●後々聞いた話
それは、昼休憩が終わる頃の話。
謎の球を手に夏久を追い回す寧々美と、その後ろから慌て彼らを追いかける龍崎海(
ja0565)、という謎の構図が目撃されていた。
「中山さん、もうその辺にしてやってよ! 猫目さんもわざとじゃないんだし!」
海の想いは寧々美に届いたのだろうか……。真相は寧々美当人のみぞ知る。
●たかが、されど
これが、握り飯を求める行列……?
「壁さぁくるより凄い争奪戦だったの……」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)が呟く。簡単そうな依頼内容に油断していたが、想像以上にハードだった。
まんがマーケット常連の彼女は並ぶ事に慣れているが……それでも疲れるのだから、この争奪戦、恐ろしい。
「ライスボールGET……したはいいが、何だって中山はこんな握り飯に御執心なんだ?」
手にしたライスボールをしげしげと眺め、小田切ルビィ(
ja0841)が首を傾げた。
握り飯1つ手に入れるだけで命懸け。いくら限定品とはいえ、激しすぎる気がしないでもない。
「見た目だけじゃ、どの辺が幻なのか全く判んねぇし。まぁ……ジャーナリストたる者、好奇心旺盛なのは良い事だけどな」
恐らく写真撮影後には、試食して感想を記事にするのだろう。すると幻の理由は中身か? などと詮索してみたり。
目を細め、壬生 天音(
ja0359)は眼前の大乱闘に閉口していた。
(ちゃんとした仕事なのか、なんて、疑いましたけど)
成程これは確かに、戦闘と呼んで差し支えのない激戦。たかが食べ物にそこまでの情熱を注ぐ理由の方は、理解に苦しむけれど。
「……まぁ、受けてしまった以上、やる事を、やりましょう」
軽く背伸びをし、気合を入れ直す。
どうやら仲間が首尾よくブツを入手したようだし、後は横取りを目論む外道に気をつけるだけ――
否しかし、容易に終わる訳などない。何故か? ここが久遠ヶ原だからさ。
待ってましたとばかりに颯爽と現れる謎のマッチョ。謎のプロテクター集団。異様だ。
「ちょっと待ったぁ! 久遠ヶ原学園過激派アメフト部、推参!」
ツッコむより先に名乗った。意外と紳士だ。でも過激派アメフト部って何。
駄目だ一々突っ込むと追いつかない。続きを聞こうか。
「で、その部が俺達に何の用だ?」
つーかアメフト部なんてあったのか、と、心の中で呟くルビィ。勿論口には出さないが。
「理由など些細な事。とにかく通せぬ」
「……話し合い出来る雰囲気じゃ無ぇってか? ま、なら仕方ねぇな」
「おにぎり運ぶのに、まさかの妨害……っ」
氷月 はくあ(
ja0811)も予想外の展開に戸惑いを隠せない、が。
「この配置、なんだかアメフトの試合みたいだね」
ちょっとワクワクしてきたかも。不敵に笑う。
「購入後に武力行使はただの略奪だろう。痛い目を見ても文句は言わせないぞ」
仰る通りです。痛い所を突かれた。主将と思しきマッチョが叫ぶ。
「とととにかく、ここを通りたくば我々を倒して行け――!」
そんな訳で、試合()の火蓋が切って落とされた。
●予想外の大乱闘
じりじり寄ってくる男達が生み出す妙な圧力に、流石のルビィもたじろいだ。
咄嗟にアウルを身に纏わせ、手中の(ライス)ボールを護るように後ろ手に。
「悪いがそう簡単に渡すワケにはいかねぇぜ!」
挑発めいた言葉と同時に、ボールを後方の仲間へ送る。同時に自分も、前方へ向かい駆け出した。
「確かに受け取りました、ルビィ」
