●GWだ! 海だ! 潮干狩りだ!
最高気温、摂氏28度。
図らずも夏日となった5月初旬の潮干狩りイベント当日。
汗ばむ陽気の中、思い思いの衣装に身を包んだ撃退士達は干潟の泥と水に濡れながら初夏の気配を満喫していた。
鳳 静矢(
ja3856)は、楽しげに跳ね回る友人達を見つめ、ぽつりと呟く。
「……平和だねぇ」
静矢の目線とほぼ同じ高さを、ムツゴロウがのたのたと歩いていった。
プロ嫉妬仮面の朝は早い。人々が行動する前から動き始め、既にひと仕事終えたようだ。
泥まみれのバッさんは輝いていた。
いい笑顔のまま、埋められた男の目の上と鼻の下にチューブからしを塗っている。えげつない。
「ちょ、いた、いたたたた!」
ほら言わんこっちゃない。
顔から下、全身泥まみれで静矢の隣に佇む暮居 凪(
ja0503)も、流石にため息を零した。
女といえどもリア充エピソードを匂わせようものなら、非モテ達は容赦しないぞ!
……あ、いや容赦したから埋葬回避したのか。でもそういう問題じゃない気もする。
「まったく……女性に対する思いやりが足りないわよ」
別に恋人同伴で来たわけでもないのにこの仕打ち、一体どういう了見だ。
だからモテねーんだよ! と言外に滲ませながら、彼女が恨み言の一つも言いたくなるのは仕方のない事だろう。
――そんなこんなで到着早々に爆破作業を終え、プロシッター()達は干潟での潮干狩り満喫に勤しんでいた。
地味ながら黙々と貝を探す仲間達の背中を見守りながら、星杜 焔(
ja5378)はいつになく上機嫌で鉄板に向かっている。
「皆でリア充狩り……じゃなかった潮干狩り〜楽しいねぇ」
貝はとりたてに限る。本格的な調理は勿論岸で行うが、まずは焼いてみて味見でも、と。
熱した小さめの鉄板に貝を並べ、大量のオリーブオイルを回しかけ。
「……うん、楽しいなぁ」
生きながら焼かれパカパカ口を開き始める貝の姿を眺めてニヤリと笑みを浮かべた。にじみ出る外道。マジ外道。
「あ、このカニまだ小さいですね」
若杉 英斗(
ja4230)が、鉄板の近くに置かれた収穫物入りのバケツを覗き込み呟く。
「これを星杜殿の毒牙にかけさせるのは、流石に良心が痛むで御座る……」
英斗の言葉に賛同したのは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)だ。
まさか自分の持ち込んだオリーブオイルによって、罪なき海の生き物達が生きたまま(←ここ重要)鉄板揚げ焼き状態にされるなんて……。
「オリーブオイル地獄だ」
「イタリア料理ではもっとかけますよ。問題はそこより鮮度ではない何かを求めていそうな踊り焼きの方で御座る」
「……ですね。逃がすなら今か」
「でしょうな」
「よし。逃がしてやろう……主にあの辺りで」
英斗は真顔のまま呟くと、干潟から顔を出す紫色の頭の方へ走っていった。
その後なんか悲鳴が聞こえたという噂もあるけれどなんというかその、諸々お察しください。
彼だって故意じゃないんだ。多分。……多分。
図らずして生まれた非モテ達の連携プレイここに極まれり。
静矢が集めたアサリを酒蒸しにしながら、いつにも増してやり遂げた顔のラグナ・グラウシード(
ja3538)。
腕組みして仁王立ちのまま高らかに宣言した。
「それでは改めて……非モテ系ディバインナイト友の会withしっと団の勝利に、乾杯!」
掲げた缶は、隣でにこにこと笑みを浮かべる桐江 零(jz0045)のそれと合わせられ、カツンと音を立てる。
ラグナの声を聞きつけて、英斗と焔も駆け寄ってきた。ついでに虎綱も巻き込んでみたり。
――説明しよう! 非モテ系ディバインナイト友の会とは、何故かモテない哀愁漂う騎士達の集いである!
