●冬は――リア充尽くし
季節は巡り冬は過ぎ、やがて春になる――だがその間、クリスマスから初詣、ドキドキな温泉、バレンタイン、そしてホワイトデーとリア充のためのイベントが目白押しである。
局所的にだが猛烈に熱いが、大方どんよりとした空模様……むしろ真っ黒い暗雲が発生しているところまである。
(異常気象は人間のせいだな――明日は雨か)
などと今日が13日だと教えてくれるカレンダーを見ながら、勝手に納得している城里 千里(
jb6410)。くるりと振り返り、そして黒松 理恵へ「というわけで商店街で祭りをやっているらしい。デートいくぞ」 と、捻りもない誘いをする。
「……えーっと?」
「まあほら、明日は例によって白い日なわけで。そんな時にアニエニが大人しくしてるとは思えないからな、監視・保護の意味合いが強いんだが……それでも来てくれるか?」
色気も味気もない誘い方ではあるが、それでも理恵は「……行く」と呟くのであった。
●そして話は白い日に
感謝を届けよう――そんなキャッチコピーのノボリに足を止め、しげしげと眺めている男がいた。
「さすがに今回は学園近くで大規模な戦闘が起きたから、心配で家族が連絡をよこしてきたからなぁ――いい機会だし、感謝の言葉とともになにか送るか」
清浄石商店街を歩く龍崎海(
ja0565)がそんな事を思いながら、花屋を覗き込む。
しばらくして出てきた海の手にはカスミソウとベルフラワーの花束があった。ただ、その花束に生々しさはなく「時間がかかるし生花じゃないほうがいいかな?」と、作り物のようである。
これで満足という顔をしていた海だったが、量り売りのクッキー屋を通り過ぎた時、足を止めた。
「ホワイトデーだし、それにちなんだものでも送ろうかな。今から送るんじゃホワイトデーを過ぎちゃうけど、まあいいか」
目に留まっていた白衣のような白いクッキーを指さして、「これ、少しください」と店員に言う。もちろん、ラッピングもお願いするのだった。
白い花束と白いクッキーを手に再び歩き出すが、ふと「これだけじゃ、意味が分からないか」と思い至る。
少し考え込み、なんとなくポストに目が向いたと思ったら、その後ろの雑貨屋が目に映った。表にはレターセットが陳列されていて、「感謝の言葉を直接言うのはちょっと恥ずかしいし、手紙にするか」と歩み寄り、レターセットを手に取った。
「隣で書かれていきますか?」
店員にそんな事を言われ不思議な顔をする海だが、黒板に書かれた「お隣でコーヒーとともにお手紙書きませんか? レシート提示で割引!」という文字を見て納得する。
「そうですね、そうします」
レシートを受け取り、隣のカフェでコーヒーを頼むと、便箋を広げ、一緒に買ったペンで改めて自分が無事な事、そして心配してくれた事に感謝の報告を書きこむ。
ふと思い立って、清浄石商店街の様子を撮影する。あとでプリントアウトして同封しようと、手紙に一文を加えた。
「このように、こっちではお祭り騒ぎでにぎやかなものだよ――だから、安心して」
●賑やかの中に写る浮かぬ顔
「おまっ、シェイ……っ」
人混みの中にシェインエルを見つけた君田 夢野(
ja0561)が取り乱しかけるが、沈んだ顔のシェインエルを見て「……いや」と踏み止まった。
「過ぎたことを引きずるのは良いことじゃない。結局何も起こらなかった事だし……」
頭を冷やし、誰かに贈ろうと作っていた花束とは別の花束を作り始める。集めるのは――鈴蘭。ああ、あれの花言葉は『幸福が戻ってくる』だと、観察していた千里が解説する。
「天魔が来て、この世界は深く傷ついた。それでも、天魔が来たから俺は理子さんに逢えた。そうでなくとも、悪くない事ばかりではなかった」
鈴蘭の花束を作りながら、聞こえるように呟く。
「あの一件で――喪う怖さを知ったからこそ、決断できたことが2つある。1つはまあ、割愛するが……俺はこの戦いが終わったら、財団を立てようと思ってる。そして、戦災復興のために力を尽くす――実家の金を使う事はもう、義父さんに了承を得た。それだけじゃ足りないだろうから、撃退士のコネと知名度の限りを尽くして金を稼ぐ」
傷つきすぎた世界――夢野の周りも多く死んでいった。
だから、失った以上のものを取り戻さなければならない。その完遂により、撃退士の――夢野の戦いは、死人への弔いは、ようやく終焉を迎えるのだと、そう思ったから。
「理子さんを攫ったことは許してないし、死ぬまで許すつもりもない。それでも、俺の使命を定めるきっかけとなった事だけは感謝せねばならないと思ったよ……それだけだ」
花束を押しつけ背中を向けた直後、「……いや、最後にもう一つだな」と足を止めた。
「俺は理子さんを幸せにする。それを以って、天使シェインエルへの意趣返しとする」
それだけを言い残す夢野であった。
