●その心に脆さを抱え
「女の子? ゲート内――」
アルジェ(
jb3603)が聞きだす前に、理子は走りだしていた。
「待っ――」
君田 夢野(
ja0561)が手を伸ばすも、その手と言葉は理子の足を止める事ができず、剣呑とした目をスズカに向けてしまう。
「どうどうゆめのん、スズカを叱るのはその辺にしとけ。話を聞けば、今回勝手についてきたのは理子の方だ。何の確認も相談もせず、ただ何となくでホイホイ追いかける方が明らかに悪いだろう?
なのに理子は軽く、スズカへ苛烈に当たるのは理不尽だ。ここで委縮させてどうする」
(何を取り乱している、君田夢野。駄目だろう、感情を御せねば仲間を殺すと言ったのは自分だ。ましてや、新人にその苛立ちをぶつけるなどと……)
「済まない、アルジェ。今は彼女に見せる顔が無い……護りに行くなら、任せる。俺は奴を食い止めるから」
「わかった、理子にはアルがつこう。ゲート内部をおそらく安全というだけで、単独行動はさせられない――中で涼子達も戦闘中だしな」
アルジェが理子を追いかけていくと重苦しい空気だけが残っているが、川内 日菜子(
jb7813)がスズカの背中を軽く押して、日菜子は頷く。
「自分で決めたのなら、スズカの好きにするがいいさ」
頷き返したスズカも走り出す。その背中を見送っていた日菜子がポツリと、「すまない、夢野」と漏らした。
「前回スズカを焚き付けたのは、自分かもしれない――だがアイツがどういう心境だったのか、何故ああしたのか……夢野には悪いと思うのだが、スズカの想いだけは絶対に否定したくない」
「……日菜子さん、謝るのは俺の方だ。
誰もが、誰かを救いたくて必死なんだ。それを責める事は出来ない。それを心無い言葉で一蹴したのは、俺の非だ――だけど彼は、まだ弱い。だから俺達も彼の為に力を尽くしてみよう」
「為すべき事も、個人的な拘りも両方こなせば良いだけだ」
黒羽 拓海(
jb7256)が日菜子、夢野と順に目で追い、そして洋館へと向ける。
(学園からの依頼は悪魔ゲートの防衛「のみ」か……真宮寺に関しては何も無し、とはどういう事なのか。いや、好きにしろという事は咎める気が無いとも取れるか?)
「気になる事は多いが、まあいい。もうあまり時間もないのだしな」
石垣に手をかけ、拓海は目を細めた。夢野は長く息を吐きだし、「そう、だな」と言葉を絞り出す。
「俺は……焦ってるんだろうな。理子さんが死んだら、どこに還ればいいか分からなくなってしまうから」
「わかるぜぇ。俺が死んだら、世界中の美女が誰の胸で泣けばいいかわからねぇのと一緒だ」
夢野の肩に腕が乗せられ、赤坂白秋(
ja7030)が歯を見せて笑う。そういうことではと夢野は白秋の横顔へ顔を向けるのだが、すでに白秋の顔は引き締まっていた。
「表情がかてぇ。お前さんが死んで、泣かせる結果になっちまうぞ?」
夢野の背中を叩き、白秋は石垣に手をかけて飛び越えると、拓海もそれに続いた。
そして日菜子も「行こう、自分の成すべき事をするために」と夢野の背中を押し、石垣を駆け上がって跳躍するのだった。
自分の脆さを自覚し、落ち着きを取り戻しつつある夢野は大きく息を吸い、ゆっくり長く、トランペットへ命を吹き込む時のように吐き出す。
(ああ、そうだ。俺は義務を果たす。今の俺の最善は、お前を止める事に他ならない。スズカも、理子さんも、与一も、涼子も、皆生きて帰らなくてはならない)
石垣を見上げ、そして跳躍した。
「交響撃団団長、君田夢野――――参る!」
●覚悟の戦い
「来てやったぞ天魔――俺はお前を止める!」
夢野と日菜子、それに拓海も思考を巡らせながらアルテミシアへ真っ直ぐに向かっていた。
(手負いと言えどいまだ諦めていないという事は、何か策があるのだろう……だがまずは弓が使えないであろう現在、どんな手を用いてくるか見極めんとな)
