●天魔サイド
「冴木、人類の敵となって後悔しているか?」
「――いえ、別に。あなたの方こそ、どうなの?」
「俺はもう、人類の味方だ天魔の味方だなんて話に興味はない。ただただリツのために、戦う」
●人類サイド
『拝啓、私の愛しの旦那様へ
お元気でしょうか? 私は今所属先で……』
「社畜に成り果てています、と……」
「ん、何か言ったかい?」
一言で言えば巨大なビットとしか呼べない、黒一色で円錐状の機体「連携型重砲ユピテル」に乗るジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)――いや、ここではジェラルド=ブレイヤーと名乗っている、巨大コンツェルン・ブラックパレード商会の会長が、孔雀のような形をした新型のナナイロ粒子炉の試験運用機「ナナイロ粒子炉搭載型特機(仮)」から聞こえた、シエル・ウェスト(
jb6351)の呟きに首を捻る。
「お仕事嬉しいなって言っただけです、会長」
(テストパイロットに選ばれて嬉しかったのは、昔の話……あらためて思うと、何なのこのブラックぶり。転職したいけど、収入とかを考えるとなぁ……あちらさんのテストパイロットは、どうなんだか)
シエルが目を向けた先――戦闘機の製造で知られている東洋系資本のオウカ重工の機体だけあって、戦闘機を彷彿させるAB「ゲートガーディアン」と、その専任テストパイロット・坂井 隼(真名・仁良井 叶伊(
ja0618)がいた。
「突貫工事にしては上出来、ですかね……」
ゲートガーディアンを見上げる隼。
以前からあったアークシルフィード2Gのアーマーモジュールに、電子攻撃システム「ストレガ」を無理やり搭載させたものである。
「とはいえ、フィールドが展開できるわけでもないですし、耐久もそれなりに上がってはますけど総攻撃や自爆を阻めるほどじゃないんですよね。回避性能も高くないし攻撃力も絶無ですし、油断しないようにしないと」
「かわせないとか、ぞっとしますねえ。おっと、お先に失礼しますよ」
隼の呟きに、思わず口を挟んでしまったエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が乗っているのは、舞台のマジシャンを思わせる白と黒のツートンカラーに塗装されていた装甲をすでに脱ぎ捨てた機体「マジシャンFD」で、発艦の許可を得る前に宇宙空間へと飛び立っていた。
「フヒヒ……いあ、いあ。雪子もイかせてもらいますか、雪子、出る! とか言っちゃったり」
フヒヒと笑うパイロット、玉置 雪子(
jb8344)は何がそこまで楽しいのかというくらい、コックピットで転げまわっている。
氷のように透明な角柱の集合体で形成され、全体的にずんぐりとした名もなき機体。「名状しがたいレジ●イスのようなもの」などと呼んでいるそれが、揺れるほどに激しくだ。揺れるレジ●イスが十字状に配置された7つのカメラアイを黄色く輝かせ、ふわりと浮いてはソラへ飛び立っていった。
「さ、ボクらも遅れを取っていられないよ。1分1秒にお給料払ってるんだからね♪」
「シエル・ウェスト、行かせていただきます!!」
「ゲートガーディアン…行ってまいります」
次々と発艦し、格納庫は静かとなる――が、まだ出撃していない1機が。“自由なるラ・ピュセル”の名を持つ、「ラピィ・ザ・リベロ(通称“ラピィL”)」であった。
セーフモードで静かにずっと佇んでいるその中で、夢前 白布(
jb1392)もまた、操縦桿を握ったまま静かに目を閉じ、身じろぎひとつしない。
「――どうしても、そういうつもりなんだね……冴木さん、夢野さん。だったら、僕も覚悟を決める。ラピィ、最後まで付き合ってくれ!」
