「マジかよ!」
ミハイル・エッカート(
jb0544)の第一声はそれだった。
「また変わった客が現れたものだな。ここでやりあっても貴様が圧倒的不利だしな……良いだろう」
驚いた様子を見せない鳳 静矢(
ja3856)。龍崎海(
ja0565)は驚くより先に「一応、陽動かもしれないのでほかの地域の警戒もよろしく」と学園に連絡を入れる。
「丸腰ねぇ、なら確かめさせてもらうよ」
「あー! お前は……えっと……なんか名前が読みづらいやつ!」
さっきからぽかんとしていた雪室 チルル(
ja0220)が海を押しのける。
「おー、神君のおっちゃんじゃねーか。こんなところで何してんだー?」
「そーだ、しんくんだ!」
「何してるんだはお前もだろ」
「ちょくちょく抜け出して飲んでんだよ。ここら辺ではもうちょっとした顔だぜ?」
そんなラファルは「まあちょっと話しようや」と、真君の背中をぐいぐいと押し始めた。
海が止めようとすると、ラファルは小声で「こんなとこで目立ったらやべーんだろ?」と、納得した海は「では後ほどで」と言う。
その時人混みの中に向け「おー、ヅラー」とラファルが手を振った先には向坂 玲治(
ja6214)と葛城 巴(
jc1251)の2人がいた。
玲治は「何でこのタイミングで会うんだっての……」と顔に書いてあった。
「よう、玲治、巴。このおっさんはただタカりに来たみたいでな、これからどっか食いに行くところだ。お前らも来るか?」
「……なるようになれだ」
「そういう事ならばご一緒します。ちょうど激安な食べ放題の焼肉屋さんへ向かうところでしたので、よろしければそちらの方へ――本当に激安ですよ」
「もしかしてここですか〜」
クーポンを出しながら割り込んでくる人物――バイト帰りの星杜 焔(
ja5378)だった。
「ここですね、行きましょうか」
「にーくにくにく、やっきにく! さいきょーなあたいにピッタリな、究極のグルメね!」
巴が「案内しますね」と前を歩きだそうとしたその時、何かを思い出したかのような顔で振り返った。
「周囲の人の耳もありますし……貴方は人間界で何と名乗っていたんでしょうか? その名前でここの皆が貴方を呼ぶのを許して貰えませんか?」
「……一応、こっちでは真って呼び名をもらってるねえ」
「マコトって面かよ。まっちゃんでいいだろ、まっちゃんで」
「まっちゃんか、いいな。親しみやすくて」
巴に「真さん、ですね」と名を反芻され、落ち着かない様子を見せる真君に焔はおやおやと思うばかりであった――
座敷部屋に通され、海が待ちわびたと言わんばかりにボディチェックをし――本当に何もない事に浮かない顔をする。
「丸腰だろう?」
「本当かー? 口や目からビームとか出すんじゃないのかー?」
チルルは疑いの眼差しを向けたのはほんの一瞬、メニュー表に定着してしまうのだった。
客人として上座に座る真君。その左隣に巴が座るが、その時にふわりと薔薇の香りが真君の鼻をくすぐる。
「――母も好きな香りなんです」
「とりあえずビール――まっちゃんはチンタオビールか?」
「……いやあ、おっさんもまずはビールでいいよ。その後、冷酒かなあ」
「肉と野菜は適当に頼むぞ」
少しムスリとした顔の玲治が注文を始めると、それぞれの頼みたいものを口に出していく。乾杯も済ませ、焼肉奉行の玲治と焼くのは任せろーな焔によって焼かれていく肉を思い思いに摘まんでいく――が、海だけはまだ飲み物にすら手もつけず、じっと真君をみつめていた。
ジョッキを空にした真君が、ガラスの御猪口で冷酒をグイッと一気にあおると、「いけるな……どれ、もう一杯どうだ」と静矢が4合瓶を真君に向けて傾ける。
