●穏やかではなく
「何で……連れ出した……んだろう……」
浪風 威鈴(
ja8371)が漏らしたその疑問に浪風 悠人(
ja3452)だけでなく、誰もが頷いていた。さらに雪ノ下・正太郎(
ja0343)が「そもそも」と口を開く。
「矢代さんとシェインエルの関連とはいったい?」
「そこについては私よりも詳しい人がちょうど今、この場にいますね」
百合子の視線を追っていくと壁に額を擦りつけたままピクリともしない、君田 夢野(
ja0561)の姿があった。話の矛先が向いたのを察してか、額を擦りつけたまま顔を皆の方に向け話し始めた。
シェインエルが理子の母親であるミアを探すために、放浪していた事。すでにミアが亡くなっている事。ミアの奏でる音が理子と似ている事など。
「思い出の場所巡りか?」
正太郎の衝いて出た言葉を水無瀬 快晴(
jb0745)は吟味するが、腑に落ち切らないのか首を小さく横に振っていた。
(……シェインエル、か。奴の目的も聞き出したいところだけど、ね)
自分よりも縁のある水無瀬 文歌(
jb7507)を見ると、その表情から後悔が感じ取れる。そんな文歌を引き寄せ、「文歌は悪くない、よ」そう囁くと、快晴の胸に額を預け「あの時、もう少しシェインエルさんの話を聞いておくべきでしたね……」と、言葉を吐き出すのだった。
「なんにせよ、急ごうか。どちらも助けたいって思うならね」
●問答する間もなく
到着するなりシェインエルが戦車の射線を生かすよう回り込みながらも、こちらへと向かってくる。
「なぁ、シェインエル、どうしてこんな事をしたんだよ。
あの人が居なければ、俺は、何の為に生きるのか、分からなくなってしまう――何か言ってくれ、応えてくれよ……俺の目を見て何か言えよ、シェインエル……シェインエル!」
想いが溢れ、これまで静かすぎるほど静かだった夢野は感情を口から吐きだして、炎と音の弓を戦車へ向け焔の螺旋を描く矢を放ち、「理子さんを、返せ――――ツ!」と装甲の炸裂音に負けない声で絶叫し、愚直に戦車へと走っていく。
周囲のアスファルトを巻き込んで反応装甲が炸裂したタイミングに合わせ威鈴と悠人はお互い頷くと悠人はシェインエルを目指し、到着するなり遮蔽物を探したがないと判断した威鈴は悠人と反対の方向へと走り出しながらもスコープを覗き込んで、砲塔を撃つ。
砲塔が炸裂し砕けたアスファルトをまき散らせ、その勢いで戦車が一瞬、傾くのだった。
友の犯した過ちの大きさに顔を歪める正太郎が、生身のままでシェインエルに拳を向けた。
「俺らに一言、相談してくれよ!」
正太郎が叫ぶと全身が蒼い装甲に覆われ、リュウセイガーへと変身すると全身から闘気を迸らせて、こちらはシェインエルへ真っ直ぐに向かう。
「カイ」
「ああ。気をつけて」
文歌の指と絡めていた指を離し、快晴は気配を殺しながらも戦車へ迂回気味に向かって走っていく。文歌は鳳凰のピィちゃんをシェインエルと戦車の間へ移動させながら、ギリギリで届いた夢野へと歌声に乗せてアウルを送りこみ、鎧を構築するのだった。
その直後、威鈴が砲身から射出された気配に向けてライフルを撃ったが、僅かにぶれただけの見えない砲弾は夢野へと直撃――夢野の正面に生成された灰色の空間が音を吸い込み、無音で爆裂する。
砕け散るアスファルトの中を、夢野が飛びだした。
(間に合うか)
「団長ッ」
夢野が肉薄する前にもう一発当てておきたかった威鈴がスコープも覗かずに撃った弾が、戦車の全面装甲を炸裂させる。闇を纏った快晴がタイミングを被せるようにして撃った魔法弾もまた、装甲を炸裂させていた。
