●某日内務室
月乃宮 恋音(
jb1221)が固定電話で誰かと話していた。受話器を置いて一息つく恋音へ、「どうかしたの、恋音さん」と色摩 朱鷺瑪(
jc2312)がお茶を差し出した。
「噂を聞きつけたようでして……乳神神社からお願いされましたのですよぉ……お時間があるようでしたらば、ご一緒致しませんかぁ?」
朱鷺瑪が「行きます」と頷いたのを見て、御簾納 絹璃(
jc2311)と丹核 蕾(
jc2310)も顔を見合せた後に頷くのであった。
「……気のせいか、参拝客に夫婦連れが多い気が?」
乳神神社で並んでいる間、そこに気づいた雫(
ja1894)ではあるが、順番が回ってきた雫は社殿の前で手を合わせる。
(贅沢は望みません。ですがせめて、せめて、人並み程度には……)
念入りに祈願して御神木にもこれくらい、これくらいをと撫でまわし神社を後にすると、ミニスカ浴衣で胸やお尻がちょっと……いや、胸は半分近くはみ出し、お尻は申し訳程度に隠れているというくらいで、ヒップラインが丸出しである。少し屈んだだけではみ出すだろうし、階段なら丸見えだろうなぁと思いつつ、アムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)とハルシオン(
jb2740)の横を通り過ぎる。
アムルは輪投げに興じているハルシオンの腰を後ろから抱いて、身体を撫でまわしたり、押し付けたりと人の目など気にしている様子はない。
「まったくアムル。おぬしのせいで留年してしまったのじゃぞ? 今朝もなかなか離してくれなかったしのう」
そうは言うが苦笑いながらも、幸せそうにも見える。アムルが「ごめ〜んねぇ」と謝りながらも後ろから抱きついて、髪の中へと顔を埋めすりすりしていた。
そんな体勢のままクレープ屋に移動して、2人は別のものを頼むと、食べさせあいっこも始まる。
「ほらハルちゃん、これも食べてぇ♪ あ〜んっ♪」
「アムル、ほれ。これも食べてみるのじゃ!」
ハルシオンから向けられたクレープを咥えた途端、チョコソースが溢れアムルの口周りを汚し、ハルシオンが舌でチョコソースを舐め上げていく。ハルシオンの唇もチョコソースで汚れてしまい、それをアムルが舌先で舐めて上唇を転がし、そのまま唇で優しく挟み、はむはむと動かしていた。
「……ふふ、なんだか気分盛り上がってカラダがうずうずしてきちゃった♪」
「それは帰ってからじゃぞ? 今はこの場を楽しむとしようか――って、どこへ行くつもりじゃー!?」
「ハルちゃん、あっちで休憩しよっかぁ……♪」
ぐいぐいと引っ張っていくアムルへ抵抗せず、引かれるがままハルシオンはアムルと共に人のいない闇へと消えていった――
駅を出てすぐの噴水前で、浴衣姿の袋井 雅人(
jb1469)が腕を組み立っていた。そして浴衣姿の恋音を発見し手を振りながら駆け寄っていくと、一緒に来ていた兎柄で黒い浴衣の蕾、水仙柄で薄緑色の絹璃、撫子柄で薄桃色の朱鷺瑪は気を利かせて「お先に向かいます」と、恋音の横を通り抜けていく。
「恋音、今日は乳神神社の参拝ついでにお祭りも楽しんじゃいましょう。時間もまだ少しありますし、出店を見て回りながら向かいましょうか」
自然に伸ばされる手にはにかみながらも手を重ね、ゆっくりと歩みだす。
道すがらわたあめを買った雅人は懐に仕込んで恋音に並ぶ、が。
「これくらいではまだ恋音には勝てませんね!」
屈託なく笑う雅人と赤くなってうつむく恋音。その2人のやり取りが特別目に引いたわけではないにしろ、それもあって恋音の胸へと視線が集まっていくのが、うつむいていてもわかってしまう。
