●いくらカオス推奨ったって限度があるだろ
――寿司、それは日本の誇るべき食文化の一つであろう。
それが手軽に楽しめる回転ずしとなれば尚更すばらしいものだ。楽しまずに終わるわけにはいかない。
メニューを見る。もちろん人気の品はオールシーズン揃っているが、やはりお勧めは旬モノだろう。
今の時期だとアジやカツオ、それに紫ウニも美味しいだろう。この店で扱っているのが紫ウニかは知らないが。
「……では、いただきます」
箸を手にしたリーガン エマーソン(
jb5029)は、優雅な所作で流れるアジを手に取った。
幸い、好き嫌いは無い。
子供(舌)連中が落ち着くまで渋めの選択で小腹を満たそうと思った。よく言うだろう、残り物に福があると。
冷酒をちびちびやりながら待てば、機会はきっとすぐに訪れるさ。人気のネタはその頃に。
「鼻に抜けるわさびの香り、やはりいいものだな」
ところで何が彼をマグロから遠ざけたか、と問われれば、大体あいつらのせいですと指を差さざるをえない。
そう、寿司レーンの開始地点付近では、賑やかを通り越した大乱闘が始まろうとしていた。
「知ってるか、久遠ヶ原の回転SUSHIでは、3つのグループに分けられる」
包帯を巻いた姿のまま、アスハ・ロットハール(
ja8432)は真剣な表情で呟いた。
近くで彼の言葉を聞いていたエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が、首を傾げて続きを問う。
「3つ……?」
「ああ。神に愛され楽に食える奴ら、食べるのそっちのけで楽しむ奴ら、神が荒ぶって絶望に叩き落とされる奴ら、この3つだ……」
絶望? いま絶望って言いました?
しかし不穏な言葉は華麗にスルーするのが、小野友真(
ja6901)の良いところだった。
周囲に座った知人達の分までお茶を用意しつつ、寿司の気配に笑顔を見せる。
「俺達……俺は、食べられる奴や! 帆立を!」
意気揚々と、帆立を注文すべく備え付けのタッチパネルへ手を伸ばす。が。
「ちゃんと話聞いとけよ、人手足りないから注文まで手回らないって言ってたろ?」
隣に座った加倉 一臣(
ja5823)に腕を掴まれ、やんわりと静止された。
「そ、そうやった……って! そしたら俺の帆立ちゃんはどうなってしまうん」
ふるふると肩を震わせながら動揺する友真。そんな相方に微笑みを向け、一臣は捕まえた手をそっと離す。
「大丈夫だ。きっとすぐ逢える」
「……せやな」
「あ、噂をすれば」
「!?」
言われてレーンを見れば、確かに流れてくる帆立が見える。
待ってましたとばかりに待ち構える友真だった……、が。
(……WASABI)
分かる。白い帆立の下に緑色のものが。大量に。乗せられている。
本能的に危険を察知したのである。あれは稀に厨房スタッフさんの焦りが生み出してしまう失敗作(わさび過多)だ!
(取るべきか取らざるべきか。ネタ外してわさび削ぎ取れば行ける? でもあの量……削ったらシャリ無くなるんちゃう……?)
一瞬。その一瞬が明暗を分けることを、彼は確かに知っていたはずなのに。
友真の戸惑いが露呈した直後、彼の前を今まさに通り過ぎようとする帆立の皿へ――他でもない一臣が手を伸ばした。
この間、僅か1秒。惜しげもなくアウルを使い、研ぎ澄ませた知覚によって流れる皿の動きを捉える。それは確かに一臣の勝利であった。
「友真を保護するのは俺の役目ですよねー……っと」
ひょいぱく。
「む、程よくワサビ効いててうまいな」
もぐもぐ、ごきゅん。
止める間もなく飲み込まれていく2貫の帆立。
「……ってうわぁあああああぁ! 俺の! 俺が○×▽%&●#帆立!」
ごめんよく聞き取れなかった。俺が……帆立?
