●集いし猛者達
「なるほど、一応、理解しました」
わかりやすいが理解しがたい説明に雫(
ja1894)は頷き、少し遅れて樹月 夜(
jb4609)も頷くのだった。
「……止まらないなら、止まらせなくちゃダメですよねぇ?」
「そういうことですよね。どうすればいいのかは、これから考えるとしますか」
雫と夜の話に置いて行かれ、口をぽかんと開けて2人を交互に見ていた雪室 チルル(
ja0220)と支倉 英蓮(
jb7524)が、難しい顔をして口を開く。
「よくわからないけど、すっごく早いラーメン屋さんを止めて、ラーメンを食べればいいの?」
「探して、食べればいいんです?」
「端的に言えば、そうです」
「それであってるよ、支倉さん」
正解のお言葉に、チルルも英蓮もパッと顔を輝かせる。
「わかったわ!」
「夜くんと一緒にラーメン食べるですよ!!」
「方法を考える時間も必要だが、準備する時間も必要だな。それと――」
気になる事を調べる時間もなと付け足した天険 突破(
jb0947)が、自分の顎を撫で、「それにしても」と笑みを浮かべた。
「伝説のラーメン屋だな」
「さいきょーなあたいにはぴったりね! よーし、やるわよー!」
理解して息き巻くチルルが走り出し、その背中に「では明日の昼前、こちらに集合で」と雫は伝えるべき事だけ伝える。聞いてくれていたかの不安はあるが、大丈夫だろうと信じる事にする。
「さて、それでは俺達も少し事前調査します、か――そういえば、その屋台はあちらからあちらへ行くのですね?」
「そうですね。どこからどこまでが行動範囲かまではわかりませんが、少なくともここを通り過ぎるのはほぼ確定で、時刻もほぼ決まっていますね」
「……ふむふむ? 成程。何処を通り、そこを通る時間を調べる事もできますか。支倉さん、行きましょう」
「オッケオッケオッケッケ♪ おいしーラーメン、絶対に食べるですよ!」
「それが依頼だしな。個人的には何でそんなスピードで走ってるのかは聞いてみたいな」
「色々な手段を考えてみますか」
依頼人である百合子を残し、皆がその場から立ち去ろうとしたその時、「そういえば」と雫が振り返った。
「一番重要な事を聞いていませんでしたが……美味しいんですかね?」
当然の問いではあるが、百合子は何も言わず肩をすくめるしかなかった――
●本日はラーメン日和
丸めた旗とスケートボードを持つチルル、ヒリュウを呼んだはいいが微妙に距離を取られている雫、手ぶらではあるが十分な準備ができているのか表情に迷いのない突破、夜、英蓮の3人。むしろ雫の方が浮かない顔をしていた。
「……結局、味についてはわかりませんでした」
「すっごく早いラーメン屋ってことは、きっとすっごく美味しいのよ!」
根拠はないだろうがチルルの自信満々な声。そんなおり、スマホ片手に夜がすいませんと言ってきた。
「連絡しやすくするためにも、番号を交換しておきたいのですが」
「警察ヘリみたいに位置情報をみんなにお知らせするですよ! だからお願いするですよ!」
「お、そりゃ好都合だな。俺も連絡は密にできたらなと思ってたところだ――とくに空から見る奴とな」
突破が真っ先にスマホを取り出し、「あたいも!」とチルルも取り出すと、雫もそっとスマホを見せるのだった。
互いの番号を交換している最中、誰かが走ってくるのが見えた。こちらへ近寄ってくるという感じではなく、ランニング中で通り道なだけという様子の、運動に適しているとても動きやすそうな蒼いハイレグ水着……?
