●2つの戦い
散歩していたメイジーの前に、道路脇の林から波風 悠人(
ja3452)が。
「こんにちは――この間の借りを返しにきました」
「あら〜こんにちは」
スカートの裾を摘み、恭しく挨拶をするメイジー。
「あんたらは何か目的があって、動いているのかな」
「え〜メイジーわかんな〜い」
「わからないことはないですよね」
「教える義理はねーって事だろーが!」
頭巾が黒く染まり手提げの篭から大きな拳銃を取り出すと、悠人に向けて発砲する。だが銃口を向けられる前に、悠人は不規則な動きで的を絞らせず距離をとっていた。
そして双剣に魔力を込め、振り抜く。
腕に銃弾をかすめながらも、双剣から溢れ出る魔力が一直線にバレットを貫いた。
「いっでぇな、てめぇ」
「言ったじゃないか。借りは返すってね」
そして悠人はこそっと「交戦、開始しました。援軍は不要です」と連絡を入れておく。
(さて誘いに乗ってはくれたけど、向こうはどうかな――)
(みんなが上手く行きますように……)
駆け付けた学園生を行かせ、スズカがそう祈っていた。自身は雷獣を近寄らせないようにすると言ってこの場に留まったのだが――いつもより数が多い事に、苦戦する予感を覚えていた。
「なんでいつもより多いのかなっ!」
「悪魔がこっちに向かっている事が関係しているんじゃない?」
1人だと思っていたスズカが後ろから聞こえる声に驚き振り向くと、逢見仙也(
jc1616)が残っていた。
「いや、向こうに行っても心を動かせるような言葉なんて吐き出せないし、だから残ったわけだけども――戦力としては期待しないでくれな? 気休め程度の盾として働けば良しと扱うのが正解だぞ?」
そう言いながら、スズカの横にまで来ると腕を水平に。雷獣の牙がその腕に刺さる――いや、刺さっているように見えるのだが、血の一滴も出ない。その牙は仙也の腕に歯形をつけるくらいしかできなかった。
離れの雷獣が咆えスズカへ雷光の弾を吐き出してきたが、翼を広げた仙也がそれを受け止めた。
「意外そうな顔しないでよ、少しはピリッときたんだから。100Vコンセントくらいにはさ」
不気味な黒い剣を抜いて噛みついてきた雷獣へ振りかぶると、赤く光る刀身がさらに怪しく輝き、振り下ろす。その刃が首を切り裂き雷獣はその場でのたうち回り、やがて力尽きるのだった。
腕を振り回し、雷獣の亡骸を放り捨てる。
「まいったね、これじゃ活躍しているように思われちゃうじゃないか。ほら、がんばれがんばれ」
スズカの背中を叩き促しながら、仙也は「こっちは大丈夫」と連絡を入れておくのであった。
●その言葉に彼女は
「さて、涼子さんに帰ってきていただくには、まずアルテミシアさんよね」
「私もそう思います――が、それでも私は涼子さんにお話がありますから、そちらはお任せします」
悠人と仙也の連絡を確認していた斉凛(
ja6571)へ頭を下げ、玄関へと向かう水無瀬 文歌(
jb7507)。そして凛は川内 日菜子(
jb7813)と頷き合ってから、アルテミシアがいるであろう部屋の戸口に立った。
凛がノックをして「失礼いたします」と戸を開ける――凛の顔めがけて裏拳が飛んできたが、その拳を凛の顔の前で日菜子が受け止める。
「随分なご挨拶だな、アルテミシア」
「何だ、お前達か。すまない――」
凛が口を開く前に日菜子が、「なあ、アルテミシア」と先に声をかけていた。
「与一が実際何をしたかったのかは正直、よくわからなかった。当然悪魔としての立場もあるだろうし、冥魔に与する為の行動を取っていたのには違いない。
しかし彼は使命感や義務感というよりも、自分がそうしたいからそう動いていたようにも見えた――気ままに自由で、決して何ものかに縛られたりはせず……というのは想像の範疇に過ぎないが、気に食わない男だったがほんの少し、ほんの少しだけ、私は憧れていたのかもしれない」
尋ねるようでいて、独白のような言葉。だがその言葉に「お前の気持ち、わからんでもないな」と、まるで自分もそうだというような口ぶりで返していた。
凛はまず丁寧にお辞儀をし名乗ってから、仙也に聞いたスズカの交戦状況をアルテミシアに伝える。
「貴方の為にスズカさんも必死に戦ってらっしゃるわ。強い方ね」
「……強くなってきたのだな。そのうち与一同様、楽しませてくれるものかな。お前含めて」
「彼への害意に対して牙を剥くのなら私は是非もない。
だが与一の生き方に当てられた私は、どういう想いでアルテミシアに拳を向ければいいのかよくわからなくなってしまった――だから聞かせて欲しい」
「あんたはスズカをどう思っている?」
問われたアルテミシアが一瞬、不思議そうな顔をすると、しばらく言葉も出さずに口を開いていた。
「……私は、スズカの両親をどちらも知っている。そして母親の方は私が育てたようなものだからな、どう思っていると言われて考えた結果、スズカを可愛いと思っている私がいて、それは孫に対する気持ちのようなものかもしれんな」
