●準備は入念に
今回現れたサーバントの単体能力は低いことが予め予測されていた。
それゆえ……だろうか。学園経由の歴とした依頼……のはずなのだが、参加する面々の装いは様々であった。
「なーなー、マンドラゴラって食えるの? どんな味すんのかなー?」
借りてきた農具を担いで現場の畑へ向かう、七瀬 晃(
ja2627)が首をかしげる。
「どうだろ? わかんないけど、一緒にがんばろうね! ボク、初依頼でドキドキわくわくだよっ!」
言いながら晃の隣を笑顔で歩くクリス・クリス(
ja2083)は、土いじりに慣れているのだろう、用意周到なジャージ姿だ。
「それにしても、農家の御主人。大事がなかったようで何よりでした」
やる気まんまんな初等部の二人を微笑ましげに眺めつつ、神月 熾弦(
ja0358)が呟く。
それに応えるように、御国・雪村(
ja4672)は頷いた。
「初めての依頼、失敗しないようにがんばりましょう」
「……そうだな。とにかく、依頼者を悲しませる事態は避けたい」
至って真面目な口調で、麻生 遊夜(
ja1838)も襟を正す。三人とも任務を前にして僅かに緊張しているようだった。
比較的和やかな雰囲気から少し距離を置いた後方に、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)と都竹 東(
ja1392)がいた。
ガキども遠足じゃねえぞ、とでも言いたげな難しい表情のまま、いかにも面倒そうに歩く東。
そして少年らしからぬ、真意の読めない表情をしたまま、無言で歩くエイルズ。
その顔から読み取れるのは、強いて言えば……不満、だろうか。
……だが依頼に対する姿勢にこそ違いはあれど、彼らも任務の完遂を願う気持ちに変わりはない。
証拠に、出発前の打ち合わせでは彼らも積極的に意見を出した。
全体の作戦はもちろんのこと、耳栓の準備から、それに伴い生じるであろう意思伝達の不自由への対策まで、
参加メンバー全員が入念な打ち合わせを行なっている。準備は万全だ。
●いざ収穫
問題の畑にたどり着いた一行は、畑を挟んで北側と南側の、二手に分かれて準備を始めた。
東は耳栓の代わりに、ヘッドフォンを装着すると、無言のまま出力音量をあげる。
ほかの面々もしっかりと耳栓を装着。
一時はフリップなどに文字を書く案も出されたが、一時的ではあるが両手がふさがってしまうことや、
文字を書く時間的ロスを踏まえ、最終的な意思伝達の手段にはボディランゲージを利用することに決めた。
あらかじめ話し合いで決定していた配置につくと、クリスは畑にひょこっとしゃがみ込む。
農家のご主人が一度抜きかけ、人間で言うところの鼻辺りまで露出しているマンドラゴラと、目線を合わせるためだ。
「……抜けかけさん、こんにちは」
聞こえ辛いながらも恐る恐る話しかけてみるが、当然、口が埋まったままのサーバントが喋るわけもない。
というか、叫ぶ以上口があるのは確かだろうが、喋れるのだろうか……。
抜けかけと命名されたマンドラゴラは、やたら悪い目つきのまま、少女をギロリと睨みつける。
アテレコするなら『何ジロジロ見てんねや嬢ちゃんよぉ……しばくでオラ……』といったところだろう。
なんとも大人げない絵面である。
(目力勝負なら受けて立つよ! ボク、負けないからっ……!)
気丈な素振りを見せるクリスだったが、やはり敵が発する無言の圧力に押し負けたらしく、
よくよく見れば涙目になっている。
そんなクリスの姿を見ていた晃が、ぽんと彼女の肩を叩く。
『動かないみてーだし、さっさと片付けちまおーぜ?』
マンドラゴラに近づいたクリスのすぐそばで、彼らがいきなり襲いかかってこないか警戒を続けていた晃。
近寄っても特に問題がないと判断したのだろう、持参したクワとスコップを持ち出し、
口をぱくぱく動かしながら、予め決めていたサインを出す。
(……そうだね、晃にいちゃん)
頷き、すっくと立ち上がるクリス。腰をあげて晃の後ろに隠れると、二人は頷き合い、畑の向こう側に合図を送る。
事前の話し合いで決めた通り、力任せに引っこ抜くのではなく、周りの土をある程度よけていく作業から開始する。
抜けば叫ぶ。ならば、掘り起こすのはどうだ? という事らしい。
まずはいい具合に抜けかけた1匹から。
狙いを定め、晃が皆を先導するようにクワを振りかざす。
初等部の二人と一緒に南側についたエイルズと雪村も手伝い、ざくざくと要領よくマンドラゴラの周囲を掘り進めていく。
襲ってこないうちに倒せれば、それに越したことはない。
されるがままのマンドラゴラを見つめ、晃は小さく笑う。
――しかし。
周囲の土をあらかた動かし終えて、敵に有効な攻撃を当てられそうになった、その瞬間。
『 ぇ ぃ ぁ ぅぉ 』
掘り起こされた茄子の根が、地を揺るがす悲鳴をあげた。
もちろん、耳栓やヘッドフォンの存在が功を奏し、一撃で気絶するには至らない。
だが、人智を超える巨大な彼らの鳴き声は、
瞬間的にすさまじい圧力をもって、対峙する撃退士たちの身体をはじき飛ばす。
「――っ!」
