●募集を見た反応
(これは実にいい機会なんじゃないか……?)
それが御剣 正宗(
jc1380)の抱いた感想だった。
「女子力を見せるにはいい機会だ……」
そうブツブツと呟き、日々の努力に思いを巡らながらふらふらとその場を後にする。そんな正宗とすれ違ったのだが、気づかなかった月乃宮 恋音(
jb1221)が小首を傾げたが、直前まで正宗が見ていた募集に目を通した。
「……うぅん……夜に、ですか……」
「お、それはなかなかいいな」
後ろから聞こえた声に恋音は少し肩をすくめ振り返るとミハイル・エッカート(
jb0544)だったが、記憶にあるいつもの姿と比べ少し髪が長くて、くせ毛のせいかうねっている。
「最近忙しくて、切っていなかったからな。明後日はデートだから、ちょうどいいぜ」
「……おぉ……それはちょうど良いタイミングですねぇ……それなら私も少々伸びてきましたが、昼は動き辛いので、ご一緒しますぅ……」
「何の話かしら!」
ミハイルを見かけ、下から筍のようににゅっと割り込んできた雪室 チルル(
ja0220)の頭突きにミハイルの顎が打ち抜かれた。
「ちょっと髪の毛が伸びてきちゃったからちょうどいいわ!」
ミハイルの事など気にもせず、走り去っていく。
「……あのぅ……。……大丈夫、でしょうか……」
「大丈夫ですか」
顎を押さえしゃがみ込んでいるミハイルに心配の声をかけたのは恋音と、通りがかった雫(
ja1894)だった。
「あ、ああ、大丈夫だ」
「それならば良いのですが――おやこれは……安いのは良いのですが、行ってくれるの字が間違ってるのが妙に気になりますね……」
「……うぅん……それは私も気になっていたところでした……」
「そうか? 誤字なんてこの学園によくある事じゃないか」
「それもそうですね。安くて夜に行けるのでしたら、私も行きますか」
3人が去ってからその数秒後、募集掲示板横にある斡旋所の戸が開かれ、アルジェ(
jb3603)が顔を出す。
「喜べ、百合子。最低でも3人の犠牲者が増えたぞ」
「人聞きの悪いことを言わないでください、アルジェさん。まだ『ハズレ』と決まったわけではないのですから――ところで、今夜は来て頂けるんですか?」
「そうだな、学園に来たついでだ。アルもゴスロリ道を髪形、体型、小物に至る全てのトータルコーディネイトを修めた一人前を名乗る身だ、ヘアメイクに関してはアルも技術的創作的な興味がある――アルのゴスロリアレンジ、披露するのも吝かではない」
そんな事を言いながらアルジェが打ち出すのはコークスクリューのフックなので、百合子の中の不安を増大させる一方だった。
こうして、危険なヘアメイクに挑む勇者達が(騙され)集まっていく――
●自ら選ばれし勇者達
「よく来てくれましたね。とりあえずお先にどうぞ」
にこやかな百合子が遅れてくる雫以外のみんなを出迎え、座るように促すとミハイルが、「すまんな」と促されるままに座るのだった。
「きっと部長と名乗るからには一番なのだろう? 一番うまい奴に切ってもらいたいぜ――という事で部長が誰か知らないが頼む。
俺は明後日デートだ。今日は少し短めにしてもらいたいんだが、ちょっといつもと違う感じで、なんかさらにカッコよくなったと婚約者に思われたくてな」
指名され、「わかるわぁ」とミハイルの後ろに立ったのが長身で無駄にスラッとした、冗談みたいに綺麗な角刈りのクネクネした男だという事実に、ミハイルの表情は一瞬、凍りついた。
(いやいや、見た目で人を判断してはいけない)
「いつもと違う自分を魅せてもっと好きになってもらいたいのよねぇ――でも貴方の髪質だと、短くすると癖毛で跳ねちゃうわね」
案外まともな言葉に見た目で一抹の不安を感じてしまったミハイルは己を恥じ、鏡越しに部長の目を見て話す。
「さすがだな、わかるか。何とかしたいんだが、どうにかならないか?」
「あたしにお・ま・か・せ! それじゃ完成までちょっと目を隠させていただくわ」
そう言うと部長はミハイルに目を閉じさせると、その上にテープを貼って完全に見えないようにする。そしてハサミを一閃、ハサミでカットしているとは思えない音にミハイルはびくりと肩を大きくすくませるのだった。
(え、マジで大丈夫なのか? 仮にも部長だろう、まさかの恐ろしい展開なのか!?)