「少し、仕事をさせてもらいますね――ところで、他のブルーファントムと混同したり呼びにくいですし、彼の機体を『ダイサエキ』というコードネームにしませんか?」
発艦と同時にデブリへ身を潜め、デブリの間に蜘蛛の巣のように爆導索のワイヤーを設置する隼がそんな提案をすると、白布が一瞬だけキョトンとする。
「コードネームは構わないと思うんだけど……見た目は確かに中性的な男性っぽいですけど、れっきとした女性ですよ」
意外そうな顔で「そうだったんですか」と呟く隼。
シエルの特機がデブリをかわしたその先で小さなデブリに当たり、反射的に動いてしまって他のデブリに当たるという、悪循環を繰り返していた。
「あ、くっそ……!」
イライラが募るシエルは次第に、部署や会社への愚痴を垂れ流しながらも前へ前へと進んでいく。
そして誰よりも先に接敵を開始したのはやはり、超高速で飛び回り、デブリの中をもスイスイと泳ぐように翔けるエイルズレトラのマジシャンFDであった。
ダイサエキや夢野の乗る「ヴァダーニア・バズキル」はまだ後方だが、先行するノーマルブルーファントム5機が一斉に武器をマジシャンFDに向ける。
「火のない所に煙玉。さあさ、皆さん語一緒に僕を殺してごらんなさい」
ハットの中から独立戦闘用子機「ハート」を放つと、マジシャンFDは小馬鹿にするように敵の前をわざわざ横切り、それからジグザグに動きながら離脱する。
マジシャンFDに狙いを決めた5機が追いかける。それなりの腕はあるようだが、それでも幻影を纏ったマジシャンFDに当てられる要素が全くなかった。
その様子に夢野は思わず、「酔狂なやつもいたもんだな」と肩をすくめる。
「酔狂? ……えー、僕がアルコールを飲んでる様に見えますか? まあ、飲んでなくても、人間は酔いも狂えもしますがね」
デブリと弾幕の中を木の葉のようにクルリクルリとかわしながら、それだけの軽口を叩けるエイルズレトラへ「確かに、狂えるんだろうな」と夢野が苦笑していた。
「夢野さん、何があなたを狂わせたんですか!」
焼夷手榴弾『焔翼』をほうり投げたラピィLで呼びかける白布の悲痛な声にも、ただ苦笑を通すしかなかった。
「愛の戦士……いや、これは古臭い言葉だな。
だが、そういう事だ。愛は地球よりも重い、俺はその言葉を体現する為にここにいる……さぁ、来いよ!」
台無しにする者の名を持つヴァダーニア・バズキルがイミテイテッドファンタジアで焔翼を爆破し、ツヴァイハンダーを正眼に構える。
その隣のダイサエキもまた、長大な刀を両手で構えていた。
今まさに戦闘が開始されるというその時、ヴァダーニアやダイサエキ、それにマジシャンFDを追いかける5機のモニターにノイズが走る。
「強制的にリンクさせていただきましたよ」
本来なら強化援護するためのハイパーリンクだが、ゲートガーディアンはあえて元人類機達にかけたのだ。
「命中精度を下げるとか、もったいない話ですねえ」
そう言うエイルズレトラのマジシャンFDがダイサエキとヴァダーニアのすぐ前を横切ろうとすると、どちらもが手を出してはきたがその刃は空を切るだけに終わった。
「おや、あなた強い人ですか?
僕は今、敵全員にちょっかいをかけるのに忙しいんです。僕と遊びたいなら、後で遊んであげますよー」
ではまた後ほどーと小馬鹿にしたような言葉を残し、5機を引き連れてマジシャンFDがあえてデブリ群に引き返していく。
マジシャンFDを追いかけていたうちの2機がゲートガーディアンに向かっていくと、シエル特機が横を通り過ぎていった。
「ああ行き過ぎた、クッソ!
