「忙しい話ですねえ」
現場へと急ぐエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)と浪風 悠人(
ja3452)、それに水無瀬 文歌(
jb7507)は昼間、とある仕事を終えたばかりだったが、支障はなさそうだった。
「シアさんを止めて涼子先生も助けないと!」
スズカと共に走る新田 六実(
jb6311)が必死に手足を動かしているその横、川内 日菜子(
jb7813)はずっと口を結んだままだった。
(忠を尽くしたベリンガムは消え、与一も死に、真宮寺……いや、真宮寺先生も彼女から背いた。今、アルテミシアはひとりぼっちなのかもしれない。
意地でも西目屋の使命をまっとうして、ベリンガム派の残党として死のうとしているのか? 本当はまだひとりぼっちじゃないと気付かずに……)
「それでもしかして、自棄を起こしているのか? 死ぬ場所を求めて」
「……散り場所、か」
独白が耳に入った水無瀬 快晴(
jb0745)は小さな声で呟く。
だんだんと現場が近づき緊張が高まっていくと、悠人はスズカの肩を肩で小突く。
「スズカ君の実力を過小評価しているわけでもないけど、あまり無茶しないように。眩暈がするほどの戦力差があるからね」
「うん、おいらももう無鉄砲はしないさ。おいらがすることはアルテミシアさんに近づいて声をかける事と――むっちゃんを守り抜く事だから」
臆面もなく言ってのけるスズカの背後からも、声をかけられる。
「スズカ君、先日言った通り、僕はもうすぐ学園を卒業し、欧州の実家に帰ります。 お別れの前に、強くなった君の姿を、先輩である僕に見せて下さい。
そして僕が、これまで学園で培った能力とノウハウの全てを披露しましょう。こんな先輩もいたんだと、いつか忘れるまで覚えておいてください」
そう告げたエイルズレトラは「それでは失礼」と、1人離れて闇の中へと消えていく。
もう間もなくキャンプ地に着くというところで、シェインエルは悠人の背中に張り付くようにして乗り、目の前が開けてくると文歌は想いだけでも先に届けと言わんばかりに、「一緒に学園に帰るために、もう少しがんばりましょう涼子さんっ」と口にするのであった――
何度目かの攻撃を凌いだ涼子。ジリッとアルテミシアが前進するのに合わせ、涼子は横へと移動する――と。
「失礼します」
整列されたサーバント達のいる横の闇からカボチャ頭が小柄なヒリュウのハートを連れて、飛びだしてきた。幽鬼のようにサーバントへ向かい、停止した彼をどこからともなくスポットライトが照らす。
「ショウ・タイム」
恭しく頭を下げると袖から夥しい量のカードが滑り落ち、貪欲な生き物のように見境なく全ての生き物へと纏わりついていく。彼とハートはトランプを避けたが、燈狼の命の火は消え、色とりどりの女王と乙女達がカードを振り払えないでいた。
そこに放物線を描いて何かが降ってくるのだが、着弾する前に彼とハートは二手にわかれ、爆散するそれを避ける。避けた先の足元から茨のツタが伸びあがってくるのを瞬時に判断し、方向を強制的に曲げた。曲がった所へちょうどフルスイングの槌が襲い掛かるも、軽く地を蹴って宙へと逃げ、逃げた先へ二又の槍が繰り出されるもマントを纏うように身体を華麗に捻り、地に足は着けず、地面すれすれへ着地する。
ハートの口から大きなゴム風船が吐き出され、それに爪を刺そうとして落とす――その途端、爆風が吹き荒れ、彼の周囲に集まりすぎた女王や乙女達が吹き飛ばされていた。
そんな中、ちゃっかり彼とハートだけは上空で背中を合わせてその様子を見下ろしていた。
思ったよりは、集まってくれない。
(やはり頭がいると釣れませんねえ)
「ですが皆様、もうしばしのお付き合いを――」
紅女王が降らせた火の雨でわずかに身を焦がしながらも、彼、エイルズレトラマステリオは『少年へ見せるための最後のショウ』を続けるのであった。
(彼女はベリンガムが生きているコトを知っているのだろうか。知っていてなおこうしているのなら、盲目的過ぎて救いようがないが……ベリンガムがまだ戦うコトを望んでいたら義を果たそうとすればいいだろうが、もしもう戦うコトを望んでいなければ……?)
