●零番艦
「ねぇ、メイちゃん。この戦いが終わったら、プロレス一緒にやらない?」
「いきなり死亡フラグ立ててないで、さっさと行きなさい!」
メイ通信官に尻を蹴られる桜庭愛(
jc1977)が、「イッタァ」と尻を押さえてメイを睨む。パイロットスーツならば緩衝材などで多少はマシだったろうが、愛が着ているのは普段着にしている蒼いワンピース水着である。そこをブーツで蹴られたのだから、痛くないはずがない。
「こう見えても特尉待遇だから、この仕打ちはいかがかなーって思うんだけど!」
「それなら相応に振る舞いなさいよね……ほらほら、行った行った! そういうことは生きて還って来てから、また言いなさい!」
背中を押されてブリーフィングルームを追い出された愛だが、憮然とした表情ではなく、むしろ嬉々としていた。
「生きて還って来てから、か――フラグもう1本、ありがたく頂戴しましたよっと。
さーあ、バッキバキに死亡フラグ、へし折ってこようかぁ」
腕をぐるぐると回し、格納庫へと向かって駆け出していく。そして岩山でも登るかのように「強襲猟犬」のマークを翼にあしらった機体「アサルト・イェーガー」を駆け昇り、コックピットに収まるのだった。
「こんな時に備えておいた甲斐がありますね」
最新技術やら機能を無理に詰め込んで長年愛用している、ABですらない旧式のOB「D・S」を見上げる間下 慈(
jb2391)准尉。
ただしD・Sは今回、再出撃の時間短縮のためにほぼすべての装甲をパージして、一部の機能すらも捨てた超低燃費モードの緊急出撃用システム、ゴーストを起動した姿であり、本人は「影幽(ゴーストシェイド)」と呼んでいる。
誰よりも早く出撃準備が整った慈は時折咳をしながらも慌ただしい格納庫をぐるりと見回し、1人1人の顔を確認していた。
「見知った仲間や若きエース、誰一人死なせるつもりはない――さあ『生き』ますよ」
まるで誰にも見つからぬようにひっそり乗りこむと、人知れず、老兵は戦地へと赴く。
「うーんゥ、とりあえず控えの機体を引っ張り出しましょうかねェ……納品予定だったけどォ……」
大破して機体を失っていた可愛い可愛い掃除係の黒百合(
ja0422)は格納庫の片隅をゴソゴソ漁り、くるまれていたシートをはぐると、そこには大破した機体ユリ・クマに似た、ハッピーシリーズ簡易量産型「ユリ・ベア」があった。
だが似て非なるその機体、身体全体が雪だるまのように丸と丸で構成されており、胸にポケットでもついていそうなフォルムだった。幸い、青ではなく黄色で、その背中には背中全部を覆う巨大なリボン型複合推進ユニット兼コックピットが搭載されている。
非常に可愛らしく、本人いわく猫型ではなくクマ型とのこと。
人工知能を内蔵した補助ユニット、ユリ・クマミニのおかげで一般人でも操縦できるらしく、お値段もお手頃であるため、すでに一部の反政府勢力や裏組織からの注文があるとか、ないとか。
そんな機体に黒百合は乗り込んで、出撃する。
黒百合が控えの機体を引っ張り出してきた片隅で、同じくゴソゴソと色々漁っているのが元整備班にして適性の高さから現在はパイロット向坂 玲治(
ja6214)准尉だった。
「……ま、こんなもんだろ」
自爆により機体の大部分を失っていたので、予備パーツや互換性のあるパーツで何とか組み上げて「クラインフォルト・ドライ」が完成していた。
ただし完全に突貫工事のため、塗装や形状修正をする暇がなく、色やフォルムのバランスなどちぐはぐで、どこか歪な外観をしている。だがこれまでの教訓から外部にソフトウェアのバックアップやログを用意していたため、操縦性自体には問題ないという。
「有り合わせだが、動くだけましだな……向坂、クラインフォルト・ドライ、出撃するぜ」
継ぎ接ぎだらけで歪な機体が、空へと射出されるのだった。
そして機体はあっても仕様変更に時間がかかっているのが、ここでは坂井 隼と名乗っている仁良井 叶伊(
ja0618)の白地にライトブルーを基調とした配色で、直線主体のシャープなシルエットが特徴的なリーゼ・ファルケ、もとい、「ゼノン・ファルケ」であった。
基本は1体1を想定していた機体を広域殲滅仕様にするとなると、かなりの手間がかかる。
「こういった戦闘には不向きなんですよね……こいつだけでなく、自分含めて……」