「ユーマ……あんな姿になった挙句、オミに食われるなんて……」
「アスハさんアスハさん俺ここに居ますし! 帆立になってないですし!」
「帆立甘いな(もぐもぐ)」
一臣さん実は分かっててやってますよね、絶許。
笑顔を貼り付けたまま後ろ手に銃を用意する友真。
「……鰹解体ショー、か。丁度メニューになかったし、アリ、かもな」
冗談なのか本気なのかわからないノリで呟くアスハ。その肩をぽんと叩き、赤坂白秋(
ja7030)はクールに笑った。
「待て、知人同士で争う必要がどこにある? 問題はここに流れてくる寿司の量が少ない事だろ」
「……上座の邪魔したら、食べられるか?」
「ああ。そしてイケメンには、譲れない時がある――それが今だ!」
拳を握り熱く語り、それからすっと立ち上がる。
やっべぇ赤坂先輩マジ頼れる。俺たちに出来ない事を平然とやってのける。
誰もがそう思った。
一瞬だけ。
「……」
一瞬の間を置いて、突然の着席。
そして何事もなかったかのように、白秋は目の前の玉子焼に手を伸ばした。
「もがもがもがもが!(うっわ卵うめー! めっちゃうめー!)」
……説明しよう!
気合十分に上流の席を確保した白秋。彼よりも手前に座っていたのは少数。そのうえ全員、そう全員……女子だったのだ。
「……さて、気を取り直して鰹の解体ショーに移るとするか」
「ハクさんハクさん、銃じゃ捌けへんでー?」
「本当帆立旨いn……えっ? ちょっなんで俺うわ本当やめr」
暗 転
「カウンター席を取れなかったのは、逆に幸運だったかもしれませんね」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)はレーンの向かいで繰り広げられる大乱闘へと生暖かい視線を向けていた。
「入り口の席を取れるかが焦点……と思っていましたが、あちらでは落ち着いて食べられそうにないですし」
「ティナの言う通りかもしれないな。流れてこないものはもう少し静かになってから探しにいこう」
と、テーブルの向かい側に座った天風 静流(
ja0373)は頷く。
育ち盛りの少年少女ばかりだとは言っても食事量には普通、限度というものがある。
流れてくる鯛やら巻物やらに手を伸ばしつつ待てば、きっとすぐ落ち着くだろう。
「そういえば、寿司は初めてだと言っていたな」
「はい、知ってはいましたが自分で食べるのは初めてですね。静流さんのオススメはどれでしょう?」
納豆以外で、と付け加えて笑うファティナ。静流はふむ、と少しだけ考えて。
「そうだな……イカやエビ、それと鮭あたりなら馴染みもあるだろう?」
ほむ、と納得した様子で、パッと目についたサーモンへ手を伸ばしてみるファティナ。
「いただきます」
ぱく。
……。
……!?
