●それは聖夜の出来事
「桐江さんしっかり!」
「何という傷の深さ…いや大丈夫だ、私たちがいるぞ…必ず逃げ延びる!」
桐江の心は最早、限界間際。
残された時間は凡そ1分弱程であろうか。
それを超えてしまえば、些細な刺激が致命傷ともなり得る重篤な状態。
学園までの距離はたかが、されど150m。
今、刹那の長き戦いが、開幕する。
●初端から混沌
「天魔の襲撃でもないのに救出というのも聊か妙ではありますが、兎に角完遂致しませんと」
ステラ シアフィールド(
jb3278)の呟きは尤もであった。
本当、一体どうしてこうなった。
「…クッ…こんな状態の時に…俺はなんつー依頼を請けちまったんだ…」
不穏な発言に振り向けば、其処には、荒い息を吐く小田切ルビィ(
ja0841)の姿。ぐるぐる巻きの包帯には血が滲んでいる。(もしかして:絶対安静)
さらには地に倒れ伏す桐江を揺り起こし、傷の回復に努める砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の姿も。
心の傷にライトヒールが効くかは不明だが、少なくとも救いたいという気持ちは伝わる(適当)。
「絶対おうちに帰るわよ!…そして斡旋所の職員を倒そう」
結局軽やかに丸投げしてデートへ向かっていった依頼主の顔を思い浮かべ、ギリィ。
「さて…問題はどうやって学園へ戻るか、だが」
既知の仲間へと心配の視線を向けつつも、現状の打破へ思案を巡らせるのはラグナ・グラウシード(
ja3538)と若杉 英斗(
ja4230)。
「漢なら、正面突破の直進を推しますよ!」
「若杉殿…ッ!」
「うむ…直進かな〜、見通しが良いほうが色々都合よいし…特に今日は街が眩しいからねぇ」
英斗の言葉に賛同する星杜 焔(
ja5378)も、イブの華やかな街の景色に少し腰が引けている。
恋人やら嫁やら居ようが居まいが、長年連れ添ったぼっち属性が劇的に変化するものではないのだ。
男達がステラが借りてきたリヤカーに桐江を載せ、眩しさ避け(※効果不明)にサングラス&タオル、更には耳栓…と、搬送()の準備を整えた処で。
「さむ…」
漏れ聞こえる微かな声。
心が寒いのか体が冷えたのかは判然としないが、そんな時に便利なアイテムも準備されていた。
Дмитрий(
jb2758)が持ち込んだ大量のトレーナー(俺の彼女)だ。
「クリスマスといえば仮装して悪戯、そこで共通の制服にと思って用意したのだが、防寒にも適すはず。クリスマスプレゼントだ、遠慮せず着てくれ(ファサァ)」
震える桐江の体に数枚のトレーナーを重ねるドミートリイ、マジイケメン。
幾らハロウィンでもそれは…と思わざるをえない、ウサ耳ニーソ魔女っ娘♂(外見年齢45)といった風体であることは気にするな。
今度こそ、準備万端。
負傷者を背負う気概で参戦した者たちの手により、リヤカーが今動き始める。
…はっ、これが本当のリヤ充d(ターン)
●第一関門
「クリスマスってアレだろ、仮装して悪戯するぞっていうやつだろ?」
人間ってのは可笑しなイベントを編み出すものだよ…等と笑うドミートリイ。
強ち間違っていないと感じてしまうのは、街に立つサンタや馴鹿、聖歌隊の衣装を身に纏った各種販売員達の姿が目に入るのも一つの要因か。
そして今まさに、浮かれた悪魔が一行の視界へ入る!
白いスーツに黒縁眼鏡、白髪に白髭を蓄えた恰幅の良い男性悪魔!
「ッライドチケっかがすかァ〜パーリィサイズスゥ」
外見に似合わず言葉遣いは今風。思わず二度見してしまうインパクト。
「パーティ…寧ろ僕らがパーティだよね」
騒がしい風景横目に、砂原がポツリ。…それ、パーティ違いや(
「ッ族や恋人とォぃかがすかァ」
二重の意味で腹の立つ店員に、先陣を切って立ち向かっていく英斗!
