出発前、赤坂白秋(
ja7030)があるメッセージを、とある人物の居場所を知る者に託してから、転移装置に向かいながら、咆えるように吐き捨てた。
「悪いが状況が変わったんでな――あんただってわかってんだろ。もう悠長に縁側で茶ァ飲んでる場合じゃねえってよ!」
「まったく、ちっとばかし不本意だが、加勢するしかないな。敵が多い方がいいってのは、難儀なもんだと思わねぇか?」
各々、何か思うことはあるのか、無言で走る前の6人と違い、少し余裕を見せる向坂 玲治(
ja6214)のぼやきに、「そうだな」と返す君田 夢野(
ja0561)。
「そういうことも増えつつあるんだろうさ。んじゃ、気合入れて行くか……交響撃団団長、君田夢野。戦闘状況に介入する!」
「めんどくさいことこの上ないんだが――始まっちまったらしゃあねえ。やることをやっとくか」
玲治が7人の幻影騎士を呼び出し仲間を結界で包み込むと、それぞれが動き出した。
「ふむ、まずは涼子の思惑を知るのが先かな」
「僕はまずご挨拶ですかねぇ」
夢野が矢を放つと同時に、アルジェ(
jb3603)とエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が空へと駆け、夢野の矢は焔の螺旋となってクイーンシリーズとアルテミシア達の間に突き刺さった。
4種1組となって動くクイーンシリーズが振り返ったそこに、ヒリュウのハートを連れて低空飛行のエイルズレトラがケーンを引き抜く。
刀閃がエメラルドクイーン(以下、翠女王)の首をいともたやすく切り落とした。
ダーククイーン(以下、黒女王)とセレクイーン(以下、白女王)の同時攻撃をエイルズレトラはわざわざスレスレでかわし、ルビークイーン(以下、紅女王)が手の宝珠を掲げるのとほぼ同時に、上空へ駆け上がっていくエイルズレトラ。
だが宝珠から薄い炎の幕が広がり、かわしようのないそれで僅かにつま先を焦がす。
「威力がなくともかわせない攻撃とか、ただの嫌がらせですか――まあいいでしょう」
空を蹴るエイルズレトラがアルテミシアの前方にまでやってくると、振り返ってマントをひるがえし、恭しく頭を下げる。
「お久しぶりとでも言いましょうか。
僕らとしてはどちらかと組むというつもりもないんですが、少々都合がありましてねぇ。今回はあちら側に加勢しますので、退いていただけませんで――」
そのままの姿勢で僅かに高度を下げると、頭の上を矢がかすめて飛んでいく。アルテミシアの回答に肩をすくめると、与一達のいる方へ向かっていった。
ただ、真っ直ぐに向かうのではなく、ディアボロから距離を置いて回り込み、友人にでも挨拶するように与一へ手で会釈した。
「やぁ、どうも。今回、ここのゲートがなくなるのは困ると言うことで、あちらさんを撤退させるつもりであるならば、勝手にですが一時的に援護しますよ。
できれば僕らにディアボロをけしかけないでいただきたいんですが、いいですかねぇ?」
「おやおや、そういうことですかい。ま、そちらさんの勝手で動いてくだせぇな。どうせこいつらはお嬢の言いつけ通り、敵意に対して反撃するよう、仕込まれてますさ」
「そうですか。では勝手にさせていただきましょう――ああ、そうそう。もしも追撃するようであれば、妨害はしますので」
と、一方的に言い残し、戻っていく。
「エイルズの言った通りだが、そういうわけで一時休戦しないか? 与するのはいいが、背中から撃たれるのは俺はイヤだからさ」
そう大声で呼びかける夢野へ、「あっしはあんた等の相手をしてられないでさぁ」と与一はアルテミシアの矢を袖で払いながらも応えた。
