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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:19人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/21


みんなの思い出



オープニング

●開陽台

 夏の匂いとも呼べる濃い緑の匂いを乗せた強い風が髪を揺らし、手で押さえる黒松理恵。学園の制服ではなく、水色のドロップショルダーフリル七分袖カットソーに、紺のキュロットスカートと私服である。
 理恵の眼下に広がるのは定番と言えば定番だが、森と、山と、壮大な北海道の風景。定番と言えどもその風景にはやはり圧巻させられるものがあり、さらにその風景がこの展望台からだと、360度から見下ろせるということだった。
 夕暮れと言えども太陽の光が刺すように熱いのは仕方ないが、風が結構冷たくて、今が夏であるという事を忘れさせてくれる。
 緑と空の丸く見える境界線を眺めている理恵だが、思わず腕を組んでしまう。
「うーん、こんな大変な時期に来てていいんだろうか……」
「羽も伸ばしましょうよ、黒松さん。それに、合間合間で気は抜いておきませんと」
 そう後ろから声をかけてくるのは、御神楽 百合子だった。その横には双子の天使、アニスがチョコの、エニスがミルクのソフトクリームを一緒になって舐めている。
「今回のこれは一部の教師による学園側のご褒美みたいなものですし、学生さんは楽しみませんと」
「そうですよね……なんだか思いつめ気味で心配だけど、せっかく雅が留守番してくれてるわけだし、北海道の空気を堪能しておこうかな。
 それと朝までジンギスカンパーティーってのもあるし、ね」
(帰ってもまだおかしいなら、ちゃんと話を聞きだそう)
 開き直った理恵が新鮮な空気を取り込もうと伸びをしているところに、「百合子さん」と声がかけられ、百合子の視線を理恵が追うと、そこにいたのは20代前半の女性だった。
「どうもです、雪枝ちゃん。来てくれたんですね」
「百合子さんの、お誘いですから」
 その反応におやっと理恵は感じ取ったが、百合子は気づかずに雪枝の手をつないで行ってしまうのであった。




●そして開かれるジンギスカンパーティー

 アニスとエニスの手を引いて牧場脇の遊歩道を歩き、帰って来てみれば『久遠ヶ原朝までジンギスカンパーティー』がもう開かれていて、すでにだいぶ飲んでいる様子もうかがえた。
 何で朝までジンギスカンをしなければいけないのか――まず学生にはとりあえず肉を与えておけば喜んでくれるんじゃないかというちょっと古い考えがあるのと、ここではキャンプファイヤーが禁止されているので、その代わりに炭火を消さないとかそういうことらしい。
 一応の名目が、朝まで火を絶やさないという徹夜の訓練ということだが、そんなものはタテマエワザマエでしかない。
 飲酒組と未成年組がしっかり分かれているあたり、さすがは訓練された撃退士である……?
 炭火さえ切らさなければいいならばと、キャンプ料理教室なんてものが開催されているようであった。
 食べることが辛くなった者は炭火を火種に使い花火をしていたり、真っ赤な炭をランタンに入れた薄明りを手に幽霊が出るという噂のある夜の遊歩道歩きをしている者もいた。
 眠りたい人用にテントが設営してあり、中ではタオルケットにくるまって眠ることもできる。
 さあ今夜は何をしようか?
 仲間達と肉でもつつく? 遊ぶ? 寝る? それとも――とにかく今夜は自由に、過ごす事ができる。そんな日であった。





●星空の告白と失恋

 アニスエニスをとりあえず未成年組のところに混ぜてきて、そして1人で歩く理恵は夜の展望台へと向かっていた。
(すっごい星の数……)
 わざわざ展望台に登らなくとも見上げれば星空の洪水があるわけだが、それでもこういうところに来たのなら高い所で見たくなるというもの。
 階段を上って、中央展望台の出入り口に差し掛かった時、わずかに見える人の輪郭が2人いて、それが寄り添っていると気付いた理恵は思わず入らずに隠れてしまった。
(この声は……御神楽さんと、夕方にいた雪枝さんって人かな……?)
 百合子が女の子大好きなのはまるっきり隠されている事ではないので、2人が親密な関係であっても、何ら不思議ではない。だが理恵には雪枝が見せた表情の陰りが気になっていた。
 声が風に乗って流されてくる。
「……百合子さんに、とても大事な話があります」
「ん? なんですか雪枝ちゃん」
「私、女なんですけど、それでも百合子さんが好きなんです。愛しているんです」
 あれだけべったりで今更という気もしなくもないが、それは紛れもなく、愛の告白。マズイ所に居合わせちゃったかと、理恵の表情は微妙な物になる。
「――そりゃあ、私も好きですよ雪枝ちゃんを」
「でも、愛してくれてはいませんね」
 ピリッと張りつめた雪枝の言葉に、理恵も、百合子も、息を飲んだ。
「百合子さんが女性が好きで、優しくて、だらしないというのは、もうわかっているんです。でも最近の百合子さんはなんて言いますか、昔みたいに女の子を渇望していない感じがするんです」
(……あれで?)
 百合子が学園でもよく女の子へ声をかけている姿を目撃する理恵は首を傾げたが、雪枝の言葉は続く。
「そしてふと見せる表情は、私自身もするからよくわかる表情なんです――会いたい人が、いるんですよね。きっとその人が百合子さんにとって愛している人、なんでしょう」
 百合子が今どんな顔をしているのかわからないが、百合子の沈黙によって、理恵ですらもその言葉が図星なのだとわかった。
「ずっとこのぬるま湯な関係を続けるのも、悪くはないかもしれません。でも私はやっぱり、嫌なんです。好きな人の唯一になれないのに、傍に居続けるなんて。
 ですから――もう、これっきりです。さようなら、百合子さん」
 こっちに来ると察知した理恵は撃退士としての能力をフルに使い、階段から跳躍して展望台外側から縁の手すりを掴んで、何とかこちらに来る雪枝と出くわさずに避ける事ができた――が、雪枝が理恵の方にふり返り、ぺこりと頭を下げる。
 その時、雪枝の頬から流星が流れたように見えた。
(ああいう女性の方が強そうだなぁ)
 ぼんやりと見送り、そしてフラフラと出てくる百合子は理恵に気づかず、どこかへ行ってしまった。
 胸をなでおろし、展望台へ改めて登った理恵は天の川もはっきり見える満天の星空を見上げた。
「……告白、か」
 胸が締めつけられる。
 きっと、覚悟を見てしまったせいだろうと、理恵は自分の胸を叩きながら落ち着かせようとする――が、それでも収まらない。
「好きだよって、言いたいよね。こんなところでさ――」


