●掲示板の前で
張り出された募集の一覧。
そこにMMOの文字を発見して、のほほんとした顔立ちの口角が少しつり上がった。
「これでもゲームは得意なんだよね〜」
自信ありげながらも、謙虚さが見え隠れする青柳 翼(
ja4246)の声が聞こえたのか、翡翠 龍斗(
ja7594)が足を止め募集に目を向けると、眼鏡のブリッジを左手の指で押さえ、眼鏡の奥で目が細まる。
「ゲームか。俺は元々インドアな人間なのだよ」
「そうなんですか。俺の方はあんまこういうのしたことはないんで、せっかくだし息抜きに受けてみようかな」
もう1人の眼鏡、浪風 悠人(
ja3452)が顎に手を当てそう言うと、後ろから「ほう」と聞こえた。
「息抜きか。そう言う意味合いでは、ありなのかもしれん。私も受けるとしよう。
もっとも、皆ほど以上にこういったものは不慣れなのでな、戦果を挙げると言うよりエースを生かす様にした方が良いか。
付け焼刃で全て覚えるより、一点突破だな」
鳳 静矢(
ja3856)までもが興味を持ったことに驚く龍斗と悠人は、そのゲームについて調べながらも3人そろってその場を後にする。
その後もわりと足を止める者は多かった。
「……何か懐かしいカンジのするMMOだなー? 折角だし、昔使ってた機体を再現してみっかね」
なにかしらの懐かしさを覚えつつも、さっそく課金を開始して準備を整える小田切ルビィ(
ja0841)や、ゲームとて真剣にやるのが俺のスタンスと言わんばかりに、登録するとすぐに報酬分を全額課金して機体強化を始める月詠 神削(
ja5265)。
玉置 雪子(
jb8344)あたりは見るや否や即座に依頼を受けてコンビニへ全力疾走、1週間分の食料という名のお菓子などを買い込み、自宅へ引き籠る気満々であった。
「最近はご無沙汰だったが、実はこの手のゲームは得意な方だ。任せておけ」
イメージにそぐわぬ事を言う黒羽 拓海(
jb7256)の傍らでは、黒羽 風香(
jc1325)がやれやれとため息をつきながら肩をすくめている。
「すぐに課金開始ですか、拓海。それならすぐに機体を強くはできますが――」
「え〜っと、強い機体を作れば有利なんですよね?」
見あげていた視線を下げた風香の目に、ぴょこんと銀色のアホ毛が飛びこんできた。
まっすぐな瞳で2人を見上げる雫(
ja1894)へ、拓海が「そうだ」と返すなり、雫は大きく頷いてスマホを取り出す。
「この課金というのをすれば、いいわけですね。ありがとうございます」
頭を下げ行ってしまった雫。課金というものがわかっているのか風香には不安があったが、それよりも目の前の兄である。ちょっと目を離した隙に、何やらずいぶんつぎ込んでいるようで、こっち方が遥かに不安であった。
「そっか、つまりお金を出せば絶対勝てるのね? あたいに良い考えがあるわ!」
聞いていたのか雪室 チルル(
ja0220)が硬い胸をドンと叩き、その右腕には一部で不気味とも囁かれている学園長像が3つ抱かれていた。
それらの運命はもはや、語るまでもないだろう。
チルルが購買部に嫌な顔をされている間に拓海や雫は掲示板の前からいなくなり、次に足を止めたのは黒井 明斗(
jb0525)だった。
足を止めた理由は、何となくでしかない。だからなのか、ゲームというモノをあまりしないが、なんとなくでこの依頼を受けてみようという気になった。
それは明斗に限った話ではなく、神谷春樹(
jb7335)も同じようにそんな気になったのである。
こうして、ゲームに慣れた者、慣れていない者達が集まっていったのであった。
●しいくラブ部室
「スズカちゃんはこういうの、やったことあるの?
