●合宿だ!
「あれ、中山さん!? なに、卒業試験? 英語!?」
斡旋所の前で揉める二人組の前を偶然通りがかった若杉 英斗(
ja4230)は、あまりの惨状に思わず声をかけた。
「あっ若杉くん助けて…」
「英語!! 教えて!!!」
「ヒエッ」
続き幾人かの学生が渦中の人物の周りに集まってくる。
寧々美は鬼の形相だったが、英斗とて歴戦の勇士。もっと言えば、仲間と世界を救ってしまった最強のモテモテ騎士だ。この位では動じない。
「英語なんて…俺もわかんないですよ。逆にこう考えたらどうです? 相手に日本語を話してもらえばいいんですっ!」
ドドン!
その手があったか! と寧々美がバカ正直に手を打とうとした瞬間
「…実際にはソレでいいとして…問題はソレだと試験で点数が取れない事ですねぇ」
英斗は至極まっとうな答えを出した。残念だが当然である。
同時に、星杜 藤花(
ja0292)は戦慄していた。
(寧々美先輩が、次留年したらわたしと同学年の可能性が…!?)
初めて存在を知った頃は中等部と高等部だったような…。もはや寧々美≒留年となりつつある現実がツライ。
「…えと、それは、色々な意味でまずいです…よね。折角なので、皆で合宿しながら勉強会しませんか?」
「合宿いいねぇ〜」
藤花の提案に、夫の星杜 焔(
ja5378)が賛同する。
更に、提案を聞いていた浪風 悠人(
ja3452)と月乃宮 恋音(
jb1221)も。
「…おぉ…? 成程…後に引けない状況に身を置けば、確かに捗る可能性はありそうですぅ…」
「なるほど、いいかもしれません。苦手なのに一人で勉強するっていうのも効率悪いでしょうし」
…実は僕も英語苦手なんですよねぇ、理数系なので…と噛みしめる悠人は、心なしか苦笑い気味。
しかしプラスに考えれば、苦手だからこそ気づける事もあるだろうし、四苦八苦した経験もきっと役に立つはずだ。
ついでに得意な人に教えて貰えるならwin-win。
よし、じゃあ合宿しようぜ!
…と話がまとまり始めたタイミングで、こっそり逃げ出そうとするひょろ長い背中。
それを見透かしていたかのように、焔は背に声をかけた。
「そうだ、桐江さんいい所知りませんか〜? 一泊二日ぐらいで〜」
「えっ」
笑顔で迫る焔へ、桐江は及び腰で答える。
「これ遊びに行く体で連れてかれて講師させられるやつだ! 久遠ゼミの漫画でみた」
#久遠ゼミとは
「しかも何故か最終的に交通費とか俺が出すやつだ知ってる…中山さんと絡むとそういうことばっかり起きる…」
えっあたしのせい? と言わんばかりの寧々美を差し置いて、何だかんだ文句を垂れ渋る桐江。
だが、焔は笑顔を崩さず畳み掛ける。さすがの どえす!