「パーティーサイズを1人で食べ切ってなにか不都合があるとでも?」
続く焔!
「美味しそう〜、でもあれ一人分?ちょっと量が少ないような…」
更にラグナ!
「よし、我らの力を見せつけるぞ!この程度のバーレル、怖くもなんとも無いわ!」
雄々しく叫ぶラグナの周囲には、気のせいか、多数の騎士の幻影が見えるような…。
うん、これだけ居れば店の在庫全部でも食べられる(混乱)
「…よし!学園に帰った後、皆で食おうぜ…!」
幸い然程在庫も無かったのか、どさくさに紛れルビィが購入した箱をもってチキン販売は終了―
毒を食らわば皿まで、まさにその諺の如く。
「ァザシタァ」
然し未だ余力を残している為か。それとも日頃鍛えた防御力()が功を奏したか。
桐江の耳へ売り文句が入る前に、該当地点を駆け抜ける事に成功。
無論周囲から見れば、耳栓にサングラス、首からタオルをかけ鶏肉を抱えた怪しい男をリヤカーに乗せて爆走する謎の集団だが。
しかも続いて、ケセランで浮遊しつつ後を追うウサm…ごほん、壮年男性の姿まで!
「ママぁ」
「しっ、指さしちゃいけません!」
アーアーキコエナイ。
●第二関門
行く手を阻む第二の関門は、ミニスカサンタと馴鹿だった。
150mの行く手の中でも、一際賑わいを見せるツリー広場前。
周辺には多くのカップルが屯す。
(恋人同士の待ち合わせというものは初めて見ました…人はなぜ連れ添いたがるのでしょうか?)
普通に学園生活をしていると、さほど気にもしないのだが。
改めて街の様子を観察してみると、中々に興味深いものだとステラは思う。
思わず見惚れてしまうような綺麗なツリーに、彼らもアテられているのだろうか、などと考えながら。
…ラグnげふん周囲の殺伐とした形相が目に入ったため、言葉には出さずにおいたが。
そんな喧騒にあてられたのか―はたまた元々そういう性分なのか。
脚の長い美女サンタと馴鹿男、ただのバイト仲間とは思えない程御に密着していた。
「…此処にいるリア充共を封砲で薙ぎ払ったら、やっぱ風紀委員に連行されちまうのかね?」
ぼやくルビィの目は据わっている。
連行の可能性も否定はできないが、それ以上に忘れてはいけないぞ、学生カップルは皆撃退士だということを。
精神的にガタが来ている者がいる一方、まだまだ元気な男もいる。
「俺には!ミニスカサンタしかみえません!」
んなわけあるか、と突っ込みたい所ではあるが…英斗は本気だ。
男の存在を意識外に追いやり、この猛攻を耐える―!
「お兄さん達、友達とパーティですか〜?」
「はい(きりっ」
これしきの攻撃、いままでの人生ですでに経験済みだ…と、言わんばかりである。
だが馴鹿も負けていない。
俺の彼女を変な目で見てんじゃねえよと言わんばかりの強引な態度!
※特殊抵抗UPに対しシールドバッシュが発動しました※
「あ、じゃあ是非ウチの店のケーキを!試食もご用意―あ、ちょっと手離そ」
さりげなくサンタと恋人繋ぎだった事をアピールしてくる高度なカウンター攻撃に、さすがの英斗も顔を引きつらせる。
しかし無論、この程度で引き下がる一行では無い―!
「否、何がクリスマスかッ!明日は私の誕生日だ吹き飛べえええッ!」
声高に叫びつつ、全力タックルで馴鹿を弾き飛ばすラグナ!
その手に握られているのは愛用の魔具―ではなく、五千久遠札。
叩きつける。容赦なく。顔面に。男、札を額に貼り付けたまま倒れる。
「釣りはいらぬ!」
返す刃(?)でケーキの箱を掴み上げ、颯爽と駆け抜けるラグナであった。
意外に律義なのは、恐らく周囲の女性の視線が痛かったからだろう。恐らく。
しかしこの程度で非モテ騎士は止まれない。勢いのまま、後方のツリーへと武器を構える!