「……あれが噂の、非モテ戦隊モテナイツ……か」
缶を掲げる5人の姿を目撃した誰かが、ぼそりと呟いた。
そんな過激派モテナイツの影に隠れ、泥と砂で城を作る少年がひとり。ルベリア・アクラナト(
ja5983)だった。
言葉こそ謹んではいるものの、その胸に秘めた志は彼も同じ。
「……怨念渦巻く非モテ集団に混じれるボクもまた非モテなのでしょうね……」
目尻ににじみ出る心の汗。ついでに額からにじみ出るリアル汗。
摂氏28度、5月としては暑すぎる夏日の下だというのに、佐藤……じゃなかったルべリア少年、いつも通りの悪魔的衣装で参戦中である。
そりゃ汗も出るというものだ。
「リア充……じゃなかった、幸せそうな人間を地に落とすのは悪魔の宿命ですからね。草の根活動がんばらないと……!」
頑張るのはいいことだけど、とりあえず上着は脱いだほうがいいんじゃないかな。
●そもそもどうしてこうなった
確か、現地に到着して船に乗り込むまでは平和だったと思う。
曇り空から徐々に好転する天気とは正反対に、沖へ向かう船の中は徐々に殺伐としていった。
この時期の有明海では、少し変わった潮干狩りを楽しむことができる。
船で沖へ出て潮が引くのを待ち、現れた干潟に降り立つ。有明海ならではの楽しみ方だ。
ガタ――干潟の水分を含んだ砂泥を掘り返せば、この土地特有の珍しい生物に出会えることもある。
例えばムツゴロウ。今回も、『彼』との遭遇を楽しみにこの地を訪れた者は少なくないだろう。
はじめの事件は、他でもない、引き潮を待つ船の中で起こった。
「運転お疲れ様でした〜、さっき渡した手作りチョコレート溶けないうちに食べてくださいねっ」
凍りつくバッさんの腕にしがみつき、豊満な胸をむにむにと押し付けているのはアーレイ・バーグ(
ja0276)だ。
周囲の非モテ達が戦慄のあまり真っ白になっている。
(逝けメンがリア充……だと……)
なんだかバッさんに対してとても失礼な事を言っている気がするが、口に出してないのでギリギリセーフとしようか。
しかし困ったのはバッさんも同じだった。何故なら、彼には全く身に覚えがなかったから。
「えっと……あの、その」
「愛情込めて作ったんですよ? 変なものなんか入れてませんからね?」
仲間(?)の裏切りに言葉を失う非モテ達。
したり顔で離れ、潮の引き始めた干潟へ降り立つアーレイ。
残されたバッさんは必死に、己の潔白を証明しようとするが――怒りに狂った非モテを止めることは容易ではない。
それならば、残された道はひとつ。怒りの矛先を逸らすこと。
「そそそそんな事より鳳氏、奥方を放っておいていいのですか!」
バッさんの発した苦し紛れの一言で、非リア達はようやく思い出した。こいつ妻帯者じゃねーか!
そして増幅されたモテ男への怒りは一気に静矢へ向かう事に。
「リア充に天誅をー!」
いやだからモテねーんd(略
「……えっと、賑やかですね」
潮の引ききらない海に我先にとダイブする男達を眺めつつ、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が呟いた。
「ん。よくわかんないけど……そろそろ降りても平気……?」
いつも通りの黒いロリータ服に身を包み、白衣と銀髪を風になびかせて。
日光対策のため帽子を目深に被ったユウ(
ja0591)は、水位の下がり始めた海を見つめている。
右手にバナナオレ、左手には熊手。あくまでマイペースに、けれど全力で楽しむつもりのようだ。
「これだけ広ければ……どこかにわたしのクールも埋まっている……はず」
「……いや、さすがにそれは無いだろう」
呆れ顔ですかさずツッコミを入れたのは、もちろん佐倉 哲平(
ja0650)。
山育ちの彼も、今日の潮干狩りを楽しみにしていた1人。
自分で企画する発想はないけれど、誘われたからには全力で楽しまなければ損とばかりに腕まくりをしている。
「ダメ元でも……探す」
白衣の裾を翻して、ユウはひらりと干潟へ降りた。彼女の背を追い哲平も続く。
「あ、足下気をつけて下さいねー。まだ少しぬかるんでるみたいですからっ」
妹を案ずる姉のようなファティナの声。
言われて周囲を見回せば、ガタに足をとられて転ぶ仲間の姿がちらほら。
「……巨大貝型の天魔とか、いないといいですね?」
駆けてゆく仲間の背を見つめながら、ぼそっと呟くファティナであった。
ストップー! 危ないフラグ立てるのやめてー!
