●与えられた休日
七輪の上で塩をまぶされたサンマが皮を焦がしながらもじくじくと、炭に脂を垂らしながら焼けていた。そして中ではしゅうしゅうと土鍋から蒸気が立ち昇り、その横では味噌の温泉に茄子とミョウガと油揚げが仲良く浸かっている。
テーブルでは蓮根の酢漬けと栗の焼きプリンが、主役の登場を待ちわびていた。
その前には星杜 藤花(
ja0292)がいて、横には養子でまだ幼い望がいる。望の手には大根があり、すでに十分な量がおろされている大根おろしの上で(増えていないが)一生懸命におろしている。
「望、お手伝い偉いですね」
「おまたせ〜。望、お手伝いありがとう〜」
星杜 焔(
ja5378)がサンマをテーブルに並べ、望の頭を撫でてから大根おろしを回収すると水気を切って、主役の横にかぼすと共にちょこんと白雪の山を盛り付けた。
そして火から下ろした土鍋の蓋を開けると、湯気とともに茸とふっくらと炊けたご飯の香りが鼻孔をくすぐる。
「誕生日とは少し違うけど、望が来てから3年くらいだね〜。めしあがれ〜」
「相変わらず、美味しそうなお料理がいっぱいですね」
「今年の新米を用意してくれたおかげだよ〜」
「そう言っていただけると、焔さん手ずからのお料理に見合うお米を準備しただけあります」
これだけの用意に焔がまったく休めていなさそうだが、幸せそうに笑う2人。2人が顔を合わせている間にも、息子はぐちゃぐちゃと自分の誕生日でもおかまいなしにかき混ぜていた。
その下では塩を振っていないサンマにかじりつくマルチーズの『もふら』。新しい首輪が誇らしげである。
一息ついたあたりで「これは先日親類から届いた、甘くて立派な葡萄です。一緒に食べましょう」とテーブルに葡萄を並べた。房から1粒、それを口に含みすぼめていると焔が、「……涼子さんどこにいっちゃったんだろうね〜」とポツリと漏らす。
「涼子さんは心配ですけれど、きっと大丈夫ですよね……」
「無事に帰ってくると……よいね〜」
「夏の……時と……雰囲気……違う……」
海の堤防にたたずむ浪風 威鈴(
ja8371)が、そう言って楽しく笑う。だがすぐにその顔には寂しそうな雰囲気が漂い始めた。
「寂しい……ね此処……」
「どうかしたかい、威鈴」
堤防の先では浪風 悠人(
ja3452)が折り畳み椅子に座りながら、海に糸を垂らし竿を上下させながら威鈴へと声をかけると、トテトテとやってきて悠人の後ろから背中によりかかる。
そして「海……秋……に来ると……寂しい……ねぇ」と、悠人へ囁きかけていた。
「んー……そうだね。でも見た目が寂しくても生命で満ち溢れているものだから、さすがは母なる海ってやつだよ――ねッと」
竿を引き釣り上げるとアジに似せた餌木にかかっていたものを、ボックスへ抛り込む。海を見ていたせいと手際の良さに見逃していた威鈴が、「何……釣れたの……?」と覗き込んで、ボックスの中で釣果をつつく。
「アオリイカだよ。生は寄生虫がちょっと怖いけど、ちゃんとすれば問題なく食べられるんだ。一番安全なのは冷凍する事だけど、味は生の方がいいからね」
説明している間にもアオリイカは次々と釣れ、釣れなくなり始めたと思ったら糸を引き上げて荷物を全部背負って威鈴へと手を差し出す。
威鈴と手をつないで歩きながら、海を覗き込む悠人。
「何……探してるの……?」
「海藻帯や小魚のいる所をね。そういう所にイカも集まるからさ」
そう言ってポイントを発見しては釣り糸を垂らし、かかりが悪くなればすぐに移動を繰り返している最中、悠人がボックスから1匹取り出しアウルで作り上げたまな板の上で捌くと、作り上げた皿の上に盛りつけ山葵醤油を用意する。