リプレイ本文

●肉は焼けるよいつまでも

「燃えろや燃えろーよー」
 手のひら大の炎を投じて、黒から赤に変わろうとしている木炭から炎が立ち昇り、逢見仙也(jc1616)が金串に刺した肉を火に中で直接焼いていた。
 回しながら焼かれる肉はじくじくと表面全体が焼け、滴り落ちる脂とタレが炭に落ちては白い煙となって皿に上手そうな匂いを迸らせる。
「まだ少し、燃え方が足りないか」
 槍状の炎を炭火に突き立て、炭火ではありえないほどの火柱を作り出し、そこで肉を焼く。わりと近くに人がいてもお構いなしの、マイペース全開ぶりである。
「きゃはァ♪ 楽しい楽しいキャンプだわァ、敵が出ないのが残念だけどォ♪ あなたも呑むかしらァ?」
 マイペースでは負けていない黒百合(ja0422)が、尋ねておきながらも仙也に水割りした酒がなみなみと入ったコップを持たせ、他の撃退士にも配っていた。
 表面上穏やかに「ありがとう」と言う仙也だがコップに鼻を近づけスンスン鳴らすと、黒百合が見ていないうちに背中へコップを回し、静かに液体を地面へ撒くのであった。
(物はいいけど、悪い酒だね)
 他でも配られていく様子を眺めながらも、表面がカリッと香ばしく焼けた肉にかぶりつき、口からこぼれる肉汁を袖で拭う仙也だった。



 いつの間にか横にあったコップの酒を一口含み、それから炭火をまんべんなく散らす夏雄(ja0559)の姿があった。その横でユリア・スズノミヤ(ja9826)が、菜箸の指揮棒を振り回して「ジーンジーンジーンジーンギスカーン♪」と歌っていた。
「この火を消さずに朝まで、と。よし来た、暖か――火を死守しよう」
 炭を足して鉄板を乗せる夏雄へ、ユリアはハッと顔を向ける。
「は! 火の守!」
「忘れていたね」
 フードで見えないが夏雄が怒っているのではと、ユリアは小刻みに頭を振る。
「忘れてたとかないない……案山子じゃ駄目にゃの?」
「おいらがいるから大丈夫さぁ――さて、脂も引いたしもやしも山ほど乗せて、ピーマン玉ねぎと。次はいよいよ肉の出番さ」
「待ってました!」
「――あの、一緒していいかな」
 未成年組にいた木嶋 藍(jb8679)が2人に声をかけると、待っていたと言わんばかりに2人は間に席の空間を作って「藍ちゃんおいで!」と、ユリアが空いた席をぺしぺしと何度も叩く。
「飲まなきゃいいわけさ……そろそろ」
 藍が席に座り準備を整えたところで、「焼けたよー」と焼肉奉行夏雄のお許しが出たので、藍とユリアの箸が肉へと伸びた。
「んー、じゅーしー。やっぱお肉、元気の素だぁ!」
「羊うま!」
 案外臭みも少なく、肉の柔らかさに驚きつつ、次の肉へと箸が伸びる。そこへコップを片手にした夏雄が「お肉も良いけど野菜もお食べさ」と、野菜を次々藍の皿に乗せていく。
「野菜……ピーマンはお帰りください」
 ピーマンだけを鉄板に戻そうとするが、その箸を夏雄に火バサミで挟まれ、泣きそうな顔を夏雄に向けるも無言で横に振られてしまったのでしぶしぶ皿の中に戻すが、ピーマンだけを目いっぱい端に寄せてあった。
 ユリアが長い菜箸で焼けた肉を自家製のタレに付けて、藍に向ける。
「藍ちゃん、どぞー♪」
「わわ! お肉届いたー、ユリもんありがとー」
 藍が口を開けると、口の中に肉が抛りこまれ「アツっ!」と口の中でしばらく肉を躍らせるのであった。
「ゴッメ〜ン、ウーロン茶ウーロン茶」
「だい、じょぶ、れふぅ……ふう。あ、ユリもんも何か飲む?」
「呑んでまっする!」
 空のコップを突きだすユリアへ藍が「さぁさ、飲んで」と酌をして、「なっちゃんは?」と缶ビールを向けるが、夏雄は手でそれを制した。
「おいらは手酌で十分さ――おや、また誰かおいらのコップに注いだみたいだ」
 なみなみと水割りが入ったコップを傾ける夏雄、その間も藍とユリアの箸は止まらない。その様子を横目で見ながら夏雄は「……100g……227……」と意味深な数字を呟く。
 その途端、2人が錆びたロボットのような角ばった動きへと変化した。まるで何かに抗うように動きが鈍かったが、それでも肉を口の中へと運び入れた。そしてユリアがニッコリと夏雄に微笑みを向ける。
「漏斗でお酒注いであげよっか☆ お口に☆」
「負けない!」
 錆が取れた藍はむしろ勢いを増して、紙皿が積み重なっていく。少し歪に積まれているのは、ピーマンのせいだろう。ユリアも負けじと肉も野菜も口に入れては、酒で流し込んでいた。
 それを見ながら肉と火の番をしている夏雄がちびりちびりと酒を舐めていると、女の子居る所に我はありと目を輝かせる卯左見 栢(jb2408)が突入してきた。
「やっほー、卯左見さんちの栢さんだよー! ご一緒してもいいかな、な!」
 割り込み気味ではあるが、こういった席なのだからとユリアも藍も快く受け入れる。夏雄はどちらとも言わないが、2人が良ければ文句はないのだろう。
「じんじんじんじんぎすかーん!」
「ジーンジーンジーンジーンギスカーン♪」
「じ、じんじんぎすぎす、じんぎすかん?」
 栢が歌い、ユリアが歌い、自分の番かと藍が歌う。華やかな席はさらに盛り上がるのであった。