「どうしたんですか、百合子さん。こんなところで」
息を弾ませてやってきたのは5月なので、もう蒼いハイレグ水着の桜庭愛(
jc1977)であった。
依頼の話を聞き、「んと、その屋台でラーメンを食べればいいの?」と腕を組んで首を傾け、「向こうの方で迎えうちますね」と走って行ってしまった。
愛が離れていった後、「そろそろ時間ですね」と雫がヒリュウを飛ばすなり目つきを変え、愛の向かった方向と反対側の道を睨む。
「もう間もなく、来ます」
「定刻通りにただいま参上ってか」
アキレス腱を伸ばしながら突破が軽口で笑う間に、猫耳と二又の尻尾が生えた英蓮の背に金の龍珠から半透明の黒い蓮が生まれ、尻尾をくねらせバランスを取りながら住宅地側の空へと上っていくと、夜は道路の川側へと向かう。
空でヒリュウと合流する英蓮はまたたび団子を取り出すと、「おーよちよちよーしよーし♪」とヒリュウの喉を撫でまわしてそのお返しに舐められるという、主を差し置いてどこぞのゴロウさんのようにじゃれあっていたが、屋台を目視で確認――もはや一刻の猶予も許されない距離しか、ない。
「来ますですよ来ますですよ! 来まくりやがるですよ!」
「今のところルートは調査通りですね。あの速度なら、もう数秒もすれば――」
ヒリュウを介して実況する雫の言葉をかき消す、チャルメラの音。
「逃した時に備えて、俺は少し先で待機しとくぜ」
突破が先へと走りだしたちょうどその時、赤い提灯が見え始めると、チルルはばっと丸めていた旗を広げた。
旗と言っても竹刀に白いシーツを結びつけただけの代物で、中央にでっかく恐らく自分の似顔絵と思わしきものと、麺が浮いているどんぶりが描かれていて、なんとなくラーメンが食べたいのだという雰囲気を伝えようとしているような気がする。ガッツだけは認めてあげよう。
スケートボードに足を乗せ、ゆっくりと前進しながら旗を大きく振ってアピールを開始するのだが、一向に減速する気配が感じられない。
夜が英蓮と目を合わせ、「……行きます、よ!」と小走りからの全力ダッシュで道路を走り始めたあたりで、屋台が雫やチルルの後ろにまで迫っていた。
「客商売と言うことを忘れているのではないでしょうか……ラーメン一丁、お願いします!」
叫ぶ雫の声も虚しく、音速の屋台が目の前を通過する――が、そこでチルルは手錠付の鎖を投げつけ、手錠は見事屋台を捉えた。そしてスケートボードに乗ったチルルが引っ張られていく。
「やはりただ注文するだけではだめですか――次のポイントに先回りしましょう」
屋台を道なりに追いかけるのではなく、斜めにショートカットする雫であった。
そして先を走っていた夜が追い付かれ、抜かされるという時にも「おーい、おーい」と声を張り上げるのだが、やはり止まる気配が全くないと瞬時に判断した夜が銀のロザリオが銃身に絡んだような小銃を屋台へ向け、発砲。弾が当たりはしたものの、屋台が破損する様子は無く、かわりに夜のアウルが染みこんでいく。
手を上にかざすとピッタリのタイミングで強化ワイヤーが手に絡みつき、握りしめるのと同時に夜は上空へと引き上げられ、手袋からワイヤーを射出していた英蓮の手をがっちりと掴む。
「支倉さん、お願いします!」
「飛ばしますですよ!」
夜がどのような意味合いだったかはともかく、夜の命運を握る英蓮は空で大回転を始めるのであった――
「らーめんらーめんらーめんらーめんらぁぁぁめぇぇぇん! あたいに食べさせてぇぇぇ!!」
「すっげー気合いだ、俺も負けてらんねーぜ」
チャルメラの音に負けないチルルの絶叫を後ろに聞きながらも突破は不敵に笑い、迫り来る気配を感じながら、全力ダッシュ――わずかでも併走したその瞬間に「おっちゃん、ラーメン一丁!」とラーメンよりも熱い心で伝えたが、それでもダメだった。
追いすがろうと手と足を必死に動かしてはいるものの、距離はどんどんと引き離されていく。
(くっそ、無理か……! 電話帳に載ってねえ幻の屋台は伊達じゃねえぜ)
屋台とはいえ店の名前があるよなと、電話帳で調べてみたが、あいにく、屋台のラーメン屋というのはどこにも載っていなかったのだ。実のところ夜も調べていたが、突破と同じく、それらしいところを発見できなかったのである。
そんな事があるものなのかといえば、個人情報にうるさい昨今、あるとしか言えない。電話帳はあくまでも任意でしかないのだ――もっとも、店としては載せないメリットがないわけだが。
引き離されながらなおも食い下がる突破の見ている前で、子守歌を歌いながら雫が屋台の横から飛び出してきたが、雫も歌声も屋台に置いて行かれた。
「やはり一般人ではないですか……しかたありませんね」
次の合流地点へと急ぐ雫の目の前を、空でハンマー投げの如く投げ飛ばされたもの凄い勢いの夜と、鋼糸でつながっている英蓮が通り過ぎていく。その速度は屋台よりも早く、夜の伸ばした手が屋台の屋根を掴み叩きつけられそうになるところで屋根に着地した英蓮が夜をキャッチする。
「……オヤジさん、とりあえず止まって下さい!」
「ラーメン食べたいですよー」
屋根の上からかなり至近距離で声をかけ、この距離なら確実に聞こえているはずだが親父は耳を貸さない。すると英蓮が屋根の上で逆立ちをしたかとそのまま踵を振り落す。
「とまるですよーーー! お客さんここですよぉおおおおお!!!」