「か、か、辛……! な、何こ……っ」
言葉に詰まり、猛烈に咽せるファティナ。大方お察しの通りわさびの洗礼である。
「大丈夫か、ティナ!?」
「し、しずりゅひゃぁん、なんれすかこれぇ」
あまりの辛さに涙目、その上まともに喋れなくなっている友人を見て、静流は慌ててお茶を差し出した。
「とりあえずこれを飲むんだ」
「は、はひ〜」
湯呑みを受け取り、一気に呷るファティナ。熱々のお茶に驚き更に咽せかけるが、なんとかギリギリ堪えたようだ。
「……すまない、ワサビのことを忘れていたな」
皿に残ったもう1貫のネタを少しめくって、静流は苦笑する。
「わさび? あぁ……これが噂に聞くワサビですか……」
寿司が初めてな位だから、ワサビを知らなくたっておかしくはない。
まだ少し涙目のまま、ファティナは少しだけ恨めしそうに友人を見つめた。
「静流さんはこの緑色の平気なのです……?」
「人並みには、な。……すぐに慣れると思うが」
「うぅ。私はいいですっ、慣れなくても! わさび入ってないのどれですか? それだけ食べます……!」
少し意地悪かもしれないが、そんな態度も可愛いと思ってしまったり。
●早くも出来上がっております
カウンター席の一角がなんだか少し酒臭い。
それもそのはず、最初からほろ酔い気味だった雀原 麦子(
ja1553)が、桐江と二階堂 光(
ja3257)にどんどん発泡酒を注いでいた。
「何はなくとも、とりあえずビールよね♪ あ、おかわり下さいっ」
「あぁこれはろうも雀原さん、いたらきます〜」
「俺はメロンおかわりしようかな……」
元々強くない光に、空きっ腹に入れて悪酔いした桐江。揃ってベッロベロな上、泣き上戸の絡み酒。
言いたくはないがイケメン(23)、台無しである。
「就活とかさあ……将来とかさあ……考えたくないよお……」
「俺もだけど、もし院に行っても結局は決断の先延ばしだしなぁ。さっきからハマチ回ってこないし俺ほんと運ない気がしてもう」
うだうだする男達を見かねてか、麦子はくすくすと笑いながら空いたグラスにまた酒を注ぐ。
「悩む余地があるってことは、それだけ可能性があるってことじゃない。もっとポジティブに行きましょ♪」
「麦子ちゃんカッコいい……っ」
「それに、弱いからって戦わないのはダメよ。強くなる為には乗り越えなきゃいけない壁もあるっ!」
悩む者へのアドバイス――と見せかけて、それは彼女自身を奮い立たせる為の言葉だったらしい。
桐江が礼を言うより先に、麦子はマグロの争奪戦が繰り広げられる上流へと向かっていった。
怪我をはやく治すためには人より食べなきゃ! と言ったところか。そのパワフルさには全く頭が上がりそうにない。
「先輩達もさっき言ってたけど、成績で全てが決まる訳じゃねーんですよ! 人柄! 人柄が大事なの!」
「人柄かぁ……それなら、二階堂くんはきっと上手く……」
小さな声で呟く桐江。
その肩をトン、と誰かが叩く。
「桐江さん〜よかったらテーブルの方に来てもらえます〜?」
星杜 焔(
ja5378)だった。
彼の差す方には若杉 英斗(
ja4230)とラグナ・グラウシード(
ja3538)、そして雪成 藤花(
ja0292)の姿。
「カウンター席に移動したそうな子が結構いるようなので……」
こっそり耳元で呟けば、さすがに納得した様子で。
「じゃあお言葉に甘えようかな……あ、二階堂くん雀原さんによろしくね〜」
幸せそうにアイスを頬張る光に告げて、桐江はそっと席を立つ。
●この世は鯖イバル
「桐江殿! こっちだ、座るといい。……ほら若杉殿、詰める詰める」
「ラグナさんあんまり押さないでください。男3人ぎゅうぎゅう詰めとか嫌ですよ」
