●待ち望んだこの戦い
シェインエルが飛ぶ直前、水無瀬 文歌(
jb7507)がセンスを研ぎ澄ませ、シェインエルを含めた仲間の攻撃センスを高めた。
「プロデュースも得意なんですよ♪ 決着をつけましょうっ」
「のぞむところよぉぉぉ! 貴様等相手には吾輩も本気で挑まねばなぁぁぁ!」」
アーカイザーが黒炎に包まれ、その身に甲冑をまとったアーカイザーRへと変身するのだった。
(判断が早いな――ここで決着をつけるッ)
波風 悠人(
ja3452)がアーカイザーRではなく、少し飛びすぎたシェインエルに目を向けると、シェインエルが空中でこちらに手をかざしていた。
アトラクションの声に合わせ悠人も跳躍し、Rまでの道中に罠がないか警戒していた悠人は低く飛ぶように、一気に距離を詰めた。
「今日こそは貴様の眼鏡、砕いてくれるぅぅぅ!」
「やれるものならッ」
飛び込んできた悠人へRはその両手に黒い炎をまとうと、「かいざぁぁぁ――!」といきなりの大技をしかけてくる。
「それはもう耐えた、本気の姿で来い!」
(それだけ俺を評価してくれてるとすれば、嬉しいね!)
指サックから伸びる極細の糸で盾状のものを作り出し、青い半透明のアウルが包み込む。
そして堤防側からか細く、「簡単に……打たせない……」と波風 威鈴(
ja8371)の声がしたかと思うとRの目の前を矢が通過し、踏み込みに一瞬の躊躇、それから「ふぇにぃぃぃっくす!」と黒い炎が悠人に襲いかかってくる。
青いアウルが黒い炎とせめぎ合い、漏れ出た黒炎が悠人の体を焦がす。
「くっ……けど、俺だけじゃないぞ」
その言葉通り、両手をつきだしたRの背中を肩と背中で押し込むようにシェインエルが突き飛ばし、「……ここで全て終わらせよう、か!」と水無瀬 快晴(
jb0745)がぎりぎりの位置から放り投げた火球が派手に火花をまき散らす。
その火花に飛び込んでいく文歌――火花を突き抜けてくる黒い拳にくるりと反転して、その腕に沿ってくるくるとダンスの要領で体を回しながらも遡っていく。
「これがアイドル格闘術です!」
口に指を当て投げつけるように離すと同時に、口に溜めた霧状のアウルを吹きかける。Rの黒い体がカラフルに染まり、その拳にあった黒い炎がくすぶり始めた。
「封じさせてもらいましたっ」
「ぬぅぅぅん、小癪な小娘め!」
「お前はもう少し全体に気を配るべきなんだろうな」
「もっともだ」
「隙……だらけ」
Rの後ろからシェインエルが両手で挟み込むような手刀を首の付け根へとめり込ませ、下がる顎を悠人が大剣でかちあげた。アゴと大剣の間に腕を入れ手甲で受け止めたRだが、その眉間へ威鈴の鋭い矢が突き刺さる――直前にのけ反り、眉間から額にかけて抉られながらも脳天直撃だけはかろうじて避けるR。
「……一気に仕掛けさせてもらう、よ!」
快晴の声がしたかと思うと、後ろにステップして下がっていた文歌の響く歌声が衝撃波となり、のけ反ったRの横から押し寄せる。反応を見せるRが腕を回し、腰を据えてその衝撃波を受け止めたが、その後ろから快晴が忍び寄っていた。
「……この隙は逃さない!!!」
低くした体を回転させ、身体ごとぶち当たる勢いでエネルギーセイバーを振り、相手を破壊する無慈悲な一撃。Rの装甲を砕きかねないその一撃はRの背中を焼き、深く潜りこむ――その直前、後ろも見ずにRが身体を反転させる動作に合わせて拳を水平に振るっていた。
「リパルション!」
拳が顔面を捉える寸前で快晴の体はシェインエルの手から反発してその場から飛ばされ、距離を取ろうとしていた文歌に抱き止められる。
