●斡旋所
一通りの説明を受け、例の動画を見ていた一同――。
「なるほど。主人から解放されて今や好き放題と」
千葉 真一(
ja0070)がポツリと漏らすと、浪風 悠人(
ja3452)は頷く。
「いい加減、優を止めなければな」
アルジェ(
jb3603)の呟きに、「そう、ですね……」と水無瀬 文歌(
jb7507)が浮かない顔で頷く。
(雅さん、優さんの事で責任を感じて……? 早く追いつかないとっ)
そんな文歌を見透かして、城里 千里(
jb6410)が「どのみち」と文歌に言う。
「目的は同じなら、辿り着く先も同じですよ」
(早いか遅いかが明暗を分ける事は知っているけどな)
「部長が先に現地入りしているようなんで、先に出ます。これ、俺の連絡先なんですいませんけど登録しておいてもらっていいですか」
立ち上がり斡旋所のメモ用紙にSNSのIDを書きこむと、千里は返事も待たず先に行ってしまった。
「一昔前にアングラサイトで自殺志願者を募集した事例があるが、あの手口の類例か――今ならネットよりSNSの方が不特定多数を引っ掛けて、痕跡を残しにくいか」
「募集と言ってますし、そうでしょうねえ。そのあたりをローカルサイト含め探ってみたいところですね」
それまで横目で悠人が繰り返し見ている画像を見ていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が腰を上げると、「そうですね」と悠人も立ち上がった。
「署や警察に協力してもらい、被害者の情報を探ってそこから少し絞ってみましょうか」
「募集段階で篩に掛けてるようだし、こっちの本当の身元を取られないように対処しておかねぇとな。そこも御神楽さんや撃退署の協力を願おう」
「私は美鈴さんが気になりますので、そちらに回ってみます」
真一や文歌も動き始め、少し考えるアルジェ。
「ならアルは少し別の方向から、足を使って情報を集めるとしよう」
美鈴が発見された鰺ヶ沢撃退署に真一、エイルズレトラ、悠人、文歌の4人が訪れた――が、表面上はともかく、署員の反応は芳しくなかった。
(まあ元とはいえ撃退士が1人殺されているわけだし、そろいもそろって瀬川さんよりも若いからな。不信感を持ってしまっても不思議ではない)
それならば自分がすべきことはこうだと、真一は躊躇する事無く頭を下げた。
「人の命が掛かってる。そして美鈴さんたちの犠牲を無駄にしないためにも、俺達に協力してほしい」
飾った言葉ではないが、それでも署員の心に届いてくれた。それほど、真一の謙虚で真摯な言葉には力があった。
「勘だが、ローカル路線の無人駅辺りを集合場所に指定して、そこからバスで纏めて移動とかやってそうな気がする。あの映像だと、駐車場で殺人をしても見咎められないようだったしな。
俺は個別対応していた場合を想定して、被害者の携帯とかメール履歴などを調べるつもりだが……そこまで手間をかける連中かどうかだな」
確かめたい事を真一はグループチャットに書きこむ。
アルジェ
『以前、手間のかかる小細工もしていた。
大雑把な部分もあるが、手間は惜しまないタイ
プだ』
「ふむ……僕個人としても、手間を惜しまないタイプな気がします」
「俺もそう思います」
「間違いはないと思います、調べて損はないと思いますよ――美鈴さんの住所を確認しましたので、向かいますね」
「それじゃあ俺は住所が近い被害者宅を回りますか」
「僕は遺留品からブックマークや履歴めぐりですかねえ」
エイルズレトラは真一と共に殺された人の遺留品を漁り始めた。
アルジェから『思ったのだが』と前置きが流れてくる。
アルジェ
『様子を見るに、何らかで集まった所を集団
催眠的な事で操られていそうだな。
傷心ツアー等だろうか。
出発が早朝か深夜で人気の少ない駐車場等
に集合するような、一般人限定とかのツアー
に的を絞ってみてもいいかもしれない』
「殺された方の履歴を見ると、地元バスツアー会社の登録はされていますねぇ。無駄に期間だけが長い面白くなさそうなツアーです。同じ日に申し込んでいるようですから、そのツアーに参加するよう伝えられていたのかもしれませんねえ」
「それと瀬川さんを含む3人は顔見知り――いや、顔は知らない知り合いだったようだ。主犯が個別に連絡ではなく、個人が個人へと連絡網のように伝えている」
悠人
『失踪した方のPCメールにもありました。
それとそのツアーのチラシも――被害者の意思で
集まらせておいて、直前に魅了して連れて行く罠
なんでしょうか。ツアー自体も偽装されている?』
情報を流すと同時に、そんな情報が流れてくる。そしてアルジェからも『ふむ、なるほど』と納得している様子を見せた。
アルジェ
『あの車両が盗難車かどうか調べたが、ツアー会社
が手配しているバスだとわかった。ツアーもある
ただ周辺のバス会社に手配したわけではなく、西
目屋村のバス会社のバスを手配したということだ
なぜわざわざそこなのか、理由までは教えてはも
らえなかったが、きな臭いツアー会社だったから
には裏であいつらと繋がりがあってもおかしくは
ないだろう』
「他でも同じようにバス会社を指定したツアーに失踪者が申し込みしているかどうかで、裏が取れそうですね」
ほんの少し前。
撃退署から出てくる文歌と悠人を、ずいぶん離れにある喫茶店から目を凝らしている千里。すぐ前には理恵がいた。
理恵に直接連絡して、辿り着く先は同じだと文歌へ伝えた言葉を理恵にも伝え合流したのだが、千里の行動は見ているだけである。
