●出撃直前
「今回は……ゼノン・ファルケで迎撃ですね……艦からあまり離れると簡単に落とされるでしょうし、手数を増やしていきますか」
隼のような機体『ゼノン・ファルケ』の仁良井 叶伊(
ja0618)――ここでは坂井 隼と名乗っている――はいつもより多く、翼にビットを搭載していた。
(これをローテーションして、間断なく運用していきたいですね)
「出撃準備ができ次第、出撃します」
龍仙 樹(
jb0212)がAB6号機を見あげ、そしてせわしない整備士達へ「手伝います」と申し出る。
設計開発に携わった隼や、そういう性分の樹だけが出撃準備の手伝いをしているわけでもなく、雫(
ja1894)も黒一色で小型の機体『ニーズホッグ』の調整に余念がない――というよりは雫のためのニーズホッグではなく、ニーズホッグのための雫なので、それは当然とも言える――が、これは機密事項であるため、他から見ればやや無口だが幼いながらにしっかりしたパイロットである、という風にしか見えない。
それぞれが急いで準備をしている中、箱の上で寝ながらに伸びをしている不破 十六夜(
jb6122)は「がんばって〜」と応援するばかりで、ごろごろしている。
それでも一番最初に仕上がったのは蒼のカラーリングで統一された中型機、十六夜の『ノルン』だった。
「もうできちゃったかぁ。ボクのは単騎で戦うようなのじゃないから、みんなの後に出たかったんだけどなぁ……まあいいや、しかたないしノルンで出るよ」
やれやれと箱を蹴って、無重力遊泳しながら真っ直ぐコックピットに収まると、十六夜はノルンで出撃し、そのすぐ後に樹も「よし、私も出ます」と、すぐに出撃。
続けざまに、ニーズホッグがカタパルトへと乗る。
「ニーズホッグ、雫――出撃します」
黒き龍の如きニーズホッグは、漆黒の宇宙空間へ飛び立っていった。
残されたゼノン・ファルケと隼だが、こちらもようやく仕上がったのか、隼がコックピットへと乗り込んだ。コックピットのモニターを通して目の前に広がる宇宙空間と、その奥で輝く太陽に目を細める。
「さて……太陽が眩しいですね……いきますか」
イオンノヴァドライブを起動させると、黒一色の宇宙へ白地にライトブルーの機体が飛んでいくのであった――
●迎撃せよ、明日のために
ノルンが細かな結晶をばら撒き、気づかずに踏み込んだステラ数機の動きが鈍くなり、その動作も錆びついたように思える。
「ウィルスチャフ、の、効果、は、ばつぐんだ!」
鈍らせている間にビットを飛ばし、スナイパーライフルを撃ち続けるのだが、それでもなかなか怯んでくれない1機がノルンへと向かってきた。
ノルンの手からワイヤーのようなものをしなやかに伸ばすと、近づいてきたステラへ鞭のようにしならせ叩きつけるように振り下ろす。
宇宙空間で視認するのが難しい、鞭の直撃を受けたステラ。身体中に纏わりついた鞭の先端から電撃が流れ、火花を散らしてその動きを止めた。しかし、トドメにはなっていない。
しかも他のステラが接近戦をやめて遠距離から壱番艦を狙ってくるので、シールドで受け止めるのに大忙しである。
「誰か来て〜、ボクの火力じゃ太刀打ちできないよ〜」
「翠玉の一閃、受けてみなさい!」
翠の閃きがステラのコックピットを貫いた。
そしてソードランサーを引き抜き、火花の散るその穴へバルカンを撃ちこんで爆発を誘発させて、動きの鈍いステラへ蹴りつける樹機。
ステラの爆発に巻き込まれ、爆風に翻弄されるステラが隣のステラと衝突し、そこに樹機は肉薄。ソードランサーが白く輝く。
「煌びやかな星の、瞬きの様な白光の一撃を喰らいなさい!」