産んだ事はないのだがなと、笑う。
「ではそんな可愛いお孫さんと、貴方の使えるべき主、どちらの方が大切なのでしょうか。
わたくしにもメイドとして仕えるべき主がいらっしゃいますので、主に忠誠を誓うところは共感できますの。ですが――ベリンガムは主として仕えるに値する器量の持ち主かしら? 敵に囲まれ怪我をした貴方に助けもよこさないなんて、どんな酷い方かしら? 本当はあまり強くないのかしら?」
「助けか――未熟な私に価値があると思われていない、ただそれだけの事。それにだ、王にとって手駒などあまり必要なものではない。お前らに至っては『王威』の前に、本来の4割程度の力しか出せんだろうさ――まあ、中には抵抗できる者もいるかもしれんが、そう簡単なものではないぞ」
(質問をひとつ、答えませんでしたわね。答えにくいでしょうか、それとも答えるまでもないという事かしら)
「そう、ですか……貴方はアテネをご存知ですか?」
噂程度にはと、答える。
「絶対的不利な状況でも諦めない姿勢、敵に対しても必要であれば手を組む度量、敵対していた物の地に留まる覚悟。その器はベリンガムに勝るとも劣らないですわ」
その言い方にアルテミシアは苦笑とも取れる笑みをこぼす。
「貴方も学園に来ればアテネに会う事ができますの、アテネの器を直接会って確かめてみてはどうかしら。主へ忠誠を誓う事は大事ですが、使えるべき主を間違えてはいけませんわ。
忠誠を誓うに値しない、そんな主に仕えるべきではありませんもの」
そんな凛の説得にアルテミシアはというと――声を立てて笑っていた。
「ははは――先ほどお前はベリンガム様が仕えるに値する器量の持ち主かと問うたな。その答えは、NOだ。器量について語るのであればゼウス様ほどではないし、恐らくは話しにあったアテネ様ほどでもないだろう。
だが臣下である私にとって仕えるべきは天界であり、天界の意思たる『王』なのだ。賢者だろうが愚者だろうが臣下は王に仕える、ただそれだけの事。ベリンガム様からアテネ様に代わるのであれば、私はアテネ様の臣下となろう。
だが、主が気に入らないからと臣下が主を替えるなどありえん」
「それで死ぬことになってもか」
「そうだ」
日菜子は唇を噛みしめ、頭を振る。
「戦いが激化していく以上、スズカもまたいつその渦中に散ってもおかしくはない。守るにも私だって自分の死を先延ばしするので手いっぱいだ――かと言って、アルテミシアと与一に弓を引くほどに決意の固いスズカを、私が止めるのは叶わないだろう。
そんな生き方を推したのは自分なのだが、生憎長生きできる生き方を私は知らない。たとえ望まなかろうと、冥魔以上に儚い私達やスズカが与一の後を追うのも容易いモノだ……次に死ぬのは、誰になるんだろうな」
「……そんな話し方に聞こえると思ってはいたが、与一の奴は――」
「死んだ。私達にあのゲートにいる少女とやらを託して――それと、スズカの成長がもう見れなくて残念だと」
あれほど執心していた与一の最期をはっきり伝えると、アルテミシアは「そうか」と天を仰ぐ。
「――天使の私が、悪魔のために涙を流して、いいものか」
「恥ずべきことではありませんわ」
「あんたの心に従えばいい」
途端、アルテミシアの頬を伝う――愛する人を失った者が流す、涙が。
真宮寺 涼子(jz0249)が人の気配を感じながらも玄関を開けると、「今日こそお話を聞かせてもらいますよ、涼子さん」と強い意志を感じさせる文歌がピィちゃんを連れ添って待ち構えていた。
「涼子さんはシアさんを守っているんですか? それなら怪我が治るまでだけでもシアさんを学園へ……と言っても王権派だと正規ルートは無理かな。
でもオグンさんみたいに秘密裏に匿うのはできそうですし、涼子さんも一緒に来れば、シアさんの護衛ができますよ?」
涼子の反応を待ちながら提案していく文歌だが、何も返さず通ろうとする涼子。手を取ろうとしてスルリとかわされた文歌が、「いつまでも聞き分けのよい生徒ではないですよっ」と魔力を高める。
即座に反応した涼子が掌を文歌の顔めがけて突き出し、文歌は網状のアウルで掌を受け止めた――だが一瞬生まれた死角で涼子は文歌の後ろに回り込み、腕を文歌の首に回していた。
後ろから文歌の顔の前にスマホを見せ、片手で文字を打ち始める。
『遠近どちらもできるかもしれんが、この距離は私の距離だ。相手の得意分野に付き合おうとすれば負けるぞ』
言葉ではなく、回りくどいそんなやり方に文歌はピンときたのかアウルで特殊な木枠を作りだし、涼子にだけ聞こえる声で「言葉ではダメですか」と尋ねると、画面には『JA』と表示される。
『今、私の表面に仕込んでいるサーバントはトビーのお手製だ。録音されていてもおかしくはない』
