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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/08


みんなの思い出



オープニング

※このお話は【天王】大規模第1フェーズが始まる直前、という時間軸であると認識してください



●終わりが近づく関係

 もはや人の住めない村の小学校校舎の外で、陰に隠れながら矢を放つ着物姿の男性、悪魔騎士の与一。
 1本の矢は直角に曲がって道路へと飛来し、それが数十本に分裂して、与一を追いかけている金髪の女性、大天使アルテミシアに降り注ごうとしていた。
 それも1本1本が意思でもあるかのように途中で曲がり、アルテミシアのどこかに当たる様な角度であった。が、アルテミシアの掌の上へ、矢は全て集まっていく。
「放物線を描くか、直線にしかならん矢をここまで曲げることができるのはなかなか驚異的だ。柔の弓術とでも言うべきか――だが、剛の前には形無しのようだな」
「いやぁ、まったくでさぁ」
 軽い口調で言葉を交わすと、その場から横に大きく動く。その直後、壁を貫いてきた矢が周囲の瓦礫をも飲み込んで、通り過ぎていった。
 息を吐きだし、肩を上下に揺する与一は身体のところどころに矢が刺さっており、それを抜きながらも逃げ回るのだが、すでに何度か膝が抜けそうになる。
「……そろそろ体のポンコツ具合も、末期ですさね。もうちょっと前であれば、まともにお相手できたんですがねい」
 最近は傷の治りが極端に悪く、力が衰えていることも実感していた。
 幸いなのは撃退士達のおかげで、ディアボロ集団とサーバント集団の均衡が取れた事である。それがなければ今頃、サーバントの相手もしていただけに、だいぶ助かったと言える。
 だがその後の打開策が、ない。
(どうしたもんですかね……)
 考えながらとりあえずゲートから離れるように移動をしている――が、不意にアルテミシアが足を止めた。
「もっとお前と戦っていたいものだが、目的を優先させてもらおうか」
 そう言って与一を追いかける方向ではなく、迷う事無く真横へ移動を開始する。
「まあ、そうですよねぇ。だからと言って、行かせるわけにもいかないんですさ」
 アルテミシアを追いかけようとする与一だが、膝が曲がり、なす術もなく地面に倒れていた。ゆっくり広がっていく血だまりが、顔を濡らす。
「まだ、死ぬわけにもいかねえんですが……ちときついですかねぇ……」
 これは休息だと念じながら重くなってきた瞼を閉じ、ピクリとも動かなくなる与一。かろうじて背中が上下に動いてはいる。
 横になったまま、与一は虫がいいと思いながらも、虫のいい話を思い浮かべていた。
(節介な連中が、どうにかしてくれることを願いますかねぇ)