ボクは天使として天界で生まれ育ったから、こういうのはあまり慣れてないんだ」
「そうなんだ。それならおいらのが上手いのかな――って言っても、お小遣いはほとんど和風の小物に消えてたりするし、おいらもそんなにゲームをしてるわけじゃないんだけどさ。
真宮寺センセが楽な仕事だって言って、連れてこられただけなんだ」
馴染みのない部室でパソコンの前に座らされているスズカの説明に、新田 六実(
jb6311)は「へー」となんともなしに涼子へ目を向けるのだが、聞こえていたはずの涼子は頑なに背中を向けたままであった。
スズカと相談しながらゲームを進めてみる六実だが、2人そろって悩んでばかりで、一向に進まない。
「おねーさんなら詳しいから、後で色々教えてもらおうっと。スズカちゃんも教えてもらお?」
六実の誘いに、「んー、よろしくするよ」と笑みをこぼす。
ゲームにあまり馴染みがなかったり、この部室に訪れたことのない者はスズカばかりではなく、涼子の説明を聞くために訪れた者も何人か、いる。
その中の1人がRehni Nam(
ja5283)である。
「このゲーム、機体や武器の自由度が高いのが魅力ですね。盾で殴る、シールドバッシュやスマイトが可能な点が特に」
「そういう自由度こそが、長く続く秘訣なのだろうな。機体ごとに特色もあるが、その特色と真逆の改造もできたりと自分の強いかもしれないやってみたいができるのは、実に楽しいと思う」
「ですよね、涼子さん!」
パソコンの前で目を輝かせ同意するのは川澄 文歌(
jb7507)で、さっきからクリックとエンターをカチカチと繰り返している。
そのすぐ横では桜庭愛(
jc1977)が丁寧に一機一機、性能やグラフィックをチェックしていた。簡易テーブルにパイプイス、そこにノートパソコンが置いてあるのだが、そんな光景で愛の蒼いリングコスチュームは明らかに異彩を放っていた。
本人曰く、「キャラ立ては大切です」とのことで、シュールな光景であることは意に介さないらしい。
「……私はどうするか……ふむ」
テンションの高い文歌や愛と違い、物静かにクリックを繰り返していた染井 桜花(
ja4386)の目が光り、ぼそりと、それでいてハッキリと強い意志を感じさせる呟きを漏らす。
練習に来ていた明斗もプレイスタイルが決まったのか、よしと頷いていた。
「細かいことは他の方に任せて、射程に入った敵を確実に撃破に集中します」
他にもいつの間にか来ては自分のスペースを陣取って、黙々とプレイしている黒百合(
ja0422)やエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の姿があった。
そしてそれからしばらくの期間、飼育活動がメインの部室からはゲームの音しか聞こえなかったという――
ところかわって、矢代 理子の部屋で君田 夢野(
ja0561)は腕を組んで立っていた。
「回復職が楽という偏見を持っている人がいるが、むしろ逆だ。どこが崩れそうか、どこが攻め時か……それを見極めてこそ一流のバッファーよ。撃退士としての実戦経験から、俺は散々教えられたものだ」
うんうんと頷いて話を締めくくると、「というわけだ、理子さん」と理子を見据えて続けると、二カッと笑った。
「特訓しよか!」
いざ、決戦……の直前
食い散らかしたゴミが散乱し、荒れ果てた部屋。
この一週間、メンテ以外はずっとログインしたままでいるハイエンドPCの前に座るは、髪がやや半乾きながらも身だしなみを整え、小奇麗になってキリッと表情を引き締めた雪子。
「これは、ゲームであっても遊びではない――フヒヒ、キタコレ。時間ギリギリでトレード! これでかつる!!」
上がるテンション、そして下がってくる瞼。まだだまだだまだ終わらんよと繰り返しながら、気合を入れて瞼を持ち上げる雪子であった。
●いざ決戦
戦場をありえない速度で翔けるかと思えば、ありえないほどの急停止、そして異常なほどの旋回能力を見せつけているのは、エイルズレトラの機体『マジシャン』だった。
武装らしい武装は単分子ブレード『バターナイフ』のみで、他は追加の加速用ブースター、減速用ブースター、姿勢制御ブースターのみの構成で、この1週間、ひたすら回避だけに時間を費やしてきた。