直ぐ後ろに控えていた彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が、白い外套を翻して躍り出る。
手にしたボールを右脇に引き入れ、持参した布で手早く包みつつ疾走。
しかしそんな彼女を敵がフリーにする筈はない。ぐんと近寄りむぎゅっと掴み掛る。手中に丸いものを収め、渾身のしたり顔。
「……残念ですが、それは私のミートボールです」
まさかのジャストミート。
見下す角度で鋭く睨みつけ、彩はおっ……ミートボールを獲得した男を全力でぶん殴ると、勢いのまま右腕を振り上げた。
ボールは前方の或瀬院 涅槃(
ja0828)へ渡る。
「ネハン、任せます!」
「了解。涅槃三世は止められない――行くぞ!」
どこまでもスタイリッシュに捕球。そのまま左脇に抱え込むと、右サイドを全力で駆けあがる。
駆け出す坊主の脇では、天音が周囲の仲間へアウルの加護を送り。
「さて、それでは参りましょうか!」
気合を入れ直し、襲い来る複数の敵へ鋭い視線を向けた。
「おぉー……凄い威圧感! つまりアメフトの試合だねっ!?」
呟くはくあは、それでいてどこか楽しげに笑い。
強敵を前にしたヒーローの如く、高揚感に胸を躍らせながら。最大出力の炎を相手へ向け、叫んだ。
「依頼なのが残念……えっと、崩させてもらうね!」
轟音と共に吹き飛ぶマッチョ2名。
豪快に吹き飛ぶ男達を見やり、おにぎりとか関係ない普通の試合だったら本気で行ったけど、と小さな声で付け足した。
待って、どういうことなん。可愛い顔してあふれる殺意ぱねぇなオイ。
「本当に何でもアリなんですね……」
呆れたように呟きながらも、敵の妨害に加わるソリテア(
ja4139)。
はくあの炎から逃れ、一度引こうとする騎士へ向け小さな掌をかざして。
「あ、動かないでくださいね?」
少女の指先から放たれた電撃が、一人を捉える。容赦なく浴びせられる攻撃。笑顔のままのソリテア。逆に、怖い。
「すみませーん、道を開けてくださーい!」
追討ちをかけるように、Rehni Nam(
ja5283)が仲間とマッチョの間を横切る。
はくあとソリテアに近づけさせまいとばかりに、立ち塞がり盾を展開するレフニー。
「こじ開けさせてもらいます!」
からの特攻。
なにこの子固い! と、マッチョ達が防具の下の表情を強ばらせる。
「ふふ、存分に暴れてやるのです……いっくよーっ!」
得物を槍に持ち替えて、ふふ、と謎の笑いを零しながらにじり寄るはくあ。
「妨害だなんて……子供じゃないんですから、いい加減にして頂けませんか? 怒りますよ?」
にっこりと笑みを浮かべるソリテアは身体に光を纏わせ。なにこれ眩しい。
見た目は女神のようだが、状況が状況なだけに不気味すぎる。あと眩しい。
「仲間の為に道を作るのが私のお仕事なのですよ? というワケで、まずはそこのお兄さんから『潰させて』貰いますっ」
レフニーは可憐な笑顔のまま、なんだかとてつもなく恐ろしい事を口走っていた。
3人揃って相手を見る目がヤバイ。完全に獲物を狙うハンターだ。最近の女子中学生ェ。
顕現した鎖に足を取られ、湧いて出た無数の腕に捕まり、身動き取れなくなった所へ駄目押しの形で槍に薙ぎ払われ。
盛大にすっ転んだ巨漢は、少女3人に囲まれ、哀れタコ殴りの憂き目に……。
●右サイドの攻防
惨状を尻目に、涅槃は右サイドを爆走中であった。
しかしそう容易に事は運ばない。迫り来る筋肉。テカり系ディバインナイトが、涅槃の行く手を阻む!
