●最後の出撃
頭部に一本角の紅いモノアイがあり、徹底した軽量化で神速を目指した【エクリプス・オラトリオタングラム(エクリプスOT)】を皇 夜空(
ja7624)――いや、この地ではナイトヘーレか――が見上げていた。
「最後、か――」
鼻で笑い、乗り込むナイトヘーレ。その目が見据えるのは人類の未来、などではない。ただ己の走る先、だけである。そこに何が見えるのか――それを見定めるために、出撃するのだ。
コックピットで左右10個のリングに指を通すと、エクリプスOTのモノアイが紅く光る。
「ナイトヘーレだ、エクリプス、でるぞ」
「行ったか」
ユニコーンをモチーフとして、中世の騎士を彷彿させる蒼い機体【クロムナイツ・コバルトインペリアル(クロムナイツCI)】のコックピットで、ファング・CEフィールド(
ja7828)特務大佐がエクリプスOTの軌跡を目で追っていた。
いよいよクライマックス、いよいよ大詰め。舞台に立った全ての者がツケを払う時が来た――万雷の拍手にも似た轟音と共に、眩しすぎるカーテンコールを受けるのは誰なのか。
それが自分達になるかすら、わからない。
願おうとも、真実はいつも残酷だ。それは認めがたくもあるのだが、真実はいつも残酷だ。それは、誰の眼にも――残酷なほどに平等なのだ。
ただそれでも自分達の都合のいい真実を掴みとるために、ファングは行く。
「ファング・クロスエッジフィールド、クロムナイツ、出るぞ!!」
球状のコントロールスティックに指を乗せ、クロムナイツICも虚空へと飛び立っていった。
「やはり生きていたか。今度こそ……」
紫紺で放熱板が機体肩部に飛び出しておりシルエットが翼を広げた鳥の様に見えるのが特徴の【鳳凰】で、鳳 静矢(
ja3856)少尉はモニターに映ったYDの反応を睨み続けていた。
クールに見えるが、実際、彼が外見通りなのかは誰にもわからない。古くからいる初期世代のパイロットにも拘らず、これまで所属した部隊はことごとく全滅し彼だけが生き残り続けたので、彼の人となりを知る者はほとんどいなかった。腕は立つが壊滅の要因が彼なのではとか、内通者なのではなのではなどと陰で言われた事もあったが、それがちっぽけな事だと思えるほどに彼の活躍は大きく、だからこそ今、この大事な局面にいるわけである。
そんな彼がYDを「ここで倒さねばならない敵」とはっきり確信していた。
「鳳 静矢、鳳凰、出る」
巨大な太刀を携え、黒い空に紫の軌跡を描くのであった。
「殲滅神父様に死神さん、鳳さんまで……豪華な顔ぶれですね。サインもらい損ねたな――なんて」
薄く笑う間下 慈(
jb2391)准尉(自称)だが、彼自身もまた『名無しの狂戦士』と都市伝説的に語られている、最古参の大物の1人、と言えなくもない。名簿にさえ残っていない一般兵なのでそれが確かなのかはわからないが、若かりし頃に若かりしブライとも戦った事があった(かもしれない)というほど歴戦のパイロットらしかった。
「老兵はそろそろ退場しませんとね……頼むぜ相ぼ…相棒? なんか、変わりましたね」
見上げる自分の愛機に首をかしげるが、小さい事かと気にせず乗りこむ慈の愛機【OB】だが、その姿はこれまでの量産機と言う姿から、立体映像のように輪郭が朧気で武器以外はハッキリ見えない無貌の機体となっていた。触れはするので実態は確かにあるのだが、どうして今更ながらに本来の姿を現したのかは謎である。ただどのような性能を持っているのかはかなり短い時間しかない中、マードックを含めたメカニック達が分析した賜物であった。
そしてそんな旧式OB、実は宇宙戦争初期に作られた製作者も動機も不明なロストテクノロジーのカタマリである【オリジン・ブレイカー】なのだが、慈にとってはやはりただの旧式OBであった。
「えっと、OBで間下がいまで間下、なんてね」
緊張感のない慈が告げ、宇宙空間へ溶け込むようにおぼろげなOBは出撃する。
「とうとう最後になりますかね。これ終わったら南の島でバカンスですか……新型機待ちですかね」
メーカーから送られ、結局ワンオフのまま制式仕様になってしまった仁良井 叶伊(
