選択肢【優】
●森に潜む悪意の行方は
「うん! アラドメネク、懐かしいね――けど、重戦車に轢かれる趣味はもうないかな。
それより森の中で性格悪いコトしてる方が性に合ってるよ、ねえ?」
森へと向かう途中、ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)独り言なのか誰かに話しかけたのかわからない言葉に、それは同感だと心密かに頷く城里 千里(
jb6410)だが、あえてこちらから声をかけてまでは同意しない。
そのかわり、思いつめた表情を見せる若林 雅へと声をかけた。
「……あー、若林。戦うなとはもう言わん。むしろ全力でやれ。で、俺に計算する余裕を作ってくれ――理恵もフォローするつもりだろ? 面倒な仕事は俺に任せて思いきりやってこい」
そして「背中は任せろ」と、らしくない事を言う。楽したいという気持ちがなくもないが、適材適所、自分にできる最大限の事を考えると、こうなってしまうのだから仕方ない。それに、今回は自分なんかよりも遥かに戦闘向きな人達も来ているのだしと、面々を見渡そうとした時――足を止めた。
明確にここからが戦闘開始の区域だとわかりやすいものではないが、それでもここから、空気が違う。
ここからはやつらが――優とバレットが、潜み、こちらを待ち構えている。それがハッキリと肌で感じ取れた。
「思いきりはいいが、前には出すぎないさ。それに今回はお願いもされたからな」
「その分、千里君に近寄らせはしないからね」
雅と理恵にそう返された千里は肩をすくめ、「甘えさせてもらうか」と信頼とも取れる言葉を投げ返すのだった。
「たくよぉ、ラスボス倒してハッピーエンドじゃなかったのかよ。暴れたいなら正面から当たってこいってんだ。策を凝らすのも天魔だよな」
貸してもらったスマホの電波状況、GPSと方位磁石の挙動確認していた天険 突破(
jb0947)が愚痴りながらも、「ま、こんな連中に対処するために久遠ヶ原に来たんだし、やってやるよ」と続ける。
「バレットちゃん、優ちゃん、メッ! なのです」
「メッ! て言うか、滅! だよねー」
奥に向けて言った深森 木葉(
jb1711)に便乗して九鬼 龍磨(
jb8028)が少し上手い事を言い、にははと笑うが、すぐに笑いをひっこめるだけの空気は持ち合わせている。
「最後にしたいよね、こんな状況」
「最後になりますよ、九鬼先輩。これまでこの学園が積み重ねてきた歴史を思えば……最後の最後は、大団円以外には有り得ませんね」
咲魔 聡一(
jb9491)の言葉に「だよねー」と、ニパッと笑う龍磨だった。
「この期に及んで堂々と戦争を仕掛けるとは、よほど死場が欲しいようだな?」
決して大きな声ではないが、それでもよく通る声で嘲るような言葉をエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が森へと向け、投げかける。
「あら〜、欲しいのはおっきなお祭りだよね〜優ちゃん」
「一方的であればあるほど楽しめる祭りをな」
エカテリーナの言葉に、森の奥からまさかの返答が。多少反響しているがそれでも声のした方向はわかりやすく、どこに潜んでいるかおおよそわかってしまう。
「わざと、なんでしょうね。罠師のバレットがいるわけですから」
言うまでもないかもしれないですがと思いつつ、仁良井 叶伊(
ja0618)はきっと熱くなりすぎている人が居るからと、念のために言った。
見れば、今にも駆け出しそうなほど熱くなっているのが分かる。
「師匠のような犠牲はもう終わらせるさ、キサマをここで葬ってな!」
「今日こそ、お前らを閻魔の元へ送る! 転身っ! 我・龍・転・成、リュウセイガァァァっ!」
咆えるシェインエルと、叫び、リュウセイガーへと変身する雪ノ下・正太郎(
ja0343)。その2人の肩を千葉 真一(
ja0070)が手をポンと置いた。
「焦らず行こうぜ。皆が付いている! 変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!」
リュウセイガー、ゴウライガ、シェインエルと並ぶその背中が順に平手で叩かれ、とくにシェインエルへの平手打ちはかなりいい音を響かせる。
「プロレスとは己! 己こそ最強と思え! 俺達や“あの人”が追い求めた最強の格闘技、魅せてやれ!」
背中を叩いて回ったチャンコマン、こと阿岳 恭司(
ja6451)が3人の横に並ぶのだった。
「まあ小物や露払いは私達に任せ、君達は君達の目的を果たすとよいですよ」
「ありがとうございます、袋井さん」
リュウセイガ―が頭を下げた袋井 雅人(
jb1469)の傍らには織神 綾女(
jc1222)が静かに佇んでいて、まるで、この戦場に興味はないと言わんばかりの静かさである。
「……そろそろ、始めよう、か」
白銀の銃を手にぶら下げ、静かにそう告げた水無瀬 快晴(
jb0745)が森の闇へと溶け込んでいく。
快晴が動き出すと、水無瀬 文歌(
jb7507)が胸に挿した鈴蘭へそっと触れた。
(産まれてくる子が安心して過ごせる世界を創る為に優さんを倒しますっ……美鈴さん、力を貸して下さい)
邪念を振り払い、心を降りるかせた文歌もまた、緑の中へと溶け込んでいくのであった。
「そうだね、早く終わらせて帰ろう帰ろう」
軽く言い放ちながら樹を駆け上がり、「何かあったら教えるよ」と千里へと言い残す。
そしてゴウライガが大きな声で、叫んだ。
「皆を信じて、行くぞぉ!」
「道は俺が作るぜ」
号令のようなものに、突破が優の声がした方向へと走り始めた。
「さあ私も一曲、踊りに行きますか」
走り始めるのに合わせ、雅人もバレットの方へと走り出す。そこへ「袋井様、敵の罠には十分注意して下さいね」と綾女の通信が聞こえた。
「もちろんわかっていますよ、綾女」
落とし穴やワイヤー系などの基本的なトラップに注意を払いながら行く、雅人。全員が走り出したのに合わせ、千里とエカテリーナの目が鋭く木々を舐め回す。
「一瞬待ってください」
「足を止めろ」
先へ行く仲間を同時に呼び止め、千里とエカテリーナが銃を抜いたかと思うと、幹や枝の根本を撃ち抜く。すると激しい炸裂音と共に何かがまき散らされたり、破裂したりする。
それから千里が木を指し示し、「そこにいますんで」と敵の位置を伝えるのだった。
「それとあそこら辺にもいるね。一般人はまだ今のところ見えないかなぁ?」
木の上から伝えるルドルフが鎖鎌を不意に枝へと投げつけ、体液をまき散らして突き刺さる。もちろん木が体液をまき散らしたわけではなく、鎖鎌の刃の先端には枝の根元に潜んでいた人蜘蛛が痙攣していた。
そんなルドルフが不意に、後ろから誰かの腕が伸びてきて背中から抱きしめられた。
久遠ヶ原の制服に仲間かと一瞬思ったが、その顔は紛れもなく優のもの――それに気づいた時、回された腕が胴体を千切らんばかりに締め付けてきた。そしてルドルフの胴体が引き千切られる――
「そう見えた、だろうね」
瞬間的な加速で腕から強引に抜け、優コピーの腕にはその瞬間的な加速の緩衝に使われ、ルドルフに貫かれぼろぼろのスクールジャケットがあるのみで、本人は背後に回り込み、握りしめた鎖鎌を振り上げていた。
叩きつけるように振り下ろし、コピーの背中を引き裂くとその背中を蹴って地面へ向けて落下させる。
「……狙撃を開始します」
コピーの落ちる先に雅人がいるからか、綾女がエクスプロードゼロのスコープを覗き込み、漆黒の弾丸で落下するコピーの頭部を撃ち抜いた。撃ち抜かれたコピーはその衝撃で軌道がわずかに曲がって雅人の横へと落下するのだった。
1体が姿を見せた事で、他の隠れていたコピー達もその姿を見せ始める。
見せたその瞬間、1体は頭部を撃ち抜かれていた。
「鴨撃ちされに来たか、雑兵」
エカテリーナが冷ややかに笑い、もう1体、頭部を撃ち抜くのだった。
雅人が盾で押しのけたコピーを綾女が撃ち抜き、押しのけた雅人の背後から飛びかかってきた人蜘蛛も撃ち抜く。だがその綾女の着物から少し覗かせた太ももへ、人蜘蛛が飛び付いてきた。
「……ッ!」
顔をわずかに歪め、息を飲む綾女。人蜘蛛の張り付いている白い太ももからは、赤い筋が伝っている――と、人蜘蛛が弾けた。爆発したとかではなく、撃ち抜かれたからだと気づいた綾女は視線を射線に向けてみると、横に銃を構えているエカテリーナがいた。
頭を下げる綾女だが、エカテリーナは一瞥するだけですぐ視線を前に戻す。
視線を戻したエカテリーナの視界に制服が見え、身体ごと向き合って銃を構えたが、久遠ヶ原の女生徒の制服を着ているのは全く知らない青年だった。その青年が両手を広げて覆いかぶさろうとして来たので、拳を握り、容赦なく頬へと打ち下ろす。
殴り飛ばされた青年が地べたに這いつくばり、気を失ったのか、動かなくなる。
「悪趣味ではあるが、わずかでも判断を鈍らせるには悪くない手か」
「ただ面白いからの可能性もありますけどね」
叶伊が転がされた憐れな青年を担ぎ上げ、後ろへ下がろうとする叶伊へ人蜘蛛が飛びかかってくるが、翼のような形状をした血色の斧槍で両断する――しかしその瞬間、落ち葉からで埋もれた地面から伸びる手に足首を掴まれた。
落ち葉から上半身を起こしたコピーが片手で叶伊を振り回し、近くの幹へと叩きつけようとする。咄嗟に青年のクッションとなる叶伊の背が幹に叩きつけられ、炸裂音と共に激痛が背中の広範囲に広がっていく。
呻き声も漏らさず、痛がるよりも先に斧槍でコピーの手首を切り落とし、叩きつけるような斬撃で頭部を破壊する。
先で「仁良井さん!」とリュウセイガ―が叫ぶも、叶伊は首を横に振った。
「今回、私の仕事は一般人の保護です。雪ノ下さんも自分の仕事を優先してください、それが作戦を迅速に進める事になりますので」
保護をメインとする以上、かばう事は必須、こうなる事はある程度予測済みである。安全を確保するためにももっと後方へ連れて行かねばと、気を失った青年を連れていく叶伊。
(起爆させてこなかったのは仕掛けられていないのか、それとも起爆させられなかったのか、まだよくわかりませんね……ともかく、引き離しておきましょう)
声の方へ真っ直ぐに進んでいった面々はコピーによる襲撃とトラップへの警戒で、思うほどスムーズには進めないでいる様子を、バレットは木の陰に隠れながら楽しそうに眺めている。するとそこに1枚の術符が飛んできて、木に張り付いた。
気付いたバレットはすぐ側に待機させていた一般人の腕をつかんで、自分の位置と入れ替えたと同時に、術符を依代に式神が現れ木ごと一般人に絡みつくのだった。
「あっぶねーな、そこかぁ!?」
銃口を向けた先には木に溶け込むように潜んでいた木葉がいて、気づかれたと気付いた木葉は一歩だけ早くアウルの網を自身の前に展開し、銃弾の衝撃を和らげた。それでも受け止めた腕から滴る血が、指先から落ちる。
痛みはあるはずだが顔色を変えずに、赤色頭巾へと変化したメイジーへと駆け寄っていく。メイジ―が木葉から離れようとするも、もう1枚放たれていた術符の式神が片足と地面に絡みついていた。
「バレットちゃん、メッ!」
稲妻を振らせようと手を掲げた木葉の前に、制服姿が立ち塞がり、その人物を見た木葉の動きが止まってしまった。
明らかに一般人と思われる、20代後半くらいの女性。おそらく誰も面識がない彼女、もちろん木葉も面識などあるはずもない。だがそれでも木葉は止まってしまった。動けなくなってしまったのだ。
心の傷口がぱっくりと、大きく開いてしまったから。
(あの時の、罰なのでしょう……)
腕を広げてくる女性が目の前にまで来ていたが、木葉は静かに瞳を閉じ、全てを受け入れる覚悟だった。
やってくる痛みに待ち構えていた木葉に襲い掛かってきたのは、柔らかな温もりと日差しのような匂い――抱擁されたのだとわかると思わず「お母さん……」と漏らしてしまった。
「ばん♪」
メイジ―の声と手を叩く音が耳に届き、次の瞬間には温もりも匂いも消え失せ、木葉の小さな身体は宙に舞っていた。そして地面へ力なく転がる。
身体はところどころ裂けてはいるが、それほど深い傷ではない――しかし木葉は胸を押さえ、小さく震えながら丸くなったまま動かない。
そんな木葉へ消えかけの式神を蹴散らし、黒い頭巾に戻ったバレットは銃口を向けたが、銃ごとその手に勢いよく噴射された何かの液体が貫き、降りかかる。すると白い煙を噴き上げ、バレットの手に焼けるような痛みが襲い掛かり、皮膚が溶け出していく。
銃を落としたバレットの見た先には、毒々しい煙をまき散らしていたエカテリーナが銃口を構えている姿。
「こいつが私の成し得る最高の戦争だ、これで文句は無かろう、逆賊ども?」
銃口から放たれるのはただの弾ではなく、ロケット弾のようなもので、それがバレットに迫っていく。
だがそのロケット弾の前に一般人が割りこみ、バレットへ届く事無く一般人相手に炸裂してしまうのであった。だがそれにただ舌打ちするだけのエカテリーナ。その爆炎に隠れ、バレットは上空へ向って何かを射出、そこへ雅人が斬りかかる。
「そこの可憐で性悪なお嬢さん、私と一曲踊って頂けますか?」
「お断りよ〜」
爛れた右手ではなく左手で別の銃を抜いたメイジーの銃口を、盾の部分で払いのけた。
千里の「右から回り込んでください!」という誰に言ったわけでもない声に、右側へと下がるメイジーへぐいぐいと詰め寄ろうとする雅人。そこへ、これまで隠れていた一般人がちらほらと姿を見せ雅人へと群がろうとするも、雅人は手を差し伸べるでもなくそれすらも盾で払いのける。
