「大男……やはり奴だろうか」
鳳 静矢(
ja3856)の第一声がそれだった。
「もしもそうであり、現在奴自身のゲートを持たないなら、もしかすれば横取りする算段もあるかもしれない。受け継ぐならばほぼデメリットなしだからな。
現状あの一派は実際は此方に対し非友好的な立場だ……特にあの悪魔やヴァニタスはな。奴を此処に招き入れたのが奴らならば――アラドメネクを中心にすえてもう一暴れするくらいは考えているかもしれんな」
「もちろんそれも視野にいれてはいますね」
「どうあっても、俺は奴らを看過することはできない。その為にもこの依頼、必ず成功させてみせる」
正義感とは違ったものを感じさせる雪ノ下・正太郎(
ja0343)が拳を握りしめ、斡旋所を後にする。エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が机からぴょんと飛び降り、「どんなつもりか、ご挨拶がてら聞いてみますかねえ」と去っていくと、静矢も「今日はこれで失礼するよ」と帰っていった。
「まあ少しなりとも情報を聞きだせれば、御の字ですか」
肩をすくめる波風 悠人(
ja3452)が、親友に呼ばれたと斡旋所を後にする。
(天使の事が嫌いな女の子と彼女の望みを叶えようとする悪魔さん達……何か事情がありそうだね……)
そんな事を考え込んでずっと黙りこんでいる水無瀬 文歌(
jb7507)もまた帰路につき、桜庭愛(
jc1977)も何かを考え込んだまま帰っていく。
――その数日後。
「人魔合同で、親善試合がしたいんです」
会談から数日前、愛が百合子とシェインエルに向けそう話すが、百合子の顔は渋かった。
「……学生の頃、学校行事でゴミ拾いとかありましたけど、その行事で私がボランティア精神あふるる人物になる事はなかったなと思いだしましたよ」
「言いたい事はわかるが無下に却下するほど悪い話でもあるまい」
「ええ、まあ――まだ解決していない事もありますし、その親善試合を利用させてもらう形でなら実現させることもできるかもしれません。上の方に話は通しておきますので、西目屋村での会談ではよろしくお願いしますね」
洋館へ続く道を百合子だけでなく悠人と静矢、それに愛の4人で歩いていた。やがて瓦礫でできた堤防の一本道を抜け、洋館を取り囲む石垣が近づくにつれ、百合子の顔は青ざめていく。
その様子を見ていた悠人は、百合子の無事を祈り百合子の事を頼んできた親友の顔を思い浮かべ、親友の頼みと俺の意地に懸けて百合子さんは守ると決意を固くしていた。
(御神楽さんは一般人……一瞬の気の緩みが致命の隙に繋がるな)
気を張り詰める静矢。悠人と目が合い、お互いに頷きあう。
石垣の門をくぐるとどことなく空気が淀み、魂が引き剥がされる感覚に百合子は苦悶の表情を浮かべた。そして乱雑に包帯を身体に巻いている女性、悪魔騎士の巴と、その後ろに並ぶ優と黒い頭巾のバレットが出迎える。
「いつぶりか……こんな形で再び会うとはな」
「てめーの面も覚えてるぜ。もちろんそこの眼鏡もな――前の礼でもするか、ああん?」
「バレット、やめなさい」
静矢と悠人を睨みつけ中指を立てて挑発するバレットだが、舌打ちすらせずに大人しく引き下がる。
(ふむ、主従関係ではないようだが、ずいぶんあっさりと引き下がるものだな。性格上、それほど従順なようにも思えないものだが。
……それにこの巴という悪魔、後ろの2人に比べ理性的な目をしている。狂気を感じさせない、武人の目だ)
巴にそんな印象を抱いたのは静矢だけでなく、悠人も同じような印象を受けていた。そして扱いは逆に難しくないというのも知っていた。
「ひとつ、いいですか。
今回はあくまでも話し合いにきただけですので、そちらはこちらに――とくに一般人である彼女に危害を加えるような真似をしないでもらえますか。代わりにこちらも不意討ちするような真似はしませんので。僕らはどこぞの悪魔とは違いますから、約束は破りませんよ」
「承知しました。さて、本日はどのようなご用件でしょうか」
巴の動きや表情に目を凝らしながらも、悠人は洋館の向こうへと思いを馳せる。
(さて、いよいよ開始か――あっちが上手くいく事を祈っておこう)
洋館の裏側、瓦礫の堤防を降りている最中、洋館の西側に位置する瓦礫の堤防の麓にもともと何かの建物があり、その上に瓦礫が乗せられていていつ崩れるかわかったものではないというそんなところに、ただ立たされているだけの人達がいる。
「さらわれた人達か……?」
「そうですね、きっと。でもあそこに全員居るというわけでもなさそうです――!」
立たされている中に覚えのある顔がいて、文歌は息を飲む。