「大丈夫、カイ?」
「……く、ありがとう、文歌。どうやら、解除はできなかったみたい、だ」
(意識せずに反撃できるとか、空手家としての練度は本当に高いな。この変態)
快晴を逃がすために無防備となったシェインエルへの前蹴りを、そんな事を考えながらも割って入った悠人が交差した腕と糸で受け止める。受けても手が痺れるような一撃だが、Rの軸足の膝に矢が突き刺さった。
「むぅぅぅ、あいもかわらず遠くからというのは解せぬなぁぁぁ小娘よぉぉぉ!」
「それが……私、だから……」
瓦礫の堤防の側で矢をつがえ、Rを真っ直ぐに見つめ返す威鈴。Rが威鈴に向かって走り出しそうな雰囲気に、悠人が真っ直ぐ駆け出そうとする。
その背中に、「横へ避けろ!」と声がかけられたので斜めへ滑るように大きく一歩移動する。その直後に「アトラクション!」と、予感通りに威鈴へ向かおうとしたRが威鈴と真逆の方向に引き寄せられ、悠人の横を飛んで通り過ぎていく。
引き寄せられ不安定な空中で反転するRは、つきだした左拳を捻るようにしてシェインエルのドロップキックを受け流す――だがRの頭部を片手つかんでその場で留まると足を振り上げ、踵をRの頭頂部に落とす。
交差した腕を掲げ、踵を受け止めてがら空きの胴体へ悠人が大剣で横に凪いだ。
締められた腹筋から横一文字の黒い炎のような血液が溢れ、矢の刺さっていない膝に威鈴の鋭い矢が突き抜ける。膝が落ちたRの背後から再び快晴がセイバーで切りつけ、歌声の衝撃波がRを横へと弾き飛ばす――いや、衝撃波にあわせて横へ跳んだのだ。
両拳に再び黒い炎を纏い、Rが「ぬぅははははは!」と、高笑いとともに高く、高速回転しながら真上に飛び上がった。
「かぁいざぁぁぁ、びぃぃぃむ!!」
目から伸びる光線がRを中心に螺旋を描き、辺り一帯を蹂躙する。
シェインエルと悠人の腕を焼き、走って退いていた快晴はそのまま文歌へ抱きつくように覆いかぶさり、背中を大きく焼かれて苦悶の表情を浮かべていた。さらにはメイジー・バレットと優と戦っているメンバーにさえ、届いていた。
威鈴のところへは届く前に目の光線が消え去り、威鈴の目には軽傷だった悠人や静矢、かなり深手を負った快晴が映り、「……よくも……!」と睨み付けて空中でアホの様に高速回転しているRに弓を向け、矢を放つ。
だが回転を止めたRが手で矢をつかみ、握り折る。アウルでできた矢はそのまま塵となって消えるのであった。
「やはりぃぃぃ! 貴様等との戦いではぁぁぁ真の姿でなければぁぁぁいかぁぁぁん!!」
「カイ!」
「……文歌、無事、か」
Rが口上を垂れていようがお構いなく、覆い被さりながらも脂汗を浮かべ、痛みに顔をしかめる快晴と無傷の文歌。快晴を抱きしめるようにして背中の傷にふれると、活性化した細胞がその傷を少しずつふさいでいく。
「刮目して見るがいぃぃぃ!」
「快晴……! 威鈴は――無事か」
巻き上がる粉塵の中、悠人の目は快晴の状態を確認し威鈴を探すのだが、威鈴のどことなく険しい目と合ってしまった。まるで傷を受けたの悠人自身の心配をしろと言わんばかりである。
「向こうも無事か――私も護ってやらねばな」
優とやり合っている桜庭愛(
jc1977)をちらりと見るシェインエルであった。
――そう、誰1人としてRになど目もくれていない。見ていないわけではないのだが、相手にしていない空気が漂っていた。
それをハッキリと感じているのはもちろん、アルカード本人である。
「きぃさぁまぁらぁぁぁ! 吾輩をそこまでのけ者にするとはぁぁぁ、いい度胸だなぁぁぁ! 目にもの見せてくれるわぁぁぁ!!