「あ〜九州とかどうですかね〜? 今の時期だとアワビ、ソテーもいいけど塩蒸しにしてもいいなぁ〜」
「アワビ」
「後はアジとか」
「アジ」
「シンプルに塩焼きでビールにあわせても、お刺身で日本酒でも…」
「おさけ!! 行く!! 足押さえるね!!」
桐江も相変わらずチョロかった。速攻どこかに電話しはじめる。
それを見た恋音も、
「…おぉ…? で、では…私の方で、必要なものの準備は進めさせていただきますぅ…」
と言い残し、いそいそと準備に向かっていった。
「…あの、桐江さん」
電話を追えた桐江に、悠人が問いかける。
「さっき聞こえてしまったので伺いたいんですが、指導事で何か失敗したんですか?」
「ん? あーまあ、昔ちょっとね…」
はぐらかす桐江。悠人は続けた。
「他人に何かを教える場合相手の3倍その事柄を理解していないといけない、といいます。人に物を教える事自体が本来とても難しい事なので、失敗しても当然ですよ」
相手と同じ視点で考えて、躓いている場所を見つけることこそが、『教える』ために重要なことなのだ。
それがわかっていれば次は違えることもないだろう、と加える。
「…うん、後悔ばっかしててもしょうがないんだよね。それは…わかってるんだけど」
歯切れの悪い回答。ならば詳しい理由は聞かないが――折角の機会だ。もし彼が踏み出すというなら、力を貸したい。
「気が向いたら、一緒にやりませんか?」
「…ありがとう、考えておくよ」
●一路、九州へ
そんな訳で七月後半の某日。一行は有明海にほど近い合宿所へやって来た。もちろん転移装置は使えないので空路です。
予算が少なく高級宿ではないが、料理の腕に自信のあるメンバーがいるので食事の心配はなさそうだ。
「…さて。話は聞かせてもらったが」
合宿所の会議室。準備が整ったところで、まずパンダが口を開いた。
どこからか合宿の話を聞きつけてきた下妻笹緒(
ja0544)だ。或いは寧々美が声を掛けたのかもしれない。何てったって進級試験上位常連様だ。
「世界的ジャーナリストを目指す人間が、言語の十や二十使いこなせなくて如何する」
「ふぁい」
いやもう仰る通りすぎて返す言葉もございません。
既に正論で殴り殺されたかのような顔の寧々美へ、笹緒は続けて言った。
「そもそも、英語ができないのは暗記ができないから、という前提が誤っているのだ」
「へ?」
「暗記ができないから英語が話せないという英国人がいるだろうか。断じて否。寧々美が英語を使いこなせないのは、英語圏の人間でないからなのだ!」
ドン!
笹緒は胸を張り、きっぱり言い切った。
そして懐からスッと何かを取り出し、サッと寧々美に接近する――!
「…よし。コレでどこから見ても立派なネネミ・ナカヤーマだ」
仕上げに渡された手鏡を覗き込むと、そこには鼻の高い金髪美女が!(※ウィッグと付け鼻)
いや おしえてほしいのは えいごだが いまは にほんごで たのむ
「OMG! こ、これが…ネネミ・ナカヤーマ…」
「それでいい。ブリティッシュガールが読むべきは当然、英字新聞とイギリスエディションなファッション誌だろう」
「オーィェー!」
何だかよくわからないが2人の間では通じているらしく、パンダの手から渡された英字の雑誌を喜んで受取るネネミ・ナカヤーマ。
――とまあ、完全に出鼻を挫かれた感があるが、他の面々もそれぞれ策を用意してきていた。
「…えと…お話し中に申し訳ないのですがぁ…その、中山先輩は、英語の何がわからないのですかぁ…?」
恋音が尋ねると、寧々美は唸った。
「うーん、なにがって聞かれると…」
「…成程ぉ…それでしたら、苦手意識が強く、解らないと思い込んでいる可能性も高そうですから…下妻先輩の案は、案外効くかもしれませんねぇ…?」
寧々美が好みそうなモノ…報道やファッションを「切欠」とする事は、案外有効な気がする。
実際、服飾用語には横文字が多いが覚えている様子も見受けられる。まずはその辺りから攻め、成功体験を与えるのが良いかもしれない。
「なら、辞書使って良いので英語で情報誌1冊作ってみませんか〜? ファッション系でもグルメ系でも…」
「語学力は習うより慣れろと言います。遊びながらというのも良いかも」
星杜夫妻はそう提案しつつ、持参したボードゲームなどを机上に並べてみせる。勿論、どれも英語版だ。
「焦って詰込んでも身につかないからねぇ…」
進路の事を考えると、試験をパスできれば良いというものでもない。
だからこそ、楽しんで覚えていく必要がある。互いに――久遠ヶ原を卒業した後、目指すべき夢のために。
「――あ、そうでした」
ふと、思い出したように藤花は施設備え付けのオーディオ機器に歩み寄り、CDをセットした。
流れ始めるのはマザーグースの詩の朗読。
恋音の「常時、英語のラジオを流して耳になじませ嫌悪感を減らす」という提案に乗じ、音声も活用しようという話になっていたのだ。
同時に、悠人が心配していたリスニングへの対策にもなるだろう。
「童謡はシンプルだけど文法などもしっかりしていますし…わたしも、息子に教えてあげたいですし。こういうのも良いと思いませんか?」
他方。
桐江に協力を請う者の姿もあったが。
「桐江さん〜。俺にも英語教えてください〜。俺の卒業がかかってるんです〜」
コツコツ勉強することが最大の近道だ。それはわかっている。
しかし――学校の試験というだけに絞るなら、華麗にパスするコツがあってもいいのではないだろうか!