「えへへ、おじゃましまーす」
「……って、桐江さんも少し疑問に……ダメだ、酔っ払ってる」
「呼びに行ったのが遅かっただろうか〜」
あはは、と焔は笑うが英斗は少し苦しそうだ。まあ、隣で酔っ払い男2人が肩組んでりゃな……。残念だが当然だ。
そんな訳で局地的に狭いのだが、そこそこ体格のいい男が3人並んでいる以上やむなし、か。
「噂に聞いたが進路の問題で悩んでいるとか?」
「そうなんだよねぇ」
「確かに悩ましい問題だ。いつまでもこうして共にいられれば、何よりなのだが……」
「……まあいいや。とりあえず食べましょう」
早々に見切りを付けて先を考えるポジティブさは流石、か。
何も言わず2人の猪口に酒を注いでから、英斗は回り続けるレーンに意識を向けた。
「ラグナさんはサーモンでしたよね。桐江さんは何がいいですか?」
「あ〜俺ハマチ食べたいんだけど何故か流れてこなくて……」
その言葉に、英斗は丁度よかったとばかりに拳を握る。
「俺、そんなときのためのいいおまじないを知ってますよ。こう言うんです」
レーンに向かい、英斗は大きく息を吸い込んだ。そして。
「――時代よ、俺に微笑みかけろっ!」
くわぁっ! という効果音が聞こえた気がした。それくらい真に迫る勢いだった。
「さぁ、桐江さんも一緒に!」
謎の連帯感(というよりむしろ強迫観念に近い何か)を覚えたらしく、桐江もくわっと目を見開いた。
酔っ払いにまともな判断力を期待してはいけない。
「……さぁ、ラグナさんと星杜君も一緒に!」
「ああ」
「うん」
「時代よ、俺に微笑みかけろっ!」
どーん。
何だろうねコレ。
普通の店なら周囲の視線を(悪い意味で)釘付けにしかねないが、幸い周囲には見知った顔が多いうえ、それ以上に騒いでいる者も……うん。
ああ……またあいつらか……的な視線はあれど、要するにその位は痛くも痒くもないな。それでハマチが来るなら安いもんだろ。
「来た!」
「おおっ!?」
「……俺の好きな〆鯖が!」
ズコー。
バターン。
少しだけ期待を寄せたラグナと桐江がコケると同時に、普段ならその位では動じない焔がテーブルに突っ伏した。
ある意味ジャストミートだったっぽい。嬉しくない方向に。
「焔さん……っ」
「星杜殿!?」
「ふぁふぃふょうふふぁふぉふぃふぉふぃふん(鯖もぐもぐ)」
「 さ……さば」
犯人はサバ。
「隣のテーブルはなんだか賑やかですね」
のほほんとした表情で、玄米茶をすすりながら久遠寺 渚(
jb0685)は言った。
賑やかどころの話ではない気もする一方、久遠ヶ原学園ではよくあることと言えばよくあること。慣れてしまっても仕方ない……かもしれない。
けが人が出てからが本番とばかりに、同席する女子達と流れるお寿司の品定めを続けている。
「ふぅ、お茶おいしいです。次は何を食べましょう……」
同じく玄米茶を飲みながら、同席する藤白 あやめ(
jb5948)もメニューと睨めっこ中。
「私も次どうしようかなぁ。金色のお皿も取っていいんだよね? うに、いくら、鯛……うーん」
「あっ、うに美味しかったですよ! おすすめです」
どうせなら高めのお皿を狙っていきたいのは一般庶民共通の感覚……かもしれない。
「茶碗蒸しも、エビが入っていて美味しかったですよ。あとはイカと、わさびが苦手な方でしたらいくらも良いかと」
緋月 舞(
jb0828)のオススメメニューを聞いて、夢宮 妙(
jb6400)は首を傾げた。
「わさび?」
「あっ、夢宮さんはお寿司が初めてなんですよね。わさびっていうのは緑色のピリっとする香辛料です」
「……もしかして、これなの?」
妙が指差した鉄火巻にはほんのりワサビが添えられている。