●天と魔の少年と天の少女、そして嫌う少女と

「うう……空気が重い……。ここなのは間違いないんだろうけど、誰も、いないのかな……」
 弓を抱きしめながら歩くのは、スズカ・フィアライトだった。
 ディアボロもいなくて不気味なほど静かな市街地を歩いていると、明らかに村の雰囲気にそぐわない洋風の館を発見。
 地図上では白神山地ビジターセンターとなっているが、少なくとも瓦礫を積んだ石垣で囲われてなんかいないだろうし、観光用の施設が住居風に作られているとは思えなかった。
 それと、スコットランドで暮らし、和風への関心が日本家屋にもあったスズカには、ちょっと古い時代の日本家屋の洋風テイストだとわかる。明らかに現代建築と比べて、違和感がありすぎである。
 決定的なのは、かなり薄いが赤く発光した透明なドームに包まれていることであった。
 正面の門は見覚えのあるディアボロがたむろしていて、仕方なしに石垣を登って敷地に踏み込んでみると、空気が一変していた。
 習ってはいたが初めて支配領域に踏み込んだ感覚に戸惑いつつも、唯一カーテンがかかっていて鍵もかかっていない窓に手をかけたその時。
「スズカ、君?」
「え……矢代、さん? 何でこんなところに」
「すごく思いつめた顔で廊下を歩いてたから、気になって……装置に飛びこんでここに着いたけど、どこにいるかもわからなかったから、とりあえず目立つ建物を目指して歩いてたんだけど、ここに入ってくのが見えたから……」
 学園に不慣れだったスズカへ、同じく不慣れながらもちょくちょく世話を焼いてくれたのが、矢代 理子だった。そんな理子はスズカ以上に戦闘が不慣れのはずだが、こんな所へ来てしまうあたり、スズカ以上の無鉄砲ともいえる。
 ただそれでも1人でいるより気は楽になり、2人で窓から屋敷へと侵入する――と、いきなり「誰?」という声が飛んできた。
 びくりとして顔を見合わせる2人。カーテンがはためいて漏れる光で照らされた室内にベッドがあり、その上で少女が今、起き上がろうとしているのが見えた。
「与一、でもないわね。巴、でもない……アルカードがそんな静かなはずもないし……新しい悪魔さん?」
 その口ぶりに少女が悪魔ではなさそうな気配を感じ、理子が口を開こうとしたちょうどそのタイミングで、今度は1つしかない扉が開いて、今度こそ口から心臓が飛び出そうなほど、鼓動が高まった。
「……なぜ、フィアライトと矢代がいる。それにその少女は――」
 中の様子を一瞬で確認して滑り込んできた真宮寺 涼子が、少し険しい顔をする。
「その少女が誰なのかはともかくだが、そういえばシア様と関わりが深かったな、フィアライトは。そして矢代はフィアライトに気をかけたと、そんなところか……無鉄砲、無計画にもほどがあるぞ」
 2人をたしなめる涼子は唇を噛み、眉根を寄せて扉に背を預けながら辛そうな表情で天井を仰ぐ。
 この間も少女は「誰?」を連呼するばかりで、ベッドから動こうとしないし、スズカと理子はバツが悪そうに涼子を見つめているしかなかった。
「……フィアライト。少し離れてはいるが、外に学園の連中がいる。連絡を取って合流しろ」
「え、あ、うん――あれ、スマホが圏外だ」
「私のも」
 思わず手で顔を覆い隠してしまった涼子は、ポケットから光信機を取り出してスズカへと投げつける。
「この屋敷はすでにゲート内部だ。ゲートの中では普通の電波は遮断されると、覚えておけ。
 私が巴という悪魔を抑えている間に、お前らは正面玄関で連中と合流しろ」
「貴女、巴と戦っているの? じゃあ、天使ってことね」
 ずっと無視されていて頬を膨らませていた少女が、ここぞとばかりに大きく息を吸い込んだ。
「ともえーー! ここに、天使がいるわーーー!!」
 3人の視線が一斉に少女へ集まり、足音が聞こえた涼子は舌打ちして、赤く染まった扉を全開にする。
「行け、お前ら! 私も後で行く!」
(待ってくれているんだ、こんな所で死んでたまるか……!)
 その黒い背に大きな裂傷と、そこから溢れる液体をまき散らして、廊下へと飛びだしていく涼子だった。
「行こう!」
 どう動いていいかわからない理子の手を引き、スズカが走り出す。
 少女の横を通り抜ける時、その顔を見て目の傷にぎょっとしたが、それでもスズカは止まるべきじゃないと光信機を手に、正面玄関を目指して走った。
「――誰か、聞こえてますか! ゲート内で悪魔と遭遇、逃げるおいら達と合流願います!!」