●どうでもいいけど貝って見た目グロいよね
他の撃退士達も続々と、熊手片手に船を降りていた。
「海ー、海だっ♪」
「海や、海やー♪」
思わずハモったシエル(
ja6560)と紫ノ宮莉音(
ja6473)。
ひざ下まで水に浸かって、今年初めての海に、莉音はご満悦の様子だ。
一方シエルは人生初の潮干狩りにドキドキと胸を高鳴らせている。
楽しみにしていただけあって、用意周到に着替えも済ませており、既に半袖Tシャツ・ホットパンツという出で立ちだ。
「本物のムッさんはいるでしょうかー?」
ムツゴロウとの遭遇に胸を躍らせるのは五十鈴 響(
ja6602)。
彼ら同い年・同じクラスの3人は決して示し合わせてやって来た訳ではなく、たまたま船上で一緒になり打ち解けたようで。
年相応にはしゃいだ様子を見せながら、海水の気配残る干潟に足を下ろす。
水遊びで培われる友情というのも、なかなかに乙なもの。
泳ぐにはまだ早いけれど、太陽の下で水遊びするには、むしろ丁度いい暖かさかもしれない。
率先して泥にまみれてみるのもまた一興とばかりに、シエルは躊躇することなく泥の中に手足を埋めていく。
「ひんやりして気持ち良いーっ」
どうやら素手で貝を探っているようだ。
「あー、水泳のコーチと水鉄砲して遊んだの思い出すなぁ」
と、しみじみ呟きながら莉音。
遊んだというか、遊ばれたと言ったほうが正しいのだけれど。一方的にかけられ続けた訳だし。
なんて自嘲の笑みをこぼしていたら、狙いを誤った水鉄砲の弾道はシエルの方へ。
「……冷たいのです」
「わ、わわ、ゴメンー!?」
「うー、お返しなのですー!」
とは言いつつ、一応濡れても問題なさそうな場所を狙っている辺りに、シエルの優しさが滲む。
「響ちゃん〜こっちにムツゴロウいるよー!」
「本当ですか!」
響を呼ぶのは雀原 麦子(
ja1553)だ。バスの中から上機嫌で、既にそこそこ出来上がっている様子。
「あ、響さんはムツゴロウ狙いかぁ」
「はいっ」
――ムッさんは、ときどきコテッと転がって白いお腹をみせるのがキュートなんですよね。
なんて他愛のない言葉を交わしながら、クラスメイトの絆も深まっていくのだった。
なお、ごく自然に女子の輪に混ざってしまった莉音が、男の友達を作る予定でやって来た事を思い出すのはもう少し後の事。
「……アサリアサリ……と、わたしのクールでてこーい」
掘り返した穴に向かって呼びかけるユウ。
スタートからさほど時間も経っていないはずなのに、既に白衣の裾は泥だらけだ。
クールが家出した理由は推して知るべしと言ったところであるが……気づいていないのは本人のみか。
証拠に、呆れ顔の哲平はもはや彼女を諭すのを諦めていた。
「……これは大物……じゃないよな。バカガイか」
黙々と、食用にできる貝を見つけてはより分けている。
その近くで静かにアサリを探していた凪は、少し離れた所から聞こえた「リア充瞬殺剣」の声に、遠い過去を思い返す。
「中学生の頃は私も良くあんなことを言ったものね……まぁ、彼と出会ってからは――」
そして延々と語られ始めるノロケ話。
「おい……その話をここでしたら……」
だが哲平のツッコミ、間に合わず。
「――こっちのほうからリア充の匂いがするぜぇ……」
ででんでんででん。背後に迫る修羅。姐さん逃げて超逃げてー!!