それがわかったのか、雅人は手を引いてその場から立ち去るのだった。そしていくらか歩いたところで、「袋井さん、月乃宮さん」と声をかけられ足を止めた。
「来ていたんだな2人とも」
浴衣姿で戦隊ヒーロー物のお面が妙に似合っている、雪ノ下・正太郎(
ja0343)であった。その目に好奇や厭らしさがなく、親友を見るそれである。
しみじみと「何か因縁だよな、名前からして」と、感慨深く頷く。
小さく頷いて「噂をどこからか聞きつけたようでしてぇ……」と、事の成り行きをかいつまんで話すと、感心したように流石だと先ほどよりさらに深く頷いていた。
そしてふと、人混みの中に涼子と肩を並べて歩く水無瀬 文歌(
jb7507)がチラリと見えた。
(案外、来ているか)
ヒーロー仲間で英雄部で一緒のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)や、同じくヒーロー仲間の川内 日菜子(
jb7813)の姿を見た気がした。依頼で一緒した桜井・L・瑞穂(
ja0027)と、桜庭愛(
jc1977)も見つけるが、人混みに紛れてしまい出会うのは困難だと早々に諦め、恋音達と共に乳神神社へと向かう正太郎であった。
3人が鳥居をくぐると、蕾に倣って絹璃と朱鷺瑪も会釈しているところだった。恋音達のように少しは店を見て回ったのと、さほど人間界の縁日を知らない2人に教えながらだったので、時間を食ってしまったのだ。
蕾は表情こそ変わりないものの島外の祭りとなると珍しく、わりと楽しめているようである――御神木に一応触りはしたが浮かない顔なのは、その御利益がまだ早いと思っているからなのだろう。
絹璃は出店を見て回っている間、特に原価計算がしやすい食べ物系の店を見ている時は、とにかく浮かない顔をしていた。経理に明るい分、今ひとつ楽しめていないのだろう。
朱鷺瑪は好奇心旺盛で楽しい事に目がないだけに、珍しさもあって、純粋に一番楽しめている様子であった。
本殿へご挨拶と参拝、それからこれからの詳細説明を受けるために蕾達を連れて事務所へと行ってしまった後、参拝を済ませた正太郎が褌姿の一団を見つけ、そして彼らが取り囲んでいる神輿を見上げた。
「なるほど、今からあれに――袋井さん、ここはラブコメ部としては見過ごせませんね」
「ふむ、確かにおっしゃる通りです。ならばここは僕達もひと肌ぬぐしかないでしょう!」
涼子の背中を目で追うスズカだが、その背中に感じる恨めかしい気配にふり返った。
「男の子って、やっぱりおっきぃ方が良いのかなぁ……」
少し涙ぐんで自分の胸を手でそっと押さえる新田 六実(
jb6311)が、リンゴ飴片手にジト目をスズカに向け、ちょっと慎ましやか過ぎる自分に肩を落とす。
「いやいやいや、そうじゃなくって! そりゃあアルテミシアさんとか母さんはおっきい方だけど、触ってみたいとか思うのはむっちゃんだけだし!」
慌てたスズカが両手を前に突きだしてそんな言い訳をしてから数秒後、自分がとんでもない発言をした事を、赤くなってうつむく六実を見てハッと気づいた。気づいた頃には当然、祭りの最中なのに後の祭りであり、頬と耳がぽっぽとしてくるのがわかる。
しまったという顔をするスズカとは対称的に、赤くはあるがどちらかといえば嬉しそうな表情で六実は突きだされたスズカの手を握った。
空気は少しだけひんやりしてきたが、触れたスズカの手は温かく、それがなんだか嬉しくてぎゅうっと力をこめる。するとスズカもぎゅうっと握り返してくれた。
どちらからともなくエヘヘと笑い、2人は涼子たちの後を追うのであった。
――不意に空気が変わった事を察知したのは、何も知らない日菜子だった。