イカの刺身を悠人は箸ですくいあげ、威鈴へと向けた。
「戦士にも休息は必要みたいだし、今日はのんびりを満喫しようか」
悠人が笑うと、威鈴はパクリと箸先のイカを口に含み「ん……釣りたて……美味しい……♪」と笑みを返していた。
(仲の良い事で、なによりですね)
別の埠頭で遠くから眺めていた黒井 明斗(
jb0525)が、キャスティングして小さく頷く。朝早くからドジョウを餌にテンヤ釣りをしていただけあり、太刀魚をずいぶん釣り上げていた。大物を狙い続けている割に、十分な釣果である。
「とにかくはまず、昼までは釣りを楽しみますか」
●早朝の学校では
「朝から精が出ますねぇ」
訓練に励むスズカ=フィアライトへエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がそう声をかけ、食欲の秋という事で「学食に行きませんか」と誘う。
歳相応に食欲旺盛なスズカへ向けるエイルズレトラの目はまるで無関心のようでいて、それでも心配をしているかのようなものだった。強さに見合わぬ無茶をし、いつか死ぬのではないかと。
手癖の様に軽い手品をしてみせるエイルズレトラはやがて、ぽつりと問いかけていた。
「スズカ君は何かを成すために強くなろうとしているんですよね」
不意討ちのようなその質問だが、スズカは戸惑う様子を見せるでもなく「そうだよ」と返す。
それにはむしろ、エイルズレトラの方が困惑していた。なぜ強くなる事が目的ではなく手段でしかないのか、それならさっさと強くなればいいのにと。それにいつまで経っても身の程を知ろうとしない部分など、全くもって理解し難いと。
(結局のところ、僕とは根本的に分かりあえないんですよねぇ)
だがそれでも、なにかアドバイスのようなものをと、エイルズレトラの口が動いた。
「次に何かやりたい時は君自身が、僕らに依頼するのはどうでしょう。君自身でどうにかしようと無茶するよりも、よっぽど目的を達成しやすいと思いますよ」
「……うん、おいらもそうだと思う。これからは先輩達に頼る事も増えるけど――でもやっぱり、自分でもどうにかしたいんだ」
何とも歯がゆい言葉にエイルズレトラは「そうですか」とただ肩をすくめるくらいしかできず、世話の焼ける後輩をじっと見続けるのであった。
(後ろは難しい話をしているようだ)
「――が、今は目の前の秋を満喫しようか」
そして南瓜のフィナンシェ、マフィンなどと向き合う不知火藤忠(
jc2194)。学食の限定南瓜スイーツを狙って、早朝からこんな所にいた。
やや多いように思えるが、それをペロリと片づけるとすぐに席を立つ。
「さて、お次はあそこへ行くとするか――今日は1日、満喫しないとな」
「色んな木の実を探して、あちこち探検しよう!」
図書室から植物図鑑を借りた赤いマフラーの少年、グレン(
jc2277)は外へと飛びだすと、通学路の植え込みに赤い実が生っている事に気づいた。それどころか色々な木に実が生っているではないか。
「ふだん気にしていなかっただけで、探してみようと思ったらこんなにたくさんあるんだ――これ、サクランボの親戚みたいだね。剃り残しのヒゲみたいなものが生えてるけど、食べられるかな?」
若干の不安はあるがそれをむしって次なる実を探しに行くのだが、そういえばと足は自然と動いていた。そして辿り着くなり臭いに顔をしかめる。
「――臭い! こんなのが食べられるなんて嘘だ!」
落ちている実の臭いを嗅いで投げ捨てそうになるグレンだが、ギリギリ、図鑑を信じる事にしてその実を別の袋に入れ、さらに何枚もの袋で包み込む。
それから他の場所で、地面に落ちている棘だらけの物を見つけた。図鑑によればそれも食べられるらしいのだが……