リプレイ本文

●頼りない一矢と余計な仕事

「そ、その声はスズカちゃん?! 直ぐに行くから待ってて! おいら達って事は誰かと一緒なの? その人は戦えるの?」
 アスハ・A・R(ja8432)のインカムをむしり取るようにして、新田 六実(jb6311)が呼びかけに応えていた。
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は「ああまったく」とぼやくように呟き、やや小ぶりなヒリュウ『ハート』を呼び出して、見えない階段でも駆け上がるように空へ向っていく。
 そしてスズカの応答に、今度は君田 夢野(ja0561)が頭を押さえた。
「なんで理子さんまで……!」
「やれやれ……理子はなぜこんなところに……」
 呆れ声のアルジェ(jb3603)だが、その目を夢野に向ける。
(……まぁゆめのんが行くから、大丈夫だろう)
「アルは目の前の目標に集中……だな。ゆめのんはそっちだろうから、アルテミシアに向かおう。
 伏兵に気を付けろ、前回と同じ轍は踏むわけにはいかないぞ」
 私はと川内 日菜子(jb7813)が口を開きかけた時、街灯の縁から赤い影が見えたかと思うと、すでにアスハの真横でレッドキャップ(赤帽)が斧を振りかぶっていた。
 大振りの斧をかいくぐるアスハは腕で押しのけるように斧を横から払い、直撃をまぬがれる。腕にできた裂傷からは血が滴り、それが黒い手袋を濡らす――滴り落ちそうな血が、散った。
 次の瞬間、斧の重さに負けて赤帽の腕が地面へと落ちる。そして横から伸びる烈火の拳が、赤帽の頭部を粉砕する。
「スズカは気になるが、私もアルテミシアに向かう」
「なら僕も天使の方に向かう、か」
 日菜子も進路をグラウンドに向け、腕の傷を癒しながらアスハも追って行くのであった。