 一画で開かれていた料理教室で大人しく耳を傾けていた浪風 悠人(ja3452)だが、隣の浪風 威鈴(ja8371)が小さく手を上げたことで状況は一変した。
「お肉現地……調達……してきて……いい……?」
 半分成り行きではあったが講師をしていた白萩 優一が、「調達って?」と威鈴に向けて首を傾げた。すると威鈴は森を指さす。
「お肉……要るなら……ボク、獲ってくる……」
「んー撃退士の胃はだいたい底知れないからいくら肉があっても困らないんだけど……撃退士の学生証で狩猟免許代わりにもなるか」
 優一が腕時計を見ると、まだ5時半である。しかしそれでも、狩猟可能時間である日の入り時刻まで、もう30分もない。
「30分以内に、獲ってこられるなら。この時期の鹿は子育ての為に山奥――つまりはこの辺に居るし、この時間なら餌の時間で少し下には降りてきているだろうけども」
「大丈夫……悠人……美味しい……お肉……食べる……なら……狩る……」
「狩りに行きたいんだね、威鈴。いいよ、行っておいで――運ぶのとか、手伝うかい?」
 コクリと頷く威鈴は立ち上がり、すぐ森へ向って走っていく。すぐに悠人も追いかけるが森へ入る直前、森から飛んできた棒っきれとそれを追いかける威鈴。
 棒が草地にいた兎の上を通過して身を屈めた所を、走りこんできた威鈴が素手で取り押さえ、一瞬で首を捻る。起き上がって兎を悠人に渡すと、今度こそ森の中へと入っていく。
 鹿のつけた獣道を駆け、鹿を発見するなり警戒はさせても逃げ出さないようにゆっくりと回り込んで、弓を構える。そして矢で頭部を貫き、倒れたところですかさず近づいて首と心臓に狩猟ナイフを突き立てた。
 それから1人で皮を剥ぎ、脚をロープで縛って枝に吊し上げる手際はさすがであり、その作業が手伝えそうにない悠人は蒼い顔をしたまま感心するしかない。
「血抜き……急がないと……美味しくない……」
「最初から心臓の方が早かったんじゃないの?」
「心臓……動いてる……うちに……抜いた方が……いい……」
 そういうものなのかと、狩猟に関しては素人である悠人は納得するしかなかった。

 きっかり30分で戻ってきた2人は鹿と兎、おまけで罠にかけた生きているシマリスを持って帰ってきた。威鈴としては猪が取れない事を残念がっている様子だったが、そこは北海道であるがゆえに仕方がない。
「結構獲ってきたね。でもシマリスはまだ捕獲禁止期間だから、放してあげなよ」
「ん……」
 優一に言われてシマリスを放すが、シマリスはちょろちょろと威鈴に纏わりつき、肩に乗ったまま動かない。その様子に悠人は微笑みながらも、食材を広げる。鞄の中からはゲコゲコ聞こえる気もするが、気にしてはいけない。
「さて、サバイバル料理なら任せてください」
 解体は見ているしかなかった悠人だが、包丁での手さばきは言うだけのことはあった。
 固いスネ肉には筋に包丁を入れて刻んだ玉ねぎと一緒に寝かせ、それからデミグラスのシチューに仕立て上げ、兎も同様にホワイトソースのシチューに仕上げている。
 鹿の余った部位はスライスしてたれに付け込んでから焼いたり、味噌を溶いた鍋にしたりと、サバイバル料理教室の講師として大活躍する悠人であった。



「ベールベルっと――ジンパと言えば俺! いえーい! ……地元感漂うなあ」
 月居 愁也(ja6837)の呟きには加倉 一臣(ja5823)が大きく頷き、夜来野 遥久(ja6843)もわずかに頷いていた。
 遥久がリリアード(jb0658)とマリア・フィオーレ(jb0726)の為に、「椅子は……」と探すそぶりを見せたので、一臣が得意げに寝かせてあったキャンプ用の折り畳みチェアを持ち上げる。
「椅子は! お持ちしました!」
「ああ、いつものですね」
 広げられるチェアのうち2つをリリアードとマリアの後ろに運び、座らせる遥久。そして一臣が座ろうとしているのを見計らって、その背に座布団をそっと載せる。
「お誘いありがとう、愉しみましょうねぇマリアv」
「ええ、リリィ。私もお誘いいただいた方だけど――どこまでも広いわねえ、さすが北海道」
 風でなびく髪を抑えながら、薄暗くなり始めてもまだ眼下に広がる牧草地を見渡すマリアは楽しそうに、「ふふ、クマはいるのかしら?」と笑う。
「あら、ヒグマに目潰しを試してみたいワァ」
「勘弁してよ。出たらこういう所、しばらく閉鎖になるんだからさ――ほーい、タレ配るよ」
 焼肉奉行の愁也が紙の深皿にお馴染みなタレを注ぎ、一臣、遥久、リリアード、マリアに回していく。タレ付ジンギスカンに漬けダレでは濃すぎるからと、わざわざ生ラムも持参し、うどんと野菜も用意しているあたり、さすが道産子の愁也であった。
 大きく切ったアルミホイルに鮭と野菜、それに味噌とバターを乗せていく愁也。
「ついでに鮭のちゃんちゃん焼き〜」
「俺も手伝うか。少し豆板醤いれてピリ辛に……」
 豆板醤を入れる一臣の横から、「これがちゃんちゃん焼き? あら、美味しそうネェ♪」とリリアードが危険な香りのする瓶を持った手を伸ばす。
「ピリ辛にするなら、このデスソースを――」
「……リリィ、お前はヤバいから手を出すな」
 一臣に腕を掴まれるリリアードは「あら、ダメ?」と、不思議そうに首を傾けるのであった。