3人がアルテミシアへと接近する前に、背中へ複数の矢が突き刺さる。
「割って入らねえでくだせえと、言ったはずさぁね」
「断る。ろくに矢も引けないあんたでは、手に余るだろうからな――なんなら、あんたのダメージを私に分けてくれてもいいんだぞ」
背に浅くしか刺さってない矢を引き抜き、日菜子がハッキリと告げる。
夢野や拓海も矢を抜いて、攻撃してきた与一ではなくアルテミシアへと向かっていく。
合わせて後退をするアルテミシアが左手で地面に触れると、土と砂が舞い上がり、2人の視界と行く手を阻む。
「お前は何故そこまで、同胞すら討つベリンガムに忠誠を尽くす!」
「王あっての臣下、臣下あっての王だ。臣下が王に従うのは当然だ――忠誠は簡単に変えていいものではない」
砂嵐の中へワイヤーを侵入させて手繰り寄せた拓海。
確かな抵抗を感じ取り一気に引き寄せたが、急に抵抗が消え、出てきたのはワイヤーを中に取り込んだ土くれの人形だった。
その後を追う砂嵐から退こうとした拓海が、引き寄せられる感触に前へと身を投げ出して、砂嵐の中へと飛びこんでいくと、夢野も飛びこんでいた。
拓海の直刀が砂嵐を横一閃したはずだったが、途中で刃が上へと引き寄せられ、砂嵐を縦に割いていた夢野の音速のような一撃を弾いていた。
驚愕する暇もなく、足が払われて身体が泳いだ拓海の鳩尾に肘が突き刺さる。
たたらを踏みながら苦笑する拓海。
「上手く力を使ってくる……妹の方が器用なのは、シェインエルに少々親近感を覚えるな。今、奴が学園にいると知っているか」
返答はないが、拓海は話しかけ続けた。
「別に俺の甘さに漬け込んでそのままゲートを奪っても構わんが、真宮寺を助ける事には個人的に協力するぞ」
「真宮寺なら大丈夫だ。お前らが仲間を信じるのと同じように、私も真宮寺を信じている」
「あんたが退いてくれるのが、一番なんだ!」
日菜子が砂嵐へ突くように蹴りを入れるが、姿が見えないだけに急所へまともに打ちこむ事ができず、払われる感覚しか返ってこない。
(このまま隠れ続けるつもりか)
砂嵐に目を細めた日菜子の背筋にぞっとしたものが走り、左手を下段に構え、下から来る先ほどよりも加速させられた夢野の斬撃を上へと受け流した。
受け流しはしたが、左腕からは血が飛び散る。
「スマンッ」
「気にするな――!」
今度は右から来る矢。裂傷を作りながらも右で叩き落し、回し蹴りが砂嵐を後退させる。
夢野はアルテミシアの盾にされ、その背中に矢を受けてなおも組みつく。
「なかなか、しつこい」
「俺を斃してみろよ、アルテミシア! この命が続く限りは、お前が戦い続ける限りは、俺はお前に食らい続ける!」
叫ぶ夢野の額へ砂嵐の中から黒い飛礫が放たれたが、それを掲げた掌ので受け止めた。
掌の前では灰色がかった空間が揺らめいていて、それが勢いを殺したとはいえ、銃弾でも打ちこまれたような衝撃を受けた掌からは血がぽたりと落ちる。
「誰もが、誰かを救いたがっている……それを成しとげる為なら、俺はこの身を削って戦い続ける! それを阻む覚悟を俺に見せてみろよ、アルテミシア!」
叫ぶ夢野の目に一瞬、アルテミシアの姿が映る。
斬撃を加速させたがかわしきれていなかったのか、左の掌と肩から血を滴らせ、明らかに息も切らしている――それがほんの一瞬だけ、見えたのであった。
移動しながら3本目の矢を放った与一だったが、その矢が拡散して広がる前に白秋が腕で受け止め、白いコートを赤く染めていた。腕だけでなく、脚に受けたり肩に受けたりと、すでに身体の数か所が真っ赤であった。
それでも与一へ銃を向けずにいた白秋は、砂嵐の音に紛れつつもお互いの声が届く距離にまで近づけた。
「よう初めまして、通りすがりのイケメンが天啓を授けに来たぜ!