慣れない殲滅戦が待っているかと思うと、表情にこそださなくても何となくげんなりしてしまうが、それでもゼノン・ファルケに乗りこむ。
「ゼノン、行ってきます」
「おーっと、私、桜庭愛も出撃しまーす!」
システムチェックがやっと終わった愛も、ゼノン・ファルケに続いて空の戦場へと出撃するのであった。
●弐番艦
「出撃、急いで!」
艦長であるマウですらも出撃準備を手伝っているおかげでもあるのか、多くの機体が次々に出撃準備を完了させていた。
「マウたん、張り切っているな――私はそれに応えるとしよう」
マウと無二の親友であるアルジェ(
jb3603)少佐は、量産型AB用強化ユニット計画の一端として開発された彼女専用機「ソードエンプレス改・ソニックフォーム」のコックピットで僅かに微笑んだ。
機動性を高めるために極限まで装甲を削ぎ落し、武装も手甲と脚甲に固定された4本のブレードのみというシンプルな機体は、損傷さえなければ再出撃に要する時間はとても短い。
すでに出撃体勢をとったソードエンプレス改が、目の前の巨人を見上げる。
「まるでアニメの巨神兵だな。あれか、「腐ってやがる、早すぎたんだ」とでも言っておけばいいか?
まぁ、いい。アルジェ、ソードエンプレス、出撃する」
地上に向け、弾丸の如く跳躍するソードエンプレスだった。
「えーっと……俺もやっぱ出ないとダメだよなぁ……ま、気のりはしないけど、こんな戦いとっとと終わらせて営業再開しないと店が潰れちゃう」
髪が少し焦げたラーメン屋の店長にして妻の座布団、佐藤 としお(
ja2489)が、専用機「メンカターデ」の中でぼやいていた。出前を届けに来ただけのはずが、いつの間にか巻き込まれるように戦場へ駆り出されるようになってしまったのだから、それも仕方ないことである。
だが入手経路が不明な機体に乗っているからには強くも言えないし、戦争が終わってくれなければラーメン屋も再開できないのも事実なので、しぶしぶここに留まっていた。
「本当にね。早く帰ってラブラブ新婚生活を満喫したいのに!」
としおのぼやきがうつったのか、華子=マーヴェリック(
jc0898)までもがぼやく。
見た目的にはメンカターデとそっくりだが、こちらの方が装甲に厚みがあり、機体コンセプトが守りに特化しているのだと、うかがえる。そのわりに「ハリガネーデ」という、早さと細さを追求したような名前なのはご愛嬌。
2機は仲良くそろって出撃する――はずが、ハリガネーデの方は追加装甲の作業がまだ終わっておらず、めでたくメンカターデだけが追い立てられるように射出されるのだった。
「これならもう行けるか?」
赤と黒という警告色のツートンカラーで、やや大型で重量級っぽくも見えるが、まさに蜂と呼ぶにふさわしいその姿からはあまり鈍重さは感じられない機体「ホット・ホーネット」。その中ではこれまた赤く燃えるようなベストを着た川内 日菜子(
jb7813)が、複眼式カメラアイで送られてくる映像で、自分の機体を確認しながらも呟く。
誰もが自分の事に忙しくて、行けるかどうかは自分で判断しなければいけないが、少なくとも誰かがまだ弄っているという気はしないので、出撃する事に決めた。
「行くぞ、ホット・ホーネット!」
呼び声に応えるかのようにカメラアイは輝き、炎のような赤みと熱気を帯びた4枚の翅を広げ、甲板に炎の軌跡を描いて飛び立っていった。
バックパックと装甲を一体化して、換装可能な外付け装備「ジャケットアーマー」を着せられた、1つの機体でどの環境にも適応できるように生み出された試作型「ソリダスIIG型」。Gとは地上用装備に換装したGround型という意味である。
ソリダスIIGに乗るは、これまでにウィンドミル開発プロジェクトを成功させて、見事にこの「究極の量産型AB開発プロジェクト」である「ソリダス計画」の開発者兼テストパイロットに選ばれた文 銀海(
jb0005)少尉であった。
「さて、いいデータが取れるといいんだが……」
これまでに蓄積されたデータに一通り目を通し、ソリダスIIGが射出される。
「マードック、もう十分だ。あとは俺の腕を信じろ」
郷田 英雄(
ja0378)大尉の力強い言葉に、重装甲二脚のAB「紫電改」からマードックが離れていく。英雄がこれまで乗ってきた紫電改と同じ名を冠するが、これまでの戦闘ですでに限界が来ていたため、コックピット以外のフレームは新規設計で、別物と呼んでもいいくらいであった。
