.


マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/03/28


みんなの思い出



オープニング

【勿忘菫】
 淡雪のほのかな想いは優しさなのか
 小雪舞いながらも咲く菫、和らぎを感じさせてくれる――


(まさか私がのけ者にされるとはな……)
 苛立ちを隠せないアルテミシアは普段、広げることのない白い翼を広げ、空を駆けていた。むろん、侵攻されたという鳥海山にむけて――ではなく、北上している。それも、大規模な侵攻のあった方面とは真逆の位置からだった。
 大規模侵攻を自分だけで止める事などできないし、今から引き返したとしても、着ついた頃には終わっているかもしれない。ならば自分がするべきことは、可能性でしかないが別ルートの足止めという判断であった。
 とはいえ、それは建前にしかすぎない。
(ベリンガム様としては落ちないと信じているのか、落ちても構わないと思っているのか不明だが、少なくとも優先順位としては南の方なのだろう)
「なら私は、アレが来る可能性のありそうなルートで出迎えるだけだ」


「乗り込むなら今って、話なんですがねぃ」
「いい加減、その愚痴よさぬか。与一」
 枝から枝へ飛び移る与一へ、腕も脚も大きく振り上げて地上を走る、見るからに筋骨隆々な男がたしなめると、与一は「すみやせんね」と口をつぐむ。
 だが愚痴をこぼさなくなっただけで、不満が解消されたわけではない。
 自分達が誓った人間の少女、その目に負った傷を作ったであろう張本人トビトが冥魔の侵攻を受けた。それに便乗して乗り込むと宣言した与一を反対したのは、与一と一番付き合いも長く、カリスマ性が高いリーダー格の女悪魔だった。
 宰相殿に狙われたなら、放っておいても目的は果たせる。我々で行く必要はない――もっともな言葉だが、与一としてはそれに納得できなかった。
 だからこうして、向かっているのである。幸いな事に1人ではないのだが、ちょっとめんどくさいかもしれないなと思い始めてもいた。
「アレの言葉ももっともだが、ルシフェル様が動いているとなれば、行かぬ訳にはいかぬというのもまた道理。たとえヌシが行かなくとも、我が輩は向かっていたであろう。否、向かわなければなるまい!
 この、ルシフェル様の次に次に美しく、ルシフェル様の次に強いこの我が輩が!!」
(自称もここまでいくと、わけのわからない自信になるもんですやね)
 高笑いをあげる筋骨隆々の悪魔に与一があきれていると、その後ろを走る少女が石を拾い、後頭部めがけて投げつける。
「ご主人、うるさい」
 痛くもかゆくもない物理攻撃だが、心にしっかりとダメージを刻み込まれ、全力疾走のまま頭を垂れた。
「……ねえぼくきみのごしゅじん」
「ああはいはい、ご主人だな。わかってる、わかってるさ。
 だから相手にするのもめんどくさいことを言ってないで、口を閉じたまま走れ。ついでに鼻も閉じてくれて、構わんぞ」
「我が輩といえど、呼吸は必要なのだが」
「知っている。だから息の根を止めてくれという話だ」
 走りながらも肩を縮こまらせ、傍目にもしょんぼりとしているのがよくわかる。
(ヴァニタスってぇのは、みんなああなんですかねぃ)
 多少の爽快感と大きな戦慄にブルリと身を振るわせる与一だが、その広い視野に一瞬、金色が映った。見覚えのある金色かと、顔ごと向けて凝視する――と。
「リパルション!」
 飛んでくる大木に着物の裾を翻し、近くの枝に飛び移ると同時に、矢を放っていた。しかし、「アトラクション」と静かな声に引き寄せられ矢は加速して軌道を変え、誰かの掲げた手の中へすっぽりと収まる。
 立ち止まる3人が見た先に、筋骨隆々ながらもスマートな体型で金髪の男――天使シェインエルがそこにいた。
「弓使いか……私の妹で慣れたものだが、用があるのはお前ではない。
 まさか、こんなところであえるとはな。偶然という奴も存外、捨てたものじゃない」
 シェインエルが見据え眼差しには、優とその主人が映っていて、むしろその主人だけに注がれている。そしてその主人もまた、シェインエルに視線を返していた。
 どちらともなく口角をつり上げ、不敵に笑う。
「……やっと、お前に会えたな」
「10と数年ぶりに見る顔ではないか。我が輩を捜していたとなると、雪辱を晴らしにきたのではないかね?」
「確かにあの日の私はお前にいいように遊ばれていた。
 だが、私が晴らすべきは雪辱ではない。間接的にお前が殺したミアの敵、とらせてもらうぞ!」
 吠えるシェインエル。始まる2人のバトル――取り残された感のある優と与一は、ただその戦いを眺めるしかない。
「……あっしは行かせてもらいやすって、ご主人に伝えておいてくんなまし」
 優に言付けを頼み、自分のすべき事を優先した与一は再び鳥海山を目指して進むのであった――

