●出発前
「今回は調査だし、それほど気負わなくてもいいって点は気楽だね」
舐めているわけではないが、浪風 悠人(
ja3452)が肩を回しながら浪風 威鈴(
ja8371)と水無瀬 文歌(
jb7507)へと笑いかける。
(アルカードさんとの再戦のために、何かよい情報を手に入れておきたい所ですね)
「調査……少しでも分かれば……助けになるかな……」
文歌と同じ事を考えていたのか威鈴が呟くと悠人が「なるさ」と力強く頷き、威鈴は「そっか……」と嬉しそうに笑う。
「潜入捜査のようなものですから、とりあえずは可能な限り消音対策をしておきましょうか」
服装のチェックをしていた文歌が「それにしても」と、先ほどまではいた桜庭愛(
jc1977)の姿を探すが、見つからない。
「どちらへ行かれたのでしょうかね」
愛がどこに行ったか――それはシェインエルの病室であった。
いつもの蒼いワンピースタイプのハイレグ水着の愛だが、その表情はいつもの笑顔だがその雰囲気は神妙なもので、シェインエルの黒い染みに下唇を噛む。
そしてシェインエルと、その場にいた百合子へと告げた。
「シェインエル。その黒い染み、私は悪魔騎士と対峙する事で治すきっかけができると考えているんだよね。そしてその傷を払拭し、再びアルカードと対峙してほしいと私は思っているの。
だから――私はアルカードに会ってくる。言っておきたいことがあるから」
背中を向け、出て行こうとする愛は覚悟と想いを言葉にする。
「あなたの傷、私が癒すから」
●西目屋村郊外
秋晴れの午後、目的地である洋館からだいぶ離れた地点である村の郊外に、4人は降り立った。
「ここら辺はまださすがに、こっちの領域みたいだ。とりあえず、なるべくディアボロの相手はしないということでいいよね」
「それがいいと思いますね。まずは占領地域の範囲を調べましょうか」
悠人と文歌のやり取りに威鈴は黙って頷き、愛もまた、ただ黙っているだけであった。愛が黙っている事に悠人は少し不安も覚えたが、今はとにかく依頼に集中するしかない。
文歌の抗天魔陣が4人を包み、それから地形を把握している威鈴が周辺を警戒しながらもルートを探り、気配を抑えて建物の陰へと移動した後へとついて行く。
地形自体は事前に皆が確認しているが、アウルを目に集中させた威鈴の目には500m先まではっきりと見る事ができて、「左……ディアボロ多数……右から……街路樹に……」と細かく、潜入に適したルートを探ってくれる。
身を潜めながらも文歌がデジカメでディアボロの姿を捉え、悠人がその数を数える。
「あの火の玉のようなのは見える範囲だけで20と、だいぶ多いですね。地域全体で言えば200とか300はいそうだ」
「ですがこちらの姿に全く気付いた様子がないですし、かなり低級のディアボロなのでしょうね」
「ん……蒼白いし……点いたり……消えたり……するから……狐火……みたい……」
「じゃあ狐火って命名しておこうか」
特徴を書きこんでいた悠人が火の玉のディアボロの名前に狐火と記入し、その行動も書きこんでいた。
(等間隔に並んで、地面を隙間なく弱い火で埋めていく……何の意味があるんだろう。木葉が燃えていないから延焼はなさそうだけど、俺らが踏めばそれなりに熱いのかな)
今の段階では予想でしかないが、できる限り細かく書きこんでいく悠人だった。
「あそこ……建物の……角……何かいる……」
