※注意
こちらのリプレイは非公開報告書です。本人以外のPCは知る事ができません
●見知った来訪者の証明《桜庭愛(
jc1977)》
「こんにちは♪」
シェインエルの病室を覗き込む愛へ、シェインエルはただ片眉を動かし、「また来たか」と苦い笑いを浮かべていた。
「また来ちゃったけど、今度はちゃんとお仕事だから」
病室へと足を踏み入れパイプ椅子に座ると果物ナイフを手に取り、持ってきたリンゴをクルクルと器用に剥いていくと、シェインエルに差し出した。
差し出しながらもその目はシェインエルの消えない黒いシミをなぞっていて、その明るい笑顔がわずかに曇る。
「あの場にいた人達みんな、シェインエルのこと心配してたよ」
「お人好しが過ぎる集団だな――それで、今日来たのは仕事と言ったが、私の問いかけに答えるということか。お前は何故、学園に来たの問いに」
リンゴを受け取り問いかけるシェインエルへ、愛はゆっくり目を閉じ「……ここにいるのは『友達』を作りにきたの」と自分へ言い聞かせるように口を開いた。
「私より強い女に闘(あ)いに。そして、私を送り出してくれたすべての人々に感謝するために。
私は泣いちゃだめなんだから。私の故郷は群馬。一度は滅んだ国。でも――それでも、私は知ってる。ウチの両親も、親戚も誰かを守って皆、討死した。
その人たちに私は、自分を見せていかなければならない」
命を賭して血路を開いてくれた両親の顔と、独りに泣いたあの日を思いだす。
自分の胸――いや、どこへ行くにも着ている、蒼いワンピースハイレグ水着の上に手を重ねた。
「これはね、自分を送り出してくれた両親や殺された群馬の人々が、全ての魂やであった人が見つけやすくするためなんだ。
自分は元気だって。プロレスをみんなに見せてるって」
目を開いた愛はシェインエルの目を真っ直ぐにとらえる。
「これは、証明なの」
「……その姿を通す理由はわかったが――変わっているな、お前は」
「うん、変わってるよね。でもきっと、私が元気だって、みんな見てくれている」
そう言うと、『変わり者』はいつもの笑顔に戻り、シェインエルに背を見せた。そして出て行こうとする愛の背に、シェインエルが「お前は」と声をかける。
「なぜ、そこまでプロレスにこだわる」
振り返る愛が「もちろん」と言ってから、一呼吸置いた。
「――最強だからだよ♪」
●郷愁を抱え強く《Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)》
(そう言えば、ここに来た理由って……)
依頼に目を通したスピカは気が付けば、病室の前にまで来ていた。初対面の相手に話す事へ抵抗はある――が、書面で済ませるというのも気が引けたのだ。
「手紙だけだと、失礼だし……ちゃんと話す……」
意を決してノック。
「こんにち、は……依頼見て、来た……Spica=Virgia=Azligh、だよ……」
「――ああ。適当にかけてくれ」
シェインエルに促され、椅子に座るスピカはうつむいたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「記憶が一部曖昧で、覚えていることを……順に話す……」
ぽつりぽつりと、自分の過去を話し始める。
故郷の都市付近に天魔双方のゲートが発生し、人も入り乱れた泥沼の戦場と化した事。
天文台に家族と避難していたが、流れ弾によって崩壊し、瓦礫に巻き込まれた事。
そこでアウルに目覚めたスピカは気を失いながらも、アウルで盾のオブジェクトを作り上げて瓦礫に潰される事はなかったが、両親は無残にもスピカの前で瓦礫の下敷きになっていた事。
目を覚ましたスピカはそれを見てからの記憶はないが、敵を殺すという復讐心だけは覚えている事。
次に記憶があるのは各地を放浪し、サバイバルじみた生活をしていた事。
その時に同郷のフリー撃退士と出会い、しばらく行動を共にした後、勧められるがままに学園へとやってきた事。
それらを淡々と語っていた。
「私はきっと、天魔が憎い……でもそれ以上に……」
膝の上に置いていた小さな拳を、キュッと握りしめる。
「あの日失われた風景を、戻したい……私の故郷に帰り、たい……
ここにきてから、最強の初心者を……目指したりもした……故郷を取り戻す、ため……より、強くなりたくて……ここにいる……」
時折、悪魔の血に呑まれ強い破壊衝動にかられる事があったりもしたが、それでも死なずに生き残れてこられたのは失っていた感情を取り戻してきたおかげかもしれない。
「今も戦闘を繰り返して、色々な戦術とか……試してる……」
「最終目標は故郷に帰るだが、そのためにここへは強くなるためにいるのだな」
こくりと頷くスピカ。
シェインエルは「失われた風景、か……」と、懐かしむような笑みを浮かべながら漏らしていた。
「――私も似たようなものか。あの日を、取り戻したいと想っているのだからな」
「その想い、叶うと……いいね……」
