「理子、大丈夫か? 何やら様子がおかしいようだが……」
そう言うアルジェ(
jb3603)も、いつもより理子との距離が近いようだが、気づかぬ理子は「え、どこもなんともないよ?」と、確かにいつもと変わらない。
だが修平が「でも何かおかしいよ、大丈夫?」と近づこうとすれば一歩引いて、「そうやって誰にでも優しいから勘違いしちゃうんだよ。ホント嫌い」とかなり酷な事を言っていた。
その途端「うわぁぁぁぁ!!」と誰かの悲鳴が聞こえ、膝をつく気配がした。
「理子さんが俺以外に無茶苦茶モテている上に修君に無茶苦茶ヒドい事を言ってるぅぅぅぅ!?」
頭を抱え絶叫している君田 夢野(
ja0561)が振り返った理子と目が合うなり、次は自分の番ではないかと恐怖心から、全力でその場を逃げ出した。
これはやはり何かおかしいと思った修平がアルジェと目を合わせ、何かを言おうとして躊躇い、言葉が出てこない。
「どうした? 修平。アルの顔に何かついているか?」
「――アルジェは大丈夫、なの?」
「大丈夫かと聞かれた場合、身体的には大丈夫と言うしかないのだが、先ほどから普段考えもしない修平への不満が次々に沸き起こっているので、何かがおかしいとも言える」
修平の顔が引きつるも、アルジェは「大丈夫だ」と安心させる。
「修平の辛そうな顔をアルは――絶対に、見たくない」
「けっこう、いい雰囲気ってやつね?」
「そうだね、エニス。どうやら本当に好きなら、その矢の効力に勝てるみたい――これはなかなかいいかもね。もっとどんどん試していこう」
アルジェと修平の様子に機嫌をよくしたアニスとエニスが次なる標的を定めたその時、弓もその手に発現された。これで射ってみようとアニスが恋の矢を番え、射る。
気配も殺気もないその矢はヘロヘロと、プレハブ小屋の外で猫達に餌を与えていたミハイル・エッカート(
jb0544)の背中にプスリと刺さった。
「いてて、お前ら爪を立てるなって。順番にちゃんと餌をやるか――うぉぉぉぉぉぉぉ!? 何だ、俺はマタタビにでもなったか!?」
猫達が一斉にミハイルのスーツに爪を立てて登り始め、不意打ちに驚いたミハイルが尻餅をつき、餌を与えていた手だけでなく顔や首、髪の毛までも毛づくろいするようにザリザリと丹念に舐め始め、頭を何度も何度もこすり付けてくる。
黒かったスーツはあっという間に色とりどりの猫まみれ、毛まみれになってしまうが、驚きながらもミハイルはニヤケが止まらない。もちろん、猫を払い落とすなんてことは絶対にしない――可愛いから許す!
そうこうしているうちに、小鳥までもが地上に降りてミハイルへ近づいていくが、猫は狩の下手な子どもと親愛する相手に獲物を届けるという――あとはわかるな?
「やめろ、お前達! 俺の前で生々しく捕食するつもりか!」
絶叫するも、ふるもっふにされているミハイルは身動き一つとれず、自然の厳しさを目の当たりにするのであった。
そんなふるもっふなミハイルに「いいなぁ……」と漏らす、新田 六実(
jb6311)だが、どことなく今日の学園は妙な気がすると訝しみ、敵対天魔が絡んでるのではと、帰宅中だったが斡旋所へと引き返す――そのついでに、へこんでいる百合子を見かけ、嫌悪感を一切抱かなかった六実はマインドケアで心のダメージを緩和させてから向かうのであった。
普段、どれだけ百合子に興味がないというよりは、まだそう言う感情が定まっていないのと、たった1人にそれを全部向けている事に、六実も気づいていない。
ともかく少しだけ立ち直れた百合子が顔をあげると、そこに見覚えのある生脚が。
視線をあげていくと桜庭愛(
jc1977)がレオタード片手に仁王立ちで、満面の笑みを浮かべていた。その顔に嫌悪感はひとつもなく、神々しくも見えて目を細めてしまう。
なんとなーくだが、頭に矢が刺さっているような気もしたが、気のせい。
「私がいるじゃないですか。さあ先輩、悔しさをこのレオタードに込めて、リングインです」
「……桜庭さんは唐突に私を嫌いになったりはしないんですか?」
「全人類の可愛い女の子を対象として大事にし、なおかつ好意を抱く者の好意が人類愛のレベルである私にとって、女の子を嫌いになるなんてあるわけないじゃないですか!