へぇぇぇんしぃぃぃんんんんん!!」
黒い炎が全身を包み込み、装甲が外れ、よりスマートになったアーカイザーRXが空中でポーズを決める。
「あぁぁぁかいざぁぁぁ、あぁぁぁるえぇぇぇっくす!!」
「あんのクソ眼鏡、向こうに行きやがったか……!」
アーカイザーがRに変身したあたりでメイジー・バレットが銃口を悠人に向けたその瞬間、空から降ってきたカボチャが奇術師のステッキ、ケーンを引き抜いて一閃。斬られる前にバレットは大きく後退していた。
「ぶねぇな、カボチャ頭」
「仲間の戦いには手を出さないでください。そうすれば、命だけは保証しますよ」
地に足もつけず、カボチャ頭――エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の挑発としか取れない発言に「命だけは勘弁してくれるのね〜」とメイジーが頬に手を当てながらキャッ言いながらも、銃口をエイルズレトラに向けて発砲していた。
だが弾が出る寸前にエイルズレトラの姿はもはやなく、「どこを狙っているんです?」とさらに挑発していた。
「さて……少々お付き合い願おうか? 新婚夫婦も居るのでな、安全に手早く片づけさせてもらおうか」
これみよがしに輝かせた阻霊符を懐に入れ、鞘に紫の鳳凰の意匠が施された刀を引き抜く鳳 静矢(
ja3856)も挑発するような言葉をメイジーに投げかける。
赤い頭巾が黒い頭巾に変わり、バレットとなって「ふざけたやつらだぜ」と、セリフと唾を地面に吐き捨てた。
「厄介な能力を持っているらしいな……貴様」
1歩を踏み出した静矢だがバレットと目が合い、踏み込んだ1歩を溜めて、バレットの挙動をギリギリまで見定める。そしてカゴに拳銃をしまいこんでズルリと少し長くて無骨な物を取り出したのを確認すると、前に出るための2歩目を出さずに踏み込んだ1歩目で後ろへと飛びのいた。
マズルフラッシュと炸裂音。小さな飛来物がばらけて自分に向かってくるのが静矢には感覚的に分かっていた。そしてそれをかわしきれない事も。
だがその被害を最小限にするために後ろへ飛んだのだし、それにタダで当たってやるつもりもなく、抜いた刀を納刀してハープを取り出したかと思うと光り輝かせてかき鳴らし、音波というべきなのか衝撃波のようなものをお返しに飛ばしていた。
肉にめり込む感触があったが皮膚を突き破るほどではなく、衝撃波を受けたバレットは風に飛ばされる草のように転がっていく。
「やはり距離さえあれば、その手の武器はさほどではないか――お互い当たれば痛い身だからな……せめて急所は避けさせてもらうぞ」
転がるバレットが起きあがり「慎重じゃねーか」と愚痴をこぼすそこに、やや小柄なヒリュウのハートが口を開けて襲いかかる。牙は銃身で受け止められ、ふりほどかれる前にハートは口を離してバレットの頭上をゆらゆらと飛んでいた。
シルクハットのツバをつまむエイルズレトラが、「僕は足止めです」とハッキリ告げる。
「あなたを倒そうとまでは、あまり思っていません。ですが、あなたが仲間の邪魔をするなら、その限りではないですね」
「そういうことだ」
ハートにバレットの頭上を任せ、3つの戦場をカボチャの奥からじっくり見るエイルズレトラと、どの武器でも使えるように身構えながらもエイルズレトラとは反対側からゆっくりと歩み寄る静矢――の背中に誰かがぶつかってきたのだった。
いつもの蒼いワンピース水着に腰まである黒髪の美少女レスラー・愛はアルカードには目もくれず、一直線に優へ向かって駆け出していた。アルカードは誰が戦うべきで、そして自分の倒すべき敵が誰なのか、わかっているから。
ただこれまでと違うのはやみくもに突進せず、距離を置いてイチイの木で作られた洋弓を手にすると邪念を振り払い、心を落ち着かせていた。