ja0618)――ここでは坂井 隼と名乗っている――の愛機【ゼノン・ファルケ】で隼はポツリと漏らす。
こんな場面でこんな所にいるが、彼はあくまで民間のテストパイロットであった。一時は軍に所属していた事もあるが、上官を殴って軍を辞め、現在に至る。
この戦いから生還したら1ヶ月の有給休暇が待っていて、その間に次なる新型機ができてくるかもしれない。ただそれはきっと性能向上を目的とした機体ではなく、コストを抑えたマイナーチェンジモデルなど、元エースとしてはかなりぬるい生活が待っている。
とはいえ、今回無事に生還できるかはよくわからなかった。
敵が強いとかそう言う面よりも、今回は地球近郊では危険すぎてテストできない相転移エンジンを搭載しているため、機体に殺される可能性だって大いにありうる。
(だから生還したらのボーナスなんでしょうね)
それでもやり遂げてくれるだろうという、メーカーの信頼の証なのだろうと自分に言い聞かせ、「空間歪曲係数・ノイズ、共にグリーン。ゼノン・ファルケでます」と、静か宇宙へと飛び立つ。
「最後、ですか……戦争が終わったら私はどうすれば……」
自分の存在意義が戦争ありきだとわかっている雫(
ja1894)は、前回の戦闘で失った機体の代りに同系機【ノルン】を急遽改装した【ヨルムンガンド】の中で膝を抱えていた。
これしか知らない自分にとって、これが必要のない世界で生きる自分の想像がつかない。いっそ、という想いすらあるのだが、それをしてはいけないという想いも同時に沸き立ち、板挟みである。
やがて出撃のランプが点灯し、雫は抱えていた膝を崩し、操縦桿を握る。
「ヨルムンガンド、雫――出撃します」
「終わったら、ですか……傭兵業を辞めて孤児院へ――なんて、結果的に人殺しになってしまった私が帰られるはずもありませんね」
ヨルムンガンドの出撃を見送った傭兵企業在籍の龍仙 樹(
jb0212)中尉は、軍と所属する企業にかけあい、自身の戦闘スタイルに合った機体への調整・改修された【ナイト・オブ・フェアリーテイル(KOF)】の中で操縦桿を握ったまま、今後を考えながらも静かに出撃の時を待った。
戦争が終わるのはむしろ好戦的ではない彼にとって望む所だが、出身の孤児院への仕送りを絶やさないために続けている傭兵業が縮小されても困ってしまう。こんな自分ではリストラ対象だろうと思い込んでいた――企業内ではエースのうちに数えられているとは知らずに。
緑色で鎧を纏った中世の騎士を模したフォルムのKOFが特殊装置を備えたソードランサーを手に、宇宙空間を見据えた。
「龍仙 樹、ナイト・オブ・フェアリーテイルで出撃します」
これで全員出撃したか――なんて思っていたが、まだ2機、格納庫に残っていた。
「おや、もう皆さん行ってしまったのですねえ……まあすぐ追いつきますが」
リンゴをかじり、パイロットスーツも着ずにぶらりと歩くエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。見かけこそ10歳になるかならないかの少年ではあるが、もう20年以上傭兵として活動している、慈以上に正体不明の傭兵である。天魔軍にすら手を貸した事もあり、無節操極まりない彼は新作ゲームが出るというだけで人類側にひょっこり戻ってくるほど、自由奔放であった。つい最近までゲーム廃人だったのだが、再び戦場に戻ってきたのはきっと、気まぐれだろう。
もっとほぼ毎回、機体はそのピーキーすぎる仕様により自壊するなどして機体の生還率は0に等しい――が、本人の生存率は100%なだけに、その存在からしてもはや不思議かもしれない。
「今回ばかりは大人しく? いやだよ! 僕は、キサ・カマーはカマー家の名に恥じないように、みんなを守ってみんな無事に帰るんだよ!」
格納庫の片隅で揉めているなとエイルズレトラがそちらの方へと顔を向けると、キサ・カマー少将――私市 琥珀(
jb5268)――が付き人達に腕を掴まれていた。
(確か親の七光りで軍に入って少将にまで就いた方でしたか?)
