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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/05/06


みんなの思い出



オープニング

(空気が張りつめているねえ。陛下からはなにも聞いていないけど、近々、大きな戦がまたやってくるかな……それも、この前のような大侵攻ではなく、お互いの命運をかけるような大事な戦が)

 慌ただしさはないが、おそらく天界でもっとも多くの戦場を経験しているのではないかという崇寧真君だからこそ、その空気を敏感に感じ取れる。

 とはいえ、真君以外にも気づき始めている者も若干名いるだろう。

「こうなってくると、おっさんの自由に動ける時間もあと少しか……酌み交わしてよくわかったけど、彼らは個人個人での危機感や考え方はこっちと比べものにならないくらいしっかりしてる。惜しむらくは個人の主張が強すぎて戦場でまとまりきらない部分か」

 それは大きな作戦ほど顕著で、ある程度のグループごとならまだともかく、全体として統率がとれているとは言い難い。

「せめてすりあわせくらいしっかりできていれば、もう少し楽しくなるに違いないんだろうけど……どれ、陛下やおっさんをもっと楽しませてくれるようにもう一度、おっさんが一肌脱ぐとしようかね」

(というのは建前か。彼らにはおっさんの願いを叶えてもらうためにも、もっとうまく戦えるようになってもらわないとね)

 今回でどうにかなるとは思ってはいない――が、次回は今回よりももっとうまくやってくれる。それが彼らなのだと信じていた。

 ただ最近、人界に未練があるのではと尋ねられたこともあるほどに、自分が今、肩入れしているように見えてしまっている。

(半分は当たりだけどね。でもやはりおっさんは王に仕える天使のまま、彼らと相対したい)

「それだけ、彼らも武人として認めているってことなんだろうねえ――さて、少しおっさんは自分のわがままで行くとするか」

 命令はない。言葉通り、自分のわがままである。果たしてこんな勝手が許されるかわかりはしないが、これまで仕えてきたのだ、たまにはいいだろうと、重くない腰を上げる。

「人生って奴が終わるとすれば、武人は武人らしく、できることならば戦場で終わらせたいものだからね」




●その報は突然に

 とあるゴルフ場にて騎馬が数体現れたという報を聞き、学園にちょうど残っていた数名がその対応にあたった。

 だが現場に到着してみれば、不思議なことに騎馬は距離を置いてそれ以上近寄ってこない。警戒しながらも数名の撃退士達が前進したところ、大部隊が一気に姿を現した。圧倒的な数の差に加え、もはやその顔は有名になってしまっている天使「崇寧真君」までもがそこにいた。

 青くなる撃退士達だが、真君は彼らに対してこう告げる。

「ああ、とりあえず今は安心していいよ。今すぐ君らをどうこうするって事はないから」

 にわかには信じがたい言葉――だがそれを証明するかのように、騎馬と騎兵の部隊は一歩下がって、真君を前に立たせた。

「まあなんていうかね、おっさんからの挑戦状みたいなものかな? まだ少しふがいない君らをおっさんが厳しく指導してあげようかなとね。
 少し待っていてあげるから、腕に自信がある人達を集めておいで。最終決戦の前哨戦といこうじゃないか――あ、あんま長く戦う気はないからねとだけは言っておいてあげるよ」



リプレイ本文

●おっさんに待ちぼうけさせておけ

 頼りない撃退士が慌てて帰っていったあと、人のいないゴルフ場で空を見上げ、雲が出てきたねえと声にならない程度に呟く崇寧真君。馬にも跨らず、冷艶鋸を地面に突き立て腕を組んだまま、雲の流れゆく様を見続ける。

 空一面を覆い、どこまでも続く雲は代わり映えしないようでいて、ちゃんと風に流され、動いていた。

「きっといつかは晴れる――なんてありきたりな言葉が浮かんじゃうねえ」

 苦笑し、撃退士を待ち続ける。

 こうして待つのも得意というか、慣れたもので、こんな時はただひたすら過去の戦場を思い浮かべて思考を繰り返す。天界でも自分ほど戦場に立った者などもしかしたらいないのではと思えるほど、多くの戦場に関わってきた。すでにどんな戦いだったかは覚えていても、どこで何が目的だったのかさえ思い出せないものもある。

 それに最近は過去を振り返ろうとすると、どうしてもちらつく顔があり、そこから最近の事ばかりが思い出される。

「……愛する者の世界を守る、ねえ。それはおっさんの仕事じゃあないよ」

 今度はハッキリと呟きを漏らし、胸元にぶら下げているケースに触れたところで口髭がチリチリと何かを感じ取り、真君の表情が引き締まった。

「空気が、変わったね。そろそろ来るかな?」

 撃退士の姿は全く見えない。

 全く見えないが、今この場に戦場特有の空気が流れ始めているのだけはわかる。

 冷艶鋸を引き抜き、始まるその時を待つ真君であった。




 森の色に溶け込みながらも駆け抜けるのはこれから向かう先が厳しい戦場と知りつつ、それでも自ら向かっていく者達だった。

「あのおっさん、酒を飲みに来たかと思えば今度は軍勢引き連れてとか、何を考えてるのかさっぱりわからないぜ」

 駆け抜ける者達の中で、つい先日に真君と酒を酌み交わしたミハイル・エッカート(jb0544)がぼやくと、「まったくだ」と同意する鳳 静矢(ja3856)。

「いくつかの推測は立つが、確証を得るには真君の理解をもっと深めねばならないのだろう」

「もうそれだけの時間もないだろうけどね」

 龍崎海(ja0565)が酒の席を思い出し、あの時に尋ねるはそっちだったかなと少しだけ悔やんでいた。

「どうでもいいじゃねーか。俺としては寝返りなんてぬるい展開じゃなくてほっとしたぜ。やっぱ戦争はこうじゃねーとな」

「そうよ! こっちの方が分かりやすくていいじゃない! あのしんくんにあたい達の本気を教えてやらないとね!」」

 ラファル A ユーティライネン(jb4620)の言葉には雪室 チルル(ja0220)が同意するのだが、チルルの場合はただ考えるのが苦手だというだけの話だろう。ラファルの方としては思うところがないわけでもないが、と言ったところであった。

 ちらりと思うところ――葛城 巴(jc1251)と向坂 玲治(ja6214)の2人を見るが、2人とも言葉を交わさず終始無言で、何を思っているのかこちらもわからない。