追いすがる英斗から逃れるように、桐江は薄ら笑いを浮かべ外出しようとしていた。
「ちょっと、コンビニ」
「桐江さん!?」
「もうすぐ夕ご飯だしビール買ってくる!!」
「まだ昼ですけど!?」
――And then there were none.
有名な詩の一節が、騒がしい部屋の中、どこか寂しげに響いている。
●お待ちかねのディナータイム
桐江が買ってきた飲み物を手に、一同乾杯。食卓には焔と悠人が中心となって準備した様々な料理。
「頭を使うとお腹も空きますからね。頑張りました」
「た〜んとめしあがれ〜」
「おにぎりはせっかくなのでパンダ型にしてみました」
旬の地のものを上手く扱った料理が所狭しと並び、皆思い思いに食事を楽しんでいる。
前半戦を乗り切ったご褒美として悠人お手製のケーキも並んでいた。
楽しげに食事をする寧々美たち。
その隣のテーブルでは、ちびちび酒を傾ける桐江に、グラスを持った英斗が話しかけていた。
「桐江さん、なんだかずっと浮かない顔ですね」
思い返せば、依頼斡旋所で会った時からだったように思う。気になって、じっくり話せる機会を見計らっていたのだ。
結局コンビニでも話どころではなかったけれど、酒の席ならきっと話は変わってくる。
「なにかあるなら相談に乗りますよ! 同じモテモテな騎士仲間じゃないですかっ!」
モテた記憶はない気もする…、しかしそこは一旦そっとしておこう。触れると多分死ぬ。
「やばいね! モテモテ仲間!! すごい!!」
桐江も酔いが回っていそうで案外、意識はハッキリしているのかもしれない。どっちかというと泥酔するとテンション下がるし。寝言をほざいている点には触れると死ぬのでやめよう。
「まぁ、撃退士やってたら悩みの1つや2つは皆できたと思いますよ。でも、過去に戻ってやり直すことはできませんからね。生きている俺達は、前をみて行こうじゃないですか! 今後の夢の話でもしましょうよ!」
英斗は桐江を励ますように、明るく言ってみせた。
「…わたしの夢は、子どもたちを幸せにすることです」
側で話を聞いていた藤花は、ぽつりと。
絶望した子どもたちに、もう一度"幸せ"を教えたい。それが、夢で、望み。
「桐江さんの夢は、なんでしたか?」
少しの沈黙の後。
その問いに、桐江は小さな声で答えた。
「実は久遠ヶ原に来る前は、官僚になりたいと思って、勉強してたんだけど――"理由"が、もうなくなっちゃったから」
医療と、福祉と、それから。この国の未来を真剣に考えたい、変えたいと、本気で思っていた時期があった。
――けれど、救いたかった人は、もう、誰もいない。
「俺は"ゼロ"で、勉強しか取り柄なかったから、役に立ちたかった。でも、最後まで、だめだったなぁ」
叶わなかった夢に思いを馳せ、静かに天を仰いだ。
「――叶わなかったのなら、今の夢を叶えましょうよ。これから。桐江さん、何か、やりたい事はないですか?」
焔が言った。
桐江は目を細め、顎に手を掛ける。
「今…かぁ。特にないんだよね。もう少し学園に残ろうかなぁとは思ってて。でも、そうだな。しいて何か望むことがあるとするなら、欲しいものは」
「欲しいもの?」
藤花が問うと、桐江はへらりと笑い、頷いた。
「友達」
「…桐江さんは多分自分が思ってるより人に好かれてるし、気にかけられてるよ」
力になれなかったのが悔しい。だから今度こそ、力になりたい。だって、俺達は――
「俺は、ずっと、ともだちだと思ってた」
「俺もですよ!!」
「わたしもです。それに、中山さんや、他にも――」
「――ともだち」
本当に? と、桐江は問う。
嘘をつくものかと、皆が笑う。
「俺は誰も救えなかったのに、救われていいの?」
――One Little boy left all alone;
He got "friends", and then there were none.