そして代わりに前へと立つのは、雪ノ下・正太郎(
ja0343)――否、蒼きスーツに身を包んだリュウセイガー。
「地獄が見えたあの日から、ここまで来たぜ」
「さてさて? 地獄だなんてひどい光景があっただろうか」
わからないと肩をすくめる優を睨む目に、これまで見てきた光景が浮かんでいた。とあるカリスマ女子レスラーが死んでいる光景、気づくのが遅れ無残に殺されていった人々――それらと密接どころか、その犯人が今、目の前にいる。
だがそれでも、今日は驚くほど冷静でいられた。
愛の視線を背中に受け、ゆらりゆらりと上体を揺らしているリュウセイガーの体内をアウルが駆け巡り、その表皮を硬質化させる。
揺れる上体に愛も動きを合わせ、優の視線から隠れた瞬間に身を低くした。
そしてただ横へと移動しただけであるが、優からすれば忽然と消えた愛は禍々しい矢を放つ。
右肩に刺さった矢を引き抜いて捨てる優だが、その傷口はどす黒く、禍々しく変色していた。
「毒か。こういう細かい芸当もあるのだな――そしてやはり透過はできん、か」
「透過はさせないさ!」
愛の毒矢が放たれた瞬間に走りだしていたリュウセイガーが叫び、優よりもだいぶ手前で掌を重ねあわせ、袈裟斬りするように振るった。その手刀からうっすらと発光するオーラの斬撃が飛び、優の出方を窺う。
優はその斬撃を片腕で振り払い、リュウセイガーまでの距離を一気に詰めた。
(背中の剣は受け止めるためのモノじゃないのか……!)
優の伸ばしてきた手を、右に左にと的を絞らせずかわし続けるリュウセイガー。回避がそこまで得意というわけでもないが、武術を習っているだけに、素人のような動きで捉えられたりはしない。その手に掴まれる危険性を知っているだけに、最初から下手に受けるつもりはなかった。
倒れ込むように身体を左に傾け、優の右側に回り込んで脇腹へ左拳を一発。拳を肘で防ぐ優の右肩にまた矢が突き刺さり、優がリュウセイガーから愛へと意識を戻した時にはもう愛はリュウセイガーの後ろに回り込み、姿を見せない。
かと思えば切り替えして射線を確保すると手を叩き合わせ、優へ向けて方向感覚を狂わせる念を飛ばす。だが剣の柄に手を触れた優は頭を振ってその念を振り払った。
「面倒な事をしてくるな」
「ん、相手の調子を崩すのもルチャリブレの本領です♪」
軽口を叩く愛の姿を隠すように今度は右に身体を傾けたリュウセイガーが、右拳で殺気とは逆の脇腹を打つ。これも肘で防がれはするが、意識がリュウセイガーに向いた瞬間をいやらしく狙う愛の矢が、またも右肩へ。
抜いてリュウセイガーへ投げつけるように捨てる優は、イライラしているように見えた。
「えと、優ちゃん、女の子だったんですか?」
「今も昔も女だ。隠した覚えもないぞ」
伸びてくる優の右腕を下からすくい上げるように左腕で捌き、右足に体重を乗せ「昔もということは人だった頃の記憶があるにもかかわらず、あんなことができたのか……!」と指を鳴らし、こみ上げる怒りを乗せた掌底を今度こそ脇腹へと打つ。
「私の勝手な思い込みですけど、優ちゃん、女子プロレスラーになりたかったんじゃないですか? 強さを誇示するためにわざわざ女子レスラーを殺したわけですし」
身体をくの字に曲げた優の右肩をひたすら狙い射る愛。体重を預けた右足を軸に身体を回転させたリュウセイガーは優の背後に回り込み、背中へと膝蹴りを放つ。
膝蹴りを剣で受けないどころか、膝蹴りから逃すように柄を押して背中で直接、膝蹴りを受けた。
「だから私も、女子プロレスしてあげます――ここで殺してあげるよ、優ちゃん」
「閻魔の前に俺が裁く!」
解放した闘気をその拳に乗せて、修羅の如き正拳突きをノドめがけて放つ!