戦場で見た覚えはないが、エイルズレトラの行く戦場はどれも異常なほど危険地域なので、見た覚えがなくても仕方がない。エイルズレトラだけでなく、多くの者がそんな認識でいるかもしれないが、キサ・カマーこときさカマは何もしなくても昇進できたにも拘らず、操縦訓練や座学を数多くこなし、少佐以上になってからは無理を言って戦場にも出るほどに、立場に見合った努力をしてきた。
とはいえそれでも危険地域に出してもらえていたわけでもないし、何かあっては困ると前線にも出してもらえず、後方支援ばかりが上達していく自分に歯がゆさを感じていたきさカマは、この戦いこそが自分を変える最後のチャンスなんだと息巻いていた。
だが付き人達は逃げましょうを繰り返すばかりで、放そうとしない。きさカマの愛機【イージス・まんてぃす】はすぐそこだというのに。
そんなきさカマと付き人の間にトランプが落ちてきたかと思うと、シャボン玉のように弾け、溢れんばかりのトランプが付き人達を押し流す。
何が起こったか理解できないきさカマの背中をエイルズレトラが叩き、「今のうちですよ」と走ってマジシャンを思わせる白と黒のツートンカラーに塗装された機体【マジシャンBB】にひらりと乗り込み、必要なはずだが余計な装甲をその場で脱ぎ捨て、宇宙空間へふわりと飛んでいく。
「ありがとうなんだよ……! キサ・カマー少将、イージスまんてぃすで今から出るんだよ!」
シールド2枚を鎌に見立てて持ったカマキリそのものの機体が、黒点に向かって飛び立つのであった――
●次元の歪みと宇宙の狭間で
ステラがマントをはためかせ、宇宙を飛ぶマジシャンBBを発見した時にはすでに目の前にいて、単分子サムライブレード「バターナイフ」を首の隙間から下に向けて突き刺していた。
「最新鋭の量産機なんでしょうが、腕は二流ですねえ」
頭部のシルクハットから独立型戦闘用子機「ハート」が飛び出し、ピンポイントでパイロットが貫かれたステラに体当たりして、バターナイフを抜く。わずかな期間でも天魔軍に加担していただけあり、内部構造の把握が誰よりもできているだけにやれた芸当である。
この脳波で操作するハートにしても、天魔から盗んだモノである。そもそもマジシャンBBのBBはブラックボックスの事であり、この機体の各所には面白半分で仕込まれている。もはや本人ですらわけの分からない機体なのだ。
いきなり仲間を殺され、ステラが続々と集まってくるが、そんな事はエイルズレトラには関係ない。ただちょっと追いつかれるか追いつかれないかと言う速度で逃げ出すだけである。
逃げながらも他のステラにちょっかいをかけ、どんどん膨れ上がる敵数。それ全ての攻撃が自分を狙ってくるのだが、わざわざすれすれでかわし、追い掛け回されるのを楽しんでいた。本人に自覚は無いだろうが、囮としての役目は十分である。
そして戦場の片隅でカサコソとまさしくカマキリの如き動きを見せるイージス・まんてぃすが、触角型アンテナで敵の位置を探る。
「探知と修理は僕に任せて!」
望んで決戦の場には出たが、これまで後方支援をし続けていた自分に最前線で戦えるだけの技量がないことはわかっているだけに、出たいという意思はあっても無理はせず、自分の仕事に徹する。
この位置からでも見える最前線ではエクリプスOTやクロムナイツCI、それにKOFがきさカマの目では負えないような動きで戦っているし、鳳凰やヨルムンガンドは経験によるわずかな動作での回避と圧倒的な攻撃力で戦っている。
OBに関しては突撃を繰り返す粗暴な戦い方なのに何故、攻撃がかわせるのかきさカマには理解できないし、マジシャンBBの敵陣を闇雲に飛行し、もはやわけのわからない動きで全ての攻撃をかわしている様子に、改めて自分の凡人ぶりを理解してしまう。
(悔しいけど、僕は天才でもないし、長い経験を積んだ猛者でもないんだよ……!)