進行方向の地面を英蓮の蹴り足が抉り、咆哮で川の魚が跳ね、鳥たちが一斉に飛びあがっていく。近隣住民の中には身をすくませてしまった者もいるかもしれないが、これもラーメンを食べるためである――そんな理由で許されるかはともかく、肝心の親父は怯んだ様子もなく突き進む。
衝突するのではと夜が屋根からダイブして、英蓮を抱き止めながら外方向へと転がると同時に、親父と屋台は車輪を滑らせ斜めに移動し、穴と英蓮達をかわすのであった。
だが一瞬とはいえ移動速度を落とし、その結果として雫が追い付いたので無駄な行動にはならなかった。突破もいまだに離されながらも食いついているし、チルルは声を張り上げ続けずっとスケートボードで追跡している。
そして親父の向かう先に腕を組み、闘気溢れる愛の姿。
「どんなに足が速くったって道が塞がっていれば止まるしかないし」
腕を前に突きだすと五色の大剣がいくつも上空から降り注ぎ、突き刺さって道の半分を塞いだ。
「止まってください、お客ですよ」
気迫をぶつけ、自分という存在を親父へと伝える――だが親父はそれでも減速をしない。そんな時、ショートカットで屋台の真横へと追いついた雫が通り過ぎ去る瞬間、車輪の通り道にパサランを召喚する。
パサランを轢いた衝撃で減速はしなかったが片輪は浮かび上がり、雫が住宅地側にいる事で親父は明王の大剣をそちらにかわす事が出来ない。しかも片輪が浮いている。
そんな状況下で親父は目の前の大剣を屋台ごと駆け登り曲がって、進路を川の方へと変更した。
「ふぁいっとー!!」
後ろで引かれているチルルもまた、スケートボードで大剣を登り、追跡を続ける。
愛が真横の土手へ移動し屋台と親父を傷つけないように配慮しながら、五色の大剣を降り注がせ続けて進路を制限し続け、川へと誘導する。
いよいよ逃げる先には川しかないというところまで、親父は追いつめられていた。
「さあ、もう止まるしかありませんよ」
笑みを向ける愛――だがしかし、親父は躊躇する事無く川に入っていく――否、川の上を走って行く。
正確には水きり石のように飛び跳ねるを繰り返し、屋台もそれに合わせ上下して水上を跳ねていた。後ろのチルルは「ひゃー!!」と言いながらも、スケートボードの頼りない浮力に頼り、これまでに培ってきたバランス感覚を生かして水上をスケートボードで走行しているのであった。
そしてそのまま、向こう岸へとたどり着き、何事もなかったように屋台は遠ざかっていく。
誰ももはや追いつく手段は無く、ヒリュウで確認しても建物の陰で見えない事が増え、マーキングの効果も消えてしまうと、完全に目標を見失ってしまうのであった。
「……仕方ありませんね」
そう言って雫が連絡したのは、保健所だった。
撃退士としての仕事の一環と伝え、ここら辺で営業許可を届けていて屋台の人を照会してもらい、直接連絡を取る、あるいは自宅に乗りこむという荒業――皆の視線に気づいたが「……まあ、嘘は一切言ってませんから問題はないですね」と、言い訳じみた事を漏らす。
「ああはい、その方ですね――え? その方は身体を壊して、自宅から出ていない……?」
眉をひそめ、怪訝な表情を見せる雫。その時、突破のスマホが鳴った。
「雪室からだ――どうやら、止まってくれたみたいだぜ。目的地に着いたのかもな」
それを聞き、チルルの難しい道案内を聞きながらも移動を開始する一同――だが、愛だけはその場に留まっていた。
(店主は自分が認めた相手を図っていたのかもしれない。そして私は認められなかったのかもしれない……)
「まだまだ高めなければなりませんね。私という美少女レスラーとしての存在と認知度を」
「へえ、やっぱり撃退士だったんだな。それで、怪我をさせてしまった元店主の代わりにあんたがその道に……漢じゃねえか。湯気が目に染みてくるぜ」
「事情はともかく、あんな速度で走る理由が自分の所のラーメンを食べたいと、客が必死になってもらうためというのはいささか問題があるような気がします――あっ、次も麺、チャーシュー大盛で油少な目でお願いします」
目頭を押さえる突破の隣で椀子蕎麦の勢いですすっていく雫。
夜は大人しく、普通に食べている。
「……うん、苦労しただけあって美味しいですねぇ? 支倉さん、そろそろ人間の側に戻ってきませんか?」
「むかしながらのに・ぼ・し☆ミ 出汁が取られても他の出汁が染みこんでて柔らかいから、おいしいのですよ」
屋台の横で野良であろう老猫達が煮干しを美味しそうにかじっているのを、地面に肘をついて座り込みながら至近距離で英蓮は眺めていた。
そして今日の立役者であるチルルは――少し離れで背を向け、座り込んでいた。
「味噌ラーメンがないだなんて、札幌ラーメン派閥のあたいはご立腹よ!」
「そう言うなって雪室。プライドがあるのは悪くないぜ。一本筋の通った味を守るのも大事だ。
ほれ、伝統の鶏がら塩ラーメン――これも旨いからよ、食ってみろ」
突破が差しだしてきたラーメンは確かに優しい匂いがした。油が少なく、美しく澄んだスープに、細い縮れた麺。具もシンプルでしかないが、そのどんぶりからは確かにうまいと思わせるオーラが見えた(湯気じゃないよ?)
眉間に皺を寄せていたチルルもようやくどんぶりを手に取り、麺に口をつける。
「……やるじゃない」
「おめーさんのガッツもな――味噌、か……俺も少しは新しい風を取り入れるか」
強者同士が目で語りあい、親父はそんな事を呟くのであった――……
端に座ってラーメンをすすりながら黙っていた百合子が、始終を見て一言。
「なんですかね、この依頼……」
幻のラーメン屋台を追って 終