その中へ自ら飛び込む夢野が、長剣を振り下ろす。
「返せ!」
威鈴が炸裂させたところを狙う程には冷静さを残していたが、戦車が僅かに動いて装甲で長剣を受け止め、炸裂音が夢野を包み込んだ。
だがそれすらもお構いなしに、夢野は長剣を何度も何度も何度も振り下ろし続けた。
「返せ、返せよ、返せ返せ返せ返せ返せ――――ッ!」
炸裂しようがしまいが構わず振るい続ける夢野の表情は怒りと怯えが綯い交ぜ、その全身は熱を帯びながらも冷や汗にまみれていた。
「彼女はミアじゃない、矢代理子なんだよ! 俺が愛した矢代理子! 俺が護りたい矢代理子! 俺が信じる矢代理子! だから放せよ! 放しやがれってんだよ!」
後退をしようとする戦車へ、夢野は装甲へ刃を突き立て地面に縫い止めながら抑え込む。
「どうしてだよ! どうしてお前達天魔は、何度も何度も何度も何度も! 俺の夢を奪い去ろうとするんだよ! 俺達人類が悪いことをしたのかよ!」
あまりにも愚直で必死――その姿に快晴は目を丸くしながらも爆風に紛れ、戦車の後ろから車体へと乗りあがる。
砲塔を回転させて快晴を振り落そうとしたそこに、「させない」と威鈴のライフルが砲身を撃って回転を止めると、機銃が快晴の足に向けられて掃射される。
「一気に蹴りをつける、よ!」
足の痛みに顔を歪めながらも手にした柄からエネルギーセイバーを伸ばし、砲塔と車体の隙間に潜りこませると、前とは違い、そこすらも炸裂して快晴を傷つける。だがそれでも手前に引いて砲塔を蹴り上げると、砲塔はポロリと地面へと転がり落ちた。
暗かった車内に光が差し込み、目を細める理子。
戦っているシェインエルへと目を向けた快晴だが、シェインエルの姿はピィちゃんによって見えない。つまり、向こうからも見えていないはずである。
(流石だ、文歌。今なら――)
「団長!」
夢野は長剣から手を離して駆け上がり理子を片腕で引き揚げ、もう離さないと言わんばかりにきつく抱きしめて跳んだ。それに合わせて快晴も跳び、2人はそろって地面へと着地する。
「理子――ツ!」
戦車の前で理子をさらに抱きしめる夢野だが、そこに「まだ動いてる」と威鈴の鋭い声が。抱きしめあう2人へ崩れながらも突進する戦車。
「もう、お前の出番は終わりだよ」
左手を前に突きだした快晴が腕を振り下ろすと、闇色の逆十字が上から戦車を貫くのであった――……
「シェインエルさん、ミアさんを探して長く放浪していたんですよね。それなら突然大切な人がいなくなる苦しみを、よく知っているはずです! そんな貴方が同じ苦しみを人に味合わせようとしている……そんな事でいいんですかッ!」
文歌が叫ぶも、その声はやはりシェインエルに届いていないのか、止まる気配がない――が、走りながらも強く踏み込んだリュウセイガーの足から伸びる影が、シェインエルとその影を締めあげて動きを止めた。
「お灸据えるついでにダムの時の借りも返してやるよッ」
悠人は痛い目にあわされた以前の事を思い出しながらシェインエルへと肉薄し、闇が溢れる黒塗りの鉄扇でシェインエルの肩を突きこみ、振り回される腕を掻い潜って横へと回り込むと、脇腹へ打ち抜ける。
そして白銀の大剣を抜き放ち2歩下がると、入れ替わりでリュウセイガーと文歌がシェインエルへと詰め寄った。
「この、馬鹿野郎!」
掴みかかってくる手を払いのけ、リュウセイガーの流れるような拳はシェインエルの顔面を捉え、のけ反った腹へ文歌の魔力が篭った歌声が突き刺さる。
そんな文歌に肘打ちが飛んでくるが、肘打ちに手を添えながら片足を軸にして身体をクルリと華麗に一回転させてしゃがみ込むと同時に、雷の矢がシェインエルに降り注ぐ。
