●退避数分前
「俺達の家にお別れを言う暇もないな」
ここは感傷に浸るところだろうにさと、郷田 英雄(
ja0378)は格納庫を見回し、そして自分の過去が詰まった機体・紫電改――ではなくその隣、武装強化支援戦闘機『雷霞』を見上げると、それのコックピットにつながる梯子を登り始めた。
「遅いわよ!」
「わりぃな、艦長。こいつで出るのは色々不安なんでね」
それほど不安を感じさせない口調だが、実際のところ不安になるのも仕方ない。
合体支援を目的とした試作機で、本来であれば実験数値さえ取ればそれでお役目御免の機体に、急遽、紫電改の装備を積み込み、安全圏までの移動手段として抜擢したのだ。
合体が目的の機体を単機で、それも英雄が乗り慣れていない戦闘機型、急増装備でバランスも悪く、従来のスペックよりも低下している。その挙句、マウまで搭乗させていては全力でぶん回すわけにもいかなかった。
(何もなきゃいいんだがな)
格納庫で眉根を寄せ、ラーメンをすすっている佐藤 としお(
ja2489)の姿があった。
「とりあえず嫁さんは店に戻ってもらって営業は再開できたようだけど、なんだよこの展開……俺、帰ったら旨いラーメン食べて、嫁さんに甘えるんだぁ……」
一筋の涙は、インスタント臭たちこめるどんぶりに落ちる。
最後の1本が口に収まりスープを飲み干してどんぶりから顔を離したとしおの顔は晴れ晴れとしていた。
「気持ち決まったら、とっとと出撃!」
機材の上へ適当にどんぶりを置いて、自身の機体『メンカターデ』に乗り込んでいった。
黒豹を彷彿させる機体『ライトニングパレード改』の足元で、アルジェ(
jb3603)は義兄である中本修平の手を掴んでいた。
「兄さん、オラトリオも置いていくか……量産型の脚では間に合わないかもしれない。アルの機体と合体して退避しよう」
「ん……そうかもしれない。了解、アルジェ」
修平の了解を得て、ライトニングパレード改は修平が乗る量産型ABとの合体を果たし、まるで人馬のような形状となる――が、両機の性能差がありすぎるため、実際のところほぼライトニングパレードのスペックそのままで、合体にあまり意味はない。
あえて言うとすれば、アルジェが少し幸せな気分に浸れることくらいだが、それだけで意味は十分ある。
一心同体となって、2人は発艦するのであった。
「ユリ・クマのシリーズはァ……この間の初期生産型も含めて、残らず地方組織に出荷しちゃったわねェ」
腕を組むのは、可愛いお掃除屋さん黒百合(
ja0422)。
僅かに考えるそぶりを見せたが、本当に僅かである。すぐに格納庫の隅へと向かい、今だ修復中で万全からほど遠い黒い機体『マブイエグリ』をスルスルと登っていった。
「ならァ、この子しかないかァ♪」
修復はまだ終わっていないのか、とりあえず動ける程度の応急処置を始め、すぐに「できたわァ」と黒百合がマブイエグリのコックピットに座る。
あまりにも早すぎる修復だが、その痛々しい外見がそのままなだけに、納得の早さでもあった。
「ちょっとだけ、無理できないわねェ。でも艦長ちゃんを乗せる必要がなさそうだし、助かるわァ♪」
笑みを浮かべると、空の甲板から地上に向けてダイブ。黒い烏のような形態に変形し、地上へ向けて滑空していく。
マブイエグリが出撃した零番艦で、まだ残っている艦長ミル。
ホクホク顔だったのだが、自分を同乗させてくれるのがエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の『マジシャンWB』と知るや、頭を抱え「君かね!」と絶叫して天を仰ぐ。
するとエイルズレトラの方も、露骨に嫌な顔をしていた。
「僕だって嫌ですよ。1グラムでも軽くしたいというのに、余計な荷物を積むなんて――まあ艦長さんが乗せてほしいのでしたら、乗せてもかまいませんけどねえ」
「むう……仕方ない。残っているのが君だけだ、このさい文句は言わん。乗せてもらおうか」
「――安全は保障しかねるところでしたが、文句を言わないなら問題ないですね」
「今、なにか言ったかね!?」
「いえ? きっと空耳ですよ。さあ行きましょうか、艦長さん」
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)の機体『アローヘッド』へ搭乗しようとしたソン艦長は、溶液に満たされたコックピットに思わず目を見張ってしまった。
だが躊躇を見せたのは、ほんの一瞬。溶液のプールに波を立てたソン艦長だったが、もう一度、目を見開く事となる。
「どうか……した?」
機械的なケーブルが何本も背中につながっているスピカが不思議そうな顔をすると、ソンは「いえ」とすでにスピカのそんな状態を受け入れていた。