「さっきから食べられそうもないやつばっかりだよ!? 本当に食べられるの!?」
だがそれでも信じるしかない。それも袋に入れると棘が袋を突き破るが、そんな事もお構いなしである。そしてグレンはさらに探索を続けようと走っていった。
大アクビをする卯左見 栢(
jb2408)は早朝からいるわりに、今ひとつ乗り気に見えなかった。本人の意思で起きてきたわけではなく、起こされて連れてこられたので仕方ないとも言える。
(しかもすぐいなくなっちゃったし……眠いのなんのってぇ……)
再び大きなアクビひとつ。
フラフラとした足取りと眠そうな目は秋を探すのではなく、寝床を探しているようにしか見えない――が、眠いながらもその目が大きく輝いた。
「わぁい、おねーさんだぁ」
ふわふわとした足取りで百合子の横に寝転がると、寝顔を覗き込む。
しばらく眺めていた栢だが、やがて「おやすみ、百合子おねーさん」と百合子の唇へ擦りつけるように唇を重ねた。そしてすぐ横で身体を丸め、「すきぃ……」と小声を漏らしながら目を閉じるのだった。
栢が芝生に倒れ込む所まではベンチで見ていた龍崎海(
ja0565)は視線を戻す。秋を満喫しろと言われ、海が選んだ秋は読書の秋だった。
「そろそろ試験も近いしね。これまでの傾向を見る限り学園の騒動から出題される事もあるから、振り返っておこう」
(この報告も問題集あたりの結果とかで出せば、問題ないかな)
「昨年の12月に【採輝】――露天風呂で鉱石を回収したな」
パラリとページをめくる。
「今年の2月に【AT/採輝/天王】、3月に【ギ曲】ラストエデン……回復役として頑張ってたな」
4月の【紡縁】で手が止まり、わずかに手を震わせた。
(ソングレイに、敗戦したなぁ)
6月に【蔡祈烽焔】、8月に【天王】と続き、ゲートコアを狙う王権派の天使らと交戦しまくってたなと思い出に浸っていると、「おや」という声が聞こえた。
「龍崎さんじゃないですか」
「明斗さん――ずいぶん大量のようだね」
「ええ。昼までのつもりが少々釣れ過ぎてしまいまして……寮の夕食にお刺身と塩焼きをと思っていたのですが少し量が多いので、これからどうですか? ご馳走させてください」
明斗の誘いに「いいね」と海は立ち上がり、明斗と肩を並べて歩き出す。
歩き出してから間もなく、来る途中で他にも見かけていたのか明斗が「落ち葉掃除に励んでいる方、意外と多いものですね」と、落ち葉を集めているウィル・アッシュフィールド(
jb3048)とスピネル・クリムゾン(
jb7168)を見て、言うのだった。
ただスピネルとウィルは確かに集めてはいるのだが、スピネルの両腕いっぱいにあるのは紅が美しい秋の味覚、芋である。
「中庭のお掃除――って先生には言ったけど、焼き芋しちゃうんだよ〜♪」
「スピネルは、こういうのは初めてだったか?」
「焚き火も焼き芋も初めて! すっごく楽しいんだよ♪」
底抜けに明るい笑みを浮かべ、火を点けたばかりのところへさっそく芋を投入しようとしたスピネルを、ウィルが手で制した。
「火が見えるうちに入れると、ダメらしい」
「そうなの?」
「らしい……実は俺も初めてだ。だから上手くできるかは……自信ない」
「2人で一緒の初めてだけど、きっと絶対大成功なんだよ♪」
スピネルが自信ありげにピースをウィルへと突き出し、そして不意にぶるりと肩を震わせて腕で自分を抱き込んだ。それに気づいたウィルが「寒いか?」と手を伸ばすもスピネルはその手を見つめ、えへへと笑うばかりであった。
「……遠慮しなくて良い、ほら」