それに今日はなんだか胸もむずむずして、女の子の方から声をかけてくれる良き日なんです!」
とても上機嫌な愛は「集客、期待できますよ!」と、拳をグッと握る。そして百合子の腕をつかんで立たせようとするが、百合子は首を振って腕を解いた。
「いえ……このおかしな現象について、少し探りたいので……」
「そうですか、残念です気が向いたら来て下さいね! あ、そこの人、プロレスに興味はありませんか!!」
「ううん……申し訳ありませんがぁ……」
「そうですか! 気が向いたら見に来て下さい!!」
走り去っていく愛と入れ替わりで、今しがた勧誘された月乃宮 恋音(
jb1221)が百合子に気づいて「その……大丈夫、ですかぁ」とおずおず声をかけた。
恋音もまた、百合子に対して特に変化はない――顔見知りだから声をかけた、本当にただそれだけの事だという事だろう。
「ええ、まあ……今日はいきなり嫌われたりと散々ですけども」
「いきなり、ですかぁ……今日はみなさん、表にでていますねとは思っていましたが……」
そんな恋音に「何あの胸!」なんて言葉が向けられるが当人は全く気にした様子が全くなく、「何か関連性がありそうですねぇ……」と思考を巡らせていた。
「……あの時に見かけました子どもの後姿も、気になる所なのですよねぇ……」
「子ども……んんー?」
百合子の脳裏に閃くものがあり、立ち上がろうとした瞬間、「おねーさぁん! どうしたのー?」と卯左見 栢(
jb2408)と走ってくる――が、その足が止まった。
(なんで声かけちゃったんだっけなあ……)
さっきまで「ばれんたいん! それはチョコを渡す日であり百合子おねーさんの誕生日でもある! 今年はどうしよっかなあ……チョコは渡すとして、プレゼントはやっぱりアタシでいいかな?」なんて浮かれていたはずが急に、栢の中の想いが萎んでいく。
栢が走ってくるのに合わせて立ち上がって両手を広げた百合子が訝しみ、「……飛びこんでこないんですか?」と尋ねてしまった。
「……なんで? すきんしっぷ、する必要ないよね? 恋音ちゃんにはいつでもするけど!」
百合子を無視して恋音の頭に頬ずりをする栢。その光景に百合子の表情は凍ってしまう。
「あのぅ……大丈夫、でしょうかぁ……?」
本日二度目の質問に、百合子は何とか「大丈夫、です」と答えるが、栢から視線を外せないでいるし、その表情は凍ったままである。
「へえ、そりゃよかった。それじゃ、ばいばい――恋音ちゃん、向こうでお話しよー?」
百合子に対して冷たいというか、全くの無関心の栢が恋音の背中を押してこの場を立ち去ろうとする。押される恋音は百合子を気にかけながらも「えっと、そのぅ……」と、押されるままに歩くしかなかった。
立ちすくみ、1人残される百合子――そんな百合子に全く無関心となってしまった栢がちらと後ろを向いたのは、ほんの気まぐれだった。
そして栢が見たのは立ちすくんだまま、涙をこぼす百合子の姿。
「あ、あれ……? 女の子に冷たくされるのはこれまでにも、ありましたけど……涙なんて……」
涙を拭っても、止まってはくれない。栢と目が合いもう一度、名前を呼ぼうとして口を開いたが、胸が痛くなり、声が出てこない。
――なんで?