その甲斐もあって、小型HWが100や200の只中であっても、当たる気配がない――もっとも、一撃で落ちる仕様なので、当たるわけにはいかないのだが。
大量のHWがマジシャンに群がっているそこへ、少し間の伸びた声が。
「さーて、いっちょやりますかー」
高高度から投下された爆弾が膨らみ、燃え盛る気化燃料が広範囲を焼きつくす。敵も味方も容赦なく襲い掛かる爆炎と爆風が、大量のHWを次々と飲み込んでいった。
爆炎に飛びこみそうになったHWが緊急回避を試みたところで、長距離から飛来してきた誘導方式のミサイル『ハッカペル改』が突き刺さり、爆発四散する。
「死ぬかと思いましたねえ」
爆炎の中からどうやってかわしたのか不明だが、悠々と姿を現したマジシャンは次なる群れに向かって飛んで行ったのであった。
高高度では加賀崎 アンジュ(
jc1276)の『フォレッリ・ティフォーネ』が大きく旋回し、遥か遠くで追われている味方機の後ろを狙ってもう一度ハッカペル改が発射される。
「アンジュおねーさんにまっかせなさーい――ああごめん許してちょんまげー!」
射った直後、真後ろから中型HWが追いかけてきた。
だがフォレッリ・ティフォーネは小回りこそきかないが、加速に関してはちょっとしたもので、後方から撃たれながらもどんどん引き離していく。
そんなフォレッリ・ティフォーネの正面に、新たな中型HWが。
35ミリチェーンガン『AACG35』を撃ちこむが、中型が砲撃を開始する前に撃ち落せそうになかった――が。
「そのまま真っ直ぐで」
チャットボイスから夜桜 奏音(
jc0588)の声がして、進行方向状にいた中型HWに2本のレーザーが当たったかと思えば、その直後、縦半分に両断された。
その後ろから黒と青の機体『ウロボロス』が人型で姿を見せ、2本1対の『対艦刀クラウ・ソラス』が振り下ろされていた。そしてそれほど遠くないところで、スズカと六実がタッグで飛んでいる。
「当たったよ、スズカちゃん」
「その調子だよ、むっちゃん」
六実が頼りにしていた(アンジュとは別の)おねーさんは修理専門の機体との事であまり参考にならず、なんとか1週間、スズカと共に頑張ってきた努力が報われ、六実は笑みをこぼしていた。
フォレッリ・ティフォーネが切断された中型の間を突っ切り、慣性で前に進むしかないウロボロスが入れ替わり、追かけてきている中型HWに切断した中型の残骸をワイヤーアームでつかんで、放り投げていた。
残骸で拡散ビームを防ぎ、残骸が爆散。その爆炎の中から、クラウとソラスを振り上げたウロボロスが中型の前に躍り出る。
肉薄する直前、放たれるレーザー。だが、遠距離武器が搭載できないウロボロスの機体特徴である『間合い』に入るなり、そのビームは減速し、タイミングを合わせてウロボロスはクラウを振り下ろした。
クラウで打ち消されるビーム、そして残ったソラスを中枢めがけ突き込む。
しかし1刀ではまだ、イベント仕様の中型を倒すには足りなかった。
ゼロ距離でまだ動きを止めない中型に、クラウを振るのが先か、それとも拡散ビームを喰らうのが先かという瀬戸際――中型が横から強い衝撃を受け、傾いた。
一瞬生まれた隙に、クラウを薙いで中型を両断する。
「何とか届いたな」
遠距離では鳥型にしてメタリックブラックに輝く『ランチャーホーク』で悠人は安堵の溜め息をつき、その背中のスナイパーライフルの銃口からは冷却の蒸気が漏れていた。
だがスナイパーライフルを撃つ前後、ランチャーホークは著しく移動力と回避が落ちてしまい、そこを小型が狙ってくる。バルカンとミサイルで牽制はするのだが、数の暴力に負けそうであった。
十数本のレーザーがランチャーホークに向けられ、絶体絶命というその時、静矢の操る紫色の機体『鳳凰』が下方から急上昇してくる。
ランチャーホークの前で変形、ブーストをかけて正面を向き、また変形。戦闘機ではありえない急停止と直角軌道を成し遂げ、眼前に迫るレーザーに向け、同数のレーザーを撃ちこみ、相殺する。
そこに純白の機体『ジェイド』が滑りこみ、全身、所々上部装甲がスライドしてむき出しになると、青い下部装甲が淡く輝き始めた途端、周囲のHWは動きを止め、攻撃する気配すら感じさせないデクと化した。