「なんだか、つーんとしたの」
表情こそ変わらないけれど、その言葉で妙がわさびに苦手意識を持ったことは知れた。
渚と舞はちょっぴり微笑ましげに、顔を見合わせて。
「イクラにしましょうか。とりあえず1貫ずつ分けっこして、口に合いそうなら追加っていうのも良いですね」
それだと少食な私も色々な種類が食べられて嬉しいです、と付け加えて、渚はえへへと笑った。
「楽しそうなの、色々食べてみたいの」
「折角だし、私も乗っかっちゃおうかな?」
妙とあやめも心なしか楽しそうだ。
「東北で頑張った分、いっぱい食べて休養を取りましょうねっ」
そうそう。
お腹いっぱいになるまで、満喫しなきゃ勿体ないよね。
●思いのほか平穏……いやまさか、そんなはずは。
「ここお邪魔しても大丈夫かしらー?」
片手にグラス、片手にお寿司を携えた麦子。目当てのまぐろも食べられたのか、上機嫌な様子でテーブル席へ移ってきたようだ。
「んむ、大丈夫よーいらっしゃーい」
タコの握りをもぐもぐ食べながら、エルナ ヴァーレ(
ja8327)は麦子を歓迎する。
「まま、駆けつけ一杯どうぞどうぞ」
「あら♪ それじゃお言葉に甘えて……いただきまーす」
よく冷えた瓶からグラスに注がれる黄金色の液体に幸せを感じつつ。
「……あ、よかったらお兄さんもいかがです?」
「ふむ。美しいレディ達のお誘いとあらば、無碍にする訳にもいかないな」
テーブルを挟んで向かい側、静かにネタを吟味していたリーガンも巻き込み――改めて、乾杯。
「あ、エルナちゃんは何が食べたい?」
「タコね」
両手をうねうねひらひらさせながら、(自称)魔女は言った。
ちなみに謎の動きはタコを再現しているつもりらしい。酔っ払っているのか。酒には強い? お、おう。
「タコ! いいわね〜コリコリしてて美味しいわよね♪」
「そう……だけど美味しいだけじゃないわ。タコは邪神と関係があるとも言われている。これを食べ続けることであたいの魔女力は更に高まるのよー!」
謎理論いただきました。
とりあえずタコとお酒以外いらないということは理解。
「マグロも回ってきているし、酒も豊富。文句のつけようもないな」
あくまで優雅な振る舞いのまま、リーガンは箸を置き猪口を傾けた。
会は思いのほか平穏に進んでいる。
このまま何事もなく、楽しい酒宴で終わればいい……のだが。
丁度その時、エルナと麦子の背後では、ひとつの懸案が持ち上がっていた。
「……そういえば、マグロなんかもぼちぼち回ってくる割にハマチは全滅ですね」
「実は帆立も回ってきていないのだ……カウンター側で何かが起こっているのかもしれぬなあ」
英斗と焔の声。周囲を気遣ってか、小さな声で話してはいるが、どこか不穏な色を孕む。
そう、トラウマ(鯖)を直視してブッ倒れた焔が、無理やり起こされたのには理由があった。
消えたハマチの行方を探るという大義名分である。
(焔は数分前、藤花が飲ませた唐辛子茶により強制的に覚醒。どうしてこうなったかは正直わからんが、決してリア充滅殺仮面の犯行ではない事をここに記す)
「店員さんにお聞きしてきましたが流してない訳じゃないそうです。やっぱりカウンター側でしょうか?」
戻ってきた藤花の報告を受け、焔はふむ、と立ち上がる。
「少し様子を見てくる〜」
「あ……じゃあわたしも」
焔を追うように、藤花も席を外す。
2人の抜けた席に、入れ替わりでエルナと麦子が移動してきた。
「ぜろちゃーん、エルナちゃんが将来のこと占ってくれるって♪」
「占い?」
「ふふふー邪神パワーを充電したあたいに任せなさいって!」
はて、邪神力による占いとは。不穏な気配がする。