そんな事、考えるまでもなかった。
「……本当の本気で、好きなんです。どんな誰よりも――」
「あ――……お、お、おねーさぁぁぁぁん!!」
それまで素っ気なかった栢が叫びながら百合子の元へ駆け寄り、泣きながら「ごめんなさぁい!」と繰り返す。恋音の方は「よかったですねぇ」という表情で百合子にぺこりと頭を下げ、静かに立ち去った。
「いきなりね、なんか、おねーさんの事どうでもよくなっちゃってたけど、おねーさんが好き好き、大好きだから!」
「ん、大丈夫ですよ。わかってますから――こうなった原因もなんとなく、ね」
泣きじゃくる栢の頭を撫でながらも、百合子は理恵に連絡を取るのであった。
(ん? 黒松の奴、どうしたんだ?)
遠目に理恵を見つけた地堂 光(
jb4992)がやたら猫と雀に囲まれているのを訝しみ、近づいていく――が接近するにつれ、自分の鼓動が速くなるのを感じ、「どうしたんだ、俺」と胸を叩く。
「よ、よう、黒松。どうしたんだ?」
「んー? 今、御神楽さんからも連絡来たんだけど、どうにも何かが起きていて、それにアニスエニスが関わっているような気配がするんだよね」
「ああ、あいつらの仕業か――それで、どうするつもりなんだ。理恵」
名前で呼んでしまってから拳で自分の顔面を殴り、「黒松」と言い直す光。突然の行動に目を丸くする理恵だが、「とにかく探すしかないね」とその行動に触れないでおいた。
「とはいえ、本気で隠れられたら今の私じゃ見つけようがないから協力者を募るしかないんだよねって事で、御神楽さんに正式依頼として募集しておいてくださいって頼んでおこうかなと」
「なるほどな――じゃあ俺も双子の捜索に乗り出すとするぜ、理――黒松」
理恵と言いそうになる口の顎を拳で打ち上げ何とか言い直すと、すぐその場を離れる。そんな光へ「それじゃ私は部室にいるからー」と理恵は一声かけてから行くのであった。
(さて、どう捜したもんだかな)
そう思って歩いている光の視界の隅に大剣を素振りをしている雪室 チルル(
ja0220)が映っていたのだが、特に気にも留めず、双子の捜索に行ってしまう。
チルルの前に、その双子がいるという事実を知らずに。
草野球をしたい気分だったのに、ボールを忘れてきたと騒いでいたチルルが「ちょうどよかったわ! 遊び相手を探していたのよ!」と隠れているアニスエニスを捕まえたのはほんの少し前の事だった。
光や理恵に発見できなくとも、さいきょーなチルルにとって双子を見つける事など造作もない事なのだ。
「さー次よ次!」
大剣を構えるチルルへ、アニスが一矢放つ。
「外角からキレのいいシュートなんて、打ちごろよ!」
重量バランスと本人の腕のせいでコースも安定しない矢を、バットの如くフルスイングした大剣で高々と打ちかえした。その角度、飛距離共に、申し分ないホームランコースである。
そんな矢先にいるのは――
「さあ今日も街に異常がないか恒例のパトロールに行きますよ!」
袋井 雅人(
jb1469)改め、ふんわりシルクのショーツを顔に被りその上に黒縁眼鏡をかけて、身体は褌を履いているだけでほぼ全裸の、愛と笑いの正義のヒーロー『ラブコメ仮面』であった!
絵面的にキツイから、もうスルーしていい?
