「ちわー、便利屋でーす☆」
モニター付きのインターホンを連打するのはユリア・スズノミヤ(
ja9826)だった。
「よーうこそいらっしゃいました!」
玄関を開け、百合子が歓迎する。ユリアの他にいたのは雫(
ja1894)、アルジェ(
jb3603)、葛城 巴(
jc1251)と――
「……あれ?」
「おねーさぁぁぁん!」
卯佐見 栢(
jb2408)が百合子に正面から抱きつき、頬ずりをする。
「依頼だったんじゃないんですか?」
「見てみたらおねーさんのお仕事あったから、飛び込んで来ちゃった」
しばらく栢にされるがままだった時、「遅れました」と美森 あやか(
jb1451)がやってきた。各自、掃除道具を色々と持ってきているものだが、あやかは掃除道具以外に色々入っていそうな大きい籠と脚立を持っていた。
「色々、確認と準備していましたら遅れてしまいました。すみません――台車も持ってきましたので、ゴミはそちらの方にまとめて置いてください」
アルジェがひょいと通路の窓から下を覗くと、台車が確かにある。
「準備もそうだが、よく手配できたものだ」
「旦那様がマンションの管理人をやってますから」
「合点がいきました。とにもかくにも、これで全員ですね」
「おお……見事に女の子ばっかりじゃあないですかい!」
やったねと言う栢を複雑そうな表情で見つめる百合子に、この場にいる1人を除いた全員が2人の関係に気づく。そんな中、雫が「とにかく始めましょう」と腕をまくるのであった。
「夏場じゃないだけまだ、マシですね」
「同居人ができるのに部屋の掃除が追いつかない……お仕事、大変なんですね」
「仕事だけのせいではないと、アルは思うがな」
「同感です」
アルジェと雫の視線は百合子を射抜くと、本人も自覚しているのか目をそらしていた。
「まあまあ……それでは手分けして、始めましょう」
「おっけおっけ、百合子ちゃんかわいい女の子に生まれたんだもん。
可愛くお洒落なお部屋にして、彼女さんと居心地よく過ごせるようにお手伝いするねん☆」
「仙北署の机の比ではないが……少しアルの本気を見せてやる。まずは明らかなゴミをまとめるぞ、人海戦術でさっさと終わらせる」
髪を束ねるアルジェと、汚れるつもりで着てきたジャージの腕をまくり、気合い十分な捨てるの大好き巴が、段ボールを持って行動を開始。マスクを着用した栢の「必要?」と言って渡された保留用の段ボールも組立て始める。
「こちら分別用です。ないとお聞きしましたから」
あやかが数種類のゴミ袋を広げ、各自が必要な物を必要な分だけ持っていくと担当箇所へ移動する。とはいえ物を崩さないように移動するのにも神経を使うのが現状で巴が、「獣道……?」と喩えたのは言いえて妙だった。
だがその獣道を慣れた様子で歩き、「栢さんの出番きたら呼んでねー?」と栢は寝室へと消えていくのを、雫だけが不思議に感じていたとか。
風呂場に到着した雫がマスクにゴム手袋を装着し、窓を開けて壁と天井に酸性の漂白剤をまんべんなく吹きかけ、サランラップを貼り、戸を閉めてキッチンへと向かう。キッチンではアルジェがわずかな隙間で、飲みかけの飲料を全部捨てている最中だった。
「まずは流しを使えるようにしておかないとですね。やってしまいますか」
「ふむ、それなら使えるようになるまでアルは仕分けるか――百合子。統計上1年以上使わなかった物は必要ないとして、断捨離するぞ」
リビングの一角で仕分けを開始していると、「ぎょえ〜」という悲鳴。巴が収納扉を開けて雪崩にあい、それがさらに連鎖を起こし大雪崩となって巴を埋め尽くしていたのだった。
玄関からはユリアの鼻歌が聞こえるし、空き部屋からは要らない要らないを連呼しているあやかの声が聞こえる。雫は持参のスポンジと洗剤で皿の山とコップを洗い始め、一通り終われば汚れが酷いものは漂白剤につけて置き、コンロまわりに放置されている蓋をされたままの両手鍋に手を伸ばす。
「……御神楽さん。鍋に入っていたのはなんでしょうか」
「鍋……豚汁だったような気がします」
「なるほど。豚汁を放置しておくと、鍋の中で枯山水が作られるのですね――炊飯器が、保温に……」
開けたくはないそれを開けた雫は――顔をそむけ、「何千という神は死にました」と彼らの無念を代表するかのように苦々しい言葉を吐き出す。どちらも廃棄が決定したのであった。
流しが使えるようになると飲み残しを捨て、濯いで潰してをアルジェがしているうちに、雫は再び風呂場に向かい、ラップを剥がして掃除を始めていた。
そして百合子はどうしたらいいものかとうろついていると巴に、「あとでこちらの中の物をどうするか、検討してくださいね」と言われ、そのこちらという段ボールを見てみると確かにゴミと呼ぶには難しい物が積み上げられていた。
そして仕分けはまだ続く。