私ゃあなぁ!! んな事するより旦那ん所に帰りたいんだよォ!!」
八つ当たりの粒子重機関砲で2機を狙い撃ちにするも、狙いが甘い上にワンテンポ遅かったため、圧縮されたナナイロ粒子はデブリを削るだけに終わった。
普段ならこんな無様は見せないものだが、イライラが募っている上にジェラルドに見られているプレッシャーが社畜の心をどんどん黒く染め上げていく。
――プツン。
「なぁにが社長が来てるからだァ?! 増やした研究費でロクでもない研究するんだろぉ?!」
「あ、聞こえてるし、これって録音されてるよ?♪」
ジェラルドが釘を刺すが、シエルは愚痴と不満を垂れ流しながら粒子重機関砲を乱射する。
「やっべぇ自制が効かなくなってきてるわ! そこんとこどう思います社長さん?!」
「……君の処遇については、後ほど文書で通達しようか☆」
この時、暴走する社畜には血の気の引く音が聞こえたという。
粒子重機関砲をかわす2機だが、1機がその先にあった蜘蛛の巣状のワイヤーにひっかかり、爆風に飲み込まれた。その爆風から飛び出してくるが、ジェラルドは見逃さない。
「墜ちてもらうよ♪」
ユピテルの先端に集約する、エネルギー。超重砲『ドーラ』から放たれたエネルギーはデブリをものともせず、どこまでも一直線に伸びていく。
貫かれたブルーファントムだが、大爆発はせずに機体の形を残したまま、動かなくなった。
そして残った1機がユピテルに狙いをつけ、接近するそぶりを見せると、その形状では想像もつかない加速力でユピテルはその場を離れ、黒一色のその身体で宇宙の闇に紛れる。
目標を見失った1機だが、近くのデブリで移動を繰り返しているゲートガーディアンに狙いを変えるだけだった。
「すみませんがどなたか支援、いただけませんか」
隼の要請にシエル特機が、ブルーファントムを追いかける。
するとそのブルーファントムの前を透明で小さな角柱が飛びまわり、ちかりと光ったかと思えばビームを繰り出す。ただしそれの狙い方は雑なのか、ブルーファントムに当たりはしない――が、動きが制限された所でシエル特機の重機関砲をお見舞いする。
「狙い定めないとか、なーにしてるんだか!」
「いやいや、ちょっとお手伝いをね!」
どこかのデブリに隠れ、何となくで攻撃を繰り返す雪子が舌をぺろりと出すのだった。
意識の逸れたブルーファントムの死角から不意に、独立型戦闘用子機『ハート』とマジシャンFDの単分子侍ブレード『バターナイフ』の同時攻撃が。
ちゃっかりトドメをさしたマジシャンFDだが、止まる事無くすぐにデブリ群を駆けまわり、それを追いかける3機――だがどこからか飛んでくるユピテルのドーラがその行く手を阻み、少しでも動きを緩めたならばシエル特機が確実に当てていく。
敵が減る事に不満気なエイルズレトラをそれでも追いかけるのだが、ずっと隠れていたレジ●イスを発見するなり、突如方向を変えた。
レジ●イスの左腕が抜け落ち、背中の角柱が発射台へと変形すると、「システムに深刻な障害が発生しています」と流れるが、お構いなしにぽちっとな。
「納豆ミサイルをくらえっ! うおっまぶしっ!」
30発のミサイルが辺りを埋め尽くしている間に、鈍重そうに見えるその図体に似合わぬ速度で、一気にその場を離脱するとデブリの裏に自分の分身を置き、本体はちゃっかり別の方向に逃げ、姿をくらませる。
「おお、ゴウ●ンガ! 見るがいいです!これがニンジャの力であります」
狙いも定まらないミサイルはデブリも敵も関係なしに飛びまわり場をかき乱し、それを好機と見たのか、シエル特機は孔雀の羽を広げ、飛びこんでいった。
その様子をジェラルドは意味ありげな笑みを浮かべ、頷いて見ているのであった。
