依頼を見るなり、誰かが言った。
「これは、俺が行くべきだな――否、行かなければならん」
「褌といえばスース(師匠)とあたしのでばんっすね!!!
全ては褌に始まり褌に終わる! そう! つまりはこの世すべての褌っす!!!!」
そう。これは褌の戦いなのだと、己が使命を全うすべく――
●ああそらはこんなにあおいのに
物憂げなその目は青い空を映し、鼻孔をくすぐる潮風に「まだ夏だなぁ」と思いつつ髪をかきあげる、大人しそうで儚げな美少女、猫野・宮子(
ja0024)。
だが褌だ。
今すぐ帰りたい気分だが、猫耳を付けて、尻尾もつけているからこそ、なんとか心が耐えられる。
けど帰りたい。
(うう……入る依頼を間違えた気がするんだよ)
「嬢ちゃん、似合うぞ」
「あ……どうも……」
船長に褒められ、ぺこりと頭を下げる。
「嬢ちゃんあれか、天使とか悪魔ってやつか」
「魔法少女、だよ」
その説明で納得した様子の船長が、「初めて見たぜ!」と笑う。理恵が宮子の肩に手を置いて気の毒そうに首を横に振ると、宮子はがっくりと首を垂れるのであった。
腕を組んで他のメンバーを待っていると、いたずらな潮風が船長の褌を揺らし、これから始まる熱き戦いが待ち遠しいと言わんばかりに激しくはためく褌がようやく収まった、その時。
――奴らは来た。
熱せられたアスファルトが作り出す揺らめいた大気の先から、ゆっくりと歩いてくる大柄な男と、その両脇には2人の少女。
前垂れの部分に漢の文字が描かれた白い質素な褌の、ニオ・ハスラー(
ja9093)。
前垂の部分に銀色に輝く天の川が描かれた黒い豪奢な褌の、東風谷映姫(
jb4067)。
前垂れの部分に忍の文字が描かれた白い質素な褌の、矢野 古代(
jb1679)。
歩いている所が国道の歩道で、その両脇には民家がずらりと並んでいるそこを、たとえ住民から奇異の目で見られようとも、恥ずかしげもなく堂々と歩いてやってくる。
むしろ宮子の方がいたたまれなくて視線をそらしてしまうほどなのだが、船長は微動だにせず、3人から視線を逸らすことなくじっとその場にたたずんでいた。
古代と船長の距離が縮まり、互いに向かい合って止った。
暑苦しい空気の中、船長が口を開く。
「……あんたが、そうか」
その瞬間、2人の間に割って入るニオ。
「ここにおわす方をどなたと心得るっす!
褌の中の褌NIST、褌神に最も近しいと言われる男! 矢野古代っすよ!」
「あ、すまんニオ女史。俺は王であって神ではないんだ」
ニオの肩に手を置いて振り返らせると、再び肩に手を置いて諭す。
「神だったら、人々を褌に導く事が出来ないだろう? だから俺は王でなければいけないんだ」
「なるほど、さすがスースっす!!」
納得してもらえた様子に古代が肩から手を離すと、ニオは船長に向き直る。
「あたしたちが来たからにはもう大丈夫っす! 真なる褌の主たるスースの力を持ってすればあんな敵、おちゃのこさいさい褌で茶を沸かすっす!」
きっと本人もよくわかってない口上を垂れるニオが両手を掲げ、拳をぶんぶんと振り回すと、古代の小さく低い笑い声が徐々にカモメも逃げ出す大音量の笑い声へと変化する。
ニオを後ろに下げさせると、古代が天に向かって両手を広げた。
「そう、 俺 が 来 た !