(なんだ、この殺気とも呼べそうな気配は……まるで戦闘中のようだ)
辺りを見回すが変わらぬ雑踏があるだけ――が、明らかに何かがおかしい。そんな折、涼子に発見された。
「来ていたのか、日菜子」
(杞憂だったか)
涼子を心配して来てみた自分がなんだか馬鹿らしくなり、少し強張っていた肩の力を抜いて気を緩めた。だがそこを涼子の言葉が襲い掛かる。
「お前は両方兼ね備えている方だな。胸も尻もくびれも」
「な……ッ!」
「胸はDくらいあるか。くびれはまあ、腹筋のせいもあるだろうが、キュッと引き締まった尻のおかげで見事なメリハリができているのだな――正直、羨ましい話だ」
「な、な、な……ッ!」
「見つけましたよ、涼子さん!」
言葉にならない言葉に口元を押さえ、顔を赤くしている日菜子の後ろからそんな声とともに文歌が横を通り抜け、涼子の手を両手でしっかり包み込むように胸の前で握りしめた。
「縁日の屋台といえばゲームと同じ……涼子さん、私たちゲーマーの独壇場ですっ。
涼子さん、前に間合いが大事って言ってましたね。それなら涼子さんと私のタッグは最強ですっ、尻脚派の完全なる勝利はもはや約束されたも同然ですよっ」
「その通りだな、文歌。我々ゲーマーの力を見せつけてやろう」
「はいっ」
顔を赤くしたまま2人の顔を交互に見比べていた日菜子の眼差しが、次第に怪訝なものになっていく。見ると、文歌と連れ立って歩いていた黒松理恵も、日菜子と同じような目をしていた。隣の若林 雅に「関わらないでおこ」などと言っている。
だがしかし。
「理恵は胸派だな?」
「雅!?」
「雅さん、ここでストレスを発散しましょうっ」
文歌と腕をがっちりと交差し、2人とともに射的へと向かう雅の様子に困惑する理恵を見る限り、普段そういうキャラではないのだと理解する日菜子の怪訝さはどんどん深まっていく。
「いったい何が起こっているんだ……?」
首を傾げながらも後を追いかけ、ここでは唯一の射的へ先に来ていたスズカと六実の姿を確認し、変わった様子のない2人にホッと胸をなでおろした。声をかけようかとも思ったが野暮かもしれないと黙っていると、会話がわずかに耳へ届き、哀愁と後悔などが押し寄せてくる。
――いつか、アルテミシアさんも一緒に来られるようになったら良いね。
そんなはずはないのだが、自分が責められているような気分になってしまう。それが日菜子の性分なのだから仕方ない。
「アルテミシアさんだと、胸派かな」
(お前達もそれに加わっているのか……!)
せっかく安堵したばかりなのに、改めて戦慄してしまう日菜子だった。さらには畳みかけるように「おっぱい、わっしょい!! おっぱい、わっしょい!!」というおかしな掛け声が耳へ飛んできて、思わずそっちへと目を向け――くらっとした日菜子であった。
ウサギ柄の浴衣を着た長身の女性が、口を開けて社を見上げていた。
「乳神? つまり恋音ちゃんがどっかにいるのかな……?」
キョロキョロと見回す卯左見 栢(
jb2408)が縁日の喧騒に気づき、興味がそちらへと移る。
どんな話の流れでそうなったかはわからないが、とにかく『胸腰』と『尻脚』の対決だという事は何となく理解できた。
「じゃあ尻脚派でごー! まあおねーすぁんがらぶですぜ――というか浴衣といえばうなじと尻では。チラリと見えるくるぶしも……
おにゃの子はみんなかぁいいから」
「その通り」
栢の独り言に大きな声で誰かが同意し、熱弁を振るいだす。
「そもそも乳も腰も尻も脚も全て美しく全て素晴らしいのですから、その優劣を競うなど無意味なことではございませんか。ですから私は『全部派』を選ばせて頂きます。
そして! 瑞穂さまのお身体に! ご注目あれ!!」