日菜子の前は視界が開け、エイルズレトラの奮闘と、焚火に照らされるアルテミシアと涼子が目に飛び込んでくる。
(ベリンガムを彼女に会わせるか、もしくはどう思っているかを伝えられないだろうか。それを実現できるまで今は一旦剣を引いて貰うコトができれば……私もそれに掛け合うコトでいつかの借りを返せないだろうか)
「アルテミシア、話がある! 一旦、兵を退けてくれ!」
日菜子が大きな声で呼びかけるが、サーバントが振り向くばかりで道を作ってくれる気配はなかった。
「これが答えなら仕方ない――押し通させてもらうぞ!」
「ボクのアウル、日菜子お姉さんを護って!」
六実のアウルが日菜子を包んだ直後、燃え盛る炎を脚に纏わせた日菜子は鬼蜘蛛の体皮から伸びてきた黒い錐に頬を切られながらもその蹴りが鬼蜘蛛の巨体を浮かせ、弾き飛ばして道を作った。
スズカが鬼蜘蛛を射抜き、悠人や快晴ができた道を行く。
(西目屋を襲って自らも死に場所へ至ろうというのなら、彼女は大事なものをまた失ってしまう。スズカが与一との繋がりでもあるに関わらず、その最後の繋がりすらとも永遠に決別してしまうだろう)
「もし気付いていないのなら、いい加減気付いてくれ!」
叫びながら走る日菜子の上を、何かが通過した。
「シアさん、涼子さーーーん!」
スレイプニルの背に乗った文歌が上空を一気に駆け抜け、涼子の元へ。2人の間へ割り込むと、アルテミシアは涼子から離れる。
降り立った文歌はスレイプニルを還し、ストレイシオンを瞬時に呼び出して防壁の構築を始めたが、ボウガンの矢が文歌の肩を射抜き、牙を剥いた燈狼が太ももにかじりつく。
涼子が燈狼を叩き落し、「無理をするな文歌、下がれ」と声をかけるも文歌は首を横に振る。
「面と向かって話したいので――シアさんは今、死に急いでいる様に見えます……」
アルテミシアは切っ先を下げたまま、黙っていた。
「西目屋村へは証拠が揃い次第、こちらも攻め込むつもりです――そして与一さんが未来を私たちに託した少女を、学園で保護しています。彼女の今後についてシアさんも協力してもらえませんか?
天使嫌いの彼女に新しい世界を見せる事が与一さんの最後の望みの一つであり、その想いを繋ぐ事に繋がる……と思います」
西目屋村で保護できた、まだ名前も教えてもらえない盲目の少女。学園では食事もとらず、ただ天使への憎悪を垂れ流すばかりという少女が、文歌には不憫でならなかった。
またボウガンの矢が脇腹へと突き刺さるが、それでも文歌はアルテミシアを見続けた。
「死ぬつもりなら、その命……与一さんの想いと少女の為に使ってもらえないでしょうか……?」
文歌の訴えにアルテミシアの目が揺れたような気はしたが、それでも無慈悲にショートソードを振り上げ――
(まだ足りないか……!)
背負っているがために動きが制限されている悠人。横顔にフレイルが直撃しこめかみから血が垂れようが、脚に矢が刺さろうが、進む事を止めない。進路を塞ぎながら槌を振り下ろそうとする白女王――だがその横から首に発光する刃が押し当てられ、焼き切り落とされる。
「……悪いけど説得に行きたい人たちが居るんで、ね。通してもらう、よ!」
快晴が白女王の身体を蹴り、開けた道を悠人が突き進む。
攻撃をモロに受けるしかない分、すでにかなりのダメージが蓄積されて足にその影響が出始めそうだったその時、誰かに腰のあたりを押されたかと思うと痛みは消え、身体がフッと軽くなる。
小さな手の感触と、今この場でそれができるのが彼女だけだ。
「新田さん、ありがとう!」
(もう数歩……!)