夏と言えば褌
海と言えば褌
漁と言えば褌
そう、時は正に ふん どし の 季節!(一夏の恋)」
いちいちポーズをとるのが腹立つとか近くで見ていた理恵は思わなくもないが、正直関わりたくなかったので口に出さないでいた。
「であるならば俺が来ないわけがない。俺が来なければ始まらない! そうだろう我が弟子、ニオ・H(褌)・ハスラー女史!」
「さすがっす! それでこそスースっす! スースが来なければ始まらないっすー!」
「無論、褌は自前だ!」
「もちろんあたしの褌もマイ褌っす! あたしの一張羅っすよ!!!」
華麗にはためく褌を見せつけ、2人してドヤ顔である。どこかに殴るのに適した石はないかと理恵が辺りを見回すほど、見事なドヤ顔であった。
「あまりにもたくさんありすぎて、どれにしようかと迷ってしまい遅れてしまった事を謝罪しよう。
だが真の褌二スト(ふんにすと:褌装着主義者の事を指す。造語。)は依頼に関して誠実、迅速、褌! この褌王が来たからには、もはや、約束された勝利の褌!!」
腕を後ろに回し、足を肩幅にまで広げて、まさしく拝聴というポーズのニオが「うっす! うっす! まさにそうっす!さすがスースっす!!」と、声高らかに賛同する。
「最期の最期でボケるために過程だけはがっつりとこなすのが、褌と、爺さんの腰とか名誉の為に良い事だろう……!」
「なるほど、さすがスースっす!」
腕を組んで水平線の向こうへ眼差しを送り、演説を締める古代。ニオが必死にメモを取るほど感動したようだが、船長は眉一つ動かさない。
そんな船長がやっと、口を開いた。
「――あんた、褌を洗う時は」
「むろん、手洗いだ」
たったそれだけの質問と返答だが、2人の漢はがっちりと握手をかわす。
ニオが「なるほど、手洗いっすね!」と、そこもメモを取っているのだが、実は娘に「父さん、下着に洗濯機は使わないでよね」と言われ、哀愁漂う背中を娘に向けながら風呂場で洗っているというだけに過ぎないとは、言えない。
古代とニオと船長の熱い会話がようやく終わったのかと、理恵は石を探すのを止めて3人へと目を向けるのだが、ふと、横にずっといるんだろうなと思っていた映姫がいない事に気づいた。
どこへ行ったのかと辺りを見回すと、すぐに見つかる。
「ほらほら、緩んでいると危ないですからね〜。1回ほどいて締め直してあげますよ〜」
鼻息を荒くしながら、宮子の褌とさらしの中に手を滑りこませている、映姫の姿。宮子は顔を赤くし、必死に声を漏らさないようにしながら、さらしと褌を押さえて死守していた。
「大 人 し く――」
全力疾走の理恵が両足をそろえて、跳躍。
「乗れ!!」
助走と全体重を乗せた蹴りが映姫の横顔にクリーンヒットし、綺麗に船までぶっ飛んでいく。
「えっと、大丈夫? なんならあれだよ、私みたいに残ってもいいと思うけど? ケダモノと一緒ってのも危ない気がするし」
「でも参加した以上は……魔法少女、頑張るにゃん♪」
もともとスイッチが入ると性格が変化するだけなのだが、それが健気にも強がっているように見えて、理恵は宮子の手を握りしめ「がんばって……!」というより他なかった――
●褌よ、永遠なれ
「フッ……海が呼んでる……」
妙なこだわりでもあるのか律儀にみんなに合わせ白褌を締め、腕を組みながら片足を船首に乗せてカッコつけていた映姫。その直後、大波に吹っ飛ばされて海に落下した。
すぐに命綱が巻き取られ始め、海面に顔を出した映姫が「顔! 沁みる!」と腫れた顔を両手で挟みながら、船へと引っ張られてくるのだが、映姫の命綱に古代が銛を突き立てた。
「おいおい、嬢ちゃんが流されてくぞ」
「褌ディアン(ふんでぃあん:コメディアンの事か。造語)はお約束を怠らないのだ」
「なるほどっす!」
