●頼りない一矢と余計な仕事
「そ、その声はスズカちゃん?! 直ぐに行くから待ってて! おいら達って事は誰かと一緒なの? その人は戦えるの?」
アスハ・A・R(
ja8432)のインカムをむしり取るようにして、新田 六実(
jb6311)が呼びかけに応えていた。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は「ああまったく」とぼやくように呟き、やや小ぶりなヒリュウ『ハート』を呼び出して、見えない階段でも駆け上がるように空へ向っていく。
そしてスズカの応答に、今度は君田 夢野(
ja0561)が頭を押さえた。
「なんで理子さんまで……!」
「やれやれ……理子はなぜこんなところに……」
呆れ声のアルジェ(
jb3603)だが、その目を夢野に向ける。
(……まぁゆめのんが行くから、大丈夫だろう)
「アルは目の前の目標に集中……だな。ゆめのんはそっちだろうから、アルテミシアに向かおう。
伏兵に気を付けろ、前回と同じ轍は踏むわけにはいかないぞ」
私はと川内 日菜子(
jb7813)が口を開きかけた時、街灯の縁から赤い影が見えたかと思うと、すでにアスハの真横でレッドキャップ(赤帽)が斧を振りかぶっていた。
大振りの斧をかいくぐるアスハは腕で押しのけるように斧を横から払い、直撃をまぬがれる。腕にできた裂傷からは血が滴り、それが黒い手袋を濡らす――滴り落ちそうな血が、散った。
次の瞬間、斧の重さに負けて赤帽の腕が地面へと落ちる。そして横から伸びる烈火の拳が、赤帽の頭部を粉砕する。
「スズカは気になるが、私もアルテミシアに向かう」
「なら僕も天使の方に向かう、か」
日菜子も進路をグラウンドに向け、腕の傷を癒しながらアスハも追って行くのであった。
洋館を目指す六実は口の中で大丈夫を繰り返し、夢野は唇を噛みしめている。
(心は冷やせ、だが芯はマグマの如く触れ得ざる激情で――)
「隠れてますねえ」
「付近で生命反応ありです」
空から見ているエイルズレトラと六実の警告。夢野の視界の隅で赤い影が動き、赤帽が瞬間的に現れ夢野へ大斧を振りかぶる。
引き抜く大剣で受け止め衝撃が肩に突き抜けてきたが、夢野は渾身の殺気を叩きつけた。
「――殺すぞ、餓鬼ども」
魔力を帯びた言葉が赤帽を絡めとり本能が赤帽を後退させ、街灯へ潜りこもうとして衝突していた。
先を急ぐ事を優先して追撃せず、数回にわたる赤帽の攻撃を全て夢野は受け返し、止まらずに突き進む。ようやく門が見えてきたというところで、正面からも赤帽が次々と高速移動で距離を詰めてきた。
壁際に移動していた夢野の正面に、次々と。
「調和しろ――」
大剣が激しく振動し、夢野が振り抜いた。
音の刃が3つに分かれ、どさりと3体の赤帽の半身が地面に落ち、その上へ重なって倒れ込む。
夢野の真横へ赤帽が出現すると、そこに六実が割って入り盾で受け止め踏ん張ってみせるが、相性が最悪なせいもある。踏ん張っても小柄な六実の身体は斧に押され、アスファルトへ挟まれる様に叩きつけられてしまう。
「う……でも、スズカちゃんを……!」
「助け出してやるさ」
片手で振り回した大剣が六実の上を通過し、体の半ば以上まで刃が潜りこんだ赤帽が車に撥ねられたように血をまき散らしながら道路を転がっていく。
気遣うほどゆとりのない夢野が六実の襟首を掴んで立たせ門に視線を向けると、2体のひとつ目入道(入道)が首を伸ばして空のエイルズレトラとハートを伸びる舌で追い回していた。
「キモイだけなんですがねえ」
複雑に動く舌よりも、さらに複雑な動きで掻い潜るエイルズレトラとハート。エイルズレトラが「行きますよ」と言うと、ハートと共に首を舐めるように滑り降りていく。