 息を切らせ斡旋所へかけこむなり、スズカ=フィアライトは真宮寺 涼子へと詰め寄った。
「アルテミシアさんと与一さんの情報が……!?」
「ああ。写真画像で一般人にも顔が知られているおかげで、一般人からの通報でわかった。シア様は北上中、与一は南下中だ。
 与一はまっすぐに鳥海山に向かっているからルートの推測がしやすいが、推測でしか動いていないであろうシア様に関しては、捜さなければ会えんな。捜しているうちに2人が衝突する事もありえるだろう」
「そっか……なら、与一さんを引かせることができれば、今回、2人の対決は回避できるってことだよね」
 スズカがなにを考えているのかわかった涼子だが、ただ「そうだな」と短く肯定するだけだった。
 ほんの少しの間、腕を組んで難しい顔をしていたスズカはやがて、スマホを手に取り、耳に押し当てる。わずかなコール音のあと、つながると同時に口を開いていた。
「父さん、ごめん。おいら、仕事をみんなに頼みたいんだ。依頼料はいつか必ず返すから、今回のは父さんに用意してもらっていいかな。
 ……うん、そう。ありがとう、父さん」
 スマホから耳を離しポッケに収めると、涼子に向き直ると、来るとわかっていた涼子が手続きの用意を済ませていたところだった。
 淡い雪を散らした菫の色をした服のスズカは涼子に向け、口を開く。
「おいらの身勝手な依頼だけど、みんなにお願いしたいんだ――」