だがそんなことが許されるはずもなく、パトロールを開始したラブコメ仮面のいなりに恋の矢が刺さった。
「はうあっ!? 今、何かが刺さった? 見えない攻撃ですかね?」
周囲を警戒するが、股間に刺さった矢も見えないラブコメ仮面である。だがつんざく悲鳴を聞き「今行きます!」と駆け出すあたりはヒーローっぽい。
「やめてくれ! 俺にはすでに心に決めている人がいるんだー!」
「脱げってんだよおらぁ!」
ヘアスタイリスト部『丸坊主』のオネエな部長によって、ダークスーツのパンツを脱がされそうになっているミハイル。ついさっきまで「よ……よう、先日は世話になったな。今日は切ってもらう予定は無いぜ」と普通に会話を試みていたはずだが、いきなりこれだ。
「まちなさい! その狼藉、このラブコメ仮面、見過ごすわけにはいきませんよ!」
颯爽と現れたラブコメ仮面に後光が見えたミハイルが思わず「ラブコメかめーん!!」と懇願するように叫び、部長はチッと舌打ちするがラブコメ仮面の魅力に引きこまれ、「ラブコメ仮面様!」と両手を広げて飛びかかっていく。
そんなラブコメ仮面の後ろから、またも見えない矢が飛んできてぷすりと尻に刺さると、途端に2人の目に殺意が宿る。
「――行け、猫達よ!」
「布切れ如き、虎鉄の前には無力!」
ミハイルの号令に猫達が一斉に跳びかかり、部長は虎鉄という名のハサミを装着してラブコメ仮面に襲い掛かる! そして「私の愛は無限大ですよ。どこからでもかかって来なさい!!」と迎えうつ、ラブコメ仮面であった――
(……全く、誕生日プレゼントと称しながらチョコを贈ってくるのは勘弁願いたい)
とてもありがたくない事に男友達からのチョコラッシュから逃げてきた飛鷹 蓮(
jb3429)が、ユリア・スズノミヤ(
ja9826)との待ち合わせ場所である公園に向かっていた。
向かう途中、大剣を振り回すチルルを見かけ首にチクリとした違和感を感じたが、特にどうもなっていない事に首を傾げつつ、周囲を見渡していた。
「あ! 蓮はっけーん☆ どしたの? 得意の苦虫かみつぶしたような顔し、て……?」
走り寄ろうとしたユリアだがぞわぞわっと悪寒がして、蓮の顔が――いや、顔だけでなく香りというか、空気というか、鼓動その全てが癪に障る。
「ユリア? どうした、イクラを口に含んだような顔をして――」
「ていっ!」
雑ながらも大事そうにしていたチョコの箱を、ユリアは蓮の顔面に投げつける。箱を手で受け止めながらも、様子がおかしい事に気づき、「っ……ユリア?」と眉根を寄せる蓮だが、踵を返されて思わず「待て――」と手を伸ばし、手首を掴もうとしていた。
するりとかわされそうだったが、その手はしっかりと手首を掴む。
何度も振られ、引き剥がそうとしてくるが、それでも蓮はその手を離したくなかった。
「離してほしいのにゃー」
「……こと、わる」
「な〜んでかにゃ?」
それまで顔を見ようともしなかったユリアがやっと、今にも泣きそうな表情を見せる蓮と顔を合わせた。
「――離したくないからだ……俺は、何かに依存することはないと思っていた。君と出逢うまでは――だから、離さない」
蓮の瞳が真っ直ぐにユリアの赤い瞳を覗き込むと、ユリアの瞳が揺れ、閉じられた。
そして再び開いた時、そこに嫌悪の色は消えていた。
「――なんてねん。そんな悲しそうな顔しないの」
ユリアが蓮の額を小突くように軽くチョップして、「もー、蓮は私がいないとほんと駄目なんだから」と他の誰に向けるよりも一番の笑みを蓮に向けるのであった。
「はい、私のラブとハートをどうぞ?」
改めて、チョコではない小さな小箱を渡す。
表情こそ大きく変えないが明らかに安堵した蓮が小箱を開けると、その中にあったのは百合の紋章のシルバーネックレス。
「……ありがとう。このネックレスと同じように、君は離さないぞ」