機体性能はこれまでよりも遥かに上昇しているため、扱いにはそれなりの腕が必要ではある――が、今の英雄なら扱えるだけの技量は十分あるし、それに、機体のポテンシャルに頼り切ったような戦い方はもうしないと、信じたのだ。
コックピットハッチを閉じようとするが、その前に伸びてきた手に安全装置が働き、閉じる事無く、来客者を迎えた。
「お、艦長。どうした?」
英雄が尋ねるも、何も言葉を発する事無くマウはじっと英雄から視線を逸らさない。そのマウの頬に黒い汚れが付いているのを見て英雄は微笑むと、指でそれを拭ってやる。
するとその手をマウが握りしめ、英雄に顔を近づけると一瞬だけ、唇を重ねた。
「……無事に、帰ってきなさいよ」
英雄の返事も待たずに、マウは逃げるようにさっさと行ってしまった。
コックピットに残った英雄は首にぶら下げた指輪を握りしめ、そしてハッチを閉める。
「これが最後の戦いだ。行こうぜ……紫電改」
●参番艦
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)少尉の閉じられた瞳が、うっすらと開かれる。
「ここ、は……?」
前回の戦闘直後、コックピットの中でヒドイ頭痛と抗い難い睡魔に襲われた所までは覚えていた。それが今、これまでに幾度となく見てきた研究所の天井が見える。
肌がひどく冷たい。何も着せられてすらいない状態で、台の上に寝かされていたからだった。
「目を覚ましたか。気分はどうだ? だが悪いな、また敵が現れた。出撃してくれ」
研究員風の男がそう告げ、設置されたモニターにその敵とやらが映し出された。
男の前だというのに素肌を隠す事もせず、スピカはただ黙ってそのモニターに釘付けとなり、感情が見えないその瞳はしっかりと敵の姿を焼き付ける。
「敵……? なら、潰すだけ……」
敵を確認して立ち上がったスピカはぴったりとしたパイロットスーツを着込み、ABに呼ばれるように歩き始めた。彼女はすでに専用乗機Rシリーズになくてはならない、「生体部品」なのだから。
「しつこい限りだねえ」
呆れるように肩をすくめるアサニエル(
jb5431)は、モニターの再生した番人を眺めていた。
汎用機だけあって修繕がしやすく、再出撃までもう少しといったところの「怜悧号・改」は未来しか見すえないモノアイを海へと向けていた。語らない閉じられた口の機体は唸りをあげ、自分の出番はまだかと訴えているかのようだった。
――GOサインが出る。
「アサニエル、怜悧号、出るよ」
開かれたプールのような口から、その巨体に見合わぬほどするりと海の中へと潜っていった。
「あたしは戦争に鍵をかけるものである……ってね」
怜悧号の周辺が輝き暗い海に黄金の光が突き抜け、豪華絢爛たる舞台が今、始まる――
「ヒャッハー、ふぁっ金アイドルラファルズリサイタルの時間だぜ、ベイベ―」
どこからか聞きつけたのか、自立AIラファル A ユーティライネン(
jb4620)、略称「R−Fal」が番人の直上より高速接近してくる。軍で開発された偵察型AIだったが、戦闘でのストレスにより脱走を企て、今では戦場各地を渡り歩いて実況するマスコミテロとして民間、軍を問わず、それなりに有名だった。
何より、その外見に関しての異質さは群を抜いている。
人間が乗らない事を前提とした構造だからこそ可能な、手足すらない、完全なる球体。そのボール状の身体に幾重もの装甲が、玉ねぎの皮のように重なり合っているのだ。しかも装甲は戦場で手に入れたものばかりで、色々とちぐはぐな物を纏っているその様は、ミノムシのようだとも言える。
そんなナリで一切攻撃せず、飛来する無数の赤血球どもをかいくぐり、超高感度カメラで番人の頭から胸まで翔け降りて、その巨大な全体像を撮影する。
それから急上昇を開始し、またも無数の赤血球どもをかいくぐっては番人の細かなディテールを撮影。
「無数の雑魚、デカイ図体、何本もの触手。みんなみんな、丸裸にしてやんよー」
偵察型電子戦機だけあって搭載されている解析機器をフルに使い、番人の特質を分析処理すると、人間でもわかるように情報加工してから零番艦へ強制的に通信を送り込む。
「ヘーイ、あの巨人やろーの貴重な貴重なデータはいらねーかー? お代はいい映像を撮らせてくれよ」