威鈴が指摘すると、確かにこれから向かおうとしていた建物からわずかに布が見えた。よく発見できたものである。
「あそこと……あそこにも……」
次々と指摘するとその中の1つが、すぐ横を通ったひとつ目入道に跳びかかっていった。それは蜘蛛のような形状だが、脚は包帯を巻いた人間の手であり、胴体に当たる部分は大きな人の頭であった。
ひとつ目入道に張り付き、位置的には腹の下に当たる部分についている口で肉にかじりつく。
「見境なしか……建物の陰で待ち伏せして、ああやって襲い掛かるわけだ」
「人蜘蛛とか、そんなあれだよね」
愛の案を採用し、人蜘蛛と名付けて記録する。
そして見つからないように避けながら、ディアボロが幅を利かせている地域とそうでない地域を探っていく。これまでの報告にあったひとつ目入道や怨、レッドキャップの姿も確認し、しっかりと数を確認していった。
敵に見つからないようにルートを探り、敵を発見する威鈴。
方位磁石を使いながら慎重に方向も探り、旧式の地図と照らし合わせて正確な位置を書きこんでいく文歌。
警戒しながらも、廃墟と化した村の様子を頭に焼き付けている愛。
(人数が少ないというのは不安要素でもあるけど、少数精鋭の調査部隊――悪くないですね)
こうなってくると人数が少ない方がやりやすいかもと、地図上に占領地域の境界を引いていく悠人だった。
「範囲は確かに前より広いと言えば広いでしょうけど、狭い分類ですよね。ここ」
「前に管理していた与一さんという方はあまり、支配するつもりがなかったのかもしれませんね。どんな意図があったか、わかりませんが」
「ここ……狐火……ここに……入道……」
調査していたところよりも少し離れて、3人が情報を持ちより地図に占領地域とディアボロの分布をしっかりと書き記す。
この間、たたずんである方角をずっと見たまま動かない愛に気づいた文歌が、後ろからそっと声をかける。
「1人で勝手に行ってはダメですからね」
「――ううん、大丈夫。わかってる、わかってるから。逸っちゃダメって」
そうは言いながら今にも走り出しそうな雰囲気に、文歌は愛の肩に両手を置く。
だが愛自身もよくわかっているのだ。
この戦力では調査以上の事はできないと。アルカードと出会ってしまっても、無事に勝てる保証が全くないと。
(アルカード……現状の戦力では倒せない事は理解している。でも、もしも会う事があれば――)
ある事を伝えようと、自分と、シェインエルに誓うのだった。
●洋館周辺へ
占領地域は洋館を中心に300mしかなく、敵の分布と照らし合わせると、ゲートである洋館の近くへ行くルートは容易に絞り出す事ができた。
ただし、そのルートは真正面からである。
ほとんどの地域は数種のディアボロがいるものだが、正面の道には狐火しかいない。文歌の抗天魔陣はまだ効力が残っているし、枯れ果てた街路樹が並ぶ道なので、迂回する様に上手く移動すれば見つからずに行けるはず――そう思っていた。
周囲一帯は狐火の残した残り火で覆われていて、やはり多少は火傷を負うのだが、本当にわずかな火傷なので、気にせず洋館へと近づいていたのだが、それに気づいたのは退路を常に確認していた文歌だった。
(残り火の中に私達の歩いた跡が、残っている――?)
綺麗に足跡が残っている。
それがどういう事か考えるよりも先に、石垣の門を飛び越えてきた黒い人影が真っ直ぐこちらへと向かってくる!