「そもそもこんな物を置くからこのような雰囲気になってしまうのだ…!セイヤーーーッ!!」
裂帛の気合とともに渾身の一撃を繰り出す!
動かない物体相手に、必中と思われたその攻撃は―その場にいた男に肩代わりされてしまう。
「貴様ッ!」
「俺はこの伝説の樹の下であの子から告白される予定(ry」
「植物を大切にしない奴なんか、大っ嫌いだ!」
怒涛の反撃。
様々な思惑でツリーを大事にする学生たちに猛反撃を受けるラグナ。
銀の盾!リジェネレーション!不落の守護者!
あらゆる手段で対抗する。まさにその心意気は―落ちぬ!負けぬ!諦めぬ!
だが歴戦の撃退士と呼んでも遜色のない彼であろうと、数の暴力には抗いきれない!
ラグナの周囲を護っていた騎士達も、やがて消えていく。
「何をする貴様r…ひぎぃ!らめぇ!」
「―しっかりしろ…ッ!立て、立つんだラグナ―っ!!」
暗転。
●幕間:理想郷
「しかし奥義は凄いなあ」
倒れたラグナをリヤカーに積み、応急手当を施しつつ焔が呟く。
防御力が消えかける桐江に、膝枕で治癒膏を施すステラ。どさくさで役得だな桐江。多分意識朦朧としてるけど。
更にダウンした者を載せて…あっあとフライドチキンにケーキ。
そろそろリヤカーが過積載気味だ。
「俺最近バイト漬けで撃退士してなかったからまだ習得できないんだよね〜」
習得できたらお友達ふえるよやったね!
お友達()こと炎の蝶に報告する焔。
そう遠くない未来に思いを馳せる仲間へ、英斗が爽やかに応える。
「そう、そうなんです!奥義は素晴らしいものなんですよ」
微笑む英斗の周囲に現れたのは、―女神と6人の美少女騎士!
しかもクリスマス仕様なのかサンタ衣装。嗚呼、これが現世の理想郷か。
「今日はイブ。皆、俺の為にミニスカサンタの衣装で…」
これで周囲のカップルによる暴力にも対抗可能さ!と、深夜の通販番組めかしてみたり。
「ふふっ、みんな、そんなにくっついたら歩きづらいじゃないか」
このまま勢いをつけて学園まで一っ走りすれば、それこそ大勝利では?
―そう思っていた時期が、彼らにもありました。
●第三関門
桐江の顔色が悪い。
恐らく、通常なら耐えられる攻撃にも耐えられなくなっている。
このまま時間が経過すればジリ貧になるのは間違いない。
「手なんかより、心が冷たい…!」
通りすがりに手を温め合う男女を目撃し、震えながら砂原が声を絞りだす。
最早この寒さを乗り越える為には手段を選んでいられない!
桐江と肩を寄せ合い、寒さから身を守る―(※アウルの鎧の比喩です。腐り神様お帰りください)
「今こそぼっち力を燃やす時!」
そのまま燃え尽きて灰になりそう、というツッコミはやめたげてください。
砂原君だって好きで毎年ぼっちやってる訳じゃないよ!多分!
さて、そんな中、彼らの前を横切る者があった。
天使の母、悪魔の父と幼い子供。そんな幸せな風景―
微笑ましく見守る焔、そして英斗。
しかしその傍ら、一層青い顔に変化していく桐江の姿が!
砂原の悪い予感はどうやら当たりのようだ。
「…地球が滅びたらリアも非リアも居なくなるよな?…あ。天界と冥魔界にもリア充は生息しt」
「やだぱぱったらうふふ…」
直葬レベルのアレ!
やだーこんなもの直視させられないよー!
「チッ、さーせん!急患通りますっ!」
リヤカーを先導する焔と英斗が駆け抜け――否、罠は終わりではなかったのだ。
「あちらから抜けられそうだな」
「星杜くん、右…きっと近道だよ」
相変わらずバニ(略)姿でケセランとたゆたうドミートリイ、ここで初めて先導へ。
カーブ。曲がる。轟音とともにドリフト走行するリヤカー。
その先に待ち受けていたものは!