それを聞いて安心する夢野。怨の集団が先頭集団の黒女王を狙おうとしているのを察知し、もう一度、矢を前線に向かって放つ。
黒女王がその背に矢を受け、振り返った直後、怨達から伸びる包帯に巻きつかれ呪言を注がれて、その場に倒れた。
白女王が夢野に向かってこようとしたが、その足に包帯が絡みつき倒れ、黒女王と同じ運命をたどる。
「いやー、久々に楽な戦いだな」
「そうであればいいのだがな」
「ディアボロを刺激しなくて済むとはいえ、あまり油断はできない相手だ」
踏み込んだ黒羽 拓海(
jb7256)の蒼雷纏う刀が黒女王を槍ごと一閃し、川内 日菜子(
jb7813)の焔をまとった蹴り足が幾重もの軌跡を描いて紅女王の兜を砕く。
一撃で、十分だった。
拓海の目が、涼子を一瞬捉える。
(真宮寺の奴、行方不明になったかと思えばこんな所に居るとは――問わねばならんが、問うだけの時間があるかどうかだな)
放物線を描いて飛んできた炸裂弾から退くと、そこへ白女王が槌を振り上げる。
その瞬間、近くにいた拓海や日菜子、玲治の足下に茨が伸び、体に絡みつこうとしてきた――が、それよりも一瞬早く玲治が盾で白女王を殴り倒し、茨は散っていった。
完全に敵と認識したのか、残された4体の黒女王は目配せをすると、女王の部隊2組が撃退士達に向かって走ってくると、今までずっと無言だった高瀬 里桜(
ja0394)が天に向け右手の指2本向け、振り下ろした。
隕石が黒女王を中心に、降り注ぐ。
紅女王が宝珠をかざし炎の膜が隕石を受け止めるが、隕石は速度を落としながらも貫いた。
「――割り切って戦う方が楽かもしれない。でも私は割り切るなんて言葉であきらめたくないの! いつだって全力でぶつかるんだからね!!」
隕石をかわしてアーバレストを引く翠女王の前に、目隠しをした銀の美女が忽然と姿を現し、翠女王に口づけをかわすと白い煙が立ち上り翠女王の顔が爛れると膝をつき、倒れた。
銃を眼前に構えたまま白秋が「はッ!」と笑い飛ばし、その目が涼子の背中に向けられ、そしてその視線が膝をついている白女王に移り、直感的に駆け出す。
茨が地面から生えるという直前、小型の盾で白秋が殴りつけて茨を散らせ、そこへ玲治が白銀の槍を突き出して、全体重を乗せて突進していく。
槍に貫かれた白女王。その亡骸は勢いに押され吹っ飛ばされ、宝珠を掲げようとしていた紅女王に衝突した。
そこに横から来るエイルズレトラが「失礼」と通り抜けざま、紅女王の首に刀身を突き立て、地に足着ける間もなくそのまま離れていくのだった。
「撃退士の力も高まってきた、というところか」
圧倒している様子を横目で見ながら、涼子は巴の刀身を踵で蹴りつけ軌道をそらし、ナイフで顔を突きにいく――そこに空から舞い降りたアルジェが涼子のナイフをレガースで蹴りあげ、振り上げられそうな巴の刀を踏みつけて2人の間に割って入った。
「――どういうつもりだ」
「現状はパワーバランスを保つのが目的だ。だからどちらの味方でもなく、敵でもない」
アルジェが2人の間で第三勢力としての立ち位置を告げた事で、2人はアルジェから間をとり、結果としてそれが涼子と会話するための時間を作り上げてくれた。
槍を払いのける拓海が、声を張り上げる。
「真宮寺。そこにいるのはお前の意志か? その先を考えているのか? 聞こえているなら、答えてくれ」
「シア様の手助けを選んだのは、私の意思だ。先の話など考えていては、こんな選択肢は選べん」