 肉が食べてと言わんばかりの匂いと音を立てているので、味気はないが缶ビールで乾杯する5人。
「ジンギスカンも美味しいわ。これなら将来、店をだしてもやっていけそうね」
「道産子のソウルフードだからね。あと、店とかやんないよ!」
 誇らしげな様子を見せたのも束の間、愁也は前屈みになって膝の上に肘を立てると、手に顎を乗せる。
「――店とか云々はいいんだけどさ、来年の今頃、何してるかな。俺達」
「来年? あまり考えたコトなかったワァ……」
 愁也の話に首を傾けるリリアードだが、一臣がアルミホイルから目を離すことなく、その話に加わった。
「来年か…フリーランスの撃退士をやるつもりだから、俺もそれに向けて少しずつ準備だな。愁也も何かあるのか?」
 アルミホイルからブシュ―と白い蒸気が噴きだし、開きながら問いかける。
「そろそろ国家撃退士の試験受けて、本格的に就職しようかなと。ほら、遥久を婿にもらうのに収入げ――」
 スコーンと小気味いい音。愁也の後頭部にピンポイントで、拳大ほどの石が直撃していた。
 後頭部を抑えて呻く愁也に、一臣は「愁也がんばれー」と適当に流して、開いたホイルから立ち昇る鮭とバター、それにちょっと辛めな味噌の香りを吸い込んでいた。
「一臣くんは料理上手なのねえ。料理も上手で、橋にも椅子にもなれるって素敵ね」
「橋って……」
 橋にさせられた覚えがあるだけに、苦笑いを浮かべるしかない。そこへリリアードとマリアは畳みかける。
「一臣は橋をさせたら久遠ヶ原一よ、アタシたちが保証するワァv」
「将来はそっち方面へ進むのかしら? 応援してるわね」
 一臣が「いや、さっき――」と口を開きかけたところで、後頭部をさすっている愁也が「橋じゃなくて」と割って入った。
「加倉さんは海に帰るんだっけ……美味しい鰹節になってね」
「そうだなー津軽海峡に……いやマグロ様の縄張りですしってか、そっち方面ってどっち!?」
「遥久もそろそろ企業考えてんだろ?」
 言い分を聞く気もないのか愁也は遥久にも話を振ると、遥久はあまり減った様子のない缶ビールを一口。それから雄弁に語りだす。
「確かにそろそろ頃合かとは、思っている。生涯を懸けて背負う信念、それを叶えるための第一歩として、起業し力をつけ、立場を確固たるものにする。自身の力でどこまで成せるかを、見極めたい。
 それに、帰る場所は必要だろう?」
 鉄砲玉のような親友と、気の置けない友人に涼しげな瞳を向ける。涼しげな瞳だが、親友を向かえる場所も、友人と共に立つ場所も、己の手で作りあげたいと願う遥久の想いが、その瞳には載っていた。
 だがそれを感じ取れるほど敏感でもないのが、一臣である。残念。
「遥久からはいずれ仕事もぎ取ろう、ご贔屓にどうぞ」
「あら。さすがだわ、今からもう色々と考えているのネェ」
 自分のビジョンがなかっただけに、意外と男連中が先を見据えている事にリリアードは感嘆するが、マリアの方はそれほど驚いてもいなかった。
「来年ねえ……私は学園に残ってもう少し愉しませてもらうつもりよ。
 夢もあるけど、まだまだ早いって言われそうだし、愁也くんたちと今みたいに遊んだりできなくなるのは少し残念だけど、みんなの決めた道だもの、きっと良い方向に進むわね」
 マリアの考えに愁也は「知ってた」と驚かないが、一臣は「マリアちゃんは残るのか、卒業後も学園に寄るの楽しみだ」と笑う。何かが気に入らないのか、その顔をリリアードが手で挟んで揉みしだきながら、顔はマリアへと向ける。
「マリアは残るの? もしかしてアレかしら……そう、なら私は貴女の助手になるわネェv だって、これからも日々を愉しみたいもの」
「あらリリィ、右腕になってくれるの? じゃあ百人力ね、嬉しいわ!
 学園に来て一番良かったのは貴女と出会えたことね――ふふ、これからもよろしくね」
 一臣の顔から手を離したリリアードとマリアが手を握り合い、話がまとまったのを蚊帳の外から眺めていた、愁也が不意に笑う。
「リリアードさんは助手の右腕ってアリなの」
 肩をすくめるマリアとリリアードの息はピッタリである。その様子には、顔を解放された一臣が笑っていた。
「リリィ、お前が一番意外だったけど……そっか、なおさら楽しみだわ」
「来年には色々、今と変わっていそうだなあ。
 ま、学園はすっげえ楽しいけど、そろそろ一人前になりたいもんね。いろんなとこ行って、いろんなもの見て――そしてまた、遥久の隣に立ちたいからさ」
 愁也の言葉に何も返さない遥久だが、缶ビールを当てている口元は僅かながらも綻んでいた。
(道が分かれても再び集う、いつかのその日を笑顔で迎えられるように。久遠ヶ原という地、出会った人々に感謝を)
 少しだけしんみりと、シリアスな空気が流れていたが、それを破壊する一撃が一臣から出た。
「何はともあれ……まずは卒業からな」
 フッと笑う大学7年生一臣と、笑えない6年生愁也の周りだけ空気が重く、振り払うために2人はいつの間にかあった強そうな酒の入っているコップを一気に傾けるのだった。