まさかの!
「うーむ、間違えたか」
セクシージュエルインナー(装備者:ドミートリイ)
「う、うわあああ!」
「おうふ…」
〜事故処理完了まで綺麗なお花の映像をお楽しみください〜
急ブレーキに耐え切れず大破するリヤカー。過積載状態ゆえ残念だが当然か。
更に、この世の混沌から桐江を救う為、犠牲となった焔の姿が其処に。
然しこれは事件じゃない、事故なんだよ。不幸な事故なんだよ…。
何ともいえない空気が漂う中、追い打ちをかけるように英斗の理想郷の効果が消える。
「…むなしい。コレを使った後はものすごく虚しくなるんですよね」
この世の無常に、涙を禁じ得ない一行であった。
●幕間:パンダ
さて、一行の最後尾につけた下妻笹緒(
ja0544)は、実は事の一部始終を細やかに追っていた。
学園商店街を闊歩しながら眺めた風景を、手帳へと書き連ねていく。
このようなアイデアの走り書きが、時として素晴らしい答えを導く為の足掛かりとなることも、既知のこと。
ドタバタ騒ぐ一行を傍目に、ふ、と微笑を漏らすジャイアントパンダ。
時に不敵に笑い、時に慈愛に満ちた眼差しで皆を見つめ…。
そうして笹緒は、きわめて大らかな心持ちで彼らを見つめていた。
(仮に道半ばで倒れてしまったとしても、それはそれで良いのだ)
混沌と化す街。
襲撃する奴される奴。
勝手に自爆する奴。
悪魔的な衣装を纏って周囲に泡を吹かせる罪な奴。
それを見て恐々とする奴。
そういったもの全てを受容し、ただ静かに微笑むパ…奴。
生き様は様々あれど、総て等しくこの空の下に生きている―。
(聖夜の奇跡、か)
それが存在するならば、きっと今日この場に、このメンバーが集まった偶然。
それもまたひとつの奇跡、と言えるだろうか。
迫り来る罠に立ち向かう者は多い。だが、甘んじて受け入れることもきっと間違いではない。
とことんまで追い詰められた時こそ―人々の秘めし真実の力が解放される。
このような悟りに至ったのは、すべて、ボロボロになることこそが理想郷へと至る道だと確信しているからこそ。
(さあ、チキンもケーキも恋人たちの逢瀬も、真っ向から受け止め、血涙流し心に巨大な負荷をかけよ。さすれば―)
それはきっと、新たなステージに至る為の階となるに違いない。
(さすれば、天界への門も開かれよう!今ここに集いし九名が尖兵となり、新たなる世界へ…未だ誰も成し得なかった天界へ!)
…。ちょっと何言ってるか(ry
笹緒が自分の世界に没入している間にリヤカー大破。天界どころか冥界への門が開かれそうになっていたのは、今更言うまでもないか。
「ふむ…腐乱ダースになってしまったようだな。やはり犬ではなくパンダラッシュというのは、無理があったか」
問題はきっと其処じゃない。
●その後の話
「…何か大事な物を失った気がするぜ」
心なしかやつれた顔で溜息を吐くルビィの隣には、ボロボロの姿でチキンを頬張る桐江の姿。
首元には手編み(※ただし編んだのは男)のマフラーがゆるく掛けられている。
一緒に卓を囲む面々は、先ほどまで共に戦った仲間達。
何とか持ち帰ったチキンとケーキを囲み、斡旋所を借りて即席の打ち上げパーティ。
「夜はぼっちだと思っていたから、これも楽しいですよ」
「事務所に一人はさびしいからねえ」
「辛かった事は忘れて、仲良く食べようではないか」
辛かった原因の一つに言われると何とも癪ではあるが。
少なくともイブの夜の寂しさだけは、此処で紛らわせただろう(漂う無理矢理臭)。
「…あっ、そういえば明日はラグナさんの誕生日か」
「じゃあ今日は前祝いも兼ねて、かな」
既知の者。
今日知り合った者。
垣根なく盃を交わす―かけがえのない夜。
※このあと滅茶苦茶パーティした