その行動に少し怪訝そうに眉をひそめるメイジーは「今です」という声に、誰も来てはいない左へと発砲していた。
「さっき上にあげたのは〜針の雨をここら辺に降り注がせるやつなの〜」
「おら、とっととこいつら守らねーと針穴だらけになんぞ」
メイジ―からバレットに変化し、そんな脅しを雅人にかけてくるが、雅人は一般人に目もくれない。
「犠牲者が出るのは仕方ありません、この方たちの怒りと無念を貴方にぶつけるだけですよ。それが一番いいでしょうから」
雅人の言葉にバレット片眉を釣り上げた。
こいつらは例外なく一般人を助けるもので、手出しはできないと、バレットは思っていた。実際、さっきはされるがままだった。だが目の前のこいつは仕方ないとわりきり、一般人を盾に攻撃を防がれたやつだって、ただ舌打ちしただけで終わった。
――もしかして利用価値が低いのではないだろうかと、薄々ながらも思い始めてしまう。
その迷いが行動の遅れを生み、一般人を引き寄せようかどうしようか迷った右手をエカテリーナに撃ち抜かれ、雅人の斬撃でさらに痛めてしまった。
「この場で迷うようなら、貴様は我々の敵ではないな」
「くそが!」
「可憐な美少女をいたぶりまくりですよ。いやー、思わず興奮しちゃいますねー」
退きながら悪態をつくバレットが左手に持っていたカゴを右腕に通し、左手を籠に入れ別の武器を取り出そうとしたその時、カゴに鎖鎌が突き刺さり、引き裂かれた空っぽのカゴが地面に落ちる。
バレットの後ろではルドルフが鎖鎌を引き戻しながら、バレットが退きながら近づいている木の幹を指さしていた。
「武器を隠すなら武器の中っしょ」
その意味が通じたのか、エカテリーナの銃弾がその木の幹を撃ち抜き、炸裂音をまき散らす。
武器を取り出すためのカゴを失い、トラップへの誘導も失敗したバレットは自分の胸元へ左手を滑りこませ、引き抜いた物を自分の後ろへと放り投げた。
それが閃光手榴弾だといち早く気付いたルドルフが疾風のように駆け寄ってキャッチすると、木を駆け登っていく。上空から針の雨が降り注ぎ、刺さるのも構わず全力で木のてっぺんまで登りきると跳躍して身体で包み込んだ。
漏れた閃光が空をわずかに染め上げる。
後に残されたのはぼろぼろのスクールジャケットのみで、ルドルフは木の上へと着地する。
「光だけでもなく、威力もそこそこあったみたいだね」
肩をすくめ、地上がどうなったかと見下ろしてみるとバレットと雅人の間にコピーと一般人が詰めかけ足止めし、バレットがどんどん後退していく。見ていない間にもずいぶんエカテリーナに撃たれていたらしく、ずいぶんと身体を赤く染めていて、今もなお、人とコピーのわずかな隙間を縫って、バレットを撃ち続けていた。一方的である。
雅人と身体に針を刺したままの綾女が距離を詰めてコピーをどうにかはしているようだが、すでに結構な距離を離されていた。傷つき倒れた一般人は叶伊が運びだしている。そしてやっとエカテリーナの射程からも逃れたバレットはそのまま振り返る事無く、逃げ出していた。エカテリーナに恐れをなしてという絵に見えなくもない。
届かなくなったエカテリーナは追かける事無く、コピーの排除を優先していた――というよりは、逃げ行くバレットを追いかけてまでトドメをさしてやろうという気がないようにも見える。
(まー、俺もそうだけどね)
木の上にいる自分なら追いかける事はできる。だが1人で追いかけるにはそれなりの危険が伴い、絶対に倒すというそこまでのこだわりがないのだから、仕方ない。
「あっちは別のようだけど」
木の上でしゃがみこみ、“あっち”へと視線を移すのであった――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前ら、散りやがれ!」
突破が気迫を乗せて咆えると、操られている一般人の動きが止まった。
普通なら恐怖で逃げるものだが、操られているだけあって逃げ出そうとはしない。しかしその表情は明らかに怯え、逃げ出したいと書かれていた。その気持ちが魅了の魔力とせめぎ合い、動きを止めるに至ったのだろう。
その隙に手足を縛り、その場へ転がす突破。そんな突破へと人蜘蛛が飛びかかっていくが、龍磨が腕を伸ばし食いつかせる。驚いた突破がすぐに光り輝く刀身の刀で突き刺した。
「大丈夫、ですか」
「全然、平気なんだよー」
噛まれた腕を見せるが歯形に血が少し滲んでいる程度で、その言葉に偽りがないとよくわかる。
「この人たちが罠だとして、もろともに喰われるなんてことだけは避けないとね」
龍磨がそう言うと、「その通りだな」と転がした一般人の側にしゃがみ込む優とそっくりな顔をした雅に、突破は刃を向けそうになるが、魅了を解除しているのだと分かるとその切っ先で雅へ飛びかかってきたコピーの腕を切り落とす。
だがその1体だけでなく、複数のコピーが同時に襲い掛かってきていた。
転がっている一般人へ腕を伸ばそうとするコピーの胸に、走ってきた理恵が十字槍で突き刺し木に押し付けると、理恵へと伸ばされた手は千里が撃ち落とし、その隙に頭から左の脇腹へと木ごと斜めに斬りつける突破。
さらに襲い掛かろうとするコピーの前へ龍磨が割り込み、盾を掴まれ振り回されて地面へと叩きつけられる。そして他の1体が一般人を掴みあげて龍磨へと叩きつけたのだが、龍磨のアウルに包み込まれていた一般人に怪我は無く、かわりに龍磨が2倍の痛みを受ける事となった。
それでも龍磨は自分に叩きつけられた一般人へ、にぱーっと笑って見せる。
「可能な限り早く終わらせます、だから少しだけ堪えてください!」
安心させようと声をかける龍磨と一般人をもう一度振り上げようとしたコピーの腕を、「させっか!」と突破が切断し、その2体の横からシェインエルとチャンコマンがアッパーで腹を突き上げ宙に浮かせると、ゴウライガの拳とリュウセイガ―の手刀がコピーの頭部を粉砕し、枯葉の如く森を吹き飛んでいく。
遅れてきた1体がリュウセイガーへと飛びかかってくるが、その腕を腕で絡め、お前らばかりではないと投げ飛ばして地面へと落とす。そしてその頭部が聡一の銃弾によって撃ち抜かれた。
一旦、襲撃が収まっている間に魅了の解除が済み、戦域を駆けまわっている叶伊が到着と同時に一般人を2人、担ぎあげる。
「後方へ連れて行きます。ここではいつまたどの方向から襲撃されてもおかしくありませんし、彼らを罠へ投げつけられたら目も当てられませんしね」
「よろしくお願いします。探った感じ、声と手を叩く音のセットが起爆のキーみたいなんで、聞こえなければもしかしたら発動しないかもしれないんで。こちらとは逆方向に誘導もしておきましたし、おそらく起爆は無いと思います。
それと向こうは木の上含め、道中に結構な罠があったようですけど、逆にこっちは道中に全然ないんですが、待ち構えてる近辺となればかなり怪しいんで、そこは注意願います」
ルドルフ達と通信をしていた千里が見解を述べ、後方へと連れて行く叶伊だけでなく、これから先に向かうメンバーも「わかりました」と頷くと、またコピーが姿を現し、駆け付けたメンバーが構えるとその前へ突破が立ち、斬りかかっていく。
「一般人とこいつらは俺に任せて、先行ってくれ!」
「大丈夫なんだよ―」
足を切られ転がるコピーへ向けて、龍磨がオーボエを吹き鳴らし、衝撃波がコピーを飲み込んでいく。
2人を片手で担ぎ、進路を妨害するコピーを斧槍で叩き潰す様に切断し、「これ以上の犠牲も出させませんよ」と先を急ぐメンバーへと言葉を向ける。
「頼みます!」
信頼からその一言だけを残し、リュウセイガ―達は先を急ぐのだった。
――森の奥で木に背を預け、ひっそりしていた優。相変わらず蔑むような笑みを浮かべていた。
(だいぶ、ばらけてきたな)
数さえ少なければ、一方的にいたぶれる。
そんな浅はかな事を考えていると、視界の隅で何かが動いた気がした――と気付いた時には、特大の火炎球が優に向かって飛んできた。それが火花を散らして炸裂し、優の肌を爛れさせ、側にいたコピ―達は完全に火に飲み込まれ消し炭となって地面へと転がる。
消し炭となって転がると、すぐ別のコピーが優の側へと近寄るのだが、そこが突如、森の中からアイドルが立つステージへと変化する。
ステージに立たされた優とコピーは、四方八方からくる歌声と声援に押し潰され、耐えきれなかったコピー達は四肢はあらぬ方向を向き、身体がひしゃげて地面へと沈んでいった。
優は膝をつくも、身体に絡みつく音を力任せに引きちぎり、その場から離れようとする――と、その背後から音もなく快晴が姿を現す。
「……優、ここらで終いと、いこうか!」
快晴の手から光が伸び、首を狙って左から右へ水平に振るわれた。
黒炎を纏った左腕でその光の刃を受け止め、半ばまで食い込ませながら軌道を逸らし、そのまま腕を切り落とされながらも首を落とされるのだけは免れる。
舌打ちでもしそうな快晴は優の裏拳を退いてかわし、もう一度木々の闇に隠れようとすると、四方からコピーが跳びかかってきた。しかし快晴は冷静に一瞥し、「……眠ってしまえ」とコピーごと周囲を凍てつかせる。凍てつき深い眠りに誘われたコピー達が膝をつき、その場で倒れ込んでいく。
凍てつく身体を黒炎で融かし、眠っているコピーの左腕をむしり取ると自分にくっつけて修復する優は快晴が消えた先へ向かおうとすると、反対側から胸の鈴蘭を揺らして文歌が一気に距離を詰めてきた。
「これが美鈴さんの想いですっ」
大量の稲妻が降り注ぎさらには快晴の火炎球が飛来し、辺り一帯、優と転がっているコピー達を焼き尽くす。
「貴様ぁ!」
痺れる身体で文歌へ殴りかかるが、霧に覆われた文歌へは的が絞りきれず、その拳の外側へと手を伸ばした文歌はダンスのように身体を回転させて払いのけた。
そして退こうとする文歌だが、優の「出てこい!」という声に男性が木陰から姿を現し、男性に背中からぶつかってしまう。
両手を広げ、押さえこもうとしている様子に文歌は掻い潜ろうとしたのだが、その顔を見た瞬間、ほんの僅か硬直してしまった。
(美鈴さんのっ……)
保護しなければという想いが枷となり、その隙に抱きつかれ、文歌ごと木へぶつかろうとする。その先にクレイモアが見えた文歌は男性ごと回転しクレイモアへと倒れ込んで、自らの胸でその炸裂と衝撃を受け止めた。
「うくっ……!」
衝撃と痛みが胸に広がったところで、誰かの腕が男性と文歌の間に割り込んできて、引き剥がす。
「カイっ」
「……間に合わなかった、ごめん」
少し怒っているようにも見える快晴が文歌を抱きしめ、文歌も抱きしめ返した。
そんな時に、優は掲げた手の上で巨大な鳥を黒炎で形成し、今にも放とうとしている――そこへ。
「ゴウライ、フェニックスブリンガー!」
声に反応しそちらへ向くと真紅の炎を纏った拳が迫り、その腕を掴みかかろうとした優だが外へと弾かれる。だがかわりに文歌と快晴に向けて放たれるはずだった黒炎のフェニックスが真紅のフェニックスと衝突する。
どこからか「ABSORB!」と聞こえ黒と赤の炎が混ざり合い、爆発すると同時に優は拳をその身に受けて地面を転がっていく。転がる勢いを使い立ち上がる優が見たのは、焼け爛れた皮膚が真紅の炎によって癒されながらも燃え盛る黒と赤の炎が渦巻く中から姿を現す、ゴウライガ。
「貴様が紡ぐ憎しみの連鎖、今こそ俺が、俺たちがここで断ち切る!」
「ここで終わらせる!」
ゴウライガの後ろから飛びだして、優へと突っ込んでいくチャンコマンの拳が黄色く光り輝く。
「チャン、パンチ!」
渾身の拳が優の頬を捉える。だが拳を受けてもなお優の目は死んでおらず、その手をチャンコマンへと伸ばしてきた――が、「リパルション!」という声とともに、高速で飛来してきたリュウセイガーの手刀突きが腕を押しのけ下へ払い込むと、肘を優の鼻っ面へと叩き込む。
「ヒーロー達の力を見せてやる!!」
「しつこいな、お前も」
苛立った声を放つ優は肘打ちに意識が向いていてがら空きだった脇腹を片手で掴むと、リュウセイガーをチャンコマンへと叩きつける。その際、聡一の撃った弾が優の肩に当たり、わずかながらも威力は低くなっていた。
低くはなっていたが、チャンコマンとリュウセイガ―が吹き飛び、木へと叩きつけられ、その衝撃を物語るように木が折れる。その木の後ろに一般人が居て、他の木からも一般人が姿を見せ始め、手近な者へと抱きつこうとしてくる。
――そこへ。
「動くんじゃねえよ!」
遠くから聞こえる、突破の咆哮に一般人は立ちすくみ、そこへ叶伊と理恵や雅がやってきては一般人を担いだり伏せさせたりする。文歌の目配せで動いた雅は真っ先に、文歌へ抱きついた男性の元へと駆け寄るのだった。
「――多くなってきたな」
優が発したその言葉に、これまで苦い思いをしてきた者達は嫌な予感しかしなかった。
「逃がさんぞ、優!」
駆け寄ろうとするリュウセイガー。だが先に優は両手を広げると、その手から太い光線を放ちながら回転する。
放たれた高速の光線が広範囲の周囲を焼き払い、先を読んだ聡一は空で回避し、快晴は文歌に抱きついたまま背中を向けて代わりに受け止め、伏せさせるのが間に合わなかった一般人は焼き払われ……る事は無く、アウルに包まれていたおかげで無傷だった。その分、肩代わりした龍磨が片膝をついたのだが、爛れた皮膚がぼろぼろとこぼれ落ちて深い傷からは肉が盛り上がっていく。
「魔法のように元通り、とはいかないねえ」
傷を治し龍磨が立ち上がる頃には、優が背を見せて高速で空へと飛んでいた。明らかに逃げる気である。だがその背中へ「優!」と雅が声をかけると、止まって振り返った。
「ねえさん――」
姉へ向ける様なものではない憎悪の眼差しを向ける、優。そんな優へ、アウルの鎖が絡みつく。