しかし何度も言うが酔っ払いである。細けぇこたぁいいんだよ! とばかりに占ってもらう事に。
「占い、か。過信するのも考えものだが……前向きになる切っ掛けとなるなら悪くない」
「ラグナさん、俺も同感ですよ。……おお、タロット占いですか」
「そうよー。ちょっと待ってねー」
軽く拭いたテーブルにタロットカードを広げて、両手でぐるぐるかき混ぜる。
そして――
「出たわよー」
「おおっ!?」
ごくり。男達が固唾を飲む中、エルナはゆっくりと口を開いた。
「ふむふむ……桐江さんの将来は大人の男性と恋に……あれ?」
なんてこった♂
げほごほごほ! とラグナが咽せる横で、英斗は真顔のまま呟く。
「あ……モテなさをこじらせすぎて、大変な未来になってしまうって事か」
「やめてー!」
「ごめん違、違う、えっと、うーんと、あー……要するに習うより慣れろってことよ!」
要してないし、そもそもフォローになってない。
ちなみに彼女の占いが全く当たらないことを男達が知るのは、この会が終わった後のことだ。
●ハマチとホタテはどこへ消えた
桐江に酷い疑惑が持ち上がった、その頃。
カウンター席に向かった焔と藤花は、早くも元凶に辿り着いていた。
「要するにここで全滅していたわけであるな……」
焔の前には、頼んでいもいないのに今にも土下座しそうな勢いの男が2人並んで顔を覆っている。
「悪い、桐江くんがそんなにハマチ欲しがってるとは知らなかったよ」
「俺もほむほむが帆立ちゃん待ってるとか知らんかったん……ごめんな……!」
「すごい旨かったんでつい何皿も……反省はしている」
「している!」
きりっと表情を引き締めてるけど、イケメンだったら許されると思うなよ。許すけど。
「そうと聞いたら桐江くんにハマチを届けてこよう」
「あ、じゃあ一臣さんこれ託すわ……俺から桐江さんへの餞別的な……」
ハマチの皿に『就活』と書いたペーパーナプキンをそっと乗せる友真。斬新な嫌がらせですね。
「これは斬新な嫌がらせ……」
「え? いや、好物と共に考えたら名案も浮かぶかも、て優しさ」
――どこまで本気で言ってるんだろう、この子。
そんな一臣と友真の後ろで、さらなる不穏な因子が蠢いている。
「……これでヨシ、次は、エリーゼの番だ」
「はいっ」
こそこそと工作活動を行うエリーゼとアスハ。
彼らの目的はただ一つ、穏やかな食事風景の妨害であった。
手段はスリープミストにポイズンミスト。これをお寿司に向けるなんて……忍者を軽く凌駕する汚さである。
彼らの席はかなり上流。ミストをばら撒けば、相応の被害が出ることが予想される。
これには流石に、周囲も困惑していたようだ。
「エリーゼ、その……その辺に、しておけ……」
冷や汗を流しながら、少女の暴挙をやんわりと制止する白秋。だがエリーゼは魔法の準備に集中しており気づかない。
(ふふっ、ミストがかかったお寿司を食べる人達、どんな反応をしてくれるでしょうか)
好奇心旺盛なのはいいことだが、洒落になってない。
スリープならまだしも(いやスリープでも汚いが)ポイズンはどうなんだ。ポイズンは。
まかり間違って撃退士じゃない厨房のスタッフが食べてしまったら一大事である。
……だが、ミストを放つ直前。
偶然近くに居合わせた藤花が、エリーゼの魔法を阻止するべく、スキル封じの魔法陣を展開する。
「ダメです、食べ物で遊んだりしたら。食べ物を粗末にすると勿体ないお化けが出ますよ?」
「そのとおりだ〜」
既に睡眠効果を纏ったいくつかのお寿司をレーンから抜き去って、焔は笑う。
こういう食物はスタッフが処理するもの、というのがバラエティの相場。そんなわけで席に持ち帰って桐江達と美味しくいただきます!