「馬鹿め、右サイドの守護神・原とは私のことだッ」
聞いたこと無ぇよ。
だが敵の知名度など取るに足らぬ。涅槃には、それよりも余程気になる事があった。
「正面からタックルか、馬鹿正直すぎて美しくないな」
にやりと笑い、敵の猛攻をかわす。逆に相手の懐へ潜り込む涅槃の表情は、余裕そのものだ。
それでもボールを捕まんと伸ばされた相手の執念籠る掌に、上体をねじり小さく丸めてからの――ヘットバッド。
「うおっ!?」
標的を見失い、バランスを崩す原。咄嗟に髪を掴もうとするが、
「残念だが、それは俺のスキンボールだ」
当然ながら其処に髪など居なかった。
支えを失いズッコケる敵。意にも介さず、涅槃はスタイリッシュにターンを決め再び前方へ向かう。
無駄が多いかと思いきや、意外にも全く隙のない動きだから侮れない。
右手に拳銃、左手におにぎり。何ともミスマッチだが、それでも華麗に魅せねば或瀬院の名が廃る!(多分)
「――お前らには止められんよ」
涅槃△。
「天音! お前なら来てくれると思ってたぜ」
味方に余裕が出来た事を察知し、涅槃は天音へ肉薄する。
「さーて、ン年振りのクロスだ。ミスるなよ!」
「勿論ですっ」
互いに目配せを交わし、斜め前方へ向け疾走する。軌道が交錯する。
あわや衝突と思うほどの近距離で、ボールをパスした――と、思いきや。
「ぼ、ボールが分裂した!?」
転倒から起き上がり、追い縋る原が驚く。一体何が起こったのだ。
敵は理解していないようだが。実は交差する瞬間、天音が隠し持っていた偽のボールを取り出したのだ。
つまり天音が持つボールは真っ赤な偽物。だが、動揺した相手には判断がつかない。
「えっと……お嬢さん失礼! そのボール頂く!」
迷った挙句、天音へ襲いかかる原。しめたとばかりに、天音は右後方へ逃げ時間稼ぎを試みる。
だが敵も、筋肉ダルマの癖になかなかに機敏だった。瞬く間に詰められる間合い。
これ以上近寄られては、偽物だということが看破されてしまう。そう判断した天音は、必殺の一撃を繰り出した。
「痛いと、思いますけど……すみませんっ!」
渾身の蹴り上げが、原の股間の(ゴールデン)ボールを襲う……!
「アッー!」
――ご愁傷様です。
●左、弾幕薄いよ!
「とうっ! 分身★えるれーんちゃん!」
何事かと左を見れば、エルレーンが分身の術で相手方の騎士を翻弄していた。
「!?」
隙を見せた相手の影を踏みつけ自由を奪うと、少女はにやりと笑い。
「うふふ、ガチムチさん掴まえたのぉ」
怖い、腐女子怖い。ていうか私の知ってる腐女子と違う。
「江府さん!」
容赦なく踏み踏みされる仲間が余りに哀れだったか。慌てて飛び込んでくる阿修羅と忍。だが最早エルレーンを止められる者などいない。
「私のじゃまをする子はッ! もれなく夏の同人誌でかっぷりんぐにしてやるうぅ!」
――内容は、お察し下さい。
怯む細マッチョ。何か嫌な思い出でもあるのか。ぴたりと制止した。
「はうぅーっ! 萌えはせいぎぃぃ!」
エルレーンはその隙を見逃さなかった。すかさず痛烈な蹴りを叩き込む。尻に。
「アッー!?」
堪らず悲鳴をあげ倒れ込む阿修羅。
「犠牲になってほしいのぉ……私のしあわせをかう……お小遣いのためにーっ!」
加え、容赦ない追撃。同人誌の為なら恥も外聞も無いとばかりに執拗に蹴り続ける彼女は……もはや忍者やない、修羅や(比喩)。
先程までエルレーンに踏み踏みされていた騎士が、ゆらりと起き上がる。その生命力、害虫並み。
なんとか状態を持ち直したか、恨みがましい目でエルレーンの背へ向け突進する!