(美鈴さんの旦那さん……! 生きていたんですね、よかった……今日は無茶ができませんので、次回、必ず救います)
文歌が決意している間にもエイルズレトラは堤防から降りて石垣を乗り越え空を駆け上がり、洋館の裏側の窓から内部を確認していた。
『間取りは聞いていた通りですね。そちらから見て右側の窓ならどこからでも侵入はできそうです。通路に人の気配は全くありませんでしたし』
光信機から聞こえるエイルズレトラの報告にリュウセイガーに変身した正太郎と文歌も速やかに石垣を乗り越え、その勢いのままに文歌は窓へと向かいその姿が消えたかと思うと文歌が中から窓を開き、リュウセイガーも中へと侵入する。
空を飛ぶエイルズレトラは滑るように室内へ着地すると打ち合わせていた通り、1人で音もなく壁から天井へ伝って走って行くのであった。
(さて、どこから手をつけますかね。どうせなら一番遠いところから順に調べて最終的に合流する方が効率的ですか)
2階へと急ぐ最中に文歌から『さらわれた人達は見つけました』と暗い声で連絡を受けたその時、明らかに1枚扉の部屋とは違う2枚扉の部屋を見つけ、立ち止まる。
その向かいには唯一、中庭側に向かって伸びる通路があり、そっちにも部屋がある――が、エイルズレトラの興味は2枚扉の向こうだけにあった。
そこから漂ってくる圧倒的な気配に引き寄せられ、罠がないか扉をじっくり観察しながらもゆっくり開けると、暗い部屋の奥にはやはり見覚えのあるシルエットが。
「お久しぶりです。もうずいぶんと前の話ですが、傷の具合はどうですか? 右腕とか」
「……あの時の小僧か。傷はもはや治った――が、お前らの残した傷跡はしっかりと私の右腕に刻まれている」
右腕はずっとだらりと垂れさがったまま。
「利き腕が使えなくなりましたか、ご愁傷様です。そんな状態でここに来て、何がしたいんですか?」
ストレートに尋ねるも、答えは返ってこない。
「戦い足りないのでしょう?」
やはり返事はない。
が、エイルズレトラが肩をすくめ「わかりますよ、僕もですから」と告げると、「私は」と語り始めた。
「お前らを甘く見ていたと認めた。しかしそれでも心ではやはり格下と見ていたがために、あんな無様な姿を見せた――だから次に相見える時は容赦せぬと誓った。
だがその次が来ないままに戦は終わってしまった……! 滑稽な話でしかない!」
「だから戦場を求め、ここに来たと。ですが貴方の求める戦場とここの子悪党が求める戦場はおそらく方向性が違うと思いますけどねえ。
札幌ゲートにいたはずの貴方がここにいるからには、将を辞めということなのでしょう? それなら人に与えられるのを待たず、戦場くらい自分で決めたらどうです」
「もはやなりふりなど、構うものか」
踏み込んできた大男が黒い刃を水平に振るうが、エイルズレトラはその刃の上を蹴り、大男の肩を蹴って後ろへと回った。
「私はもう一度、貴様らと戦えるならば!」
力が膨れ上がり、振り向きざまに振るわれた大太刀から全てを屠りかねない力がソファーを、柱を、壁を切り裂きながらエイルズレトラへと襲い掛かる。だがエイルズレトラは後ろへひらりと跳び、マントの端すらかすめさせない。
黒い斬撃はそのまま洋館の壁を切り裂き、バックリと開いたそこから左右に分裂した1人のエイルズレトラが頭から飛び降りるように外へと出ていった。残されたもう1人のエイルズレトラはそのまま大男へと向かっていく。
外のエイルズレトラは自身が逆さまになりながらもカシャリと、光刺しこむ部屋へ写メのシャッターを切り、光信機を取り出す。
「少し派手なことになりましたので、離脱してください」
文歌とリュウセイガーは細心の注意を払いながら廊下を静かに歩く。
罠を警戒して余計なものには触らず、ノブにも気を遣いながら手をかけるリュウセイガー。わずかに開いた隙間から文歌が中の様子を確認し、特に何もなければ静かに閉めて次の扉を目指す。
何部屋目かを覗いた文歌が、すぐに顔をひっこめて扉を閉めてしまう。
「……居ました。恐らくはさらわれた人達です――が、こちらの方達はもうすでに……」
衣服はバラバラではあったが、中に居た十数人が全て優と同じ顔をしていた事をリュウセイガーに告げると、その表情はよくわからないにしても、激情に駆られているのが膨れ上がる闘気でわかる。
すぐ隣の部屋から順に確認していくと、その部屋全てに衣服が統一されていない人型のディアボロが佇んでいた。それがさらわれた人達のなれの果てなのはわかるにしても、それが証拠になるかはわからないが一応は撮影しておくが、リュウセイガーの拳は強く握られていく。
(この数、かなりの規模だ。同盟を傘に人々を戦争の道具に貶めるなど、絶対に許せん!)
