●もはや猶予もなく
「もう5日も経ってるわ! モタモタしていられないわね!」
雪室 チルル(
ja0220)の言葉はもっともだと、波風 悠人(
ja3452)は頷いていた。
「そう、だな。だが……」
今ひとつ歯切れの悪いアルジェ(
jb3603)の横へ転移された人物に、「やはりきたか」と漏らす。
「お久しぶりなんて挨拶してる暇はねぇな。つっても悪ぃけど、先、行っててくれ。俺はちょっと、爺さんズにゲロってもらうからよ」
江戸川 騎士(
jb5439)は一方的に告げるといきなり背を見せ、呼び止めようと悠人が手を伸ばそうとした時、アルジェまでもが。
「すまない、アルも同行する」
いきなり2手に分かれてしまった事へ眉間を押さえてしまった悠人だが、すぐに開き直れた。
(情報が不足していた時に備える事が出来るのは、悪手じゃあないな)
そう納得した時、すでにチルルは牧草地に向かって走っていたのであった。
横になってはいる修平に似た1人の老人と、何も語らずにその老人を見つめる老人がいた――と、いきなり襖が開かれる。
「よう、爺さん。さあとっとと吐け」
胸倉でも掴みそうな勢いの騎士へ、後からやってきたアルジェが「少しは落ち着け、騎士」と宥める。
「冷静かとも思ったが、そうでもなさそうだな。もっとも、アルとて同じだが――さて、騎士の言ではないが今すぐ知っている限りの事を教えてくれ」
「修平の残した『期日』とか、あいつのかけてる『女物の眼鏡』の意味とか、何故修平が『外れが正解』だと知っているのか、そこら辺をまずな」
2人の詰問に修平の祖父はゆっくりと身体を起こし、ぽつりぽつりと話し始めるのであった――
「――なるほどな、そういう事があったわけか。期日については修平しか知らねーってのがあれだが……」
「先に行った2人とすでに連絡が取れん、恐らくはゲートの中にもういるんだろう。残りの真実は、本人に語ってもらえばいい、今はとにかく修平と海を救出する……時間は、あまり残されてない。
……急ごう」
(……まだ、返事を聞いていない――待ってろ修平)
口の中だけで呟いたアルジェが踵を返すとすぐに騎士も踵を返すが、首だけを動かして後ろの2人へ「悪魔にとっちゃン十年なんざ昨日の話だぜ」と言葉を残してゲートへと急ぐ――
ウロを見つけた悠人とチルルは、その前でトランペットを吹き続ける理子の肩に手を置いた。驚いて音を止めた理子へ「いま連れ戻しますから、少し休憩していてください」と一声かけてから、多少の警戒をしながらもウロを潜る。その瞬間に感じる違和感が、確かにここがゲートだと告げていた。
そしてこれもまた話に聞いていた通り、中には6つの穴が開いていて、数字も聞いていた通りに振られていた。これなら事前に推理した事が役に立つ――
「あたいはね、4を正解だとした時、他の数字に共通点を見出したのよ!」
スピーカーとプレーヤ―を用意していたチルルが音楽をかけると、立ち上がって声高らかにそう言った。
「ずばり、素数ね!! つまり素数じゃない数字こそが正解って事なんだわ!!!」
鼻高々と自信満々のチルルへ「俺もそう思っていました」とは言い出せず、「すごいですね」と褒め称える。褒め称えられたチルルはこれでもかというぐらい胸を逸らすのであった。
「そして道がすぐわかるようにあたいは素数表を……! 素数表を……! 素数、表……?」
身体をまさぐるチルルがぽかんとして首を傾げる様に察してしまった悠人は、それとなく自分の用意した素数表の紙をチルルの近くに落とし、「そこに落ちてますよ」と顎をしゃくってみせた。
悠人が仕組んだとも知らずに拾い上げるチルルは自分の用意したものと違うような気はしたものの、あまり気にすることなくライン引きで白線を引きながら4番へと向かっていく。
「あたいに続けー!!」
ゴトゴトと音を立てながら走るチルルの後を追いかけ、悠人も4番へと消えていった。
――いくつかの穴を通り抜け、数字もかなり大きくなり始めたあたりまでくると、悠人の推測は確証に変わっていた。
(素数じゃない数字が正解、か……素数は1か自分でしか割れない孤独な数字って特性だけど、そうじゃない数字が正解って事は孤独じゃない数字が正解……ロマンのある暗号ですね)
「……数学者が考えそうだな」
口を開け素数表と見比べているチルルが「んあー?」と悠人に首を向けるが、悠人は何でもありませんよと苦笑して誤魔化していた。
十分誤魔化されたチルルは素数表に視線を戻し、首を横にかくんと倒す。
「……どっちも、素数じゃ、ない?」
「やはりそんなパターンもありましたか……穴が2つあって、2人いるなら別々の穴に飛びこんでみるのが一番でしょうね」
そう悠人が提案したその時、後ろの穴からはかすかに聞こえるプレーヤーの音楽以外に、もう少し大きな別の音が少しずつ近づいていた。