こらえ切るには、体格が小さすぎた。
四人は咄嗟に身構えるが、わずかに体勢を崩してしまう。
一瞬の隙が生まれる。対岸の上級生たちが、僅かに慌てた表情を見せ、駆け寄ろうとする。
しかし行く手を阻むものが現れる。仲間の叫びに共鳴して、飛び出してきた9体のマンドラゴラだ――。
●だが雑魚だ
襲いかかってくる敵の存在を認識し、はじめに動いたのはエイルズだった。
瞬時にオーラを纏い、わらわらと寄ってくるマンドラゴラたちから軽装の雪村を守るように間に割り入る。
一斉に動き始めた敵たちを確認すると、手にした苦無を最も手近な敵に向け、至近距離から一撃を見舞う。
(シチューなんてどうでもいいけど、撃退士としての将来のためにも、ひとつ上の仕事をしてみせなきゃ……ね)
敵を倒すことはこなして当然の任務。やるからには求められている以上の成果を出したい。
狭い空間で軽やかに立ち回る彼の所作からは、そんな想いが滲んでいた。
身体を傷つけられて逆上したマンドラゴラが、強く地を蹴り跳躍する。
太陽を背にした敵の姿。眩しさに目を細めるが、敵の攻撃は荒く粗雑で、避けることなど造作もない。
(正直、物足りないけど……仕方ないね)
少年は背後の無人を確認すると、飛び退いて敵の一撃をかわす。
そして攻撃を大きく外したマンドラゴラに向け、鋭い苦無の一撃を放った。
(いいさ、何匹でも倒してやる)
エイルズに庇われた形となった雪村も、ただ見ているだけではない。
あくまで落ち着いた態度のまま敵の攻撃の射程から抜け出すと、武器を取り、毅然とした表情で敵へ向き直る。
刹那、体勢を立て直した彼女の視界に飛び込んできたのは、
人参の植えられている区画へ踏み込もうとするマンドラゴラの姿。
(――逃がしません!)
背を向ける敵のほうを見つめ、離れた位置から渾身の一撃を放つ。
スクロールから浮かび上がる光の弾丸が、敵の身体を容赦なく打ち砕いた。
衝撃が土をえぐるが、ぎりぎりのタイミングで野菜への直撃は免れる。
(危なかった……)
静かに胸をなでおろす。しかし、戦いはまだ終わらない。
おそらく故意ではないのだろうが――その存在が畑を荒らすことに繋がる以上、彼らを野放しにはできない。
(せっかく丹精込めた畑、荒らしたらダメなんだから!)
わらわらと逃げ出し始めた敵の背を、きっ、と睨みつけて、クリスは呪文を唱えはじめる。
『命育む大地の力よ……我が想いに応え、その姿を顕せ!』
そしてまた、光の弾が――はじける。
北側で待機していた東と遊夜が、ほとんど同時に地を蹴った。
無尽の光を身に纏う、遊夜の瞳は真朱に染まる。
外套の裾を翻し、銃を構え、トリガーを引く。狙いを定める。こちらへ突進してくるマンドラゴラの脳天を撃ち抜く。
悲鳴をあげる隙さえ与えない――瞬きするほどの短い時間の中で、1体めが地に伏した。
続けざまに、襲いかかってくる敵を銃身で殴りつける。
怯んだ隙に、持ち替えたナイフで異形の身体を両断した。2体。
(……意外とやるじゃねーか。こういうの面倒くせぇけど……正直、負けてらんねぇな)
仲間の立ち回りに触発されたのだろう。東の顔つきが変わる。
――遊びはおしまいだ。
そう告げるかのように、向かってくる敵へと狙いを定め、手にした刀を振り下ろした。
彼らの隣で、熾弦もまた、武器を取り身構えている。
打たれ弱い仲間が狙われている様子もない。敵の討伐はつつがなく終えることができそうだ。
安堵の意識。だが、まだ油断はできない。
(せっかく長い時間をかけて育てられた作物ですものね……どうにか、守りきらなければ)
脳みそがない以上は当然なのだが、彼らにとっては、ほかの作物も何もない。
本能で身の危険を感じたのか、埋まっていた場所に背を向けて逃走しはじめるマンドラゴラ。
その侵攻を阻むように、彼女もまた、武器を振るう。
狭い戦場。不利な状況下で、撃退士たちの立ち回りは続く。
だが綿密な打ち合わせが功を奏したのだろう、
その後も戦いの主導権は撃退士側が握ったまま、万事つつがなく終了した。
一方的な戦況は、戦闘というよりむしろ――、駆除、と言った様相だったのだが。
●お疲れさま会
運動、あるいは仕事を終えた後のメシほど美味いものはない訳で。
「いっただっきまーっす!」
晃の元気な声が、晴れた冬の空に広がった。
にこにこと上機嫌で迎えてくれた奥さんの計らいで、撃退士たちにはクリームシチューが振舞われることになったのだ。
畑で一戦を交えたせいで、多少服が汚れてしまった者もいたため、寒空ではあるが外での昼食である。
「寒くないかい? 中に入って食べればいいのに」
「寒い中だからこそ、温かいシチューがより一層おいしいんですよ」
和やかな雰囲気の中、シチューを頬張りながら皆、笑顔で言葉を交わしてる。
(別に依頼者のために、頑張ったわけじゃないけど……)
あつあつのシチューを口に運びながらも、エイルズはやはり無言のままだ。
しかし、その表情はわずかながら、ここにやって来たときよりも和らいで見えた。
(自分の目的を達成するついでなら、誰かを喜ばせるのも悪くない、かな?)