「今は交渉の時間も惜しい、そのデータを各機に送ってもらおうか!」
即断即決のミル艦長へ「まいどー」の文字画像を送りつけ、そして空域にいる人類軍すべてへ貴重な情報を共有させる。
「さあさあ、無数の赤血球を退治しながらも各部の弱点を破壊しなければいけない。人類の希望ははたしてこのキモデカイ巨人を倒す事ができるのか!? 実況はいつものラファルでお送りするぜ
おっとー、まずはあの密集してるあたりを派手に蹴散らして、いい映像をよろしく頼むぜ」
「今回は……掃除行きます」
電磁力と断絶フィールドの応用で自在に推力を偏向できる駆動システム「イオンノヴァドライブ」を駆使し、鋭角的な飛行をするゼノン・ファルケがハチドリを思わせる軌道式ビームガン「ジ・ツイータ」を放ち展開すると、イオンノヴァドライブの三番目にある大型の弾倉付2基を共鳴させて臨界状態のプラズマ嵐を作り出し、正面へ向けて放つ。
扇状に放電されたそれと、真っ直ぐに伸びるプラズマの嵐が、密集した赤血球を蒸発させていく。
しかしそれでも次から次へと湧いてくる敵を、ジ・ツイータのビームで撃ち落とす。あまりの歯ごたえのなさに、ゼノン・ファルケの中では隼が珍しく苦い顔をする。
「ただただ手数だけを必要とする戦闘は、やはり苦手ですね……」
「四の五の言わなーい! やれることをやるだけやらなきゃね!」
零番艦を旋回していたアサルト・イエーガーが人型形態へ移行し、慣性で水平に移動しながらもライフルで次々と接近しそうな赤血球を撃ちぬき変形して航空機形態へ戻ると、再び旋回軌道に乗る。
「やれることか。ま、こういうことだろ」
増加装甲により機動性が劣悪となったクラインフォルト・ドライは零番艦付近でEWAやECM、ECCMを使い、さらにはハイパー化してスナイパーライフルでギリギリの距離から狙って撃つ。
連続して撃ってはすぐにリロードする。しかしリロード中ですらも迫りくる赤血球。
だがそれで慌てるような玲治ではなく、ハンドグレネードを投げてまとめて蹴散らすと、撃ち漏らした数匹に向け、弾の代わりにアウルを込めてスナイパーライフルを放つ。
細かく飛び散った弾が広範囲を埋め尽くし、数匹をまとめて撃ち落す。
「く……常時ハイパー化はさすがにきついぜ」
栄養剤を口に含み、口元を拭う玲治だった。
再び、プラズマの嵐が突き抜ける。
「あまり時間をかけるのは得策じゃないですよね。少し減りましたし、行きますか」
散弾で蹴散らす影幽の中で慈が呟くと、ゼノン・ファルケが開いた道から脳幹を目指す。
巨大な触手を寸前で避けると、銃剣で切れ目を入れ、その中に銃身をねじ込んで撃つ。弾けるように触手が千切れ飛び、自分の役目がそれだと言わんばかりに邪魔な触手を片付けていった。
「あらァ、やっとチャンス到来かしらァ? 突撃モード、行ってみましょうかァ♪」
それまであまり目立たないようにしていたユリ・ベアが、両腕と両足、それに胴体までも頭部に格納して、最大加速で拓かれた道を一気に突き進む。
近寄る赤血球は、頭部の銃座で待機していたミニサイズのユリ・クマ達が必死に迎撃している。それでも追い付かないほど激しい猛攻がユリ・ベアを襲う。
「どーん!」
忘れた頃に活躍するアサルト・イエーガーのライフルが触手を貫き、そこを影幽が銃身をねじ込んで撃ち落す。
その道を塞ぐために密集しようとしてきている赤血球に対して、ユリ・ベアから30匹のプチサイズユリ・クマ達がばら撒かれ、「ぐまー!」という絶叫を上げながら突撃して接敵するや否や、手榴弾の安全ピンを抜いて赤血球を巻き込みながら壮絶な最期を迎えていた。
止まらないユリ・ベアの後をゼノン・ファルケが追いかけ、さらには影幽がそれとなく援護する――が。
「……ッ!」
げほ、げほと死を連想させる咳をする慈。その直後、「アウル減少、出力低下……」と無機質なAIの音声。
「わかってました……ここまでらしいですね。
ミル艦長。皆さんを、よろしくお願いします」
血涙を流す慈がひどく咳き込むと、コックピットに血だまりが生まれ、震える指先で操縦桿を握りしめた。影幽は銃剣を構え、アウルに包まれたそれを渾身の力で投げようとする。
そこに襲い掛かる触手だが、それは幻影を透過したに過ぎず、かつて相対したファントムシェイドの如き姿であった。