 会話を耳にしていたのか、鐘田将太郎(ja0114)が肩をすくめる。

「ま、俺としてもそんな展開にならなくてほっとしている。まだ借りを返す前だからな――それにしても厳しく指導してあげようかな、だと?」

 聞いた話ではあるが、真君の言葉に将太郎は頬を歪めていた。

「正直言えば、何様と言う気がするなあ」

 苦笑しながらも浪風 悠人(ja3452)の漏らした言葉をもっともだと感じる者が、小さく頷いていた。ただ、水無瀬 文歌(jb7507)はその表情からして、頷いた意味合いが少し違うようだった。

「指揮している人の優しさと厳しさを感じるね……何か意図があるみたい」

「……どんな意図、かな」

 水無瀬 快晴(jb0745)の問いに首を振り、「それはわからないけど――期待しているのかな」と、自分の期待も混じっている後半は小声であった。

 文歌の言った優しさと言う部分に、雫(ja1894)は大きく頷く。

「まったく、敵だと言うのに敵意が湧かないとは……」

「まーそれでも敵なんですがね」

 森の中を駆けるにはある意味しっくりくるカボチャ頭の奇術士、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が「ですから、戦うだけです」とシルクハットを被り直すのだった。

(真君、あなたの真の狙いは何? 私達をどこに導こうと?)

 走りながらもときおり真君を双眼鏡でのぞきこみ、文歌と同じような事をずっと考え続けていた山里赤薔薇(jb4090)だが、やはり文歌と同じように答えは見つからず、首を横に振る。

「おっさんさんの事は良く知りませんが……練習というなら存分に胸を貸して頂きましょう」

「かかって来いって、言うなら……死ぬまで、殺すだけ……」

 Rehni Nam(ja5283)とは正反対に、Spica=Virgia=Azlight(ja8786)の殺意満ち溢れる言葉に間下 慈(jb2391)は小さく笑う。

(我ながら場違いな感が否めませんが、やれるだけやりましょう)

 殺意も思い入れもない分、どうにも乗り切れない部分はあるのだが、そこはそれ、仕事ですと言い聞かせる慈であった。足の裏に磁場を形成し、滑るように移動していた思い入れがないという点では一緒の逢見仙也(jc1616)も、「まあやるだけやろうか」と意欲的ではないにしてもそれなりのやる気を見せ、そんな仙也のやる気に不知火藤忠(jc2194)が驚いていた。

「仙也がやる気を出すとはな」

「失礼だね、俺はいつでも仕事には真面目だよ。むしろ藤忠の方に、もっと殺る気があってもいいものだけど」

「俺は――もう十分と言えば十分だからな。だから真君をどうにかするつもりはあまりない……が、確認しておきたいことがあるからな」

 そう言って、藤忠は視線を巴に向けるのだった。仙也はふーんとだけ答え、そろそろおしゃべりもお終いと言わんばかりに口を閉じる。

 一旦足を止め、身体を景色と同化するような色のアウルで包み込む者達が居れば、北と南に分かれ、さらに移動を続ける者もいた。

「真君クンとかおっさんサンとかどう呼べばいいものかわかりませんが、挑まれたこの戦い、前哨戦と言えば聞こえは良いが、ここは消耗は押さえて相手を削る事に徹するべきでしょうね」

 南側へ移動する黒井 明斗(jb0525)が自分になのか、人になのかわからないが、そう言い聞かせる――が、紅香 忍(jb7811)は「そうですね」と聞いているような聞いていないような返事をし、この戦い自体に興味なさそうな態度を見せるのであった。

 北側に移動しながら、鬼塚 刀夜(jc2355)が小さな声でこそりと、咲村 氷雅(jb0731)に「忙しいのにごめんね」と告げる。

「敵の数も多いからってヒョウ君を引っ張りこんじゃって……お詫びに飴ちゃんあげよう」

「飴はいらんが、帰ったら覚悟しろよ刀夜。地獄の書類仕事だ」

 じろりと睨まれたが、口笛を吹くような仕草をしながらその視線を流す様に視線を逸らす刀夜。シリウスの件の事後処理や情報整理していた処を半ば強引に連れてこられた氷雅は小さく溜め息を吐き、「まったく、俺も暇じゃないんだぞ」と愚痴を漏らすが、結局、こうして付き合っているのだから、我ながら人がいいと思ってしまう。

(狼の次は馬の群れか……まぁ良い折角の機会だ、崇寧真君に神界について尋ねるか)

「今回は久しぶりの騎馬兵、初めての大規模を思い出すよ」

 屈託のない笑みを氷雅に向け、「一緒に楽しもうね」と純粋に戦闘を心待ちにしている様子を見せるのだった。

 だんだんと口数も減り、もはや誰も何も言わず木から木へと姿を隠しながら所定の位置を目指す。高まっていく緊張感と集中力を感じつつも、鈴代 征治(ja1305)は騎馬達の向こうにちらちら見える真君の様子を窺っていた。

 発見はされていないとは思うのだが、それまでただ立っていた真君が冷艶鋸を手に持ち、その雰囲気が少し変わる。変化がなくとも戦いの気配を感じ取ったのかと、征治は敵ながらも感心していた。

(撃退士は軍とは違い縦ではなく横の繋がりが強い――戦略的な大規模戦に不向きと言うのは本当でしょう)

 真君の言葉を肯定しつつも、征治の中に膨れ上がるのは、反発心。

(しかし、だからこそ個の可能性が時として爆発力を生むんだ)

 全員が足を止め、北部の森に10名がそろった。南の森にも9名向かっているはずである。そしてもうひと部隊も配置についたと言う連絡だけはあった。

 ぴょこりと木から顔を出して鳳 蒼姫(ja3762)が「ほぅほぅ」と頷く。

「まずはこの陣形を崩さないといけないのですねぇ☆」

「そういう事だ――さあ行こうか。あまり時間を置きすぎれば真君が引き返しかねんしな。後ろは頼んだぞ蒼姫」

「まっかせてねん☆」

 こんな場でも明るく、両手のガッツポーズで応える蒼姫に静矢は微笑む。

「敵の数が多いのだから、今までの経験から平原でぶつかり合いは避けたいね」

 海がそう告げた時、「では先に行かせてもらいますか」と誰かが横を通り過ぎていくのだった。




●動き出す北と南

 低空を駆けるようにして木々をすり抜けていくエイルズレトラと、やや小柄なヒリュウのハート。エイルズレトラが森を抜けるとハートは上空高くへと飛びあがり、その途端、騎馬と騎兵の頭が一斉にハートを向き、真君が「来たねえ」と冷艶鋸を持ち直す。そこへちょうど、南の森からストレイシオンが召喚され、南からの奇襲も始まった。