「アイドルだって格闘戦くらいします!」
「聞いた事など無いがな!」
文歌の正面に蹴り足が飛んでくるが、歌声で足を一瞬押し止め、地面を横に転がって蹴り足をやり過ごす――が、急に頭が見えない何かに押され、後頭部を地面へしたたかに打ちつけて、そのまま勢いよく後ろへと転がり続けるのだった。止まった文歌が「あいったぁ……」と後頭部をさすりながらも立ち上がる。
「なんでこんな事をッ」
問いかけながら振り下ろされる悠人の大剣はシェインエルのシャツを裂き、黒い痣に血の筋を作った。
「私には成すべき事がある!」
踏み込んでのバックブローに2歩だけ悠人が後退し、がら空きの後ろからリュウセイガーが身体全体を回転させて体重を乗せた肘打ちをシェインエルの側頭部へと叩き込む。
「成すべき事ってなんだよ! 俺らに言えないのか!」
「そんな時間も今は惜しいのだ!」
警戒していたが肘打ちをした腕を掴まれたリュウセイガーが片腕で振り回され、リュウセイガーごと身体を回転させるシェインエルは悠人を睨む。
「アトラクション……ッ」
引き寄せられる悠人へ、「リパルション!」の声と共にリュウセイガーが砲弾のごとく投げつけられる。
リュウセイガーは全身の筋肉を強張らせ、そんなリュウセイガーを悠人は極細のワイヤーを束ねたそれで受け止め、弾く様にして受け流した――そこへ、追撃して飛んでいたシェインエルの両足をそろえたキックが跳んできたが、それも受け流す。だがシェインエルは通り抜け様に悠人の首へ腕を回し、首を狩った。
足が地から離れる悠人。
その悠人の喉元に肘を一瞬だけ押し当てられたが、結局腕を乗せる形で地面へと叩きつけられる。背中を打ち付け、腕と地面に挟まれた喉は呼吸が途切れ、咳き込む悠人。しかも悠人を叩きつけると同時に、シェインエルは受け身を取り倒れていたリュウセイガーの腹へと、肘を落としていたのだった。
身体をくの字に曲げるリュウセイガーだが、シェインエルを横から蹴った勢いでその場から離れ、転がりながらも影を伸ばしてシェインエルを縛り上げる。
(喉に肘を落とされていたら一巻の終わりだったかもしれないのにそれをしなかったという事は、それなりの冷静さは取り戻せてきているのか―それに、さっきの時間が惜しいって言っていたな。つまり……)
転がりながら思考する悠人が起き上がろうとした際、抱き合う夢野と理子を確認し、「よしッ」と左腕に光を、右腕に闇を纏わせて立ち上がった。
シェインエルが上半身を起こした状態で地面に縛り付けられている間に、文歌から三日月の刃が無数に飛来してシェインエルに襲い掛かる。
「これが来られなかった友の分、夢野先輩の分、そして理子ちゃんに私の分ですっ!」
刻まれながらも耐えるシェインエルへ、悠人は光と闇に輝く大剣の腹を使って、「その痣ならもう治せるんだ!」と叫びながら全力でその横っ面をはたいた。
その昏倒しそうな一撃に身体を傾けたシェインエルだが、その目はまだ生きていた。そして悠人を睨み付けるのだが、その表情からどんどん気が抜けていくのが分かった。
「……治せる、だと」
「ああそうだ。少し前にアルカードと戦闘になり、その時、お前を知る友って人が、お前を連れてくれば治すという約束を取り付けたんだ。その際、一戦交える事にはなるだろうけど、それはお前も望む事なんだろう?」
「そうですよ。アルカードさんとの勝負、つけないつもりですかっ」
シェインエルの横に変身を解いた正太郎が片膝をつき、シェインエルの止血を始める。
「俺は友を殺す手は持っていない――俺達はお前を殺すためじゃなく、連れ戻すために来たんだ。みんな心配している」