「逃がしませんよっ」
体重を預けてくる快晴を抱きしめたまま手を伸ばす文歌の手から、アウルの鎖は伸びていた。
「アトラクション、リパルション!」
シェインエルの声とともに地上へと引き寄せられる優、そして空へと射出されるリュウセイガー。
「絶対逃がさん!」
「貴様、その傷でまだ動くか」
「この程度――痛みに耐える被害者はもっと苦しんだ!」
空中で踵を優へと叩きつけ、地面へ向け蹴り飛ばす。地面へと叩きつけられた優の影は縫い止められ、そこへゴウライガの拳が炸裂する。
水平に跳ぶ先へ待ち構えているのは、ゆらりと立ち上がる満身創痍のチャンコマン。
「プロレスを舐めてると一瞬の隙で足元すくわれるぞ」
腕を横に伸ばす。
「こんな風にな!」
飛んできた優の喉へラリアット、半回転した優が地面に叩きつけられたそこへ、聡一が銃を向ける。
「これできちんと、食べさせることができたらよかったんだけど」
放たれた銃弾が優の太腿を貫き、地面に到達した銃弾からはおぞましい大きさの食虫植物が育つと、優をねばねばの粘液で絡め取ってその動きを封じる。
詰め寄るチャンコマンへ「寄るな!」と黒炎の拳が振るわれ、チャンコマンの頭が空高く、飛んだ――しかし飛んだのは、マスクだけである。
阿岳 恭司の顔をむき出しにしたまま、「そんなに首が取りたきゃくれてやる!」と叫んだ。
「最後に手前に喰らわせるのは、全身全霊の……」
拳を掴み素早く後ろに回り込むと優の腕を肩にかけながら、その腰に腕を回す。
「バックドロップじゃーッ!」
食虫植物の束縛から引き剥がすかのように地面から優を引っこ抜き、後ろへと優の脳天を落とした。叩きつける先は地面だったはずだが、そこには横から回り込んだシェインエルの膝が立てられていて、膝へと脳天を叩きつけられる。
優の目と鼻からは血が吹き出し、血に染まる逆さまの視界で見たのは走ってくるゴウライガとリュウセイガー。
ゴウライガの脚は太陽の輝きを帯び、リュウセイガーの拳は光り輝く。
そして優への道に太陽の輝きを放つ大きな炎の紋章がゲートのようにいくつも現れ、それを2人が潜るたびに脚と拳の輝きが増していく。
「もっと、もっと、もっと、もっともっともっと輝けぇぇぇえ!」
「私ごと貫け!」
抜け出そうと暴れる優を離さまいとバックドロップの体勢のまま、満身創痍のチャンコマンが叫ぶ。それと同時にシェインエルはゴウライガとリュウセイガ―の2人に視線を向け、その視線の意味を理解した2人は頷き、勢いを殺さずゴウライガが水平に跳躍。リュウセイガーは身体ごと大きく拳を振りかぶった。
「閻魔に代わって俺達が裁く、地獄へ落ちろっ!!」
「ゴウライ、プロミネンスバスター、キィィィィック!!」
リュウセイガーの拳とゴウライガの蹴りが優へと当たる直前、「リパルション!」と動けないチャンコマンを押し出した。
そして拳と蹴りが優の体を――憎しみの連鎖を、今やっとの思いで断ち切るのであった――……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
選択肢【巴】
●自分勝手な者達が集う橋の結末
「来たな……」
足を肩幅まで広げ、橋の中央で待ち構えていたアルテミシアが、道路を染める一団を目にして組んでいた腕をほどきながら呟いた。アルテミシアの後ろでは鎧をまとった、表情のない乙女達が整列している。
顔のわかる距離までくるとコンポジットボウに矢を番え力の限り引き絞り、放たれた1本の矢は空高く緩やかな放物線を描き、ゆるゆると飛距離を伸ばす矢は数百メートル先で道路を染める一団の先頭を走る女性、巴の元にまで届いた。
勢いのない矢を鞘に納めた刀で払いのけ、巴とアルテミシアの視線が交差する。
無言のまま巴は刀を抜き放ち、鞘を投げ捨てた。
そしてここに小規模ながら、天と魔が再び衝突する――
アルテミシア達の後方に降り立った鐘田将太郎(
ja0114)がぽつりと、「最後の戦いか……」と漏らす。
「始まってしまいましたね」
その横で浪風 悠人(
ja3452)が残念そうに呟くと、「シアさん……」と新田 六実(
jb6311)が悲しそうな顔をする。そんな六実の手を、スズカがしっかりと握った。
こんな時でも微笑ましい2人に、涼子がまさしく微笑んでいた。が、すぐに気を取り直して顔を引き締める。
「始まってしまったものは仕方ない。こうなっては最終的にシア様が生きてさえいればいいだけだ」
「そうですね。生きてもらいましょうか、是非とも。ね、新田さん」
どれほどの効果があるかわからないが、アウルの絵筆で六実に風景の色を付けていく悠人が優しく声をかけると、六実は小さく頷きその目はしっかりとアルテミシアを映していた。
そんな悠人と六実の背中が、大きな手で力強く叩かれた。
「思う存分、説得してこい!」
将太郎に押し出されるように2人が走り出すと、スズカと涼子も姿を忍ばせながら2人を追いかけていった。見覚えがあるのか涼子が一瞬、将太郎を見たが、将太郎は見覚えがないから興味はないと言わんばかりに視線を合わさないでいると、すぐに前へと向き直る。
(ま、覚えてない事にするのが一番だろ)
一戦交えた日の事を思い出しながら、将太郎は涼子の背中を見送った。
「さて……」
「私達も行きますか」
後ろの声に将太郎が振り向くと、雫(
ja1894)が共に成長を続けた大剣を肩に担ぐ。
「説得は知る方に任せておいて、私達は私達にできることをするだけですね」
「ま、そいうこったな」
俺は鐘田だと書かれた青白い巨大な鎌を、将太郎も肩に担いだ。
(これが最後の大戦となりますか……)
若干の寂しさを振り払うように雫は頭を振り、2人は少し感慨深げに戦地へと歩き出すのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、到着したね」
天と魔の衝突を、巴達の後方から眺めて只野黒子(
ja0049)が言うと、「始まっている、な」とアスハ・A・R(
ja8432)がまるで全く興味もない野球観戦に行ったらすでに始まっていた時に言いそうなくらい、感慨なさげに言った。
「説得が失敗しない限り、天使軍との交戦は避ける、だったな?」
ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)の分かってはいるけれども念のための確認に、黒子が「そうだ」と頷くのを耳にした天宮 佳槻(
jb1989)はわずかに顔をしかめた。
(まったく……余計な仕事を受けてしまったな。ただひたすら面倒でしかない)
いっそ散々潰しあいさせてから残った方を相手する方が合理的だろうとは思うのだが、周りの空気が合理性を取る気配が意外とない。この戦場に冷ややかな目を向けているのは自分だけではないはずだと、思っている。きっと言えば、その通りだという意見とそれではだめだという無駄な論争が広がるのは目に見えているので、言いはしないが。
面倒だ、と言う点ではSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)も「最後の最後に面倒な……」とは思っていた。もっとも天使を無視して冥魔と戦わなければいけないという部分に面倒くささを感じているわけではなさそうだった。
ただ逆に、「まだ、稼がせてくれる……」と上機嫌な紅香 忍(
jb7811)がいるのも事実である。
そろそろ見ている場合でもないかと、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が深い黒に染められた大剣“漆黒の日輪”を抜き放つ。
「思ったよりも大きな一戦だな……さて」
「……気を付けて…くださ…い……」
心配するキサラ=リーヴァレスト(
ja7204)へサガは小さく笑い、「無理はしないさ」と安心させる。
キサラを安心させるサガを、ミハイル・エッカート(
jb0544)が目を細めて眺めていた。きっと今、サガを心配するキサラと同じように、大事な女性が自分を心配しているだろう。
(必死になっているやつらには申し訳ないが、俺も無理はできない。俺の帰りを待つ大切な人がいるからな……まあそれでも涼子に何かあると、涼子の主が悲しむだろうからな。直接絡みに行くわけじゃないが、少しは手伝おう)
翼を広げた黒い隼の刻印がなされた狙撃銃片手に、ミハイルは戦地へと向かう。
ミハイルが向かい始め、さらにはもう誰かが一足先に暴れている様子から、こちら側に降り立ったメンバーも動き始めるのだが、佳槻だけはやはり気乗りしない。
「堂々と手出し無用と言えばいいものを、何も言わないような方を助けるのも馬鹿らしく思えてくるが……仕方ない」
阻霊符にアウルを流し込み、佳槻は天使の翼を広げ、飛ぶのであった――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先に行かせてもらった4人だが、後方を担当しているらしきダーククイーンに目ざとく発見され、1体のプラチナヴァルキュリアが4人へと向かい合って広い範囲の地面を木の錐で覆い尽くされてしまい、足を止めてしまった。
「やはり一筋縄では行けんか」
「それでもこちらから手を出さず、近づくしかないですね。交戦する意思がないのをわかってもらうためにも」
狙いやすくするために飛んだアルテミシアを見上げ、覚悟を決める悠人に六実とスズカも頷き、意を決してプラチナアルキュリアのテリトリーへと踏み込むのだった。
4人が足止めされている間にその横を走り抜け、アウルに覆われた皮膚は硬質化し、全身に真っ赤な紋章を浮かび上がらせた将太郎は溢れる闘気を放ちながら他には目もくれず、将太郎が群れ成す怨の中へと飛びこんでいった。
怨が放つ薄汚れた包帯を柄で受け止め、引き寄せられようともお構いなしに手近な怨を鎌で斬り伏せる。
「伊達に阿修羅やってるワケじゃねぇんだ!」
引き寄せようとする怨を逆に引き寄せ、股下から斬り上げて両断すると、腕へ次々と包帯が絡みつく。その包帯から梵字が押し寄せ、将太郎の体を蝕み始めた。
焼けるような痛みが腕から広がり、顔をしかめる将太郎。
そこへ振り下ろされた大剣が、包帯をまとめて引き千切った。そして躍り出る雫が刃を掌に乗せ大剣を水平に構えると、大剣から次々に生み出された三日月の刃が怨の密集している所へと降り注ぎ、切り刻んでいく。
礼を言う暇もなく押し寄せる怨の尺八を鎌で受け止め、押し返す。そしてセレナイトヴァルキュリアが怨と衝突しているところから離れるように、邪魔な怨へ頭突きでわずかに怯ませさらに奥へと踏み込んで光の雨が見え始めた手前で止まり、怨に囲まれながらも優コピーを斬り伏せた。
「どっからでもかかってきやがれ!」
そんな将太郎の背後からゾッとするような殺気を叩きつけられ、振り返るよりも早く背中越しに金属と金属のぶつかり合う音が響く。
将太郎の背後では、雫が大剣の腹で巴の刀を受け止めていた。
「また、お会いしましたね」
「そうですね」
受け止める大剣がゆっくりと押し込まれていくが、雫の周囲に現れた魍魎が大剣へと吸い込まれ、大剣が禍々しい紅い光を放ち始めると押し込まれる時以上にゆっくりとだが、押し返し始める。
そこに巴の背後から矢が飛来してきたが、巴は雫の押し返す力を利用して離れ、距離を置いて2人は正面から相対する。切っ先を下にしてすり足で円を描くように動く巴に合わせ、雫も大剣の切っ先をアスファルトに擦りつつも巴に合わせ動き、雫の方から距離を詰めようと前へ踏み出すと、飛びかかってくる2体の怨。
「邪魔をするなら、押し通る」
振り上げられた尺八が振り下ろされるよりも早く、下に構えていた雫の大剣が消え、振り上げられていた時には2体の怨の胴体がわかれていた。
そして2人の刃が再び交差する――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(わずかに出遅れたが構わない、か)
煽らを行く黒子に手を離してもらい、狐火を踏みつぶしながら着地すると全力で狐火の間を走り抜けるアスハの姿が途中で消え、狐火達を飛び越えた先、怨の軍勢にまだ少し遠いところで停止し、わずかに息を整えると左手が蒼い輝きを放つ。
立ち昇る蒼い輝きが空へと達し、蒼く微細な光の雨が手前の狐火を一切無視して橋の中央付近にいる怨達へと降り注いだ。
降り注ぐ直前に巴からの指示が出たのか、それとも自ら判断したのかわからないが、降り注ぐ地点から怨達は散開するも、光の雨をまともに浴びた怨は身体中を貫かれ、運よく光の雨に耐えきれた怨は崩れる足下に巻き込まれ落下していく。ディアボロらしく慌てる様子もなく包帯を伸ばして落下から逃れようとするが、降り注ぐ光の雨と瓦礫がそれを許さず、川へと落下していった。
それだけで死ぬことはないだろうが、泳ぐという行為をよく知らない彼らなら瓦礫に飲み込まれ川で溺れ死ぬ者もいるかもしれないし、そうでなくとも戦線へ復帰するのに相当な時間を要してしまうのは確かである。
それに――
(…弱ってる上に避けにくいなら、放っておく手はない……)
忍がライフル片手に、川で無様に泳ぐ怨の頭部を順にしっかりと撃ちぬいていく。
そんな忍へと狐火が寄ってきたが、水平に振るった手から影を凝縮した棒手裏剣が無数に飛び出し、それが狐火達を蹴散らしていった。
だがしかしその手に、いや、手だけではなく、足や首にまで包帯が巻きつけられた。そして梵字が流しこまれ、忍の身体が梵字に蝕まれていく――と思いきや、そこにはスクールジャケットがあるだけで、抜け出していた忍はさっさと後退していた。
「…出費は抑えたいのに……案外届く……」