 洋館を目指す六実は口の中で大丈夫を繰り返し、夢野は唇を噛みしめている。
(心は冷やせ、だが芯はマグマの如く触れ得ざる激情で――)
「隠れてますねえ」
「付近で生命反応ありです」
 空から見ているエイルズレトラと六実の警告。夢野の視界の隅で赤い影が動き、赤帽が瞬間的に現れ夢野へ大斧を振りかぶる。
 引き抜く大剣で受け止め衝撃が肩に突き抜けてきたが、夢野は渾身の殺気を叩きつけた。
「――殺すぞ、餓鬼ども」
 魔力を帯びた言葉が赤帽を絡めとり本能が赤帽を後退させ、街灯へ潜りこもうとして衝突していた。
 先を急ぐ事を優先して追撃せず、数回にわたる赤帽の攻撃を全て夢野は受け返し、止まらずに突き進む。ようやく門が見えてきたというところで、正面からも赤帽が次々と高速移動で距離を詰めてきた。
 壁際に移動していた夢野の正面に、次々と。
「調和しろ――」
 大剣が激しく振動し、夢野が振り抜いた。
 音の刃が3つに分かれ、どさりと3体の赤帽の半身が地面に落ち、その上へ重なって倒れ込む。
 夢野の真横へ赤帽が出現すると、そこに六実が割って入り盾で受け止め踏ん張ってみせるが、相性が最悪なせいもある。踏ん張っても小柄な六実の身体は斧に押され、アスファルトへ挟まれる様に叩きつけられてしまう。
「う……でも、スズカちゃんを……!」
「助け出してやるさ」
 片手で振り回した大剣が六実の上を通過し、体の半ば以上まで刃が潜りこんだ赤帽が車に撥ねられたように血をまき散らしながら道路を転がっていく。
 気遣うほどゆとりのない夢野が六実の襟首を掴んで立たせ門に視線を向けると、2体のひとつ目入道(入道)が首を伸ばして空のエイルズレトラとハートを伸びる舌で追い回していた。
「キモイだけなんですがねえ」
 複雑に動く舌よりも、さらに複雑な動きで掻い潜るエイルズレトラとハート。エイルズレトラが「行きますよ」と言うと、ハートと共に首を舐めるように滑り降りていく。
 まずは地上スレスレまで降りてきたエイルズレトラへ、赤帽が群がるように跳びかかってくるが、大振りの斧がエイルズレトラに当たるはずもない。
 そこにハートが口から破裂寸前のゴム風船を吐き出し、爪で破裂させた。
 その小ささからは思いもよらぬ大爆発が入道と赤帽を巻き込み、爆風で散り散りに吹っ飛ばされる。そして爆風の中からは平然とした顔でエイルズレトラとハートが顔を出して、再び空へと駆け上がっていく。
 爆風で吹き飛ばされた赤帽は倒れたままアスファルトを滑り、勢いが止った時には動きも止まっていた。だが入道は手をアスファルトにつけながら滑り、上を向く。
「止まって!」
 そんな入道の1体へ六実が駆け寄り両手を前に突きだすと、地面から伸びる鎖が入道を縛り上げた。
 そこに襲い掛かる赤帽だが夢野が立ち塞がり、斧を左腕で挟み込むように受け止めると、刃先をアスファルトに擦りつけたまま右手に持ったツヴァイハンダーが、揺らいだ。
 甲高い高音が一瞬、響く。
 赤帽の上半身だけが、どこかへと飛んでいった。
(ああ、これなら少し抜けますか)
 ハートを残し、1人先に洋館の側に降り立ったエイルズレトラが、あっさりと開いた窓から侵入する。
 そしてゲート内部らしくない雰囲気に、エイルズは眉をひそめた。
「どこからでも入れてしまい、内部は普通の建物、それに――」
 廊下を走り再確認するが、間違いない。
「何の影響もなさそうですねえ」
 身体は軽いままである。耳に入ってきた声と正面玄関にたたずむ2人の人物を見つけ、足は加速する。
「あ――」
「すぐこの場から離れて、窓から逃げますよ。こんな所から出ては、すぐに追いかけられるのが目に見えていますからね」
 物騒な音が聞こえる方から逃げるように来た道を戻っていくエイルズレトラの後ろを、スズカと理子が追かける。
「何がしたかったのか知りませんが、その結果自分達の命を危険にさらし、我々に余計な手間をかけさせ尻拭いをさせられました。それが今回の君の成果です。
 スズカ君、自分の我儘を我慢しろとは言いませんが、我儘を通すにはそれなりの力が必要なのです。君はまだ弱い、我儘を通すにはまだ早いのです」
 走りながらエイルズレトラの辛辣な言葉に、スズカは何も言い返さない。
「何かをなしたいのなら、さっさと強くなりなさい」
 後ろへ目を向けスズカを見るが、その顔に浮かぶのが腹ただしさより悔しさである事に肩を小さくすくめた。
 そこで気づいたが、理子だけ息を切らし、身体を重そうにしている。ここの影響だとエイルズレトラにはわかるが、理子の事を知らないだけに、何故なのかわからなかった。
 かと言って大丈夫ですかと声をかけるわけでもなく、走りながら窓から門の様子を窺っていると、もうほとんど決着つきそうな気配に入ってきた窓から外へと脱出する。
 スズカと理子の2人も外へ出たのを確認すると、光信機を手に持った。
「西側の石垣から出ますので、そちらで合流しましょう」
 光信機から夢野がわかったと告げ、「あっちにも知らせておく」と返事が返ってくるのであった。