「いただくよ」
「しかし午前様で怒られて時間厳守とは意外と恐妻家なのだな」
「そうそう〜昔怒られた事があるって、ひょっとしてお嫁さんにとか〜? 俺もよく放課後バイトかけもちで帰るの午前過ぎて怒られるよ〜」
「そこはねえ、まあ……」
ご想像にお任せするよと、はっきりしない。そんな和気あいあいとした中、痺れを切らしたかのように海が口を開いた。
「ザインエルとか、他の王権派主力天使をどう思っている?」
「なんだい、急に野暮な話だねえ」
「……じゃあ、王権派の天使ってどうすれば、人間らを話しあうに値するって認めてくれるの? 今まではアウルが使えても力量差があるからって思っていたけど、今回の親征で天使といっても強くないのがいっぱいいるってわかったし」
その質問にも「さてさて」と肩をすくめる。
「ゲート防衛で本気を出さなかったけど、あなた自身の目的って何? 神器を使っていれば結果は違っていたと思うのだけど。許可がなかったというのなら、最初から殿を許さないだろうし」
「神器を使わなかった事が本気で無いと思っているようだけど、おっさんのはそういうのじゃぁないからね」
「それともう1つ、教えてもらいたい。聞いた所によると、天界の王になるには王の証ってのが必要みたいだけど、神器もちなら天王に見せてもらっていたりするの?」
その問いに少しだけ真君は考えるそぶりを見せ、「さてねえ」と言う。
聞きたい事を一気にまくしたてた海は少しだけ肩を落とし、グラスのウーロン茶をあおる。どことなく気まずいような空気――それを打ち破ったのはミハイルだった。
「まっちゃん、娘がいるだろ。子持ちは他の子を見ると、実子に重ね合わせてみたり、可愛く見えたり。父親なら通る道だ――」
パスケースに入れた写真を見せびらかし、「可愛いだろ?」と自慢げだった。すると焔も「うちの子可愛いでしょ〜」とスマホに移る家族の画像を真君に見せびらかす。
「いつか彼氏を連れてきたらと思うと……」
「新しい家族が増えるなら嬉しいな〜」
「……肉、焼けたぞ」
玲治が頃合いの肉をミハイルの皿へと乗せ、真君にはピーマンを乗せる。だが隣の巴が「男の人はお肉を食べなきゃ」と、自分で焼いた肉をなぜかむせている真君の皿に乗せ、かわりにピーマンをミハイルの皿へと移すのだった。
玲治は「野菜も大事だ」と丁寧に焼いて炭と化したナスを真君に押し付けるのだが、巴が玲治を睨むでもなくじっと見つめてくる。さすがの玲治もバツが悪そうにそっぽを向くのであった。
1つの小さな攻防が終わったので、改めて焔が感じ、思った事を口にした。
「……お子さんいるのですか〜?」
「人間界で暮らしていただろう」
「ん、ん〜? そうだねぇ……」
どちらの質問に対しての返答なのか、はっきりとわからない。わからないからズバリとラファルが「ヅラのおやじってのは本当か?」と尋ねた。
「……おっさんはあちこちの平行世界を渡り歩いていた頃があってねえ、ひょっとしたらこの世界にも来た事もあったかもしれないね」
そして一拍おいて、「色んな出会いがあったよ」とだけ。
「まー、それはわかんなくてもいいんだけどよ。
おっちゃんほどの防御って硬いとかそう言うレベルとは違うみたいだけれど、なんかあんのか? まさか本当に25歳以上の女にしか殺されねー呪いってか? どっかの幽鬼の王さまみたいによ」
「そんな呪いなら楽しいだろうねぇ。ま、当たる時に力を入れてるだけさ――硬気功ってやつだよ」
左腕の袖をまくり、見せた腕の筋肉が隆起し、鋼の如き質感を見せる。
「ほほー。ところでその腕はべりりんが治したのか? それとも身体に何か強力な物を埋め込んだか、ありえない回復力だぜ」