橋は中央から破壊され、その破壊の連鎖が橋脚まで続き、巴側と結構な距離分断される形になったが、それでも前線と巴を後方支援するような形でいた大部分の怨と、おまけのように後をついて来ている大量の狐火はこちら側に取り残されていて、進む事を止めたディアボロ達はアスハや忍へと寄っていく。
アスハへ次々と伸びる包帯は小型の盾から広がり包み込む蒼い翼によって防がれていたが、7度目ともなれば小型の盾に施された両翼は反応せず、包帯が足に絡みつきアスハを拘束する。そこへ全力疾走する優コピーが拘束されたアスハに掴みかかり、腕を取るとアスハを軽々と持ち上げ、アスファルトへと叩きつけた。
アスファルトが砕け散る音と骨の軋む音が、アスハの耳に届く。
もう一度叩きつけるつもりで振り上げた腕が光弾によって撃ち抜かれ、アスハの脚に絡みつく包帯も撃ち抜いた。空中で自由となったアスハは体を捻りながらも空中で片手を着地地点に向けて放った。着地地点にいたコピーと狐火へ蒼い槍が降り注ぎ、アスファルトごと狐火を穿いていく。
そして刺さった槍が消えゆくアスファルトに着地すると、ルナリティスへ感謝を示すように片手をあげた。
着地したアスハへと再び詰めようとするコピーだが、踏み込もうとする足下を撃ち抜かれ、わずかに戸惑ったそこへ「止まった、な」と、すかさずアスハは片手に形成した蒼い巨狼の頭部でコピーの身体に食らいつき、食い千切った血肉で癒すかのよう自分の傷が癒えていく。それと同時に、足元を撃ち抜いたのとほぼ同じ射線から、雷光のような青白い光の隼がコピーの頭部を撃ち砕く。
「お前、いたぶるのが大好きなドS女だろう? 俺も敵をいたぶるのは大好きだ」
距離を置くために退くアスハへキサラが駆け寄りさらに癒している間にも、コピーの残骸と群がる狐火に向け、ミハイルが闇に染まった手を振りおろすと、逆十字架が頼りない火を次々にかき消していった。
それでも向かってくる怨の頭上から稲妻が降り注ぎ、わずかでも足が止まったそこへ正面から三日月の刃が切り刻んでいく。
「今回は派手に行くぞ」
そう言ってもう一度三日月の刃を生み出す、サガ。避けようとする怨の周囲に五芒星が描かれ、5枚の符から放たれる七色の光弾が怨を押し留め、動けないそこへと三日月の刃が降り注ぐのだった。
「それなりの仕事はするさ」
空でつまらなそうにする佳槻は分断された正面を見て、サーバントがこちらに流れてくる心配が今のところない事に安堵する。天使軍には説得失敗しないかぎり攻撃しないという空気が流れていても、自衛のために攻撃されたら攻撃し返すつもりでいた自分が誰か彼かから非難される確率が減ったからだ。
(こんな戦場で面倒は御免だ)
そんな佳槻の横をSpicaが銀の粒子をまき散らし、すいっと通り抜けていく。
「爆撃するのも、ヒサシブリ……」
超高圧縮されたエネルギーをライフルから撃ち出し、伸びてくる包帯を撃ち落としながら急降下すると、密集している地点へと三日月の刃を撒き散らせて急上昇して空へと戻る。
急上昇するスピカを追いかけるように群れる狐火へ、サガの手から呼び出された闇の逆十字架が落とされた。そしてその近辺へ拳大の燐光が集合したものが無数に降り注ぎ、狐火を駆逐していく。
燐光に包まれる本を片手に、走りながら周囲を見渡す黒子が橋の向こうの様子を聞き、「ふむ」と思考を巡らせる。
(こちらは十分に優勢、向こうの説得も上々ではあるが、巴にあたる者が少ないか)
そんな事を思っている矢先、向こう側で雷光が見え何かが天に向かって伸びているなと思った次の瞬間には怨が一斉に跳びあがり、横薙ぎの刃によって次々と仲間達を襲っていた。
黒子の位置が終点間際だったのか肩をわずかに裂いただけではあるが、雷撃が身体を通り抜けて身体を痺れさせる。幸い、距離のせいもあるのか麻痺するほどではなかったが、今の一撃をまともに喰らってしまったサガとアスハ、そこからさらに距離を空けていたキサラも同じく、多少浅くはなっているが今の一撃を受けていた。サガとアスハの意識が一瞬飛んだが、アウルの温かみに包まれ意識をすぐに取り戻す。
ミハイルは斬撃へ銃弾を当ててわずかでも遅らせ、銃の反動で身を沈めたが銃を持つ腕の外側を削ぎ取られ、忍は「……また」と上に飛んでスクールジャケットがぼろぼろになってしまった様を嘆くだけに終わり、空を飛んでいた佳槻、ルナリティス、Spicaの3人だけがその斬撃から逃れることができたのだった。
黒子が「アスハ」とアスハを呼び寄せ、本から溢れる燐光が黒子とアスハの傷を癒していく最中、キサラ以上の深手を負ったサガがよろめくキサラへ駆け寄って抱きとめ、膝をつかまいとしているキサラを支える。支えられながらも「……エッカート様……こちらへ」とミハイルを呼び寄せた。
「……一気に回復…させます…よ……!」
アウルの光に溢れた柔らかな風が4人を包み込み、傷を癒していく。
後ろへと下がっている間もSpicaの爆撃は続き、地表付近で魔方陣を出現させて爆発させるとまた上昇するが、そこを狙われて複数の包帯に絡め取られ、侵蝕する梵字に声は上げずとも苦悶の表情を浮かべる。そこの前に降り立つ佳槻の符が砂塵を舞い上げ、Spicaに絡みつく包帯をちぎるように蝕み、巻きこむ怨を石化させた。
自由になったSpicaが再び上昇する前に今度は佳槻が絡み取られ、呻き声が漏れるよりも早く、Spicaが包帯を狙撃し、2人そろって上昇する。
「ありがと、う……」
「こちらこそ」
上昇する2人に追い打ちをかけるつもりで上を向き、腕から包帯を伸ばしたその下、怨の影から現れるようにサガが。
「お前らの相手は、我々だと言うことを忘れるな」
サガから漂う凍気が吹き荒れ、上を向いていた怨達の身体を凍えさせ自重に負けるかのように砕け散っていく。砕け散る怨がアスファルトに倒れるよりも早く、サガは再び音の影へと身を潜めるのだった。すでに残り火はほとんどが踏み荒らされるか吹き飛ばされるかして遥か後方に残す限りで、炙り出される心配も最早ない。
再び状況を一瞥した黒子が、対岸へと目を向ける。
「先ほどの斬撃、こちらを狙ったわけではないだろうが、この距離でも届くというのはあまり軽く見ることの出来る問題ではない。さらには向こうが劣勢とまではいかないまでも、取りこぼす可能性があるか」
対岸から視線を上にずらし、怨を狙撃するルナリティスと目を合わせると、ルナリティスも同じ事を考えていたのか頷くと、対岸へ向け滑空していった。
そしてその後を「私も……」と、Spicaも追いかけるのであった。
見届けた黒子はざっと残存戦力を比較すると、こちらへ向ってくるコピーを見つけ、手を叩き、仰々しく袖の下に手甲が見え隠れする手を広げる。
「さて、ここからは君達が攻め込まれる時間だ」
アスファルトから伸びる枝を盾で受け止める六実の身体が宙に浮き、浮き上がったそこへ別の枝が伸びていく。その枝が六実を貫くより早く、スズカが引き寄せ六実を腕の中に収める。
「あ、ありがと、スズカちゃ――」
六実が言い終わる前に地面を走る黒い稲妻が2人の身体を駆け巡り、焼けるような痺れる感覚に襲われながらもスズカは地を蹴り、あれほどまでに忌み嫌っていた悪魔の翼を広げ低空を飛んだ。そこをエメラルドクイーンの鋭い矢が貫くも、スズカは身を挺してでも六実には当てさせない。
涼子は突きあがってくる枝に合わせて跳躍し、地を走る黒い稲妻もかわしていたが、悠人は枝を大剣で受け流し黒い稲妻の衝撃をものともせず前に突き進むそこへ、2体のセレナイトクイーンが振り下ろす2本の槌が襲い掛かり、横にした大剣で受け止めた。
少し見上げれば、アルテミシアまでもうわずか。
「こちらには、貴女方と交戦する意思はありません! 見ての通りこちらの先陣はあいつらと交戦しています、数だけでなく、僕らの実力ももうわかっているはずです! 利用価値があるってことを!」
下がるセレナイトクイーンにあわせ、地面から伸びる枝が見上げる悠人の脚を貫くが、それでも悠人は呼びかける。
「信用できないなら、僕を――俺を人質にすればいいさ! 貴女には有用な、巴の情報を持っている俺を!」
それを聞いてもなお、動きを止めないアルテミシアは矢を番え、力を収束しているのがわかる。そしてそれが放たれれば、アルテミシアの前にいる敵味方関係なしにすべてを飲み込む事も。
「貴女にはスズカも涼子さんもシェインエルも居て、残された悲しみを自分が与えるつもりか!? それが怖いなら、失う前に守ればいいって発想はなかったのか!? 王に尽くす貴女がアテナに合おうとしないのも、不義理だ! 協力なら惜しまない、だからもう自暴自棄になるのを止めてくれ!!」
それでもアルテミシアはその構えを解こうとしない。ただそれがまだ収束しているのか、射るのを躊躇っているのか――悠人は後者だと信じていた。
「――スズカ、武器を狙え」
涼子がそう告げてスズカの返事も聞かずに走り出す。
返事はしなかったが、スズカは六実にしがみついてもらったまま弓を構えた。そして涼子がプラチナアルキュリアの突きあげる枝の勢いを利用して大跳躍すると同時に、矢を放つ。
まっすぐに飛んでいくスズカの矢は、アルテミシアの弓を貫き、収束された力がばらけていった。学園で漫然としていたころであれば、狙えと言われても狙う度胸もなければ、当てる技量もなかっただろう。ここまでスズカを成長させたのは、間違いなく、学園生のおかげだった。
跳躍した涼子にエメラルドクイーンの放つ無数の矢が襲い掛かり、いくらか刺さろうともそれを蹴りつけた涼子はアルテミシアの背中にしがみついた。
「――ろくにかわせない危険を冒すなと、教えたはずだ」
「危険を冒してまでチャンスをモノにする、馬鹿者たちの影響です」
そう言って涼子は足を振り上げアルテミシアごと回転して、地面へ向け自分ごと投げ飛ばすようにアルテミシア共々落下していく。わかる者が見ればそれは、飯綱落としだとすぐわかる。それもまた、涼子が馬鹿者たちから学んだことなのだろう。
そのままなら頭を地面に叩きつけるものだ――地上に降りたスズカも六実も走り出す。それだけでなく、少しずつ癒えているとはいえ傷だらけになった悠人も走り出していた。
そして3人は腕を伸ばしてアルテミシアの下へと潜りこみ、全員がアスファルトへと重なり合って寝転んだ。
寝転がりながら、自暴自棄になる事に不都合がお前らにあるのかと、なおも暴れそうなアルテミシアを涼子が腕と足を使いしっかりと押さえこみ、一番下で下敷きになったスズカはさすがにしばらく動けなさそうだったが、一番小柄な六実がもぞもぞと這い出して傍らで両膝をつけると、アルテミシアの手を取り両手で包み込みながら顔を覗き込んだ。
「シアさんはまだ1人じゃ無い、お兄さんやスズカちゃんとそのお母さん、そして私たちがいるんだよ。だから、死に急がないで。与一さんだってシアさんが死ぬのは絶対に望んでないから」
包み込んだ手にぎゅっと力をこめ、這い出た悠人もまた、片膝をつきその手に重ねた。
「この場にいる冥魔勢は私達撃退士の敵です、一緒に戦いましょう。お兄さんも言っていたじゃないですか、もっと私たちを頼ってください」
「……お前らはここまで私の邪魔をして、何がしたい」
いまさらな質問に六実と悠人は顔を合わせ、2人して言った。
『生きていてほしい』
「それだけですよ」
立ち上がる悠人が、手を差し伸べる。
アルテミシアの全身から力が抜けるのを感じた涼子は手足の力を緩め、自由となったアルテミシアが悠人の手に手を伸ばす――と、アルテミシアは悠人の手を引いて、悠人と自分の位置を入れ替えるようにして立ち上がると六実にかぶさった。
その直後、紫電と白銀の閃き。飛び散る鮮血が六実の顔を汚し、力なく倒れるアルテミシアを六実が受け止めた。
さらには僅かずつのダメージを受けていたとはいえ、ほとんどのヴァルキュリアとクイーンがその場に崩れ落ちていった。生き残っているセレナイトクイーンも深手なだけでなく、痺れて身体の自由が利かないのかその場で膝をついて動けなくなっていた。
紫電と白銀の閃きが橋の対岸にも襲いかかるのを、倒れていた悠人の目に映していた。そしてその白刃を振るった人物も。
「巴……ッ!」
歯ぎしりし、がばっと起き上がった悠人。六実はアルテミシアを横に寝かして「シアさん! シアさん!」と名前を呼び続けている。
柄を握りしめ、「ここは任せます!」と雫の加勢しにいく悠人であった。
任された六実だが、半狂乱にアルテミシアを呼び続けるだけだった――が、後ろからスズカに抱きしめられる。
「むっちゃん、落ち着いて。まだ生きてるんだよ」
ハッとする六実の頭には涼子の手が置かれ「この場ではお前が一番だ」と、語りかける。その言葉には自分ではアルテミシアを救うことができない悔しさが滲んでいるも、自分にできる事――来るかもしれない怨と、巴の斬撃に警戒し目を凝らせていた。
ずいぶん大きいだけでなく、逞しくなったように感じる大しくな手に六実は自分の手を重ね、それから顔を涙で濡らしたままアルテミシアのまだ温かい体に触れた。
(もう後悔したくない……! 今度こそ助けるから!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「――ずいぶん余裕ですね」
対岸を横一閃し、空へも一閃した巴への背中へ雫の大剣が水平に振られるが、見もせずに巴は刀を地面に突き立て身体を浮かし、かわしながら刃を受け止めた。
(まるっきり当たらないわけでもありませんが、先ほどから見えていない角度からの攻撃も避けてきますね)