「部長はいい男相手だと、張り切りすぎて酷い事になる時もあるんだよな」
内心ドキドキしていたミハイルが光平の呟きに、「助けてくれ!」と全力で叫んでいたが、誰も救いの手は現れなかったという。
「それじゃあたいの髪を切ってくれるのは――」
「俺か」
「アルか」
「ボクだ」
チルルがキョロキョロ見回すと光平、アルジェ、正宗の3人が名乗り出たので、誰にしようかと悩んだ末、床に氷剣を立てて手を離した。支えを失った氷剣はパタリと正宗に向かって倒れる。
「よし、あなたにお願いするわ! 伸びた分だけ、ちょっと短くして!」
「任せて……」
「さてそれならアルは理子の相手をしようか。理子に試してみたいヘアアレンジがある」
そう言って理子を空いてる席に座らせ、自分で用意した道具を広げるアルジェだった。
そして残った光平が誰を切るかと百合子、理恵、恋音を見るのだが、恋音は「……私は最後で、いいので……」と首をフルフルと横に振ったので、比較的手早く済みそうな百合子を先に座らせるのだった。
「その人もツインテールが似合うな……」
チルルの髪を整えながらも正宗が勧め、一旦手を止めて百合子の正面から手で髪の房を2つ作り「このくらいの位置で……」と、光平に提案する。
「年齢的に、そろそろ可愛い系がきつくて、ですね……」
「なら巻き毛のワンサイドアップ……」
「あたいはあたいは!?」
散髪ケープを羽織ったままのチルルが正宗の後ろに立って、手を振り回していた。その手が部長に当たって「あらぁ?」という声とともにミハイルの髪が落ち、ミハイルはさらに狼狽するのだった――がそんな事、知った事ではなかった。
「あまり長いとは言えないからな……それでも――」
百合子の時と同様に髪を2房まとめて、ポケットから玉付のヘアゴムを取り出して(それが当たり前のように出るのだから流石の女子力)チルルの髪を縛る。
短い2つのツインテールに玉のアクセントがついて、より一層幼く見えるが、元気一直線のチルルに可愛さが生まれたのも確かだった。
「シュシュもあるけど、やはりこっちのほうがいい……」
「他には何かないかしら! こう、さいきょーな感じをイメージした冒険もしてみたいわね!」
「それならあっちの部屋にウィッグがあるから、色々試してみたらいいさ」
百合子をサイドアップにしている光平に言われて、チルルが隣の部屋へと駆け込み、数秒後、ゲームで見たことある様な金髪のツンンツンヘアーで出てきてはポーズを決め、引っ込んだかと思うと今度は七色に輝く神秘的な髪のショートヘアーで登場したりと、様々な変身を遂げる。
毛先を整えて理子の髪の左右一部を三つ編みにしていたアルジェが手を止め、「最強ならば、あれではないか」と部屋に引っ込んだかと思うとウィッグを手に戻ってきてチルルに被せた。
蒼い髪の、見事なツンツン逆毛ヘアー。
「おっす、おらチルル! いっちょさいきょーめざしてみっかぁ! ぶちょーさん、バトルをしようじゃない!」
「あらぁ威勢のいい小娘じゃなあい。いいわ、受けてあげる――ハンデとして、この人の続きをしていいわよ」
「余裕ね。あたいがさいきょーだってこと見せてあげるわ! 絶対に負けないんだから!」
「おい待ってくれ、俺はどうなるんだ!?」
ミハイルが訴えるも、チルルの「こうよね!」という氷剣の一撃で昏倒するのだった。
「さて、あたしは……」
「遅くなりましたが、まだやっていますね」
