●卯左見 栢(
jb2408)の初舞台
(ううー……緊張するぅっ)
いつもの扉を前に、深呼吸。
留年の文字を見た時には驚いたりもしたが、手違いであるとわかり、無事に学園を卒業できた。
そして卒業はしたが、今日も学園のここにいる。服装はいつものラフなものではなく、スーツにしてみた。おそろいだと思うと、でゅふふと笑ってしまう。
そんな栢の目の前で斡旋所の扉が開かれた。
「栢ちゃん、いい加減入りましょうよ」
「うん!」
足を踏み込むと学生が職員室に行く時のような緊張は全くないが、それとは別の緊張感が充満していて、無縁だった不安さえも芽生えてしまう――が、そこに百合子がいるというだけで何でも来いと、一瞬で変わるこの単純ぶり。
「こちら、夜の間に出された報告書ですが、入力していきますから栢ちゃんは軽く目を通しながらファイリングして下さい」
「わかったよ、おねーさん!」
頷く栢は百合子の横に座り、渡された報告書に目を通してファイリング。そして入力している百合子の指と横顔をずっと見つめる。
普段、あまり見ることのできない引き締めた表情。
(おねーさん、かっこいいなぁ)
見ているだけで頬が緩み、胸は高鳴っていく。
百合子が入力している間に何組かの撃退士達が来たりもしたが、栢は案外そつなくこなす。持ち前のフレンドリーさのおかげで人と接するのが上手く、すぐ仲良くなってくれる――その後ろ姿に百合子は目を細めているのであった。
仕事も終わり「おつかれさま、おねーすぁん!」と労う栢だが、百合子にじっと見つめられ首を傾げると、「だいぶ疲れたようですね」と言われた。
「そんなことないよ、栢さん元気!」
「それならまず私に飛び込んでくるのが栢ちゃんですからね――帰りに美味しいものでも食べていきましょう」
差し向けられ手を凝視し、栢はうわぁいと手に頬ずりする。百合子の手の温もりに喜びを感じながらも、こうして栢の初舞台は終了した。
そしてこれからもこの舞台は続いていく。
百合子と共に――
●君田 夢野(
ja0561)の初舞台
今日は黒いスーツを纏ったカーテナ・ザ・ミストレスが、夢野へと呼びかけた。
「団長、いよいよ会見の時間です」
「団長はよせ、団長は。これからは会長だぞ」
苦笑する夢野は「失礼しました、会長」と頭を下げられたが、いいさと笑ってカーペットの上を歩き出した。
14時18分――ニュースの途中で刺しこまれた生放送。記者たちの前にBSBと書かれた“青い”腕章を左腕に通し、赤い燕尾服の夢野がカーテナと共に現れ、フラッシュを浴びながら会見席に座る。
「皆様。復興財団“Blue Sphere Ballad”の創立会見にお集まりいただいた事に、まずは心よりの感謝を」
深々頭を下げる夢野。
創立する資金のために実家の財産をごっそりと処分し、さらにカーテナを秘書に添えて各地を飛び回り、様々なコネを使ってスポンサーを集めた日々を思い返していた。
「戦争終結から数年、その爪痕は未だ深々と残っています。そこで私は、戦災復興の為に財団を立ち上げました。
また、人類と天魔の融和推進も復興の一要素と考えております。多くのものを奪った戦争がもたらした数少ない恩恵、天魔という新たなる隣人。彼らと人類がいかに共存するか、それも重要です。
――時を経れば、やがて人類と天魔の境目も無くなるかもしれない……そんな時代すら我々は予期し、活動を行います」
記者から具体的にはどんな活動ですかと聞かれ、カーテナが「財団は戦災被害地域に食糧や人材を手配し、被害者の社会復帰を支援。また天魔人の相互理解を深める啓蒙活動を行います」と簡素に説明する。フラッシュと質問が次々と飛び交う中、夢野は決意を示すように小さく頷いた。
(まだこれはスタートに過ぎない。復興が成功するかどうかは今後次第、ここで躓くわけにはいかない――)
「初の海外公演はどうだった? ……あぁ、それはよかった」
会見が終わった舞台裏で夢野はこそっと携帯で連絡を取り、興奮しながら語る理子の言葉に耳を傾けていた。
「俺も上々かな。とはいえ世間に評価されるのはこれからさ――そのうち、そっちにも手伝ってもらうかもしれないな。人の心を癒す為に君の力が、音楽の力がいつか必要になる」
(――この先、俺はいつかは逝く、それはきっと君よりも先だ。それでも財団はきっとカーテナを会長に添え、君と共にずっと残ってくれる。
だからせめて、生きていく君にこの青い世界の美しさだけは手向けたい)
黙ってしまった夢野。不意に「夢野さん」と呼ばれた。
「ん?」
「愛しています」
「俺も……愛しているよ、理子さん」
●水無瀬 文歌(
jb7507)の初舞台
卒業後、試験を受け見事に外交官となる事が許された文歌だが、実際に外交官として動き始めたのは最初の出産を迎えた後である。
異世界の文学や言語などを主に解読する翻訳業を職業にした夫の水無瀬 快晴と共に異世界を旅しながら、アイドルとして歌で人間界を知ってもらえるように、それこそが自分の外交だと言わんばかりに活動を続けてきた。
――そして今日やっと、その活動が実を結ぶ。