一回転させて勢いをつけると、叩きつけるようにソードランサーを繰り出し、2機の胴体をまとめて貫いた。
離脱した樹機を、爆発の光が照らす。
「各TBCパイロットへ。なるべく時間を稼ぎます、出来るだけ壱番艦の加速を最優先にしてください!」
「よかった〜。それじゃボクはボクの仕事をするよ〜」
ノルンの中で十六夜が二パーッと笑うと、神経を研ぎ澄ませた。
敵機の位置を探知、ついで味方機の情報を収集。そして情報処理に特化した――いや、もはやそのための存在に等しいので、動くスーパーコンピューターに等しい、ノルンの演算能力を駆使して敵の動きを予測し、それをリンクシステムで各機へ共有する。
十六夜のこめかみを鈍痛が襲うが、そこは我慢。
「みんな、がんばって〜」
樹機の手甲や武器へ電磁強化を施し、自身は下がり気味に壱番艦へ寄り添う。
人任せにして応援する姿は反感を買うかもしれないが、仕方ないとしか言えない。ノルンの演算は十六夜の脳を使っているようなものなので本人の負荷がひどく、相当な苦痛を伴っているのだが、十六夜は表情に出す事をしない。
(ボクはノルンのCPUだからね。泣き言を叫んでも、別のパーツに乗せ換えられるだけだもん)
「位置情報確認……応戦します」
ノルンからの情報を元に、ニーズホッグが狙いを定めた。
雫の脳波で動くビットが、人の反応速度では処理しきれないほどの高速で動き回り、ステラを取り囲むように動き回り、当てながらも逃げる先を誘導していく。
「ここです」
複数がまとまったところでニーズホッグの全身から三日月の刃がいくつも射出され、それがステラをまとめて刻んでいった。
刻んでいる間にもビットは次の標的を定め動きだし、まるでひとつひとつに生命が宿って自立しているかのように、全て同時に展開されていく。
(遠隔操作であれだけの動きが、できるものなんですか)
ゼノン・ファルケもハチドリのような形状をした、ビットにあたる機動式ビームガン『ジ・ツイータ』を10基展開しているが、ある程度が自立式である。それ故にその軌道は機械的な思考が強いのだが、ニーズホッグのビットはそれこそ縦横無尽に動き回り、全てを捜査しているようにしか見えない。
「まあ役割としては十分なのですが」
ジ・ツイータで牽制して行動を狭め、そこに上から三番目で主翼側の一番内側にある大型イオンノヴァドライブの二基をジェネレーター直結式の荷電粒子ビーム砲『アル・ウーファー』で狙撃する。
だが射程は向こうとかち合ってしまっていて、こちらが撃てばだいたい向こうも撃ってきていた。
機体の周囲に飛ばした簡易断絶フィールド式シールド『スコーカ・バリア』をビットと同じ要領で操作して、それを受け止める。いや、受け止めるというよりは弾いて軌道をそらすと、そこから離脱する。
「あまり頑丈なほうではありませんから」
「こうも数が多いと厄介ですね――おっと、そちらへは好き勝手させませんよ?」
樹機が強化手甲にビームを纏わせ攻撃を弾いてバルカンで牽制すると、壱番艦に近づこうとするステラへ手甲で攻撃を捌きながら接近し、ソードランサーの一撃。
胴体を狙ったそれが腕をもぎとるしかできなかったが、反撃をされる前に裏拳の要領で手甲を打ち付けステラを半回転させる。
そこにジ・ツイータが追い込むように割り込み、振り返ったステラをスコーカバリアで押し込んで背中から壱番艦のバリアに押し付けた。
「ようこそ、そしてさようならです」
挟まれて身動きの取れないステラへ、待っていましたとゼノン・ファルケが零距離からのアル・ウーファーで貫く。