「これ、着て……」
どこかが開いて、溶液の中にパイロットスーツが漂う。
「水中でスーツを着るとか、初めての体験ですね」
苦笑するソンだが、スピカはニコリともしない。
アローヘッドが動き出した瞬間、コックピットの後ろへ投げ出されたソンはスーツの意味を理解し、水中に加え、激しいGの中、スーツに着替えるのであった――
●追撃のゾンビシェイド
「攻撃を加えつつ退避もしなければ……兄さん、攻撃は任せる」
アルジェは修平にそう告げ、引き返し気味にゾンビシェイドと接近し、その表面を背部に搭載されているウィングブレードで切り刻んでは離脱を繰り返す。
ゾンビシェイドも伸び縮みする腕を鞭のように振るいながら応戦していると、そこに割り込んでくるのがマジシャンWB。
「回避性能は見る影もなく低下しましたが、それでもなお、僕のマジシャンに触れられる者など、この世にはいません。
マジシャンの回避力は、機体性能以上に僕の回避力でもっていたという事を、今こそ証明しましょうか――敵が1体じゃつまらないですがね」
今回もやはり出撃と同時に装甲を脱ぎ捨て、マッチ棒の如き華奢な機体にマントとシルクハットと、マジシャンのようないでたちで腕とアルジェの攻撃をかいくぐりながらも、独立型戦闘用子機『ハート』と連携しながらサムライブレード『バターナイフ』を切りつける。
「わざわざ証明しな――おっほう!」
幻影と金色の粒子を纏いながら、殺人的な軌道で回避するたびに襲い来るGがミルを黙らせた。
「無理です。1発くらい当たってあげようかと思っても、物事には限度があります」
挑発以外の何でもない事を、しれっと言いのける。それがスモーキーと呼ばれる男、エイルズレトラ=マステリオである。
蒼く半透明のドーム型頭部と一対の赤いカメラアイを持つ中量二脚機のアローヘッド。体全体は白く角ばったシルエットを持ち、作業用で初期型なせいか、置いてきた最新機と同じシリーズとは思えないフォルムをしていた。
だが推進力に関しては全くもって引けを取らず、ソンがGに苦しんでいてもスピカはお構いなしに加速を続け、そしてゾンビシェイドに目を向ける。
「ラストバトル……放たれた矢は、決して戻らない……」
ALC(アウルリミットキャンセラー)が起動し、アローヘッドの制御装置が一時的に解除され、大量のアウルが機体を巡回、それは機体前方へと収束していった。
瓦礫から瓦礫へと移動しながら照準を合わせるのだが、先にゾンビシェイドから放たれたエビルインプが迫りくる。
地表すれすれを這うように飛来し、生き物のように障害物をぬるぬるとかわしてはアローヘッドへ肉薄。アローヘッドの周囲に浮かぶ琥珀色の球形『スタンダード・フォース』で対空レーザーや対地レーザー、それに反射レーザーで周囲を固めていたが、それをかいくぐられてしまった。
エネルギーコーティングされた手甲で受け流そうとするが、その腕にエビルインプが噛みついてきた。
機械的行動ではない事に虚を突かれはしたが、アローヘッドは噛みつかれた腕を壁に擦りつけ、エビルインプを引き離すと背部のハッチが開かれ、一瞬のチャージののちに高出力ブーストでその場を離れる。
そしてスタンダードフォースがエビルインプに体当たりしたかと思うと、装甲を回収し、噛みつかれた腕の修復作業が行われた。
「鹵獲弾……装填して、正解だった……」
「硬いとかそんなんじゃないとか、反則だろ!」
殿をしていたメンカターデはドーナツ状にビットを展開し、そこからエビルインプの迎撃をしていたのだが、破壊した瞬間にはもう戻っていて、その進攻を全く食い止める事ができていなかった。
ついでに狙いやすいよう中央突破するように仕向けていたのだが、最初からそのつもりで真っ直ぐに飛んでくるゾンビシェイドにはあまり意味がなく、攻撃を繰り返しても一瞬で再生されてしまう。
逆にゾンビシェイドから放たれる怨霊のようなエネルギー弾に、メンカターデはいたぶられていた。
「僕が引いたら、皆(未来の客)が逃げられない(店に来られない)じゃないかっ……!」
としおが叫ぶも耐久性のないメンカターデは撃ちあいの末、ぼろぼろとなって膝から崩れ落ち、前のめりに地面へと沈んでいった。
怨霊をかわしながら、ミサイルヒュドラでゾンビシェイドの行動を妨害していた英雄が、舌打ちする。
「く……紫電改ならこんなやつは……!」
苦々しく呟くが、マウの不安げな顔が目に飛び込んできた英雄がニカリと笑う。
「無事帰ったらチューですよ。そのあとは、一緒に暮らしましょう――お腹の子、何ヶ月です?」
マウの握られた拳が、英雄の顎を捉えるのであった。
そこに迫りくるエビルインプ。英雄の判断は早く、ミサイルヒュドラをパージして、バルカンで牽制しながらも引き離しにかかる。