 上昇するハートへ騎兵の弩から矢が放たれたが通り過ぎた後を抜けていくだけに終わり、騎兵と騎馬はハートにほんの一瞬、気を取られた。

「気を取られるなんて、ド素人か!」

 その隙を逃すはずもなく、光り輝く紅い角を額に生やし柄に手をかけた刀夜が一喝しながら一歩後退した一番手前にいた騎馬の脚へめがけ、刀を抜く――影を絶つほど神速の抜刀術は不可視の斬撃を飛ばし、馬の脚を切り落とした。

 そして氷雅が刀夜の前に出て指を突きだすと、指先から生まれた赤い蝶がバランスの崩れた騎馬に張り付くと、途端に無数の赤い蝶となり、近くにいた騎兵と騎馬に群がり爆炎を巻き起こす。

 爆炎が収まりきらぬうちに征治が天に振りかざした手を振り降ろし、流星群が次々に爆炎の中へと吸い込まれていくのだった。

「派手にやって釣りますか――処理できる範囲で」

 仙也の鉄鎖が長杖へと変化し、それを触媒に纏わりついた冷気が7本の刃を形成すると、仙也はそれで横に薙ぐと冷気の太刀筋が粉塵を切り裂き、上空へ向けて盾を構えていた騎馬に襲い掛かかる。

 その身に太刀筋を受けた騎馬は傷口から氷の結晶が溢れ出て、騎兵は跳躍し、太刀筋はその下を通過していった。

「うん、やはり冷気系の操作は苦手だね」

 肩をすくめる仙也の前に出たRehniが地面に手を付き、展開された魔方陣が騎馬達の足元にまで広がり、魔法文字が馬を通してその身体にまで侵蝕する。

 地に手をついたRehniへもう一体の騎兵が顔を狙って弩の矢を放つも、走りこんできた海の浮遊する盾がわずかに弾いて軌道を逸らし、Rehniの腕をかすめていくのだった。

 Rehniの横に並ぶ海の陰に隠れるように慈がくっついていて、「守られるだけのお代は払います」と守ってもらう事とそれに見合うだけの見返りを約束しつつも、凡共の銘を持つ拳銃を持つ右手を高く掲げる。銀色の雷が落ち、閃光と轟音が戦場に刹那の硬直を生み出すと、その刹那が終わる前に慈は無数の弾丸を騎馬と騎兵に向け、叩き込んでいた。

 バランスを崩していた騎馬は文字通り蜂の巣となり、馬が崩れ落ちて落馬した騎士もそのまま動かなくなる。もう1体の騎馬は盾でいくらか受け止め多少は防ぎ、騎兵は闇雲に振り回す槍で弾丸をある程度払い落としているようではあったが、全てではないにせよどちらもその身体に弾丸を受けていた。

「蒼姫もいっちゃいますよう☆」

 チラリとヘソを見せながらも両手を掲げた蒼姫の頭上に火球が生み出され、それを敵陣の真ん中へと投げ込む。中央に落ちたそれは燃え盛る炎と火花をまき散らし蜂の巣を免れた騎馬をも飲み込み、高温の炎で鎧はひしゃげ融化された騎馬はずるりと燃え盛る馬から落馬してそのまま躯と化すのであった。

「倍程か……まずは減らさねばな」

 足下から紫のアウルが吹き荒れたかと思うと、アウルの輝きは足と腕を包み込み、騎兵の正面に駆け寄った静矢の姿がぶれた。爆発的な脚力で踏み込んだ静矢に騎兵が反応する前に、一閃。下から右肩を狙って斜めに切り上げられた斬撃は馬の首を撥ね、弩を持つ腕を叩き斬り騎兵の甲冑半ばまで刃は到達していた。

「これでもわずかに足りんとは、頑丈だな」

 刀を引き戻し頑丈と言いつつも、今の一撃で倒せなかった理由は硬さゆえではない事を静矢は理解していた。騎馬もそうだったが、この騎兵も前にではなく後ろへ下がろうとしていたからこそ、踏み込みから逃れるような状態になっていたのだと。

 そんな騎兵の槍を持っている方の真横へ刀夜が、無駄のない、洗礼された滑らかな動作で潜りこむように滑りこんでいた。ワンテンポ遅れ無理な角度で突きだしてきた槍を、鞘から抜き放った刀で下から弾くように受け流し、返し刀で静矢と対称に下から左肩を狙って斜めに切り上げる。

 刀身は甲冑を易々と切り裂き、静矢の斬撃痕を通過して刃は止まるが、内部に浸透する斬撃はそのまま肩まで突き抜けていく。胸から上下に切り分けられた騎兵は胸部から上が地面に落下し、残りの体は馬とともに崩れ落ちるのであった。

 崩れ落ちる騎兵の向こうにいた騎馬が騎兵の躯ごと押すつもりか、刀夜に向けて盾を構えたのを見た氷雅が騎馬を睨み付け、騎馬に刀夜の幻を見せつけ惑わすし、わずかに行動を遅らせた。その一瞬でもあれば騎馬の動きが見えていた刀夜には十分で、盾で押しに来るよりも前に余裕を持って軌道から逃げていた。

「ヒョウ君、ナイスだよ――!」

 感謝を氷雅に投げた刀夜だが、その目で捉えていたのは遠くにいる真君が冷艶鋸を横に構えている姿だった。

 その瞬間、間にいた騎兵と騎馬は一斉に跳躍し、その下を斬撃がまず1つ――のけ反りつつも刀に滑らせるようにしてかわした刀夜は、もう一刀の足元へ飛んできた斬撃を後方に倒れ込むように跳んで宙返りしつつかわす――が、最後に真君がこちらへ向けて突きこんできたのは見えたが、飛んできた刺突に反応が遅れて、身体を捻りはしたが左肩を貫かれていた。

「んー、見えてたけどかわしきれなかったのは僕の力不足か、真君クンの力量が高いかだね」

 それでも2撃ともかわせたのは幸いで、盾で受け止めたRehniや海にアウルを送りこんでさらに硬くして、有言実行した慈が無傷なくらいで、征治のように1撃目をかわし2撃目をワイヤーで受け止めるなどして、どちらか一撃くらいは受けていた。静矢に至っては一撃を受けさせてしまった蒼姫の前に出て2撃目を代わりに受け止めるなど、2撃とも受けていたのであった。