「そういうもの、なのですか」
人間の食文化は奥深いですね、とエリーゼは頭を下げた。分かっていたのか本気で言っているのかは分からないが。
「アスハさんに皆を驚かせようって誘われて、その気になってしまいました」
わざとやっているのか、それとも天然なのかは分からないが。何れにせよタイミングが最悪だった事だけは確かだ。
「……星杜殿が遅いので様子を見に来てみれば」
ゆらり、と。
蠢く影がひとつ。状況を察した友真は白秋の腕を引っ掴んで音速で離脱。
「ハクさん逃げるで!」
「な、何だよいきなり!? ……っ、まずいっ!」
美しい弧を描き、宙を舞うマグロ。
このままだと地面に落下してしまう。咄嗟の判断で、白秋はマグロの握りに銃を向けた。
可能な限り威力を抑え、その赤い的へ精密狙撃を撃ち込んだ。
あたかも崩れそうな豆腐に触れるかの如き、優しいタッチ。ふわっ。えっ射撃? ってぐらい。すごいぞシャリ全然崩れない。
再び上方に軌道を変えたマグロは、伸ばした白秋の手の中に、狙いすましたように落ちてくる。
「っしゃああ!」
ここぞという所でキメる様はマジ半端ないイケメン。突然のことに目を奪われていた観衆も、彼のミラクルショットに惜しみない拍手を送る。
……キャッチしたのが寿司じゃなけりゃ、もっとイケメンだったんじゃね? 等と言ってはいけない。
閑話休題。
活劇の一方で、焔と藤花は特に動じる様子なく。
理由は簡単だ。彼らが席を離れた理由が――リア充滅殺仮面……もといラグナであったから。ああいつものだ、と。
「桐江殿がどんな想いでこの会を開いたか……少し考えたらどうなのだッ!?」
怒りの矛先は、やはり店に対する迷惑行為にもなりかねないスキル使用の件らしい。
人一倍正義感の強いラグナが憤慨するのも無理はない。
しかも、都合のいいことに相手はリア充だった。
重傷? 気のせいだ。安心しろコメディだから負傷したって死にゃしない(真顔)。
「皆の寿司に毒を仕込むなど言語道断……覚悟はできているのだろうな……?」
「……ゴカイ、だ。僕は……疲労回復の為、よく眠れるように」
「やかましいッ! くたばれ リ ア 充 ッ !」
そして繰り出されるリア充殲滅砲。アスハ……無茶しやがって……
なお店の設備や店員については、周囲の撃退士達によるシールド展開により保護されました。ご安心ください。
……ところで、エリーゼどこいった?
●あくまでマイペースに楽しむのも一興
そんな大乱闘の傍ら、周囲の騒動を意にも介さず自分の世界に浸る者もいた。
例えばエーツィル(
jb4041)などは、最初の頃にカウンター席に陣取って以降、ひたすらプリンだけを食べ続けていた。
1000久遠で食べ放題というから、質にはあまり期待していなかった面もあったのだが。
予想以上に美味しい甘とろプリンが出てきた為に、本気でスプーンが止まらなくなっているようだ。
緩んだ表情。スプーンを口に運ぶたび、ご満悦の様子で。
「うーん、ウマーなのですわ」
食べ終えたプリンの皿は、もう数えるのが嫌になるほど積み上げられている。
それでも彼女の勢いは止まらない。一応流れてはいるのだけれど、それを全部確保したって足りないとばかりに店員を呼び止める。
「あっ。プリン5つよろ、なのですわ」
……いくつ食べる気だよ、ほんと。
(うーん、SUSHI満喫したっ! 狙いは全部食べられたし、どれも美味しかったなぁ)
レベッカ・ハルトマン(
jb6266)もまた、カウンター席でしっかり目当てのネタを確保していた。
マグロ鯛ハマチ鉄火と食べ進めて、最後に茶碗蒸しでシメようとしている。
「ふぅ、満足満足っ」
お茶を飲んで、ゆっくりと席を立つ。
食べることに夢中で周囲の様子をあまり未定なかったし、これから少し歩き回ってみよう。
就職なんてまだまだ先の話ではあるけれど、先の情報を仕入れておいて損はないと、レベッカは知っている。
彼女の隣、番場論子(
jb2861)も食事の〆に入っていた。
初めはマグロ、それから間に色々挟みつつ魚を中心に食べてきた。
(あら汁、ダシが出ていてすごく良かったですね。お魚自体もなかなか美味しかったですし、来てよかった)
いなり寿司を食べ終えると、最後の最後、玉子に手を伸ばす。