人目もはばからず、強く抱きしめる蓮。ユリアは蓮の顔と香りと空気と、そして大好きな人の鼓動を感じつつも「うみゅ☆」と抱きしめ返すのであった。
「――というわけなので、捜索と調査の依頼です」
「おお……なるほどです……今日の違和感には、そんな事情があったのですねえ……」
理恵が部長を務めるしいくらぶの部室で、百合子と理恵が依頼の説明をする。集まっているのは学園の違和感を見てきた恋音と六実、それにたまたま知った陽波 透次(
ja0280)くらいである。あとはスンスンと鼻を鳴らしながら百合子にしがみついている栢と、部室で聞いているだけの城里 千里(
jb6410)――それに、今しがた捜索を断念して戻ってきた光がいるだけであった。
「効果は推測ですが、今話した通りのものだと思います。効果範囲は結構広いみたいで、持続力もかなりのものでしょう」
「なるほど……別に俺は何ともないみたいだが。だいたい、思いを強くするってのも理恵への想いにこれ以上があるのか?」
「ふえ!?」
普段、部長か黒松としか呼ばない千里が『理恵』と呼び、しかも距離がいつもより一歩以上近く、息づかいを感じる距離にいる。バッチリ効果を受けて置いてなんともないと言っている千里へ、光が妙な笑い方をしては壁に頭をぶつけていた。
少し考えるぞぶりをしていた恋音がこくりと頷く。
「……心当たりがありますねぇ……少し捜してみます……」
「僕も周辺を灯火と一緒に探ろう――おいで、灯火」
おいでと呼ばれたヒリュウの灯火だが、しばらく聞こえないふりをし、部室から出ようとした透次にもう一度「おいで」と呼ばれ、渋々と行った体で追うのであった。
「あの、私も、役に立つかわかりませんけど、捜してみますね」
「どうせ実験と観察が終われば帰ってくるだろう――このあとチョコパするんで、気が向いたら来て下さい」
出ていく六実と、透次の背中へ向けて珍しくも千里が大きな声でそう呼びかけ、チョコパをするからそこで準備を頼むという書置きをしてから理恵の手を取った。
「さて、買い出しに行くか」
「お、おーう……」
いつになく積極的な千里に、悪い気がしない理恵は手を引かれて購買に向かう。そんな2人を見る光の顔は少し険しく、壁に何度か頭を打ちつけてから表情をほぐしていた。そんな光に恋音は「大丈夫でしょうかぁ……?」と声をかけるのだが、光は「大丈夫だぜ」としか言わず、部室を後にする。
本当に大丈夫か心配にはなったが、まずは騒ぎを止めるのを優先し、恋音は動きだすのであった。
「2本まとめて、とくだいホームラン!」
周辺調査をしていた透次と灯火に頭にプスリという感触が。すると透次は灯火に目を合わせ、フラフラと引き寄せられるように灯火に抱きついて顔を擦りつけ、もふりまくる。そんな透次を鬱陶しがり、ゲシゲシと何度も足蹴にする灯火。そこには微塵も好意を感じられない。
嫌がって足蹴にするが、透次を怪我させるほどの威力まではない――が、それは怪我をさせると自分も痛いだけという、透次を気遣ってのものでは断じてない。
――ここまで信頼関係のない撃退士と召喚獣も、珍しい。
透次の顎を蹴り上げ、やっと離れたところで逃げ出す灯火。それを「待って!」と追いかける、自分の召喚獣にさえ1ミリも好かれていない憐れな男、透次。
追い回された灯火の逃げた先は、ある男性の後ろだった。
「どうしたのかな〜」
星杜 焔(
ja5378)が灯火の頭を撫で、必死な透次に首を傾げる。そんな1人と1匹が淡い光に包まれ、正気に戻った透次が「すみません」と星杜 藤花(
ja0292)に頭を下げた。
「どういたしまして――よく分からないんですけど、なにかまた事件……? 焔さんも……何かえらく動物やらに好かれて……スキルの影響かしら」
透次にあれだけ冷たかった灯火も焔には撫でて撫でてと頭を擦りつけ催促をしているし、色々な動物が焔のまわりに集まってもいる。