レナトゥス(
ja0184)の熱弁の直後、「おーっほっほっほ!」と高らかな笑い声が響き渡ったかと思うと、マント姿の瑞穂がマントを脱ぎ捨てた――が、ノリで脱ぎ捨てたわりにいきなり赤くなっていた。
「……レ、レナ? これはいったいどういうことですの!?」
自分の魅力をアピールする場があるとレナトゥスに聞かされ、存分に魅せると息巻いていた瑞穂。サラシはその立派なモノを押し潰すなど野暮な事はせず、羽織った法被が重力に逆らったそれによって押し上げられていた。さらに撫でまわしたくなるような白くすべすべで大きなお尻は、褌というアイテムでなにひとつ隠されていない。
レナトゥスにされるがまま着替えさせられ、瑞穂自身も自分の姿を見るのは今が初めてのようであった。
赤くなる瑞穂を放置して、道行く人達の視線が集まったのを確認したレナトゥスは瑞穂の背後に回り込むと、その立派なモノを後ろからすくい上げた。
「ご覧ください、この豊かに実り、柔らかな曲線を描く乳房!」
ゆっさゆさと揺さぶり、食い込んでいく指がその柔らかさも語っていた。見ている人達からは「おおー」と上がり気味の声(主に男性)と「おお……」と下がり気味の声(主に女性)が漏れていた。
「い、いけませんわっ」
「次いでそこから一気にくびれ、無駄なく引き締まった腰!」
瑞穂の静止も聞かず手は滑るように胸から腰へと移動すると、瑞穂自身は「見ないでくださいな♪」と言いながら両手を頭の後ろで組んで、腰を捻ってくびれをアピールする。
「そして大きく張り出しむっちりと肉のついた、安産を約束されたが如き尻!」
ここも「だめですわっ」と言いながらもレナトゥスと向き合って、尻を突き出す瑞穂。その尻をレナトゥスの指が這い回り、今度は弾力に負けて食いこまない事を大いにアピール。
「それらを支えられるよう引き締まり、且つ優しい丸みは保つ太股!」
太ももへと移動する手に合わせ、瑞穂は脚を広げる。内から外へと撫でまわされる手がかなり怪しい動きのようにも見えるが、太ももを強調して注目させるには十分な効果を発揮する。
「全てが美しく全てが尊い! このどれが良いかなど選べようはずがございませんでしょう!」
熱弁に拍手が巻き起こり、「ご理解いただけましたか」と恭しく頭を下げるレナトゥス。その背後に瑞穂が立ち、肩へと手を置いた。
「レナもなかなかですわよ――!」
言うが早いか、瑞穂は自分にやられた事をレナトゥスにもやり返す――その様子を栢は指をくわえて眺めていたが、パッと顔を輝かせ人混みの中へと消えていった。
そして人前で揉みあい、揺さぶりあいを続けていた瑞穂とレナトゥスの後ろから、わっしょいの掛け声とともにそれは姿を現すのだった――
わけのわからない大戦が勃発しようが、何でもない日の何でもない縁日の何でもない時間――だから。
「全力で楽しもーぅ☆」
舌を薄紅色にしたユリア・スズノミヤ(
ja9826)が氷とプリントされた紙容器をゴミ箱へと投げ入れる――と、そこに「おー、お祭りやってるのだ♪ 面白そうなのだー♪」という声が響く。
振り返ると誰もいなかった……ではなく、視線を下に落すと腰ほどの高さで焔・楓(
ja7214)の黒い髪が揺れていた。
そこからユリアと楓の行動はほぼ一緒だった。
ユリアが「野沢菜のおやきもちもちー☆」と言っている横で「中がみっちりなのだー♪」とほおばり、「揚げ餅みょーん☆」とやれば「あつカリやわやわなのだー♪」と同じ物を食べている。
仲良く露店巡りしているというわけではなく、ただたんに2人とも端の店から順に進んでいる、ただそれだけのことである。