肩にまで手を伸ばし抱き寄せると、スピネルは頬を朱色に染め「えへへ……ちょっとだけ照れちゃう」と言いながらも、ウィルの腕にぎゅぅぅっとしがみつくのだった。
――――それからしばらくして、後片付けを済ませた2人はホイルに包まれた芋を手に、中庭を散策していたが落ち着けそうな木陰を見つけると腰をおろし、ホイルを開いた。
「うわぁぁ、ほっくほっくで美味しそう――おっいしぃぃ♪ 大成功だね!」
木陰でも輝くスピネルの笑顔に目を細めつつ、「そうだな」と硬い表情が緩んでいた。
ウィルがまだ食べきらぬうちにスピネルの手にあった芋はなくなり、ウィルの膝の上に頭を乗せコロンと横になった。そしてスピネルはウィルの顔を見上げると手を伸ばし、木漏れ日でところどころ明るく輝く灰色の髪に触れる。
「ウィルちゃんの髪……月光みたいって思ってたけど、こうしてると昼と夜の空を独り占めしてるみたいな贅沢なんだよ〜♪」
スピネルの手に手を重ねたウィルだが、目の前に落ちてきた赤い葉をその指で挟むとスピネルの顔の横へと並べた。
「そういう君はこの葉と同じ、燃えるような髪の色……だな」
スピネルの目を覗き込み、「とても、綺麗だ」とはっきり告げる。スピネルは照れたように笑うと、ウィルの頭に腕を絡みつかせ引き寄せながらも、顔を近づけるのであった。
木陰近くのグラウンドでは少人数で、服装がバラバラな生徒達が野球っぽいものを楽しんでいた。
「あたいの超すごい魔球を受けてみろー!」
そう言って振りかぶる雪室 チルル(
ja0220)の剛速球――いや、速さは(撃退士的に)それほどではないが、剛球と呼ぶ方がしっくりきそうな球を抛った。
それに反応する、チルルよりも年下のバッター。
だが木製のバットなどなかったと言わんばかりに、バットを砕いて真っ直ぐミットに収まった。
「さすがあたい、さいきょーのえーすぴっちゃーここにありね! あッそこの覚えがある人、あたいと勝負よ!」
マウンドから走るチルルは通りがかりの手をつかんで引っ張ってきて、無理やりバットを持たせバッターボックスに立たせる。立たされた人物、それはシェインエルだった。
「……どうしてこうなっているのだろうな」
「へいへーい、バッターびびってるッ」
「それはピッチャーに向けられる野次だと思うが……」
「もんどーむよー!」
振りかぶるチルルはまたも、愚直なまでに真っ直ぐな魔球『剛球』を投げた。
迎えうつシェインエルは恐ろしく回転数の少ないボールに対して、柔らかく持ったバットでその威力を殺しつつ見事な流し打ちで打ち上げる。
その打球は明らかにホームランコースだが落下地点めがけて全力で走り「にゃろー!」と跳躍、空中でキャッチして地面を転げまわる。
そしてむくりと起き上がり、「あたいの勝ちね!」と誇らしげにグローブを掲げた。
目の前まで転がってきたチルルにクスリと笑ったスピネルが、「勝者には景品をあげるよ♪」と芋を放り投げると、受け取ったチルルは目の色を変えてもどかしげにホイルをあろうことか歯で剥いて、ほっくほくの焼き芋にかじりつく。
「スポーツの秋もいいけど、食欲の秋もありね! でも早く冬が来ないかな!」
冬が近づき、より一層、今日も能天気に元気なチルルであった。
(若い娘は元気がいいわね)
あてもなく、気の向くままに歩いていた華宵(
jc2265)が微笑。そして紅や黄色が織りなす秋の色彩、人も虫も関係なしに作り上げられる調和された音の舞、しっとり澄んだ空気を楽しみながらふらふらと誘われるがままに、ふふんふん♪と鼻歌まじりで徘――いや散策していた。
「……綺麗よね」
さらに秋を感じるためにも、まだ向かっていない河原方面へ歩き出すのだった。
「秋らしいものとか言ってもなー」