「何してるの、千里君」
「……敵が敵だけだったら、別にそれでいい。だがあいにく俺はひねくれものだからな……送信者が敵である可能性を俺は捨てたわけじゃないぞ?」
「そんなことって……」
「可能性のひとつだ。
あそこにある死体は間違いなく動画を撮影した本人だろうが、いつ動画を送ったのか――仮に、彼女が最期に敵への一撃ではなく動画を送るという行動に費やしたのなら。三界同盟中とはいえ、誰にも助けを求められなかったのは何故だ。敵中に単身乗り込んで、自身を火種にしても暴き、守りたいのは何だ?」
一息に言いきってから、アイスコーヒーで口の中を湿らせる。苦みとほのかな甘みが喉を通過し、ふと思い立つ。
(水無瀬先輩あたりは撃退署の密偵とか考えていそうだが――それならもっと学園が把握していてもよさそうなもんだ。俺からすれば彼女こそが自殺志願者だ)
そんな事を考え遠ざかる文歌の背に視線を戻すと、消えきる前に腰をあげるのであった――
(美鈴さんはなぜあの場所に? 旦那さんが失踪? もしくは撃退署密偵? それで自力調査してたのかな……映像を送ってきたという事は弱い事理解してて、万が一手に負えなかった時の事考えてたのかも)
「それなら他に手がかりを残しているかもしれません」
瀬川の表札がかかった一軒家を見上げ、チャイムを鳴らす――が、やはり反応はない。開くかどうか試すと、抵抗なく開いた。
(鍵もかけずに……?)
人の気配を探ろうと一通り見て回り、誰もいないことを確認してやっと安堵し調査する。
――そして。
「やはり旦那さんは……」
かもしれないという予想はあったが、電源も落とされていないPCを確認してはっきりわかってしまった。
「ゲーム内友人の誘いでツアーに参加した旦那さんが、音信不通になったんですね……」
旦那が板柳へ出向いてツアーに参加した日から連絡が一切取れないと、残されていた。それも『捜査する方へ』というファイルに。
「万が一を想定してPCも落とさず、こんなファイルを用意した――まだツアー期間ですから行方不明だと警察に届ける事もできず、署や学園には組織ゆえの不自由さを知っていたから……。
自分の身に降りかかる最悪の事態も考えられるくらい聡明な方なら、きっと旦那さんの事にも気づいて……」
それでも彼女は1人で乗り込んだ。何故なのか――そんな事はもう、わかりきっている。
「貴女の想いは、私が継ぎます」
美鈴の残した記録は今まさに調べ上げようとしている事で、初期はもっと雑で無関係なツアー客も巻き込んでいた事、募集の手段が複数ある事、ねずみ講の様に人から人へと伝わっている事などであった。
アルジェ
『ふむ、その裏付けはとれた。他の地域の被害者
宅を訪れて確認したが、確かに同じSNSやゲ
ームを登録していた』
悠人
『そしていま俺が調べている人が、楽に死ねる方
法といった類のサイトばかりを見ていた形跡が
あって、その中の一つから直接メールを受け取
っています。自殺志願者をツアーに参加させて
いる、という証拠にはなるでしょう』
千里
『そこまで確定した情報なら、次の募集も予測が
つきますね。流れから言っても近隣の都市で長
期でかつ、人気のないツアーが組まれていて、
出発が最も早いところが当たりでしょ』
それまでずっと沈黙していた千里の推測に、誰もが頷くのであった。
●その日の早朝に
その町ではバスターミナルと兼用している、ローカル路線の無人駅が集合場所だった。
その近く、2階建て宿泊施設の屋根から駐車場を見ていた文歌が、バスの到着を確認した。動画で見たものと一致し、中に数名と優達の姿もある。
「やはり間違いなさそうですね――あっ」
裏からするりと屋根から飛び降り、連絡を入れながらもそこへと急ぐ文歌。
文歌が急いだ先には雅と、連絡を受けて急いだ理恵と千里、それに悠人とアルジェがいた。優と接触する前に確保ができて、悠人は胸をなでおろしている。
「落ち着いてくださいね、雅さん。私も同じ想いですが、まずは証拠を押さえてからです」
「大丈夫だ、落ち着いている」
普段通りの雅――だが千里の顔にはその言葉が信じられないと書かれていた。だから千里は柄にもなく、理恵と雅の前に立ち塞がるようにする。
「近目が効かない、傍にいてくれ――いま触れられた6人に、爆発物系のトラップが仕掛けられました。起爆方法などはあいにく俺の目じゃわかりませんけど」
「逃走対策、でしょうね」
参加者が順次到着し、ばらけて集まっていたのだがメイジーの目が怪しく光ると、バラバラだった人達が綺麗に整列する。
「いままさに、か――いかん、優一がいる……! フリーの撃退士暗いなら潜り込まれてもかまわないと言うのか、やつら」
アルジェが整列した中に優一を発見したと同時に、雅が走り出していた。それを予期していたかのように、千里も。
優とメイジーの視線が雅に注がれた瞬間、優一が動き出す――が、整列されていた人々に阻まれ、阻まれた優一よりも先に、エイルズレトラと真一改め赤きヒーロー『ゴウライガ』が、メイジ―へ向って真っ直ぐに向かっていた。
そして悠人と文歌もまた、優一が動き出すのを確認するより先に飛びだして優へ一直線に向かっていく。
低空をヒリュウのハートと共に翔けるエイルズレトラの一閃がメイジーに到達するかという絶妙なタイミングで、間に一般人が割り込んでくる。その一閃が一般人へ到達する直前、ゴウライガがその身で受け止めながらも、メイジーの腹を殴りつけた。
メイジーの体は軽々と飛び吹っ飛ばされるが、地に足で着地する。
(やはりまず優先するのは……!)