何も口を挟まなかったというか、挟む事ができなかったシェインエルだが、「ミアの娘を幸せにする、か……」と泣きそうだった顔に安堵が入り混じる。
そんなシェインエルの胸を叩く、誰かの手。
「ん、こんないい天気に泣いてちゃダメでしょ。笑って、シェインエル」
泣きそうなシェインエルに向けるのは、いつも元気な笑みの桜庭愛(
jc1977)だった。
まず、ごめんなさいから始まった。
「少し前から鉢合わせていたんです。だから、話し声も聞こえちゃって……でも、護れなかったと嘆くより、これから護り通せばいい。それだけでしょ?」
「護り通せば、か。今の私には護り通すべきものもないのだがな」
シェインエルの表情が晴れることはない。だが愛の笑顔が崩れることもなく、手に持っていた一輪の鈴蘭をシェインエルの胸へ押し付け「はい、再びあなたに幸せが訪れますように」といつもの笑みとはまた違う微笑みを見せた。
そして「私は」と続ける。
「あの悪魔に負けてから、強くなった。あなたを悲しませないために――けど、私はそれでも弱いから……」
慈母のような優しい目をして、愛はシェインエルと目を合わせた。
「あなたに護ってほしいな。すべての戦いが終わって仇を討ったなら、私はあなたの大事な人になれるかな? すべての戦いの先に、すべてが終わった後、私を抱きしめてくれるなら、私があなたの幸せになるから」
もしかすると正義の味方として死ぬ時がもうすぐ来るかもしれない――そう思うと今、言わなければという想いが溢れた愛であった。
驚くシェインエルはまだ鈴蘭も受け取らず、目を閉じてしまう。ただそれは困ったという表情ではなく、これまでを思い返しているという顔であった。
やがて目を開け、鈴蘭を握る愛の手をその大きな手で包み込んだ。
「……全てが終わり互いに生きていていたその時、もう一度その気持ちを私に聞かせてくれ。もしその時も変わらぬ言葉が紡げたのなら、その約束を果たそう」
「うん、余裕ですね♪ シェインエル、約束だよ」
(案外、平穏に過ぎ去ったか。いざとなれば『あれはかなり特殊な例だ。見ちゃダメというか助けたげてアニエニん』と、こいつらに応援を頼む所だったんだがな)
顛末を見ていた千里は強張っていた肩から力を抜き、アニスエニスの頭を撫でている。
(おや、あれは……)
顔を確認しながら人混みを右往左往している新田 六実(
jb6311)の姿を見つけ、六実が誰かを発見した先を見れば、そこにはスズカがいた。ただ、一足先にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がスズカにマシュマロを勧めながら何事かを話している様子に尻込みして、その場で留まっていた。
「あの人からなにかを感じるね、エニス」
「そうね、恋の波動とでもいうのかしら? そんなものを感じるわね、アニス」
アニスとエニスが六実を見てそんな事を言い出していたので、双子の頭をわっしわっしと髪をかき乱す。
「任せろ、お兄ちゃんこう見えてインフィルだから索敵と鋭敏聴覚で探偵ごっこできるぞ」
「千里君」
「……冗談だから」
「ここで出会ったのも何かの縁ですし、ちょうどいいですねえ。少し早いですけど、別れの挨拶をしておきますか」
「別れの?」
2人で歩き始め、放り投げたマシュマロを口でキャッチするエイルズレトラは「ええ」と頷く。
「最近はちょっと色々サボりすぎていたんですが、なんだか平和になるみたいですねえ。
平和なのはいいことなのでしょうが、戦いが好きで、戦いを生業とする以外の生き方を考えていない僕には退屈ですから、事態が落ち着いてしまったら、欧州の実家に帰ろうかと思っていまして」
撃退士としての活動なんて、家業を継ぐための研修みたいなものだと薄く笑いながらに言う。
「そうなんですか……寂しい気もします」
「なあに、今生の別れになるかなんてわかりませんし。平和とは闘争から闘争までのインターバルでしかないんですから、終わりのない闘争がないように、永久に続く平和もありませんしね。
戦いが続けば嫌気もさしますが、ま、そんな事も平和が続けば忘れてしまうものです」
それを忘れないためにも自分は戦い続けると言わんばかりであった。手の中からにゅっとホワイト板チョコを出してかじりつき、ぼりぼりと音を立てながら「それで?」と、横目をスズカに向ける。
「君はこれからどうするんですか? 戦うものとして歩み始めた君は、平和になったら何者になるんですかねえ。折角研ぎ始めたばかりの鏃ですが、戦う目的を果たすか失ったら――減速するんですかね。それとも歩むのを止め、まったく別の道を歩むんでしょうかね」
スズカが「それは……」とだけ言って、その後の言葉が出てこない。肩をすくめたエイルズレトラは花屋の前で足を止め、適当にお任せで白い花束を作ってもらうと、そのまま投げるようにポンとスズカに渡す。