落ち葉が降り積もった林の中、山となった落ち葉からそんな声が聞こえた。学園に来てからもずっと戦闘に次ぐ戦闘に身を費やしてきたラファル A ユーティライネン(
jb4620)が、1人ごちたのだった。平和というものが苦手なのだ。
これまでにもこんなイベントやお祭りはあったが、そのたびに何をすればいいのか迷ってしまう。倒すべき敵がいないというのは数々の難しい戦闘依頼よりも、ラファルにとって何よりも難しい依頼であった。
今の身体になってから人並みな幸福というものに縁遠く、以前の自分がどうだったのかすらわからなくなってきている。
だから――悩むのを止めた。
悩むのを止め、今はただこのフカフカな落ち葉のベッドで眠りに就こうと決めた途端、リスがラファルの周りをちょろちょろと走り回り、顔にまで登ってくる。
冬眠前の支度中かと思ったところで、ラファルの意識は落ち葉の中へ沈んでいったのであった。
落ち葉が散りゆく林の中で、箒を手にして恨めしそうに見上げる少女が1人。
「終わらない……紅葉の季節到来は良いのですが、掃いても掃いてもきりが無いですね……揺すって全部落してしまいましょうか」
そんな思いにとらわれていたのは雫(
ja1894)であった。
最初は下宿先の玄関前を掃いていたはずが、風が吹くたびに押し寄せる落ち葉を押し返しているうちに、気が付けばこんな所まで来てしまっていた。
(きりもないですし、ここら辺で片づけるとしますか)
ちょうど落ち葉の山があり、そこの周囲にはなぜかリスがチョロチョロしている。
リスに逃げられてしまい、わかっていた事とはいえ寂しさを覚えながらも集めた落ち葉をまとめた。かなりの量なので運搬用の一輪車を持ってきてさあ乗せようと両手ですくうと、思いのほか重量がある事に驚いてしまう。
「――んあ?」
落ち葉の中からラファルが出てきた。
山盛りの落ち葉を積んだ一輪車を押す雫と並んで歩くラファルが、「平穏無事に終われねーとか、さすが俺」と小声で呟いていた。それに首を傾げる雫だが、ラファルは「なんでもねー」と首を振る。
「にしてもそれ、どーすんだ」
「どうしましょう――おや、あそこにいるのはもしかして……」
河原で枯れ枝や落ち葉をまとめているRehni Nam(
ja5283)を発見し、近くにはアルミホイルに包まれた何かが色々転がっているその様子からRehniが何をしようとしているのか察した雫が、一輪車を勢いよく押して駆け出した。
Rehniがこちらに気づくと挨拶してから話を切り出す。
「燃料を持ってきたので、私もお邪魔しても良いですか?」
「はい、かまいませんよ。それでは火を――」
「ダメよ! 直接地面に焚き火を置いたら!」
ダメ出しとともに現れた天城 絵梨(
jc2448)は地面で直に焚火をすると、土壌の生態系を崩すと説明したうえでブロックを持ってきては適した場所を探して土台を作り始めた。
ラファルが何か言いたげ顔をしていたが、結局何かを言う前に土台は完成し、そこで改めて焚火の準備に取り掛かる。
「焼き芋なんて、久しぶり」
「私もですね」
アルミホイルに包まれたいくつかは火が燃え盛る所へ直接置いて、いくつかは灰の中へと潜りこませる。
さらにはブロックを上手く積んで竃のようなものを作り上げると、その上にケトルを置いてお茶用のお湯を沸かし始めたあたりから薩摩芋の甘い匂いが漂い始めてきた。
その匂いに誘われた華宵がふらふらとやってきて、「おはよう、レフニーちゃん。美味しそうな香りね」と微笑みかけた。もちろんRehniは「お1つどうですか?」と、焼き立てを差し出していた。
「お茶もどうぞ」
「あら、ありがとう」