遅れてやってきた雫は気絶したミハイルに少しおやっと思ったが、「……お先にどうぞですぅ……」と恋音に促されるまま席に着いた。
それを目ざとく見つけた部長が、自然な動きで雫の後ろに立ち「初めまして、あたしがここの部長よ」と獲物をロックする。そして巻き込まれているとも知らずに、雫は希望を述べた。
「部長となる以上は腕が良さそうですね……とりあえず、毛先を整えてもらえますか?」
「それだけでいいのかしらぁ?」
「――見透かされてしまいましたか。
髪が長いと手入れが面倒なんですよね。思い切ってショートにしようかと考えているのですが、踏ん切りがつかないんです」
その言葉がどれだけ危険なのか、雫は知らない。目を輝かせた部長が「本気で行くわ」と風を巻き起こす。
「ハサミ乱舞狂気の舞ぃぃ!」
風で浮いている髪を次々と正確に切っていくその様にチルルが興奮しないわけもなく、「あたいも!」とか言ってミハイルの頭部を凍らせた。
「あいすくらーっしゅ!!」
砕いてはいけない。
チルルと部長の熱き戦いが今始まる――そう思われた矢先、光平が部長の肩を叩いた。
「部長、楽しんでる所悪いんですけど、なんか今日に限ってお客さんがたくさん来てます」
「なぁにぃ? 仕方ないわね……貴方、少しの間この子を任せるわ。私はちょっと廊下にいる雑魚をカタしてくるから」
「ふむ、承知した――アルの空中切法、ご照覧あれ」
頼まれたアルジェがどう勘違いしたのか、跳躍して逆さになると雫の真上で静止する。胸元から垂れた銀十字のペンダントが蛍光灯の光をきらりと反射していた。
チルルがミハイルの彫刻を、アルジェが空中切法を見せている間、部長は年齢も性別もバラバラな客を廊下に立たせたまま恐るべき早業で髪をセットしていく。
奥から正宗が老若男女かまわず、可愛らしい髪形や中性的な髪形でどんどん仕上げ、さらにはメイクのおまけ付である。コスプレイヤーの希望にもしっかりと応えるなど応用を利かせた幅広い技術を見せるあたり、日ごろの努力が伺える。
「やるじゃない、あなた。一流のスタイリストとして、あたしが認めてあげるわ!」
「どうも……」
正宗と部長が部室に戻ると、アルジェが「完成した」と満足げに呟いていた。
「題して『天使の羽ばたき』」
「あたいのは『氷の祭典』よ!」
雫の髪が今にも羽ばたきそうな天使の翼のように整えられ、ミハイルの頭部に氷の彫像ができあがっている。チルルは満足したのか、ミハイルとかが写る角度で自撮りをして七色のウィッグを返却すると「楽しかったわ!」とツインテールのままで帰っていったのだった。
アルジェの作品を間近で見た部長が「なかなかやるようだけど、やるならこうよ!」と、翼の片方をズバリと切り落とす。その瞬間、雫が声にならない悲鳴を上げた。
「翼をもがれ無力感をも漂わせた『奪われた翼』よ!」
「ふむ、なるほど。芸術性を高めるにはバランスだけではダメなのだな」
アルジェが感心して見せるのだが、雫から溢れているのは怒りという名の闘気である。
立ち上がり、うつろな瞳を部長に向けて――部室に響き渡る部長の悲鳴。だが誰も大して気にした様子もなく、お開きの予感がしてちらほらと帰り始めるその時、正宗がアルジェのペンダントを指さした。
「グリーンガーネット……」
「やはりガーネットなのだな。緑は珍しい気もするが」
こくりと頷く正宗。
「1月の誕生石だな。石言葉は冷静・忍耐力・それに――愛情」