人間社会における進路相談には乗れそうにないけれど、わいわいがやがや気分を盛り上げる位なら、してもいいかも。
けれどひとまず、このひと皿を食べ終えてから考えよう、と。
レーンの最後尾。
「お済みのお皿、お下げしましょうか?」
控えめに問う店員に、すみませんと苦笑して頭を下げるのは、癸乃 紫翠(
ja3832)。
それも仕方あるまい。4人席のテーブル上は、妻であるミシェル・G・癸乃(
ja0205)が食べた大量のお皿で埋まっていた。
最初はこれおいし〜♪ はんぶっこしよー♪ なんて言いながら、衰えないアツアツ新婚ぶりを披露していたのだが。
もはや、そんな戯れに興じる余裕もない。(物理的な意味で)
むろん、その都度崩れない程度に片付けてはいるのだが……
回ってくる皿を全部食べようとするミシェルの勢いには、さすがに店員の手を借りざるを得ない状況で。
「わぁっ、まぐろだしっ! シスイも……あれっ、シスイどこだしっ!?」
気づけば目の前には、幾重にも重なるお皿のタワーが形成されていた。
愛するパートナーの姿さえ見えない状況に、それまで一心不乱に食べ続けていたミシェルも、さすがに動揺を見せる。
けれど。そんな彼女の行動さえ、紫翠にはお見通しだ。
「はいはい、ここにいるから慌てるな。雪崩れる」
皿の砦の隙間から、ひらひら振られる手のひらが見える。
――そんな状況だから表情までは見えないけれど、彼はきっと、いつもの笑顔のまま。
「……びっくりしたー」
つぶやいて、安堵に胸を撫で下ろす。
「すみません。よく食べるもので」
「いえ〜ご協力ありがとうございます〜」
紫翠と店員の手によって、徐々に片付けられていく皿の山。
こんな状況にも笑顔を崩さず対応できるのは、やはり愛ゆえか。
(まったく、手がかかる……。まぁ、そこもミシェルらしくて可愛いんだけど)
まだまだ食べ足りないとばかりに、片付ける傍から空の皿を増やしていくミシェルを見つめて微笑する。
おいしさに笑顔。
一緒にいられることに、感謝。
そうして寿司パーティの夜は更けていく。
●お片づけもしっかり
宴の後。多くの撃退士が、店に残り片付けの手伝いをしていた。
「うに、美味しかったの。次は回らないお寿司を食べてみたいの」
テーブルを拭きながらぽつりと零した妙に、あやめは思わず笑みを零す。
「桐江さん、本日はお招きいただきありがとうございました。楽しませていただきました」
一通りの片付けを終えて、桐江に深々と頭を下げる舞の姿もある。
「最初にお会いした時、お顔が少し曇っておいででしたけれど……大分すっきりされたようですね。安心いたしました」
「こちらこそ、今日は来てくれてありがとね。いい気晴らしになったよ」
「迷った時は、誰かに相談するのも良いかと存じます。ここに集まった方々は、きっと聴いてくださるでしょうから」
便乗……というわけではないのだろうが、その場にいたレベッカも桐江に声をかける。
「どうしようもなくなったら、久遠ヶ原に残ればいいんじゃない? 斡旋所なんかも人手不足みたいだし、なんだかんだ上手くやっていける気がする」
「……うん。そうだね。皆本当にありがとう」
何もしねーで金貰える仕事ないかなあ、等とぼやいていた割には、光も片付けに参加していた。
アルコールが残っているのか、足取りは少し頼りない。けれどモップをかけるぐらいなら、と、気合を入れ直している。
甘いもの一杯食べたから大丈夫。元気。きっと。
「ごめんねーモップ通るよー」
「焔さん。1つだけ残ってましたよ」
エーツィルに全て駆逐されたと思われていたプリンに、生き残りを見つけ藤花は笑う。
後で分けようと約束し回収する。2人で食べるプリンはきっと何より甘く美味しいデザートになる。
「そういえば桐江さんに彼女できた報告をしていないのだよなあ」
「そうでしたっけ」
「この間は慌ただしかったからねえ……。片付け終わったら、挨拶しにいこうか」
「……はい」
ちなみに当の桐江はというと、知らぬ間に戻ってきていたエリーゼの『上げて落とす』意地悪に引っかかって自棄酒の真っ最中であった。
意地悪の具体的な内容については、双方の名誉の為に秘しておく。