まずは地上スレスレまで降りてきたエイルズレトラへ、赤帽が群がるように跳びかかってくるが、大振りの斧がエイルズレトラに当たるはずもない。
そこにハートが口から破裂寸前のゴム風船を吐き出し、爪で破裂させた。
その小ささからは思いもよらぬ大爆発が入道と赤帽を巻き込み、爆風で散り散りに吹っ飛ばされる。そして爆風の中からは平然とした顔でエイルズレトラとハートが顔を出して、再び空へと駆け上がっていく。
爆風で吹き飛ばされた赤帽は倒れたままアスファルトを滑り、勢いが止った時には動きも止まっていた。だが入道は手をアスファルトにつけながら滑り、上を向く。
「止まって!」
そんな入道の1体へ六実が駆け寄り両手を前に突きだすと、地面から伸びる鎖が入道を縛り上げた。
そこに襲い掛かる赤帽だが夢野が立ち塞がり、斧を左腕で挟み込むように受け止めると、刃先をアスファルトに擦りつけたまま右手に持ったツヴァイハンダーが、揺らいだ。
甲高い高音が一瞬、響く。
赤帽の上半身だけが、どこかへと飛んでいった。
(ああ、これなら少し抜けますか)
ハートを残し、1人先に洋館の側に降り立ったエイルズレトラが、あっさりと開いた窓から侵入する。
そしてゲート内部らしくない雰囲気に、エイルズは眉をひそめた。
「どこからでも入れてしまい、内部は普通の建物、それに――」
廊下を走り再確認するが、間違いない。
「何の影響もなさそうですねえ」
身体は軽いままである。耳に入ってきた声と正面玄関にたたずむ2人の人物を見つけ、足は加速する。
「あ――」
「すぐこの場から離れて、窓から逃げますよ。こんな所から出ては、すぐに追いかけられるのが目に見えていますからね」
物騒な音が聞こえる方から逃げるように来た道を戻っていくエイルズレトラの後ろを、スズカと理子が追かける。
「何がしたかったのか知りませんが、その結果自分達の命を危険にさらし、我々に余計な手間をかけさせ尻拭いをさせられました。それが今回の君の成果です。
スズカ君、自分の我儘を我慢しろとは言いませんが、我儘を通すにはそれなりの力が必要なのです。君はまだ弱い、我儘を通すにはまだ早いのです」
走りながらエイルズレトラの辛辣な言葉に、スズカは何も言い返さない。
「何かをなしたいのなら、さっさと強くなりなさい」
後ろへ目を向けスズカを見るが、その顔に浮かぶのが腹ただしさより悔しさである事に肩を小さくすくめた。
そこで気づいたが、理子だけ息を切らし、身体を重そうにしている。ここの影響だとエイルズレトラにはわかるが、理子の事を知らないだけに、何故なのかわからなかった。
かと言って大丈夫ですかと声をかけるわけでもなく、走りながら窓から門の様子を窺っていると、もうほとんど決着つきそうな気配に入ってきた窓から外へと脱出する。
スズカと理子の2人も外へ出たのを確認すると、光信機を手に持った。
「西側の石垣から出ますので、そちらで合流しましょう」
光信機から夢野がわかったと告げ、「あっちにも知らせておく」と返事が返ってくるのであった。
●この一矢は真っ直ぐに
(さて、アルテミシアを止めに来たにしても、空からの遠距離攻撃に対抗する手段を私はほぼ持たないが、どうしたものかな。
まともに立ちあえば棒立ちしかできない……律儀に降りてきてくれるとは思えないし、どうにかするしかないな)
空で金色の髪をなびかせるアルテミシアが、すでにはっきりと見える。そしてふと、日菜子はその横の校舎に目を向けた。
「少しの間、参戦できないが、大丈夫だろうか」
「さて、な。問題ないとは思うのだ、が」