 人のいない所を探していた桜庭愛(jc1977)が駐車場に行きつき、そこで百合子を発見した。
「ん、どうしたの? そんな泣きたい場所を探している風にみえるけど」
「……いえ、泣きたい気分ではありますが、泣くつもりはないんですけどね。ご心配ありがとうございます、桜庭愛ちゃん」
「あれ。私の名前、知ってるんですか」
 愛は不思議そうにしているが、可愛い女の子はみんな参加名簿と照らし合わせ済みの百合子にとって知っていて当たり前である。
 それに蒼い水着を普段着にしているという印象もだいぶ強く、ある天使の救出や依頼に参加している時、何回か会っているので、お互いに覚えていても不思議ではない。
「まあとにもかくにも、詮索はしない。でも、泣くより身体を動かした方が嫌な事は忘れられるよ」
「いや、まあ……忘れていい事ですかね」
「……この上に、展望台あるでしょ? そこで『美少女プロレス』の宣伝もかねて星空を背景にプロレスってね♪」
「あの」
「百合子さん、紫の水着が似合うと思うなー♪」
 百合子の声が聞こえていないわけでもないとは思うのだが、愛は止まらない。背中を向けて、「待ってますから」と行ってしまうあたり、色々と流石である。
 ただ最後に、背中を向けたまま愛は告白した。
「私も女の子大好きだし、気が合うと思うよ」



「おら、底の肉は食い時だ。逃すんじゃねーぞ」
 火バサミで鉄板の上を指し示す、ラファル A ユーティライネン(jb4620)。乗り気ではなかったように見えたのだが、そういう性なのか、立派に奉行をやっていた。
「お、そうか。新しい力が使えるようになったのか」
 幼い双子の天使アニスとエニスから話を聞いていた地堂 光(jb4992)へ、「うん!」「そうよ」と幼い声の返事が返ってくる。
(俺が関わったあの騒動からずいぶん時も経ったな……2人はこっちの生活にも慣れたみたいだな)
 この2人の天使との騒動、それの中で理恵の身の回りにもいろんな事があったのはちょっと前だと思っていたが、ずいぶん経っていたんだなと、当時を思い出していた。
 そしてその騒動に欠かせなかった人物、理恵の姿が見当たらない。ちょっと前までは見た気がしたので記憶を掘り起こしていると、
そういえばと展望台に目を向ける。
 もう暗いからはっきりとわからないが、それでもなんとなく理恵だと思える人影がいるように見える。いや、どちらかと言えばそれが理恵だと確信していた。
(大きな戦いとかもあってバタバタしてたし、近況でも報告すっか)
 アニスとエニスをラファルに任せて、光は歩き出す。もちろんその行先は展望台で、そして思っていた通り、展望台に居たのは理恵だった。
 夜空を見上げる理恵に、驚かさないよう少し大きな足音を立てながら、その背中に声をかける。
「よう、黒松。どうした?」
「ん、地堂君か――」
 その声には明らかに残念そうな響きがあり、なぜか光は少しだけ胸の奥がチクリと痛む。
「ここしばらくゆっくり話してねえけどよ、どうだ。最近の様子は」
「ま、ぼちぼち、かな。ただまあ、最近はなんか、気が乗らない事も多くなってきたかなって」
「そうか……ま、んな日もあるもんだ。
 でもまあなんだかんだで、何かに打ち込んでる時の黒松は輝いてると思うぜ? またなんかあれば、駆けつけてやるからよ」
 自分の胸を叩く光へ理恵は「ありがと」と、はにかんでみせる。
「――んじゃ、アニエニのところへ戻って花火でも楽しもうぜ」
「うん、そうだね……う?」
「どうかしたか?」
 牧草地に動く2つの人影や、人じゃない影を見た気がした理恵だが、光へ何でもないと手を振ってその背中を押していく。

 ――理恵と光がいなくなってから、愛がひょっこりと顔を出す。
「さって、いつ来てもいいように身体温めておかなきゃ」
 撮影の準備もしながら、愛は1人、展望台の中心で身体の暖気を始めるのだった。