あのべっぴんさんが握ってる矢、気付いてるだろうがアレはやべえ。俺のモテっぷりぐらいやべえ。
だがアレの弓は壊れてるらしい。ならばあの矢は無用の長物――だが待てよ。この場にはもう1つ……弓がある」
「これってことですかい」
「そうだ。あんたの弓が彼女の手に渡る展開が“最も現実的な最悪のケース”。だからその弓は即刻どうにかするべきだ」
この交渉が相当無理のある交渉だとわかってはいるが、それでも。
白秋は刺さった矢を引き抜き、そして首を動かして洋館へと向く。
「で――あんたの弓が確保出来た上で、俺達と“もう一人の悪魔”が守りに徹する形が“最も現実的な最善手”だと考える。
何故なら弓を持たないあちらは決定力を欠き、かつ負傷している為に持久戦の勝ち目も薄い。聡いべっぴんさんの事だ、この形になれば退くだろう」
抜いた矢を握りしめた白秋は「俺は」と、言葉をすぐに続けた。
「地球における天魔のパワーバランスが、これ以上崩れる事を恐れているだけだ。だからこの場限りの利害関係で構わない。頼む、協力してくれ」
矢を折り、投げ捨てる。
「その上でこの場であんたがするべき行動はこうだ。
『弓を使用不可能な状態にし、もう1人の悪魔にゲートコアの守りを要請する事を、あらゆる手段で実行する』。
俺達はあんたとゲートを守ろう。あんたは美少女じゃねえが――まあそこは特別に目を瞑ってやるぜ」
「裏の有りそうな話ですやね」
「表も裏もねえさ。俺は誠実なんだぜ?」
(――とか何とか言って。涼子を守りたいだけなんだがな)
与一は白秋を値踏みするように上から下までねめ回し、そして「ま、いいでしょ」と漏らして弓を石垣の向こうへと投げ捨てた。
「あんたの提案通りに動くつもりはねえですけど、巴さんに色々と頼んでおくべきさね――巴さん!!」
与一が名を呼ぶと、洋館の壁が斬り開かれ巴が飛び出してきた。
アルテミシアには目もくれず与一へと真っ直ぐに向かい、わずかな間、言葉もなく手を触れ合わせると巴は、白秋をちらっと見ただけですぐに洋館へと、来た時と同じように斬り開いて戻っていった。
「これでま、ゲートが閉じる心配はないんじゃないんですか、ね」
何をしたのか、何を伝えたのか白秋にはわからないが、悪くない方向に話が転がっているのではないのかと期待して、やっと銃口をアルテミシアへと向けた。
「守るんならさっきの美女のがいいけどよ、守ってやるぜ」
●影響
「きつそうだな。確か天使ハーフは天界の力を抑えるスキルがなかったか? 有るなら使ってみたらどうだ?」
アルジェの提案に、持っていないと首を横に振る理子。
そして理子に気遣うアルジェだが、アルジェ自身も自分に纏わりつく空気の重さを感じていたが、そんなことおくびにも出さず、走りながら理子に問いかける。
「どういう状況で遭遇したんだ?」
状況を話してくれる理子だが、聞くにしたがってアルジェには焦りが生じ、理子の手を掴んで止まった。
「……待て。その子が、隠れいていたと思われる涼子が天界側の者だと気が付いた途端、誰かを呼んだのか?」
「そうだよ、アルジェちゃん」
「もしかしたら、とんでもない勘違いだったか? ……まずい展開かもしれないな。その子はきっと身の安全が保障されているから、お前の身を優先させてもらう」
そう言ってアルジェは理子を腕に抱える。理子は「アルジェちゃん!?」と、顔を見上げながらもがくが、無視して来た道を引き返すと、ちょうど涼子が1人で走ってくるのが見えた。