投擲された銃剣が脳幹までの活路を切り開くと、動かなくなった影幽の中で慈が「老兵は死なず。ただ去るのみ……」と呟き、静かに墜落していった。
「このチャンス、無駄にはしません」
「きゃはァ、クマちゃん達よろしくねェ♪」
蒼いプラズマを迸らせ、光の尾を引くゼノン・ファルケが放つ全開のアル・ウーファーと、ユリ・ベアから30匹のユリ・クマが突撃したかと思えば、第二陣第三陣第四陣と、果てしない数のユリ・クマ達が手榴弾片手に脳幹へと突撃していった。
撃つなりゼノン・ファルケとユリ・ベアが全力で引き返し――脳幹は盛大な花火となって飛び散るのであった。
「ヒャッハー、きたねぇ花火じゃねえか! さああとはケツまくるだけと思いきや、まだ終わりじゃねぜぇ?」
スクープを逃さなかったラファルの言葉通り、赤血球達は動きを止めず、引き返す2機を追いかけ零番艦すらも飲み込んでしまいそうなほどの数が集結しつつあった。
舌打ちする玲治が、その大群の中へと飛びこんでいく。
「どうにも、こういうのに縁がありすぎて困るな……」
それが玲治、最後の通信。
クラインフォルト・ドライを中心に、赤血球の大軍は爆風の光に飲み込まれていくのであった――
弐番艦を出るなり赤血球が迫りくるも、低空を飛ぶホットホーネットの高回転するナックルが打ち砕き、バーナーで焼き払う。
「この程度!」
「進攻ルートを拓く、後は頼んだぜ」
英雄がそう宣言すると、前に出た紫電改が触手の一撃を前面に展開したフィールドで受け止め、ほぼ同時に大量のミサイルをばら撒いて縦に深く、赤血球達を撃ち落していく。
心臓まで、もう一息が足りなかった――が、そこにアウルをまき散らし、光り輝くソリダスIIGが。
「全弾発射! ユニヴァァァァァス!!」
背面に搭載されていたミサイルポットが正面へと移動し、より狙いを絞ったジャケットミサイルの嵐が邪魔な触手を落とし、紫電改の作った道をさらに深く、縦に拓いていった。
狭いながらも、心臓までの道ができあがった。
「一点突破なら、得意分野だ……貫く」
ソードエンプレス改が地を蹴り、赤血球を足のブレードで切り払いながらも足場にして蹴って、鋭角的で殺人的な加速でその道を一気に駆け抜けていく。
迫りくる触手だが、それはどこからともなく聞こえる「ラーメンのためにやってやるぅ!」というセリフと共に、ライフルで狙撃され、一瞬動きを止めさせられていた。
そこを全てのブレードを前面に集め、フィールドを広げたソードエンプレス改が弾丸の如き勢いで貫いていく。
それでもなお触手が道を塞ごうとするが、赤と黒がそこに割り込んだ。
「デカブツ相手に零距離なら当たる!」
ホットホーネットの炎纏い回転するナックルが、自身よりも巨大な触手をたったの一撃で押し返す。その拳は一発で止まる事を知らず、迫りくる赤血球達をも屠る。
「映える様な戦い方にシビれる憧れる! いいぜいいぜぇ、もっといい映像をくれよ」
空が終わって降りてきたR−Fal−オメガがホットホーネットの戦い方に惚れたのか、その近くを飛び続けていた。
ソードエンプレス改とホットホーネットの快進撃を追いかけるソリダスIIGが、近寄る赤血球をバルカンで応戦し、手甲で押しのけつつもジャケットミサイル再使用までの時間を稼いでいた。
「もう少し――今だ! ユニヴァァァス! ユニヴァァァァァァス!」
感情の高ぶった銀海が再び叫び、撃ちだされたジャケットミサイルが狭くなろうとしている道をさらにこじ開けるのだった。
そして最初に道を切り拓いた紫電改は一度、弐番艦のカタパルトにまで引き返していた。
「予想以上に数が多い。マードック、何でもいいから余ってる銃器を準備しろ」
肩口と腰から合計4基のサブアームを起動させると、持ってこさせた銃器をサブアームで保持する。
重量オーバーで動きが極端に制限されることになるが、艦の護衛をするには十分だったし、なによりも派手に動き回らなくても今の英雄にはかわすだけの技術と近づかせない射撃能力が身に備わっていた。
機体性能に頼っていた過去との決別――それは想いの決別でもあった。
不安げに見上げるマウへ、見えていなくとも英雄は笑みを向ける。
「死なないさ。俺がいなくなったら、誰が護るんだ」
血管のように全身に張り巡らされた繊維状の増加装甲が、たぎるアウルを伝達する。今なら死ぬ事の方が難しいとさえ、思えた。
(命の暖かみを、俺が護る!)