「おっさんの心臓は特別製でね。君らならもう察しが付くだろうけど」
「死ねるものなら死にたいけど無理……でしたっけ〜……死にたくても死ねない体だったり、しますか」
「野暮な話だけど、まあそれに近いよ。けっして死なないわけでもないんだけどね」
「天王は神になろうとしてるそうですね。世界を作る神に……神が新たに立てば、今ある世界はどうなる? その手段でしか貴方の望みは叶わない?」
野暮と言ったばかりだからか逡巡している真君へ、「それについて貴方はどう感じて、どうしたいと思ったんですか?」と巴が促した。
「――そのあたりはおっさんにはわからない話さ。ただ世界がどうなろうとおっさんの望みは、陛下しか叶えることができない――いや、もしかすると君らも、すぐそこまで来ているかもね」
「……それで、望みってのは?」
ミハイルの問いに真君は――焦げたピーマンをミハイルの皿へ。
「なぜみんな、こいつを俺に寄こすんだ!?」
「君の好物なんだろうなと」
言われてミハイルは自分の皿にピーマンの肉詰めが山になっているのを発見し、蒼くなって身を震わせた。
「ラファーール!」
「おう、なんだ? 足りねーってか」
「きっともっと大きなピーマンでないと嫌だと言う事なんだろう」
そう言って静矢はピーマンの姿焼きをミハイルのタレ皿へ。
「やめてくれ……!」
「おや、ミハイルさんはピーマン大好きだと風の噂で聞いたのだが?」
「親になると好き嫌いしてるの見せられないよね〜」
焔もピーマンをミハイルの前の網へどんどん移動させる。
ミハイルがアワアワしている中、先ほどから肉を食べるマシーンとなっていたチルルがようやく肉には満足したのか、「あたいと勝負よ!」と真君の前にコーラを1本置くと、返事も待たずに「よいどん!」とフライング気味にスタートするのであった――
「さいきょーなあたいが負けるなんて……べらんめー!」
店を移し、個室を借りてそこのテーブルでコーラの瓶を片手にチルルが突っ伏していた。
匂いからしてもかなりアルコールのキツイ酒が運ばれてきて、「……この間ぶん殴ってくれた礼だ」と玲治は自分の前と真君の前に置く。
「いつの日かリベンジよ! この戦いが終わった後にでも――学園にくだったりはしないの?」
ブランデーのグラスを手にしたミハイルが「それは俺も知りたいな」とグラスを置いた。
「真君、お前は何のために戦う?
俺は人類のためなんて大したものは掲げてないが、婚約者と娘が戦わずに済む、笑って暮らせる未来を作りたい。戦闘ジャンキーで力を求めて戦っていた俺がすっかり変わったさ――酒を好むということは人間界を気に入っていたのだろう? 俺たちの側で戦ってみないか? このまま敵対ならば酒を飲み交わした相手だろうと全力で立ち向かうぜ」
「王の為でなく、こっちの誰かの為でもいいですしね――私も誰かの役に立てる事が存在意義だと思っているんです、ですから、わかるんですよ」
ニコリと笑う巴がグラスに口をつけ、一口――玲治がそのグラスに気づいた時には遅く、巴は弾でも打たれたかのようにのけ反り、グラスをテーブルに置く。真君のグラスと間違えてしまっていたようで、「大丈夫か、巴」と玲治が声をかけても蕩けた目の巴は「大丈夫」としか言わない。
「全てを受け入れ寄り添ってくれる人がいるなら……何とでも戦えるって、俺はお嫁さんに教えて貰った。もしもその大切な人が置いて逝ってしまったとしても、大切な人が在った世界を守る為戦うのが己の役割だから」
「……誰かのためにと思っていても、やっぱりおっさんは武人だからねぇ。君らと共に戦うより、君らと戦う方が、よほど有意義だとは思うんだよ」