 理恵が展望台から見た2つの人影――それは柊 夜鈴(ja1014)と柊 朔哉(ja2302)の2人だった。
「朔夜とこうして出かけるのは久しぶりだな……」
「そう、だな」
 本来なら今更というくらいの付き合いだが、それでも朔哉は少し緊張しながら満天の夜空を見上げ散策している。隣の夜鈴が緊張していなさそうなのが少しだけ悔しくもあるが、今でもその横顔を長く直視できない。
(カッコよすぎだ)
 思わず顔を覆ってしまう朔哉の行動がわからず、夜鈴の頭の上には疑問符が浮かんでいた。
「朔哉、見て。花火だよ」
「え……ああ……こうして遠目で見ても、綺麗なものだな」
 小さな男の子と女の子が花火をしている姿を眺め、夜鈴が草の上に腰を掛けたので、朔哉もその隣に腰を下ろした。しばらく花火を見ていたが、やがて2人は寝転がって星空だけの世界に身を投じる。
 静かな世界に自分だけしかいない感覚。余計な雑念が消えていくと、朔哉の脳裏に残るのは消える事のない悩みばかりが残った。
 学内の事、戦闘での事、友人の事――だがそれすらも、暗くて心細い空間に負けずに煌めきを放つ無数の星々が棲む星空の美しさに霞んでいく。
 心が夜空の中に溶け込んでいく感触。
 そして気が付けば、微かな声で口ずさんでいる讃美歌が聞こえ――朔哉がハッとする。それが自分の声だと、やっと気づいたのだ。
 心が地上に降りてきた朔哉はふと、隣にいる夜鈴を見た。すると夜鈴もまた、顔を朔哉に向けて、2人の目が合ってしまう。お互いの瞳の中にも星を見つけ、思わず「綺麗だ」と2人の声までが重なり合った。
 微笑む夜鈴が腕を伸ばし、朔哉の頭を撫でる。
 撫でられている手から熱でも貰ってしまったかのように、朔哉は熱くなってうつむいてしまった。
「今更照れてどうするんだよ」
 そう言うとより一層、強く朔哉の頭を撫でまわすのだが、朔哉にとってはそれすらも心地好い。
「さて、一応名目は火の番なわけだし、そろそろ戻ろうか」
「――あ、ああ。そうだな」
 いきなり止められてしまっては朔哉としてもなんだか燻ぶるものがあるが、夜鈴が立ち上がってしまったので自分も立ち上がる。そして少しの憤りを隠すように、先に歩き始めた。
「朔哉」
「何だ」
 呼ばれてふり返る朔哉の前には夜鈴の顔がアップで映し出され、唇にほんのわずかな接触を感じた。
「ズ、ズルイな……!」
「そういう態度も可愛いから、つい」
 夜鈴が朔哉の手を握りしめ、先を行く朔哉を追い越して先に行き、手を引っ張っていく。
(本当に、ズルイ……)
 こんな事されては、黙って大人しく手を引かれるしかないではないかと、朔哉は夜鈴に手を引かれるがままであった。
 ただ、人の輪が近づいてくると少し動きの鈍くなる夜鈴を、朔哉が「行こう」と逆に手を引っ張る事にはなった。
 ジンギスカンをしている所へ2人して戻ってくると、皿に乗せた唐揚げと蒲焼きが載った皿を持ってうろうろしていた悠人が夜鈴に気づき、近づいてくる。
「これ、食べてみなよ」
「蒲焼きと、唐揚げを? ……普通に美味いな」
 蒲焼きを咥え、そして唐揚げを口に放りこむ夜鈴だが、口の中で唐揚げの形状に違和感を覚えた。
「この肉、脚が、ある」
「ここら辺の蛙って小さいのばっかりだから、丸揚げにしたんだ。ちなみに蒲焼きは蛇だよ」
 蒼くなる夜鈴の手が飲み物を求め彷徨っていると、「あらァ、これをどうぞォ♪」と色のついた液体でなみなみとしたコップを押し付ける、黒百合。
 夜鈴はそれがなんなのか考える暇もなく、それで口の中の蛙を流し込む。幸いなのは少し甘めで呑みやすい事だが、すでに足下にきているあたり、やはりヤバイものと言えた。
「悠人……楽し……そう」
「夜鈴もな」
 妻2人は顔を見合わせ、夫の姿に笑みをこぼし合う。
「あ、威鈴ちゃんとゆーちゃんだ!」
 腕を振る栢に威鈴は手を振り返し、そして唐揚げを持っていくのであった。



(真夜中まで何してんだ俺は)
 火を絶やさない訓練という点は納得できるが、奉行をしておきながらも果てのないジンギスカンパーティーに狂気すら感じていたラファルは、だいたい下火になってきたタイミングで退散して、なんとなしに駐車場へぶらっと歩いていた。
 そして木の柵に肘を乗せて背中を預けている人の影――少しは和らいだものの、まだ難しい顔をした百合子を発見して、皮肉気に笑う。
「この変態女、相変わらず若手を毒牙にかけてんのかー」
 からかったつもりの軽い言葉だが、思いの外、百合子はそれに乗ってこない。いつもなら「毒牙だなんて心外です。ちょっと美味しくいただいてるだけじゃないですか」と軽口を返してくるものである。
 思わず「どうしたっつーんだ?」と聞いてしまった。
「……いえ、ね。今さっき、ぬるま湯な関係は嫌って言われてしましまして。
 もうそろそろ潮時というか、先を見据えて変わっていかなきゃいけない時期なのかなと」
 百合子の言葉に、ラファルも思う事があったのか横に並んで、同じように柵へ背を預ける。
 百合子を見るわけでもなく、空を見上げ、「先なー」と独白気味に口を開いた。
「ぬるま湯みてーな環境がいつまでも続くわきゃねーんだって、俺自身も信じちゃいなかったさ。
 でもよ、まわりばかりが変わりだして、いざ空気が変わってみると、なんてーかな……俺はどうしたらいいだろうっつー焦りってか、迷いがあんだよな」
「迷いがあるってことは、いくつかの道があるってことですか」
 少し間を置いてから「まあな」と、短い返答。
「道を考えてるならいいじゃないですか。
 みなさんがラファルさんよりちょっと先に悩み、答えを出したってだけに過ぎませんよ。道を失くして、同じところをぐるぐる回っているのより、ずっとずっとマシです」
「ふーん……で、おめーさんは回ってる口だったってか」
「まあそうですね。ただついさっき、初めて恋の花が散って、横から蹴られて道があるのを教えらたばっかりですけど」
 肩をすくめる百合子は、どことなく先ほどより元気になったように見える。
 首の後ろをかきながら「迷う事がマシか」と、柵から背を離し話はもういいと言わんばかりに歩き出す。その背中に百合子が「朝まで語らいましょうかー?」と、問いかけてきた。
「バーカ。どんだけ情にほだされても、おめーの遊びには乗らねーよ」
 あまり残念そうな響きがない「残念」という声が聞こえた気もしたが、ラファルは振り返る事無く、後にした。
 去っていく背中をいつまでも目で追いかけていると、胸の痛みが戻ってきてしまいそうだったので背中を向け、だいぶ遠くにある夜景を眺めるのであった。