舞台袖から観客席を覗くと、ありがたい事に席は埋まりきっていたし、空を飛んで待っていてくれていた。今日の観客に人はほぼいない。
(天魔さんの世界だもんね)
そんな異形がひしめく中でも、快晴の姿はハッキリと見える。抱っこしているペンギンの着ぐるみにはまだ言葉も覚えていない娘の奏がいて、横にちょこんと座っている響は黒猫のぬいぐるみを抱いていた。どちらもお互いの子だと分かるくらいに、そっくりである。
3人の姿に胸をなでおろし、文歌はステージへと躍り出た。
奏は赤ちゃんながら文歌が出てくると、手をぱちぱち叩いてきゃっきゃと喜ぶ。
「ふぅむ? 奏も喜んでるみたいだねぇ。響は意外と大人しい、な」
そう言って快晴は頭を撫でるのだが、響は身じろぎひとつせず、文歌をじっと見つめていた。
(これが天魔さんと人の架け橋となる初の舞台だよっ)
そんな想いで選んだ曲は“あけぼのweekサクラ咲く☆”。
♪冬の別れ雪の日に 見送った仲間
別れがあれば 出会いもあるさ
We'll be right here あの日の言葉
春の訪れ 夢が叶ったね
ほのぼのdays キミと会う
あけぼのweek サクラ咲く☆
また出会えた この喜び
かぎろひmonth ココロ萌え
A happy year 今年もね☆
歩き出そう みんな一緒に♪
歌い終わり、音も止んだ――だが、声も拍手もない。アイドルとしては不安になってしまいそうだが、何も伝わっていないわけではないと、異形達の表情を見ればはっきりとわかる。
「今日は私のライブに来ていただいてありがとうございます♪
皆さんと共に歩むこの世界が、私たちの、そして子どもたちにも素敵な世界になります様に……これからも一緒にがんばっていきましょうっ」
それに応えてくれる者が誰もいない――そう思いかけた時、小さな掌で、目一杯大きな拍手が。目を向ければ響が一生懸命に拍手していた。
そして快晴も拍手を始めると、なるほどそうするものなのかと言う呟きと共に拍手の波が広がって、文歌の初舞台を埋め尽くすのだった――
●姫路 ほむら(
ja5415)の初舞台
幼少期、家主催の劇団で慰問公演等行っていたが、育てられ方や母の生き写しだった容姿も相まって、自分が娘だと信じて疑ってなかった。
そんな女の姫路ほむらは真実を知った11歳、久遠ヶ原に編入した時、死んだのだ。
暫くは女に間違われる事も多々あったが、成長するにしたがって父の血が少しずつ濃くなり、大学を出る頃には女と間違えられる事も少なくなっていた。そしてそんな過去がありながらも、ほむらは男役として俳優の道を進んだ。撃退士として人々を守る事にやりがいを感じているし、不満はないが、やはり演じる事は別の次元である。
(俺は演じる事が好きだ。舞台に立つ事が好きだ)
それは自分という個を形成する核とでも言うか、切っても切り離せない自分の一部なのだと。
そんな想いで俳優を続けていたある日、天界及び冥魔界との正式な国交が開始された。それを記念して人と天魔の戦い、その結末を描く長編映画エリュシオンの制作が発表され、実際に戦った撃退士であるほむらに白羽の矢が立って、出演依頼が舞い込んだのが2028年、27歳の事。
姫路 ほむらにとってはこれが本当の初舞台であった。漸く、自分が自分になれる時が来たのだ。
ジャッジメントチェーンで縛り、ヴァルキリージャベリンで屠るアストラルヴァンガード。そして女装で女に弱い敵を翻弄するという役。その隣には芸能界に復帰した、父の姫路 眞央が阿修羅として立っていた。
試写会の銀幕の中に、幼い頃、自分が殺した父に歪められた自分が甦る。ずっと憎んでいた、あの自分――だが。
(ああ、彼女も確かに俺の一部だったのだ……)
今は認める事が出来る。だから父が隣に立つ事も許せる事が出来たのだ。
そしてほむらの横で同じく銀幕を眺める眞央はとても喜びながら――息子の過去は全て私の過ちによるもの。過去の事で息子が攻撃される事があれば、私は全力で盾になろう――そんな決意を胸にするのであった。
「それにしても……息子にこの映画見せられない、困った……父の威厳が……!」
今年10になる銀髪赤目で母似の顔立ちをした、女と間違えられるのが不満という良くも悪くも『らしい』ほむらの息子、姫路 みらい。
父さんが出る映画の公開楽しみ! クラスでも話題になってるんだ。父さんは俺の自慢だよ! そんな事を言われている。眞央からすれば羨ましく、おじいちゃんもみらいくんの自慢になれるよう頑張るぞなんて思っているなんて露も知らず、ほむらは頭を抱えていた。
そんなほむらに、銀幕のほむらは微笑んでいるようであった――
●キュリアン・ジョイス(
jb9214)の初舞台
卒業から6年後のとある街。
そこで魔法を使った詐欺組織を捕まえる事になったキュリアンはコートをはためかせ、組織が根城としているビルの隣から見下ろしていた。
「ついに魔法使いとしての初仕事だ」
独白のつもりだったが「そうね」という返事が。まさかと後ろを見れば、若宮=A=可憐がいた。
「……あれなんで可憐一緒にいるの!?