「もはや支援するくらいしか役に立たんな」
リンクシステムを作動し、ビットであるエビルインプの居場所やらゾンビシェイドとの細かな距離を全員と共有し始めた。
詳細な情報を得た事で、とうとう彼女が動き出した。
ライトニングパレード改とマジシャンWBが肉薄するそこへ不意にグレネードが投げ込まれ、辺りを爆風が覆う。
「後ろ、とったわァ♪」
両翼から発生させていた簡易ステルスで今の今までずっと気配を殺していたマブイエグリが、突如としてゾンビシェイドの背後に出現した。
すでに金の粒子を纏い、未来位置を予測していた黒百合のマブイエグリがゾンビシェイドの回避先へ向け、多連装ミサイルコンテナを三連続で発射する。もちろんそれだけに留まらず、装填して撃てるだけ撃ち続けた。
「消えてなくなるまで、続くわよォ!」
ライトニングパレード改はその場から離脱し、薄く笑みを浮かべたエイルズレトラはマブイエグリの猛攻の中にあえて留まっていた。ミルの悲鳴が聞こえる気もするが、そんな事もお構いなしにマジシャンWBは変則的な回避を続ける。
「攻めるなら、ここ……チャージ完了、放て……ッ!」
アローヘッドの機体表面に青白いプラズマが這い回り、頭部のドーム型パーツは解放されてカメラアイが剥き出しとなり、前方に溜められた波動はさらに膨らみ、放たれた。
爆炎の中を一筋のエネルギーが貫いていく。
「離脱離脱ゥ♪」
波動砲の表面を滑るように遡ってマブイエグリが離脱――すると、この男が立ち上がった。
「美味いラーメンを食べるんだぁ……ッ!」
撃沈したと思われたメンカターデが炎をバックに立ち上がり、全ての砲門を開いてライフルの照準をゾンビシェイドがいるであろうところに定める。
メンカターデが全弾を撃ち尽くした後、悠々とマジシャンWBが無傷で爆風の中から飛びだしてきた。だが機体全体がガタガタと震えていたかと思うと、機体が少しずつばらけ始め、どんどん分解していく。
「ああ、やはりもちませんでしたねえ」
「ばかものぉぉぉぉぉぉ!」
ミルの絶叫と共にもはや惰性のみで動いているマジシャンWBは、遥か彼方で完全に分解するのだった。爆風が収まると、そこにはゾンビシェイドの破片があるだけ――のはずが、その状態からも再生が始まっていた。
「あの状態でも再生するのか――これ以上離れると、奴を爆発に巻き込めなくなる……兄さん……さよならだ」
分離するとライトニングパレード改は修平機を踏み台にするように蹴り飛ばし引き離すと、ゾンビシェイドに向かっていく。4足歩行のライトニングパレード改が、頭部のナイフをゾンビシェイドの破片に突き立てて、来た道を引き返していった。
「アルの存在はきっと兄さんに迷惑をかけてしまう、艦や機体同様ここで消えるべきなんだ……サド、人の世に天魔の存在は不要。ここで一緒に消えてもらう」
広間にまで戻ってきたライトニングパレード改は、ゾンビシェイドを煉獄艦に縫いつけ、そして世界が白やむ。
「……さようなら、兄さん……」
全てが白い光に飲み込まれていくのであった――
全てが更地になったそこで、地面が盛り上がる。
顔を出したのはエイルズレトラ――と、ミル。
「生きてた……」
「いやはや、今回もやはりでした。さて、帰ってゲームの続きでもしますか」
「色々終わっちまったな……」
更地となった周囲を見わたし、英雄はマウの腰に腕を回して引き寄せる。
「さ、帰ろうか」
歓喜の声を上げ、できる限りの速度で帰っていくメンカターデ、それを横目で見ていた黒百合も、身を乗り出していたコックピットに引き返していく。
「さァ、次は何処のお掃除かしらねェ」
「目を覚ましたか?」
目を開いたスピカの視界には、いつもの研究員の顔だけが広がっていた。スピカは研究員のその頬に手を添えると、研究員の男は何も言わず、スピカの手に自らの手を重ねる。
安心した表情のスピカは再び、目を閉じるのであった――
●そして白かった世界に色が戻る
目を覚ました修平は妙に落ち着かない気分のまま、日課の早朝ジョギングへ向かった。だが自然といつものコースから外れ、アルジェが居候している海の家、そこにあるバーへ。
こんな時間でもそこにさえ行けば、彼女に会えるはずだった。
――だが近づくにつれ足の回転は早まり、息も上がっていく。どうしようもない不安を抱えたまま扉を開け放つと、変わらず清潔で綺麗に整頓された食器や調度品……しかしその主の姿は、無い。
ガクリと膝を突き、頭を垂れる修平の元へ、不思議そうな表情をしたアルジェが現れた。
「修平? 朝からどうしっ……なんだ? 今日は随分と甘え上手だな……」
抱きしめられたまま、愚図る子供をあやす様に修平の頭を撫でながら、彼の温もりが逃げぬよう包み抱くアルジェであった――
【AP】煉獄艦エリュシオン地・終