そんな焔の手を取り「家でもふらと望ちゃんも待ってますから、ね、『お父さん』?」と、淡い光を送りこむ。その途端、野生動物達は一斉に距離をとるのだった。完全に逃げていかないのはやはり、普段から好かれているということなのだろう。
「非モテの人がモテモテだったり、好きな人が嫌いと言ったり、どうも怪しいですよね……でもわたしには効果がない……もしかして高位のスキル……?」
透次は残念な事に、モテモテにはなれなかったが。
「おかしな状況になってない人の共通点は何だろう。藤花ちゃんと俺で違う事といえば……というか、藤花ちゃんといえば特殊抵抗がやばい……だよね……何らかの状態異常スキルを何者かにかけられている……という事かな」
手をつないだままの焔と藤花へ、正気に戻った透次が今回の事件について知る限りを伝えると2人はなるほどと頷いていた――そこに。
「弾丸ライナーね!」
気配の感じ取れぬ何かが飛来し、焔とつないだ藤花の手に突き刺さろうとして――その絆の前に燃えて消滅する。
「うーん……ダメだな〜俺には何者かの気配は辿れないや。でも敵意はなさそうだし、騒ぎが新鮮なあたりでお誘いでもしてみようか」
「そうですね、焔さんがそう言うなら」
2人が手をつないだまま、騒ぎの方向へ向かって歩き出す。焔の肩には相変わらず灯火がいて、実はクリアランスで解除失敗している透次だけがぽつんと残された――男1人、何を思う。
「んふふ〜♪ としおさん、ケーキ気に入ってくれるかな〜♪ ……あら?」
上機嫌で歩く華子=マーヴェリック(
jc0898)が注意を促す張り紙に気づき、しばらくの間、凝視していた。そしていい事考えたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
(『恋の矢』を受けてもっともっーととしおさんに好きになって貰う!)
そんな事を考えつつも佐藤 としお(
ja2489)へ会いに行く華子だが、恋の矢を受けるために双子を見つけたくとも、自分では見つけられそうにないと悩んでいた。
会うなりとしおは、華子が悩んでいるのに気付く。
「どうしたの華子? 今日はバレンタインのプレゼントをくれるって言ってたけど……」
「実は……」
話を聞いたとしおが「ははぁ」と、今もすぐ近くで打ちかえしているチルルへと目を向ける。もちろんチルルの前には双子の天使がいて、としおの目にははっきりと映っていた。
「あそこにね、多分それらしい子が――あ、こっちに矢が飛んでくる」
「受けます!」
華子がとしおをかばうような格好で前に出てると、確かに胸へと刺さる感触がはっきりと伝わってきた。
「ふふ〜♪ これで――」
「今、女の子の方の矢だから『愛の矢』って方だよ?」
それを聞いた華子の顔がさーっと青ざめ、明らかにその顔は「ヤ バ ク ナ イ ?」と言っている。
としおはニコッと笑い――いきなり走り出した。
「うおぉぉぉぉぉ! 俺は今! ラーメンに! 会いたいぃぃぃぃ!」
「ま、まってぇぇぇぇ、としおさ〜〜〜〜〜ん!!」
ラーメンまっしぐらのとしおを追いかける、華子であった。
「いつも通りの光景にも思えますが、ここらへんが怪しい気がするな〜」
としおが横を走り去っていった焔が見回すが、やはり発見はできない。すぐ側でガンガン打ちかえしているとは知らずに。焔にも飛んでくるのだが、聖なる刻印を刻み付け、なおかつ藤花と手をつないでいる以上、もはや効くはずもなかった。
1人素振りしているように見えたチルルが、「なかなか楽しめたわ!」とてこてこと歩き始めたその時。
「ええとぉ……見つけ、ましたぁ……」
恋音の周囲に立ちこめた霧がチルルを包み込み、「寝ないわよ、寝るもんか―!」と声がして霧が晴れた時には完全に眠っているチルルと、眠った双子の姿が。
「すぐ近くに、いたんですね」
「そうみたいだね〜」
お菓子の準備をしようとしていた焔と藤花に恋音がしいくらぶの部室へ3人の連行を手伝ってほしい事と、チョコパをする旨を伝えると、快く引き受けた焔が双子を抱き上げる。