「なるほどです――この前スマホを渡した時に、涼子さん私に『ありがとう』って言ってくれました。もし学園に帰らないつもりなら突き放したメールを送ってくるはず……本心では帰りたいのに王権派が学園と敵対してるから迷惑かけられないって思っているんですか?」
後ろ手ながらも涼子の手をしっかりと握りしめる。
「私達は敵対していた使徒だって先生にしてしまうんですよ? 王権派も気にしないです――私は派閥だとか関係なく、天魔さん全員と仲良くなりたいんですっ」
スマホに『私は』と打たれた後、しばらく間を置き――
『まだ離れるわけにはいかないのだ。すまん……もう、私は行くぞ』
「ならその理由をあとで教えてくださいね」
その返事とばかりに文歌の手を強く、握り返す涼子だった。
●そして自分の仕事を
(だんだんわかってきたぞ、こいつの事が)
本日2度目の閃光手榴弾を投げてきたが、悠人は下がりつつ伏せて顔をガードし、閃光の中から飛んできた銃弾を紫電のアウルで受けながらも、そこめがけて封砲を放つ。小さな手応えとともに、黒い光が光を食い散らかすかのように閃光をかき消した。
そして体勢を低くして一気に突っ込んでいった――反撃はまだ来ないはずである。
(メイジーには物理、バレットには魔法、この考え方もあっていた。中距離を維持したがっているのも見え見え。それに、切り替わる瞬間は身動きが取れない――)
「あんたは、1人ならそんなに怖くない!」
何かを取り出そうと籠に手を入れるバレットだが、悠人の双剣が届く方のがわずかに速かった。神速の刃が腕ごと籠を切り上げ、バレットの目が籠を追いかけていく。
間髪入れず足を払い転ばせ、「返却します、よ!」と双剣を胸に突きたてた。
「いてぇぇぇぇぇ、いてえ、いてぇ、いってぇぇぇぇ!」
籠からショットガンを引き抜き顔に向けて撃つが、それよりも先に悠人は退いていた。
「頭か心臓を狙う――理には適っていますが、予測しやすいですよ」
「くっそくっそくっそ! てめえ、この……覚えてやがれ!」
手榴弾をばら撒きバレットは三下のセリフを口にし、尻尾を巻いて逃げ帰るのであった。手榴弾の炸裂に身を守っていた悠人はその場に座りこむ。
「焦点を当てて戦えばたいした事はない、か――」
「ああ、終わっていたかい」
悠々と歩いてやってきた仙也と、その横に治療されたスズカ。
「それなら治療くらいさせてもらうさ」
「いえ、それほどでもないですし必要ないですよ」
「必要あるかないかは、こちらで判断させてもらうけど」
ここまで来ると意地なのか、「必要ないです」と少し語尾を強めてしまう悠人。そんな悠人に仙也は肩をすくめた。
「おやおや、こちらの少年も時間が勿体無いとか言って拒みはしたけど、万全で挑まずとも何とかなるとおっしゃるかね? というか負担かかった状態で挑ませたら何されるか分かったもんじゃないしと伝えたら渋々受けてもらえたのに、少年よりはいくらか分別のつくあなたが頑なに拒否すると。
もしも逃げていったやつが回復して戻ってきても、貴方は回復もせず突撃すると。そういう守る力は大事な時にやってくれればそれでいいんで、今はそんな大事な時ではないでしょう?」
悠人を見、そしてスズカも見る。2人へ言い聞かせるように指を順番に刺した。
「意地もいいけど、万全な状態の方がずっといいって。大事な人を守るのに、手を抜くようなものさ。
――ま、それに今回はわりと好き勝手したわけで、俺も好き勝手に回復させてもらうよ。俺もそれが役割だし、撃退士組としては重要な奴が守れる、他陣営としては大事な味方が無事。どこにも問題が無いという事で」
ここでようやく熱くなっていた自分を戒めつつも「そうでしたね、すみません」と、悠人もスズカも仙也に頭を下げる。
「うん、よろしい」
●そして届くは
「以上が結果ですか――まあ、ぼちぼちですかね」
報告を聞いた百合子の反応は可もなく不可もなくと言ったところであった。王威についてもまだ生徒間に浸透していないが、調査された範囲である。
――その時、スマホを抱いていた文歌にメールが届いた。
「……追加の、ご報告です」
みんなに見えるよう、机の上にスマホを置く。差出人は涼子で、件名は『帰れない理由』。
『まず本人達も気づいていないがシア様とトビーはお互いを毛嫌っていて、おそらくはそのうちやりあうかもしれない。
その際、勝つために私が必要となってくる。もしくはシア様を生かすためにも、側にいなければならん。
学園にいた時、聞かれなかったので言わなかったが、トビーの欠点を以下に記しておく――』
「――了解です。こちら、大変貴重な情報という事で、報告にまとめておきますね」
百合子が頷き動き出すが、文歌はまだメールの最後にある一文を見つめたまま動かない。
「私は学園に帰りたい……その時はお帰りなさいって言わせてもらいます、涼子さん」
二矢の結末 終