リプレイ本文

●それぞれの決意

「ここで待てば、あちらさんからやってくるっていう話だよね」
 林の遠くに向けて目を細める狩野 峰雪(ja0345)が神妙な面持ちのスズカに目を向けると、ラファル A ユーティライネン(jb4620)に背中を叩かれているところだった。
「今回のことは全てスズカにかかってんだぜ。お前さんがしっかり当ててくれねーと、どうにもなんねーんだからな」
「そうだ、本命の仕事はスズカ、お前に任せる。それ以外の事は私達に任せろ」
 スズカ以上に神妙な顔をした川内 日菜子(jb7813)がスズカと、そしてラファルをそれぞれ見る。その表情は抑えきれない何かを抑えつけ、作り上げているようであった。
「うん……おいらは、おいらがやることに集中するよ。おいらがそうするって、決めたんだから」
「あとこれはスズカの判断に任せるが、できるかぎり飛んでいてくれ。その方が都合もいいだろう」
 頷くスズカ。スズカ自身の実力はまだ決して高い分類ではなく、あくまでも、それなりでしかないと自覚していた。
(それなりでも相応の覚悟は持ってもらわねーとな)
 その覚悟が十分に見てとれたことでラファルはそれ以上、声を大にする必要はないと前を見据えるのであった。
(スズカ君の覚悟はすごいなぁ。私も敵として戦うべきか悩んだんだけど……私はやっぱり、スズカ君もアルテミシアさんも与一さんも、大切だと思ってるから。
 敵としてではなく、3人の味方として戦いたいな)
「私は『守る』撃退士だからね!」
 覚悟と決意を口に出して自分を奮い立たせる高瀬 里桜(ja0394)。そしてスズカの背中をじっと見つめたまま、その覚悟を耳にした新田 六実(jb6311)は知らず知らず、顔の前で拳を作り上げていた。
(……男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うけれど、あっという間に置いていかれちゃったなぁ)
「でも、ボクだってスズカちゃんと同じだから、ボクだってできることは全部試してみるよ!」
「いやあ、みんなやる気だね。僕はまあ、アシストにでも徹しさせてもらうよ」
 言葉に熱を感じさせない峰雪だが、それもまた、仕方ない話であった。本人の性質もあるが、そもそも、それほど関わってきたわけでもない。
 そして同じように、これまで関わる機会のなかったユウ(jb5639)もいるが、ユウにとってそれこそ、大きなイニシアチブだと考えていた。
「私は皆さんから与一の情報を得ていますが、与一は私の情報を持っていない。目的達成のためにもこの状況を上手く利用したいですね」
 もう一度、与一の資料に目を通し、その姿を目に焼き付けては林の向こうへと目を凝らす。
 ――まだ遥か遠く、枝が揺れたような気がした。
 そう気が付いた時には次々と枝が揺れ、こちらへドンドン近づいているのがもう、はっきりとわかる。
「来ます」
 箒を手にするユウが静かに告げると、全員の視線が一方向に注がれた。
 すでに向こうも気づいているはずだが、速度を緩める気配もなく、戦意が膨らむ気配すらない。
「襲ってこねーかぎり、ガン無視きめこんでやがんな――こっちとしちゃ好都合だけど、よ!」
 機械化されていたラファルの身体は偽装を限定的に解除し、内蔵されたフライトシステムを展開して地を蹴ると、高く飛ばず、地と林をなめるようにして消えていった。
 ラファルの動きに合わせ、皆が皆、距離を保てるように散らばっていくが、日菜子はまだ動かず、ちらちらと見え隠れする与一を睨みつけていた。
「つくづく気に入らないな……スズカが自分の想いを貫くというのなら、私も私の想いを貫くまでだ」
 吐き捨てるように言葉を絞り出すと、日菜子は愚直だと知りながらも与一へ真っ直ぐ、一直線に向かっていく。
 与一の姿がはっきりと見えるなり、里桜が走りながらも「こんにちはー! また会いましたね与一さん!」と声をかけた。
「与一さんの思いはきっと久遠ヶ原でも叶えられると思いますけど……こちら側にくるつもりはありませんか?
 昔と今は違います。 悪魔も天使もあふれている学園なら、与一さんが一緒に戦ったところで問題ないでしょう? 志が同じなら天使も悪魔も関係ないので!」
 その答えとして、里桜の足下に矢が突き刺さるがその態度は予測済みだったのか、里桜はさしてショックも受けず、あっけらかんとしていた。
「では……ぼこぼこにして拉致しちゃえば問題ないですよね? 撃退士らしく、拳で語ることにします♪」
「私はもとより、そのつもりだがな!」
 日菜子の燃え盛る拳が与一の進行方向にある樹木をなぎ倒し、飛び乗る先を失った与一が日菜子の前へと降り立った。
「ここであったが100年目だ。あんたの顔を思い出すたびに、傷が疼いて仕方なかったぞ」
「そいつはすみませんでしたねぇ――で、なにをしやしたかな」
「本っ当に……!」
 憤ったほんの一瞬で射ってきた矢を手の甲で受け流し、高々と飛びあがる日菜子。一回転、炎を纏った脚を与一めがけ振り下ろす。与一が交差した腕で日菜子の足を受け止めると、炎のアウルが爆風となって吹き荒れた。
 与一の退きに合わせ、拡散されたダメージに一瞬だけ顔をしかめながらも日菜子が前に出る。
(んー、アウルの鎧じゃあの拡散に効果がないのかな?)
 日菜子へアウルの鎧をかけていた里桜がそんなことを思っていた。
 退く与一へ不意に峰雪の呼び出した隕石が降り注ぐが、しっかりと見ていたらしく、退く方向を変え、やり過ごされてしまった。
 方向を変え、日菜子が距離を縮めるタイミングに合わせ、ユウの箒から飛びだした黒猫が与一へ襲い掛かり、頬に爪で小さな傷をつけた。その傷が日菜子の頬にもできるが、そんな事など気にも留めず、日菜子は与一に張り付き拳を次々と繰り出す。
 かわしはするも、いくらかはかわせず腹に拳を受け、そのたびに日菜子の身体にも衝撃が走るのだが、日菜子は一向に退こうとしなかった。
「普通、自分との接近は嫌がるもんなんですがねい」