「手早く……! コレ――は売れませんね。コレ――はゴミですね。コレ――はお宝?」
某洋菓子店の人形の頭部を両手に持ってまじまじと見つめていると、ユリアが「こっちにもこんなのがあったよん☆」と白スーツのおじさん人形を戸口から見せるのだった。
「フライドチキンがおいしくなりそうですね……」
「それが発掘されたという事は、廊下の収納が開けられたんですね」
百合子が廊下を覗くと、ゴミがまとめて人が通れる程度に玄関の土間へ置かれていた。そして土間の塵を箒とチリトリで掃きとっている最中である。
「箒でも充分綺麗になるんだよねん。片付けるのが面倒だったら提げて見せる収納もいいんじゃないかにゃ?」
箒の紐を指に引っ掛けプラプラさせて百合子に見せるユリア。それから玄関収納から物を出して掃除機をかけ、百合子の多くはない靴を磨き始める。
そんな作業を横目にトイレへ行こうとした百合子だが、「すと〜っぷ」と止められる。
「すぐやるから、もうちょっとだけ待ってほしいかにゃ。黒ずみが頑固そうだったから、重曹とクエン酸の発泡作用に頼ってる最中なんだよねん」
開けてみると水溜にこんもりと泡が盛り上がっていた。重曹とクエン酸はアルジェが、「こんなこともあろうかと」と出してくれたものである。
除菌もできる拭き取りクリーナーを手にしたユリアが「常にスッキリ清潔に!」とトイレへ消えていくので、仕方なしにトイレを諦めて戻ると、脱衣から久しぶりに洗濯機の音が聞こえる。
「今回の参加者に男性が居なくって良かったです。同性でも目を背ける惨状なのに、異性がこれを見たら……」
雫がゴミ袋へ次々にカビた衣類を入れていく。高そうな下着類は全部、風呂場へと投げ込んで、その他はその他で籠の中に入れているようだが、季節を無視して入り乱れているのでかなり多い。
そこにあやかが空き部屋の衣類を入れた袋を持ってきた。
「可能な物はコインランドリーでまとめて洗って乾燥させますから、この袋に入れてくださいね。全部ここで洗っても、ハンガーが足りずに干せないかと……ああそうです、御神楽さん。ちょっと確認していただけますか」
あやかに呼ばれ空き部屋へ入った百合子が見たのは左右へ分けて置かれた、段ボール達。あやかが「そちらのものは全部ゴミと判断しました」と言うので開いている箱を覗いてみると、藁人形がチラリと見えた気がしたのでそれ以上覗くのを止めた。
「こちらが贈られた置時計など、よくわからない物でして……こちらの未開封お手紙はどうしましょうか」
「ああ……開けるのが物理的に怖そうなんで放置してたんですよね……」
「物理的? 何やら硬い物が入っているようなので、分別の為にも開けてみてもよろしいでしょうか」
百合子が頷くとあやかは躊躇せずに封筒の口を手で開き、剃刀の刃があやかの手を傷――つけなかった。剃刀の刃如きで傷がつくはずもない。
「なるほどですね。物理的というのはこういうことですか――いたッ」
便箋の端で指を切ってしまう不思議。剃刀よりも想いの丈が綴られた便箋の方が強いという事だろうか。未開封の手紙等も開封していいと言い残して、なぜか静かな寝室を覗き込む。
「ああ……おねーさん成分摂取、摂取したーい。はやくもおねーさん不足だよ……うむむぅ、入ってきたのはだーれ? 栢さんの出番なら、もう少しだけ待ってー」
栢が枕に顔を埋め、ベッドで横になっていた。そういえば空き部屋にはいる時、「ちょっぴり休憩〜」という声がしたなと思い出す百合子は――跳んだ。
「ふぉ!?」
不意に背中へ飛びこまれた栢が起き上がろうとしたが、それより先に百合子の手が服の中へと潜りこまれ、「おねーさぁん……」と切なげな声をあげて力の抜けた栢が再びベッドに沈むのだった。
「もーうもう、可愛いなぁ」
枕に顔を押しつけ声を押し殺している栢の首筋にキスをすると、何とか顔をあげた栢が「おねーすぁん……」と何かを訴えるような声を出しながら、唇を突き出してきた。栢が何を求めているのかわかった百合子が顔を近づけ――
「卯左見さん、少し――」
入ってきた巴がそっと戻って戸を閉める。
「どうした?」
はたきを使っていたアルジェにそう聞かれ、巴は「チューしてました」と苦笑するしかないのであった。
笑顔でご機嫌な栢もあやかの手伝いにまわり、ベランダも片づけて終わりが見えてきた頃。あやかが「お昼にしましょうか」とお握りの入った重箱を、だいぶすっきりしたリビングの中央に置いた。紙コップにフリーズドライの豚汁を入れ、魔法瓶のお湯を注ぐのだった。
「午後から買い出しに行こうかにゃ――あ、買ってきて欲しいものあるー?」
濡れタオルで手を拭くユリアが尋ねた時、ピーッと鳴り、「2回目の洗濯も終わったな」とアルジェが立ち上がる。すると自然に皆が立ち上がり、幅は狭くとも広いベランダで皆が肩を並べて洗濯物を干し始める。