 ――いや、無傷なのがもう1人。

「いやはや、誘いに乗ってくれないと寂しいですねえ」

 外周を低空飛行していたエイルズレトラは騎馬がこちらに向かって突撃してくれない事に文句を垂れつつも、どちらの斬撃にも当たってはいなかった。

 そして空からハートの目と、外周で全体を見渡している自身の目で確認していたエイルズレトラは小隊の動きを皆に伝える。

「こちらにいたのが下がり、4部隊目が前に出てこちらへ対して同じような陣形を取ってますねえ。横一列とかもないですし、密集もしてくれませんから、なかなか風船爆弾も落とせませんよ」

「森で戦わせてはくれない、という事かな」

 平原での戦いは避けたいと言っていただけに、海は苦々しく呟く。

「私達を面で止めて、その間、真君は後ろから斬撃を飛ばし続けるだけの楽な仕事か――これは崩しにくいな。消極的で移動を優先している様子があったのはこのためだったか」

 攻撃よりも隊列を変更する動きを優先していた事に感心する静矢。

(救いなのは今回が挟撃であり、真君は北と南のどちらにも対応せざるを得ないだけに、その攻撃頻度が半分になっている事か)

 そして次、真君に狙われるであろう南のチームに目を向けるのであった――




「向こうも始まりましたし、こちらも始めますか」

 上空を駆け上がっていくハートを見た雫が、森の中でも存在感のある暗青の鱗を持つ竜、ストレイシオンを呼び出し、ストレイシオンの防護結界に包まれた仲間達が青い燐光を纏う。

(……今回はサーバント狙いで行かせて貰おう、かな?)

 快晴が狙いを真君よりもサーバントに定めた時、白銀の剣身を掲げ、誰よりも最初に森から飛び出したのはやはり、チルルだった。

「作戦の内容はチンプンカンプンだったけど、今こそあたいの出番ね! あたいに続けー!!」

 2体の騎馬に隣接すると、意識とアウルを研ぎ澄ましたチルルを残して世界は氷結したように静止した。氷結した世界でチルルはひと振り、ふた振り――氷結が融けた時、2体の騎馬がやっと斬られた事を認識し、剣劇に押されてのけ反る。

 前に出たチルルへ弩の矢が飛び、額に突き刺さる――かと思えば矢先は青い燐光に包まれた皮膚で止まっていて、矢は突き刺さる事無く落ちる。刺さった後には一応、針でも刺したかのように血がぷっくりと膨らんではいた。

「そんなの、蚊に刺された程度だい!」

「言葉通りと言うのはすごいです、ね!」

 森に来ないと見越した文歌が歌声に魔力を乗せ投げキスを空へと送ると、チルルの目の前で無数の彗星が騎馬と騎兵に降り注いでいく。

「……さて、開幕と行こう、か!」

 彗星が降り注ぐそこに快晴が火球を投げ込み、「こちらからも行きます」と明斗も彗星群を呼び出しては動き始めたとはいえ5体を範囲に収めて降り注がせる。そして手を胸の前で組み、聖なる祈りを天に捧げる明斗であった

「行動が早いな」

 先陣を切るつもりだったがチルルに先を越された玲治が騎馬の前へと躍り出て大きく一歩踏み込み、身体ごと半回転させて遠心力を乗せた白銀の槍を叩きつけ、バランスを崩させる。前線に出る玲治の後方にはそっと、何も言わずに巴が身構えるのであった。

 巴の目は真君の挙動に向けられていたが、決して駆けだしたりもせず、皆と足並みをそろえる。

(私にやれる事をやる……それだけです)

 頷き、今のタイミングならと小さな宝石の欠片を騎馬へと投げつけ、雷槍を落とす巴であった。

 そして北側の騎馬がスムーズに編成が組めないのを理解してか、すでに死にかけているようにしか見えない2体が爆炎と彗星群が巻き起こした粉塵の中から盾を構えて突進し、バランスを崩した騎馬を騎兵が槍で押し戻してから後退していく。

 斜めに突進してきた騎馬は、雫と明斗を狙っていた。

 だが雫の背中には悠人がいて、アウルを伝達しながらも雫の背中を悠人が肩で押し、シールドチャージで押し込まれずにその場で踏み止まると、間髪入れず雫はかつては無骨だったが自身と共に成長してきた大剣を振るい、悠人がその身に纏った燃え盛る地獄の業火から生み出した火の玉を横に投げ、湾曲した軌道は雫をかわして両断された騎馬を燃やし尽くす。

「悠人さんとの付き合いは長いですが、こうやって一緒に戦うのは随分と久しぶりな気がしますね」

「そうかな? いや、そうだね」

 仲間と共にいながら、1人で戦う事も多かった最近を思いだし、こうして誰かの後ろにいるのが久しぶりだった事に気づく悠人は苦笑して見せるのだった。

 一方、数歩分押されていた明斗の背中を忍が足の裏で受け止め支えると、明斗の肩にアサルトライフルの銃身を乗せて発砲する。近距離の銃弾にのけ反ったところを、明斗が金色の刃を持つ神聖な雰囲気を纏った槍で馬ごと騎士を貫き、そのまま押しつけて落馬させると地面に縫い止めるように槍を突き立てた。

「助かりました、ありがとうございます」

「感謝されるほどの事ではないですから」

 感謝するなら銭をくれと思っているなど、その外見からはわからない忍。今回の目的だって「鈍ってたから」という腕ならしに過ぎないとは誰も知らないだろう――が、それは今この場においてはどうでもいい事だろう。個人個人が己の役割を果たせるのならば。

 そして次のシールドチャージに警戒して縦長になった金色の瞳孔を騎馬達に走らせた忍は、後退していく部隊と前進してくる部隊を確認しつつも北側へ向いていた真君がこちらを向いた瞬間に、背筋がぞくりとした。

 一斉に跳躍する騎馬達に合わせ忍は地面に伏せ、頭上に斬撃が通過した直後に飛び跳ねて、地表すれすれの斬撃をかわす。身動きの取れない空中で見たのは、刀夜の時と同じような突きの軌道――真っ直ぐに伸びる横薙ぎの斬撃よりも遥かに早い突きの斬撃が、忍をまっすぐに貫いた。