大丈夫だよ。
救うために友達になったんじゃない。
友達だから救いたい。
ただ、それだけ。
誰かが、そう言った。
●復習の時間
「さて、ここでもう一度小テストをしましょう」
翌朝、悠人がテスト用紙を持ち出した。
特訓前の実力を測るために自作したもので、合宿に来る前に同様のテストをしたところ結果は当然のように惨憺たる様相だった。
それが、どこまで変わったか。
「はじめ!」
「…はっ…!? あたし、この問題わかる! 昨日やった所だ!」
上辺だけの暗記じゃなく、根底の大事な部分を理解した上での学習――当然、応用問題もイケる!
まさかそんな、一日で劇的な変化などあるわけなかろうと思いきや、意外にも苦手意識の克服、そして楽しんで学ぼうとした事による成果は大きかった。
リスニング問題も、朗読CDの効果かそれなりにスムーズに聞き取れているらしい。
「いける…!!」
確実な手応えがあった。明らかに増えているマル。一昼夜でここまで劇的に変わるかと、採点に臨んだ悠人が声をあげて驚くほどに。
「すごいじゃないですか、中山さん! 8割取れてますよ!」
「…おぉ…一体どの方法が一番有効だったのでしょうかぁ…?」
おそらくは興味分野から切り込もうという考えが一番か。
…まあ、ネネミ・ナカヤーマではない事だけは確実だろう。
●帰路
日程の都合で慌ただしくはあったが、得たものはきっと多かった。
(…待てよ。このまま久遠ヶ原学園を卒業してしまっていいのか!? 世界中、ドコを探しても、これだけ美少女が大勢いる場所なんてないぞ?)
英斗のそんな雑念を悟った者は、恐らくいなかった。
皆が皆、弾丸ツアーに疲労の色。帰りの飛行機は思いのほか静かだ。
眠る仲間に配慮してか、小さな声で寧々美が呟く。
手には恋音が纏めて手渡した、今後活用できそうな勉強法が納められたノート。みんなの厚意に支えられている。帰りも復習は忘れない。
「下妻くんも突然だったのにありがと。試験、頑張るわ」
「ああ。共に世界を目指そうとする同志が、こんなところで躓いてもらっては困るからな」
笹緒は笑った。多分。プリチーパンダフェイスゆえ実際のところ笑顔かどうか判別しづらい。え? 中の人とかいないよ?
「…そうね」
「案ずるな、じっくり付き合うさ」
なんなら、卒業した後でも。
そんな風に思っていたのかもしれない。
どちらも、言葉には出さないけれど。
「心強いけど、タダで付き合って貰うのは悪いわ。何かお礼を…」
「いや、気にすることはない。…惚れた相手の力になりたい、そんな単純な話だからな」
「え?」
聞き返す寧々美は、意味ありげに笑う。
その言葉は、本当に聞こえていなかったのか――
真相が報道される事は多分ないだろうけれど、答えはきっと胸の中に。