穏やかな日差しの中、春夏秋冬物ごっちゃな衣類達が吊されていく。そして下着の類も干し終え、あやかがそのうちのひとつを指さした。
「このメーカー、可愛いですね。高そうなんですけど、ブラしかないんですか?」
「そう言うのは結構あった。これとかどう考えても上下セットだと思うのだが……悪趣味なブラだとは思わんか、巴」
「下着の善し悪しはあまりわかりません……」
「あ、これは栢さんのだよ。シンプルでしょー?」
「しかし女性の一人暮らしと聞いていたのに、なんでサイズも趣味もバラバラな下着が出てくるんですかね?」
「んー、どゆこと――あ」
察したユリアは大きく頷くのだった。
腹もくちくなりユリアとあやかが買い出しに行く。アルジェは照明や家具を拭き、雫は「年下に言われるのは気分が悪いでしょうが、あれは人として駄目でしょう?」と百合子に説教という名の教育を施していた。正座している百合子の横で、ちらちらと盗み見ながらも一緒に正座している栢。そして巴は――
「撃退士の力なら、手動ポンプでも問題ないんですよね」
水をかき回し魚を追い払って、100均の手動ポンプ(吸い口にストッキング)で半分の水をバケツへと移動させる。水そのものは多少臭いはあれど、ひどくはない。
そして網で魚を掬いはじめると、20匹ほどのネオンテトラ以外にもブラックネオンテトラとアルビノカージナルテトラがそれぞれ20前後、底面を泳ぐ白と黒のコリドラスがあわせて10ほど見つかった。
それから魚のいなくなった水槽をストッキングで擦るのだが、それがまた早い早い。ヒドラと藻だらけの水槽があっと言う間にピカピカになり、そこでやっと気づいた。
「……角のエッジ加工にこの透明度ということは、かなりお高いあの水槽ですね」
綺麗にし終えると水を捨て、あく抜きされた流木を並べて先ほど保管した水と取り置きしてあった水を混ぜ、それから魚を戻した。ここまでの所要時間は1時間半ほどであった。
「こんなもんだったかな、数は」
雫から解放された百合子が美しく、シンプルになった水槽を見てそんな事を言う。
「魚減ってますか? 焼肉定食ですね」
定番のボケでツッコみ待ちだったが、百合子からは一向にこない。見かねたアルジェが「弱肉強食だな」と言ってくれなかったら悲しくなっていただろう。
「流木だけですが、メンテを考えるとこれが一番楽です。あとは――」
巴が何かを説明しようとしたところで2人が帰ってきて、色々と受け取っていた。そしてすぐに水槽の後ろに水草が見事なコントラストを生み出している画像の印刷物を貼りつけ、「これで十分なんです」と。それと外部フィルターについては「お金かかりますけど」と苦笑して、適切なサイズへの買い替えを勧めるのだった。
それと避難用水槽に底砂と流木とプラ水草を入れて、買ってきてもらった追加の魚達を水合わせをする。一週間くらいしてから大型水槽に移してくださいと、百合子に釘を刺す巴であった。
「ほいほいソープは美容や保湿だけじゃなくて、仄かに香りを楽しみながら綺麗になれるものをチョイスしたよん☆ 香りはフローラル系でシャンプーはノンシリコンのやつにゃ。あと日用品も模様替えのテイストに合わせた物にしといたにゃ。それとこれ、壁に飾ってねん」
ドライハーブとドライフラワーで作った素朴で可憐なリースを百合子の手に持たせこそっと、「卯左見ちゃんとお幸せに♪」と耳打ちするのだった。
「お部屋の模様替えですが、とりあえずカーテン替えるだけでも違いますよね。遮光で、冬なので厚手の薄茶系です。レースはアルジェさんの希望でゴシック調です。
レールはこちらの少し豪華そうなのがカーテンを替えやすそうだったのでチョイスしてみました。窓のサイズに合わせて切ってきましたのですぐ付けられます」
そしてコインランドリーで洗ってきた衣類をサイズ別に分けて皆で畳み、これで一通りの掃除が完了という事で解散となった。百合子はとりあえずもう寝るらしい。
帰り道6人が歩いていると栢が、「アタシはここで失礼するね!」と1人で引き返していくのだった。
「綺麗になった所へ帰っていったにゃ」
「百合子とウサミンのためのようなものだったな」
「2人で幸せになってくれたらいいですね」
これだけのヒントを前にしても、雫はピンと来ていない様子である。
(好きなだけじゃ、一緒に居られない……でも、好きだから一緒に居ようって思うんですよね)
栢の後姿を目で追う巴――その目には微笑ましくも羨望のようなものが映っていたという。
「お」
玄関を開ける。
「ね」
靴を脱ぎ捨てる。
「え」
居間を通り抜ける。
「さぁぁぁぁん!」
シックになった寝室のベッドで横になっている百合子の上へと、幸せな笑みを浮かべた栢がダイブする。仲間達の応援を受けて、愛する2人の新生活がやっと、今日からスタートするのだった。
掃除するだけの簡単なお仕事 終