 ――そう見えたのだが、貫かれたスクールジャケットだけが風に流され、空中にいたはずの忍は再び地面に四肢をつけていたのだった。

「……危なかったです」

 周りを見てみれば、真君に対して玲治の後ろにいた巴には届かなかったみたいだが、騎馬の斜めからのチャージングで真君に対して角度の出来ていた悠人を含め、2撃、もしくは1撃を受けていた。

(思ったよりは余裕のない戦いかもしれない……勝機が無くなれば逃げるが勝ちだ)

 そんな事を忍が考え始めていたが、そこまで戦況を考えずとにかく戦線を押し上げるつもりでいるチルルと玲治が巴に傷を癒されながら走り出す。

「あたいたちの本気は、まだまだこんなもんじゃないんだから!」

「ついでに、このあいだ殴られたお礼参りもしないとな」

 玲治が幻影騎士を呼び出し、その加護を受けてとにかく真君を目指して前へと突き進む――と、思わせるのが北と南の役割であった。

 真君の正面にあたる東側で風景に違和感が生まれ、そして隠していた姿を現した。本当ならば姿を隠したまま行きたいところだろうが、この何もなさすぎる平坦な地ではそれが許されない。

「思ったより正面に残ったな」

「ま、しゃーねーだろ。警戒して残すのはセオリーだし、おっさんに俺達の存在気づかれる前に突撃されなかっただけでももうけもんだ」

「ここは駆け抜けるか、あの場で競り合うかだが――」

「……排除はするけど、真君を狙って一気に抜ける、べき。踏み止まったら他の所みたいに真君のいいようにやられるだけだと思うな」

「まーとにかくあのおっさんに仕返ししない事には、すっきりもしねぇしな」

「……この場で……殺す……」

 ミハイル、ラファル、藤忠、赤薔薇、将太郎、Spicaの6人が少しは薄くなった正面から真君をめざし、駆け出すのであった――




●厳しい指導は

 当初の予定と比べ、奇襲班に騎馬と騎兵が引きつけられはしなかったが、それでも手薄となった正面から6人が行く。いるのは騎馬と騎兵の小隊2つ――決して薄い壁とは言えない。

「やあ、やっぱり正面にもいたねえ。この陣形を左右から崩すのはセオリーだし、こうなる展開は予想の範疇だから、残させてもらったよ。それに左右の壁も少しばかり厚みをもたせてもらったけど、君らはどうするかな?」

「森を抜けて後ろからとも考えたんだが、少しばかり遠すぎるからな。しかも森からお前までの距離も長すぎる以上、到達前に入れ替わられたら意味もない。
 それにその程度の壁で俺達を止められると思ったら、大間違いだぜ――なあ、藤忠」

「ミハイルの言う通りだな。俺達を侮るのもいい加減にしてもらいたいものだ」

 アウルを足に溜め爆発的な加速で走るミハイルの言葉に、風神を足に纏った藤忠は頷いていた。ラファルが地を蹴り上空へと駆け上がっていくと、4体の騎馬がラファルの進路を塞ぐように飛ぶ。

「俺1人に4体とかずいぶんな評価じゃねーか、おっさんよ!」

「君の攻撃も喰らうと、じわりじわりと痛かったりするからねえ」

 空で4体の騎馬が盾を構え突進してくるのを、ラファルは手を添え足で蹴りと突進をいなす様にかわしながらも進んでいく。さらには「そっちのデカブツは重くて飛べねーってか?」などと軽口を叩くだけの余裕も見せつつ、背面にポップアップした大型のミサイルポッドから無数の特殊ミサイルを垂直発射し騎兵へとミサイルを降らせ、さらに重力を過剰適応させて重圧をかけるのだった。

 そして真君へ向けて急降下しようかと言う時、突きの構えに入ったのを見たラファルは空中でブレーキをかけ、上半身を後ろにのけ反らせる。

 ヘソをかすめるように胸の上を通過し顔スレスレを突きの斬撃が通り過ぎ、ラファルは口笛を吹いて「あっぶね」と漏らすのだが、太ももから激痛の信号が伝わってきて、見れば矢が突き刺さっていた。

(まだ来る――間に合うか?)

 まっすぐに真君へ向かうミハイルだが、その途中を騎馬が塞ぐ――が、藤忠の手から生み出された蛇の幻影が騎馬に咬みつき、わずかに怯んだところを『俺は鐘田だ!』と刃にでかでか書かれた大鎌が馬と騎士の首を一緒に刈り取り、刈り取った将太郎にめがけて突進してきた騎馬が、真横に振られた黄金の刃を持つ大鎌の一撃で綺麗に両断される。

「邪魔をさせないの」

 愛用のコンジキを手にした赤薔薇が着地するそこを、やはり騎馬が突進してくる。しかし突進するための加速が乗る前に、超高圧のアウルが馬と騎士の頭部を撃ち貫き、破裂させる。赤薔薇のコンジキで斬られた騎馬同様、一撃であった。

「……火力で……殺す」

 蒼く洗礼されたシルエットの銃を携えたSpicaが、スコープから目を離す。

 しかしこの時、ラファルへ刺突を繰り出した真君が地上に目を向け、冷艶鋸を横に構えていた。

「みんな、この一撃は耐えてくれ!」

 ミハイルが叫び、甲羅のような盾を構えるのと同時に真君は冷艶鋸を横一文字に振るう。

 飛ぶ斬撃は距離さえあればかわしやすいが、これだけ近いとかわすのが難しく、空を飛んでいるラファル以外が受けてしまう。とはいえ、ミハイルの警告があっただけに待ち構えるだけの心構えはできていて、鎌で受けたり薙刀で受けたり銃身で受けたりと、無防備な状態で受ける事だけはなかった。

 そして真君がもう一撃を振るう前に全力で走るミハイルが追いつき、甲羅模様の盾をアサルトライフルに変形させると両手で握ったそれの銃床を冷艶鋸の刃にぶつけ、地面に叩き落とす。

「俺、敵に嫌がらせしたり邪魔するのは大好きなんだ」

「そうなのかい? なら……本気の俺を邪魔できるか」

 ミハイルの目の前で真君の雰囲気が変わり、その威圧感に唾を飲み込むのだった。

「本気ってんなら願ってもない――久し振りだな、おっさん。やられた分の仕返し、させてもらうぜ」

 皮膚を硬め将太郎は全身にアウルを血のように循環させて、身体中に真っ赤な紋様を浮かび上がらせて大鎌を振りかぶった。真君がミハイルを拳で振り払い、冷艶鋸の石突で地面を突くと土砂が巻き上がる――が、将太郎はそんなものもお構いなしに横に薙いだ。