●モテるとかモテないとか別にどうでもいい人も結構いたりして
嫉妬の炎に燃える男達もいれば、そもそも色恋沙汰に興味のない者だっている。
なんてったって先輩達の奢りですから。
てなもんで、色気より食い気とばかりに貝や魚を探す撃退士の姿も多い。
影野 恭弥(
ja0018)は貪欲に大物の貝を狙い、まだ人の少ない方へと積極的に足を延ばしていた。
(どうせ焼くなら、ハマグリ……)
水遊びに興じる仲間の賑やかさをよそに、1人黙々と貝を集めていく。
自慢の髪を、低めのサイドシニヨンにまとめたネコノミロクン(
ja0229)は、麦わら帽子に長袖の完全防備。
美容的な意味だけでなく日焼けは天敵なのだ。色白であればあるほど、焼けて剥けて痛い訳で。
故に午前中は、出来るだけパラソルの下にいる算段。
「……アスヴァンも複数居ることだし、何かあっても対処は可能だよね」
泥に沈められる男の雄姿を遠巻きに見届けつつ、あくまで冷静に呟いた。
「むっ、あっちに沢山いる気がしますよー!?」
ぴこぴこと、頭のてっぺんを揺らしながら干潟を進む櫟 諏訪(
ja1215)。
彼のバケツが既にアサリで一杯なのは、事前に上手い捕り方を調べてきた結果だろう。
そうだ。そうに違いない。あほ毛ダウンジングなんてそんな馬鹿なことは……多分ない。多分。
「皆、夢中になり過ぎるなよ? 休憩入れんと倒れるぞ? ……日差し強いしさ」
仲間を気遣い、冷えた飲み物を渡して回るのは神楽坂 紫苑(
ja0526)だ。
もちろん気遣いの後、自分も潮干狩りを楽しむことも忘れずに。
「これだけ捕れれば、バーベキューも賑やかになりそうだな」
重くなったバケツを満足げに眺めて一言。
「これは大漁の予感ですね……」
美味しいものを満喫するため便乗してやって来た雫(
ja1894)も、当然、食材ハンティングに夢中。
どこから持ってきたのか、身の丈ほどもある木の板をガタに渡し、ワラスボやムツゴロウを捕まえている。
「蒲焼きがいいと聞きますが、あえて素焼きにするのも良さそうですね。新鮮ですし」
どうやって食べるか考えながら捕まえるのも、なかなかどうして悪くない。
……けれど。
明らかに食用に適さない紫色の謎の生物とか、ハゼっぽいけど目玉が8つあるやつとかがちらほら見えるのは気のせいか。
「これも食べられますよね……?」
あのーすみませんが誰か止めてあげて下さい。
「わぁ、本物のムッさんなの〜」
雫の魚籠を覗き込みながら、顔を出したムツゴロウに挨拶をするのは若菜 白兎(
ja2109)だ。
食欲ではない純粋な興味から、ムツゴロウとの出会いを心待ちにしていた彼女もご満悦の様子。
「むっちゃんもお友達と会いたかったかな……?」
汚れてしまうのが可哀想で、バスに置いてきた特大ムツゴロウのぬいぐるみに想いを馳せつつ、アサリそっちのけでムツゴロウと戯れる。
さらしにふんどし、という古式ゆかしい出で立ちで水遊びを始めているのは東郷 遥(
ja0785)。
海開きには少し早いけれど、泳ぐのが好きな彼女にとって、少しの冷たさなど問題ではない。
「折角海に来たのですから、泳がずして何とするか。拙者泳ぎます」
高らかに宣言し、干潟を駆けて水深の深いほうへと向かっていく。
「風邪ひかないようにねー?」
途中、声をかけた桐江に対して、
「このくらいの寒さでへこたれているようでは日本男児失格、まして九州男児など名乗れますまい!」
と、男らしい台詞を残して去っていく。周囲がわっとざわめいた。
「東郷さん格好いい……!」
「桐江さん格好悪い……!」
「あ、はい」
もやしっこ九州男児、涙目である。
●腐女子の同族嗅ぎ分け能力は異常
「先輩の癖毛、前から気になってたんですよー!」
涙目で干潟に体育座りする桐江の髪を、シエルが勝手にぐりぐりといじくり回している。