「う、うわぁぁぁ、はっけんされたぁぁぁぁあああぁぁぁ!? しぃぬぅぅぅぅ!!」
ジャミングでうまく隠れていたとしおのメンカターデだったが、狭い道でさすがに発見されてしまい、赤血球達が群がろうとしていた、その時。
「うちの旦那様に何してんのよーっ!」
容赦無用のミサイルとピッドが、メンカターデに群がる赤血球を容赦なく次々と撃ち落していく。ハリガネーデそのものの火力は高くないはずだが、母は強しといったところか――母ではないが。
メンカターデに並ぶと、迫りくる赤血球の攻撃をその身で受け止めるが、傷らしい傷などほとんどない。そこをメンカターデが迎撃していく。
「華子――こんな戦い、とっとと終わらせてラーメン屋を再開しよう!」
「ええ、2人のラブラブ新婚生活の為にも!」
メンカターデとハリガネーデが手をつなぎ、暖かみのある光に包まれたかと思うと、2機はひとつとなっていた。
「いくぞ、マシマシーデ! この戦いに終止符を!」
マシマシーデは足こそ遅いがまっすぐに心臓へと向かい、どんな攻撃もその硬さに物を言わせ無視して突き進む。そして零距離に到達すると腹部から巨大な寸胴が。
「これが!」
「愛の力よ!」
最大火力の超兵器が、心臓を一直線に貫いていった――だが、まだわずかながらに脈動を続けている。
ここが決め時と判断したアルジェが、ソードエンプレス改を巨大な剣へと変形させた。
「来い! アルを握れ!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
ニュートラルモードで人型となったホットホーネットが、ソードエンプレス改を握る。その重さに負けそうになったが、ソードエンプレス改のジェネレーターがホットホーネットに接続されると、出力が一気に振り切れた。
バーナを吹かせ、その身に炎を纏いながら大剣を振りかざし、そこからさらに紅と金の炎が真っ直ぐに伸びていく。
「おおおおおぉぉぉぉぉお!!」
雄叫びを上げる日菜子。
ホットホーネットが炎の軌跡を描き、そして心臓めがけて巨大な剣を振り下ろした。
一刀両断される心臓――その内部に伝達された炎のアウルが吹き荒れ、熟したザクロの如く爆発する。
「いい映像が取れたところで、そろそろお時間だぜ。それじゃみんな、またな!」
過出力で動きの鈍くなったホットホーネットをR−Fal−オメガが突き飛ばして伏せさせると、自身の装甲を玉ねぎでも向くかのように削ぎ落して、そこから現れた砲門が全方向に向けてミサイルをばら撒いた。
そしてホットホーネットを狙っていたであろう触手を受け止め、雪玉の如く砕け散り、今度は自らが花火となって散る事となった。
だがそれでもラファルに死という概念はない。別の場所で新たに再構築されるだけである。
「だから次会うその日まで、みなさんさよーならーってな」
悲壮感を漂わせることなく、赤血球と触手もろとも爆発四散するのであった――
「上はもう片付いたみたいさね……ぼちぼちこっちも行きたいところさ」
障壁を纏ったカトラスで赤血球を両断し、機雷と機銃で後続を断ちながらも怜悧号改が見上げる。
敵が海へ対応力が低いのか、空や地上に比べれば数も少なければ動きも悪いので、掃討はしやすいほうである。だが、いかんせん戦力が厳しい。
怜悧号改も常にハイパー化をしなければいけない状況で、アサニエルは強壮剤でなんとか意識を繋いでいる。
「ただ……潰すのみ……」
白く刺々しいシルエットと、後方に伸びるような青いV字型のバイザーが特徴の中量二脚機「カーテン・コール」の琥珀色の溶液で満たされたコックピットの中で、スピカの冷たい視線が敵をなぶる。