絵梨からお茶を受け取り、一口。コップをブロックの縁に乗せると芋の皮を丁寧に剥いて、ひとかじり。口の中に広がる甘さに華宵は頬に手を当てて「美味しいわ」と、実に女性らしい反応を見せる。男性だが。
逆に女性であるラファルは皮ごとかぶりついて牛乳で流し込むあたり、女子力で言えば華宵に負けていた。もっともそんな事を気にする様子はない。
女子会とも言えるそこに、「焚き火のスペースをちょっと借りるね」とグレンが来て、取ってきた物をその場で広げた。その瞬間、ジャンルは少し違えどサバイバル料理を好む雫の目が光る。
「その赤い実は山法師ですね。種が多いですが、なかなか美味しい実です。そっちの銀杏は水でうるかして、下ごしらえしてから灰の中へ。この時、素手での作業はお勧めしません。そして毬栗はこうして――」
おもむろに毬栗を踏みつける雫。中からは栗の兄弟が顔を覗かせ、それを枝でほじくり出す。
「濡れ新聞紙とホイルで包んで、火の中へ」
「人間さんはいろんなものを食べるんだね。おいしいのかな?」
その問いかけに雫は一度Rehniに視線を送り、頷くのを確認してから言葉を続ける。
「ええ。美味しいですよ――こちらなんかも、美味しいですから」
灰から掘り当てた芋をグレンに渡す、雫であった。
そろそろお開きの雰囲気に絵梨が川の水を灰にかけ、確実に消火してから灰を雫の持ってきた一輪車へ。そしてブロックはどうするかという所にふらりと夏雄(
ja0559)がやってきて、「明日には返すから、おいらに貸してくれないかい」と借りていく。
手には『私の忍へ。ユリもんと愉快な仲間達の為に調理器具を持ってきてちょ☆』という矢文を持っていた。
「ふむ。突如、皆に秋を感じようと呼ばれた良いけれど、なぜ……料理器具や食材、調味料諸々の調達を頼まれたのだろう。いや、薄々は分かっているけれども」
そんな事をブツブツと漏らしながら、ブロックを持って去っていった。
それから思い思いに皆が帰っていくのだが、Rehniだけ河原に残っていた。その手には1つだけ芋が残っている。
「どうしましょうか――あ、シェインエルさん! シェインエルさんも焼き芋おひとつ、いかがですか?」
「ここでやっていたのか。見るに終わっているようだが、残ってどうしたというのだ」
「いえ、元々外でヴァイオリンを弾くつもりだったのですが、落ち葉を見たら、つい」
明るく笑うRehniへ「魔性の季節だな」とシェインエルも笑う。
そして「では、始めましょう」とRehniはソロメドレーを引き始め、足元で落ち葉が躍り始める。しばしヴァイオリンの音に聞き入るシェインエル――と、まだ近くにいた華宵であった。
シェインエルが再び歩いているところに、「おはようございます」と声をかけたのは制服ではなく動きやすい服装の水無瀬 文歌(
jb7507)だった。
文歌から少し離れたところで理子がトランペットを吹き、後ろのベンチでは君田 夢野(
ja0561)が目を閉じて耳を澄ませていた。
「どうかしたんですか?」
「どうかした、という点ではおまえの方がだな」
「私は文化祭に向け、ダンスの練習です。こうした音楽に合わせた即興ができるような応用力あってこそ、一流のアイドルですから」
わかるようなわからない事を言いシェインエルは「そうか」とだけ答えると夢野の横に座ると、片目をうっすらと開いた夢野が相手を確認するなりまた目を閉じる。
シェインエルもまた目を閉じ、その音へ身を委ね「懐かしい音だ」と漏らしていた。
「シェインエルさん、この音色に聞き覚えがあるんですか?」
文歌の問いにシェインエルだけでなく、夢野もピクリと反応した。
「……私が人界で捜し続けていた古い親友の音に、似ている」