「できました! かっわいーですですっ!」
両サイドにリボンをちょうちょ結び。
晴れてリボンの非モテ騎士・魔法少女風の出来上がりである。
なんとも言えない微妙な空気が漂うが……それを打ち破るように、英斗が駆け寄ってきて。
「桐江さんこんなとこに居たんですか。そろそろバーベキュー始めましょうよ」
と、(リボンには触れず)桐江の手を引き、(リボンはそのまま)輪の中へ戻っていく。
「……桐江さん(を始めとする非モテ騎士の皆さん)がモテないのは、多分男友達で固まりすぎてるからですよね」
ぼそっと呟くファティナの胸中は複雑である。
ちゃんとしてれば、あとお酒さえ呑まなければ。それなりに格好いいし頼りになるのに……。
面倒な酔っ払いのほとんどが一度は言われたはずの台詞を受けつつ、気づかぬ本人は缶ビールのプルタブを引いている。
「ビールをバナナオレにすり替えておけば……あるいは……」
あくまでバナナオレ推しのユウ、どさくさに紛れて周囲の女の子達に持参したそれを配布していた。
「あ、ユウちゃん。シエルさんにも冷たいバナナオレをっ」
「……ん」
「えっ、わ! ありがとなのですよ……!」
バナナオレ片手にわいわいはしゃぐ少女達。
だが、その輪に混ざることなく独自の世界を構築している少女もひとり。
彼女――水無瀬 詩桜(
ja0552)の呟いた言葉は、なんだか、その、すごく不穏。
「えへへ……スコップ攻めの貝受け……」
孤独に貝を掘り続けた結果、彼女の中で新しい何かが目覚めたようだ。
「お前の大事な部分(巣穴)、暴いてやるよ……」
「らめぇ、そんなに奥まで(熊手)入れたら(巣穴が)壊れちゃうよぉ!」
「清純ぶりやがって……こうされるの、初めてじゃないんだろ?」
「お願い、(砂を)抜いてぇ……」
ちなみに皆様お察しかとは思いますが、1人2役です。めくるめくピンク色の詩桜ワールドここに爆誕。
そんなこんなで長らく1人遊びに興じていた詩桜だったが。
「……ん?」
貝での妄想に飽き、やっぱり目の保養は生身イケメンに限るわね、とばかりに桐江達の姿を遠巻きに眺めていれば。
「イケメンなのに……ううんイケメンだからです? ……む?」
同じ視線を彼らに向ける、年下の少女と目が合い。
「ホモテディバインナイト――」
ぼそりと呟く不穏な言葉。
「――ホモの会!?」
なぜか通じ合った。
しかと手を取り合う詩桜とシエル。鼻血をたれ流そうとも、妄想するだけなら自由だ(多分)。
●なんか忘れてる気がするけど、まいっか。フフフ、オッケー☆
さておきお待ちかねのバーベキューであるが。
情報は波状に伝わり、泥にまみれて遊んでいた撃退士達も、少しずつ船の近くに戻ってきていた。
潮見表を見れば干潮時刻もとっくに過ぎている。岸に戻って調理を始めれば、丁度いい頃合か。
遊びすぎてお腹をすかせた者。そもそもバーベキューが主目的だった者。
動機は様々なれ、次々に船の周りへ集まってきた。
「えーっと、25? あれ?」
「桐江さん自分数えてないじゃないすかー」
「ほんとだー26人いた! よかったよかった」
などとお決まりのネタも交えつつ。
――あれ、バッさんと桐江入れて27じゃなかったっけ? まいっか。
そして一同は岸へと戻り、食事の前に、泥を落としはじめる。
後者の代表格、ただでご飯が食べられると聞いてやって来た井深草太郎(
ja8031)も、それなりに潮干狩りを満喫した様子だ。
向けられたホースから吹き出す水は、はじめこそ彼のむっちりとした肉感的(?)な足を濡らすのみだったが――
「うわっ! ちょ、ちょっとぉ!」
徐々に上へシフトしていき。
「冷たいって! こらぁ!」
濡れた綿越しに、草太郎の豊満な肉体が惜しげもなく衆目にさらされる。うん、超セクシー☆