3人がワイワイやっている間に、宮子が「なるべく離れて使えるようにこの銛にするにゃー」と、我関せずとでも言わんばかりに打ちこみ銛を手にするのだった。
停泊した数分後、自力で戻ってきた映姫はフラフラとしていたが、宮子やニオの褌を見て元気に命綱と己の褌を締め直した。そして手にした銛を甲板に立てると、柄尻に顎を乗せてうっとりした顔で宮子とニオの尻を眺めていた。
「しかし、やはり褌はいいですね〜。世の中の女の子全員の下着が、褌に変わってしまえばいいのに……」
「うむ。人類すべてが褌であれ――」
映姫のそれとはだいぶ意味が違うが、古代が拳を握りしめて同意している。
そんな少し和やかな雰囲気だった船上だが、4人の表情が途端に引き締まった。
「どうした、お前ら」
船長が問いかけると、空が急に暗くなり、波が激しさを増してくる。
この異変に船長も理解したらしく、すぐに止めていたエンジンを始動させた。
「――くる!」
映姫の鋭い声。
その直後、ヤツが高々と海面を跳び、舩の上を通過していく。
「出たにゃね! マジカル♪シュート食らうにゃ!」
宮子の打ちこみ銛がケートスの白い腹に突き刺さるが、さすがにこの程度では怯まず、海の中へと消えていく。
今のうちにと古代が打ちこみ銛を持てるだけ持ち、ニオも両手でしっかりと銛を持つ。
「元気なうちは銛を当てるだけで精一杯だ! 故に確実に深く一撃を与えるためには、弱らせることが肝心かなめの12尺褌!!」
「鋭く! えぐるように! 褌を穿てっす!!!」
シュッシュと拳を突きだすニオの横で、映姫が「う!」としゃがみ込んだ。
「どこかやられたのかにゃ!?」
「……顔の傷が、痛んだだけですよ」
「褌ぱわーよ! 今ここに蘇るがいいっす!」
ニオの手が映姫の頬に触れると、みるみるうちに理恵がやってしまった腫れが引いていく。
「ありがとうです。お礼に揉――」
「ヤツが上がってくるぞ!」
船長の声が映姫の声をかき消し、船底の海面がせりあがってくる。全速の船は何とか転覆を免れたが、大口を開けたケートスに後ろを取られてしまった。
どんどん追い上げられてくるその時、映姫がケートスに向かって甲板を跳ぶ! という直前、滑って豪快に尻から跳んでいく。
――パクリ。
ケートスの閉じられた口から、まるで人魚の様に映姫の上半身だけが出ている。そしてシャチがするように、ケートスは口に挟んだ映姫を投げ上げた。
水着だったら今頃スルリと、モザイクをかけなければいけない事態だったかもしれないので、褌は偉大である。
この間に古代は打てるだけ銛を打ちこみ、空高く投げ上げられた映姫は銛を構え直す。
「天祐は我にありぃぃィィイイ!!」
――パクリ。
一直線に口の中に落ちていった映姫は今度こそ、飲み込まれていった――否、口の先から手だけ出ていて、親指を立てたままケートスもろとも海へ沈んでいった。
「命綱だ!」
「うむ!」
船長の声に応え、古代が映姫の命綱を切る。
「おい!」
「褌ディアン、嘘つかない!!」
やり遂げた顔の古代。
「前方に回り込まれたにゃ!」
宮子の言葉通り、船が進む正面の海面が盛り上がってきた。
船長が回避しようとしたその瞬間、古代が叫ぶ。
「爺さん! いまだ! その股間に締めた褌の白さを賭けろ! 近付けええええええ!!」
褌の叫びでも聞こえたのか、船長は舵を切らず、ケートスへ真っ直ぐに向かっていった。
「そして君達もちゃんと銛もって――海にダイブしよう!」
容赦のない古代の蹴りが宮子の背中を押し、そしてニオを船首へと走らせた。
「にゃ!? バランスが……!?」
舩から落ちた宮子だが、「でも海に落ちても僕は大丈夫にゃー」と水上を走って前へと向かっていく。その姿に古代は悪党のような舌打ちをする。
一方、船首へ走っていったニオはスースの言いつけを守り、船首から跳ぶ!