「今できる全力を出すというなら、アルは止めない」
アスハとアルジェの回答に日菜子は頷き、アルテミシアではなく校舎へ向って全力で走っていく。
「似たような能力を知っている。応用すれば対処も……」
「似ているだけであれば、別物と思っておくべきだろう、な。今回で見せてもらう、が」
走りながらアスハの左手からは蒼い燐光が漏れ始め、アルジェは翼を広げゴーグルを付けながら空を飛んだ。
アルテミシアの矢がアルジェへ飛んでくるが、盾で受けて軌道をそらし、足をかすめていく。
「しっかりとした顔合わせは初めまして、か」
挨拶代わりに左手をかざすと、蒼く輝く光の雨がアルテミシアに降り注ぐ。
アルテミシアが横に向けた手を頭上に掲げると、手より少し上のところの光雨が曲がり手へと集まっていき、滝のように束となって流れ落ちていく。
(もっと広範囲の収束ができたはずだが、しなかったというのは範囲を狭めて収束力も高めたの、か)
「僕個人としてはゲートに興味ないのだが……どうやら困る人間もいるみたいで、ね。少し、付き合ってもらおう」
「付き合う義理はないがな」
「付き合ってはもらう」
アルジェが脚甲でアルテミシアの横顔を蹴りつけるが、右の籠手で防がれ、すぐに離脱する。それを追う様に射られた矢を、脚で払い落としたはずだった。
踏ん張りの利かなかったアルジェは矢に吸い寄せられ、脇腹に矢が突き刺さる。
血の滴る脇腹を押さえて後退するが、何かに気づいて前へ出るそぶりを見せた。アルテミシアの視線がアルジェに注がれる中、学校の屋上に熱風と陽炎が一直線に伸びていった。
空を跳び、炎の拳を纏った日菜子がアルテミシアの真横に。
「落ちろぉ!」
打ち下ろした拳が頬を捉えたが、同時にアルテミシアの蹴りは日菜子の後頭部を捉えていた。反発する炎はアルテミシアを弾き飛ばして地面へ叩きつけ、日菜子は後頭部を押さえたが回転して体勢を整えると、重力に従う。
アルジェが肉薄し、アルテミシアが身を起こしてアルジェへ向けて弓を引こうとする。だがその前に突如としてアスハが現れ、手を怪しく蠢かせた。
目を細めたアルテミシアが弓を引くのを止め、右手を前に突きだしたが、アスハの手から伸びた糸はすでに弓へ絡みつき寸断していた。弓を腰の後ろに戻す。
そして右手にアスハが引き寄せられる。
「やはりそうくる、か」
力に逆らわず弧を描くように流れに乗るアスハが、力の収束を感じる右手の矢を糸で細切れにする。しかしすぐにくっつきあい、周囲では黒い砂嵐が渦巻く。
(目隠しか?)
アルジェは砂嵐を突っ切って蹴るが、硬い感触。それに危険を感じ、上昇する。
入れ替わりで落下してきた日菜子が砂嵐に突入し、肉体を一瞬オーバークロックさせたアスハも赤い軌跡を残し、高速で糸を飛ばしていた。
だが黒い棒で振り払われ、身の危険を感じたアスハが藍色の包帯で右拳を包み、備えた。
下から跳ねる黒い棒が脇腹に当たる直前、右拳で受け止める。砕け散るほどの勢いで振るわれた棒に右手は嫌な音を響かせ、脇腹に手をめり込ませ、アスハが横に飛んでいく。
地面に転がりながら咳き込むアスハ。手についた黒い物体を見て、正体を察した。
「炭素、か」
「アルテミシア!」
日菜子の拳を交差した腕で受け止め、そのまま伸ばして日菜子の襟をつかみ地面へと叩きつける。
叩きつけられたが地面に両手を着き弧を描いた脚が、アルテミシアの顔を狙った。腕ですくいあげるように払い日菜子を少し浮かせると、腹へ肘を突き入れる。
腹で受けながらも肘を両手で挟み、腕関節を取ろうとしたが先に引き戻され、身体を捻って地面に着地する日菜子。
「無手もやるのか、あんたは」