●この一矢は真っ直ぐに

(さて、アルテミシアを止めに来たにしても、空からの遠距離攻撃に対抗する手段を私はほぼ持たないが、どうしたものかな。
 まともに立ちあえば棒立ちしかできない……律儀に降りてきてくれるとは思えないし、どうにかするしかないな)
 空で金色の髪をなびかせるアルテミシアが、すでにはっきりと見える。そしてふと、日菜子はその横の校舎に目を向けた。
「少しの間、参戦できないが、大丈夫だろうか」
「さて、な。問題ないとは思うのだ、が」
「今できる全力を出すというなら、アルは止めない」
 アスハとアルジェの回答に日菜子は頷き、アルテミシアではなく校舎へ向って全力で走っていく。
「似たような能力を知っている。応用すれば対処も……」
「似ているだけであれば、別物と思っておくべきだろう、な。今回で見せてもらう、が」
 走りながらアスハの左手からは蒼い燐光が漏れ始め、アルジェは翼を広げゴーグルを付けながら空を飛んだ。
 アルテミシアの矢がアルジェへ飛んでくるが、盾で受けて軌道をそらし、足をかすめていく。
「しっかりとした顔合わせは初めまして、か」
 挨拶代わりに左手をかざすと、蒼く輝く光の雨がアルテミシアに降り注ぐ。
 アルテミシアが横に向けた手を頭上に掲げると、手より少し上のところの光雨が曲がり手へと集まっていき、滝のように束となって流れ落ちていく。
(もっと広範囲の収束ができたはずだが、しなかったというのは範囲を狭めて収束力も高めたの、か)
「僕個人としてはゲートに興味ないのだが……どうやら困る人間もいるみたいで、ね。少し、付き合ってもらおう」
「付き合う義理はないがな」
「付き合ってはもらう」
 アルジェが脚甲でアルテミシアの横顔を蹴りつけるが、右の籠手で防がれ、すぐに離脱する。それを追う様に射られた矢を、脚で払い落としたはずだった。
 踏ん張りの利かなかったアルジェは矢に吸い寄せられ、脇腹に矢が突き刺さる。
 血の滴る脇腹を押さえて後退するが、何かに気づいて前へ出るそぶりを見せた。アルテミシアの視線がアルジェに注がれる中、学校の屋上に熱風と陽炎が一直線に伸びていった。
 空を跳び、炎の拳を纏った日菜子がアルテミシアの真横に。
「落ちろぉ!」
 打ち下ろした拳が頬を捉えたが、同時にアルテミシアの蹴りは日菜子の後頭部を捉えていた。反発する炎はアルテミシアを弾き飛ばして地面へ叩きつけ、日菜子は後頭部を押さえたが回転して体勢を整えると、重力に従う。
 アルジェが肉薄し、アルテミシアが身を起こしてアルジェへ向けて弓を引こうとする。だがその前に突如としてアスハが現れ、手を怪しく蠢かせた。
 目を細めたアルテミシアが弓を引くのを止め、右手を前に突きだしたが、アスハの手から伸びた糸はすでに弓へ絡みつき寸断していた。弓を腰の後ろに戻す。
 そして右手にアスハが引き寄せられる。
「やはりそうくる、か」
 力に逆らわず弧を描くように流れに乗るアスハが、力の収束を感じる右手の矢を糸で細切れにする。しかしすぐにくっつきあい、周囲では黒い砂嵐が渦巻く。
(目隠しか?)
 アルジェは砂嵐を突っ切って蹴るが、硬い感触。それに危険を感じ、上昇する。
 入れ替わりで落下してきた日菜子が砂嵐に突入し、肉体を一瞬オーバークロックさせたアスハも赤い軌跡を残し、高速で糸を飛ばしていた。
 だが黒い棒で振り払われ、身の危険を感じたアスハが藍色の包帯で右拳を包み、備えた。
 下から跳ねる黒い棒が脇腹に当たる直前、右拳で受け止める。砕け散るほどの勢いで振るわれた棒に右手は嫌な音を響かせ、脇腹に手をめり込ませ、アスハが横に飛んでいく。
 地面に転がりながら咳き込むアスハ。手についた黒い物体を見て、正体を察した。
「炭素、か」
「アルテミシア!」
 日菜子の拳を交差した腕で受け止め、そのまま伸ばして日菜子の襟をつかみ地面へと叩きつける。
 叩きつけられたが地面に両手を着き弧を描いた脚が、アルテミシアの顔を狙った。腕ですくいあげるように払い日菜子を少し浮かせると、腹へ肘を突き入れる。
 腹で受けながらも肘を両手で挟み、腕関節を取ろうとしたが先に引き戻され、身体を捻って地面に着地する日菜子。
「無手もやるのか、あんたは」
「兄の様にプロレスはできんが、真宮寺に戦い方を教えたのは私だぞ」
「――どうやらスズカとの合流ができたらしい、な」
 夢野からの連絡をアスハが聞こえるように伝え、聞こえはしたのだろうが、2人は動かない。
 日菜子は覚悟を決め、鋭く短い息を吐き出して四肢に炎を宿し、アルテミシアへと肉薄する。
 それまでよりも早い拳になんとか初撃を払いのけたが、右の下段蹴り、左の後ろ回し上段蹴り、そして右の正拳突きにはまるで反応できなかった。
 だが最後の正拳突きに合わせて掌底を突き出し、日菜子の顎をはね上げる。
 日菜子の四肢から炎が消え、地面に膝を着く。血を流すアルテミシアはこめかみを押さえ、右手に黒い玉を作り出して動けぬ日菜子の顔に投げつける。
 かろうじて動く左手で受け止めたが後ろへ倒れ込み、その隙にアルテミシアが走って離れていく。
 アルジェとアスハが動き出そうとしたその時、「そいつらの足止めをしろ!」という声に伏兵か涼子の存在を警戒した――が、そんな気配はない。
「ブラフか……この距離を追いかけるにしても、深追いは禁物だ」
「向こうは鼻から僕達と最後まで戦うつもりはなかったんだろう、な――そんなわけでそっちに天使が向かった、ぞ」