こうしていく先々で一緒になればすぐにお互い打ち解けあい、「ソース煎餅ぱりぱりー☆ イカ焼きむしゃあー☆」「なのだー♪」と、笑いながら2人して全制覇を目指す勢いであった。たい焼きで2人そろって全種5つずつコンプリートしたのには店主に驚かれたりもしたが、勢いはとどまる事を知らない。
ユリアの食べっぷりに、いつしか楓のユリアを見る目がきらきらと輝いている。
(たくさん食べてたら、あたしもいつかこんな風になれるのだー♪)
残念ながらその栄養は成長に使われていないなんて楓は知る由もなく、タコ焼きならぬ、出汁の利いたアツアツのアサリ焼きの箱を傾け、口に流し込むのであった。
その時、視界の端へ僅かに映るものに気が付いた。
「あや? あっちにあるのはお神輿かな? かな? あたしも担がせて貰えるかなー?」
「うみゅ、お願いしてみるといけちゃうかもにゃ」
「よーし、郷に入りては……なんとかかんとかなのだ♪ あたしも同じ格好に着替えるのだー♪」
人混みをかき分けていく楓に手を振ったユリアはふと、目が奪われ、魅入られるようにその店の前に立ち尽くす。
宝石のように色とりどりでキラリキラリと透き通った輝きを持ち、ただ綺麗なだけではなく、その多種多様で芸術的な意匠性――すばらしい。
「飴細工きれい……! お土産に買って行こうかにゃ」
そう言って百合と蓮、それに鳥と桜も手に取り、それからしばらく手はさまよっていた。やがて黙々と飴細工を作っている店長に向け、「あの」と声をかける。
「てるてる坊主って作れます?」
その願いを聞き入れたのか作業中の飴細工を置き、見てる前であれよあれよという間にてるてる坊主ができあがっていく。撃退士の方がどれだけ身体能力に優れていようとも、一朝一夕でマネできるものではない。
熟練を目の当たりにしたユリアは礼を言ってそれを受け取り、上機嫌に増し増しで次の店を目指す――と、そこにピヨピヨという鳴き声が聞こえ、「うみゅ?」と振り返るのであった。
「ふぅ、平和だなぁ」
「わふっ!? もしかして僕、騙されたです!?」
半袖ハーフパンツ姿でわたあめを鼻につけながら歩く高野信夫(
jc2271)の耳に誰かの泣き言が聞こえ、視線を彷徨わせると線の細い美少年と言う表現がぴったりな少年が法被に褌姿で半泣きになっていた。
そんな美少年――影山・狐雀(
jb2742)が不憫に思えたのか、信夫が「どうしたんすか」と声をかけていた。
「祭りには半被と褌だって聞かされてたのに全然そんな人いないです。もしかして僕、騙されたんじゃって」
「それは……災難だったすね」
「むぅぅぅ、でも来た以上は楽しむしかないのですっ。美味しそうな匂いでお腹もすきましたしー」
「その意気っすよ! ソースが焦げた焼きそばとか、もう匂いだけで反則だったんすから!」
こうして声をかけたのも何かの縁と、弧雀と共に次なる屋台を目指すのだが、突然、弧雀が吸いこまれるようにある屋台へ向っていた。
どうしたのかと首を傾げる信実をよそに、弧雀は店先に並んだたい焼きを次々と指さしていく。
「つぶあん5、こしあん5、クリーム5、白あん5、ごまあん5……いえ、全部8つずつでお願いするのです!」
信実はぎょっとしたが店主は動じず、まるですでに経験済みであるかのようにたい焼きを弧雀に渡すのであった。弧雀がたい焼きにかぶりついたあたりで「ふふ、まーくんかと思った、かわいいー」という声に、信実はついつい首を動かして確認してしまう。
「それはひよこであって、俺じゃないっすよ!?」
ヒヨコを撫でているユリアへ信実は思わず大きな声を出してしまうが、ユリアは「ほんものだー♪ よしよーし」とヒヨコと対応が全く変わらない。