弾かれた刃を引き、くるりと柄を回し縦一閃。アスファルトだけが砕け散り、横に滑り込む巴へ身体を回転させて大剣を引き寄せ巴の刃も受け止め返すと距離を取った。
拮抗としていると言えば拮抗しているが、雫自身もこれが拮抗しているわけではないと自覚していた。現に今、斬りあっている最中に前方と後方に一撃ずつ入れる余裕もあったし、神威が――身体強化が切れたら完全に天秤は傾いてしまう。だが時間は無情にも進み、神威の効果もあと数秒しか残っていない。
圧倒的に不利な状況で巴と睨みあっている雫の横を悠人が駆け抜け、巴と打ちあった。
「あの時の続きといきましょうか!」
雫と比べて大きく弾かれやすいが、それでも巴にまとわりつき次々に打ちあい、その中へ雫も加わる。
「打ちあい続けるのはいささか面倒ですね」
静かに告げる巴の全身が雷光に包まれ、雫と悠人の目の前で消えた。
アスファルトに迸る雷に悠人は「後ろだ!」と叫び、背後からの一撃を受け止めた。ほぼそれと同時に雫も背後の一撃を受け止めていたのだが、受け止めたタイミングでもうすでに悠人ともども背中を斬られ、振り返るよりも早く肩から腕にかけて斬られていた。
もう一撃入れられるというところで、刀身が狙撃され腕ごと流される。
空を飛ぶルナリティスが腕を押さえながら、「さっきの礼」と。腕を流された巴と悠人の間に、巨大な槌が割り込んできた。
「雷、使うみたいだけど……どっちが痛いか、興味ある……」
Spicaの槌を巴は刀で受け止めたが、アスファルトの上を横に滑っていく巴は完全に足を止めてしまった。巨大な槌が元の銀の槍へと戻したSpicaは血を流しながらも意識の中にある書庫へと接続し、銀の槍を再び巨大な槌へと変化させる。
先ほどよりも繊細な細工が施され神々しさも感じさせる槌で、動けない巴を砕かんばかりの勢いで力任せに叩きつけた。
決して倒れまいとする巴が立ったまま吹き飛ばされ、崩壊した橋の端へと追い詰められるとその背中が、飛び交う複数の光弾で貫かれる。
対岸では袖がなく、赤く染まった腕で銃を構えているミハイルの姿。その後ろでは怨の肩に乗った忍が、「…もう、これで最後……」と残念そうに呟き、2本の小太刀で怨の頭部を切り落とし着地する
「1対1や1対2ならお前に分があったんだろうが、生憎、脆弱な俺達はそんなことをしないんでな。伝説の戦士や魔獣のパレードだ。たっぷりと蹂躙されろ」
笑うと、銃をスーツの内側にしまいこみ、背中を見せるのだった。
さすがに堪らず膝をついた巴の正面から、満身創痍にも見える悠人が大剣を振りかぶる。
もう動けるのか、かわそうとする素振りを見せた巴だが、「終わりです」と背中の傷が露わになっている事すら忘れ、全ての力を振り絞った修羅の如き渾身の一撃で、雫は巴を背中からばっさりと斬りつけた。
斬りつけられるとほぼ同時に、悠人の大剣も振り下ろされる。
全身の包帯を真っ赤に染めた巴が前にゆっくりと倒れ、倒れ様、空を見上げながら誰かの名前を呼んだようであった。
巴が膝から崩れ落ち、動かなくなったのを確認すると、悠人も崩れるようにその場でへたり込み、後ろを気にかける。起き上がるアルテミシアの姿に「よかった」と、その場でごろんと横になって目を閉じる。
「ようやく、終わりですか」
雫も大剣をアスファルトに突き立てると、背中の傷を隠すかのように大剣へ背を預けて座りこむのであった。
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最後の1体が放った包帯を腕に絡め取る将太郎が、梵字を流し込まれながらも力任せに引き寄せ、まずは目元に頭突きを一発いれて気分的に少しすっきりしてから怨の胴体を真っ二つにするのだった。
息を切らせながら周囲を見る将太郎のまわりには、怨とコピーの死骸がそこら中に散りばめられ、激戦を物語っていた。
「――じゅぅぅぅぅぶん、俺は俺の仕事をしただろ。あとは帰って飯食って酒飲んで寝るかぁ」
大鎌を肩に乗せ、飄々と歩きだす――そんな様子を、空にいる佳槻が見ていた。
(勘違い女も倒れたか)
「まったく、とんだ迷惑な話だ」
ふんと鼻を鳴らし、そのまま佳槻は誰に言うでもなくこの戦場を後にする――……
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選択肢【将】
●猛将の名を持つ者と命を懸けて
近くに転送し、そこを目指して急こう配でうっそうとしている森の横を皆が走っていた。
ただの森のはずだが、何とも言えぬ不気味さが不安を十二分に煽ってくる。これから向かう戦地への緊張と不安のせいでもあるが、もしかするとこの森の中に何かが潜んでいる可能性は十分ある。
(こういう所も油断はできないな)
森へと目を走らせる陽波 透次(
ja0280)が心に留めていると、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が「見えてきましたね」と言って走りながら見えない階段でも駆け上がっていくようにぐんぐんと高度を上げ、小ぶりのヒリュウ“ハート”を呼びだしていた。
「ッハ、ホントにいやがった。ありがてー限りだぜ」
嬉しそうに口元を歪めるラファル A ユーティライネン(
jb4620)の言葉を、また肌がひりつくような戦いができると歓喜したのか、借りが返せる事を喜んだのか、今後の憂いを1つ潰せると感謝したのか様々で、各々がどんな意味で捉えていたかはわからないが、不謹慎だと言う者は誰1人もいなかった。緋打石(
jb5225)に至っては「とても楽しみだ」と、はっきり言っていた。
「祭器等なしで一度やろうって提案したのは俺だしね」
だから今回の事が起きた、とまでは言わないが、心待ちにしていたと言わんばかりの龍崎海(
ja0565)。
(武人であるからこそ、心躍るというものか)
涼しい顔はしているが、鳳 静矢(
ja3856)自身も己が昂ぶるのを感じていた。黒井 明斗(
jb0525)の「戦いという儀式が必要な方もいると言うことですね」という言葉にも、思わず内心で頷いていた。
「静かに去りたかったんだがのう。因縁は……禍は断って置かねばな」
インレ(
jb3056)の呟きに思うところがあるのか、斉凛(
ja6571)と華澄・エルシャン・御影(
jb6365)が目を合わせ、頷き合う。
志堂 龍実(
ja9408)も「因縁、か」と、反応を示す。
「……無理、するなよ」
華澄へと釘を刺すルナ・ジョーカー・御影(
jb2309)だが、華澄の目はあなたこそねと言っている。
華澄を心配するルナに触発されてなのか蒼井 流(
ja8263)も不安が芽生え、築田多紀(
jb9792)へ「多紀も無理はすんなよ」と声をかけると、うんと言いつつも「僕だって意地を見せたい時があるんだ」と流に意気込みを見せていた。
「その機会に恵まれたことを感謝しよう」
「そうですね」
下妻笹緒(
ja0544)と龍仙 樹(
jb0212)の会話にユウ(
jb5639)も内心で頷く。
(例え此処で倒れても、何度でも、何度でも……あの時はそう言うのが精一杯でしたね。それでも、今回は倒れる分けには行きません)
「皆さんと共に必ず少将を止めましょう!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1本道の向こう、整列するディアボロ一団の先頭で構えるのは紛れもなく、猛将アラドメネク――
「最後に一仕事……にしては敵が大物だな」
自分の身長ほどもある、ライフル銃のような形状をした銃を肩にかけて牙撃鉄鳴(
jb5667)がそんな言葉を放つその横で、「もう全部終わったじゃない! このわからず屋!」と雪室 チルル(
ja0220)が歯を見せイーッと、年齢的にそろそろ卒業してほしいような事をしていた。
「我を貫くなら敬意は払うが、時代をそれに付き合わせる気もない。」
久遠 仁刀(
ja2464)がその大きさにしては薄く、片刃で反りの入った斬馬刀のような大剣を抜き放ち、「折れろとは言わん、受けて止めるぞ」と、すでに構えてみせる。龍実も双剣を抜き放った。
「結局、誰もが譲れないんだろうさ…信念って奴は」
「3秒だけ待ってなの!」
「今みなさんに付与しますので」
香奈沢 風禰(
jb2286)と黄昏ひりょ(
jb3452)が分担して韋駄天をかけて回り、ついでに風禰は鳳凰も召喚する。その間にもどんどん緊張が高まっていてすでにお互い、言葉を交わす気配はない。
緊張が高まる中、「防御力UPなの!」と風禰が4枚の符で四神の加護を仲間に付与していく。ここまでくるともう、お互いの準備は万端であった。
――何かのきっかけさえあれば、お互い、いつでも始められる。
そんな時に、鳳 蒼姫(
ja3762)が右手で天を指さすと、腕を振り下ろす。
「行きますですよぅ! アラドメネク!」
その言葉に釣られて、「行くわよー!」とややフライング気味にチルルが飛びだすと、全員が動き出した。ハートと共に空を駆けるエイルズレトラ、それを追い掛けるように緋打石とユウも黒い翼を広げ空を飛ぶと、それに続こうと白い翼を広げた凛が鉄鳴に目を配り、それから華麗に飛び立った。
「期待されたなら応えよう」
そう言って、橋の右へ向かった凛とは逆へと飛んでいった。
橋の正面にまずアラドメネクがいるということから、自然とアラドメネクを狙う者達が先に集結する形で橋の上を駆けていく。
「楽しませてもらいますよ」
「あんたとは一度やっておきたくてよ。死ぬまで遊ぼうぜ」
誰よりも早く到着したエイルズレトラと、偽装を解除しウォーウォーと唸りながら変形していくラファルがアラドメネクに詰め寄ろうとする直前に、アラドメネクも動き出した。
黒刃の大剣を肩に担ぎあげると、正面からくるラファルに向かって突進していく。
ラファルの背後で、海と明斗から眩い光が放たれ、怨は足も踏み出さずにその光から顔を背けていた。そんな怨達が真横から、「これでもくらえ」と緋打石のかざした手が放つ一直線に太い雷光が衝き抜ける。そして音の包帯をかわしながらもう1発放つと、アラドメネクを追いかける。
怨も引き連れず、向かってくるアラドメネク。しかし喜び勇んで迎えうとうとするラファルを前に、アラドメネクは跳んでいた。空を飛ぶというわけではなく全力の跳躍なのだろうが、その高さはユウや凛、鉄鳴とほぼ変わらない高さだった。
その際、凛はアラドメネクが自分を見た気もしたが、それはほんの一瞬だったので気のせいかもしれないと、薔薇と蝶のマークがついている緋色のスナイパーライフル“ブラッディーローズ”で左肩を狙う。
(貴方の最後の敵に相応しいと認めさせるわ)
「わたくしに逆らう? ギルティ。女帝の名により刑執行」
ライフルから出るのは弾ではなく紅茶の霧で、それがアラドメネクの左肩に吹きかかる。女帝の呪いが左肩を蝕み、しゅうしゅうと煙を噴き上げ焼け爛れていく。
それにも構わずアラドメネクは空中で刃を振り上げ、収束される黒い力がまるで長い金棒のようなものを創り上げると、それを凛へ向って振り下ろす――のと同時に、轟雷のような銃声と共に右腕に赤い花を咲かせ、鉄鳴のレールガンから特殊な弾頭がアラドメネクの左腕を貫いていた。
そのおかげか凛に振り下ろされた黒い力は中心からわずかに逸れ、ブラッディーローズを抱きかかえるようにしていた凛の右肩をかすめつつ地面へと叩きつけようとする圧力が、腰から足へと突き抜けていく。高度が一瞬下がりはしたものの、すぐに持ち直す凛。
「ッ……! 直撃していたら、地面に叩きつけられていましたわね」
レールガンの放熱板を開かせた鉄鳴と、紫電を纏う銀色の銃を構えたユウに目礼をする。
これまで空を飛んだとは聞かないアラドメネクが見せる、空を飛ぶ者への対抗策をここで使ってきた。それだけでもこれまでにない本気が伺える。
さらにアラドメネクは先陣を切ったどころか、過去にどうやって孤立させようかと策を練ってきた事をあざ笑うかのように、自ら撃退士達のど真ん中へと降り立つという、まさかの行動に出てきた。
「あたい達を舐めないで!」
斜面を駆け登ってきたチルルがバットのように振る氷剣を、正面から迎えうつアラドメネクは左腕を上げ刃先を下に向けた刃で受け止め、「舐めてなどいない」と言い放ち肘をチルルの背中に叩きつける。アスファルトに叩きつけられたチルルだが、すぐに腕の力で跳び起きてみせた。
チルルが叩きつけられたと同時に、音もなく忍び寄ったエイルズレトラがケーンに仕込んだ刀でその首を狙って突こうとした直前、直感が働いて空中で静止すると、丸太のような太く、鞭のようにしなやかな何かが顔の前を通り過ぎてアスファルトを打ち砕いた。
見れば動かないはずの右腕が、アスファルトに深々と食い込んでいる。
「使えないフリをしていた――というわけではなく、身体で右腕を振り回して鞭のように使うというわけですか。彼の剛腕なら確かにそれでもかなりのものでしょうね」
少し離れていたので見えていた樹の解説を聞きながら、エイルズレトラは一呼吸遅れながらも総毛立つ。
(おそらくいま最も威力の低い一撃でしょうが、それですら当たっていれば僕は簡単に死んでしまいますねえ)
右腕が動く可能性を入れていなければ、今の一撃で重傷でも重体でもなく、死んでいた。もっとも最弱の攻撃ですらそうだと言う事はつまり、アラドメネクの全ての攻撃が、自分にとっては一撃必殺。そう考えるとエイルズレトラは――愉快でたまらなかった。
最前線に近かったため、立ち位置的に背後を取られた形になっていた海が振り返り、その手に槍を創るとあたかも聖槍を投げるかの如くアラドメネクへと投げつける。
(あの時の聖槍ではない俺の攻撃は、受けるに任せるか?)