そう言って、特別な1人によって取り戻した『笑顔』を浮かべる、スピカであった。
●望まぬ入学から強さを望み《ミハイル・エッカート(
jb0544)》
「失礼するぜ。俺のお気に入りだ、美味いぞ」
そう言って病室にバケツプリンを持ちこんできたミハイルは、しがないサラリーマンだと軽い自己紹介を済ませると、椅子を引っ張り出して腰を下ろす。
「まずはそうだな……始まりは俺が頭イカれた覚醒者に殺されかけた時、俺のアウルが目覚めてな、命からがら逃げのびたんだ。
そして命からがら逃げのびた俺に、会社は大喜びさ」
その時を思い出したのか、ミハイルの口元には何とも言えない笑みが浮かんでいた。
「もちろん、俺が生きて帰ってきた事にではなく、覚醒した事にだ。成人してからアウルに覚醒する人間は少ないからな。企業戦士鍛え上げていたら偶然覚醒、経費削減でラッキー。
知ってるか? 撃退士を会社専属で雇うには、かなり掛かるんだぜ」
「ああ、知っている。人間界は長いからな」
「でだ――俺は、撃退士の力がビジネスに使えそうだと学園入学を命令された。一人前の撃退士になるまで、戻ってくるなとまで言われたぜ。
正直、大人になってから学校なんて行きたくないさ。
仕事を取り上げられ、俺はしぶしぶ学園の門をくぐった。周りは一回り歳下の子供ばかり……来た当時はうんざりしたもんだ」
サングラスの奥で、懐かしさに目を細める。
「あの頃は俺を殺そうとした覚醒者へ、復讐するのが当面の目標だった――ところが今は会社から帰還命令が出ても、適当な理由を付けて突っぱねている。復讐もどうでもよくなった。
鍛えるのも楽しい、戦闘も楽しい。俺は戦いジャンキーだからな、俺自身がどこまで伸びるのか、行くとこまで行ってみたいぞと」
「強くなりたいという気持ちが、勝ったか」
「ま、そういう事だな。
それに、学園そのもの全てが楽しいんだ。全てが予想外、規格外、想像の右斜めを行く世界だ」
そして「ここは面白いぞ」と口にしたミハイルの目は年甲斐もなく、少年のような目をしている。
「シェインエルにも、いつかそれが分かるさ」
「――企業に未練はないのか?」
肩をすくめ、「かつての俺の仕事は、一般人にもできる事だ」と笑う
(いまでは覚醒者によるテロ対策へと、会社の方針も変えてくれたしな。俺が裏の仕事をする必要も、もうない)
守りたいと思う女性の顔が、頭によぎった。
「それよりも俺はここでしかできない事をしていきたい――今はもう、ただそれだけさ」
●強さの先に道があると信じ《黒羽 拓海(
jb7256)》
「依頼、見たぞ。だからまあ、見舞いついでに話そうと思ってな」
椅子に座り、リンゴを手に取ると慣れた手つきで皮を剥いていく。
「さて、どうして俺が学園に来たのかだったな。月並みだが強くなる為だ。
俺は天魔の襲撃の折に運良く覚醒してな。覚醒してからも暫く故郷に居た――留まりたい理由があったからな。
爺さんの門下生だった覚醒者に教わったりして、半ば独力でアウルの制御に励んでいた訳だが……すぐに限界が見えた。当たり前の話だな」
拓海の言葉に思う所があったのか、シェインエルは頷いていた。
「護りたい奴らが居て、それを護れるようにと残って鍛えていただけに、もどかしかった。お陰で学園に渡る決心もなかなか付かなかったぐらいだ。
だが本当に護れるようになりたいならどうすべきか考えた結果、ここに来たという訳だ。さして面白みの無い理由で悪い」
綺麗に飾り切りされたリンゴを皿に乗せシェインエルの前に差し、拓海が苦笑する。
「まあ、どういう訳か特に護りたかった2人は覚醒し、背中を預けるような様になっているがな」
「……側にいるからこそ、護れる事もある」
苦い表情を浮かべるシェインエルへ、「そうだな」と相槌を打つ。
「……どうすべきか迷っている時、爺さんに言われた。
技は既に伝えたから、後は力を練って来いと。親父には迷った時は自分の芯を見つめ直してみろと言われた。
幾つも修羅場を潜って、今や俺もそれなりに力を付けたと思う。が、護れなかった事も多い。
自分の……誰かの『大切』を護る為に強さを求めて得た力を振るって来たが、本当にそれが正しかったのか……」
自分の手に視線を落として「なあ、シェインエル」と、独白のように呟いた。
「お前はそういった迷いを抱いた事はあるか? ――すまない、らしくなかった。信じた道を往く、それが未来へ繋がる一歩だったな」
「――正しさは誰にもわからんのだ。せめて自分の信じる道くらい信じなければ、過去への侮辱となる……違うか?」
その静かな問いかけに拓海は「それもそうだな」と、穏やかに笑みを浮かべるのであった。
●魂の自由を求め《浪風 悠人(
ja3452)》
「お久しぶりに……なりますね。覚えていますか? 牧瀬さんが亡くなったあの日に駆け付けた、波風 悠人と言います。改めてお名前を聞かせていただけますか」
悠人の開口一番が、それだった。