「美亜さんの忘れ形見だからな」
夢野の一言にシェインエルがハッキリと反応を見せた事で、細かな事情を知らない文歌にもどことなくわかってしまった。だから理子の肩を叩いて演奏を止めると、その耳元で「お母さんから教えてもらった曲はありますか?」と尋ねていた。
「ちゃんと教わったわけじゃないですけど、今でもずっと覚えている曲なら――」
そう言って理子が演奏を始めるとシェインエルは膝の上に肘を乗せ、組んだ手に額を乗せる。
「懐かしいな――この音が聞きたくて、20年近く放浪していた。
ミアの役割は本来、戦争を告げる音を出すものだったが、始まりの合図であるなら終わりの合図にもなると、戦場でずっと吹き続けていた。だが音に寄ってきたのは悪意ばかりで、その中の1人、アルカードによってミアは死を待つばかりの身体となった事で、このくらいの時期に天界から姿を消した」
「そしてこっちで、愛する人と出会ったわけか」
「……そういうことになる、な」
夢野とシェインエルがわずかに言葉を交わし、そしてまた2人して聞き入っていた。
(入学と卒業が秋に行われる学園と同じように、秋は出会いと別れの季節ですね……)
文歌の脳裏には涼子の姿が。涼子の進む道と自分達の進む道がいつかまた交差すると文歌は信じ、そっと瞳を閉じるのだった。
コスモス畑と夕陽が眺められる丘。そこには紅葉に染められた1本の大樹――そこへ袋を手に下げた飛鷹 蓮(
jb3429)がやってきた。
(焚き火か。秋に行うと情緒的……なような気はする。だが夏雄の火の守姿は……何というか、安定しているな)
後姿の夏雄がブロックで土台と竃を作り、落ち葉とは思えない火力を保っているのを情緒と呼ぶか定かではない。そして木嶋 藍(
jb8679)はチョコレートコスモス片手に憂い顔である。
(腹減ったって顔だな)
「みゅ! 蓮、買出しありがとーぅ!」
蓮に駆け寄るユリア・スズノミヤ(
ja9826)が、袋をひったくるように受け取った。
「とりあえず、さつま芋と栗は買っておいたぞ」
「おぉ、蓮さんお芋と栗ありがと!」
「あと――ユリアの希望でこれもな。まさか、串に刺して焼くつもりじゃ……」
うっかり買い忘れてコンビニで買ったマシュマロを見せると、ユリアが飛び付いてひったくる。
「ましょまろーん☆ だいじょぶ、アルミホイルに包んで焚火にぶっこむ! お芋ー、栗ー、私(と、夏えもんと蓮と藍ちゃん)の為に美味しくほっこり焼けなさい」
「あ、林檎も焼いていい? アルミで包んでー、火にぽーい! レッツクッキーン☆」
(ちょっとした魔法のアイテムだな。ホイルってのは)
芋にバターをひと欠片落としてかぶりつくユリアが「うまー☆」と言って、蓮に芋を向ける。そのついでに栗も。
「蓮もどぞー。あ、私の為に栗剥いて?」
ここで真打登場と言わんばかりに、藍が重箱をドンと置いて蓋を開ける。中にはびっしりと団子が詰まっていた。
「秋と言えばお団子かよ、ということで! 餡は、漉し餡にずんだにきなこにチョコ!」
「ピラミッド作ろう、ピラミッド☆」
「あとはなっちゃんに頼んだ調理器具と調味料で……ふふふ」
藍の目がきらんと輝き、「栗とお芋、林檎とミルク、砂糖を混ぜて餡にしよ!」と、得意げに鼻を鳴らす藍の後ろで、先ほどから自分では食べようとしていない夏雄が鍋の用意を始める。
「……ま、ついでに鍋の守もやるさ。芋煮とかも秋っぽいかもだし、だ」
「それとなっちゃん、天ぷらはできるかな!」
「天ぷらかい? 油は有るけど、何を――」
夏雄の前にはユリアと藍が紅葉を手にしていた。
「え、紅葉……食用……いや……食べ過ぎてお腹壊さない様にね、だ……」