細い茎に大きな花を咲かせる白ユリ。無垢なる花が風に揺れる。
「――まるで君のような花だ。
僕は深紅に染まりきっているけれど、君はまだ何色にも染まっていない。それとも僕が思い違いをしていて、すでに白く染まっていてこれからもずっと白いままなのか……最後まで見守りたい気もするけど、そうもいきませんし、君が良き何者かになれるよう祈っておきますよ」
答えを聞く事もなく、「じゃあね」と言ってエイルズレトラは人ごみに紛れ、スズカの前を誰かが横切った時にはもう、文字通り消えていた。
たたずんでいたスズカだが、その背中を誰かの小さな手が押した。
「スズカちゃん、無事でよかった……ごめんね」
「むっちゃん」
「この前、スズカちゃんが大変だったなんて知らなくて、報告書に目を通して驚いちゃったし、心配になっちゃったよ。力になれなくて、ごめんね」
「いや、いいんだ。むしろむっちゃんが危ない目に合わなくてよかったなって――心配かけさせてごめんね。それと、ありがとう」
思い出したかのようにスズカはカスミソウとベルフラワーの花束を、六実の顔の前へと突きだした。
「可愛い花束――くれるの?」
こくりと頷くしかできないスズカ――受け取った六実は嬉しそうに笑い「これと同じ物、あげたいなぁ」と漏らし、花束の向こうから顔を覗かせる。
「スズカちゃん、もし暇ならボクと一緒にお買い物行かない?」
「いいけど、何を買うの?」
「これと同じ花束を――」
買うのと言い終わる前に耳ざとい花屋はさっと作った花束を六実の手に持たせ、キョトンとする六実に「手にはいっちゃったね」とスズカが笑いかけた。
「人混みも疲れたし、ちょっと公園にでも行こうか」
商店街から抜けだして、商店街が賑わっているぶん人の少ない公園のベンチで2人して肩を並べて座った。スズカの手にはエイルズレトラから貰った花束の他に、六実が奢ってくれた自販機のジュースがある。
スズカは開けて一口飲むが、六実は視線を落として手の中で転がしたまま、飲もうとしない。
「スズカちゃん、ちょっと聞いてくれるかな?」
父と母が夫婦でなかった事、姉とは異父姉妹である事、母の乳母の元、天界で育った事、自身の本名が『リルレイア』と言い愛称がリーアである事など、秘密というほど大げさなものではないと思っているが、それでも人界でほとんど話した事のない話である。
「なんでかな? スズカちゃんにはなんとなく、自分の事をもっと知って欲しくて」
その言葉がスイッチになったのか、「おいらも、むっちゃんの事がもっと知りたい」と勢いよくそんな言葉がスズカの口から飛び出した。
この戦いが終われば故郷へ帰ってしまうエイルズレトラを思い浮かべ、そうなると六実ももしかして――そう考えてしまうと、居ても立っても居られない。
目を丸くするすぐ横の六実へ、覚悟を決めた目を向けるスズカ。
「いろんなところでむっちゃんはおいらに力を貸してくれて、心配してくれて、他にも感謝したい人はいっぱいいるんだけど、その中でもむっちゃんには特別な何かがあって――きっとおいらは……」
「むっちゃんが好きなんだ。友達だからとかじゃなく、その先になりたいと思ってるんだ」
六実は最初、何を言われているのかわからない顔だったが、やがて口に手を当ててびっくりし、そして「あ……」と何かに気づいた途端にうつむいて、耳が真っ赤に染まっていく。
スズカの眼差しから逃れるように顔はそむけるが目だけは横を向き、ゆっくりと『答え』を口にした。
「……ボクも、スズカちゃんが……好きです」
そんなスズカと六実をアニスエニスがかじりつくように見ていて、その後ろに千里と理恵が枯れた芝生に座りながら傍観していた。
尾行してまで出刃亀したわけではなく、人混みから抜け出してたまたま同じ場所に来てしまっただけの事なのだ。
千里はいつだか理恵から渡されたガラスでできた半かけの雪結晶を指に絡め、自分の顔の前にぶら下げた。
「雪は融け、やがて花も綻ぶか」
自然は変化する。俺自身変わったと思っていないが、変化したのだろう、でないと自然に反する――そんな事を考え、変わらないのは作ったものだけかと、その雪結晶を理恵の顔の前に。
「あの日から、変わっていないか?」
その問いに、理恵は手帳型スマホケースを開き、そのポケットに輝くガラスの雪結晶を見せる。
「育つことはあっても、ちょっとやそっとで変わるような私じゃないでしょ?」
「そう、だな」
愛という生き物が育つさまを見た千里は、道すがら手に入れた白いカーネーションの花束を理恵に渡すそぶりを見せ、理恵が花束に顔を近づけて匂いを嗅ごうとするところに、千里は顔を近づけた。
アニスとエニスが後ろを振り返ると、白いカーネーションの花束に隠れるよう、千里と理恵の顔は重なり合っていたのであった――
【三界】白い花束を 終