「あ! 百合子ちゃん、お久しぶりー☆ ふふ、恋人さんとはらぶらぶしてるー?」
釈然としていない信実はさておき、百合子へと手を振るユリアへ百合子が手を振り返したその時、「おねーすぁぁぁん!!」と栢がちょうど飛びこむように抱きついてきた。
「おねーすぁん、今日もらぶ! 浴衣だ、かあいい! らぶらびゅー!」
べったりと張り付き、すりすりする栢は百合子しか見ていない。その様子こそが質問の答えであり、ユリアはニコッと微笑む。
「2人の時間を大切にしてねん」
手を振りつつ、ユリアはちょっと早めに帰路へとついた。2人に中てられたのか、無性に会いたくなって。
「お疲れ様っす」
去っていくユリアへ信実が頭を下げている間に「わふぅ!?」という声が聞こえ、見ると弧雀が法被と褌姿の人達によってさらわれていく。
「ぼ、僕は神輿を担ぎに来たわけでは……あの、ちょ、話をー!?」
不思議な力には逆らえず連れて行かれる弧雀を、まるで自分でも見るかのように信実は見送るのであった。
1人に戻った信実は射的がしたいと歩き出してみたものの、漸く見つけたところは人垣が凄く、なんだか知っているアイドルの先輩が惜しげもなくスキルを使って射的している様子が見え、そこに割って入るだけの勇気も出ずに、諦めてラムネを片手にまた歩き始めると、「わっしょいわっしょい!」と聞こえてきた。
「御神輿っすか。醍醐味っすね」
通りの向こうから神輿がやってくるのを見ながらラムネを傾け――盛大に吹き出した。
「さあ皆さん大きな声でですわ!」
「わっしょいわっしょい!」
「おっぱいわっしょい!」
「わっしょい♪ わっしょい♪ なのだ♪」
「わぅぅぅわっしょい……」
レナトゥスが「瑞穂様ー!」と下ではやし立てる一方、神輿の上ではやし立てる瑞樹、そして褌の正太郎、股間のおいなりさんがものすごい違和感をかもし出しているパンツを被ったラブコメ仮面の雅人、身長差により担いでいるというより腕をあげて掛け声をあげているだけのような楓、先ほどさらわれた弧雀達がいる。
「あっ恋音ちゃんだー!」
「……神輿の上に見知った人が乗っている」
栢の叫び声とたまたま聞こえてきた雫の呟きに上を注目してみると、一番上に鎮座して、両手を広げた姿が神々しくさえもある恋音の姿があった。
「なんでそこにいるんすか!」
「お、高野君もいたのか。ちょうどいい、君も来るんだ!」
正太郎に名指しされた瞬間、どこからともなく褌集団が現れ、あれよあれよという間に信実も法被と褌姿にされて、神輿を担がされていた。
「どうしてこんなことになるんすかね!」
泣き言を言いながら見上げた信実は神輿に合わせて上下に揺れ動く瑞穂の立派なモノを見てしまい、鼻の奥が熱くなって両手で鼻を押さえてしまう。
神輿のバランスが一瞬崩れ、瑞穂が信実の上へと落ちてきて、支えきれずに後ろの楓を巻き込んで倒れ込むと、後頭部に未発達なれど女の子の柔らかみと、顔にのしかかるマシュマロなんて目ではないふわっふわでありながら確かな張りを持つ極上の柔らかみに挟まれた。
「転んじゃったのだー♪ にーちゃん、大丈夫かなの」
「ごめんなさいですわ――貴方、血が出ていますわよ!?」
起き上がった瑞穂が驚くも、信実は瑞穂と楓のサンドイッチから抜け出して人のいないところへと駆け出していた。
「大丈夫っす、これは鼻から血が出ただけっすからぁぁぁぁぁぁ!」
「財布と胃袋は大丈夫か? 俺はまだ飯を食っていないぜ!!」
背筋を伸ばし、咀嚼の回数を多くして無駄な動きをしないでタコ焼きの大食いで勝負に挑む正太郎。神輿はもう境内へと戻っていた。
だが「勝負なのだ♪」と、相手は2代目胃袋ブラックホールになるかもしれない、楓。勝機は無いに等しかったが、不屈の闘志で引き分けに持ち込めたのはまた別の話であった。