空間を大きく使いダイサエキとの距離を保ち、ラピィLは遅い分類だが、それでもその回避行動でうまくかわしながら距離も詰め、長剣『セラフィックウィング』でヴァダーニアと斬りあっていた。
ネームド2人相手に立ち回るその姿はまさしく、エースと呼んでも差し支えない。
ダイサエキが急加速で一閃を斬りつけようとしてくるそのタイミングに合わせ、瞬間的にヘブンズヴォイスを発動させると、逆に急加速でタイミングをずらして懐へと潜りこむ。
「これで……!」
空間ごと凍結させられたダイサエキの動きが鈍り、その隙に長剣を潜りこませるのだが、さすがは元人類最強のエースだけあって防ぐ手立てをいくつも持っている。
「おっと、俺への注意が足りないぞ」
ヴァダーニアの刃がラピイLに振り下されそうになるが、その刃は忍び寄るマジシャンFDのバターナイフを受け止めていた。
そして動き出そうとするダイサエキの動きを制限するかの如く、ゲートガーディアンの汎用多弾頭ロケットが撃ちだされ、その中を孔雀が跳んでいく。
「大層な御託は要らねえってヤツですわ!! 私ゃあコレで飛べれば何でもいいのさ!!」
シエルが叫ぶとジェラルドが、「へえ」と漏らす。
「嘘です給料ください!」
ツヴァイハンダーをかいくぐり、シエル特機は虹色の弾丸を近距離であびせるも、ビットによって阻まれる――が、シエルの狙いはヴァダーニアではない。
ミサイルをかいくぐるために動き出そうとしたダイサエキへ、翠色の粒子を放ちながら飛行するビットが関節やブースターを狙い、その動きを制限する。
そして反転したシエル特機は装甲を脱ぎ捨て一気に加速すると、ダイサエキと一瞬の交差。孔雀の尾がいくらか斬られたが、ダイサエキの両脚を破壊していた。
そこへ詰め寄るラピィLに神速の一閃が襲い掛かる――が。
「覚悟はできているんだ……だから僕は、それを示すんだ――ッ!」
あえて踏み込んだラピィLは、コックピットで刃を受け止めにいった。
コックピット周りを一回だけ守る重力バリアが刃の軌道を逸らし、渾身の一撃が躊躇を見せたダイサエキのコックピット上を切り捨てる。
火花を散らすダイサエキから離れる、ラピィL。
「狙うなら今だけど――ふむ……このまま撃ったら殺してしまうね☆」
「え、社長にそんな分別が」
思わずシエルがポロリと漏らすと、ジェラルドは「ボクの事、血も涙もない冷血漢だと思ってない?」と苦笑するのであった。
「冴木さん、脱出するんだ! あなたは今は敵かも知れないけれど、僕たちはそんな事を望んではいない! もし僕らの声が届いたら、どうか戻ってきてほしい!」
「負けは死を意味する、その覚悟で挑む者にそんな言葉をかけても意味ないものなのよ」
それはつまり、このまま死ぬつもりであるという事――だが。
「お前の意図は知っていたよ、だから俺は台無しにするつもりだった」
ヴァダーニアの腕がダイサエキの残骸を貫き、大爆発。
「元チームの誼だ。地球に戻りな、冴木」
爆炎が収まらぬうちに夢野がそう言い残し、遠ざかっていく。後にはひとつのコックピットブロックが、宇宙空間に取り残されているだけであった――
●後日譚
「な、なんでしょうか。しゃっちょ」
ジェラルドに呼び出されたシエルがびくびくしていると、ジェラルドは辞令を見せる。そこにはシエルが兵器部門の部長に昇格する旨が書かれていた。
給与は10倍、職権も与えるという采配に驚く顔のシエルに、ジェラルドは笑ってみせる。
「どうしてって顔しているみたいだね☆ 単純にこれがキミへの評価さ。
今後の、実力主義を加速させる人事制度改革の、栄えある第一号ってわけだね。おめでとう♪」
【初夢】煉獄艦エリュシオン宇宙5 終