だがその拳がそこにくるのがわかっていたかのように、ノドで構えた手で受け止めていた。
ごりごりと、嫌な音がリュウセイガーの手から響きわたる。
「ぐぁぁぁっ!」
「誰だったかな。巧い奴ほど自然と急所を狙うから、予測しやすいと言ってくれていたのは。実践してみると、なるほどだ」
そして片手でリュウセイガーを大きく振り回し、バレットを相手にしていて背中を向けていた静矢へと投げつけていた。
かなりの勢いで衝突し、たたらを踏む静矢。地に足を着けたリュウセイガーが「すまない、静矢さん」と声をかける。
「少々背骨を痛めたくらいで、支障はない」
投げ飛ばされたリュウセイガーを目で追い、そして再び愛は優に視線を戻す。
「少しは戦い方を学んできてるんだね、優ちゃん」
「ま、頭は悪くないほうだからな。こんなところで殺される気も毛頭ないし――悪いがお前らの目論見通りに分断されてやらんぞ」
「そういうことよ〜」
赤い頭巾のメイジーがスカートの裾をつまみ上げると、ごろりごろりと黒くて丸い物体がいくつも地面に転がる。そして赤い頭巾が黒く染まり、カゴから筒状の大きな金属の物体を取り出した。見る人が見れば迫撃砲と思ってしまいそうなそれで、真上に何かを打ち上げる。空を浮かぶハートがかわし、それは空高く消えていった。
空に消えていったタイミングで、静矢やリュウセイガーの足下にまで転がってきた物体が甲高い音とともに閃光をまき散らし、少し遅れていくつもの小さな爆発が巻き起こる。
「そんな見え見えが!」
(爆発の規模はそうでもなかったか)
目を細め、爆発する前に斜め後方へ飛び退いていたリュウセイガーと静矢。低く飛ぶエイルズレトラやハートには届いていない。
「おおっとぉ、そっちに逃げてよかったのかぁ?」
楽しげに口元をゆがめるバレットの言葉の意味が分かったのは、その直後だった。
「避けられるなら、避けてください」
「かぁいざぁぁぁ、びぃぃぃむ!!」
エイルズレトラの忠告とほぼ同時に響きわたる、Rの声。蹂躙する光線が静矢とリュウセイガーを薙ぎ払い、バレットには当たる直前に軌道が変化し、優と対峙する愛が腕で顔と胸を守り、腕と腹部を焼かれ肌が露出する。。
「無差別かとも思ったんですが、そうでもないんですねえ」
「あの筋肉バカ、『吾輩の拳は敵を砕くためにあるぅぅぅ』とか言ってっからな。ああ見えて、仲間意識っつーもんがたけーんだよ。ウケるだろ?」
「ええ、面白いですね。まあ僕には当たりませんが」
自慢でも何でもなく、事実、いまだエイルズレトラとハートは全ての攻撃をかわしている。バレットも頬を歪め、「そうだなぁ」と同意していた。
「おめーみてーなのはかわせない攻撃でないと無理だからよ、仕込ませてもらったぜ」
カゴから金属製の傘を引き抜き、開いて掲げる。
「本日は雨にご注意ってな」
雨――わずかに視線を上に向けたエイルズレトラの目に映ったのは、かなりの範囲に降り注ぐ黒い雨だった。それの正体が金属製の釘のようなものだと判断したエイルズレトラとハートが降り注ぐ釘の雨を右へ左へとすり抜け、倒れていたリュウセイガーは転がり、雨の外へと逃げていく。
リュウセイガ―を追いかけるように次々と地面に突き刺さるが、範囲の外まで転がりきったリュウセイガーは勢いのままに立ち上がる。そしてさすがに降り注ぐ雨をかわしきるのは至難で、ハートもエイルズレトラもともに3本ほどが身体に突き刺さっていた。
「小さいころ、雨をかわす遊びというのもしていましたねえ――次こそは雨をもかわしてみせますよ」
「そいつは楽しみだぜ――!」
軽口を叩いたバレットが、咄嗟に閉じた傘を両手で支え刀身を受け止めていた。
「少しだけ調子に乗りやすい性質のようだな、貴様は」