少年と少女の重さに、焔の頬はさらに緩んでいた。
「望もこんな感じになるのかな。2人いるのもいいかもね?」
「そうですね、焔さん」
「さすが理恵、モテるな」
言い寄る男を払いのけ、手をつないだまま先を歩く千里が理恵を茶化すのだが、理恵は顔を赤くしてうつむいたまま、「う……」と言葉が詰まって上手く出てこない。
(どうやら取り越し苦労になりそうだぜ)
何か騒ぎにでもなれば駆けつけるつもりで、少し距離を置いてついて来ていた光も理恵と千里の様子に安堵しながら、胸を叩いてもやもやを振り払う。
千里と理恵が部室に戻ってきた時、恋音と六実の前で双子とチルルが正座させられていた。
「相手に無断で勝手にそんな実験しちゃダメだよ」
「そうですねぇ……その場合、学園の許可を得て……実験にお付き合いしてくれる方を募るのが、一番ですねぇ……」
「あたいはむじつよ!!」
正座させられているチルルが拳を振るが、恋音の笑みの前にしゅんと肩を落とす。
「まあまあ、お説教はそのくらいにして……あ、お邪魔してました〜」
「そういえば恋の矢を受けていたという事でしたね」
チョコパの準備と自分の持ち込んだ物を広げている焔が理恵と千里に頭を下げ、藤花が理恵に近づいては淡い光で理恵を包む。そのおかげか遠巻きに見ていた光の胸も比較的軽くなり、「よう、邪魔するぜ」と千里と理恵の横を通り抜けて部室へ。
――だが、千里は手を離さない。それどころか、強く握る。
「千里、くん……?」
「どんな奴が来ても黒松、お前を渡す気はないよ」
理恵から黒松に戻っているからには正気のはずだが、それでも千里はその言葉を理恵に伝えた。
後押しがあったからとはいえ自分の意思で伝えたかった大事な言葉に、理恵は――泣いていた。とてもとても、嬉しそうに。
そしてハッとする千里は皆の視線を集めているのに今、気づいてしまった。伝えなければという想いが強すぎて、自分で思っていたよりもテンパっていたのだと自覚してそっぽを向くのであった。
微笑ましく見ていた恋音が窓の外に目を向けると、ダークスーツのほころびを直している丸坊主の部長と、ラブコメ仮面と談笑しているジャケットを膝にかけたミハイルを見かけた。
恋音はクスリと笑い、愛おしそうにラブコメ仮面の映る窓ガラスに手を添える――
「プロレス! しませんか!」
どんな空気でも飛びこんでくる愛がもう1つある部室の戸を開けると、チルルが「ぷろれすごっこなら、さいきょーのあたいが相手よ!」と逃げ出す様に愛の背を押して行ってしまうが、百合子が手を叩いて仕切り直す。
「月乃宮さんのおかげで解決しましたって事で、落着ですかね。ほら、栢ちゃんも――」
栢の頭を引き寄せ、皆の見ている前で躊躇することなく百合子は栢の唇に唇を重ね、「いつものように笑ってください」と微笑のであった――……
「ああ美味かった! こんな所に隠れた名店があったなんて、感激だ!!」
橋の下にひっそりと生息している、昔懐かしの移動式屋台。誰が来るんだと言わんばかりのそこではとしおが幸せそのものの顔であるが、その横には不安そのものの華子が座っていた。
「さて……華子のプレゼントは何かな?」
いつもと変わらないとしおがそこにいて、華子は目を丸くする。
「としおさん、嫌いになったわけじゃ……」
「ははは、ごめんごめん、少し悪戯したくなっただけさ。僕の華子に対する愛は不変だよ」
感激する華子がずっと大事そうに抱えていた箱を差し出し、「としおさん、BDのチョコレートケーキです♪」と満面の笑みを向ける。
するととしおはケーキではなく華子の手に手を重ね、「華子、ありがとう……」と愛と感謝を伝えた。そこがラーメン屋台なのもとしおらしいが、無口な店主は野暮な事を言ったりはしない物である。
ただ黙って、熱い2人のために熱い鶏ガラのラーメンをもう一杯、差し出すばかりであった。
(スズカちゃん、まだ戻ってないのかなぁ?)