少しでも躊躇させてやろうという目論見ではあったが、その目論見はすぐに壊されてしまう。過去の事などまるで気にせず踏み込んでは身体を回し、傷つくのも構わずに振り回した右腕で海のヴァルキリージャベリンを払った。痛みはあるはずだが、動かぬ腕など武器や盾にしか使えないと言わんばかりの使い方である。
(さすがだな、猛将)
決してスマートな戦い方とは言えないが、“猛将”の名が実にふさわしい。己の身体にすら容赦ないアラドメネクに、静矢は思わず笑みを浮かべていた。
そして飛びこんできたアラドメネクの包囲が完了するかというその前に、アラドメネクは海のいる方向、ディアボロの軍勢が待ち構えている方向を向くと、右肩を突き出して突進していく。
みえみえのタックルに海が動き出そうとすると、ぼろぼろの包帯が後ろから首に巻きつき焼けつくような痛みと共に、足を止められてしまった。
足を止められた一瞬あとに包帯の束縛からなぜか解放されたが、もはやタックルは目の前である。
それでもなんとか空中に浮いた盾が海との間に割り込み、アラドメネクを叩いて横に逃れようとはした――が、海の身体はダンプに撥ねられたかのように宙を舞う。力の方向がわずかでもずれているおかげで多少は軽減できているだろうが、むしろダンプよりも凶悪かもしれないなと、宙に舞いながらも思っていた。
海を撥ね飛ばしただけでは止まらず、包帯を切りながら海の影から低空飛行で近づいていた緋打石と、引き返してきたラファル、まずはと後ろの怨達を狙いに行っていた透次と華澄、それとインレにまで迫りくる。
一番近かった緋打石も撥ね飛ばされたかと思ったが、緋打石の代わりにその場でスクールジャケットがぼろぼろの布と成り果て、次に近かったラファルの全身から蒼いアウルが溢れ出し、彗星の如き敏捷性で軌道を変えて回避する。アラドメネクが後ろから迫ってきていた透次もまた、ぼろぼろのジャケットだけを残し、距離的にもずいぶんとゆとりがあった華澄とインレは余裕を持って横にすいっと避けていた。
横を通り抜けるアラドメネクに「お前か」と睨まれた気がして、華澄も睨み返す。
アラドメネクはそのまま怨の開けた道を通り、一番後ろにまで下がっていった。そして怨達が一斉に動き出す。
左右から攻めていく者と、正面からまともに来る者、アラドメネクに近いいくらかの怨と優コピーが動こうとはせず、膝をついて身を屈めていた。いつの間にか1本道の側面で、狐火達も残り火をまき散らしながら右往左往している。
ただし、攻めてくる怨の中には顔の前に手をかざし、明斗と海の光を遮りながら攻めてくるのもいた。
「やぁっと出番ですねぃ☆」
「カマガードフラッグ、シャキーン!」
アラドメネクが単身で乗り込んできても無視し、回り込むように怨達を目指していた蒼姫と琥珀。事前に明斗の歌声も聞き、魔力が溢れている。
蒼姫がぱちんと指を鳴らし、琥珀が「カマキリ流星群くらえー!」と言って手をシャカシャカさせる。
巨大な火の球が反応の遅い怨の前で炸裂し、火花をまき散らすそこに隕石まで降り注ぐ。反応が早く、群れから逸れてでも範囲から逃れた怨へは、「どこへ行こうというのだね」と回り込んだ笹緒が腕を振り下ろす。
笹緒の背後上空に現れていた風神と雷神の描かれた黄金の屏風が呼応して稲妻を射出し怨を貫くと、飛びだしたひりょが振り下ろされる尺八が頬をかすめ肩を強打するが、水のようなもので形成された太刀で斬り捨てた。
そして、天に向けて手をかざす。
「雷よ我が敵を穿て!」
ひりょが手を振りおろすと、手で庇を作りながらやってくる怨と群がってくる狐火に雷が降り注ぐ。さらに笹緒の頭上に翼尾を広げた鳳凰が一回転し、輝く赤色の軌跡を残しつつその群れへと飛翔していくと、炎の羽をまき散らし、それが触れたところから火柱が立ち昇りあっという間に炎で埋め尽くす。
「イレギュラーは排除しなければな」
ひりょはさらに奥へと突き進み、笹緒は再び金屏風を呼び出す。
稲妻で射抜かれた怨へ合流した蒼姫が近寄り、「ビリッとくるのですよぅ☆」と手から放った静電気のような甲高い音の細い雷撃を幾本も怨に流し込み、痺れた怨に走り寄ったひりょが胴体を斬り捨てるのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
正面から向かってくる怨を前にインレは目を閉じ、己の心と対話する。
(若人の道切り拓くは老人の努め。誰一人として失わせはしない――その為ならこの刹那に総てを燃やし尽くしても構わない)
対話に応じた心は燃え、燃えゆく心はインレを衝き動かす。
伸びる包帯が左腕に絡みつき、梵字を流し込まれようとも構わずインレは地を駆け、左腕を焼き焦がしながら放たれる煌めく焔の拳が怨の顔に炸裂する。
「ま、死にたくはないがな」
怨の注目を集めインレは退いていくと、それを追い掛ける怨が激しい風の渦に飲み込まれアスファルトに叩きつけられた。
「僕もがんばるんだ!」
多紀のマジックスクリューで叩きつけられた怨がフラフラしていると、他の怨がその怨を抜いて行こうとするそこへ風禰が近づいて行って符をばら撒いた。すると真っ直ぐ進もうとしていたはずの怨が一斉に別々の方向へと歩き出す。
方向感覚を失った怨を銀色の焔を纏った矢で流が射抜き、それから「多紀は、絶対に傷つけさせはしない!」と、多紀に伸びてくる包帯から護るように多紀を自分のアウルで包み込み、梵字の侵蝕をその身で代わりに受け止めた。
「これ、狙うなら若人ではなく年寄りにせんか。年功序列という言葉を知らんのかのう」
すっと多紀を狙った怨にインレが近づき、膝を、腰を、胴を、肩を落とし密着すると、鋼と化した己の全身を怨にぶつけ、衝撃で吹き飛ばされてうろうろしている怨を巻き込んでいく。
そこに「カマァーーー!」と叫び声とともに隕石が降り注ぎ、それでも生き残った怨が「カマキリージャベリン、カマァ!」とアウルの槍によって貫かれた。
「アブラカタブラの周りは、僕が綺麗にするんだよ!」
琥珀が何を言っているのか多くの者が分からない中、「アラドメネクさんなの!」と風禰に訂正される琥珀であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(よし、釣れた)
体内に流れるアウルを均一化し、高まったアウルが怨に威圧感を与えて注目を集める透次が、かなり奥深くに食い込んでまで怨を引き連れ、退いていた。
急勾配に対して、身体を垂直にして移動する透次の瞳が凍てついた闇の色を湛え、怨達の上に現れた光の円陣が光りの柱に飲み込まれていくそこへ、全身から無数の影の刃を撒き散らしながらルナが飛びこむように近づき、光の柱の中を切り刻んでいった。
そのルナへ伸びる包帯を切り払いながら華澄が前へと突き進み、華澄を取り囲むように群がる怨が尺八を振り上げる。だが先に華澄の腕がブレたかと思うと、怨の腕は振り下ろされる事無く転がり落ち、その直後、ルナが放り投げた火球が炸裂して華澄の前で怨は火柱に包みこまれるのだった。
そんな状態でなおも透次に群がってくる狐火の足元から、アスファルトにも拘らず波打つ土が現れては狐火を飲み込んで押し潰す。土が消え、狐火の中心で燃えていたよくわからない何かを透次は拾い上げ、それを全力でアラドメネク達のいる後ろの森へと投げ込んでみた。
どうなるか注目していた透次の目に映ったのは、それが見えなくなるほどおびただしい数の人蜘蛛が飛び付く様だった。人蜘蛛同士が重なり合って互いを貪ろうともお構いなしである。あそこだけがたまたま、ではないだろう。よく目を凝らせば、森の中では多すぎて隠れきる事が出来ていない人蜘蛛の姿も確認できた。
もしも森を抜けて後ろから――なんて事をしていれば今頃、無残な姿を晒していたかもしれない。
その様子に、「森の中に入ってはいけない!」と危険性を訴えつつ、後ろから追いかけてきた明斗が「道を作りますよ」と透次の前に隕石を降らせ狐火の残りを蹴散らすと、アラドメネクの前で待機しているディアボロ達へ向って透次が走り出す。
もちろん透次だけではない。
地上からはラファル、チルル、海、龍実、静矢、仁刀、樹が、空からはエイルズレトラ、緋打石、凛、鉄鳴、ユウの順でアラドメネクへと正面から詰め寄ろうとしている。そんな彼らを先導するようにいるのは、インレ、流、多紀、風禰、琥珀、であった。
展開したディアボロを少しだけ残しつつも、ひりょ、笹緒、蒼姫が左から、華澄とルナそれに明斗が右から透次を追いかけて、包囲を狭めていく。
(あの位置では森に入らなければ狙えそうにないが、森に入るべきではないのだろう)
透次の注意喚起は聞こえていた。狙える位置へ向かって飛んでいた鉄鳴がレールガンに特殊な弾丸を入れリロードしながら凛を見れば、視線が交わり、言葉を交わすまでもなく頷いていきた。そして言われたわけでもないのに、鉄鳴はもう少しだけ高度をあげて進行方向を少し変えたのだった。
皆が向かう先のディアボロ達はいまだに膝をついたままで、奥で左肩の傷を癒しもせずにアラドメネクは黒刃の大剣を腰あたりで水平に構えていた。
「来るか……!」
突如静矢が叫ぶのと、アラドメネクの黒刃が振られるのはほぼ同時だった。
正面から向かっていく者達全てをなぎ倒す勢いで黒い斬撃が水平に飛び、近すぎた透次はジャケットを身代りにして躱し、ラファルは少し余裕を持って身を沈めて躱していた。静矢の警告に合わせ躱せる者は躱し、躱しきれない者でも「カマキノスの盾、しゃきーん!」と誰かの前に立って受け止めるだけのゆとりが生まれていた。
「あっぶねーあっぶねー。鳳の忠告を頭の片隅に置いておいてよかったぜ」
身を起こす、ラファル。警告だけでなく、事前に横薙ぎの可能性も聞かされて心構えできていた分、上手く反応ができたのだ。
多紀を腕の中に収めて倒れ込んだ流が「大丈夫か、多紀」と声をかけると、「大丈夫だよ、るーくん」と多紀は恥ずかしそうでいて少しだけ不満そうな表情も見せるが、目を細めて見下ろすインレの左腕に深い傷跡を見つけ、倒れ際、インレが早く沈みこませるために流の背中を押してくれたのが見えていた多紀は立ち上がってすぐに応急手当てを始める。
「まだ来る!」
静矢がもう一度叫ぶと振り抜いていた大剣を下から振り上げ、アスファルトを抉りながら斜めに黒い斬撃を飛ばしてアラドメネクの左側から攻めるルナ、華澄、明斗に襲い掛かるが、こちらも来ると分かっていたように盾で受けたり躱したりしていた。
「もう一度だ!」
再三の呼びかけ。振り上げた大剣が三角を描くように斜めに振り下ろされ、今度は反対の方向へ斜めの斬撃が飛ぶ。ひりょは躱せたが、笹緒のPANDAスーツには斜めの切れ込みが深々と入り、蒼姫は腕に巻きつけた蒼色の布地を広げ少しは軽減したがざっくりと両腕に切り傷が生まれていた。
それでも蒼姫は静矢が振り返り声をかける前に親指をグッと立てて、大丈夫アピールをしていた。実際、かなり痛かったのは確かだがそこまで深い傷ではない。笹緒も、見た目的には深そうだが、どうやらそうでもないらしい。
正面で受け止めた樹自身も、少し冥魔側に寄せて受けたにしてもその傷が致命的ではない事に気づく。
「射程や威力の面でだいぶ落ち込む、というわけですか。距離による威力の減算もはげしそうですし。おまけにそこまで速くないので、わかってさえいれば躱せる確率がぐっと上がってしまう――牽制用には十分ですが、だから使ってこなかったんですかね」
樹の推測が正解かはともかく、中にはもっと鋭い飛ぶ斬撃を受けた経験のある者だっている。少なくとも今の攻撃を誰も恐れたりはしない。
昔はあれほど力の差を感じさせられた相手にもかかわらず、である。
膝をついていたディアボロが一斉に立ち上がり、低空で真っ直ぐにアラドメネクへと向かうエイルズレトラへ次々と包帯を伸ばすが、空中を立体的に動くエイルズレトラを捉える事などできず、迎えうつアラドメネクのしなる右腕を軽く蹴って身をひるがえし、それすらもかわす。
「もうここは貴方の舞台ではないんですよ。ですから早々にご退場ください」
右側に回り込んでただそれだけを言い、浮かんでいるだけのエイルズレトラ。
この間も次々と包帯は伸びてきているのだが、それでも当たる気配などない。アラドメネクが踏み込み、全身をぶちかましてきたがそれにも1歩下がるだけ。
「まあ当たりませんよ」
「そのようだな。三界――いや、私の知る限りの世界で、お前ほど躱す者など私は知らん。だがその分、脆さも知っている。いつか、ついで当たりさえすればいいだけだ」
直接は狙わないと宣言してエイルズレトラから視線を外そうとした時、「そうですか、それは残念」とエイルズレトラが指を鳴らす。
すぐ近くで飛んでいるハートが、掴みかかろうと躍起になっていたコピー達の真ん中に口から吐き出したゴム風船を落とした。アスファルトに落ちたパンパンのゴム風船が破裂し、コピー達を爆風で吹き飛ばす。
そして正面ではまさに今、チルルが「くらえー!」と氷剣を振り下ろした。
白銀の切っ先から吹き荒れる吹雪のようなチルルのアウルが、氷結晶の道を作りながらも怨達とアラドメネクを飲み込む。凍てついた怨達は砕け散り、吹き飛んでいく――が、その中を逆流してくるアラドメネクがその身を凍てつかせながらもチルルを撥ね飛ばした。
撥ね飛ばされたチルルがアスファルトに叩きつけられ、二度三度跳ねてからやっと止まった。それでもがばっと起き上がって汚れた顔を腕で拭うと、すぐにアラドメネクへ向かっていく。
「さあ楽しもうぜ!」
ラファルの四肢が分かれ、それぞれが独立したラファルズとなってアラドメネクを囲み、そこへ紛れるように正面からそれたところで仁刀が片刃の大剣に月白のオーラを纏わせ、霧虹の如く揺らめく弧を描き振り抜いた。
大剣が伸びたかのようにオーラが爆発的に伸び、アラドメネク――ではなくコピーと怨をを薙ぎ払う。
(ついでで揺るがせるほど甘い相手ではない――だが、意味ならある)
足を止めず、コピーとの射線が重なるように左腕側へまわりこんでいく仁刀と、黒色と白色の2本の直剣を手に下げた龍実。追いついたエイルズレトラが右腕側を常に陣取る。
ラファルズと共に、待ち望んだと言わんばかりの静矢が愛刀“天鳳刻翼緋晴”を手に正面から真っ直ぐ向かっていく。
「ゆくぞ……猛将!」
「最初から全力で行きます!」
樹の“フェアリーテイル原書”が極限まで輝き、書から出てきた白銀の騎士がアラドメネクの左腕を斬りつけようとするも、アラドメネクは周囲のラファルズを払いのけるように右腕を振り回してその白銀の騎士すらも塵に返し、黒刃の大剣を静矢へと真っ直ぐに振り下ろす。
それを横へとかわす静矢は脚と腕にアウルを集め、爆発的な加速で瞬間的に距離を詰めようとし――飛び退った。
その直後、静矢の頭があった位置に突きだされた肘が通過し、肘を突き出して真横に勢いよく跳んだアラドメネクに仁刀と龍実が武器で受けながらも撥ね飛ばされる。短い距離でもその衝撃は相当なものだったようで、仁刀も龍実も骨は軋み、口の中を切ったのか口から血が垂れていた。
撥ね飛ばされた2人に、「ここからはカマキリ救助隊だよ、カマァ!」と駆け寄る琥珀。その後ろを怨とコピー達が狙ってくる。
だがその様子は空で観察していた凛によって伝えられていて、多紀が署を開いて手を突き出していた。
コピーが風の渦に飲み込まれ、転んだところへ「アラドメネクと戦う皆の邪魔はさせない」と透次の『破滅を統べ、栄光へと至る、約束された超克の魔剣“ティルフィング”』によって頭部を貫き抉られ、活動を停止する。多紀がやったぁと言わんばかりに小さな拳を作るのだった。
(身勝手な理由で人を殺し戦争起こす奴は許せない――けど、想い交わす先に未来はあるかもしれない。それならそのために僕ができることは……)
怨達が透次へと次々に包帯を伸ばしてくるが、透次の残像と犠牲になったジャケットを貫くばかり。透次は身を低くして横へと滑りこみ、ある事に気づいて群れの外れにいる1体のコピーを狙った。
「正念場だ。切り開くよ、ティルフィング――その為に鍛えた力だ」
魔剣が妖しく光り、透次の腕が霞む。
無数の斬撃がコピーの胸から上に刻まれ、微塵となったその一つ一つすべてが打撃により潰されていった。そこまでされると再生する事も出来ずに、胸から下しかないコピーの残骸は座りこむようにして沈んでいく。
「ヌシらを断罪する」
どこからかそんな声が聞こえ、沈んだコピーの上を誰かが通過した。
地表スレスレを飛ぶ緋打石が横を掻い潜って、怨が直線に並ぶところまで来ると銀のシンボルをぶら下げた。シンボルから漏れる炎がチャリオットと呼ばれる戦車を形作りその火車が駆け抜け、罪ある者、怨達を焼き尽くしていく。
さらに仁刀と龍実へ寄ろうとする怨は凍てつく風によりその身を凍らせ、鈍ったところを花びらのような光を舞い散らせた一閃。怨の首が飛ぶ。
「行くのか、華澄」
ルナに問われ、「はい」と答える華澄。
理想を語るなら実現する力を持て
でなくば自分でなく他者が傷つく
お前はその重さを負えるか?