――え、妻が一緒にいるのは当たり前……君妊娠中ですよね!? 激しい運動ダメだよね!? え、俺が頑張ればいいって……もういいや、頑張ります……」
顔立ちもかなり大人になり、胸もちょっと大きくはなったが、中身は変わらずな可憐を説得するのはすぐに諦める。それに自分を助けるために知識をつけてくれたのを知っているだけに余計、何も言えない。とはいえ可憐自身も当然、不安ではある――が、キュリアンと一緒なら大丈夫だと確信していた。
だが潜りこんでから、やはり連れて来るべきではなかったかもと思い始めていた。
(ただの集団かと思ったらかなり組織的っていうか……ごろつきの魔法使いじゃないな。大した相手じゃないけど、可憐を守りながらは大変だ……)
「って……銃、持ってきてたんだ……あ、殺しはなしでね。一応そういう感じだから、うん」
なんだか残念そうな可憐をなだめつつも仕事を無事に遂行すると、何とか終わったかなと謙虚な物言いではあったが、さすがであった。
だがしかし、可憐の様子がおかしい。
「え、陣痛!? 嘘ぉ!? 救急車……より運ぶほうが速いか!」
可憐を抱き上げ青白い2枚の翼を現出するとビルから飛び降りるキュリアンに頼もしさを感じ、安心した可憐は目を閉じて身を委ねるのだった。
「間に合ってくれー!」
「……って事が、ウィリアムの生まれる時にあったんだ」
膝の上で横になっている金髪でオレンジの瞳をしたウィリアムの頭を撫でて、そう話すキュリアン。
栗色の髪をした次男のアイザックは床で寝そべりながら「ふーん」と、のんびりした言葉を発する。
長女のリェーナが腕にしがみつき、「もっと聞かせて!」とせがんでくると、キッチンから今の話が聞こえていないわけはないが、それを感じさせない可憐の「ちょっと手伝って」という声が聞こえた。
ウィリアムを抱き上げて座らせると、リェーナの桜色の小さな唇に指を当て、「……母さんが呼んでるから食事の時にな」と優しく笑うのであった――
●川内 日菜子(
jb7813)の初舞台
(ああ、あんな日々だったな……)
映画を見ながら、日菜子は目を細めた。
卒業後、在学中にできた縁もあって撃退士で構成されるまっとうな組織へと入隊した日菜子は短い研修期間の後、機動二輪の部隊に配属されて移動しては戦闘、また移動しては戦闘と、日に何度も移動と戦闘を繰り返す日々を送っていた。
バイクに乗ったまま戦う事もあり、強敵こそいないが学園の時とは違った激務に、最初の頃は知った顔の海外公演や財団立ち上げのニュースをテレビで見る事無く、たまの休日も死んだように眠っていたものだった。
だが今はこうして、外に出歩く事さえもできるようになった。
さすがに異世界へライブを見に行く事まではできないが、いつしか行けたらなと思い、映画館を後にする。
あの頃の映画を見た事で斡旋所に就職した彼女の事を思い出し、アイルランドに帰った魔法使いの彼の事も思い出す。
そして忘れてはいけない、緑髪の少年の事――
「……いまだに、あの教えでよかったのかと考えてしまうな」
しっかりせねばと、頬を叩く。
もう数年もしたら組織長は引退すると公言していて、自分には部隊長を任せるなんていう話を酒の席で聞かされていた。本当かどうかはわからないが、期待されているのだろうと日菜子は帰路につく。
それから数年、本当に組織長は引退し、副長が組織長へと。
ただ1つ違ったのは、日菜子は確かに部隊長になれたがそれもごく短い期間で、すぐ副長へと抜擢された事だった。
「デスクワークも慣れ切ったと思ったが、立場の違いでここまで椅子に座る時間が増えるとは……」
20人と居ない小さな組織と言えども、最適な人員を選ぶのがオフィサーの仕事であり、それはとても頭を悩ませる事である。
古参だけで構成すれば楽ではあるが、それでは新人が育たない。だから適度に新人も入れていかなければならないが、失敗すれば待ち受けているのは――
新人が挨拶に伺い、そして「それでは行って参ります!」と威勢よく踵を返す。彼の初舞台の成功を祈りながらも、その背中に少年の姿を重ねていた。
「……初舞台を送り出す立場の初舞台、か――人生は初舞台の繰り返しだな」
それはいつまで続くのか――きっといつまでも、だろう。
懐かしい日々を振り返りながら人は次を見据えて歩くのだなと、椅子に深く身を沈めながらそう思うのであった――
【未来】君の初舞台 終