答えが返ってくるのを期待してはいなかったが、すらすらと返ってくる。
「そうか――せっかく助けられた命だ、勝手に死なれては困る。あの熊だって、お前が死ぬことを望んではいないだろう」
「譲れないもの、大事な縁は誰にでもある。帰る場所もだ――大事な用事なら行くなとは言わん。
ただ、全部終わったら帰ってこい。案外人間は素直で寛容だ――おっと、少しご遠慮願おうか」
アルジェが巴に向かって腕を振り、針を飛ばして牽制。
涼子が首を動かし、白秋の顔をその目に捉えると、白秋は優しげな笑みを浮かべた。
「――行ってこいよ。そこにいるのは自分の意志なんだろ、だったら行け。行ってそいつを守れ」
移動しながら両手を広げ、銃口から暴風のような乱射を女王達に向けて放つ。立ち止まり、涼子に背を向けたままさらに告げる。
「この先、危険な戦いが待っているだろう。
だが時代は動いている。『殺し合わなくて済む時代』はたぶん、すぐそこなんだ。
だから、それまでそいつを守って、そして生きて……帰ってこい、涼子」
振り下ろされる白女王の槌を、白秋が銀の銃を交差させて柄を受け止める。威力の衰えた槌が白秋の肩に鈍い痛みを与え膝をつかせるが、それでも白秋はいつものシニカルな笑みで笑い飛ばしてから、涼子へ最後の一言。
「みな、お前を待ってる」
「なるほど。真宮寺が人に戻った理由、か」
与一との打ち合いで戦場を縦断して、近くにいたアルテミシアが口を挟むと、肩に槌を食い込ませたまま白秋が目を合わせた。
「そういうわけだ。戦うならなるべく、俺達以外を相手してくれ。涼子に免じてってことでひとつ、頼みたいね。あとそれから……」
わざともったい付けると、アルテミシアは興味引かれたのか、周囲の女王達の手を引かせる。肩が解放された白秋が立ち上がり、アルテミシアと正面から向かい合った。
「オグンは生きてる……お前らの邪魔に、なるかもな」
ニヤリと笑う白秋へ、アルテミシアは目を細める。
「ほう……古き時代を知る老将、我が王も一目置いていた方がか。ザインエル様はどんな顔をされるやら……だが、それがどうした。
我らの邪魔をするというならば、私はあの方でも弓を引く」
弓を引き、真上に向けて矢を放つ、アルテミシア。頭上では雨のように降り注ぐ矢が、遡っていく1本の矢に引き寄せられ、数本の矢が地上に落ちるだけであった。
傷だらけの与一が肩をすくめる。
「こうも相性が悪いとは、思いやせんでしたねぇ」
「私もだ――ずいぶん弱っているぞ」
向き合う2人――アルテミシアの前に小さな桜のついた木の枝、与一には雪のついた寒椿がぽとりと落ちてきた。
(私なりに花舞小枝と想紅を表現してみたんだけど、お願い、届いてっ……!)
里桜は祈るように口を開く。
「今はいっぱいいっぱいかもしれない。撃退士の言葉になんか、耳を貸してる余裕はないのかもしれない。でも、スズカくん達と過ごした時間とか、楽しかったことを思い出してもらえればやるべきこと以外にも、やりたいことが見つかるはずだよ。
私たちとの時間だって切り捨てないで欲しいよ。皆で仲良くする道も諦めなければ、きっと見つかる!」
「その道を、ベリンガム様は望んでいない。だから私は、ためらわない」
アルテミシアが与一に矢を放った――そこに炎の軌跡を描いた烈火が、矢を払い落とす。
間に立つ日菜子が、アルテミシアを睨んでいた。
「あんたに大天使としての立場があるように、私にも撃退士としての立場がある。残念だが、借りを返せるのはまだ先になりそうだな」
「これからも戦いが続きますし、ここで無理しない方がいいと思いますよ?