その言葉を突きつけられ決めた――彼が、アラドメネクが戦うに足る、私になる――それを伝えるべきは今しかないのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラファルとエイルズレトラがしつこくも追い回すが、これまでとは打って変わって縦横無尽に動くアラドメネク。右腕を振り回し、突進しては飛び退くと、駆けまわると言うよりも暴れ回ると言う方がしっくりくる。
どっしりと構え、迎え討つという姿勢しか今までは知らなかったが、むしろこちらの方が遥かに似合っていた。
黒刃の大剣を左肩で担ぐように構え空からの狙撃にも備えているし、的を絞らせない。
「それが貴様本来の姿か!」
アラドメネクの左側に回ろうとする龍実が方向を変え、アラドメネクを前に視線をディアボロへちょくちょく注ぐ仁刀と交差して反対側へと向かう。樹が左手を狙い再び白銀の騎士を呼び出しけしかけるのと合わせ、静矢、海が正面から向かっていった。
距離が縮まる前に、静矢と海と白銀の騎士の前へ右腕を振り回し足を止め、真っ直ぐ横の仁刀へと蹴りを放つ。
斬りかかると見せていただけの仁刀は鋭くも重い蹴りへ、切っ先を下にした片刃の大剣の腹を叩きつけてわずかでも軌道を逸らし、筋肉を締めた脇腹で受け止める。結果として身体がくの字に曲がる事に変わりないが、少なくとも腹をまともに蹴られるよりはマシである。
「私と打ちあう気がないのならば、前に出てくるな」
仁刀と同時に龍実が双剣で斬りかかるが、肩から滑らせた大剣の腹で受け止める。
昔であればその程度と言わんばかりに気にもせず斬られていただろうが、今日はしっかりと防いでいた。
(我々を武人として見ているというのだな)
「1つの武として戦う……楽しいよな、アラドメネクよ!」
嬉しくなる静矢の横で海が踏み込み白色の槍を突き出すタイミングに合わせ、ラファルズが四方から狙う。アラドメネクは海の槍を皮を裂きながらも脇腹と肘で挟み、持ち主である海ごと振り回した。振り回された槍を上手くかわせなかったラファルズ達はアラドメネクの足元へと集結し、スタイリッシュに合体していつものラファルへと戻っていった。
「足元注意ってな!」
手に集結したナノマシンが刀状と変化し、左足の甲に突き立てた。送りこまれるナノマシンがアラドメネクの足を内部から崩壊させようと暴れまわる。
その間に海を龍実と衝突させるアラドメネク。
海と龍実が重なった所へ大剣を振り下ろそうとするそこへ、「させるか!」と静矢が居合斬りで大剣を強烈に打ち付け弾き、軌道を逸らしたが、大剣の切っ先が地に着く直前、左膝で大剣を斜めに蹴り上げて静矢を狙い、浮かせた左足でそのままラファルを踏みつけようとする。
そのアラドメネクの側面から美しい太刀筋が光り、見惚れてしまう刀身が右膝の裏に食い込んでいた。
わずかによろけて軌道の逸れた剣筋は静矢を掠め、静矢は退く。それとラファルを踏み潰すつもりで浮かせた足は、ただ己を支えるための着地になってしまった。
そこへチルルが再三に渡る馬鹿正直な正面からの猛吹雪。流石にこの状態では躱せないと、アラドメネクは黒刃の大剣の腹を突き出して凍てつくアウルの奔流を受け止める。
その一瞬を見逃さず、マントを陰に右の脇から心臓めがけてエイルズレトラが仕込み刀で突き上げようとしたが、身体を捻じられて右腕に突き刺さるだけに終わる。
足下のラファルが回り込み、刀身が食いこんでいる膝裏へもう一度、ナノマシンの刃を突き立てた。だがその直後、着地していた左足が飛び跳ね、右膝の裏を横切る変則的な蹴りがちょうどしゃがんでいるラファルの側頭部にヒットし、ラファルがアスファルトを勢いよく転がっていった。
だがその間に左肩へ再びあの紅茶の霧が吹きかけられ、蝕んでいく。それとほぼピッタリにほぼ真上から降ってきた鉄鳴の特殊弾が、大剣を持つ指を侵蝕していった。左肩の爛れはほぼ左肩全部を覆い、指の表面も重力波によって構成因子が侵蝕され皮膚が崩壊を始めている。それでも武器を手放さないのはさすがであった。
そこへ空高く、蒼き鳳凰と共に蒼姫が飛びあがって、アラドメネクと、援護のためかアラドメネクのまわりに集結しつつあるディアボロの残党を見下ろす。
「アキの全力を喰らうですよぅ!」
蒼姫の体から蒼き魔力が迸り、鳳凰が舞うように羽ばたくと、蒼く美しい羽根に乗って蒼姫の魔力がアラドメネクの周囲一帯を埋め尽くした。
ディアボロ達は圧倒的な魔力に耐えきることができず、蒼い炎に包まれて消失していく。アラドメネクも、流石にそれで倒れるほどヤワではないが、魔力に押されて膝をつく。
膝をついたアラドメネクが大剣を水平に構え、この距離では躱せないと華澄は反射的に双魚が描かれた盾を胸の前で身体に押しつけ、樹はその身が持つ属性を限りなく人に近づけて衝撃に備える。
そして水平に放たれる黒い斬撃。
盾で受けはしたが盾の陰に隠れていない腕に黒い傷跡が刻まれ、その深さを物語るように血が溢れ出る。樹に至ってはまともに受けて倒れてしまうが、倒れた直後に淡い光が降り注ぎ、失いかけた樹の意識を呼び戻してくれた。
起き上がり、「まだ終わりませんよ……貴方を倒すまでは!」とアラドメネクへと言葉を叩きつける。
「今、治します」
傍まで来ていた明斗――同じく一太刀浴びているようだが、それでも先に樹へ治療を施したちょうどその時、明斗が捧げていた聖なる祈りが降り注ぎ、静矢と、一瞬だけ気を失っていたが再びアラドメネクに近寄ろうとするラファルの傷を塞いでいく。
華澄と樹だけでなく、運悪く軌道にいた笹尾と風禰にも黒刃は届いていたが、十分な距離があったおかげかそれほどの重傷にはならずに済んだ。
それともう1人、黒刃をその身に受けていた、いや、受けに行った者がいた。
剣が肉裂き
槍が骨断ち
雷が四肢が砕こうとも
止まらない
止まれない
止まる事など出来ない
助けを求める声がある限り
遠き日の祈りが、誓いがその身を焦がす限り
血風纏うその歩みは
焔に身を投じる殉教者の如き歩みだった――
「何度でも言うぞ、アラドメネク! 祈りを、想いを、そして燃えゆく我が心を! 容易く折る事は出来ぬと知れ!」
アラドメネクの真横へとたどり着いたインレが、鋼と化した躰を叩きつけた。
その直後、糸が切れたようにその場で崩れ落ちる。むしろその身体でよくぞ一撃を叩きこめたと言わんばかりに傷は深く、完全に昏倒していた。
体勢を崩されながらも片足を持ち上げ、倒れたインレへ容赦のない一撃――が、振り下ろされようとする足のすぐ下を「させませんわよ」と、凛が撃ち抜いた。当たる様な1発ではないが、一瞬の躊躇を生むのには十分だった。
「貴様との因縁……此処で終わらせる!」
龍実の拳がアラドメネクの頬を捉え、竜の頭部状の衝撃波が突き抜ける。ぐらつかせた隙に超加速で駆け寄ってきたひりょがインレを担ぎ上げ、自分の傷もそっちのけでインレを救助しに行こうとした琥珀の元へと連れて行った。
インレのいなくなった地に足をつけ、アラドメネクはしならせた右腕で龍実を払いのけた。両腕で顔を守るように右腕を受け止め、勢いに押された龍実はアスファルトの上を滑っていく。
その背中を蒼い弾丸が貫き、肉の奥深くへと潜りこんだ。
振り返ったアラドメネクがリロードする鉄鳴へ黒刃の大剣を振ると同時に大剣の腹を撃たれて、鉄鳴の横を縦に振られた黒い斬撃が通り過ぎるだけに終わる。
もう一度、鉄鳴へ向けて振ろうかという時、大剣を振り下ろさせまいとその前に立ちはだかるチルル。アラドメネクは大剣を振り上げた手首を回し、黒き力が溢れる大剣の腹を目の前のチルルに叩きつける。
氷結晶で覆われた氷剣で受け止め、その衝撃で氷結晶は全て砕け散った。チルルの足がアスファルトを穿ち、身体が少し沈み込んだそこに、もう一撃。身体はさらに沈み込み、押された氷剣を額で受け止め、チルルの額から血の筋が作られる――が、それでも引かない。
「あたいはとっても凄いんだから! わからず屋の攻撃なんて、たいしたことないわ!!」
その言葉が癪に触ったのか、もう一度振り上げられた大剣はこれまで以上の溜めを見せる。
その時、チルルの後ろから雪月花を上段に構えた華澄が斬りかかり、アラドメネクはチルルに向けるはずだったその一撃を華澄に向けて振り下ろすはずだった。
だが真っ直ぐに振り下ろされるはずの大剣が、突如横に逸れた。アスファルトに打ち下ろされ、砕け散ったアスファルトが弾丸のように飛び散り、チルルと華澄の皮膚を裂いていく。
「俺は二度と、同じ過ちを繰り返さないと誓ったんだ。負けてなるものか」
気配も悟らせずに、遠くで血色の戦斧を振り抜いたルナがアラドメネクを睨み、そして華澄の渾身の一刀がアラドメネクを両断する。
硬い体表のせいで深くはないが、胸から腹にかけて真っ直ぐに、決して浅くもない傷がアラドメネクに刻み込まれた。
――直後。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アラドメネクが天に向けて咆え、血色と漆黒の力を足元から迸らせた。
それには思わず流と多紀の足がすくんでしまった。存在しているだけ感じる威圧は耐えることができたが、雄叫びの恐怖を乗り越えるにはまだ自分には色々足りないと、今更ながらに悔やむ。
咆哮を間近で受け止め、高揚しかけた自分を戒め体内に流れるアウルの流れを制御し、傷を塞ぎながらアラドメネクへと言葉を叩きつける。
「これが今の私です!」
アラドメネクを見据えて告げる華澄の陰から現れた、緋打石が「北海道の写真は気に入らなかったのか」と一声かけてから、その拳を肝臓部のある傷口へと叩き込む。
「我々はもっと強くなる――ここで死んだら無念で死にきれないくらい。骨の髄まで喰らい尽くせ」
アラドメネクの蹴り上げる脚に合わせ緋打石は上に飛び、躱したと思った直後、後頭部に頭突きを喰らいアスファルトに頭から叩きつけられた。額が割れ、赤く染め上げながらもすぐに起き上がり距離を取る。
アラドメネクの意識が緋打石へ向いたその隙に、左の膝裏をラファルが最後の1本を突き立てていた。
「往生せいや」
それでも止まろうとしないアラドメネクが、足下へ大剣を振る。
が、アラドメネクの前に「アラドネク少将、貴方を止めます!」と漆黒のドレスを纏い、2本の角を生やして降り立ったユウが大剣に向けて揺らめく漆黒の剣で弾く。それでもユウの腕に大剣が食い込みはするが、弾いた分だけ威力はだいぶ失われていた。弾かれた大剣が再びユウを襲い、さらに三度の斬撃もユウへ向けられた。
その全てを弾き威力を殺して、身体を赤く染めながらもユウは零距離であと3回、アラドメネクに叩き込む。とても生身の肉体を叩いている感じではなく、大剣で受けられた時と同じ感触が、手に帰ってきていた。
間近で感じる圧倒的な威圧感も、先ほどの雄叫びの恐怖も、希望で乗り越えたユウには通じず、1歩も引こうとしない。
だが不意に漆黒のドレスを構成していたアウルが散りと消え、ユウはその場で片膝をついてしまった。限定的とはいえ悪魔の力を解放したせいだろう、動けないほどではないがとにかく体が重い。
動きが鈍ったユウにしなる剛腕が襲い掛かり、抗う事も出来ずユウは華澄を巻き込んで吹き飛ばされる。吹き飛ばされた先でルナが華澄とユウを受け止めるのであった。
意識が華澄とユウに注がれていたアラドメネクだが、背後の気配に捻った身体を逆にひねって右腕を後ろへと振り回した。後ろにいた仁刀は上段から切っ先を斜め下に向けた片刃の大剣で受け止め、滑らせていく。頬からこめかみへと剛腕がかすめ、皮がずるりと剥ける嫌な感触がするも、気にせず仁刀は手に宿していた光と闇のオーラを片刃の大剣に注ぐ。
そしてアラドメネクの左腕に、光と闇が混沌とした片刃の大剣が刃の半ばまで潜りこんでいった。
「俺を取るに足らない者と軽視したのが、お前の過ちだ」
そして刃を引き戻そうとする仁刀だが、半ばまで食い込んだ刃が筋肉で締められ引き戻せずにいると、逆に引き寄せられて頭部へ喰らう直前に自ら身体を押しこんで、なんとか頭部を避けて背中で頭突きを受け、アスファルトに叩きつけら気を失いそうになるが、まだなんとか踏み止まっていた。
倒れている仁刀へエイルズレトラが数枚のトランプを投げ、それが仁刀の頬に張り付き皮膚の色に染まって傷口がまるで目立たなくなる。
頭突きで下を向いたアラドメネクの左腕、その傷口に吹きかけられる紅茶の霧と侵蝕する弾頭。傷口が爛れながら広がっていく。
「……ここだ!」
正面から明暗2色の紫光が入り混じった刀を携えながら静矢が接近していくと、アラドメネクの黒刃の大剣にも血色と漆黒のオーラが纏わりつき、不気味な光を湛えて、切っ先をアスファルトに擦りつけたままアラドメネクもまた、踏み込んだ。
いや、踏み込んだなんて生易しいものではなく、アスファルトを踏み抜き周囲を陥没させるほどの1歩。
「ぬぅあっ!」
溜めこんだ力を吐き出すように叫ぶその姿を見せるのは、初めてである。
自分の体が浮き上がるのではというほどの圧迫感が下から膨れ上がり、静矢は切っ先を真下に向け刀身の背に腕を押しつけて受けようとする――だが静矢の目に映るのは圧倒的な血色と漆黒のオーラが、天鳳刻翼緋晴を折る瞬間だった。
そして腹から胸へと駆け抜ける、焼けるような激しい痛み。
気が付けば静矢は空を眺めていて、自分が宙を飛んでいるのだと気付いた時には背中にアスファルトの感触。焦点の定まらぬ目だが、蒼い顔をして走ってくる蒼姫の姿だけはハッキリと見えた。
意識はある――しかし身体は全く反応してくれない。
遅れてやってくる痛みと、自分の胸からとめどなく溢れている感触に、死がひたひたと近づいてくる気がした。
だが近づいてきたのは、死ではなかった。
「目の前で死なせはしないよ」
そう言って海は、掌の上で種子を発芽させるのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
静矢が一撃で昏倒する様を見ながらも、再び、華澄とユウ、それに龍実とチルルがアラドメネクへと向かい、地を舐めるようにしてラファルも距離を詰めていく。一度離れた緋打石も味方の陰に隠れながら、死角へ死角へと回りこもうとしていた。
詰めきるなら、今だ――誰もがそう思っているようだった。
アラドメネクの大剣にはまだ血と漆黒が纏わりついたままで、腰を落として水平に構え回転しようとしたその時、伝説の鳥・迦陵頻伽の荘厳なレクイエムが響き渡り、回り始めの大剣が上から叩き落される。