「あ、バカヤロウ!」
船長叫んだのはなぜか――その答えはすぐにわかった。
ニオが「うおぉぉお!」と叫んだ直後、その背中に船首がぶち当たり、階段でも降りれそうなほど背中が反れる。
背骨が折れたのではというニオだが目をカッと見開かせ、上半身を起こした。
「世界中の褌パワーよ! あたしに力を貸して欲しいっす! どりゃああ!!」
「今ゆくぞ、我が弟子よ!!」
きっちりと全員の命綱を切ってから、ケートスが顔を出すタイミングに合わせて古代も船首から跳んだ! ニオも船首を蹴った!
――パクリ。
ケートスの口の中へ、完璧に自ら飛び込んでいった2人であった。
海の上を走ってきた宮子が止まると、ケートスが口を開け、最後の獲物を飲み込もうと近づいてくる。
「このままだと食べられちゃうにゃ!? あ、でもこれなら確実に当てられるのにゃ。引きつけて……お口の中にどーんっにゃー!」
飛びこまず、タイミングを計った宮子の銛がケートスの開けた口に突き刺さり、ケートスが鳴き声を上げる。そして気のせいではないほどケートスが弱まっていると、宮子は気づいた。
「かなり弱って来てるにゃね! そろそろ止めにするのにゃ! 猫のミャーコのぉぉぉぉ!」
開いた口から「チクチクしちゃうぞ〜」とか「うぉぉぉっす!」とか「褌は負けんぞ!」とかそんな声がしているが、波の音で宮子には聞こえない。いや、聞こえなかった事にしたのかもしれない。
神々しく存在感の増した宮子。
そしてその銛が、七色に輝く。
「超必殺・マジカル♪レインボーシュートにゃー!」
宮子の手から放たれた銛は七色の尾を引き、ケートスの口の中へと飛んでいった。
七色の銛が打ちこまれたケートスは今度こそ、悲鳴のような鳴き声を上げ垂直になると、3人を飲み込んだまま、海の中へ落ちるように沈んでいった。
沈んでいくケートスに向け、船長が敬礼する。
「いつか、地獄で会おうぜ褌同志――」
●死んでないから!!
舩が帰ってきて、宮子1人である事に驚いた理恵が信じられないという顔をしたのだが、海に浮かぶ3人を遠目に発見するとすぐ海に飛び込んで、ごつごつとした岩ばかりの海岸に3人を引き上げた。
「船長さんは矢野さんお願いします!」
そう言うと理恵は息を吸い、映姫に唇を重ねて息を吹き込む――までもなく、映姫は水から海水を吐きだし、そしてほぼ無意識に理恵の尻を触っていた。問答無用のヘッドバットが映姫を襲い、再び昏倒する。
そして古代は――残念な事に自力で海水を吐き出す前に、船長の熱い接吻を受けていた。
海水を吐き出す古代。そしてニオも海水を吐き出して、意識の戻った2人は空に向けて親指を突き立てる。
「へへ、やっぱり褌は――最高だぜええええええ!!!」
「褌よ永遠なれっすーーー!」
そして2人は満足げな笑みを浮かべたまま、パタリと――
「帰らない人となるんだにゃ?」
小首を傾げて怖い事を言う。
「いや、3人とも生きてるから。私も下手なりにライトヒール覚えたんで、とりあえず怪我の類は全部治せるけど……とはいえ溺れていたわけだから、ちょっと入院の必要はあるだろうね」
意識を失っていても理恵の尻を怪しい手つきで撫でまわす映姫。その腕に肘を落とし手を引き離して、理恵は立ち上がると、宮子に笑みを向けた。
「ま、とにかくこれで――」
「一件落着にゃ!!」
宮子がビシッと、蒼い空に向けてポーズを決めるのであった――
ただし! ふんどしのみだ!! 終