そして端の部屋を確認した文歌がこれまでと違う表情を浮かべ、光信機に向けて「少女を発見しました」と一報を入れ暗い部屋へと入っていく。
「誰? 新しい悪魔さん?」
「与一さんから頼まれて、連れ出しに来たんです」
「嘘よ、私のお願いが叶うまでここにいなせえなんて言ってたのは与一だもの! あなた達、天使の手先ね! 与一、巴ーーー!」
耳を塞ぎいやいやと叫び続ける少女に、「粗療治だけれど……ごめんなさいっ」と文歌の周囲に霧が漂い始め、騒ぎ立てる少女はかくんと眠ってしまう。
「仕方ないか」
リュウセイガーが少女を背負うと建物が激しく揺れ、『少し派手な事になりましたので、離脱してください』と光信機から流れてくる。
即座にリュウセイガーは修羅の如き一撃で壁に穴を空け、文歌の手を取ると闇の翼を広げ空へと飛び立つのであった。
「探られても痛くない腹であっても、こちらにとってここは家です。他人に部屋を見せたくはないと考えるのは普通の事でしょうし、自分の家の中のことくらい、把握しているつもりです」
嫌疑の話から無実なら洋館の中を調べて疑いを晴らすべきと伝えたが、そんな主張をされてしまっては何も言えない。
(やはり正攻法では中を探らせてくれないんだな)
「でもここはもともと人類側の物で、もう返還しなければいけない物じゃないんですか? 何故、この地に残るんです? 何が目的で、後ろの2人と共に行動してるんですか」
悠人が質問を挟むも、巴は涼しい顔である。
「一部の天使に憎まれていますので、自衛のためです。そんな方々がここに集っているだけに過ぎません」
それを嘘だと言えるだけの材料もない――というところで、洋館から派手な音が聞こえた。
「てめーらか!」
バレットが籠から銃を抜くその手を、静矢の長大な和弓から放たれた混沌の紫に染まった矢が射抜く。
そして優が動き出すよりも先に烈風の如き愛が優を背中で突き飛ばし、そこへ具象化した剣を次々に降らせながらも突撃する。伸びてきた優の手首を掴み後ろに回り込み、もう片方の手首も掴むと脚を膝の裏に絡ませながら倒れ込む。
「どう? このムーブは元々、アルカード用に練り上げたものよ♪」
バレットが手を押さえ、優がロメロスペシャルを極められた時にはもはや悠人は百合子を抱え、だいぶ後ろにまで離脱していた。
「予想はしていたが……やはりか」
「こうなる事もあるとはこちらも予想していました」
こうなってしまっても、巴は刀を抜かない。一歩、悠人の方に歩を進めようとしたその前に静矢が立ち塞がる。
「そう簡単に抜ける壁だと思うなよ?」
「そうですか」
巴の言葉が空気に溶け込む前に雷光が静矢の横を通り抜け、静矢の腹部に痛みが走る。そこでやっと、背後に回られるていると静矢は認識できた。
「あなた方の目論見は十分に分かりました。もう目的が果たせたのでしたら、お帰り願います」
静矢から刀を引き抜く巴は血を振り払い、洋館へと歩いて行く。
「このクソ野郎をこのまま生かして……!」
手を押さえて喚くバレットが無事な手を籠に入れるも、その両手がボトリと地面に落ちる。喚き声が大きくなるが、巴に名を呼ばれただけでバレットは声を押し殺す。
「こちらから先に手を出すような動きは控えなさいと、言ったはずです――優もいつまでそうしているつもりですか」
愛に極められたままの優だったが、笑みを浮かべ愛の手を力任せに振りほどいて悠々と離れるのだった。
振りほどかれた愛だが悔しいという表情は見せず、巴の背中に向けて「仲違いじゃなく、仲良くしたいと思ってきた」と声をかける。
「双方の親善として、合同試合を提案します」
わずかな沈黙の後、巴は「なら条件付きでお受けしましょう。それについてはまた後日」と案外あっさりと受けていた。
(何か目論見はあるのだろうな)
そう思いはしたが、喜んでいる愛に水を差す事もあるまいと静矢は刀を収め踵を返す――と、混沌の光をを両手に纏った悠人がライフルを向けているのが目に入った。
そしてその弾丸がバレットの肩を撃ち抜き、仰向けに倒れたのを確認するまでもなく引き返していく。
肩をすくめた静矢が去り、浮かれた足で帰っていく愛。バレットだけが罵詈雑言を並べ立て喚き続けているが、そんなバレットを放置して巴も洋館へと帰っていくのであった――
百合子達と合流し、保護した少女へ文歌が尋ねても名前すら教えてくれずに、ただ帰してと喚くばかり。
「無理強いしてしまいましたからね……」
「保護はできたんですから、あとは時間をかけて解きほぐすしかないですよ」
頭を垂れる文歌を正太郎が慰める。
「やはり大男とは奴だったか」
「ええ。右腕が使えないようですが、左腕でも全く遜色ありませんでしたね」
エイルズレトラの収めた写メにはしっかりと、陽光に照らされたアラドメネクが写りこんでいた。
「百合子さん、試合申しこんじゃいましたので調整お願いします!」
浮かれる愛を尻目に「またしばらく泊まりこみの仕事になりそうですね……」と漏らす百合子の肩に悠人が手を置き、「お疲れ様です」と同情する。
(とはいえ俺は俺の約束を果たせたわけだし――そろそろ俺もしたいように動く時かな)
そろそろ佳境かと、悠人は空を見上げるのであった――
【残禍】猛将の決断 終