「ど、どうぞ使って……っ」
笑いを堪えながらネコノミロクンがタオルを差し出したりとか。
「うーん、久しぶりの地元で、なんだか小さい頃を思い出しちゃったわねぇ」
と、笑いながら子供用のビニールプールに足を浸ける麦子。用意しておいた雀柄のビキニも大活躍したようだ。
プールの傍には白兎や雫、それに響などが集まって、和気あいあいと楽しみながら泥を落としている。
「みなさんムッさんに会えましたかー?」
「はい……蒲焼きと素焼きで迷ってます……」
「む、むっちゃんのおともだち食べちゃだめぇー!」
「えっ、地元の方は召し上がると聞きましたがっ」
「……ムッさんもお魚の一種ですからねぇ」
小さな少女達ならば、ちょっとした諍いさえも愛らしく見えて。
「ほんっと、微笑ましいわねぇ」
見守る大人達も、どこか和やかな笑みを浮かべる。
「――あ。バッさん、お疲れさまですよー!」
探してたんですよー、と運転手に駆け寄ってきたのは諏訪だ。
手にはノンアルコールのビール、それから何種類かのジュースを持っている。
「差しいれですよー。好きなのどうぞ!」
ついつい周囲の世話を焼いてしまい、貧乏くじを引いてしまう――
そんな気苦労をよく知っているからこそ、自分が乗っかる方になった時くらい、いたわる気持ちを忘れずにいたいのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
と、ノンアルビールを手に取るバッさん。
「おつまみもあるわよ〜? 運転ありがと♪ はい、あ〜ん♪」
なんて、横から野菜スティックを差し出されれば、食いつかないわけもなく。
なんだかんだで今年最初の海を満喫することができたか。
非モテでも 楽しければいいじゃない。
●どうでもいいけど男女比だいたい同じ位だし傍目にはリア充集団に見えなくもない
恭弥と哲平が率先して砂抜きを進めていたおかげで、泥を落としてすぐにバーベキューを始めることができた。
「砂抜きしてない貝なんか、食えたものじゃないからな……」
「ですですー」
流石に二十余名ともなると、鉄板も数枚借りることになるが……幸い肉奉行は多いようで。
設けられた5つの鉄板に、それぞれ分散して陣取った様子。
「桐江さん、野菜は?」
「影野くんが切ってくれたのがここにあるよー」
「おおおー流石! 分かってる!」
「……別に、早く焼いたほうがいいと思っただけ」
色々な人に持ち上げられるものの、恭弥自身は大して興味なさそうに、いつものペースを崩さない。
「それより、小さい貝もう開いてる。醤油かけて取って」
だがクールすぎる性格ゆえの非モテなら――彼ならば、たぶん、きっと、そのうち。
「莉音くん、アサリおいしいよ〜! 一緒に食べよう、ね。ね?」
ニンニクと日本酒でほんのり香りをつけて、蒸し焼きにしたアサリをつつきながら。
響は楽しそうに級友の名前を呼んだ。
「おぉ、ほんまやー。これ響さんがとったやつ?」
「うんっ♪ これがきっと、酒の肴にピッタリな味っていうのだよね〜」
お酒の味はまだ、よく知らないけれど。
大人たちの顔がほころぶ理由だけは、なんとなくわかる気がした。
(久しぶりに思いっ切りお肉が食べられて、ボクは満足じゃよー……)
悪魔らしからぬ柔和な笑みを浮かべ、さt……ルベリアは肉を噛み締めている。
彼の隣から鉄板に箸を出す氷雨 静(
ja4221)の表情も、真剣そのものだ。
(非モテ系の集い……我に返るとちょっと寂しいですね。でも、食べ物がここにある。それだけで参加理由は十分ですっ)
彼女の興味は、持参した大きめのカマンベールチーズに注がれている。
ほどよく溶けた中のチーズをディップして、ウインナーや野菜をおいしく食べる算段なのだ。
そろそろ食べごろのはずなのだけれど……。もういいかな? まだかな?