 かつては大鎌を止められた事もあるそれごと薙ぎ、真君は固めた腕で刃を受け止めるが、刃は腕の半ばまで到達し、血が溢れる。

「やはり、そろそろ俺の元に到達した者相手には、通じなくなってきているか」

「こちとら成長する事がウリの人間様なんでな。借りを倍にして返すまで、とことん付き合ってもらう、ぜ」

 柄に肩を当て、真君に刃を押し付ける将太郎と、それを押し返す真君とで拮抗し、わずかな余裕ができた。その間に仲間との間隔を空けて斬撃をかわしやすい状態にした赤薔薇が「あなたの行動は不可解。狙いは何?」と、ずっと考えていた事を直接真君に問いかける。

「――お前らは成長する事がウリなのだろう? ならもっと成長し、陛下を満足させるだけの存在になってみせるのだな」

 答える真君の背中へ術符が張られ、それを依代にした式神が真君の体に絡みつく。そして薙刀から刀に持ち替えた藤忠が距離を保ちながらも口を開いた。

「俺の方の借りなら妹分と友人達が返したから、それは十分だが――確認だ。お前は巴と戦うことになっても後悔はしないんだな?」

「それはもう、確認すべき事ではない」

 刃の食い込んだ腕を地面に振りおろし、肉を削ぎ落しながらも大鎌を受け流すと冷艶鋸で将太郎を突く。身をよじり、脇腹に冷艶鋸の刃が潜りこむが貫かれる前に将太郎は引いていた。

 将太郎が引いた陰に隠れて前に出てきたSpicaの手には蒼色の三つ又の槍があったはずだが、それはアウルで疑似再現された雷を纏う巨大な槌、ミョルニルへと姿を変え、その細腕のどこにそんな力があるのかと言わんばかりに破壊的な一撃を真君に叩きつけていた。

 冷艶鋸で受けたとはいえ衝撃と纏った雷が真君を突き抜け、その場で膝をつく。並の物理攻撃など効かない真君だが、そこをあえて力技で貫いたSpicaであった。

「強いって、聞いてたけど……動けなければ……」

 膝をついた真君だが、その体勢から冷艶鋸を右から左へと振り抜こうとするのをミハイルが再び銃床で叩きつけまともには振り抜かせない。だが地面すれすれで止めた冷艶鋸を今度は左から右へと振り抜こうとする。

(くそ、1人じゃ全部を止めきれないぜ)

 ミハイルが舌打ちすると、その前に空から落下する様に降りてきたラファルが左目に青い光を宿し、真君を睨み付けた。ラファルの闇に塗りつぶされた真君は振り抜く前にその動きを止め、またも斬撃を飛ばせない。

 にっと笑うラファルだが、動きを止めた真君は身体を反転させて腕の力ではなく体全体で冷艶鋸を後ろ――北側に向けて斬撃が飛ばしていた。

 これまで3連続セットの時は方向を変えてこなかったが、ここにきて真後ろへ。それも飛んでいく斬撃はこれまでよりも幅が広く、鋭い。まるで3回分が1つになったかのような鋭さである。

「っち、元気良すぎるぜおっちゃんよ。1回動く間に3回動くとか、ずるくねーか?」

「最初に飛ばしていたような軽い方ならばお前らが動く間に9回は振れるのだがな」

 ――これが、本気の崇寧真君であった。




(回復が追い付きませんね……!)

 攻撃の手をあきらめ、ひたすら盾と回復に専念しているRehniだが、一度にダメージを受ける人数が多すぎる上に、決して軽い怪我でもないので癒しても癒しても癒しきれない。

 さらに今飛んできた斬撃はこれまでよりも重く、かわしにくい。自己治癒で自分の傷はほとんど塞がりかけていたRehniですらも、かなり手痛い一撃だった。重体者が出ていないのは幸いで、騎馬達が短い距離のシールドチャージを繰り返し、明らかに前線を維持するのが目的の動きを見せ、攻撃手が騎兵くらいなものなのが救いなのかもしれない。

「でもこのままだと、一斉に重体者続出なんてこともあるね」

 アウルで生み出した槍を海は投げ、騎馬を貫く。そして少しでも密集している所にエイルズレトラ自身が飛びこんでトランプから手足の生えたような人形をばら撒き、小さな槍でトランプ兵たちに攻撃させる。

「もう少し効率よく減らせる事ができればいいんですがねえ」

 接近しすぎればさすがに槍を振ってくる騎馬達だが、その間を悠々と潜り抜けるエイルズレトラ。後退しながら引き寄せたそこに上空からハートの風船爆弾が降ってきて、見た目とは裏腹な爆発で騎馬達を散り散りに飛ばした。

 だが運悪くというべきか、ハートの移動先に放たれた矢がハートを射抜き、この戦闘初めてのダメージをエイルズレトラは受けていた。

「それをさせないように指揮をしているのだろうな。こちらの思惑通りにはさせてくれんか」

 2体が直線上に重なったそこへ、静矢が紫の鳳凰を飛ばし薙ぎ払っていく。もう少し巻き込みたいところだが、それでも構わず撃つしかないというのが今の戦況だった。

 1体はそれで倒れたがもう1体が残り、そこに蒼姫が蒼色の風刃でトドメの一撃を与える。

「もーう、くったくたですよぅ☆」

 そうは聞こえないのだが、そうなのだろうなと静矢が小さく笑う横から盾を構えた騎馬が突進してきた。その間に割って入る蒼姫が静かに歌うと巨大な蒼い鵺が現れ、寂しげな泣き声を発して障壁を生み出す。

 その障壁で騎馬の盾を受け止め、わずかに後ろへ後退した蒼姫の肩を静矢が片手で受け止めると、刀を振り上げ目の前の騎馬を立てごと両断する。

「あれくらいできるようになりたいな」

 突進をかわし、刀夜も試しに盾を斬ってみるが盾くらいしかきれず、結局返し刀で本体を上から下へと直接たたき斬る。

「まだ強くなるつもりか」

 騎馬を盾にしてチャージを喰らわないように立ち回っている氷雅の呆れたような言葉に、「当然だよ」と刀夜は言葉を返す。そして2人は空から降ってくる気配に散らばった。

 騎兵の爆雷のような踏みつけが地面を抉り、土砂を巻き上げる。

 巻き上がった土砂の中に征治が飛びこみ、突きだされた槍よりも鋭い突き込みでランスを突き出し溜めておいたアウルをその先端から放出する。

 その奔流に飲まれながらも征治へ向けて弩の矢が放たれたが、それが仙也のアウルが受け止めその傷を肩代わりしていた――とはいえ仙也にとって蚊に刺されたような一撃でしかなかった。

