流れ始めると、早々と珠洲が席を立つ。そこへラグナが入れ替わり、余韻を楽しんでいる光平の肩をがっちりつかんだ。
(くくく……死ねッ!)
修羅ぱわーで力任せに光平を高々と後ろに放り投げ、そしてすかさず逃げる!
「滅! 殺!」
「コー平!」
立ち上がった理恵だが真緋呂の手を振りほどけないでいると、淳紅もラグナの後を追って逃げるのであった。
「恨め恨め、次こそは絶対って思えばええねん! さらばやで!」
映画も終わった後なので誰も静かにさせるための強行手段はとらず、激怒している理恵も追撃できない。まさしく命拾いした淳紅だった。
スタッフロールが始まると、悠人が威鈴を優しく抱きしめていた。まるで絶対に離れないと誓う様に。
ピンズを眺めていたエルリックがおずおずと、アトリアーナに声をかける。
「折角ならば集めたく、で御座るな。このまま、またお付き合いいただいても構わぬで御座ろうかー……」
アトリアーナはニコリと微笑むと、ピンズをエルリックにつける。
「他にも種類があると、集めたくなりますの。なので、2回目に行くのも悪くないですの。もちろん、エリーと」
その言葉で、パッと顔を輝かせるのであった。
そしてスタッフロールのバックで、女性が次々に天魔を斬り捨てるシーンを楽しんでいる神雷はまだしばらく動かず、猫が出てこないならと立ち上がる猫馬鹿集団。
「あれ? しいくらぶの方じゃないですか? お久しぶりです。スズちゃん元気ですか?」
床でひっくり返っている事には触れず、泣き腫らした目で話しかける月子。
「ええまあ……だいぶ泣いたようですね」
自己治癒が完了した光平が起き上がる。
「どうにもこうにも涙が……よければこれから映画について語り合いませんか!?」
「いいですね。この近くファミレスありますし、そこで語りますか」
「私も参戦します〜!」
カーディスも意気揚々と参加を表明し、3人は移動開始――する前に「中本先輩。あんたこの映画、何回目だ」と、千里が問いかける。
「あー……6回目、だな。5回は若林と来たんだけど、先に6個集めたからもう一緒に行かんって言われたんだよね」
「……今の話、部長――黒松先輩にはするなよ」
釘を刺すと、わかったとも言わないが片手を挙げ、後にするのであった。
「――というわけでだ。説明してもらおうか、若林先輩」
白猫着ぐるみさん2号の肩を掴むと、くぐもった声で「聞いての通りだ」と答えが返ってくる。
「ピンズを集めたくてあれと来ていたのだが……あれが依頼で来れない日、1人で2枚のチケットを持って2連続で見たら集まってしまってな」
「何してるんですかね……」
「だが、1つ勘違いしてはいけない。私とあれは決して付き合ってなどいない。だが、あれと理恵がつきあう事はまずないし、その理由も知られてはならな――」
「あ、若林先輩だ☆ ご褒美にデートして欲しいなぁ」
よくわかったものだが雪彦が誘うと、雅はあっさり誘いに乗り共に外へと――まるでこの話を切り上げるためのように。
残された千里は、今新たに増えた謎の意味を考えていた。
「お兄様、万里も猫飼いたい……」
少しだけ落ち着いてもまだぐずりながら追ってきた万里を「無理言うな」と軽く小突き、理恵へと目を向けた。元気に珠洲とピンズのトレードをしているが、それが空元気だとわかってしまうほど、今の自分は理恵を理解しつつあった。
してはいけないと自分に言い聞かせ、千里は映画館を後にする――
目を覚ました寧が上半身を起こし、大きな伸びをする。身体はすっきり、でも頭は夢と現実が色々混ざった状態でぼんやりと、そして首をかくんと曲げる。
「映画内容、リア充、嫉妬、それ美味しいの?」
リア充になんてさせねーよ? 終