さらに、上空から急速接近する機体が。
戦闘機で下降し人型へと変形、頭から高速で落下しながらも全方向へ向けてホーミングミサイルとラージフレアをまき散らすと、デクと化していた小型を一掃する。
下方にいた小型へ突撃する形だったが、翼のウィングエッジで切り裂き、放たれたレーザーをラージフレアで相殺して、地表近くで戦闘機へ戻ると再び上昇するのは、春樹の『ゲシュペンスト』だった。
「初めてなりに練習した甲斐があったかな」
「それだけ動けているのならば、上等なのだよ」
ジェイドの龍斗が春樹を称賛し、生き残っていた小型を4本のレーザーソードで切り刻む。
「皆さん、ありがとうございます」
「礼には及ばない。私の役割は皆を生かすためと、その為に練習を続けただけさ」
「こういったものでは協力プレイこそが醍醐味なのだよ」
ソロでは味わうことのできない醍醐味に悠人は感動を覚え、身震いをした直後の事、これまでとは比べ物にならない巨体がすぐ横にワープアウトしてきた。
それが大型HWと気づいた時、大型は全方位に向けてミサイルを発射していた。
真っ先に反応した鳳凰はミサイル迎撃用ミサイルを発射し、全てではないにしろ、ミサイルを次々と迎撃していく。
そして再びランチャーホークのスナイパーライフルが火を噴き、ジェイドはたった5発しか使えない高出力型ライフルを撃ちこんだ。上昇中のゲシュペンストは通り抜け様にウィングエッジで縦に切り裂いていった。
それでもまだ動いている大型。鳳凰が撃ち落しきれずに残っていたミサイルが近くにいた味方機へ向っていく。
だがそれは、その味方機から放たれた全方位対応の拡散ビーム砲によって爆炎の花を咲かせ、お返しと言わんばかりに放たれた大口径の収束ビーム砲が大型を一直線に貫き、そのついでで直線上にいた小型が蒸発していった。
大型にトドメを刺したその機体『アジ・ダカーハ』はゆっくりと降りてくる、
「……火力に関しては申し分ないのですが、機動性が酷いですね。みんなが止めなければ、もっと強化できたのに」
雫の声。
超火力に言葉を失っていた4人だったが、何とか悠人が口を開く。
「あれだけつぎ込んでたら、止めるよ……」
「届け、私の歌! ♪HappySong☆ みんなに届けHappySong☆ ……これが私の夢のカ・タ・チだよー☆♪ 」
戦場を歌いながら超高速で抜けていく文歌の『セイレーン』。その名にふさわしく、歌声を聴いたであろう小型達は魅了されたようにふらふらと、セイレーンを追いかけていく。
「……突撃する」
「れーっつ、だんしんぐ!!」
セイレーンを追いかけるよう密集地に向けて突進し、ブースターレッグを小刻みに揺らした愛の乗る蒼い機体から発射される4連装追尾巡航ミサイルランチャーが、同じように突進を始めた桜花機の邪魔になりそうな小型を潰していく。
余計な敵がいなくなり、綺麗に敵が一直線状に並んでいる所めがけ、ランスを突きだし高速で桜花機は突進する。
1体、また1体とランスの餌食にしていくが、20体ほどまでくると、先端がひしゃげ先端をパージせざるを得なかった。
「……武器の強化が……足りない」
武器を失ったかのように思えるが、それでも小型を追いかけるようにブースターアームとブースターレッグのブーストで軌道を変える。
「……逃がさない……ブースト昇●拳」
加速したアームのアッパーが小型を粉砕。補助に近いはずのアームやレッグのブーストを利用した近接格闘、名付けて『ブーストアーツ』はどう見ても付け焼刃な動きではなく、洗礼されていた。
そもそも、それがしたくてここ1週間ずっと頑張っていた事を、愛とかは知っていたりする。だからこそ、愛も似たような装備をつけていた。
「まーわせまーわせぶんまわせーっと!」
アームアンカーでつかんで桜花機に向けて投げつけたり、小型同士をぶつけ、まとめたところをブースターで指向性を持たせたレッグで蹴りつける。その際、桜花機もレッグの蹴りで挟み込んだりと、連携を見せていた。
「ほら理子さん、今だ」
情報処理性能に全振りした青白ヘックス迷彩のデルタ翼機ES−61『宇風』でずっと索敵をしていた夢野が長距離ジャミングを働かせ、ある程度の安全を確保してから理子に指示を出す。