●折れぬ一矢

 石垣の上に座って足をブラブラさせるエイルズレトラの下で、スズカと理子に背を向け、警戒している夢野。そして六実がスズカへ繰り返し怒っていた。
「もう、スズカちゃん! 心配かけるのがそんなに楽しい!?」
「いや、そんなことは……」
 いたたまれない気持ちになった理子が夢野の袖を引っ張るが、見ようともしない。
「……悪い、理子さん。今は何か喋る気になれない。
 戦場では1人のルインズブレイドと1人のディバインナイト、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、撃退士として言っておく」
 一呼吸。
「生きて帰る為に、全力を尽くせ」
 それを言ってから、怒気をはらんだ目をスズカに向けた。
「おい、そこの半天半魔。お前の軽率が俺の恋人を殺しかけたんだ、分かってるのか――『必死だった』何て言い訳は聞かねぇぞ。
 感情を御せない撃退士は、人を殺すぞ――何てな、冗談だ。だが、失敗を犯したのは事実として受け止める事だ。何度も失敗を許してくれる程、実戦は優しくないからな」
 冗談のつもりは全くない。だが理子の前でそれ以上強く言うのもためらわれ、頭を抱える夢野。袖を掴む手が震えていて、理子がどんな顔をしているのか、見る勇気がない。
(……理子さんの無鉄砲ぶりにも、頭が痛いが――何も言えんよ)




「弓使い同士が屋内で戦うとは思えないと思っていたが、やはりいたか――いいザマだな与一」
 血だまりに倒れている与一へ日菜子が声をかけると、うっすらと目を開けた。
 何も言ってこない与一の腕を取り、無理に立たせると肩を貸す。
「このまま豚箱にぶち込んでやりたいくらいだ――だが今の私は撃退士であり、あんたとの決着を望むスズカのせ……」
 日菜子が言葉を飲み込み、しばらく逡巡したのち「……スズカの何なのだろうな、私は」と弱々しく呟いた。
 血で濡れた与一が口元に薄ら笑いを浮かべ、自らの足で立つと日菜子から離れる。
「さしずめ、苦悩するヒーローってところですかねぃ……へっへ、まああれですさ。先に生まれたモンが偉いってわけじゃねえんですがね、先に生まれたんなら人生の先輩面して少し照らしてやりゃあいいんですよ。
 それでも悩むくらいなら、聞いちませぇな。自分がなんなのか――」
 校舎の壁を登っていき、言いたい事を言って去っていく与一。
 目で追い、日菜子はポツリと「軽く言ってくれる」と漏らすのであった――




【天王】三矢・破  終


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
重体: −
面白かった!:7人

Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