風の音や草木のざわめく音ではなく、明らかに音を出す物によるもの――そう、オカリナの音が。
「修平ならこの音が判るはずだ……反応が返ってくれば御の字だが……少なくともアルが来たことはわかるはずだ」
思い出の一穴オカリナから口を離したアルジェへ、騎士は「だろうな」と口元に笑みを湛えながら続けた。
「ま、反応はねーだろうけど、ちっとは生きる気力が湧いてくんだろ」
元気づけるつもりはなかったろうが、結果的に元気づける言葉になった騎士の言にアルジェは頷き、きっとまだ生きていると自分に言い聞かせ、運をも味方につけようと呼び出した肩に乗るケセランをひと撫でする。
悠人とチルルからだいぶ遅れて入った2人だが、その進み具合は先に行った2人よりもずっと早かった。スマホに素数表を表示していたがそんなものを見るまでもなく、それどころか穴の数字すら見ていない。夜目を利かせた騎士に目にははっきりとチルルの残した白線が見えているし、なによりも修平と海の祖父からシンプルな攻略法を聞いていたので、白線すら見なくてもいいくらいであった。
そろそろ先に行った2人が最終分岐に到達するかもしれないと、アルジェは光信機を取り出して呼びかける。
するとやはり2人は、『どちらとも素数じゃない部屋』にまで辿り着いていた。
「そうか、ならもう少し早くに伝えておけばよかったな――その部屋の答えを、いや、どう進むのが正解なのかを、アル達は聞いてきた」
『どういうことですか?』
「素数じゃねー数字が正解ってのは正しいんだけどよ、爺どもはもっとシンプルに覚えてやがったぜ。最初の4を抜けたら、あとはひたすらジグザグに進めとよ」
「つまり左右交互だということだ。海の祖父はその方法で奥地に辿り着き、何度か通っているうちに初めて最後の部屋の数字がどちらも素数じゃないと知ったそうだからな」
聞いた話を伝えつつもどんどん進んでいると、ようやく2人と合流できた。素数表と照らし合わせる必要性すらない分、先の2人よりも遥かに早い到着である。
2人と合流し、4人そろったところで右の穴へと踏み込むのであった――
その空間はこれまでと違い、開けているだけでなく石造りの神殿のような造りをしていて、あからさまに雰囲気からして違った。
円に並んだ柱のその中央に海がいて、その海と戯れる海に似た成人女性――それこそがウロの悪魔その人だろう。その側には鋼糸で柱に巻きつけられた修平までもがいた
「修平! 無事か」
修平へ駆け寄るアルジェと同時に動いたチルルが氷剣を抜き、ウロの悪魔の前に立つと切っ先を向ける。
「とても凄いあたい達が来たからには、抵抗しても無駄よ! 観念して大人しくするのね!」
降伏勧告を突きつけられたウロの悪魔は薄く笑い、「詮無きことよ。わらわはすでに戦う力を持たぬのじゃ」と抵抗する気はない様子である。
とはいえ流石のチルルでもそれを素直に信じるほど能天気でもなく、「変なことしたら容赦しないから!」と氷剣を肩に担いだままじっと睨みつけていた。その間にアルジェは鋼糸を断ち切り、朦朧としている修平へ悠人がライトヒールで癒している。
そして状況が把握できずに首を傾けるだけの海の前へ、細かな粒子にも見える不思議なフェロモンをまき散らしながら無表情の騎士が見下ろす様に立った。
「おい、寝ぼけてんのか、海。修平の今の姿が見えてねーのか。それに理子がおめーらを心配して、来る日も来る日も帰ってくる事を願って外で吹き続けてんだよ――何も思わねーのか?」
反応の薄い海の肩に手を置き、その言葉に力を乗せた。
「友達より神様のがいいなんて、言わせねーぞ」
「――え……え、あれ、騎士さん」
目を丸くさせた海へ「騎士さん、じゃねーぞ」と海の額を指で小突く。
「正気に戻った、と言ったところか……さて、色々話したい事はあるだろうが、まずは修平達をここから出させてもらう。アル達は戦いに来たわけじゃない、大切な人、大切な親友を助けに来ただけだ」
外傷はないが衰弱しきっている修平を担ぎ上げ、アルジェはウロの悪魔へそう告げると背を向け、来た道を引き返し始めた。
「外へ行くというのかのう」
「アル達は逃げも隠れもしない、修平達が回復したら話を聞こう、そしてこれからの事を話そう」
「なんでこんな事をしたのかも、吐いてもらうんだから!」
ジャブを繰り返して牽制するチルルにウロの悪魔は肩をすくめ、それから手を叩くと風景が一変した。それまでの神殿造りから洞窟のような造りへと変化し、アルジェの向かう先には外から差し込む光が見える。
その光の先へと進むと圧迫感は消え去って身体は軽くなり、新鮮な空気に満ち溢れていた。
「修平君! 海ちゃん!」
理子が泣きだしながらも2人に駆け寄り、海へ体当たりする様に胸へ飛び付いた。
理子に「ごめんね」と言いながら頭を撫でる海の頭を、ぽふぽふと叩く騎士。