「でも自分にできる事をするのが、僕の戦いなんだよ!」
そんなイージス・まんてぃすが一番狙いやすいというのが敵にもわかったのか、押し寄せてきたステラがソードの一撃を振るう。だが凡人とはいえ、努力に努力を続けてきたきさカマも十分、この場で戦えるだけの力量があったのだ。
自然と操縦桿を動かし、両手に装備した鉄壁の鎌盾「カマシールド」を交差してソードを受け止める。
「カマキリのカマは伊達じゃないんだよ! まんてぃすフィーバー♪」
即座に小型のカマキリ型ミサイル群「まんてぃすフィーバー」を目の前のステラへ集中砲火し離脱を図るのだが、いかんせん防御力が高い分、とにかく火力が低い。それががイージス・まんてぃすである。カマキリなら攻撃力が高く防御力が低そうなものだが、とにかくそうなのだ。
爆煙が晴れていくと、やはりそこには被弾したけれどもそこまでのダメージでもないステラがいる。
そしてさらに集まりつつあるステラによって、まだ多少の距離はあれども囲まれてしまった――が、きさカマは不敵に笑い、イージス・まんてぃすはカマシールドを前に突き出すとまんてぃすどらいぶが唸りをあげ、フィールドを展開してカマキリの羽を広げつつもシャカシャカと突進していく!
「カマァ!」
ステラがイージス・まんてぃすに集中砲火を食らわせるのだが、まんてぃすどらいぶのフィールドはそんな事では砕けない。ステラを吹っ飛ばし、包囲網から逃れたその直後、殺人的な速度で包囲網へ自ら飛び込み1機のステラを穿ち、あっという間に連れ去っていくエクリプスOT。
「遅い遅い遅い! 貴様らぬる過ぎる! 老いも若きも全て飲み込め、エクリプス!」
背面の翼のような推力偏向スラスターが羽ばたき、さらにもう1機のステラを穿つ。その状態から一瞬の急停止を挟み前方に一回転し、引き抜くと同時に羽ばたかせ再加速して慣性で流されている2機のステラを追い抜く――と、エクリプスOTのいたところには大きなミサイルが浮遊、いや、高速で移動している機体の前に浮いているのだから高速で飛来しているのだろう。それが回転し、有線式ミサイル30機が散布される。それこそがエクリプスOT唯一の兵装「パッケージミサイルコンテナユニット」であった。
目の前のステラ2機を飲み込み、あぶれたミサイルはナイトヘーレの脳波誘導によりイージス・まんてぃすを追いかけようとしたステラの背後を強襲する。
わずかに回避行動を試みたようだが、その程度の反応でナイトヘーレの反応にかなうはずもなく、爆炎に包まれるのであった。
そして爆炎の中に一筋の閃光が突き抜けたかと思うと、陽電子が膨張し、高圧力の荷電粒子は爆炎の中にいたステラのコックピットを貫き、胴体を2つに分断していた。そこに漏斗状のビット「エナジーファンネル」が数基飛び交い、分断された胴体を完膚なきまでに撃ち続けていた。
「機体性能に驕りすぎだ。その程度の腕で俺を、俺達を墜とす事など、できん!」
はるか遠くで陽電子を発射する荷電粒子砲に機構を変更した「ポジトロンライフル(ボウワ社とノーフォーク社共同開発)」を携えたクロムナイツCIの中、ファングは咆えていた。
ポジトロンライフルが高圧力のエネルギーを撃ち、敵を穿ち討つ。今までの様に、戦い続ける――それが、彼に許された事だからだ。戦い、闘い、撃ち、討ち、撃ち尽くす――生き残るために。
鴨撃ちされているのが気に入らないステラが複数、クロムナイツCIに向かって行こうとすると、そこにおぼろげな影が。
「皆さんに合わせます、存分にどうぞ」
援護する様な事を言いつつも、無理やり溶接されて歪な作りをした銃剣を正面に構え、ステラの真正面から突進するOB。だが工夫もなく突進してくるOBへタイミングを合わせ、ステラはソードを振り下ろすという瞬間、OBの姿はかき消え、ソードを振り下ろす前に懐へと潜りこんで、銃剣を突き刺していた。
そして捻じりこみ、確実にコックピットを捻りつぶしてから引き抜いて何度か撃ちこみ、火花が散り始めた頃に離脱――ステラが爆散する。