夢野の指示通りに桜花機の行く先へ移動した理子の機体から、桜花機に新しいランスの先端が補充された。
ホッと胸をなでおろす夢野。そして耳に入ってくる文歌の歌声に、しみじみと「いい歌だ……」と漏らすのだった。
「補給、お願いしまっす」
理子に近寄ってきたのは蒼銀色の機体に四葉のクローバーを持った少女の影絵が特徴的な翼の愛機『BLUE FORTUNE』で、小回りを利かせた回避主体の機体のはずだが、だいぶダメージが蓄積されていた。
「これだけの数がいて、短時間で減らそうと思ったら余計にダメージ喰らっちゃうのはしかたないよね〜。でもそろそろ中盤だろうし、無理しないで火力機の支援にまわるかな〜」
そう言っていたわりにダメージを回復してもらうなり、小刻みに動きながら敵陣へ向っていくのはゲーマー基準での無理しないなのだろう。
レールガンにウィングレーザーブレードを駆使し、小型の群れを縫うように移動と迎撃するも、あっという間に囲まれてしまう。だがやはりそこは慣れたもので、囲まれ場合はすぐに船首にエネルギーを集中してシールドを展開すると、薄い所をバレルロールしながらの一点突破で一瞬にしてきりぬけるのは流石であった。
「あれが上級者のプレーだが――よし、アルたちは3人で動くぞ、近くにいればチャットいらずだからな。
海は前衛、前線で敵を惹きつけ撃ちまくって切り裂け。修平は後衛、海が吊り出した敵を撃ち抜いていけ。敵の動きは幾つかのパターンだ、海なら見切れる」
『了解』
経験の浅い海と修平はアルジェ(
jb3603)の指示に従い、海機はアルジェから貰っていた光翼で敵陣へ突撃し、海が墜とせない敵を修平機が撃ち墜としていく。
アルジェの『アサルトキャットは』中間地点で索敵を中継しつつ、2連装重機関銃で海の死角をカバーしていた。そして時折、3連装ミサイルランチャーで修平の撃ち漏らしを確実に潰す。
「修平、殲滅速度が落ちているぞ」
「エースには程遠いね……」
修平のぼやきに、アルジェは首を横に振る。
「エースは確かに強いが、アル達は3人でエース級の働きをすればいい。仲間を信じろ――ほうら、アル達の火力では心許ない敵の登場だが、きっと大丈夫だ」
中型が2体、近くに出現したが、1体は攻撃行動をとるよりも先に2連高出力レーザーで縦に貫かれ、一撃で沈んでいった。
「撃たれる前に、撃つ――練習の成果が出ました」
ほっとする明斗の声がするのは、軽快そうな戦闘機ではなく、あまり似つかわしくない重火力搭載の『モンスター』であった。もう一撃を放つ前に小型に近寄られ、モンスターはあまり無理をせず、機関砲を撃ちながら一旦距離をとってから、主砲を中型に向ける。
だがその前を塞ぐように大型が出現し、大型に当たりはしたが、一撃では落とせなかった。
――そこに。
「ハイリスク・ハイリターンは承知の上ってな!」
遠方からホーミングミサイルで進路上の小型を蹴散らし、生じた穴に突撃してソードウィングでさらに進路を切り拓くと急上昇、大型の真上で人型に変形したのはルビィの『羅喉星』だった。
白銀のエネルギーに包まれた日本刀のようなものを――練剣『雪村』を手に降下した羅喉星は、大型の上に着地するとモンスターが作ったレーザー痕へ雪村を突き立てた。
動力部を狙ったそれで大型は自由落下を開始し、羅喉星は残された中型に飛び移り肉薄すると、正面から雪村を突き立て、動力部を抉るように手首を捻る。
中型までもが自由落下を開始すると、羅喉星は蹴って飛びあがり、戦闘機形態に戻って颯爽と行ってしまったのであった。
「フヒヒ、見ろ! 敵がゴミのようだ!」
全身、白と黒のダズル迷彩で、形状的にもロボのような何かとしか言いようのないビジュアルをした機体を操って高笑いを上げているのは、雪子だった。
戦闘機形態もロボ形態もないそれは、何かのコラボで一時しか販売されなかった特殊機体である。
効果時間の短い強化系の課金アイテムもふんだんに使い、飛んできた攻撃は気合いで避けるスタイルの雪子機で注目すべきはその装備だった。
ひとつは『ホーミング生体ビーム』。一度に高出力で敵味方の判別をするビームを広域に40本放ち、並のステージなら動かず連射するだけでクリアできると言われるほどのバランスブレイカー兵器であった。