包帯を結び終わる頃にはシェイエルの自由も戻っていたが、もはや戦う意思は感じられなかった。崩れ落ちた戦車の前で理子と一緒になって地面へへたり込んでいる夢野を残し、威鈴と快晴も傍へとやってきた。
「もっとお前の話を聞かせてくれ。矢代さんの母親との事とか、全部」
「……ミアは楽器で戦の始まりを告げる役割を担った大天使だった。古い時代はラッパだったが、いつしか人間界で見つけたトランペットを奏でるようになってから、戦争を嘆くようになったのだ。
戦に出ず、2人だけが知る秘密の場所で音を作り出す彼女は誰よりも輝いていて、私はそれが大好きだった――だがそこに単身で潜りこんできたアルカードが現れ、当時、ろくに戦闘訓練も詰まなかった私を助けるためミアは望まぬ戦いをして傷を負った」
無力だった時代を悔やみ、シェインエルの拳がアスファルトを砕く。そしてその悔しさはこの場の誰もが分かる事であった。
「……あんたは天使の中では微妙な立場みたいだね。行動も然り、何か目的があって動いてるように見受けるけど何がしたいの?」
快晴の質問に「くだらん事さ」と、シェインエルは嗜虐的に笑う。
「彼女はその日から姿を消した――私はもう一度、あの時の風景で、あの音を聞きたかった――ただそれだけのために、ずっと、人間界を放浪し続けたのだ。
そんな時に見つけたのが……あの音をそのままに引き継いだ、ミアの忘れ形見だ。私は我を忘れ、連れ去った。
あの風景にそっくりなここで、あの日聞かせてもらえるはずだった曲を聞きたいがために……」
目を伏せ、短くも万感の想いがこめて「すまん」の一言を絞り出す。
私達に話してくれたら穏便に一緒に行けるじゃないですか……そう文歌は言おうかどうか、迷った。
自分のせいで姿を消した愛する人を求め、力を付けながらも20年近く放浪した。もしも自分が同じような事になった時、果たして冷静でいられるだろうか――それは愛する人がいる者は、誰もが抱くのであった。
顔を見せられない夢野は地面にへたり込む理子の腹あたりにしがみついて、理子の膝を濡らしながらも頬ずりをしていた。
「俺は、本当は弱い人間なんだ。彼女ひとり居なくなって、これほどに取り乱して、自分の理性と信念を、脆く打ち砕かれる程度に」
理子と言う大事な人を得た事で、夢野は強く、そして――とても脆くなっていた。
人間としての強度が、低下していたのだ。
「普段言う事と真逆、君がいなければ正気すら保てない……最っ高にダサいよな、今の俺。こんなもんさ、気取ったセンセイの化けの皮を一枚剥げばさ……それでも、それくらい、君が大事なんだ」
独白を続ける夢野の頭を抱きしめ、「夢野さんはかっこいいです」と耳元で呟いて愛おしそうに頬を擦りつけていた。
――いつまでそうしていたかわからないが、やがて理子は「やることがあるんです」と夢野へと告げ、2人はのろのろと立ち上がると、シェインエルの元へと行くのだった。
●20年ぶりに見るあの光景
駐車場から徒歩で少し上に登った所、湖には霧がかかり、山や島が雲の上にあるかのような屈斜路湖をバックに理子はトランペットを吹いていた。
この瞬間を望み続けていた20年も求め続けてきた天使と、この光景を引き継ぎ失う恐怖に怯えた人間は肩を並べ、立ち尽くす。
自然と快晴は文歌を後ろから抱きしめ、文歌もその腕に顔を埋めた。そして悠人と威鈴もまた、互いの視線を合わせ、離さまいと手を握りしめていた。
(ヒーローは孤独だから、な)
苦笑し空を見上げる正太郎は、この曲が終わったらこう言おうと決めていた。
さあ一緒に帰ろう、と――……
シェインエル物語5 終