「騎馬に比べて、本当に騎兵は頑丈ですね――前よりももしかしてタフになったのかな」

 そんな気がしてならない征治であった。

 今でも後衛を維持し続ける騎兵の脚を慈がリボルバーを3回回し、「わん」と言ってから撃ち、続けて掲げた右手にもう一度銀色の雷を落とす。

 戦場に僅かな硬直が生まれ、「忘れた頃におかわりです」と慈は無数の弾丸を撃ち続ける。だがその視線は仲間達と戦う真君に向けられていた。

 後ろに退いたかと思うと冷艶鋸を縦に構えたまま前に出て将太郎の鎌を受け止めながら、空いた拳で隣の赤薔薇を打ち付けようとしたところを、赤薔薇は拳の勢いに合わせバックステップでかわしていた。

(そうやって対処できるのか)

 真君の動きや仲間の動きを見て色々な対処を学んでいく慈だが、まさか真君がこちらに向けて突きを放ってくるとは思ってもいなかった。

 針の穴を通すかのような正確さでRehniと海の間をすり抜け、慈は胸を貫かれて後ろへと転げていく。激痛に気絶したいところだったが、蒼き月から降り注ぐ雫が慈を癒し、活を入れてくれる。

「……休ませてもらいたいものですけど、おちおち気絶もさせてもらえませんか」

 慈がむくりと起き上がったその時、戦場の空気が和らいだ気がした――




「あちらもそうでしょうが、こちらも回復がなかなか追いつきませんね……」

「回復に専念しているのですけどね」

 攻撃する暇もなく常に回復を優先している巴と、オーラを纏い、前衛に立ちながらも仲間の傷を癒す明斗。明斗の脳裏には、撤退の2文字も思い浮かんでいた。

「……くそ、ぶん殴りに行けねえな」

 周囲を氷結させる玲治が苦々しく吐き捨て、八つ当たり気味に低く槍を振り回して馬の脚を引っ掛けて転ばせる。倒れて一瞬でも動けなくなったところをチルルの大剣が容赦なく2つに叩き斬り、体当たりしてきた騎馬を通常なら2人でなければ押し返せないのを腕力だけで跳ね除け、氷結晶を纏った大剣を振りおろし猛吹雪が一直線に敵を吹き飛ばす。

「もー! もっとしっかりかかってこい、このー!」

 前線を押し上げるのがチルルの役目だが、敵が引いて押し手を繰り返すのでなかなか前線を押し上げる事も出来ない。

「最初に無理してでも足止めするべきでしたね」

 陣形崩しを優先にと思っていても、突出するわけにもいかないし、真君の斬撃にも注意しないとで踏み込みきれなかった事を文歌は悔やみながらも、稲妻を大量に降らせる。範囲には2体しか巻きこめないが、これも仕方ないとわりきっていた。

 そんな文歌へ少し離れから押し寄せてくる騎馬の前に快晴が立ち、セイバーで受け止めながらも押されるその背中を、文歌が支える。そしてその場で踏み止まった快晴から凍てつく風が吹き荒れ、痺れて動けない2体を氷漬けにし、目の前の1体を氷結させながらも眠りへと誘う。

「……こちらの想定よりも相手のが上だった、だけ。次回に活かせれば、いい」

 諭す快晴の目の前で眠っていた騎馬の馬と頭が撃ち抜かれ、崩れ落ちる。

 アサルトライフルの銃口から硝煙をあげる忍がそのまま銃口を今にも突進しようとしている騎馬に向け、発砲。脚を撃ち抜き、そして影を縫い留めたと思ったその時、横から騎兵の放った矢が身体をいなすのが遅れた忍の腕に刺さる。

 矢を抜き「……ま、練習だし……」と、矢と共に言葉も捨てる。

「それでも負け戦ってのはやなものだからね」

 狙えそうなタイミングに合わせ、悠人が解放したアウルで直線上を吹き飛ばし、退避させた騎兵と騎馬が並んだところで雫は大剣を地面に走らせ、下から振り上げたそこに一瞬、三日月が見えた。

 騎馬を切り裂き、その衝撃は止まらず後方に隣接していた騎兵をも斬る。それで仕留めきれなかった騎兵が雫へとぶちかましてくるが悠人のアウルで護られた雫は押されながらも受け止め、悠人がその背中を支えてこれ以上押せないと判断すると騎兵はすぐに後退する。

「逃がさないよ」

 魔力の流れを研ぎ澄まし放たれた業火の弾は騎兵を追かけ、逃がさずに燃やし尽くした。

 少し息を切らせる雫。そろそろ回復が欲しいが、今この状況ではなかなかに贅沢な言葉だと、飲み込んでいた。

「確かに負け戦は嫌なものがありますが、あまりにも被害がひどくなるようなら……」

「組織的抵抗が可能なうちに後退しましょう」

 うっすらと思っていた事を口にする明斗。勝算がまだないとは思わないにしても、大勝はもうないと踏んでいた。何よりもこのまま続ければ、真君の次の一撃をもらっただけでも戦況が一気に傾く恐れがある。

 ――だから後退を提案する。

 しかしちょうどその時に、こちらも戦場の空気が和らぐのだった――




●勝ったとも負けたとも

(危なかった)

 真君の拳をバックステプでかわした赤薔薇が、ラファルと視線をかわす。

 頷いた2人を見て何か仕掛けるつもりかと気付いた藤忠が、がむしゃらとも言える将太郎の攻めに乗じて符を投げつけ式神でまた縛りつけようとしたが、警戒されていたのか今度は赤兎馬によって防がれた。だが藤忠としてはそれはオマケのようなもので、回りこみながら星乱を抜刀し、星形のアウルの刃を飛ばしつつ、真君の背後へと。

 Spicaは真君を動けなくしようとはしているが、まるで動けなくなるということがないのを察してか、狙撃に切り替える。

「……本当に……硬い……でも、殺す……」

 騎馬を一撃で吹き飛ばすほどの威力でも真君の体を貫く事すらできず、真君もまた、戦いにあまり影響の出なさそうな箇所で受け止めるなどして生き残るための上手さを見せつける。

 将太郎が蹴られ引き剥がされると、冷艶鋸を腰だめに構える真君。

「今日の俺は徹底して邪魔をするぞ!」

 斬撃が飛んでくる恐怖にも負けずミハイルが飛び出し、本日最後となるGunBashでアサルトライフルを両手に構え、冷艶鋸を叩きつける。

(俺1人では邪魔しきれんか……!)