石言葉まで知っているのはさすがの女子力だが、今のアルジェにとってそれはどうでもよく、「そうか……」とペンダントを握りしめるのであった――
「……あのぅ……大丈夫でしょう、か……?」
これだけ待たされても嫌な顔一つせず待っていた恋音が、血まみれの部長に声をかける。
「ええ、大丈夫よ……お待たせしてごめんなさいね。貴女はどのようにするのかしら」
「……今より少し短く、でよいのですけど……髪を切らずに弄れる範囲で、似合いそうな髪型というものがありますでしょうか……?」
話しながらも席に座らせて散髪ケープを恋音に羽織らせると、「前髪はどうするのかしら」と恋音の前髪をかきあげた。その瞬間、目をきつく閉じ、首を横に振る。
「……申し訳ありません、目を両方ともは出したくはないのです……」
「どうしてかしら?」
「……そのぅ……醜い顔を、隠すため、ですよぉ……
わずかに身体も震えている。その反応に部長も覚えがあり、「ごめんなさいね」と前髪を戻すのだった。
(親か誰かに、醜いと言われ続けて育ってきたのね。可愛い顔をしているのに、もったいないわ……でもこれを治すのはあたしの役目じゃないわね)
ならば自分にできる事を。
恋音全ての髪を片側に寄せて、片目だけが隠れるように前側へ垂らした。そして長さを整え、ワックスで緩くウェーブもつける。せめて片側だけでもはっきりとおでこと目が見せたかったのだ。それと同時に少し大人の色気も混ぜ込んだのであった。
ちょっとずつでもいいから、自分に自信を持ってもらいたくて。恋音の事を可愛いと言ってくれる大事な人がいると信じて。
「これで、どうかしら」
「……おぉ……ありがとうございました……」
恋音が頭を下げ去った後、満足げの部長が部室を閉めようかという時その声が響いた。
「どどど……どうしてくれるんだぁぁぁーー!? 俺、明後日がデートなんだぜ!! 彼女がこんな俺を見たら……あぁ、婚約破棄されやしないか……?」
目隠しを剥がし、点になった目で顔面蒼白のミハイルが絶叫していた。
「デートで髪をごまかすためのカツラを用意してくれ、とりあえず人前に出てもおかしくないものを!
真っ当なカツラ……あるよな? 無かったら今すぐ作れ! 俺の髪をさんざん切っただろう、それで作れーー!!」
自主規制な髪形となったミハイルがわめきたてると、戸を閉められ、鍵をかけられた。
「いいわよ、カツラと言わずエクステで自然な仕上がりにしてあげるわ。だから――」
ミハイルのベルトを掴む。
「毛を全部よこしやがれおらぁぁぁ!」
「や、やめろ、何をする――アッーーーーーーーーーー!!」
ミハイルの絶叫が廊下を歩く恋音の耳にまで聞こえたが、それもいつもの事ですねとクリアな視界の中、帰るのであった。
自室にこもり、ベッドに突っ伏す雫。
「……もう、安さに釣られて学園関係者に髪を切らせません――くすん……」
枕を濡らしたかまではわからないが、その後しばらく部屋からは出てこなかったという……だが雫は気づいていなかった。髪をおろしてみると、前よりだいぶ短くはあるが上手く斜めに切りそろえられていて、自然な仕上がりになっている事を。
そしてどうなったのかと言えばミハイルだが、横と後ろをかりあげて上の方を少し長めに残した地毛風髪型で婚約者には好評だったらしい。そのかわりつるつるにされてしまったのだが、どこの事かは言わないでおこう――
いめちぇん!? 終