「人の絆こそ力ですわ」
紅茶色の光に包まれた盾を手に、アラドメネクの眼前でニコリと笑う凛が再び空へと飛んでいく。
そこでやっと大剣は元の黒刃に戻り、周囲を一掃するチャンスを失ったアラドメネクは包囲から逃れるように、全てをなぎ倒すようなあの突進で正面を突き抜けようとした。
満身創痍ではあっても距離があるので十分、余裕をもって躱す――それがこれまでお互いのパターンであった。
だがこの時、流はあえて正面から動こうとはしなかった。
「俺だってできることはあるんだぜ!」
腰を落としてアスファルトと足の裏を接続するかのようにアウルを流し続け、突進を正面から受け止めた。
明らかな体格差と実力差に、無謀とも思える挑戦。だが背中を多紀に支えられ、死にもの狂いの流は「通すか、ボケェ!」と受け止めるどころか押し返す勢いでその場に留まり続け、アラドメネクの突進を止めた。足へのダメージが蓄積していたおかげかもしれない。
突進を止めた直後に気を失いかけた流が崩れ落ちるように膝をつき、精根尽きた流を多紀が小さな身体で引っ張っていく。そこへ最後の生き残りであるコピーが掴みかかろうとするも、多紀は「僕だってるーくんを護りたいんだ」と流をかばうように抱きつきながら淡い光の盾を生み出す。
コピーの伸ばした腕が多紀へ触れる前に、風禰の護符から飛んできた炎の鳥のようなもので焼かれ、直後に距離を詰めた透次によって頭部が細かく切り刻まれるのだった。
その時、流が止めるのを信じていたかのようにアラドメネクの死角へと瞬間移動して、簡素枯淡の美を映す、塔頭寺院を周囲に浮かび上がらせていた笹緒。取り囲むように池や木々の幻影が現れ、それらが流れ込むように白銀の波動となってアラドメネクを飲み込んでいった。
ここでやっと、奔流に両足で踏ん張って耐えるようになった。
訪れた最大級のチャンスに、「俺もこれくらいはできるんだ」と、横からひりょが符を投げるのと同時に背後へ凛が着地する。凛の手には淡く美しい光を放つ深紅の弓“アフロディーテ”があり、それがガラスのティーポットに包まれ紅茶が満ちていく。
「永遠に忘れられない一撃を差し上げるわ」
ひりょの符が式神となってアラドメネクに絡みついたそこへ、輝く白薔薇を舞い散らせながらニコリと笑った凛が「紅茶を滅しあがれ」と、優雅な仕草をすると傾けられたガラスポットの幻影が輝きながら砕け散り、白薔薇の花びらと香りを纏った紅茶色の甘美な一撃が右肩を射抜いた。その直後に鉄鳴の撃った蒼い光の弾丸が左腕へ。
そして続けざまに海が「足を」とわざわざ聞こえるように言いながら、自身は頭部に向けてアウルの槍を放っていた。
これまでにも散々足下を狙ってきた者がいるだけに、わずかでも足下へ意識が向いたところに頭部への一撃。それから「ナイスだぜ」と本当に足下へ正面から向かっていくラファル。蹴り上げようとするアラドメネクの足が空を切り、身を沈めて身体を回転させるラファルが蹴り上げた足と軸足を斬りつけ、ラファルの陰から低空飛行の緋打石が現れ、蹴り足に手をかけて体を引き上げるように勢いよく上昇すると、拳を顎へと打ちこんだ。
「今のは効いたか」
確かな手ごたえに、退きながらも緋打石が薄く笑う。
朦朧とした意識の中、それでも体を振って近づくユウへ右腕を伸ばすがひどく緩慢なものであった。しゃがんでかわすユウは再び漆黒のドレスを身に纏い、漆黒に発光する剣状のもので塗りつぶすように修羅の如く何度も斬りつける。
樹が「これなら当たりますね」と明斗の歌声を聞き、さらに高めた魔力を極限まで振りしぼりフェアリーテイルから呼び出した白銀の騎士が今度こそ、アラドメネクの左腕を斬りつけ、役目を果たした騎士が霧の如く消え去っていった。
「ぬう……私はまだ、沈まん!」
もはやつながっているのが不思議なほどに痛めつけられた左腕で黒刃の大剣を振り上げ、その場でへたり込むユウへと振り下ろす。そこへ仁刀の月白のオーラが弧を描き腕を薙ぎ払い、剣速の落ちた大剣を受け止めたのはユウではなく、黒刃の大剣よりも小さな身体の凄い撃退士、チルルだった。
氷結晶を砕かせ、腕の力で止まりきらなかったので横にした自らの氷剣に額を打ちつけてまで止める。
「いい加減、倒れればいいのよ!」
両手の氷結晶が氷剣に集まりさらに巨大な氷の突剣を生み出すと、アラドメネクの腹部を貫いた。氷結晶の華が咲き、冷たい風が通り抜けて突剣は砕け散る。
大きくぐらついたアラドメネクへ、エイルズレトラと龍実が真正面から向かっていった。
ぐらつきながらも再び赤黒く光らせた大剣で水平に薙ぎ払い、愚直にも顔へめがけて直進していたエイルズレトラを胸から両断したそれを龍実が双剣を挟みながらも身体で受け止め、振りきらせない。
身体の内部が悲鳴を上げ、立っていられないほどの痛みと吐き気をこらえながらも龍実はアラドメネクの左腕に両腕を巻きつけ、腕を掻い潜りながら背後へ回ると地を蹴り、右腕に足を絡めて両腕を封じる。
そして意地を見せた龍実とアラドメネクの背後に、胴体が泣き別れしたはずのエイルズレトラがいた。前に転がっているエイルズレトラの断面は黒い空間で、それが『エイルズレトラのようなナニカ』である事を示していた。
「結局、ただの一度も当たりませんでしたねえ。それではさようなら」
仕込み刀を首に突き刺し、横へと――動かすつもりだったが、刺した刀はびくともしない。流石にそれは致命傷になるのか、鬼の形相を見せるアラドメネクは首の筋力だけで押さえこんでいた。
そこへわざわざ正面に回り込み、真っ直ぐに構えた華澄が真っ直ぐに突っ込んでいく。
「この覚悟、受けてたて!」
両腕を封じられ、首に刀を突き立てられたアラドメネクができる唯一の抵抗は、痛めつけられた足での蹴りだった。
だがそれをルナが身体で受け止めた。直前に蒼姫の手から放たれた細い稲妻でアラドメネクの身体が一瞬硬直したとはいえ、それでもその威力はルナを一撃で昏倒させるはずのものだった。
しかしルナは倒れず、今にも途切れそうな意識を繋ぎ止め、そこに留まり続けた。吹き飛ばされた方がまだ威力は殺せたはずだが、それでもだ。
ルナの目はアラドメネクではなく、ずっと華澄を向いていた。
距離を詰める華澄――と、もう1人。
着物は裂け、上半身の傷を露わにしながらも半ばまで折れた刀に明暗の紫光を湛えた静矢が。
「刀が折れようとも、私は、私達は、折れはせん!」
「これで終わりよ!」
渾身の一撃と一撃。2人の刀が振り下ろされ、アラドメネクの身体には深々と十文字が刻み込まれるのであった――……
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【エピローグ】
●そして全ての後で
倒れたアラドメネクへ駆け寄る樹が、胸の動きでまだ息しているのを確認して呼びかけた。
「負傷した状態で戦うのは相手に失礼では無いですか。また傷を癒しきってから、また全力で……今度こそ本当の決着をつけませんか?」
樹が提案すると、蒼姫の肩を借り、折れた刀を杖代わりにした静矢もアラドメネクへと近づく。
「今後も定期的に命のやり取り有りの戦を実戦演習としてするのはどうだ? 私は今後も鍛錬し後進も育てるつもりだが、再び貴殿と刃を交えたいし、後進にも貴殿との戦いを経験させたいと思うのだ」
「ああ、それは良い考えなのじゃ。学園のライバルとしてこれからも戦えるなら、楽しいのう」
戦いが終えた事を告げるように、口調も戻った緋打石がにっと笑う。
「……お前らと生きて馴れ合え、と言うのか」
息も絶え絶えの静矢よりもはっきりとした声で、アラドメネクが問いかけた。
それにはへたり込んだルナに寄り添う華澄が答える。
「勝者として、私達は貴方に望むの。馴れ合えとは言わないまでも貴方が目を光らせ、そちら側の実力無き者の奸計による同盟破壊を防止して欲しいと、私は考えているのよね――貴方も、同盟が弱者との妥協ではないと、わかったでしょう?」
自分達がもはや互角の剣士だと言っているような華澄の言葉に、アラドメネクは沈黙を返す。
「――まあ結局は私も貴様を憎みきれなかったし、生きて、今後も競い合いたい相手だとは思う」
蒼い顔の龍実も賛同するが、渋い顔をする海は「でも離反しといて無罪放免ってわけにいかないと思うけどね」と、気にしていた。
「俺としては今すぐここでぶっ殺してーけどな」
戦いは好きだが、悪魔憎しなラファルは仲良くしようという気など、全くない。ラファルほどはっきり口にはしないが、中にはそんな者もいるのは確かであった。
アラドメネクを迎え入れる空気とそうでない空気が渦巻く中、鉄鳴がゴーグルを外して樹や静矢に触れないよう気を付けながら沈黙を続けるアラドメネクの側にまで来ると、膝を曲げ、さらに耳まで顔を近づける。
触れていないが体温をわずかでも感じてしまうような距離に鉄鳴は顔をしかめたくなってしまうが、今はそれよりと、声のボリュームをできる限り落として周りには絶対聞こえないよう細心の注意を払って、言葉をかけた。
「三界同盟に不満を抱く勢力は人間にもいる」
今さらながらの同盟で得た平和を仮初めと笑う者、いつかあるかもしれない別の脅威へ対抗する力を失う事を懸念する者、そもそも一方的に攻め込まれて許すのがおかしいと思う者など様々で、声を大にしていないだけでそれは確かにいるのだ。
そして鉄鳴もまた――
「いずれ時が来る。その時に手を貸してほしい」
絶望を担う者がアラドメネクへと誘いをかける。人に手を貸せと言う点では似ているが、その本質は明らかに違う。こちらの方がより、アラドメネク向きの誘い文句であった。
――だが。
「……戦に敗れ、戦場で倒れている者がおめおめと生き永らえるなど、それは恥でしかない」
「そうか」
残念だと言うニュアンスも全くなく、抑揚もなしにただそれだけを言って立ち上がると同時に、漆黒の妖刀を抜き放った。そして誰かに止められる間を与える事無く、妖刀を首めがけて振り下ろす。
確かな手応え――だが、誰かのアウルが妖刀に纏わりつき、首にまで届かない。代わりに背後でうめき声が聞こえ、膝をつく気配がする。誰かがというか、声から樹がかばい立てしたのだとすぐ察しがついた。誰かしら阻止しようとする者がいるだろうとは思っていただけに驚きもせず、ただもう一度振るうだけである。
――だがその手が止まった。
背後に幾人か止めようとする気配の中に、殺気のような殺気ではないような、アラドメネクに叩きつけるような鋭い気配があるのに気づき、ふと思い至った。
(俺よりもっとふさわしい者がいたな)
手を止めた事で背後で止めようと動き出した者が安堵しているのが、見なくてもわかる。
だがそんな鉄鳴の前で、立ち上がる事すらもうできないと誰もが――いや、ただ1人だけは除く――思っていたアラドメネクが、立った。
死の色濃くしてなお、燃えるような瞳で鉄鳴を見下ろす。
「私は決めたぞ」
ゆっくりと手刀を掲げるのを鉄鳴はただ黙って見ていた。慌てる様な鉄鳴でもなければ、立ったところでもはや運命はわかりきっている。
「今ここで、お前らに殺されるとな!」
振り下ろされる手刀。そして銃声――白薔薇の花びらが散りばめられ、華澄が刻んだアラドメネクの額の傷からは白薔薇ではなく赤薔薇が散りばめられた。
手刀は空を切り、膝から崩れ落ちたアラドメネクは口元にわずかな笑みを作りながら前へと倒れる。
静かに広がる血だまりに沈む猛将は、もう、完全に動かなくなっていた。
大切な友人から贈られたライフルを手に、凛が恭しくアラドメネクへ頭を下げる。
「逝ってらっしゃいませ」
こうして、猛将アラドメネクはけっして人に与する事無く、最期を遂げたのであった――……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あーあ、やっぱあのダンナでもこうなったか」
誰の気配も届かないくらい離れたところで傷口をホチキスで止めながら、メイジー・バレットはそう呟いた。
たいして悔しがる雰囲気もなく、むしろ負けた事すらも楽しんでいる様子であった。まるでゲームの勝った負けたかのようである。
「もうあいつらがチート過ぎんだよな――いや、チートじゃねーな。地道にコツコツとレベル上げを重ねて、育ちきったってだけか。もっと早い段階で会っときやー、1人くらいぶっ殺できたかもな。
ま、しゃーねーしゃーねー。この世界では参戦が遅かった俺のせいだな――次の世界で楽しませてもらうかぁ」
キヒヒと無邪気な笑みを浮かべると、風穴の開いた手でバイクのグリップを握りしめ、バレットはどこかへと行ってしまった。
もう二度と、この世界でその姿を見ることはなかったと言う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
誰かの墓石の前でシェインエル、悠人、正太郎、恭司、それに直接関わりはないが、別の人の墓参りに来たついでに文歌と涼子が手を合わせていた。
順に手をほどいていく中、正太郎と恭司が長い報告の後、ようやく手をほどく。
「――ようやく、でしたね」
「牧瀬さんもこれで浮かばれるばい」
「あの時に、助けることができていればよかったのだがな」
シェインエルの言葉に、正太郎も恭司も言葉がない。言った本人ですらそれ以上続けることができなかったが、悠人が「それを言ったらきりがないさ」と軽くはないが、流した。
「――シェインエル、アルテミシアは?」
「スズカと共に、スズカの両親へ会いにいくと言っていた」
「そうか――」
「それじゃ、私達は失礼しますね。人を待たせていますので」
文歌が頭を下げ、次いで涼子も頭を下げる。そして誰かの墓の前で快晴の他に、結婚指輪をはめた男性とそうでない男性が待っている所に戻っていった。
見送る間、沈黙が続く。
正太郎はもう一度、墓と向き直り、大きく息を吐いた。
「……ようやく全部、終わったんだ――」
アラドメネクが死した場所にもう死体は無く、そこへ誰に言うでもなくひっそりと、エイルズレトラが1人で姿を現す。
感慨深げという表情でもないが、一帯を見回してハットに左手を添え、マントをはためかせ右腕を横に。
「撃退士エイルズの物語はこれにて終幕。長らくの御観覧、まことにありがとうございました」
そして一礼し――風と共にその姿は忽然と消えた。
あとに残されたのは激戦の爪痕だけであった。
最後の戦争の、爪痕だけが。
人類と天魔の戦争はこれで、完全に終わりを告げたのであった――……
【残禍】最後の戦争 終