離脱したOBを狙いステラのビット「インプ」が不規則な動きで周辺を飛び交い、ビームを撃ってくるのだが、OBが幽鬼の如くゆらりと揺らめき、ビームは幻を突っ切るかのように抵抗なく突き抜けていた。
そして銃剣を3回回して慈が「わん」と呟くと、攻撃を仕掛けてきたステラが射程外にも拘わらずOBは狙いを定め、引き金を引く。伸びるエネルギーはなぜか射程を越えステラを揺らし、紫の鳳凰が割り込んだかと思うと一瞬にして四肢を斬り落とし、動けなくなったところを瞬間的に移動してきたOBの銃剣が貫くのであった。
「相棒がこうなっても、戦い方はやはり相変わらずです」
「己の身体に染みついたものはそうそう変わらんさ――さて、行かせてもらおうか」
かき乱された戦場は大きく左右に分かれ、遥か彼方へ続く一本の道ができあがっていて、その先から強い威圧感を感じる。その隣にKOFが並んだ。
「行きますか。彼を倒さない事には平和が訪れませんしね」
「そういうことだ――行くぞ!」
鳳凰は太刀を携え、そしてKOFは緑色の粒子を戦場全域に届かんばかりに撒き散らしながらソードランサーを構え、この先にいるであろうYDへ一直線に向かっていく。
「邪魔立てするなら退けます!」
大きく左右に分かれた戦場だが、その進軍に気づいたステラが左右から集まりつつある。飛来してくるインプがビームを出す前に鳳凰の機銃が牽制し、一瞬動きが止まったそこにKOFが強化手甲で打ち砕き、そのKOFへ肉薄しようとしたステラを鳳凰が一刀で両断する。
鳳凰の背後へ回り込んできたステラにはKOFが猛然と突進して緑に輝きを増したソードランサーで貫き、爆発する前に体当たりで引き抜いて先を急ぐ。
「私達の後ろには皆の命運がかかっています……負けられません!」
「人類の重み、侮るな!」
2機の下から回り込もうとしたステラが突如現れたライフルの弾丸に反応する間もなく撃ち抜かれ、爆散する。
「露払いは任せてもらいましょうか。お2人は前だけをお願いします」
隼が2人へと通信を送り、白地にライトブルーを基調とした配色で、直線主体のシャープなシルエットに翼状のライフル「アル・ウーファーD(試作相転移ライフル)」に挟まれる形の皿形の相転移エンジンを背負うゼノン・ファルケが、両腕を脚部に収納し両足を折りたたみ、隼のようなスタイルで後方から2機を追いかける。もう昔のようにスラスターから炎もプラズマもなく、ただベクトル操作だけで宇宙を駆けるゼノン・ファルケ。
またちょっかいをかけようとするステラに反応し、隼はそのステラに照準を定める。
「計算は任せましたよ、ゼノンAI」
アル・ウーファーが弾を発射――その瞬間、弾は消え去り、目標物の目の前に現れて着弾。そして着弾した時にはハチドリを思わせる機動式ビームガン「ツイータ・バーズ」が確実なトドメをステラにプレゼントしていた。
ゼノン・ファルケへ下から強襲しようとしたステラがいたのだが、その速度差に置いて行かれ、目標を失ってうろついているとその腹部に剣先がはえていた。
背後には誰もいないはずだが、銃剣だけがステラの腹部を貫き、そして抉られる。
「戦場でわずかでも迷っていると、こわーい人がやってくるんですよ――もうこと切れて間下ってね」
ステラの後ろからおぼろげな姿がチラリと見えるのだが、またその姿は宇宙空間と同化して、完全に見えなくなるのであった。
そしてとうとう、YDを2機が捉えた。
「「様を倒さねばこの戦争は終わらんな……勝負!」
「ワシに勝つ気でいるか、小童どもめ!」
バスターライフルソードを振り下ろすが、緑色のオーラで形成された龍が張り付く手甲で重く激しい一撃を受け、いなす。
「この騎士の護りをそう簡単に崩せるとは思わない事です!」
KOFが一撃をいなしたその隙に、静矢は呼吸を整えていた。一瞬の勝負に全てをかけるため。
一撃をいなしても、もう一撃が残っている。だが振り下ろす腕に銃剣を突き刺して、その腕を振り下ろさせないOB。
「お久しぶりです――本気で行こう」
おぼろげなOBがうっすらと輝き、銃剣を引き抜いてKOFにいなされた方のソードを銃剣で上に弾く。