「あいにく、私はこれしかできないからな!」
 常にインファイトされてやりにくそうにする与一だが、それでも視界の隅に映るスズカ、峰雪、里桜、ユウ、六実の動向くらいは常に意識を払っているらしく、六実の手から生み出され、逃げる先に向けて放たれた無数の蝶にも反応してみせた。
 しかも拳の間断を縫って、胡蝶を使った六実へ矢を放ち、その矢は六実の肩に突き刺さる。肩を押さえる六実。
「やっぱり当たらないよう……」
「どんな効果が知りやせんが、その手のモンは食らえば一発逆転される可能性があるってことはわかっていやすからねぃ」
(では、当たれば勝てる確率が高いということですか)
 日菜子の隙を埋める様に立ち回るユウがそう、言葉の裏を取る。そして日菜子に向けられた1本の矢が増え、自分にも降りかかると悟った瞬間、体の前に魔具を構えていた。
 いくらかは防げたが、身体へ突き刺さる感触に顔をしかめるユウと日菜子。
 だがそれでも日菜子は前に出る事を止めないし、ユウはその隙を埋めるための行動を淡々と続ける。そこに峰雪が手をかざし、舞い上がる砂塵が与一へと襲い掛かったが、それでも与一には当たらず、的確に反撃されるだけだった。
「いやいや、言うだけあってこの手の警戒心は高いねえ。
 おっと、スズカくん。ずっと弓もしくは腕だけを狙い続けてたら相手も警戒するだろうから、フェイントをかけてみたり、不意を突いてみたり、みんなと同時攻撃や波状攻撃して避けづらくさせたりと単調な攻撃じゃなくて、当てやすくなるよう工夫してみるといいかもね」
「うん、わかったよ」
「それとね、弓を狙うなら弦の部分が脆そうだし、腕を狙うなら二の腕の方が動きが少ないから狙いやすそうだよね」
 素直に頷くスズカへ、肩から滲む血を手で押さえながらニコリとした笑みを浮かべてからもう一度、八卦石縛風を使うタイミングを計るのだった。
 この間にも六実が無数の石剣を投擲するのだが、それも与一には見えているようであった。
「与一さん、なんで冥魔軍に力を貸すんですか? 何か理由があるなら、教えてください」
 里桜の呼びかけに与一は反応を示さず、かわりに若干の苛立ちを現すかのような一矢が天に向かって投じられる。
 たった1本だった矢は2本、4本と数を増やし、無数と矢が雨となって一帯に降り注ぐ。それは近い日菜子やユウのみならず、峰雪やスズカ、それに標的にはならないようにと注意していた里桜にすら届いた。
(この距離でも届くんだね。 覚えておこう……それに、ダメージの拡散は常時って感じだね。少し離れれば拡散ダメージは届かないみたいだけど、そのぶん受ける人のダメージが増えるのかな)
 観察を続ける里桜が今後につなげるためなのか、冷静に分析していた。
 日菜子とユウ、それにエクレールでの通常攻撃に切り替えた峰雪の攻撃で、与一へのダメージは確かに蓄積する――が、吸収による自己回復をしながらも近接を続ける日菜子や、時折、日菜子との間に立たれダメージ拡散の範囲に入れられたりするユウの2人の方がやはりダメージの蓄積が大きかった。
 里桜が回復してくれていなければ、きっともう動けていないかもしれないというほどである。
(ラル、まだか……!)
 頬を拭う腕の方がすでに赤い日菜子の祈り――それがやっと、通じた。日菜子の息が上がっているのと同様に、与一の息も上がっており、段々とその動きが雑になってきている。明らかに集中力の低下が見て取れた。
 それを見逃すはずもなく、低空飛行で大きく旋回し、潜航していたラファルが与一の後ろからその姿を現せる。
「油断大敵ってなぁ!」
 特殊なアウルの波動がこぼれる掌を構え、一気に与一へと詰め寄ると、後頭部に押し当てた。その波動が与一の身体に浸透していくが、ダメージを与えたような感じはしなかった。
 振り返る与一が、錘でも入れているのか重くて威力のありそうな袖を振り回し、それがラファルの脇腹に当たるのだが、そんな事もお構いなしにラファルは白狼の彫られた鞘から日本刀を抜き放ち、日菜子に目配せしながらも与一へと斬りつけた。
 刃先が当たった与一の足から、血が噴き出す。だが斬りつけたラファルに裂傷ができず、また、常にインファイトである日菜子にもできなかったという事は――
「おぉぉ!」
 日菜子の燃え盛る拳が、与一の逃げ場である樹木を倒す。
「……いかせてもらいます」
 静かに告げるユウから2本の角が生え、漆黒のドレスを身に纏うと銀色の銃を抜き放ち、与一を巻き込むように不可視の結界を展開すると与一の傷からさらに血が溢れ、かわりにユウの傷が塞がっていった。
 そして間髪入れずに不気味な色合いの鋼糸を手にすると、与一の身体を狙って巻きつけ一気に引っ張り上げる。
「今です、狙ってください!」
 声高々と叫ぶユウ。
 だが鋼糸が巻きつく前に矢を滑りこませ、隙間を作っていた与一はほんの一瞬だけ止りはしたが、こうなることも予測済みと言わんばかりに淡々とした動きで糸から抜け出していた。
「この程度では貴方の予測を上回れないということですか……ですが、私1人ではありませんので」
「ボクだっているんだから!」
「私もいるよ!」
 いつの間にか近づいてきていた六実と里桜が地面に手を置くと、逃げたつもりでいた与一の足元から何者かの腕と聖なる鎖が噴き出す様に生まれ、それが与一の身体に纏わりついていく。そこでやっと与一の動きが、止まった。
「スズカちゃん、今だよっっ」
 六実が叫び、今の今までタイミングを計っていたスズカが空を見上げ、翼を広げた。
 そこに峰雪がそっと耳打ちすると、スズカは頷き、空へと舞いあがり矢を番えたままその時を待った。
 ニコリとした峰雪が銀色の拳銃から轟雷を鳴り響かせ、与一の腕を狙う。しかし足が動かなくとも上半身を捻ってやりすごす与一だが、伸びきった身体が戻る前にその『覚悟』が飛んできた。
 たったの一矢――だがその一矢は、伸びきって身体の自由が利かない与一の弦を射ち貫くのだった。