撃墜して一安心も束の間、ゼノン・ファルケはイオンノヴァドライブから蒼いプラズマを噴き上げ、光の尾を引きながらこれまでよりもさらに加速して戦場を駆けていった。
(少し危険を冒してでも、そろそろ遊撃に回らないと厳しいですね)
「やらせませんよ!」
ゼノン・ファルケの先にAB改達がいて、そこを分断する様に縦断するのと同時にジ・ツイータを展開して置いていく。単独で相手するにはさすがに厳しいと判断したのか、ジ・ツイータでその動きを牽制しながら高速で離脱し、離れながらもアル・ウーファーを放つ。
それがかわされるのは予測済みで、かわした隙にジ・ツイータを張りつかせてビームで穴を開けさせて機体の内部にその先端を刺しこませると、電流を流して回路にダメージを与えるとともにハッキングしてその動きを一斉に止めさせた。
「あ、今ならボクでも当たるね〜」
動けないAB改へノルンがスナイパーライフルを乱射し、動力機関部を守る装甲を少しでも削る。
「ロックオン、完了」
どこからか聞こえた、雫の声。
ステラの残骸、その影から幾多ものミサイルが飛び交い、AB改の動力機関部に集中していく。爆発が爆発を呼び、さらに大爆発を起こしてAB改は相当な損傷を受けていた。
だがまだ足のバーニヤで動けはするのか、ゆっくりとだが壱番艦を離れ、旗艦へと向かっていく。
「追う必要はなさそうですね」
ぬるりとステラの影から現れたニーズホッグの視界に、高速で壱番艦に接近する影があった。
「どけい! ワシが蹴散らしてやるわい!」
その前に躍り出る樹機。機体からは極限まで高められたアウルが溢れ出し、それが騎士の形となって樹のAB6と重なり、剣が具現化する。
YDの剛剣を受け止めた。
「この機体と私が居る限り、壱番艦には触れさせません!」
「小癪な! 命を燃やし尽くすつもりか、人間よ!」
「大切な人達を護るために必要とあればそれをするのが、人間です!」
単純な質量差もあって押されはするが、溢れるアウルがさらに増大してYDの勢いをさらに弱める。樹機の後ろにノルンが張り付き、「ふぁいっとー、いっぱぁ〜つ!」と押し返そうとする。
ノルンのビット、それにニーズホッグのビットがYDを取り囲むのだが、高プラズマの黒い人魂がいくつも出現してビットの攻撃を飲み込み、体当たりデビットを破壊していく。
「邪魔だ、小童!」
YDと樹機の間に高エネルギーが集約していくところへ、ゼノン・ファルケが突撃し、その集約されたエネルギーにフルドライブさせたアル・ウーファーを密着して、エネルギーが放たれると同時に放っていた。
撃ち貫くつもりだったが、相殺されたエネルギーが宇宙空間へ亀裂のように飛び散っていく。それがゼノン・ファルケや樹機の表面を焦がしていくが、それでも直撃を受けるよりずっとましである。
「これで互角ですか……っく!」
ジ・ツイータでステラを近づけさせないようにしているが、それでも飛んでくる攻撃に、YDへ全神経を集中していたゼノン・ファルケは被弾してしまう。
(このままではジリ貧で押されてしまいますね――)
YDを無理に倒さず、AB改の様に撤退させることは可能かもしれないが、それには全機で挑まなければそれも難しそうである。そして全機YDに向かってしまえば、壱番艦の防衛がTBCのみとなり、ただでさえ現在でもギリギリの状況であることから、圧倒されるのが目に見えている。
雫の胸中に予感にも似た不安がよぎり、あまり感情のないその瞳は太陽に向けられる。
太陽を背負う、敵本隊。現在の戦域もあまり安全とは言い難い――ならば。
ニーズホッグが壱番艦から離れ、多少の被弾も目を瞑り、とにかく真っ直ぐに全速で敵本隊へ……いや、その後ろの太陽へと向かっていた。