身体にいくつかの銃痕を受け、背中に焼けただれた痕をつけながらも、いつの間にか距離を詰めていた静矢。その手に持つ実体のない紫の刀刃が明るく眩くと、受け止められた傘に食い込み、押し込んで両断する。
傘を両断されて舌打ちするバレットは腕で刀身を受け止めつつ、静矢の膝を踏み台にして蹴って刀身の勢いに身を任せて飛ぶ。地面に足から着地したバレットだが、威力をいくらか殺したとはいえそれでも腕は深々と斬られていた。
傷から滴る血を舐めてすくうが、滴る血の量の方がはるかに多い。
黒い頭巾を赤く染め、「もー怒ったんだから〜」と静矢を睨み付ける――と、上を飛ぶハートはまだいるが、エイルズレトラの姿がない。それに気づいた時、地面すれすれを飛ぶエイルズレトラが背後からカードをメイジーに突き刺した。
刺さったカードはエイルズレトラの手から離れた瞬間に爆発し、メイジ―は「いた〜い!」と痛そうには聞こえない悲鳴をあげながら転げまわる。
「あなた、たいしたことありませんねえ。油断してばかりですよ」
シルクハットのつばを持ち上げ、転げまわるメイジーを冷たい目で見下ろすエイルズレトラ。言外に『つまらない』と含まれている様にしか聞こえない。
転げまわっていたメイジーが起き上がり、「もーう! メイジーちゃん、帰るんだから!」と背中を向け、洋館へと走っていく。だが走っていくメイジーをエイルズレトラも静矢も、追かけようとはしない。
やがて振り返り、「何でついてこないのよ〜」と手を振り回していた。
「狡猾に立ち回ると聞いているのでな……警戒はするさ」
「倒す気ならば誘いに乗ってもいいんですけどね、今回はそれが目的ではありませんし」
遠くで中指を立てられた気もするが、去りゆく者にもはや興味がないと言わんばかりに2人はアーカイザーRXへと標的を変更し、「……さて……全力で行くぞ!」と駆け出すのであった。
「先に逃げ帰ったか――そうなると私ももう長居してられん。あれよりもか弱い身だからな」
「この場で殺してあげるって、言ったじゃないですか。逃がさないよ、優ちゃん」
じりじりと後退する優から離れすぎないように、じりじりと距離を詰める愛。そこに掌を重ねたリュウセイガーが戻ってくると、愛はおもむろに矢を放ち優に回避をさせて、逃げた先へとリュウセイガーが手刀を振り下ろす。
太刀状のオーラが防いだ優の腕を切りつけ、その隙に踏み込んだリュウセイガーは左拳で今度こそと言わんばかりに修羅の如き一撃を喉めがけて叩き込む――と見せかけ、防ごうとした手に掴まれないよう腕を払いのけ、拳は作れないが痛めた右で優の喉を打つ!
今度こそまともに受けた優が短い吐息を漏らし、たたらを踏んだかと思うと一気に大きく後退する。
その横をRXがものすごい勢いで通り抜け、堤防に突き刺さる――
●その結末は
RXへと変身した直後、地上に降り立ったと同時に接近していた文歌がまた、霧を吹きかけてRXを染め上げる。
「必殺技は封じましたっ」
少し得意げな文歌にRXはただ、己の拳を向けるだけだった。悠人がその拳を止めようと糸を纏った腕を割りこませたが、腕は上に弾かれ、減速してもなお鋭い拳が文歌の胸を打つ。
短い悲鳴のような吐息を漏らし胸を押さえつつ、文歌がすぐに離れようとすれば、RXは文歌に向けて1歩を踏み込んでいた。
文歌の前にまだ蒼い顔をした快晴が護ろうとするが、その拳の圧力はどちらが喰らっても危険なものでしかなかった。それがわかっているのか、腕の痺れは肉体の活性化ですでに回復した悠人が快晴の前に立ち、今度こそ両腕で捻じりこむ様な拳を受け止める。
こうして防いだにも拘らず軋む骨に、悠人はハッキリとその拳の重さを理解する。
(フェニックスとほとんど変わらない通常攻撃か……!)