「……居たような気がする、な。私はシェインエルだ」
曖昧な言葉に悠人は苦笑するが持ってきた苺のショートケーキを箱から出して、「紅茶、カフェオレ、どちらにしますか」と尋ねる。
「紅茶にしてくれ」
「わかりました――さて、本題なんですが」
ケーキと紅茶を渡して、悠人は話を切り出した。
「昔、アウルに目覚めた際に暴走して、父親へ怪我を負わせてしまったんです。その時、髪色も変色し自分が分からなくなってしまいその後、別居していた母を訪ねしばらく静養していたんですよ。
そして母が学園を勧めてくれまして、山育ちだから海に憧れていたのもあってすぐに転入を決意したんです」
ずっと微笑んでいた悠人だが、その表情にわずかながらも茂りが見えた。
「――けど本当は、厳しかった父親を恐れ、傷つけた事からも逃げたかった。そんな自分がどこに居たら良いのか、わからなかった。
今こうして思うと、逃げ場が欲しかったのかもしれない」
大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。
「最近知ったんですが、父親が元撃退士で母親は先祖返りした天魔ハーフだったので、あんな事になってしまったのに驚かなかったらしいんですよね。
厳しい教育はいつ覚醒するかわからないので、極力、人との接触を断たれた環境で1人でも生きられるようにという配慮でした。
別居理由も身の上を隠したうえで、父親が連帯保証人になったからだと教えこまれていたのですが、天魔ハーフの子では生き辛いからとの配慮だったみたいです」
視線を落とし寂しく笑う。
「正直、有難迷惑でした……」
一通りの事を話したのだと伝えるように、悠人が紅茶をすする。
「――縛られた魂の自由を、求めてきたのだな」
話を聞いたシェインエルの言葉に悠人は「そうかもしれませんね」と小さく頷くと、踵を返して病室を後にしようとしたが、歩を止めた。
「格闘技に覚えがあるので、いつか……それでは失礼いたします」
●自由に憧れ《瑞朔 琴葉(
jb9336)》
(身の上話? 綺麗なものじゃないし、面白くもないと思うけど。ま、面白い事が聞けるならそれも良いかもねぇ)
そんな琴葉が少し遅い時間に病室へと足を踏み入れ「何かの面談か交渉以来ねぇ、一対一で話すのは」と、クスクス笑いながら椅子に腰を掛けて軽い挨拶を済ませた。
「なんでこんな依頼出したの? 変わり者なの? まぁ退屈しのぎにはなるのかしらねぇ――あたしはねぇ瑞朔 琴葉」
名乗ってからジッと、シェインエルの顔をただ見続ける。
「私はシェインエルだ――なに、流れでここに連れてこられた身なのでな。お前らはどうだったのか、興味が出ただけだ」
それに「ふぅん」と生返事を返し、細くてしなやかな指はシェインエルの黒いシミをなぞっていた。
「お前はそれほど――」
「あたしはお前ではなく、琴葉、よ。せっかく名前を教えたんですもの」
「……それもそうだな。では琴葉はそれほど天魔との戦いに、向いているようには見えんのだが、それでも何故ここに来た」
シェインエルの本題でもある問いに、最初は「大きな戦いとかあって皆、色々頑張ってるようだけどねぇ」などと当たり障りのない話をしていたがやがてのらりくらりと、「面白いものじゃないけどぉ」と前置きを置いてから話し始めた。
「学園に来た理由は、外に出られるからが大きいかしらねぇ。
ここは色々居て、何も気にする事なく居られるのだけど、学園の外だと生きにくいものだったりするの。私はこれでも悪魔のハーフだから一般人からすれば恐怖の対象でしょ?
それに加えて私の家は《日陰者》で《カタギ》でない極道。何かと揉めて、お仕事以外は今まで家にずぅっと引き篭もりだったわけ。
まぁ、言えない事は沢山してきてるから少し省いちゃうけど、お仕事以外でお外に出てない子が出るには良い切っ掛けじゃない?」
「そうではあるが、その仕事とやらはおま――琴葉抜きでも、問題ないものなのか」
それに琴葉は艶っぽく笑うだけで、答えない。かわりになぞっていた指先の爪をシェイエルの肌に、食いこませた。
「家でのお仕事について知りたいなら……あなたの事を教えてくれないと不公平と思わない?」
「私こそ、それほどのものではない。戦争そっちのけで、天界を去ったある天使を探して20年近く、人界を放浪していただけだ。放浪に目を瞑っていてくれたのがトビト様だから、その要請を応えていただけにすぎん。
――もう一度、あの音を聞きたいがためにな」
そこで外から「面会の時間は終わりです」と声が聞こえ、琴葉が腰を浮かせた。
「仕事とやらは教えてくれんのか」
クスクスと笑う琴葉が「時間だもの」と、その場でくるりと回る。
「それに、女は秘密を持ってる方が魅惑とも言うし、ね? また今度、ゆっくりお話ししましょう」
自由に飛び回る艶やかな蝶のように、琴葉は病室を後にするのだった。
ふわりと香る、甘い蜜の残り香を漂わせて――
お前らは何故学園に来た? 終