――しかし。
「臨機応変って便利な言葉だよな。ま、防戦一方じゃないからこそ好きに動けるんだが……」
射線に割り入るのは、好機を見計らっていた千葉 真一(
ja0070)。
ニカッと歯を見せ笑う彼だが――、当然、勝負を譲る気など持ち合わせてはいない。
「エルレーン先輩の背後を取ろうったって、そうはさせねぇぜ! ゴウライチャージ!」
高らかに叫ぶ真一の身体を、黄金の無尽光が包み込んでいく。まるで鎧を纏うかのように。
そのうえ何処からか、チャージアップなのぢゃ! という声が聞こえた気がした。誰の声とは言わないが。
「行くぜっ。道がないなら、切り開いてやるだけだ!」
更に強そうな外見と化した真一に、相手も怖気付いた様子。
勝敗は、争う前から決していた。
もう一人。既の処で難を逃れた忍は、オロオロと周囲の惨状を見つめていた。
ただ足止めするだけのつもりが、ここまでフルボッコにされるとは思っていなかったのだ。
だが、攻撃の手はやまない。
「お前達のほしいものはここにあるぞ。盗れるものなら盗ってみろ!」
混乱した忍に判断力なんてなかったんや……。手を掲げる海にまんまと釣られて襲いかかってくる。
掛かったなとばかりに、海は盾を展開し。
単純な太刀筋、容易に見極められるもの。軽くいなして、次はこちらの番とばかりに、武器を手に肉薄する。
「悪く思うなよ! 妨害なんか企むそっちが悪いんだ」
至極まじめな表情のまま相手へタックル。忍軍、綺麗に吹っ飛びました。
●正面を突破せよ
はてさて何と奇妙な。両サイドに気を取られている間に、正面に道が形成されていた。
例えるなら、まさしくモーセの十戒。
前線が沈められた事に焦りを覚えたか。中盤まで上がってきた阿修羅2人に、ルビィと彩が対峙する。
「――道が無ぇなら切り拓く……! 喰らえ『ブラストタックル』!」
なんだかんだ、ノリノリで向かっていくルビィ。
「まさか、ここまで綺麗に引っかかってくれるとは。脳が筋肉なんですね、きっと」
真顔で辛辣な言葉を吐く彩は、相変わらずしたたかに。敵を踏み台にしつつも軽やかに立ち回る。
後方からはソリテアの援護。更にはくあ、レフニーも前線へ上がってきていた。
「100kg位なら弾き飛ばせるよ、星になれっ! ……なんてね」
「いざとなったら大鎌で特攻するつもりだったのですが、必要なさそうですねっ」
相変わらず不穏な事を口走っている。
右サイドの涅槃から、中央を駆け抜けゴール前に飛び込んだ真一へ、ボールが投じられる!
「或瀬院、こっちだ!」
「おう、受け取れ!」
――しかし。
2人の間に立ちはだかる。捕球をを得意とする敵。割り入り空中のボールに手を伸ばす――
「残念だったな、これで終わりだ!」
後方で叫ぶマッチョ。でも地面に倒れ込んだままドヤ顔サムズアップされても……というか。
「悪いが、残念なのはそっちだぜ――今だ、行け緋野!」
掴み取ったライスボールを高々と掲げる敵へ向かい、真一がニカッと笑った。
違和感に慌て、包みを開くが時すでに遅し。
彼らがその中身を確認するより先に、皆の背後から突然姿を現した緋野 慎(
ja8541)が。
「よっしゃ、隙ありぃ! 涅槃兄ちゃんに真一兄ちゃん、サンキュー!」
駆ける。駆け抜ける。全速力で、フィールドの真ん中を突き抜ける。
――始まりは、ルビィが彩へパスをした最初の一投。
実はあの時、彩はボールを受け取っていなかった。彼女が涅槃へ受け渡し、前方へ運ばせたボールはフェイクだったのだ。
そして今、慎の手中にあるものこそが。
「待てぇ少年!」
「つかまるもんか! ほら、下ががら空きだよ!」
なけなしの力で追い縋る敵の間を縫うように抜け、時にはスライディングで股下をくぐる。
小動物のような素早い動きで相手を翻弄しながら、慎は悪戯っぽく笑う。
(兄ちゃん達が道を作ってくれたお陰だな。全力で走るだけで終わりそうだ!)
今回の目的は、敵を倒すことじゃない。手の中のそれを、待っている依頼人へ届ける事。
ならば立ちはだかる壁に正面からぶつからなくても――道は、開ける!
「寧々美姉ちゃん、受けとれぇ――!」
少年は、地を蹴り大きく跳躍する。それは、成功の予感が確信に変わり、仲間達が揃い笑みを浮かべた瞬間だった。