「必殺技が使えない今のうちに、終わらせてもらう!」
痛む腕で大剣に光と闇のオーラを纏わせ、防ごうとしたRXの腕を押しのけるように下から上へと斜めに叩き斬る。RXの腹部から胸へ斜めに大きな傷跡を作り、悠人はシェインエルに目を配った。
それで理解したのか、シェインエルはRXの背中に手を合わせ「リパルション!」と威鈴とは反対の堤防へとRXを吹き飛ばす。
優の横を通り過ぎ、RXの身体は堤防に突き刺さった。
「逃がさない……」
堤防から離れ、悠人の横にまで走ってきた威鈴が弓を限界まで引き絞り、膝を、腹をと射抜き続ける。悠人もまた威鈴と同じ弓を持ち、RXを縫い止めるように矢を放ち続けるのだった。
堤防から身を起こし、走りだそうとするRXの前に空から舞い降りたエイルズレトラがその進路を塞ぐ。
恐ろしい威圧感と見えないほどに鋭い拳がエイルズレトラを貫く――ように見えたが、わずかな動きだけで拳を脇に通したエイルズレトラはカードをRXの胸に刺し、爆発させると同時に飛び退いていた。
「今の一撃はなかなかスリルがありましたねえ。当たりはしませんでしたが」
「何もさせず、このまま決めるぞ!」
エイルズレトラと入れ替わった静矢。紫の鳳凰が彫られた鞘から抜き放った刀身に左腕の明度の高い紫と右腕の明度の低い紫のアウルを流し込み、2色の紫を宿した刀で静矢は瓦礫の堤防ごとRXを横に斬り裂き、紫の鳳凰が飛び舞う。
だがその一撃をもってしてもまだ倒れないRXの拳が静矢へ――届く前に、「アトラクション!」という声とともに静矢は引き戻される。その間に、RXの左側へ文歌が、そして右側に快晴が移動していた。
「アルカードさん、貴方は人間界で空手より大事なものを知るべきでした……」
文歌が大きく息を吸った。
「それは愛ですっ。人の愛の力の強さを今、見せますっ」
その言葉がそのまま衝撃波となり、拳を突きだしていたRXを再び堤防へと叩きつける。
「……文歌の言う通り、だよ。誰かと一緒に共にあるという事。大事な愛という感情を知らないお前に俺達が負けるはずなんてない!」
文歌の言葉と同時に、快晴がセイバーでの一撃をRXの前を通り過ぎながらも入れて、そのまま離脱する。そして文歌がシェインエルに目を向け、手でくいっくいっと、語るように促していた。
それにシェインエルは――笑っていた。
「ははは、愛だ愛だ、愛だ! アルカード、私はお前を倒す為なら刺し違えてでもと思っていたが、すまんな。人を愛し、のうのうと生き延びてやるぞ!」
走るシェインエルが、徐々に距離を詰めていた悠人の背中に手を触れる。
頷く悠人が弓から半円状の神聖な雰囲気を漂わせるハルバードに持ち替え、真っ直ぐ前へと構えシェインエルに歩調を合わせて走り出した。
「リパルション! アトラクション!」
「沈めぇぇぇ!」
弾丸のように射出された悠人がハルバードの聖なる音色とともに、引き寄せられてくるRXの膝へと深々と突き刺し、そのすぐ上をシェインエルの両足がRXの顔面を打ち抜くように捉えていた。
そして瓦礫の堤防がとうとう決壊し、3人を巻きこんで崩れていく――
「悠人……!」
「シェインエル……ッ」
威鈴と愛が駆け寄ろうとしたちょうどその時、瓦礫の一部が盛り上がり、そこからシェインエルと悠人が腕で瓦礫を押し上げながらも出てくるのであった。
強靭な魂はこの程度の事で砕けはしないのである。
「――まさか」
「あと残るのはお前だけだ、若林 優!」
リュウセイガーが優へ指を向ける。