「何かあったら、ちゃんと呼べと言っただろうが」
「だって、神様の言葉聞いてたらなんだか頭がぼやっとしちゃって……」
「……全く。高校生になったってのに神様かよ。いつまで他人に頼ってばかりなんだ」
「――それが約束と、期日なんだ」
海と騎士に割り込んできたのは、アルジェの背から降りてちゃんと立っている修平だった。
「約束?」
「昔、そこな娘の母親とこの地を見守り続ける約束をした際に、こやつとも約束したのじゃ。海はわらわの血を色濃く継いでおったようじゃからの、恐らくは人との輪をあまり広げようとはせんし、ごく少数の者に頼りきりになるじゃろうと思っての。
そこで誰にも漏らさず、18歳となるまでにわらわの囁きよりももっと大事な者を増やせと約束したのじゃ。違えば、海はわらわと共に生きる道を進ませると言っての」
「それが今回の事態と言うわけですか……本当にそんな事をする必要があったと思いますか?」
悠人の問いにウロの悪魔は騎士をチラリと見て、さてのと惚けてみせる。
「とによー……今さらだぜ。ところでなんで人間の子を産もうと思ったんだ?」
「それは愚問というやつじゃの。わらわは2人の人間を愛し、そして子を成し得たいと思った、ただそれだけのことじゃ」
愛と言う言葉に騎士は思わず唇の端を吊り上げ、自嘲気味に笑うのであった。
「ひとつ聞かせてもらいたいんですが、各部屋に振ってある数字と構造の意味なんですが――もしかして素数を孤独な数字と捉えて、そうじゃない数字は孤独じゃない数字、それが正解と言うことはつまり――」
そこまで説明した悠人の言葉を遮って、ウロの悪魔が「かかっ」と笑った。
「ヌシはロマンチストじゃのう――だが、そうなのかもしれんの。わらわは――孤独が嫌いじゃ」
嫌いと言った彼女の顔は酷く悲しいものであり、悠人の胸にもチクリと刺さる。きっとジグザグなルートにしたのも、2人のどちらも取る事が出来ない表れなのかもしれないと思ったが、それは胸の内にしまっておくことにした。
いまだふらつく修平を支えながら、アルジェはウロの悪魔へ向け「では」と切り出す。
「語り合おうか……ここにいる皆の未来(これから)の事を」
「わらわは他に語る事などありはせんのう。十数年前こそはただの一度だけ外へと出たが、わらわはこの地にて待つと言った手前、この地から動く気はない――それすらもヌシは許さんのかえ?」
氷剣の切っ先を掴み押し下げ、チルルへ向けてウロの悪魔は笑みを浮かべた。問いかけられたチルルは口を開けたまま眉根を寄せて考え込んでしまう。
「待つってのは修平の爺さん――修造をか。爺になってても、会いたいか?」
騎士に問われるが、ウロの悪魔は「もちろんじゃ」とすぐに答える。
「人とは老いるもの――さりとて修造には違いあるまい」
「そうか……だそうだ。今も律儀に待っているようだぞ、せっかくなら自分で渡したらどうだ」
アルジェが呼びかけると、鉄格子の門から姿を現す修平と海の祖父達。修平の祖父は修平の眼鏡を外すと、ウロの悪魔の前へと。
「……待たせてしまったようだね」
「ほんの少しじゃよ、わらわにとっては」
「――これが、君に似合うと思って贈ろうと思っていたものだよ……」
あとは2人の話だと、悠人とチルルは理子を送ってから学園の帰路につき、アルジェは修平と、騎士は海と共にそれぞれの自宅へと向かうのであった。
帰り道で海が「神様の正体がかぁ」と呟いたので、騎士が頭を乗せるようにぺしりと叩く。
「結局、神様じゃなくて悪魔だっただろうに……まあ人界の神様って定義は、同じ神様も時代で変わるからあんま意味ねえけど」
乗せた手を今度は優しく、ぽふぽふと。
「ま、神様じゃねーけどよ、守護天使ならぬ守護悪魔2人ってのも悪くないぜ」
「ずっと、見守ってくれるの?」
上目遣いの海へ「ばーーか」とぽふぽふを連打する。
「俺は約束なんかしねーよ――ただ俺が勝手するだけだ」
「……修平、ずっと秘密に耐えていたんだな」
「まあ、ね。学園に通った時、海ちゃんから目を離すのが危険だとよくわかったから、海ちゃんから着かず離れずの距離を保たなくちゃいけなかったけど――それももう解放されたわけだから、やっと言えるよ」
肩を貸してもらっているままではバツが悪いと思ったのか修平はアルジェから離れ、向かい合った。
「――写真立てに、アルジェの写真を入れたい」
分かる人にしかわからないような言葉で言われたアルジェの反応は思わしくなく、表情を変えこそしないが不服そのものだった。
「……修平、そういう時はストレートに」
本人から言えと促され、修平はあちこち向きながらやがてアルジェに戻して、言った。
「僕は、アルジェが好きだ。僕だけの大事な人になって欲しい」
「――アルも……好きだ。私の心を修平に捧げさせてくれ」
帰る時まで音は止まず 終