槍が両サイドから伸びてきたが、悠人の前に躍り出た日菜子が1本は手で上から抑え込むように叩き落とし、真横に伸ばされた焔の脚がもう1本をへし折って黒乙女を突き飛ばす。
そして、悠人が跳躍した。
乙女達の頭を越え、着地したそこで翠女王が火花散らす何かを乗せたアーバレストを悠人に向け、発射する。だがその前に背中のシェインエルが悠人の肩を蹴り、身軽になった悠人は光り輝く大剣を引き抜いて爆発を受け止めると、煙の中を突っ切って翠女王を斬り捨てる。
「アトラクション!」
シェインエルが手を前に突きだすと、文歌をかばおうとする涼子と文歌の2人を一気に引き寄せた。
「俺達は戦いに来たんじゃないんだ、剣を収めてくれシアさん! お互い消耗せずに済むなら、それが一番でしょうっ!」
強引に突き進み、着地したシェインエル達と合流を果たした悠人が叫ぶも、シアは言葉を返さずにこちらへとただ歩を進めるだけであった。
審判の鎖で縛り上られたのをスズカと日菜子が蹴散らして、六実が2人を癒す。後ろから迫りくる鬼蜘蛛の一撃が六実に振り下ろされるが、交差した腕で日菜子が受け止め横に払う――前後左右からの激しい猛攻になかなか進めない。
あとわずかという距離にいるアルテミシアへ、目を潤ませた六実の「シアさんと戦いたくなんて無いし、それでスズカちゃんやシアさんや皆が傷付くのはもっと嫌だ、嫌だっ、嫌だよっっ!」と悲痛な叫びだけが届く。
「ここさえ越えれば……!」
そんな日菜子をあざ笑うかのように、白乙女が並んで前方を塞ぎに来る。
――ヒヤリとした風が通り抜け、白乙女達が凍つき動きを止めた。光の刃が振り下ろされ、1体はそのまま覚める事のない眠りにつく。
「……行きなよ。俺は説得には向かない、し」
光の刃を下に向けたまま快晴は、「こっちで暴れることにする!」ともう1体の胸を貫いて、崩れ落ちる身体の影から伸びる錐に突き返しながらも、闇に溶け込んでいった。
前へ進む事を優先した3人を狙ってきた翠乙女の胸が、常世の闇を纏った快晴の銃から放たれた弾丸で穿たれる――が、紅女王の宝珠が白く輝き、その傷跡が塞がっていく。
そして別の紅女王の宝玉が紅く光ったかと思うと、かわしようのない範囲に火の雨が降り注ぎ、快晴の身を焦がす。しかもそれだけではなく明るく照らされて、曝け出されてしまった。
エイルズレトラはハートを残し、一旦木の陰に身を潜めているし、ほとんどのメンバーは涼子の元へ集結しつつある――
(独り、か……)
それが自分の望みだと言わんばかりに笑え――なかった。自虐的にすら、笑みが作れなくなっていた。
サーバントに囲まれながらも両腕を広げ、聞かせるかのように独白する。
「……ねぇ、知ってる? 俺は天国には行けない。地獄へ向かうべきだから」
エイルズレトラを追わなかった黒女王を中心に、黒い稲妻が広範囲に亘って地面へ広がり、それが地に足をつけている撃退士達に襲い掛かる。そこへさらに、収束した力を放つアルテミシア。
いち早く立ち直った悠人が、大剣に集めた力の奔流を放ち、ぶつける。
「敵も共通でお互いに邪魔しないのであれば共闘出来るし、今あそこには俺達じゃ勝てないだろう大物が居る!」
奔流がかき消され、弾けた力は悠人の体を傷つける。いつの間にか目の前にまで来たアルテミシアの剣を大剣で受け止め、少しの拮抗を見せた。