「そぉぉぉこに、かぁぁぁくれておるなぁぁぁあ!!」
アルカードが跳躍し、黒い炎を纏った脚で樹木を次々となぎ倒していく。
身を潜めていた樹木までもがなぎ倒され、威鈴へとその蹴りが当たる直前、威鈴の手を引いて悠人が入れ替わり極細のワイヤーを束ねて腕に巻きつけた状態で、蹴りを受け止めた。
踏ん張った脚が地面を滑るが、威鈴に背中を支えられその場に留まると、アルカードは後方へと跳躍し着地する。
すぐに文歌は心を鎮め自分の気配を隠そうとしたが、アルカードの目どころか集まりつつある狐火すら誤魔化せていない気がした。
「この残り火の効果というわけですね」
それは威鈴もわかっていたのか、アルカードの死角へ回り込むそぶりを一瞬だけ見せるだけに留まっていた。
「炙り出された人間どもよぉぉぉ! ここへ何をしにぃぃぃきたぁぁぁ!?」
「俺は浪風 悠人、少々シェインエルと縁があってね、彼のアザについて聞かせてもらいたいんだよね。あとまあついでに、名前も伺おうか」
痛む腕を振りながら油断なく構える悠人はアルカードが踏み出すタイミングに合わせて、鞭状の植物で縛り上げる。だが拘束できたのはほんの一瞬で、筋肉の隆起だけで切られてしまう。
「ついでというのが気に入らぬがぁぁぁ、よかろう。吾輩はぁぁぁ、ルシフェル様の次に美しくぅぅぅ、ルシフェル様の次に美しいぃぃぃ、アルカードだぁぁぁ!!」
「あんた、やかましい。よくも悠人を!」
ポージングを決めているその姿があまりにも無防備だったのもあるが、頭に血が上り気味だった威鈴が矢を放っていた。甲高い音を立てながらアルカードの筋肉へと突き刺さる。
さらには近づいていた文歌が、その周囲に雷の矢を降らせ残り火をかき消しながらアルカードを焼き貫いていた。
「ぬぅぅぅ! 口上の最中に手を出すとはぁぁぁ! 身体が動かんぞぉぉぉ!」
麻痺が効いているのか、棒立ちで叫ぶアルカード。
そんなアルカードの正面に、愛が立った。
「あなたは万全のシェインエルを倒したいんじゃないの? 手負いを仕留めて満足だなんて、悪魔騎士ってずいぶんとよわっちい考えをするのね♪」
「なぁぁぁにぃぃぃ!?」
動けないはずのアルカードが、踏み込んできた。
そして流麗な動きで繰り出す正拳突きが愛の胸を打ち、鈍い音と痛みに血を吐き出しそうになるが、それでも笑って睨み返す。
「どうしたの? まだプロレスは負けてないよ♪」
そうは言いながらも、かなりのダメージを受けているのがはっきりとわかる。文歌が動きの鈍った愛を腕で抱きこむように抱え、悠人の後ろまで下げさせる。
「無理をするんじゃない!」
少し苛ただしげに悠人が叫び、アルカードの追撃に備えたが、アルカードは動かない。いや、動けないのだ。麻痺が効いていて動けないのは確かなのだ。
だがそれでも何万、何億と繰り返した動作は無心で出せる――自信家でありながら努力家、それがアルカードであった。
そんなアルカードが「あぁぁぁかいざぁぁぁ!」と叫ぶと黒炎に包まれ、傷は塞がり、甲冑のようなものを装着した姿へと転身して愛を指さした。
「よかろう、プロレス娘よ。ならばシェインエルを吾輩の前に連れてくるがよい、さすれば吾輩は奴の呪いを解いたうえで、完膚なきまでに叩き潰してやろうではないか」
「普通に喋られるんだ」
「叩き潰してやるぅぅぅ!!」
距離を取り、やけどを負いながらも集まっていた狐火を一掃していた威鈴のツッコミに、アルカードはわざわざ言い直す。この間に肉体を活性化していた悠人の傷は完全に消えはしたのだが、痛みが繰り返されて顔をしかめたままだった。
高速のすり足で距離を詰めて踏み出すアルカードにまたも悠人が合わせ、拳が飛んでくる前にアルカードを押し返すつもりで白銀の大剣を振り下ろす。アルカードは前に突きだした左腕で皮の表面を裂きながらも刃の腹を横に叩き逸らして、その左拳がそのまま悠人の顔面を打ち付けた。