職人の手により布に立体感を持たせた巫女衣装の着心地が案外よく、その姿のままで歩く恋音にいきさつを尋ねていた雫はとうとう、御利益に豊胸がないという事実を知ってしまった。
「判ってはいるんですよ……この怒りが私の思い違いから来るもので理不尽だって事は」
「おおう……申し訳ありません……」
いたたまれずに頭を下げる恋音へ雫は両手を伸ばし、正面からぐわっしと胸をつかんでは上下左右にと激しく揉み倒す。
「毟り取るのは気が引けますから、これで我慢するのでご利益をお願いします」
「待ちたまえ!! それは私のおっぱい、その手を離してもらおう!!」
揉み倒す雫へと詰め寄るラブコメ仮面をキッと睨み付ける雫――大きなビニールハンマーを手に、2人の勝負が始まるのであった。
雫までもがあんな行動に出たのに日菜子が驚き、いよいよもって怪訝な目を全体へと向ける。
「皆いつもとキャラ違わないか? まるで乳神? の毒気にでも当てられたような――いや待て、毒気……?」
過去、声で覚醒者を洗脳した騒動があった――そんな悪夢がまた繰り返されようとしているのではないか。学園ではなく此処なのも、自然に狂ったように見せかける為で、胸腰女と尻脚男は瓦解を企むテロリストなのではないか――
「恋音のおっぱいは、この世のおっぱいは、私が守る!!」
「む、胸とか尻とか淫猥極まりないぞこのエロテロリストども!!」
ノリについていけない日菜子のその横で、静かに傍観するのは蕾達だった。
「止めてください、で止まるものではないですよね――こうなるのも、男女で外見的特徴の違いがある以上、仕方ないのかもしれません。ですが、それなら無理に統一規格で通すのではなく、別個の基準を設けるべきですよね」
蕾が絹璃へと話を振る。
「基準――まあ男女別の魅力と言うわけね。今回は外見の魅力のみということで、内面の経済状況等は無視する前提で話しますと、男性の魅力はやはり女性と比較しての身長差、臀部や脚部、胸板などに見られる筋肉の質、などがありますね。もちろんこれらは女性が上回る場合もありますが、基本的に男性的な特徴であり、これらが強調される形こそが男性の魅力でしょうか」
絹璃から朱鷺瑪へ。
「で、女の子の特徴は筋肉とは違って、柔らかさと丸みを帯びたラインの胸や腰ってわけだね。でもその中でも胸は女の子の中でも大きい小さいがあって個人差も出やすいから、女の子の特徴を1つに絞るならやっぱり胸だよね――でも、たとえ小さくても形がいいとか、すっごく柔らかいのに張りがあるとか、そういう所でも十分魅力的だし、腰とかもいれたら――やっぱり全体そのもの、個性が魅力を決めるうえで重要なのかな」
バトンを受け取った朱鷺瑪がそう主張し、横目で今しがた到着した恋音へと回す。
「ううん……その『個性』ですがぁ……美しい姿も、均整が取れた身体の均整の基準も、時代と文化で変わるわけでして……まして天魔の間では私達以上の基準の違いがあるでしょうから……ですから、それぞれの好みや外見を否定せず、個性として認め、受け入れる寛容さこそが必要なのではないでしょうかぁ」
受け入れる――きっと彼女が渇望したものだと頷く3人。
――だが。
(受け入れてくれても変態はちょっとなぁ……)
ラブコメ仮面を見て、そう、思ったとか思わなかったとか。
勝負も終盤、熱くなりすぎて浴衣からおみ足をチラ見せしてしまった文歌だが、おかげで勝利の色が濃く、そこはそれでひとまず満足した――が。
「戦いは終わりません……ここからが本当の勝負ですっ、最強の尻脚を決めるべく、涼子さん、勝負ですっ」