「王もトビトも倒しておいて虫が良いと思うかもしれないが、これ以上の戦闘は誰の為にもならない、西目屋村に敵が居るのは俺達も同じだから共闘が嫌なら利用すればいい。今貴女が倒れる事をここに居る誰もが望んでいないし、貴女が1人で戦う必要もない。
――敵だったシェインエルとも涼子先生とも手を取り合えたのに、貴女と出来ない訳がない」
お互いに距離を取るそこへ、「アルテミシアッ!」と紅蓮の炎を纏った脚の日菜子が、蹴りの一矢を放つ。
最初から狙っていた剣に火矢の烙印が押され、灼熱の光と爆風に飲まれると融けて折れた。
「聞いてくれ、私達の言葉を! あんたのための言葉を!」
「おいらと――おいら達と一緒に行こうよ!」
「シア、お前はもう少し他人に、こいつらに頼ると言う事を覚えろ。兄としての助言だ」
さらにはとうとう我慢できなくなった六実が、泣きながら声を張り上げる。
「シアさんは死に場所を求めているの? 与一さんが生きていたら違う選択肢もあったの? だったらあの人を助けられなかったボクを恨んでくれても良い。だからこんな事は止めて!
ボク達はシアさんにまだまだ沢山教えて欲しいし、貴女の事をもっと知りたいよ」
アルテミシアにすがりつくよう近づき、左袖を掴んで見上げた。
「彼の分までボク達と共に生きて!」
そこでやっと、アルテミシアの表情が泣くのを堪える様なものへと変わる。弱々しい動きは六実の小さな手すら、振りほどけない。
右手をゆっくり持ち上げ、折れた剣を六実の前に持ってくるが、六実は目を逸らさない。
「……貴方の本当にしたい事なんですか?」
悠人の静かな声に答えはしない。しないが、ただ小さく、左手を握りしめる。
「私は――私だけが生きているのが――辛いんだ」
初めて本音を漏らした直後、握りしめた左手を開くと、押し込められていた空気は解放され吹き荒れる。
突風に押された六実をスズカが受け止め、堪えきれなさそうなスズカの背にみんなの手が伸びていた。
この間にアルテミシアは背を向けて空へ飛び、そのすぐ後を生き残っている女王がついていく。
(もう一息だったのにな。治療前提で、逃げ出す余力を削ぐべきだったか。でも次があればきっと――)
悔やむ悠人の横を通り過ぎ、アルテミシアの背へ向け日菜子が叫んだ。
「まだ私は借りを返してないからな、アルテミシア!!」
(失敗、したのか、な)
姿をさらけ出されながらも暴れていた快晴だったが、されるがままに等しかった。意識が薄れても新たな痛みが彼を呼び戻し、痛みへ向けてセイバ―を突きだせば別の所から痛みが増えていく。
鬼蜘蛛が鋭い爪を振り上げるのを視界の最後に収め、目を閉じた。
(ここが、俺の散り場所――死ねれば本望、だ)
しかしそこに、空から2つの影が。
1つは快晴の首根っこを捕まえ、空へと戻っていく。
もう1つはトランプをまき散らしながら落下して、トランプに蝕まれる鬼蜘蛛の頭部に細身の剣を突き立て、胴体と泣き別れさせる。
「もう無理しないのっ。敵は十分減らせたから離脱するよ」
快晴をスレイプニルに乗せ、文歌はそのまま空を飛んでいった。
(さて、先輩としてかっこいいところを見せる事ができましたかねえ)
シルクハットのツバに指をかけてエイルズレトラはそんな事を思いながらも、逃げ行くサーバントへ頭を下げる。
「今宵のショウはここで閉幕です。それではこれにて――」
【残禍】その矢を放たせず 終