走る文歌の歌声を聞いた一般人はその場に倒れ、眠りにつく――これで優との道が完全に開けた。
優が嬉々とした表情で、握った拳を雅へと突き出す。だが雅の前に割り込んだ千里がそれを受け、雅を巻きこみながら地面を滑っていった。
続いて悠人を殴るつもりだった優の目の前を、銃弾が通過した。
「……死体を酷使すんな。寝させろ」
倒れながらも千里が吐き捨てる。
そして悠人が白銀の大剣で殴りつけるように優を叩きつけ、メイジーと同様に軽く吹っ飛ぶ。この間も文歌は人々を眠らせていた。
後退した優とメイジーに向け、ゴウライガがビシッと指を突きつける。
「撃退署にも通達済みだ。逃げられると思うなよ!」
「別働隊がそろそろ応援を呼んでる頃だがまだ続けるか?」
前に出て笑いながら告げる悠人。赤い頭巾が黒く染まり、バレットが頭をかく。
「……っち、まあケチがついた時点でそろそろ引き時とは思ってたがよ。おめーも力の無駄遣いすんじゃねーぞ、祭りが待ってんだからよ」
「わかっているさ。寝かされているのは置いて行くしかないか――人を辞め死にたいという希望を我々は叶えているのに、邪魔するとはおかしな話だな。こいつらの願いにヒーロー様なんて、ゴミだろ」
「お前らの理屈はいい。俺が決めてやる事だ」
「何を言っているんですかねえ。まるっきり詐欺師の手口ですよ」
燃える瞳を向けるゴウライガと、シルクハットをケーンで持ち上げるエイルズレトラが、カボチャで見えぬ鼻で笑う。
優が親指で行けという仕草をしてバスの上に飛び乗ると、ここへ来る間に乗せたであろう数名を乗せたバスが走り出す。バレットがカゴから本人には不釣り合いな大型バイクを取り出し、「バーン」と一声。悠人の後ろで爆発する音が響く。
何が爆発したのか見るまでもなくわかっていた悠人は口元は笑みをたたえたまま、冷ややかな目をバレットに向けていた。
「いつか殺す」
「ッハ、できりゃいいな? 次会う時にはよ、俺に構ってる余裕がねーくらいの大物連れてきてやるから、楽しみにしてやがれ」
悠人の宣言を鼻で笑い、バレットはバスと別の方向へ向かって走り出すのであった――
「久方ぶりだな、優一。積もる話もしたい所だが……どうした? 表情にいつもの余裕が見れないが」
何も言わない優一へアルジェが声をかけ、そういえば美鈴のスマホから送信した先が学園と優一である事を思い出す。
「……そうか、今回の被害者は優一の親友の1人か。
アルは、殺すな……とは言わない、優はそれだけの事を繰り返しているし、このまま野放しにしたら被害者は増える一方だ、誅殺含め何らかの形で止めねば。だが怒りは一瞬の判断を見落とす……死なば諸共なんて許さんからな」
「貴方が死んでは彼女の想いは継げませんよっ。彼女のPCに貴方が見る事を想定していたのか、貴方宛ての言葉が残されていました。それは――」
文歌が告げようとしたその時、優一の拳が周囲一帯のアスファルトを粉微塵に変える。
「やめてくれ。今は聞く耳を持ちたくない――行こう、雅さん」
理恵がえっという顔をするのだが、雅は何も言わずに去ろうとする優一について行く。
「憎しみは何も生まない!」
去る背中にゴウライガが呼びかけるも、何も反応がない。むしろ千里が誰にも見られぬよう、口元を自虐的に歪めた。
(……冗談。憎しみからは何でも生まれる――が、美鈴が憎しみから行動したのかは半信半疑だが)
悠人はバレットの去っていった北を向き、ポツリと呟いた。
「大物を連れてくる、ね……それでも、お前は俺が」
【残禍】ヒーローなんてゴミ 終