「そうきたか。だが残念かな、お互い消耗してベストコンディションではない。どうせやるならベストコンディションでやりたいものだからな、だから――次回まで持ち越しだ」
涼子が何を言いたいのか気づいた文歌。先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情で涼子を見つめる。
「私は雅さん達と美鈴さんの想いを継いで優さんとの決着をつけにいきます。涼子さんはシアさんの元に向かうんですよね……? お互い必ず戻って、またゲーム対決をしましょう
「ああ、望むところだ」
文歌が差し出した手を、涼子はしっかりと握りしめるのであった――
「もしかして、若林雅さんかな」
不意に名前を呼ばれ振り返った雅が見たのは、皆が浴衣の中でも変わらず貫き通す青いハイレグの愛で、振り返った雅の顔をじっと凝視する。
(本当に、そっくり……)
嘲る顔しか見たことはないが、ついこの間、親善試合で1つの決着を迎た若林 優の顔がそこにある。双子とは聞いていたので似ていて当然なのだが、似ているのはやはり造形だけだなと再認識する。
強さを求め悪魔に魂を売った少女――そんな少女と、強さを、全てを求めたプロレスで勝った。それこそが桜庭愛という少女の物語の結末ではないだろうか。
(もし人として会えたなら、きっと友達になれていた……ううん、今もきっと私達はもう友達なんだ)
だから伝えよう。
妹さんと友達になれたよと、目の前のおねえちゃんに。
だけどまずはこう言おう、いつもの笑顔で。
「あなた、かわいいね。プロレスに興味ないかな? ……あなたみたいな可愛いヒトと友達になれたら……」
大戦も終わり、帰ろうかという時に花を摘みに行った六実を街灯の下で待つスズカ――その背後の闇から「スズカ君」と呼ばれた。
「ひえ!?」
「おっと、驚かせてしまいましたか」
すみませんとは言わずに、エイルズレトラが闇に浮かび上がってきた。
「最後の挨拶にきました――もうこれが最後ですよ、本当に」
「そっか……エイルズさんはあの大戦に参加しなかったの?」
昔ならこんな時にそんな軽口も言わなかっただろうと、そこでも少年の成長を感じ取るエイルズレトラ。
「僕は面食いなので、胸もお尻も大して気にしません――君はどうやら、なかなか強くなったようで安心しました。
日本も平和になりましたし、戦いから退くも、それでも刃を研ぎ続けるも自由でしょう……ただそれは、いざという時に自分で戦うのか、他人に戦ってもらうのかという選択でもあります。
よく選んでください」
一方的に語りかけ、トランプを1枚、スズカへと投げつける。
「そのトランプをよく見ていてください」
言われた通りにスズカが見ていると「1、2……」とカウントが開始された。
「3」
その声が消え、トランプから目を離したスズカだが、その時にはもはやエイルズレトラの姿は無く、闇がただ広がるだけ。
「スズカちゃん?」
戻ってきた六実に声をかけられ、「なんでもないよ」と返事をしながらトランプをポケットにしまう――ポケットの中で崩れていく1枚のジョーカーは狂気の笑みを湛えている様であった――
「凄い目にあったっす……」
人気のないところで見つけたベンチで鼻を押さえ休んでいる信実だったが、心音が落ち着いてくると、奥の茂みから「ハルちゃ、んうぅ」とか「ああっ……」と、女性の苦しいような、切ないような声が2つ、聞こえてくる。
苦しんでいる人が居るのかもしれないと腰をあげた信実が奥の茂みへと近づいていき、「大丈夫っすか」と声をかけながら覗き込んだ信実――翌日、(鼻)血だまりの中、倒れている姿で発見されたとさ。
涼子の独り縁日と乳尻太股大戦 終