だがこの時、愛をアウルの衣で包んだ文歌がまたも横で雷の矢を落とす。
「シェインエルさんに深手を負わせたわりには強くないですね。もっと本気をみせてください」
「よかろぉぉぉ! 我が姿に刮目するがいぃぃぃ!」
アルカードの全身が黒い炎に包まれ、さらに甲冑の面積が増えた姿となり、やはり傷が癒えた姿で麻痺すらも回復していた。
「あぁぁぁかいざぁぁぁあぁぁぁるぅ!」
「速攻!」
変身後を狙い愛がアルカードの延髄に蹴りを入れ、もう一度文歌が雷の矢を落としたのだが、今度は皮膚をわずかに焼いただけでその動きを止める事ができなかった。
(色々隙だらけだ。転身するたびに全回復するみたいだけど、ピンチの時に使うのではなく乗せられたら、だ。ただあの姿、魔法への抵抗が高い)
距離を開けて観察を続けていた威鈴が矢を放つと、アーカイザーRとなったアルカードの甲冑に覆われた腕へと刺さる。甲冑としてまるで機能していないようにも見えたが、本人は痛がるそぶりも見せずに両腕を大仰に広げた。
「喰らえぇぇぇい! 吾輩必殺のぉぉぉ、あぁぁぁかいざぁぁぁふぇにぃぃぃっくす!!」
フェニックスとは名ばかりの、黒い炎でできた大きな三角形が一直線に文歌へと襲い掛かるが、その前に立ちはだかる悠人がワイヤーでそれを受け止めた。
広い範囲のように思えたその攻撃は悠人に当たるなり、悠人の腕一点のみへ突き刺さるような炎へと変化し、ねじ込んでくる。
「ぐぅううううう……ッ!」
歯を食いしばり耐える悠人。この一撃は耐えきれる――だが、耐えきった後も痛みが襲い掛かってきて、それに脂汗を浮かべながら
耐えて余裕の笑みを浮かべた。
「まだ、これぐらいでは倒れませんよ」
「何と丈夫な眼鏡男よぉぉぉ! 貴様なら、吾輩の真なる一撃に耐えきれるかもしれぬなぁぁぁ!」
(まだこの先が? そろそろ退散しないと厳しそうですね)
ゲートである洋館に関してはここから見る限り何の変化も見られないし、今の状況を判断した文歌がマホウ☆ノコトバを口ずさんでいた。
それが撤退する合図とわかっていたのか、悠人は腕で防がれようともアルカードを大剣で弾き飛ばし、アルカードの後ろから愛が抱きつくように組みつくと、地面から引っこ抜いて頭を地面に落とした。
「走ります!」
全員が一斉に全力で走り出す。
地面に突き刺さっていたアルカードが頭を引き抜いた頃にはもう、ずいぶんと距離が開いていた。アルカードは腕を組み、高らかな声で笑う。
「いい所で帰っていきおったなぁぁぁ! 吾輩はいつでもここにいるぞぉぉぉ!」
そんなアルカードの横を人の乗ったバスが通り過ぎ、門をくぐっていくのだった――
●そして戻ってきた
「これが今回の報告書です」
悠人が百合子へと渡し、報告書に目を通した百合子がうんうんと頷いた。
「なかなか情報は得られたようですね。ディアボロとの交戦記録がほぼないのと、洋館の内部とかが得られなかったのは少し残念ですが、大怪我もなく、十分な成果と言えるでしょうね」
「今後……潜行……するのは……難しい……かも……」
「あぶり出しとかそういう類ですからね。今後はもっと範囲を拡大してくるとなると、こっそりの潜入も難しくなりそうですか」
「大丈夫です、どうせ今後は正面から乗り込む事になるでしょうから」
微笑む文歌は乗り込む事になりそうな人物を探したが、すでにいなかった。
廊下を走る愛。その先にはシェインエルのいる病室があった。
「シェインエル! そのアザ――……」
勢いよく飛びこんだが、シェインエルの姿が消えていた。
「……シェインエル?」
首を傾げ帰ってくるのを待った愛だが、その日、戻る事がなかったという。
次の日、シェインエルが1人の撃退士をさらって学園から姿を消したという情報が愛の耳にも飛びこんできたのだった――……
シェインエル物語4 終