こうやって焼けるのを待つのも、正しくバーベキューの楽しみ方のひとつであるからして。
「なんだかチーズの焦げるいいにおいもしますけど、イチイ君特製の炊き込みご飯はいかがですかー?」
そんな言葉とともに、諏訪がやって来る。
手には飯ごうで炊き上げたアサリご飯。炊きたてホカホカでとてもおいしそうだ。
「うわぁ……! あさりごはん、おいしそうなの……!」
白兎が瞳をきらきらさせて飯ごうを覗き込んでいると、後ろから更に声がかかった。
「あー、炊き込み苦手な奴いたらこっちな。おにぎりと味噌汁用意しておいたから」
用意周到に。紫苑も食べる間を惜しんで、皆の為に料理の腕を奮っていたようだ。
「おみそしる!」
美味しいものの前に悪い人間なんていない。
パタパタと、しっぽを振る犬のように目を輝かせる少女の姿に、年上の若者達は顔を見合わせ破顔する。
「私にもごはん下さいっ」
横からぬっと顔を出す静に、周囲の先輩達は驚いた様子で心配の声をかける。
「さっき大きいチーズ全部食べてたのに……大丈夫なの?」
けれど少女はにっこりと笑い。
「大丈夫です、腹八分目と決めていますから。私、食べてもあまり太らない体質なんですよ」
なにそれうらやましい。
けれどそんな天の声も、別に彼女に届く訳ではない。少女ははぁ、と小さくため息を零した。
(どれだけお腹がふくれても、心は満たされないままですけど……ね……)
すごく……自虐的です……。
「ネコさんどうしました?」
「……」
かくっと首を傾げる後輩を前にしても、ネコノミロクンは動揺を隠しきれなかった。
知らぬまに、それは出現していたのだ。
彼の紙皿にちゃっかり乗せられた、ひと切れの緑色野菜。
それがズッキーニなら。或いはシシトウなら。許したかもしれない。だが。
「ぴーまん……そんざいすることじたいがしんじられないというのに。なぜこのきけんぶつがぼくのさらに」
我を見失うほどか。
配ったやつも、知っていれば乗せなかっただろうに――いや知っていたから乗せたのか?