奥さんの安心した顔を見ながら、みんなで賑やかに食事。こういう雰囲気もたまには悪くない。
シチューを頬張り微笑を浮かべる、そんな年相応の少年らしい一面を、ほんの少し、覗かせたのだった。
「……マンドラゴラ、惜しかったですね」
スプーンをくわえて、口惜しそうに雪村が呟く。
「ホント、惜しかったな……土産にして食ってやろーと思ってたのに」
賛同するように、晃も頷いた。
「栄養が豊富そうでしたし、意外といける味かもしれないと思ったのですけどね」
ため息まじりにそう語る雪村は、戦闘を終え地面に倒れ伏すマンドラゴラを拾い上げた際に、
ついでとばかりに破片を齧ってみたらしい。
しかし案の定というか、到底、食用に値する味ではない。
そればかりか、まるで追い打ちをかけるように、苦味に顔をしかめる雪村の隣で、
持参した袋に敵の残骸を詰め込みながらエイルズが呟いたのだ。
『確かマンドラゴラの根って、猛毒だったよね? 危ない薬の原料にならないかな?』
想定外のマズさに思わず吐き出したため、一応は事無きを得たのだが……、
「危なく戦闘以外のところでダメージを食らうところでした……うう、まだ舌が痺れてる気がします」
やはり、思い返せばため息が溢れてしまう。
落ち込んだ様子で下を向く二人を見つめ、遊夜がクスクスと笑いながら言った。
「持って帰る用意してきたけど、やめといたほうが良さげだやな。学園に持って帰ると、また面倒の種になりかねんしなぁ」
「ですね。地中深くに埋めてしまうのが正解かもしれません……」
「ちょうど食い終わったし、使ってない畑とか空き地がないか聞いてくるのぜー」
言いながら腰をあげる遊夜。
ついでに、奥さんにシチューのおいしさの秘訣を聞いてみようと画策していたりもした。
皆が食べ終える中、ひとつだけ、手付かずの皿があった。
「東にいちゃん、シチューいらないの?」
首を傾げるクリスと晃。眉をわずかに寄せ、首のうしろをさすりながら、東はため息まじりに答えた。
「俺……野菜食えねーし。欲しいならやるよ」
本当に食っちまうぞ、いいのかよ? と言いたげな少年たちに背を向け、団欒の輪から遠ざかる。
冷め始めたシチューを前に百面相を繰り広げる二人を遠巻きに見つめながら、東は静かに奥さんへと歩み寄った。
そして「どうしたの?」と首を傾げる奥さんに、仲間には聞こえないよう、小さな声で話しかける。
「……あのさ、えと、もし良かったらなんだけど……」
ひどく気まずそうに、恥ずかしそうに。目をそらしたまま、それでも彼女の袖口を、離さないようきゅっと握って。
「寮の奴らに、野菜持って帰ってやりたいんだけど……。あいつら野菜好きだし、美味そう? だし」
奥さんは「仕方のない子だね」と苦笑いにも似た笑みを浮かべ、東の肩をぽんと叩く。
「いいよ。好きなだけ持って帰んな。ついでに何か作ってやるから、帰り道、お腹がすいたらみんなで食べるんだよ」
人好きのする笑みを浮かべ、奥さんは豪快に笑う。
不安が晴れた農家の昼は、晴れやかな空気に満ちていた。
「何してんだ? 早く帰ろーぜ!」
遠巻きに、晃が叫ぶ。
振り向いた熾弦は、少しだけ慌てた様子で「今行きます」と言葉を返す。
マンドラゴラの残骸を埋めた空き地の、別の一角。
主人がはじめの1体を抜きかけたとき、運悪く叫び声を聞いてしまったと思われる、数羽の鳥たちの遺骸。
畑に置き去りにされていたそれらを、熾弦は静かに拾い上げ、この場所に埋葬したのだ。
「……間に合わなくて、ごめんなさいね」
掘り返されたばかりの、色の違う土をそっと撫ぜる。
一歩間違えば、ここに人が入っていた……そう思うと胸が痛い。
もちろん命に貴賎はない。人が死ななければいいかといえば、決してそんなことはない。
「次は、誰も犠牲にしないように……がんばりますから。どうか、安らかに眠って下さい」
優しく語りかける熾弦。
静かに立ち上がり、鳥たちの墓に背を向ける。
共に戦う仲間に置いていかれないよう――向こう側で待つ彼らの背を追いかけて。