こんな中、あまり食を進めていない蓮が「風や空気、色彩がいつの間にか秋だな」と1人、風景に目を向けていたが、その視線が藍とユリアに戻る。
「秋って最高! みんないるし、幸せ〜」
もちもちと頬張る藍に「……秋だな」と首を振り、蓮は意地悪く笑う。
「”彼”に見られたらからかわれるぞ?」
途端に藍は顔を赤くして「しー! 蓮さん、しーだからね!」と、必死であった。
そしてふと気づいた蓮が「ユリア、口の端」と親指でユリアの口を拭って、指をひと舐めする。
「……季節は移り変わるが、君は変わらないな」
「変わらないよぅ。でも、風の音とか花の香りとか、夕陽の色とか……今日の景色は今日しかないんだろうにゃあ」
一瞬だけ寂しげに笑ったが、すぐ「小さな幸せでも、ね」と蓮に幸せそうな笑みをこぼすユリアであった。
鍋をかき回す夏雄が空を見上げた。
(さて、火と鍋の守で、どんな秋が見えるのだろうか……皆は、どんな秋を見るのだろうか……そして私は)
「ま、その報告も秋の楽しみとしようかな」
ハロウィンフェアを始めていた喫茶店にて、藤忠は満足げな顔をしていた。
(タルトやモンブランは南瓜の優しい甘みが出ているし、クッキーは素朴で好ましい)
「うむ、やはり美味い――甘い菓子が好きだからな、今度、連れてきてみるか。大正浪漫に憧れて珈琲はストレート派になったという変な奴だが」
紅茶のカップに口を付けつつ、藤忠は笑う。
男1人でここにいる事を恥じず、堂々としている。店員と客には何回も女性と間違われるが、そこは南瓜の菓子に免じて許す藤忠であった。
何軒か甘味処を梯子し、部の連中に土産でもと選び(プリンは諸事情により除外)帰路へ着いた頃、すでに綺麗な夕焼けが藤忠の顔を照らしていた。
「今夜は十五夜か。月もよく見えそうだ――月見用に美味い日本酒を買って帰ろう」
明日片づけるという事でユリア達が帰っていった樹の下で、ブロックを弄って簡素な祭壇を作りあげている人影があった。
「ひとり収穫祭です」
夕陽と月明かりの中、レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)がアウルで座敷童と呼べそうなものを作り上げ、祭壇に設置して「いあ! いあ!」と怪しげな崇拝をしていた。
ちゃんとお供えに小豆の握り飯と、藤忠の買った物と同じ物を添え、最後にしめ縄で祭壇をぐるりと囲う。
(学園内にはびこる童心よ、今こそ座敷童さんへ……!)
これはある座敷童へとつながる端末なのだと、謎の設定ながらも一念を送り続けるレティシア。その夕陽に照らされて赤く染まっていた顔が、青紫色へと変わる。
空を見上げると、レティシアの祈りを受理したかと言うように月が笑っているのであった。
「……うに?」
目を覚ました栢の隣に、百合子がいない。すでに帰ったのだと寂しい想いが栢の心を締め付けるが、自分にかけられているスーツのジャケットに気づき、鼻を近づける。
「おねーさんの匂いだぁ♪」
それだけの事なのに、栢は幸せそうに笑う。
こうして撃退士達は小さくとも、秋を十分に満喫したのであった――
学園の小さな秋 終
(休憩なしでこんな時間まで、か。上達が早いわけだ)
すでに月が見えているが、それでもずっと理子の音に耳を傾けていた夢野。さすがに文歌の姿はなく、シェインエルは隣に――
「さっきまでいたはずだが……」
「――スマン」
後頭部に走る激しい衝撃。丸っきりの無警戒だった夢野は地面に叩きつけられ、意識はあるがしばらく立てそうにもない。そして夢野はシェインエルが理子を連れ去っていく姿をただ、見ているしかなかった。
秋の夜空に、悔恨の遠吠えが響き渡るのであった――……