しかもそれは、たった3ヶ月しかしなかったキャンペーンの、お菓子についているシリアルナンバーを入力するクジで手に入る、正真正銘世界でたったひとつしかないS級品である。
見た目がサッカーボールなので、神性能のわりに人気がない逸品でもある。
もうひとつが『ギガセイバー』。その時のA級品で、チャージの時間が長ければ長いほど、一直線に太くて長いビームのセイバーが作り出せる代物で、最大チャージなら星をも両断するという、これまた、トンデモ兵器であった。
見た目は花火の筒なので、これまた性能のわりに敬遠されがちな逸品である。
5回、生体ビームを撃ちこみ、出てきた中型と大型はまとめてギガセイバーの一振りで終わる。その性能はまさしく、蹂躙という言葉がふさわしかった。
「味方は狙わない仕様とか、つまらないですねえ」
蹂躙の只中にいたエイルズレトラが不満を漏らしていたが、雪子の高笑いは続く。
「フヒヒヒヒ、このままさくっと終わらせてヤンヨ――う、目が、目がぁぁぁ!」
一睡もせずにプレイしてきたツケが回り、パソコンの前で目を押さえて悶える雪子――やがて静かになったかと思うと、雪子の機体はピクリとも動かなくなった。
そこに群がる小型達。
しかしそこに飛んでくる無数の、漏斗のような形をした物。その先端から放たれるビームが雪子に群がる小型をピンポイントで撃ち墜としていく。
「クールに撃墜数を稼ぐぜ」
並の遠距離武器よりも遥か後方、超遠距離と呼べる射程から索敵装置のみに頼って小型をとにかく破壊していくのは神削のスタイルだった。
この1週間、みっちりやりこんだだけあって相当な精度を誇っている。ただ威力と射程、索敵能力に課金のほとんどを注ぎ込んだ結果、速度も耐久も並以下な機体性能になってしまっていた。
「ま、戦域からこれだけ離れてさえいれば安心だ。万一、肉薄されたら、こいつの出番だけど」
自爆装置の文字に目を向けたその直後、運悪くというべきか、ラグにより出現が遅れていた中型が2体同時に横沸きしそこに大型1体、おまけに小型も出現している。
戦域から離れていたつもりだが、敵の増援がちょうどそこだったようである。前線がこちらにまるっと来てしまったのだ。
「えーっと、砲撃支援できる誰か、いる?」
神削はあまり期待せずに砲撃支援し、眼前に迫るビームとレーザーの雨にどのみち間に合わないなと、自爆装置に指を伸ばした。
しかしそんな神削の前に、スパイクシールドで敵を押しのけ、ブーストを使って小刻みに回避しながらもRehniの『岩戸』が到着する。そして向けられた攻撃の全てを、『アイギスコピー』という盾で受け止めきった。
多少の被弾もあるようだが、そのくらいのダメージではびくともしないほどに丈夫なのが岩戸であった。
「私が来たからには、大丈夫です。きっとすぐに、他の人も来てくれます」
Rehniがそう告げた次の瞬間、目の前を遮るエネルギーの大奔流。それは大型も中型も巻き込み、その余波ですら小型を撃墜していくほどの高出力。それが戦場を薙ぎ払う。
戦場を縦断するそれを放ったのは、黒百合の砲撃機『ウェルカムヘル(はぁーと』だった。
荷電粒子ジェネレーターを大量搭載しその全てを注ぎ込むだけあって、今にも暴発しそうな大口径の荷電粒子砲の威力は半端なものではない。強制冷却で機体の全身が隠れるほどに蒸気が噴出している。
「あらァ、1発で終わっちゃったかしらァ♪」
「今の攻撃、この1週間で何度か喰らったことがある気がするぜ……」
神削の言葉は聞こえているはずだが、黒百合は知らんぷりである。今回は当てなかった、その結果だけで十分であろう。
だが次を撃つまで相当時間のかかるのが難点で、その間、うぇるかむへるに攻撃手段はない――というところに限って、大型が沸いてくる。
「キーエネミーを倒した機体の近くに出現するのはもう、予測済みだ。風香、パターンTCだ」
「先に行かないでください、拓海」
黒がパーソナルカラーな拓海のカナード付き前進翼機体『フッケバイン』が速射ライフルで大型を牽制しつつ、上から。それに少し遅れて風香の白い『エンゲル』がレーザーライフルの連射と3連装高速ミサイルで大型の回避行動を阻害する。