常に膨大な情報が流れ、機体とケーブルでつながっているスピカは常に様々な情報を把握していた。
そのうちに射程限界まで飛ばしていた、球体で琥珀色の小型ビット「フレキシブル・フォース」から1つの情報を得るなり、その目が細まった。
「見つけた……破壊、開始……」
微細な気泡を機体周囲に発生させて、海の中とは思えないほど滑らかな速度で動き始めるカーテン・コール。その動きに雑魚もだいぶ減らし、攻め時を感じた怜悧号改も後に続いた。
うねる触手の位置に気をつけ、見つからぬよう静かに移動するカーテン・コールに対し、怜悧号改は装甲と余分な武装を脱ぎ捨て身軽になったところで自らの分身を作り上げ、わき目も振らず、持てる最大加速でまっすぐに番人のコアめがけ向かっていく。
邪魔をする赤血球を分身で露払いし、うねる触手も分身に任せ、ただひたすらアサニエルの乗る本体はコアを目指していった。捌ききれない触手が襲い掛かろうともしたが、複数のフレキシブル・フォースが光子バルカンとビームクローで根元からぶつ切りにする。
「やらせは、しない……」
呟くスピカの目がコアを捉え、カーテン・コールのバイザーの奥でオレンジ色に輝きだす。背面に放射状の光の翼を形成し、パイプが赤熱化した右の腕部で、超高圧縮波動エネルギーを派生させると腕を突きだす。
次の瞬間、コアの内部からエネルギーが膨れ上がり爆散して、コアとその周囲の触手が焼け爛れる。
そこへ堅牢な障壁を前方に集中させた怜悧号改が突進していく――が、急に軌道を変えたかと思うと、見えていないはずの角度から飛んできた触手をカンだけでかわし、そして最大速を保持したままコアへと激突していった。
全てを断絶するその障壁は速度と合わさって絶谷名威力を発揮し、機体の大きさそのままのトンネルをコアに作り上げる。さらにもう1発放たれたカーテン・コールの超高圧縮エネルギーが、コアの残骸とも呼べるそれを爆発四散させた。
「“私は戦争に鍵をかけるものである”……あたしの存在意義もこれで終わりになればいいさね」
水中ながらも眩い爆発をその背に受け、高速の怜悧号改がその場を後にするのだった――
コアを全て破壊された途端、番人は完全に停止し、触手も赤血球も、活動を停止していた。
「終わった、か……? 通信が途絶えた者もいるが、我々の勝利か」
「そのようですね」
独白したつもりのミルだったが、思わぬ人物からの通信に席を滑り落ちる。
「間下、生きていたのかね」
「ええまあ……死ねたらかっこよかったんですがねえ。丸腰だし帰還は諦めてたんですけど、幽霊が先導してくれたんです。
……本当ですよ?」
「そうか……ま、無事で何よりだ。とはいえ全機、帰艦命令はできないのだがね」
戦場が沈静化し弐番艦の格納庫がにわかに歓声で溢れ返ると、カタパルトで弐番艦を護っていた紫電改から英雄が降りるなり、マウが駆け寄っていく。
「だ――」
大丈夫と言う前に、英雄が抱きしめていた。
「こ、こら、そんな暇はまだないんだってば! あんたは再出撃、全機帰艦しちゃだめなんだから!」
「え、ラーメン食う暇すらない?」
「そのようですよ、としおさん」
弐番艦から帰艦命令が出されないと知り、ひどく落胆するとしおと華子であった。
「終わり……じゃない……?」
「ということらしいねえ、艦長?」
スピカとアサニエルの問いに、ソン艦長はモニター越しに頷いた。
「ええ。最後のひと仕上げがあります――これを処分するためにも、この艦を破棄しますから」
【初夢】煉獄艦エリュシオン地後 終