「アレが外へと行ってくれたのは助かったが……なぜお前らがまだ中にいる」
「悪いが、今は理子を優先させてもらう。外に赤坂がいる、助けを叫んだら……来るかもな?」
「――外へ飛べ!」
声を荒らげる涼子の後ろ、廊下の端で、今にも抜刀しようとしている巴の姿がアルジェの目に映った。
(本調子でなくとも……)
理子を抱えたままアルジェは巴の身体の動きを見て、ほぼ涼子と同時に横へと飛んだ。廊下の端から端まで絨毯に切れ目が走り、天井にも亀裂が生まれる。
見えない神速の太刀をかわしたアルジェと涼子はそのまま、窓を突き破って洋館の外へと転がるのであった。
与一が弓を投げると砂嵐の中から舌打ちが聞こえ、唐突に砂嵐が止んだ。
背中の壊れているボウを手に取ろうとしたアルテミシアだが、先に夢野の掌底が触れ、歪んだ音の爆発的な膨張がボウを弾き飛ばした。
「日菜子さん、任せた!」
夢野はボウを回収に向かい、日菜子が夢野の代わりに肉薄するその時、日菜子の目には石垣の上で心配そうにこちらを見るスズカの姿が。
「スズカ! お前の目に私はどう映っている! どうあって欲しい!」
「おいらの前を走る、強い先輩であり続けてよ!」
突然の質問に、スズカは考える暇もなくそう返していた。それこそが、スズカの抱くイメージなのだろう。
日菜子が笑ったような気がした。
額に当てた左手へ黒いモノが収束して、棒を作り上げて振り下ろそうとして来たが、それを横から拓海が刀で弾く。そして肉薄する日菜子がその棒を掌で払いのけると同時に、一瞬にして黒い棒は炎に包まれた。
「よく燃えるじゃないか!」
右手は逃げられたがアルテミシアの左手を掴み引き寄せ、額を打ち付けようとして、お互いに頭突き合う。血飛沫が舞い、下から突き上げるような頭突きに日菜子はのけ反るが、芯はぶれていない。
「私は――もう、揺るがない! 想いの力を貫くために!」
脚に全身の燃え滾るアウルを集めた、日菜子の一撃。
紅蓮の炎を纏った一矢がアルテミシアの腹部に烙印をつけ、灼熱の炎が吹き荒れて爆発する。
爆風に転がるアルテミシア。立ち上がると額から血を流しつつも、右手の矢を壁のマーキングへ投擲した。
矢は白い筋が壁の中へと吸い込まれていく――が、それだけだった。
「弓がないから狙いも絞りきれん上に、コアに届くほどまで力を練りきれていなかったか――ッ」
隣に銀色の美女が現れ、振り払おうとし手を口づけされると、唇を噛みしめて手を抑えながらさらに後退する。
「大人しく帰るこったな、べっぴんさんよ」
銃を肩に担ぐ白秋が一瞬、アルテミシアの後ろに注がれた。
「シア様」
「真宮寺か……退くぞ」
後ろの涼子を抱えるアルテミシアが飛び、空へ去っていくのを誰も止めはしなかった――
石垣に背を預けて座っている与一のまわりに、集まっていく。
「帰ったようだな――与一、生きているか?」
眼鏡を失くした理子の手を引き、戻ってきたアルジェが声をかけるが、反応はない。
まさかと誰もが思った時、与一がゆっくりと口を開いた。
「……ゲート…巴さんに託して任せ、やした」
しゃがで、与一の手を取るスズカ。
「与一さん――」
「へへ……成長…見れなくて……残念でさぁ……天使を憎んでる、少女を、どうにか……連れてってくだせえ。
いつまでも、変わろうとしない……あの子を――……」
それが与一の残した、最期の願いであった。