●少年の結末
(やったか、スズカ……!)
 達成感が疲労感と重なり、日菜子の身体に重くのしかかってくるが、それでも歯を食いしばり一歩を踏み込んで動けない与一の頬に渾身の一撃を叩き込んでいた。
 殴り飛ばされた与一は地面に転げ、手をついて跳ね起きると一足飛びで樹の上へと跳躍する。
「……色々とやってくれますねぃ」
「これだけやっても、あんたが死ぬワケないだろうしな。何せ男爵級の攻撃力だって無いし、お喋りする余裕もあったくらいのあんただ」
 少しだけすっきりした顔の日菜子が皮肉気に告げるが、与一の方はあまり気にしないどころか、楽しげな顔をしていた。
「ま、油断してたおめーさんがわりーのさ」
 刀身の背を肩に乗せ、してやったりという顔のラファルが日菜子の横に立つ。わからないようにだが、満身創痍な日菜子の身体を支えるかのように立っていて、日菜子もラファルに少し体重を預けながらも、与一を見上げ続けていた。
「私達をそこまで甘く見ていたわけでもないのでしょうが、少々、認識が甘かったのも確かなのでしょうね」
 角を収め、いつもの姿に戻ったユウがにっこりと笑う。
 与一が「そうなんでしょうねぃ」とあっさり認め、弦の切れた弓をまじまじと眺めていた。そんな与一に向かって里桜は口に手を当てて、大声で呼びかける。
「ところで最初に拉致すると言いましたけど、与一さんに無理強いはしませんから! それは与一さんが選ぶことだからね!」
「ありがてぇことですけどねぇ。でもこれくらい、すぐ直せると言ったらどうしますかねぃ」
「それならまた、同じことをするだけだよ」
 とぼけた口調の与一へスズカがはっきりそう言うと、与一の目は嬉しそうに細められた。そして枝の上で立ちあがる。
「せっかくの努力をふいにしませんでさぁ。どのみち今日は時間をかけ過ぎやしたし、傷も受けやしたからね――さて、自分はもう戻りますさね。ツレのことも気になりますから」
 もう一度スズカに目を向け、何かを伝えるように頷くと、来た方向へと戻っていくのであった。

「よかったね、スズカちゃん!」
 去っていく与一を見上げているスズカへ、六実が駆け寄っていくと、スズカも笑顔で返す。
 目的もあやふやなまま突っ走ったり、転んでいじけたりしてた頃とはもう違うスズカを後輩ではなく同僚として見ようと決めた日菜子に、今のスズカの笑みが眩しく見えた。
(後輩がこうやって成長したのに、私は私情ばかりで動いて嫌になる――こんな調子で先輩と名乗るのは、ちょっとな……)
「先達だって後進に学ぶ事だってあるものさ。それに、まっすぐ進むことも悪いことじゃないもんだよ――人生の先輩として教えておくよ」
 見透かしたかのような峰雪が、空に向かって言い放つのであった――


【一矢】少年、一矢投射す  終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
 烈火の拳を振るう・川内 日菜子(jb7813)
重体: −
面白かった!:13人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
『三界』討伐紫・
高瀬 里桜(ja0394)

大学部4年1組 女 アストラルヴァンガード
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