「……おめーら、まだ食ってるのか」
 戻ってきたラファルが見たのは炭を追加し、肉も山盛り追加されている様子だった。夏雄とユリアと藍のグループに、ご満悦な顔をした栢は肉と人参を交互に食べている。
 柄でもないが、つい先ほど百合子から恋の花とか聞いたばかりのラファルは、その口から思わず出てしまった。
「変態女ですら悩む恋の花とか、ねーのかよ」
 恋と聞いたユリアが箸を咥え、とろんとした目を夏雄に向ける。
「夏えもんの恋っていつかにゃのー?」
「なっちゃん恋してるの!?」
 2人の視線が集まる中、黒百合特製の酒がその効果を発揮する。
「鯉? HAHAHA、そりゃ池とか……はて、何の話?」
 不気味なほど笑った次の瞬間には、もういつも通りのテンションの夏雄がいた。あまりの変化にまわりがついていけないでいると、夏雄が炭火をいくらかランタンに入れて立ち上がる。
「少し飲み過ぎか。君らもそろそろカロリーが気になる頃だろう?」
 魔の単語にユリアと藍の動きが止まった。
「まぁカロリー消費は動けばいい。というわけで散歩だ」
「その話、のっかろー! あそこの遊歩道とか歩けば、けっこういけるね!」
「……え、あの道を散歩? 私ほら、火守らなきゃ……」
 両脇の2人に腕をつかまれ、連行されていく藍を、栢は手を振って見送るのだった。
「夜道の散歩も、いいものかもしれないね。幽霊とか、いるかもしれないし」
 そう言ってふらふらっと、仙也もいなくなる。その手にある鎖が色々怪しいが、誰も突っ込む事はしなかった。

 色々な人に酒を勧めたりこっそり飲ませてみたりしたわりに、自分の用意した酒は一滴も呑まず、途中から姿を消していた黒百合だが、誰も来ないような真っ暗な草原の平坦な所でせっせと何かの作業をしていた。
 筒を立て、それをしっかりロープとペグで固定している。
「きゃはァ、一発限りの大仕事ォ♪」
 一発限りというわりに、その準備はなかなか入念である。
 そして背後にあるのは、とても大きな大きな丸い球――不吉な気配しかしないその様子を、遠くから眺めているラッコがいた。
『なにをしているのだろう』
 声を発する事無くフリップに書き込む、ラッコ。ラッコと言ってももちろん着ぐるみなので、中身はいるのだが……誰だよという話である。
 黒百合の行動をしばらく眺めていたが、やがて夜空を見上げながら遊歩道を歩き始めた。
『平和っていいよね』
『誰か来た!?』
 消しては書いてをするくらいなら言葉を話せと言いたいところだが、そういう決まり事なのだろう。とにかくラッコは人の気配を感じて、遊歩道脇の木の陰に隠れた。
「楽しい散歩じゃないか」
「これでお化けが出てもだいじょうぶ☆」
 後ろからやってくるのはぼんやりとした明かりと、青白い光の2つ。それでは誰かまではわからない。
 だが最後尾にいるであろう人物が肩をすくませ「2人が一番怖……ううん何でもないです」と、その声から全員が女性なのだろうと推測された。
 このまま隠れてやり過ごすつもりだった、ラッコ。
 しかし腹に響くような鈍い音が近くで響き渡り、ひゅるるると、花火の上がる音がした。
 3人とラッコが見上げた瞬間、夜空には見た事もない黒百合特製の巨大な火の華が咲き誇り――超大音量が全てに襲い掛かる。
 爆心地に近い所では草が激しく揺れ、耐えきれなかった木々がなぎ倒されていく。3人は耐えたようだが、目の前の木が倒れ、踏ん張る事も許されないラッコは転がって、3人の前で止まった。
 慌てたラッコはフリップに『わ、わたしはあやしいものじゃないよ!?』と書いてみせたが、そのフリップを落としそうになった。
 目の前にいたのはおかめのお面をかぶり、チェーンソーをぶら下げている白熊と、カボチャパンツにピコピコハンマーを装備した、片目が星型の歪なパンダ。後ろには強力水鉄砲を持った白いハムスターがいた。
「出たな、ユーレイ! 藍ちゃんはユリもんが守る! 藍ちゃんのヒーローには程遠いけど、ごめんね」
「ふぇ!?」
 パンダがハムスターの前に立ち塞がり、おかめの白熊が一歩前に出た。
 おかめの白熊が、手にしたチェーンソーのチョークを引っ張る。ドルンドルンドルンと、恐ろしい音――チェーンソーが唸りをあげ、ラッコに白熊が襲い掛かる!
 逃げ出すラッコを白熊は追いかけ、パンダも「待てー!」と楽しそうに追い掛け回し、ハムスターもぽてぽてとついて行く。
『あいむのっとユーレイ!』
『痛い!!』
「なんだ、幽霊じゃないじゃないですか」
 空から鎖で叩かれたラッコが見上げると、仙也がつまらなそうに呟いてそのまま空へと溶け込んでいった。
 逃げまどうラッコ、追かけるホラーな白熊とパンダ、それと可愛いハムスターの一行が、ジンギスカンをしている所にまで押しかけるのだが、悠人はラッコを見るなり意外そうな顔をする。
「来てたんですか、静矢さん」
『うむ、というか助』
 ラッコの中身、鳳 静矢(ja3856)はフリップを落としてしまい、チェーンソーが振り下ろされる。
 だが甲高い音とひっかく音を立てるだけで、シズラッコは引き裂かれずに済んだ。悠人の大剣がチェーンソーを受け止めていたのであった。
「あの、わりとシャレにならないので、そこまでで……」
「なんだ、幽霊ではなかったのだね。残念だ」
 白熊の夏雄は座り直し、炭の様子をうかがってからまた、肉を付け足していた。
「動いたら、お腹減ったね藍ちゃん!」
「2ラウンド目、行ってみよ!」
 パンダとハムスターも座り直し、いきなりの放置を食らったシズラッコだが、悠人に箸を渡され、鉄板の隅でタレにいいだけ煮込まれた肉を口に運び入れると、落としたフリップを拾い上げ、書きこむ。
『運動の後の肉は美味!』