「貴様、その動きに覚えがあるが、まだおったか!」
「ええ。ご老体が鞭打ってまだいますよ」
2度目の斬撃も弾き、撃ちながらもOBは後退する。
だがその間にもステラが集まろうとしてくる――がそこに多数のビットと、大型の特殊ビット、さらには三日月状の実弾兵器がステラを切り刻んでいく。
「弱い方々の横槍は、ご遠慮願います」
追いついたヨルムンガンドで雫が冷ややかに、雑魚を威圧する。そしてヨルムンガンドの限定能力が解放され、周囲一帯に重力場が形成される。
「今この場で、確実に息の根を止めます」
空間がひしゃげ、光をも飲み込む逆十字の重力場がYDを貫く。だがそれだけの重力場にも拘らず装甲がわずかにひしゃげるだけであった。
「その程度で破壊できると思うたか、小娘!」
「思っていません。ですが機動力は殺させていただきました」
雫の言葉の意味――それは特殊ビットの体当たりを受け止めようとしたYDの挙動が明らかに遅く、直撃していた。重力場がYDに張り付き、その挙動に制限をかけていたのだった。
KOFのソードランサーが極限まで輝き、樹は自分の命が削れる感覚を覚えながら、それでもアウルを流し続ける。その背後には騎士の幻影が見えるようだった。
「もう終わりにしましょう!」
「終わるのは貴様らだ!」
ソードランサーの一撃よりも早いYDの振り下ろしも、OBが横から突いて軌道を逸らす。
「若い命は散らし、ませ……ん……くっ」
頭を振る慈だが、その意識が薄れ、振り払われたOBは抵抗なく空間に放りだされた。
だが十分な隙をもらったKOFはソードランサーを腹部に突き刺す――が、貫ききれない。そして抜く事も出来ず、KOFはソードランサーから手を離しYDの一撃をかわして離脱する。
武器から手を離したKOFを追い、一撃のもとに屠ろうと振りかぶるYDの視界を、通りがかっただけのマジシャンBBが一瞬塞いだ。
「おっと失礼」
エイルズレトラの気まぐれで作った一瞬の隙にKOFは離れ、そしてとうとう、静矢が動き出す。
鳳凰の全身から紫のアウルが吹き出して過剰な熱量を肩部放熱板から熱風と共に放出し、放熱板周囲の塗装が徐々に剥げ吹き飛ばしていく。その様がまるで紫の羽を広げているようなそれは、鳳凰の最大にして最高のフェニックスモードであった。
「此処から消え去れ!」
明暗の紫炎に包まれた太刀を下段に構え、YDへ一直線に跳ぶ、鳳凰。
愚直に来る鳳凰へと性懲りもなく力押しで返す気で振りかぶったYDの腕が、消えた。正確には超高速で飛来してきた何かに貫かれたのだ。
「貴様の動作など、止まっているに等しい!」
「人類を舐めすぎだ」
エクリプスOTが貫いた腕をクロムナイツCIが撃ちぬき、再生もできぬよう、砕く。
だがもう一本があると、今度は貫かれるのを警戒してか大振りではなく突きを鳳凰に向けて放つ。
「アル・ウーファー、フルチャージ――溜めに溜めたこの一撃に、当たる未来しかありませんよ!」
周囲の空間を歪ませたゼノン・ファルケで隼が叫ぶと、空間転移された弾は鳳凰すらも飛び越え、YDの突きだされた腕を正面から貫いていく。
そして静矢が咆えた。
「おおおおお!」
全ての気力をこめた一撃を、上へと振り抜いた。
刺さりっぱなしだったソードランサーがふたつに分かれ、そしてYDの股下から左肩にかけて紫の炎が道を作っていた。そして左半身が爆発し、右半身が空間を泳ぐ――その半身がピクリと動いた。
「――まだだ、まだワシは――!!」
「だと思いましたよ」
何もない空間から声がして、動き出そうとした右半身を銃剣で縫い止め高速でゲートの外へ向かっていく。
「貴様、気を失っていたのでは!」
「ああ、あれは――」
光学迷彩を解き、そしておぼろげな姿を現したOBで慈は言う。
「嘘ですよ」
そして最大加速からさらに加速をかけ、機体がもたないのを承知でもっと、もっと加速を。
ゲートから飛び出し、ブライの乗っているYDの半身を、壱番艦に縫い止めた。
「きっかり1秒前、です。老兵は、去るときですよ」
それが慈の最後の言葉。