そしてフッケバインが大型の周囲を旋回し刃状鋭角装甲でらせん状に登りながら刻むと、頂点で変形。下降と共にその手の『斬機刀』で両断すると、再変形して離脱していった。
離脱に合わせて、エンゲルはチャージしたレーザーライフルを放つ――
「鉤爪の檻(ターロンケージ)とはよく言ったものですね」
(やれやれ、兄さんに付いて行くのが大変です……練習もやけに気合入ってましたし)
できた妹はやれやれと首を横に振っていたが、活き活きとしていた拓海が見れたので自然と頬は綻んでいた。
「そろそろボスのお出ましだ。気をつけろ――いいか、ボスに何かをさせたら負けるのがこの手のゲームだ。何もさせずにたたみ掛けろ」
涼子の警告のあと、ムービーが流れ、ボスであるSがその姿を現した。
何もさせるなといった直後だが、開始早々、いきなり高威力の収束ビーム砲を撃ってきた。
「誰も墜とさせません!」
そのビームをシールドで受け止めた岩戸。防御に特化しただけあって、だいぶ削られはしたが一撃を耐えきってみせ、攻撃直後のわずかな隙に、接近した鳳凰が人型でSに組みつき、機体制御のブースターへとにかくダガーを突き立てる。
「当たらないなら当てに行くまで……だ」
「離れろ!」
Sの真下からHWを足場に跳躍した羅喉星。鳳凰が離れるとSは移動こそしなかったが、羅喉星へ収束ビーム砲を叩き込んできた。
岩戸がシールドしても削られたその一撃に、羅喉星は真っ赤なアラームが点灯し、飛行不能の文字が出る――だが、跳躍した勢いはまだ、生きている。腕も動かせる――それで十分だった。
「――この一撃に全てを懸ける!」
「こちらにも、居ますよ!」
「俺も忘れるな!」
雪村を横に構えたまま、Sの股下から胴体まで切り上げる羅喉星と、上からアンカーで自分を引き寄せながら落下してきたウロボロスのクラウとソラスがSの両肩口から胴体へ。背後からフッケバインの斬機刀が、斜めに切り上げられていた。
胴体で雪村とクラウ・ソラス、そして斬機刀がぶつかり合い、その反動で3機は離脱する。
「狙うなら、今です」
「遠慮はいりませんね」
「トドメですか」
モンスターが銃口を向けると、アジ・ダカーハも、エンゲルも銃口を向け、一斉に発射。頭部を、胸部を、下半身を破壊していく。
「危ないわァ♪」
そしてうぇるかむへるの荷電粒子砲が全ての残骸を飲み込み、Sは登場後、数秒で塵となって消えていった。
しかし、まだこれから雑魚を退治しなければいけない。集中力や機体の状況がだいぶ辛くなってきたこの時間帯でこの残りはさすがにという思いがあった――が、英雄は遅れてやってきた。
「あたい、参上!! 今の今まで強化してたら、課金上限に達しましたとかわけのわかんない警告がでてこんなもんになっちゃったけど、あたいの『スーパーチルル号』はさいきょーよ!」
白と青のツートンカラーで颯爽と現れたのは、重課金戦士と化したチルルのスーパーチルル号。
リロードが早く弾数もかなり多い、多弾頭ミサイルとレーザー機銃を装備しているようだが、本来それは威力がそれほど高いものではない――はずだが、中型も大型も小型同様に蚊トンボの如く墜ちていく。どれほど強化されたのか、見当すらつかない。
集中砲火を受けようとも、傷1つつかないスーパーチルル号はドッグファイトを挑んだりと、もはや好き勝手に暴れまわる。
時間的に厳しいと思われた最後の増援も、さいきょースーパーチルル号の圧倒により、時間を余す結果となるのであった――
●報酬は……?
「えっ? 機体を強くするのに使った久遠って、現実の物だったんですか?」
初めて知ったと、驚いた顔をする雫に、悠人は「だから止めたんだよ」と諭していた。
「む……満足するまで仕上げたら依頼報酬が消えていたんだが……」
「課金のしすぎです、拓海」
兄をたしなめる風香は半分ほどは残っている。
こうして課金により報酬が減ったりもしたが、誰も文句を言う事もなく、この依頼は幕を閉じるのであった――恐らくこの中の何名かが、まだしばらく続けることになろうのだろうが――
「っえっきし!」
床に倒れて眠っている雪子も、きっと文句はないと信じて。
MMO「なんとかTHESKY」 終