こちらの目的はパワーバランスを保つことなので、やりすぎるようなら、無理にでも止めますけど?」
大きく息を吐き出して表情を変えた里桜の投げたアウルの矢が、アルテミシアの足下にくぼみを作る。
そして日菜子がテュポンを極力視界に入れず、後ろの与一に目を向けた時、アルテミシアが動き出した。与一も動きだし、そして女王達までもが動き出す。
怨の集団と戦っていたはずの女王達までもが、足の遅いテュポンと怨を無視してこちらへと向かってきていた。
涼子と巴が前に出て、アルジェを挟んだまま斬りあいを始めたというタイミングで、アルテミシアが「見ろ!」と叫び手を掲げ、収束された光が突然、閃光となった。
ほんの一瞬の隙――その間に涼子とアルテミシアが全力で別の方向に向かって走っていた。まともに見てしまった夢野、白秋、拓海、日菜子の目が眩んでいるうちに、巴が涼子を追いかけ、与一が逃げ出す。
閃光に背中を向けていたアルジェが、翼を広げる。
「涼子達を追跡する、そっちは任せた」
涼子を追いかける巴を追いかけようとしたその時、突然振り返った巴が刀を振りかぶると刀身が伸び、飛んでいるアルジェよりも伸び上がった刀身が、ふっと消えた。
アルジェに襲いかかる激痛と、雷に打たれたような痺れ。
「く……!」
肩から足の付け根までざっくりと斬られたアルジェが落下していく。その間に涼子と智恵の姿は全く見えなくなってしまった。
(太刀筋が全く見えなかっただと……)
拓海が唇をかみしめている間に、日菜子がアルジェに向かって走ろうとしたが、茨が絡みつき締め付けてくる。
「ぐっ……あああぁぁ!」
目の眩んだ撃退士を茨が強制的に集め、そこに容赦なく降り注ぐ紅女王の炎の槍と、大地を駆け巡る黒女王の黒い稲妻。身構える事すら許されず、まともに4人がくらう。
離れていた里桜も多少喰らい、飛んでいたエイルズレトラは綺麗にかわしていた。傷ついたアルジェは玲治のアウルが肩代わりしてくれたが、その分、玲治は膝をつくほどである。
「たたみ掛けられると、なかなか凶悪だな……」
「ですね……」
夢野や里桜が茨から解き放たれたメンバーに回復を使って回る最中、側面の少し離れた位置で、ハートを使い広域を見ていたエイルズレトラが警告を発した。
「みなさん、そこから離れてください」
瞬間的に身体が動く――だが、アルテミシアが放った一直線に伸びる収束された力は、ほんの少し距離を稼いだところで無意味だと言わんばかりに撃退士だけを吸い寄せ、飲み込んでいく。
力の奔流が消える前に、アルテミシアは与一の逃げていった方向を見据え「逃がさんぞ」と、この場を後にするのだった。
満身創痍で立ち上がる撃退士達に生き残りの女王達が襲い掛かってこようとするが、やっと追いついた怨やテュポンがそれを妨害する様に阻み、女王達はそちらとの戦いを優先する。
ただ女王達は生き残りの数が少なく、怨達に押され始め、後退を始めるのだった。
「どうも、俺の仕事はここまでということになるみたいだ。ま、適当にがんばってくれや」
夢野が怨達に向けてぼやき、アルジェを癒しつつ問いかける。
「彼女とは話ができたか? それと……戻ってこれそうか?」
「戻れるという事だけは伝えた――あとは涼子次第だ」
「ま、捕縛は無理でしたが、一応、当初の目標通りにバランスは保てましたかねぇ。ギリギリですが」
エイルズレトラの言う通り、成功ではある。
あるが、これだけやられた今の状況を、成功と呼ぶ気には誰もなれなかった。
日菜子が唇を噛んだ。
(真宮寺の考えが全く、読めない。与一に拳骨くれてやるならともかく、アルテミシアともども拳を向けたくはないというのに……スズカ、お前ならこの状況どうしたい?)
1人、村を歩くスズカ――ゲートに向かっているとも知らずに。
そして
白秋のメッセージは間違いなく、ひとつの波紋を生み出したが――それはまた、別のお話で