グラスを傾け、苦いものを流し込むように強い酒を一気にあおった。隣の巴はいつの間にか舟を濃いでいて、目を瞑ったまま真君に寄り掛かる。
「……戦場で会っても、これまで通りか。あんた、巴をどう思っている?」
「そういう君こそ、なんなんだい?」
問いかけたはずの玲治が問い返され、玲治が素直に「付き合っている」と端的に答えると、真君は「殴っていいかい?」と腕をまくる。
「まっちゃん、大人げねーぞ。つーか、素直に認めちまえよな」
「おっともうこんな時間かぁ、あまりゆっくりもできなかったね」
わざとらしくはあるが、時間は確かにいい時間とも言えた。焔も「うちもお嫁さんと息子が待ってるから日付変わる前に帰らないと〜」と言っているほどである。
立ち上がる真君につられ、立ち上がったがよろけて転びそうになる巴を真君と玲治が支えた。そして真君がその手を離し、玲治に巴を任せるのであった。
ぶらりとどこへ帰るのかわからない真君を見送るべく、ついて歩く。人の姿なんて自分達の他にはいないというあたりで真君は足を止め、「ここらへんでいいよ」と言った。
後ろを振り返る真君は撃退士達と向き合い、玲治の背中で眠っている巴を見て、少し安堵したような表情を浮かべる。
そんな真君へ、「……さて、これは酔っ払いの戯言となるかもしれないが、一つだけ私からも聞きたい」と静矢が質問する。
「貴様、本当は元は人間ではないのか? 今まで相対してきた天魔は神話や伝承にも出てきた名の存在が多い。だが貴様と同じ名を持つ人物は実在していた……得物も同じだ」
酔いは無いのか、すらすらとよどみなく続ける。
「……例えば死した者を再生する術式か神器等が天王にあり、それで復活した古代中国に実在した関帝……ではなかろうか? そういう身であれば……切られた腕にさほど動揺せず、数日で何もなかった形に再生したのも合点が行くがな?」
「なるほど、おもしろい推測だねぇ。でも残念ながらおっさんは昔から天使さ――どちらかと言えばその人物の方こそ、おっさんと同じ名を天啓で授けられたのかもしれないよ。
良くしてもらったし、君らに話しておこうかな――おっさんの身体の事や、神器について」
そう言うと襟をつかみ、胸をはだけると、ちょうど心臓のあるところに大きな傷跡があった。
首からぶら下げた誰かの頭髪が入ったフィルムケースが、傷跡に重なる。
「ま、見ての通りでね。ここに何があるのか、もうわかってはいるだろう? だからおっさんはそう簡単に死ねなくなってしまった――神の奇跡には違いないのだろうけども、呪いでしかないよね。戦場で死ぬ危険のない武人ほど、悲しいものはないよ」
寂しく笑うと、親指を自分の傷跡に向けた。
「でもね、この呪いを上回るだけの力をここに何度もぶつければ、壊す事もできる――君らなら、もうできるのかもしれない。戦場で俺が武人であるうちに、俺を倒してみせろ」
それでいいのかという顔をする、ミハイルと焔。
「父としては名乗り出ないのか?」
「大事な人と生きるという選択もいいと思うのだけど」
「俺のために誰かを捨てるか、誰かのために俺を捨てるかを選ばせるというのは忍びないしねえ――だからまあ、はっきりしないままでいいのさ」
はだけた胸元を直し、フィルムケースの中を眺める真君。
「呪いを解くのにこれが役に立つことはないだろうけど、それでもこれはおっさんの役には立っている。そう言っといてよ」
玲治と目を合わせ、「よろしく頼むよ」と。
頷く玲治に満足したのか、真君は――酔いどれた一人の武人は振り返る事無く去っていったのであった――……
【三界】おっさんの願い2 終