「質量……エネルギー……火力……今のニーズホッグでは少し、足りませんね」
過去、テロリストの所有物であった時代の、戦局すら変えるほどの性能があったあのニーズホッグなら、ここまでしなくても上手くいっただろうが、自分の身の安全と整備の観点からグレードダウンしたニーズホッグでは、残念ながら一歩が足りない。
『大切な人達を護るために必要とあればそれをするのが、人間です!』
そこまでして護りたい人がいるわけでもない。ましてや今の自分を、果たして人間と呼べるだろうかと、自問する雫。
――だがそれでも、すでに決めていた。
「上手くいけば良いのですが……」
アウルをすべて出し切るつもりで開放し、ミサイルヒュドラを全弾、太陽の一点に向けて撃つ。そしてミサイルを両手でつかみ、自身の全速で太陽へと向かっていく。
コックピットを蹴って、宇宙空間へと飛びだす雫。
その直後、太陽の表面で大爆発――太陽の表面が歪むと、そこから恐ろしく巨大な龍の如き火柱が立ち上り、暴れ回る。
「プロミネンス――!」
「TBC隊の皆さんは壱番艦へ撤収してください!」
「あ、ボク達はアウルで護られてるからとりあえず大丈夫〜」
隼、樹、十六夜の声が通信で流れ、そこに割り込む「あの小娘め!」というブライの声。
アウルで護られているわけではない天魔軍は戦艦も兵もプロミネンスに飲み込まれ、塵一つ残さず次々と散っていく。ブライが旗艦へと戻っていったが、時すでに遅く、その旗艦すら飲み込まれ消滅する。
短くも長い龍の乱舞はやがて収まり、そして戦場は、静寂に包まれたのであった――
●勝利、したか?
「YDの反応、なし。こちらは――ニーズヘッグの応答がありません」
オペレーターの言葉を受け、席に沈み込む理恵艦長は「帰艦命令を」と一言つぶやくだけだった。
「……生き残りを鹵獲後、帰艦します」
まだ多少は余裕のあるゼノン・ファルケが、プロミネンスの被害を免れはしたが、一瞬にして全滅した事実を受け入れられず呆然としている機体に向かって飛んでいく。
「私は……すみませんが、帰艦、させていただき、ます……」
命を燃やした樹はいまだに肩で息をし、フラフラと壱番艦へと帰っていった。
十六夜も帰艦しようとしたが、なぜか振り返る。
「……?」
どうして自分がそうしたかわからないが、それは大事な事のように思えた――すると、磁場の乱れでノイズが酷いノルンのモニターに、小さな救援信号を捉えるのだった。
(……救援信号は発していますが、誰かが見付けてくれるかは賭けですね)
暗黒の空間を彷徨う、雫。賭けと言いつつも、それが絶望的なのはわかっていた。
誰も自分を発見できず、このまま宇宙空間で朽ち果てるか、太陽の引力に捉まるかどちらかだろう――そう思っていた時。
「はっけ〜ん」
メットの頼りない短波通信から、十六夜の声が聞こえた。
すぐにノルンがやってきて、コックピットから飛んできた十六夜が雫を抱きしめる。声が届くようメット越しに、似た顔を近づけあう。
「これまで戦場を一緒してきたけど、こうして顔を合わせるのは初めてだね〜」
「……どうして発見できたんですか」
「え〜? なんとなく?」
それは十六夜も不思議ではあったが、あまり気にした様子もない。それは不思議だが不思議ではない、1つの奇跡があったからなのだが、血を分けた2人はその事を知らないでいた。
「さって、帰ろ〜」
天魔軍を退け、そして残すはゲートを閉じるのみ――のはずだが、壱番艦は次元転移の痕跡を発見してしまう。
果たしてこのまま人類の勝利で終わるのか、次回を待て!!
煉獄艦エリュシオン宇6 終