「……なんだぁ? 食べないならもらうぞ」
膠着した場にふっと現れたのは草太郎だった。
言うが早いが、ネコの皿に乗せられたピーマンを指でつまみ、ひょいぱくっと自分の口へ放り込む。
「バーベキューで食べると野菜もなかなか旨いもんだよな……って、うおお!?」
「あ、あなたが救世主か……!」
感動のあまり涙ぐむネコノミロクンであった。もう何がなんだか。わけがわからないよ。
●不毛ここに極まれり〜理想の嫁談義〜
酒瓶を手に。ある者はオレンジジュースなど持ち寄りて。
西に傾きはじめた太陽を見つめながら、非モテ系ディバインナイト達は侘しい盃を交わしていた。
「某先生とかもお呼びしたかったけど、呼んだら怒られそうだしなぁ」
「呼ばなくても怒られそうだけどなぁ」
でも呼んだ場合、彼を愛する某先生にまで怒られる事になりそうなので、呼ばなくて正解なんじゃないかなと思います。
「ところで、桐江さんには理想の女性像ってあるんですか?」
英斗がおもむろに問いかける。ラグナも身を乗り出し、話題に乗ってきた。
「私の理想は、胸が大きくて美しく愛らしく気立てがよくてかわいくて自分を気遣ってくれてスタイルが良くて(略)」
「んー理想というほどではないけど……脚がきれいな女性がいいなぁ」
しゃべり続けるラグナをよそに桐江が答えると、英斗と焔も、なるほどなぁと頷いてみせた。
「星杜君はどうなのー?」
桐江が問えば、焔はいつもの笑みを浮かべたまま答える。
「んー、笑顔で淑やかに散弾銃ぶっ放す女の子……かな」
もちろん共に撃つ側的な意味で☆ と、心の中で付け足すどえす。
成程わかるよー、と桐江とラグナが頷いている。でも多分逆の意味だと思うなそれ。
「若杉君はー?」
「俺は……そうですね。かわいくて素直で、いつも一緒にキャッキャウフフしてくれる人です」
普通に考えて高校生にもなって真顔で答える辺り、思考が乙女すぎる訳ですけど――
おかしいな、突っ込む気起きねえや(他の3人が残念すぎる的な意味で)。
「でもさ……皆、理想が高すぎるって言うけど……そんな事ないよね?」
「そう思うなぁ。なんでモテないんだろ?」
「身近な女子という現実が、なんというか、標準的な基準と比較して残念なんじゃない?」
今頃女性陣にも同じことを言われているはずだが、お互いに気づかないことの幸せさよ。
だからこそ、
「わかる! わかるぞ!」
なんて、容易に賛同できてしまう訳で――あれ?
違和感を覚えて振り向く4人。なんか、今別の人の声が聞こえた気が……。
振り向いた先にいたのは、やはりというかなんというか、麦茶を手にした虎綱であった。
しっと団から送り込まれた彼もまた、非モテを本気で嘆く男のひとりであったのだ。
「そんなそなたらにぴったりな、しっと団があるのだが……」
そして袖の下からぬっと飛び出る、しっと団勧誘パンフ×4部。
その袖のどこにそれが入っていたのだと。ていうか朝から入ってたのか? それとも一度バスまで取りに戻ったのか。
「興味がありますれば、是非ご連絡を……! よろしく頼み申す!」
「……これはご丁寧にどうも」
「そもそも人類が危機に貧する昨今に愛を語らう暇など御座らんのだよ」
「ですよねー」
「我らはモテないのではない、天魔を駆逐するため涙を呑んで青春を捨てているので御座る!」
「……ですよねー!!」
滂沱の涙を垂れ流しつつ、手を取り合う非モテ忍者と非モテ騎士達。
ちなみに非モテが非モテである最大の理由は、恋愛フラグに気づかない鈍さである、と。
なんか、どっかの偉いひとが言ってました。
彼らももしかしたら――? などと客観視できるのは、あくまで私達も外野だから、なのかもしれない。
ともかく、彼らに春が訪れるのは、きっとまだずっと先。
恋愛だけが学生生活じゃないぜ、と、ありきたりな慰めの言葉をかけつつ……非モテの集い、これにて閉幕。
●そして家路へ
「零ちゃん、今日は誘ってくれてありがとね♪」
遊び疲れた後輩たちの寝顔を肴に。
運転席のすぐ後ろに陣取り、のんびりとビールを傾ける、麦子と桐江の姿があった。
「こっちこそ急に誘ったのに来てくれてありがとう。……早く、何の不安もなく九州に戻りたいものだね」
同郷の仲間だからこそさらけ出せる本音を、ぽつりと零して――旅は今度こそ、終わり。
「バッさん眠気ない? 大丈夫?」
「あー、昼にかなり仮眠とったし問題ない」
「そっか! じゃあ宜しく。無理しない程度に、安全運転でね♪」
シートベルトは締めたまま。麦子はするりと、足を組み替えた。
家に帰るまでが遠足。
故に、よそ見はしないで安全運転を、お願いします。
帰路は早いとはいえ、久遠ヶ原までの道のりはまだまだ長い訳ですから、ね。