壱番艦のカウントは0となり、惑星1個を破壊しかねないほどの爆発を見せるのであった。
「空間が閉じちゃうんだよ! みんな早く!」
きさカマが異空間の外でステラを押しこみながら、全員に通信を送る。
鳳凰、KOF、ヨルムンガンドと次々に出るのだが、エクリプスOTとクロムナイツCI、それにマジシャンBBは交戦を止めようともしない。ゼノン・ファルケだけは何かあるのか、交戦はしていないがその場から動かないでいた。
「ここで燃え尽きるが、己の定めだ!」
「今ここで、俺は俺のツケを払う」
「――ああ、閉じたら帰れなくなるんですか。まあそれだけですね」
そしてきさカマの目の前で、異空間の入り口は閉じるのであった。
「みんなー!!」
叫んだ直後、ゼノン・ファルケだけが空間からその姿を現す。
「……最後まで呼びかけましたが、彼らの居場所はきっともう、あそこだけなんですね」
空間転移で閉じても脱出できるからこそ最後まで残ったのだが、あの場では誰も帰る事を望んでいなかった。救いなのは誰1人とて、死ぬつもりが感じられない事だろうか。
「感傷に浸りつつめでたく終了、とはならないようですよ」
雫の通信が何を意味するか――それはこの場の誰もが目で見て理解した。
あれだけの爆発でも塵とならず、砕けるだけだったゲートの一番巨大な破片が、太陽ではない方向へと進みだしたのである。各機のAIはその角度が最悪な事に地球への軌道である事をパイロットに告げていた。
「最後の大仕事……いきます!」
「みんなを絶対に守るんだよぉ! カマァァ!」
「こういう粉砕には不向きなんですがね……!」
「ここまできてこんな物を落とさせるか! 今度こそ皆で生きて帰る…そう決めたのだからな!」
武器を失ったKOFが拳を緑と白に輝かせ、わずかでも砕きに行く。
イージス・まんてぃすがまんてぃすどらいぶをフルドライブさせ、フィールドで形成された巨大なカマキリとなって破片へぶつかっていく。
アル・ウーファーが限界だとAIが訴えてきても、ゼノン・ファルケは手を休める事なく撃ち続ける。
再び紫の鳳凰となり、紫炎をまき散らせながらも鳳凰が破片へと突貫していく。
それで止める事が出来るはずがないと誰もが理解しているはずだが、それでも誰も絶望などしない。諦める者など、誰1人いなかった。
しかしそれも無駄なのかと思わされるだけの時間が通過した頃、雫が「皆さん、引いてください」と静かに告げる。
「強制、リンク……完了。肉体への反動……大……」
ヨルムンガンドの中で雫が鼻と目を拭うと、手に血液がべっとりと。だがその甲斐もあって、ヨルムンガンドの後方に集結していくのはかつて自分が自爆させた機体だったり、宇宙空間に漂っていた人類機の残骸だったり、これまでに倒してきた敵機の残骸だった。
それが巨大な破片とほとんど同サイズにまで育っていた。
「……あの子を護るのは、私です」
意識が朦朧とした雫はなにかを叫び、それに応えた残骸でできた巨大ビットが巨大破片とぶつかり合い、お互いに破壊しながらも太陽へと向かっていくのであった――
●そして
(さて、あれから数年経ちましたが、アウルは一向に回復しませんね……)
雫は自分の手を見る。
あの時の代償として力はすべて失った。正真正銘、自分は壊れた部品となってしまったのだ。
「壊れた部品は交換される……でも、あの子には代わりになって欲しく無いですね」
だから代わりを必要としなくなったこの世界は、自分には居心地が悪くもあるけど、これでいいのだと納得できた。
当面の生活費は「ボクに任せるんだよ!」とキサ・カマー少将――いや、中将が出してくれている。各自、帰るべき所に帰ってもうバラバラであるが、たまに通信したりもする。
平和な世界を歩く、雫。道端で奇術を披露するカボチャ頭の人、凄い威圧感を感じさせる黒髪の神父の後姿、緑の髪の女性と仲睦まじくしている赤い髪の男性。
そうだ、世界は平和になったのだ。いつまで続くかわからないが、それでも今この時は確かに、平和なのだ。
「――それが一番なんですよね」
【AP】煉獄艦エリュシオン宇終 完