 お腹一杯になったからと、唐揚げから逃げるようにふらりと散歩していた栢が、駐車場の人影に気づき、薄暗がりの後姿しか見えていないがそれが百合子だと一発でわかった。
「百合子おねーさんはっけん! おねーさーん!」
 走っていく栢が百合子に抱きつくが、いつものようにすぐに抱き返してきて身体をまさぐってきたりしない。普通といえば普通だが、百合子の場合だと異常とも言えた。
「……? おねーさん、元気ない?」
「いえ、そうでもないと言いますか、タイムリーと言いますか、まさかこのタイミングで会えるとは思ってませんでした」
 来ているのは知っていたが、自分の答えにちょっと自信がなかったので、実のところ避けていた。
 だが今なら、もう。
 ぐーりぐーりと栢が百合子に頬ずりをして、少しためらいがちにおずおずと百合子の頬にキスをする。吸いつくようなキスがくすぐったい。
 栢の唇が離れると、百合子は栢の頭を両手で挟み固定して、栢の許しも受けずに唇を重ねる。攻める様なキスではなく、優しい、唇を重ねるだけのキス。
 満天の夜空で星が落ちても、夜景に浮かび上がる2つの人影は長い間、繋がっていた。
 唇を離すと、百合子は真っ直ぐに栢の目を覗き込む。
「――私はね、栢ちゃんが好きなんです。誰よりも特別な意味で。独占したいし、独占されたい」
 百合子が手を離すと、する方は慣れていてもされる方は慣れていない栢がへたり込み、百合子をとろんとした目で見上げていた。その目に百合子は喉を鳴らしていたが、背中を向ける。
「とにかくお伝えしたかった、それだけです。答えたくなければ、それでもいいです――ただ、いつか答えが聞けたらいいなとは、思っていますので」
 そう言って走り去っていく百合子を、立ち上がれない栢は目で追うしかないのであった――

「お、来ましたね。百合子さん! さあさあ着替えて!」
 展望台の愛のところへ走っていった百合子は、言われるがまま紫の水着を着て、愛と組みあった。もちろん、一般人でしかない百合子は筋力だけでなく全てにおいて愛に劣るし、プロレスなんてしたことがないので、指導されながらの、プロモーション撮影にしかならない。
 だがそれでも百合子は今、身体を動かしたい気分だった。
「急にやる気ですね、どうかしましたか」
「ちょっと、ヤル気を解消するために来たんです、よ!」




●朝が来て

 火の番をして、いまだに肉を口に運ぶものが多いのだが、一部、まさかの二日酔い頭を押さえて横になっている者もいた。主に黒百合の用意した酒を飲んだ者ばかりである。
 ラッコも横たわり、その上に誰の悪戯か、ホタテの殻が乗せられていた。
「いや、酒に弱い人が多いもんだねえ」
 同じく飲んでいたはずの夏雄だけはぴんぴんしているのだけは、解せない。
「まったく、騒ぎすぎなんじゃねえか」
 未成年だから一切飲まなかった光が介抱して回っているあたり、お人好しらしい行動であった。
(やはり捨てて正解だった)
 仙也が空を飛び1人で帰路につくと、下の方でもまるで逃げるように黒百合が走って帰っているのが見える。
 そして結局朝まで食べて呑み明かしていた遥久達(一臣と愁也は頭を押さえている)は、そろそろお開きな気配に、新しい缶ビールを開けて立ち上がった。
「ま、来年どうしてるかはわからないけど」
「こうして集まれたらいいなってね」
「その為に、いるわけですから」
「そんじゃ来年以降もきっと集まれるねv」
「そう願いたいわね」
 5人がビールを掲げ、声をそろえた。
『来年に向けて、乾杯!』





飲んで食べて遊んで告って失恋  終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
沫に結ぶ・
祭乃守 夏折(ja0559)

卒業 女 鬼道忍軍
幻の星と花に舞う・
柊 夜鈴(ja1014)

大学部5年270組 男 阿修羅
茨の野を歩む者・
柊 朔哉(ja2302)

大学部5年228組 女 アストラルヴァンガード
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
魅惑の片翼・
リリアード(jb0658)

卒業 女 ナイトウォーカー
魅惑の片翼・
マリア・フィオーレ(jb0726)

卒業 女 ナイトウォーカー
斡旋所職員・
卯左見 栢(jb2408)

卒業 女 ナイトウォーカー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
道を拓き、譲らぬ・
地堂 光(jb4992)

大学部2年4組 男 ディバインナイト
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