「兄の様にプロレスはできんが、真宮寺に戦い方を教えたのは私だぞ」
「――どうやらスズカとの合流ができたらしい、な」
夢野からの連絡をアスハが聞こえるように伝え、聞こえはしたのだろうが、2人は動かない。
日菜子は覚悟を決め、鋭く短い息を吐き出して四肢に炎を宿し、アルテミシアへと肉薄する。
それまでよりも早い拳になんとか初撃を払いのけたが、右の下段蹴り、左の後ろ回し上段蹴り、そして右の正拳突きにはまるで反応できなかった。
だが最後の正拳突きに合わせて掌底を突き出し、日菜子の顎をはね上げる。
日菜子の四肢から炎が消え、地面に膝を着く。血を流すアルテミシアはこめかみを押さえ、右手に黒い玉を作り出して動けぬ日菜子の顔に投げつける。
かろうじて動く左手で受け止めたが後ろへ倒れ込み、その隙にアルテミシアが走って離れていく。
アルジェとアスハが動き出そうとしたその時、「そいつらの足止めをしろ!」という声に伏兵か涼子の存在を警戒した――が、そんな気配はない。
「ブラフか……この距離を追いかけるにしても、深追いは禁物だ」
「向こうは鼻から僕達と最後まで戦うつもりはなかったんだろう、な――そんなわけでそっちに天使が向かった、ぞ」
●折れぬ一矢
石垣の上に座って足をブラブラさせるエイルズレトラの下で、スズカと理子に背を向け、警戒している夢野。そして六実がスズカへ繰り返し怒っていた。
「もう、スズカちゃん! 心配かけるのがそんなに楽しい!?」
「いや、そんなことは……」
いたたまれない気持ちになった理子が夢野の袖を引っ張るが、見ようともしない。
「……悪い、理子さん。今は何か喋る気になれない。
戦場では1人のルインズブレイドと1人のディバインナイト、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、撃退士として言っておく」
一呼吸。
「生きて帰る為に、全力を尽くせ」
それを言ってから、怒気をはらんだ目をスズカに向けた。
「おい、そこの半天半魔。お前の軽率が俺の恋人を殺しかけたんだ、分かってるのか――『必死だった』何て言い訳は聞かねぇぞ。
感情を御せない撃退士は、人を殺すぞ――何てな、冗談だ。だが、失敗を犯したのは事実として受け止める事だ。何度も失敗を許してくれる程、実戦は優しくないからな」
冗談のつもりは全くない。だが理子の前でそれ以上強く言うのもためらわれ、頭を抱える夢野。袖を掴む手が震えていて、理子がどんな顔をしているのか、見る勇気がない。
(……理子さんの無鉄砲ぶりにも、頭が痛いが――何も言えんよ)
「弓使い同士が屋内で戦うとは思えないと思っていたが、やはりいたか――いいザマだな与一」
血だまりに倒れている与一へ日菜子が声をかけると、うっすらと目を開けた。
何も言ってこない与一の腕を取り、無理に立たせると肩を貸す。
「このまま豚箱にぶち込んでやりたいくらいだ――だが今の私は撃退士であり、あんたとの決着を望むスズカのせ……」
日菜子が言葉を飲み込み、しばらく逡巡したのち「……スズカの何なのだろうな、私は」と弱々しく呟いた。
血で濡れた与一が口元に薄ら笑いを浮かべ、自らの足で立つと日菜子から離れる。
「さしずめ、苦悩するヒーローってところですかねぃ……へっへ、まああれですさ。先に生まれたモンが偉いってわけじゃねえんですがね、先に生まれたんなら人生の先輩面して少し照らしてやりゃあいいんですよ。
それでも悩むくらいなら、聞いちませぇな。自分がなんなのか――」
校舎の壁を登っていき、言いたい事を言って去っていく与一。
目で追い、日菜子はポツリと「軽く言ってくれる」と漏らすのであった――
【天王】三矢・破 終