「……こうなってしまっても、私は生き延びてみせるぞ」
優の言葉に首を傾けた文歌が、語りかける。
「主が死んでエネルギー供給が止まったヴァニタスもいずれ、活動を停止します……知らなかったですか? 雅さんから話は聞きました……悪い夢をみているんです。もう目を醒ましましょう……」
「まだだ、まだあのバカはきっと――ご主人! 私を護ってくれ!!」
初めて見せる、優の弱気な発言。
だがその言葉に反応すべきご主人は――
「よかろぉぉぉ!!」
瓦礫から飛びあがり、優の前に着地して見せたのは紛れもなく、RX、いや、アルカードだった。時間はまだあったはずなのにも拘らず、すでに変身が解け、どう見ても気合と根性で立っているようにしか見えないが、その表情はいつになく自信に溢れている。
「護れと言われれば護るのが、ヒィィィロォォォ! こぉぉぉい、きさまらぁぁぁ! 吾輩の従僕に、指一本触れさせぬぞぉぉぉ!!」
両拳を前に突き出し、アルカードは全身を血に染めながらも筋肉を隆起させる。その様子にくるかと全員が身構えたその瞬間。
「さよならだ、ご主人」
優の短い別れの言葉とともに、アルカードの胸から剣先が突き出るのであった。
「ぬぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
アルカドの絶叫がこだまし、貫き捻じられた剣が溢れ出る血液をすすり、そしてアルカードの魂を喰らっていく――少し様相は違っていたが、かつてプロホロフカ軍団で使われていた魂を喰らう剣、魂齎剣――それが優の背負っていた剣であった。それが今はアルカードの胸を貫いている。
刃を握りしめ、貫いた犯人を確認したアルカードは――絶叫を噛み殺し、目を閉じるのであった。
やがて、力なく膝から崩れ落ちたアルカード。その背中に刺さった剣はひび割れ、そのままガラスのように砕け散る。そして主人の亡骸を見下ろす優は、冷たく笑っていた。
「感謝するぞ、ご主人。お前の力は私がいただいた――お前らにも感謝する」
「優、貴様……!」
リュウセイガーが1歩踏み出すと優は「おっと、馴染みきってないんでな」と言い、黒炎を身に纏い、黒い全身スーツ姿になると翼を広げ洋館へと飛んでいく。
追うにはあまりにも危険すぎると判断し、誰も追う事はしない。しないが、リュウセイガーは拳を振り上げ優の名を叫ぶばかりであった。
最後の最後に抵抗もせず、死を受け入れた亡骸を寂しそうに見下ろす文歌は、「もしかして、アルカードさんは……」とポツリと漏らすのであった――……
●報告
文歌が優の事を姉である撃退士の若林 雅に告げると、「……そうか」と短い言葉だけを返して、背中を見せる。それ以上かける言葉もなく、文歌は「……ごめんなさい」と一言残して、2人きりの教室を出る。
廊下では愛が壁に背を預け、腕を組んでいた。
「……優ちゃんは責任を持って、私が」
誰に言ったかはわからないが、決意を述べて、文歌とともに廊下を歩きだす――が、十字路で伸びてきた手がそんな愛の頭に置かれた。
「私もその責任とやらに付きあわせてもらうさ――お前を護るためにもな」
シェインエルの笑顔に、愛はいつもの笑顔で「ありがとう、シェインエル」と答えるのであった。
「……すみません、牧瀬さん。事件を終わらせることができませんでした」
とある女子レスラーの墓前で手を合わせ、目を閉じたまま報告する、正太郎。
その目がカッと見開かれる。
「――だから、俺の戦いはまだ、終わらない」
シェインエル物語7 終