 もう使えないことはおくびにも出しはしないが、これから先、自分含め、仲間が危険にさらされるのが目に見えていた。

 次が振るわれる前に、後ろへ回り込んだ藤忠が手から蛇を放ち咬みつかせわずかでも意識をこちらに向けさせたそのタイミングで、精神を集中し魔力を高めバズーカ並の大口径となったアハト・アハトを構えたラファルが発射すると同時に、反対側からコンジキに電気を宿した赤薔薇が突撃していた。

 そしてタイミングを合わせたわけではなく、嬉々としてただ突っ込んでいった将太郎もほぼ同時であった。

 3人の動きが見えていたのか、真君は冷静に強く輝く冷艶鋸を地面に突き立てラファルの放った弾頭を受け止め、懐の符で赤兎馬を呼び出し赤薔薇のコンジキに仕込まれたスタンエッジを防ぐ。

 正面からくる将太郎の鎌はあえて踏み込み肩で受け止め、将太郎の鳩尾に肘を突き立てていた。

(なんで俺の攻撃は赤兎馬で防がなかったんだ?)

 そんな疑問を抱くラファル。3人の攻撃を防いだところで冷艶鋸を手に取り、再び腰だめに――

「勉強しすぎると体に悪いんだ。休憩入れてくれないか」

 参ったと言わんばかりに両手を上げるミハイル――まだ戦闘は続けられるだろうが、旗色の悪さを感じ取っていた故の提案だった。

 冗談にも聞こえる様な言いぐさだが、真君にはその意図が十分感じ取れたのか、冷艶鋸を腰に溜めたまま、振り抜こうとしない。動きを止めた真君へSpicaが狙いを定めたのだが、撃つより早く、刺突の斬撃がSpicaの手を貫いていた。

「……ツ」

 手を押さえるSpicaへ、構えを解き髭を弄り始める真君が「狙われない位置取りも大事なものだよ」と笑う。緊張がほどけ、戦場の空気が一気に和んでいくのが誰もが感じ取れた。

「得手不得手があるんだから、ちゃんと個人の役割を決めてお互いに頼りあってこその君らじゃないかな? 何でもこなしたがる君らには不本意かもしれないけど、あっちの彼みたいに盾役の後ろにずっといるってのは正しい選択だと思うけどねえ」

 Rehniと海の後ろにいる起き上がった慈を指さし、そのまま手を掲げると、生き残った騎馬と騎兵達がたとえ槍を振り上げていたり刀で切られたというタイミングであっても駆け足で真君の元へ集結していく。

「個人個人の強さを互いに生かしあって、高みを目指すんだね――それとおっさんを殺したければ、1人や2人じゃなく、もっとまとまって短期決戦を心掛けないと、そうそう簡単に殺せないし、今日みたいに被害も広がる一方だよ。中央突破が正しいとも思わないけどさ」

 騎馬の赤兎馬に跨る真君に「待って」と赤薔薇が呼び止めた。

「……本当に、あなたは何がしたいの?」

「さて、なんだろうねえ――君らは人界を守るんだろう? だからなのか、ね」

 真君はどこか遠くを見たかと思えばじっと見続けている巴と目を合わせ、ほんのわずかな間、2人は何かを語り合うように目を逸らさなかった。

 そして巴の唇が真さんと動き、唇を噛みしめる。今にも泣きそうな子供のような顔をしている巴だが、決して泣きはしない。それが覚悟だと言わんばかりに。

 視線を外し、真君が「それじゃ2層で待ってるからね――次が殺し合いの本番だよ」と言って騎兵で周囲を固めつつも去っていく。

「お前は俺と妹分の友人の父親でもある――相応しい戦場で倒してやる」

「誰の父親であろうと殺し合い大いに結構。俺たちは生きるために戦うさ。本番が楽しみだ」

 去っていく真君のその背中に藤忠とミハイルが伝えると、父親と言う部分に触れず、「おっさんもだよ」と手を振るのであった――




(うーん派手にやって目立つも敵によりけり、か。今回俺はあんまり痛くなかったけど、全員の状態を見ればあまりね)

 思うように活躍できなかったかなと仙也は肩をすくめ、誰に何も言わず帰っていく。

「結局、情報も聞けずじまいか……」

「ヒョウ君、戦いながらそんな事考えてたのかい?」

 刀夜に顔を覗き込まれ、氷雅は「ああ」と短く答える。

「そんな残念無念なヒョウ君には飴ちゃんをあげよう」

「だから――いや、貰おうか」

 珍しいと思いつつ、飴を渡す刀夜の腕を氷雅がしっかりと掴む。

「さて刀夜、地獄の書類整理が待っているから帰ろうか」

 流れるような動作で逃げ出そうとする刀夜だが逃げることは叶わず、歩き出す氷雅に連行されていくのであった。

 巴は目を閉じ胸を抱いて、真君の方をいつまでも向いたままでいて、その背中に感謝と無念さがにじみ出ていると察した玲治は声もかけず、また肩に手を置く事もせず、巴の気が済むまでずっと後ろで立っていたのだった。

 大規模に比べれば短い時間のはずだが、とても濃密で、怪我をした人数も多い。元気印の蒼姫も、「やっと終わりですねぇ」とへたり込んでいた。

 すると静矢が、「いや」と一言。

(とっておきを見せてやれなくて残念だが、どのみち私1人では壊せるかわからんか……)

 へたり込んだ蒼姫に手を差し出し、静矢が微笑む。

「最後の始まりだ――平和を取り戻す、最後のな」




【三界】おっさんの願い3  終







 胡坐をかいて真君の後をずっと目で追いかけていた、将太郎。少しは借りを返せたが、まだまだ借りの方がでっかい。

「……またどこかで会えるだろ。そん時に倒す!」

 そう叫んで、誓うのであった――……


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:18人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
新たなるエリュシオンへ・
咲村 氷雅(jb0731)

卒業 男 ナイトウォーカー
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師
戦場の紅鬼・
鬼塚 刀夜(jc2355)

卒業 女 阿修羅