スズカの自宅を覗き込む六実だが、気配もないことに少し肩を落とす。せっかくチョコを届けに来たのにと思いはしたが、せっかくなのでコトンと、少し歪なラッピングがされたチョコを郵便受けに投下する。
六実にとっては友チョコだが、ちゃんと手作りのそれにはきっと無意識に、友達以上の気持ちが籠められているに違いなかった。
「スズカちゃん、早く帰ってくるといいなぁ」
見上げる六実――スズカは大天使のために雷獣と戦っているとは知らず、帰路に着くのだった
「ふむ、どうやら何かが始まって、知らぬうちに終わったようだな――ああそうだ、修平」
事態が終息したのだと肌で感じたアルジェが修平へ小さな箱を渡す。
「ハッピーバレンタインだ、たまには人間の女子学生らしいことをするのも面白いな、少し硬いかもしれないから食べるとき注意するといい」
そして立ち去ろうとしたアルジェはユリアと手をつなぎ、銀のネックレスを揺らす蓮を見て振り返った。
「ああ、そういえばだ。銀というのは毒除けの他に魔除けの効果も高いらしいぞ」
ウィンクしてから今度こそ、アルジェは去っていった。どういう意味なのか分からなかった修平だが、箱を開け、6粒のトリュフチョコからひとつ摘まんでみると、確かにチョコではありえない硬い感触。
口から出してみるとそれは、銀の指輪――いまさらアルジェの方へと顔を向けても、もうその背中は遠い。
「……ありがと、アルジェ」
それから数日、その事件の話を聞いてやっと誤解が解けたあの男が立ち上がった。
君田 夢野――ずっとうわごとを言いながら寝込んでいたとは、誰にも言えない。せいぜい「とっとと立ち上がらんかい!」と蹴り起こしてくれた友人くらいなものである。
そしてとうとう、意を決して自ら理子の部屋を訪れる(女子寮なので長居はできないが)。
突然の来訪に慌てて戸を開けた理子の前には、大規模へ赴くかのような真剣な顔をした夢野。言葉を溜めて、「話が、ある。それも、割と真剣なヤツ」とポケットから包み紙を取り出し、理子に渡した。
あまりにも小さなそれに見当もつかない理子が包み紙を開くと、きらりと光る、金の指輪が。
「あの時君がいなくなって、俺は君なしでは生きられないと思った。だから、戦いが終わったら俺と共に生きよう」
「え――と……え――?」
あまりにも突然な言葉になかなか浸透してこない理子だが、それは紛れもなく、プロポーズの言葉だった。
やっと言葉が浸透した理子ははくはくと口を動かし、うつむき加減で「私でいいなら、その……喜んで」と返事をする。
「俺は、理子さんがいいんだ――いや、理子さんでなければダメなんだ」
恋のキューピッドに憧れている双子の天使が起こした騒動。双子はその結果を知らないが、それでも確かに、誰かを幸せにできたのであった。
モテモテバレンタイン騒動 終