●後に語られた英雄の肖像
ある者は心身ともに傷を負い。しかしある者は、生き生きとした表情で、学園の土を踏んだ。
すべての元凶は、この討伐依頼を引き受けてしまった自分達。あんな作戦を立てた自分達だ。
分かっているからこそ、誰かに責任を擦り付ける事さえできない。
「否、作戦を実行していなければ、俺達以外の誰かが」
「だからって……、あんなのってないよ!」
はて、あんなの?
しかしその問いには、誰も口を開こうとしない。困った。これでは報告書にならない。
――まあいい。こういう時の為の、転ばぬ先の『シンパシー』(嘘)。
どいつの記憶から洗おうか、と職員(ダアト)は鼻息荒く、男子学生達の額に手を伸ばす……。
あ、これが所謂セカンドなんとかってやつ?
●にやけ噛み殺す為にトイレへ駆け込んだ事ある奴、手をあげろ
第一の誤算は、姦達が女子トイレの個室を占領していた事。
トイレには、それはそれは腐った女神様がいるんやでぇ……とまあ、そんな感じ。
外から様子を伺う羽目になった月居 愁也(
ja6837)と柊 夜鈴(
ja1014)は、揃って戦慄の表情。
彼らが怯えている原因は、通報なんてチャチなものではない。
瘴気。気がふれそうになるほどの、瘴気。芳香剤が裸足で逃げ出す程の腐臭。
「……しかし、このまま見ている訳にも」
どうにか作戦通り、男子トイレの個室へ姦達を誘き寄せなければ。
「奴らは俺が陽動する。夜鈴は先に行ってくれ」
「でも、1人じゃ危険だ」
「大丈夫だ。俺を誰だと思ってる?」
俺の庭! と思っているか否かはさておき、とにかくトイレの阿修羅様を舐めてもらっては困る。
「つっきー……!」
惜しむらくは、舞台が女子トイレ前であること……いや、トイレ前だから輝いているのか?
『……という訳で、気を取り直して作戦開始だよ!』
男子トイレの奥まったところで、夜鈴はゼロノッド=ジャコランタン(
ja4513)にメモを渡す。
受け取ったゼロは無言で頷き、――唇を開いた。
「夜鈴……こんな所に呼び出して悪いな。実は俺、片思いしている人がいて。……相談に乗って欲しいんだ」
「ゼロちゃん」
「こんな相談できる相手、夜鈴しか……っ」
予め用意された台詞を、昼ドラ風の名演技で紡いでいく2人。
気がつけば、会場内にはそれっぽいBGMまで……。これも良子の犯行だろうな。どっちとは言わないけど、良子。
「嫌だよ、恋愛相談なんて! 僕は、僕はゼロちゃんのことが……」
「――話は聞かせてもらった」
打ち合わせ通り、いい感じのタイミングで現れる愁也。トイレの扉をばーんと押し開き、つかつか2人へ歩み寄る。
「抜けがけはやめて貰おうか。俺だってゼロが好きだ!」
「つっきー!?」
驚く(ふりをした)2人へ、愁也は不敵な笑みを向けた。彼の背後には――確かにいる。禍々しい気を纏ったサーバントが。
「ここじゃ誰に見られるか……個室で話そう」
「……わかった。個室ならたとえ声を聞かれても、顔は見えないもんな」
そして3人は仲良く個室へ消えていく。おい待てどうしてこうなった。
●一方その頃、ホールでは同人誌即売会が!
行われている訳はありません。一般人は既に避難しています。
――それなのに、会場内にはアレでソレな本が積まれている。エルレーン・バルハザード(
ja0889)の仕業である。
「……うふ、うふふ」
依頼解決にあたり、腐女子の生態を調べようとした……まではよかったが。
朱に交われば赤くなる。あれよあれよという間に洗脳げふんげふん素晴らしさを説かれ、立派な腐に進化したのだ。
そして買い漁った同人誌、友人から譲り受けたもの、果ては自作のイラストまで。曰く、姦のエサだとか。
確かに、その手の趣味の者なら喜ぶだろう……が、健全な男子学生にとっては正しく地獄絵図。
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)と、スーツを着た緋伝 璃狗(
ja0014)は、うろんな眼差しを腐った女たちへ向けていた。
「おーエルレーンちゃんが描いたのか、すごいね」
「これはいいオヤジ受。禿天たそのツルツル腋萌えはすはす」
「はぅ……そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったの」
はい、こちら末期患者の方々です。
「……しかし、こんな作戦で本当に大丈夫なんですか?」
不安げに問うカーディスに、禿天使絵を熱く眺めていた因幡 良子(
ja8039)、真顔で答える。
「何言ってるのさ、腐の扱いは腐に任せろ! 台本通りやってくれればOKっ」
自信ありげな良子の手にある台本――もとい同人誌。それは彼女が持参した珠玉の一冊。春に発行された話題の新刊『筋肉天使の夜』。
「これ初動が凄かったらしいのよ」
ヒットする作品は2種類。メジャーかつ上手い作品。そして、読み手の数に対して書き手が少ない作品。
一見マイナーなこの作品が売れた理由は、恐らく後者。
――つまり姦のツボを読み違えていなければ、奴にとって喉から手が出るほど見たい話に違いないのだ。
「見た目的にはガチムチなんだけどさー、禿天君は中身が可愛いから私的にはアリだね」
良子の言葉にすごい勢いで頷くのは、田中よs……フレイヤ(
ja0715)だ。
「激しく同意。体育会系上司に立場を盾に迫られたり、クールな同僚に『品性が無い』と罵られたり果ては脳筋部下にまで……胸熱ゥ」
「マイノリティであることは否定しないけど、普段美少年に【ピー】するようなオヤジとかガチムチって、新たな可能性を秘めてるよねっ」
「超分かる。あー、敵も話の通じる子だといいなぁ……ワクテカ」
申し訳ありません。2人に代わって全国の良子さんに土下座しておきます。
●そういえばトイレは?
愁也は絶望していた。思わず顔を覆いたくなる惨状。ていうか顔覆うしかない。
眼前には未知の白いナマモノに囲まれ、蹂躙されかけた夜鈴の姿。更に背後には、見事に腐ったゼロ……。
どうして? それは結局、一言に尽きる。個室に3人なんて狭すぎたんや……。
誘き寄せるまでは良かったが、敵の侵入を阻むということは自分達の動きも制限されるという事。
退路のない状況で、押し寄せる複数の生物を相手に立ち回るには、あまりにも。
【以下演技】
「俺らのどっちかにしとけよ、何なら3人でもいいし」
「つ……つっきー駄目だよ、そんな……」
「意外と悪くないぞ? 試してみるか」
挑発的な言動、挑戦的な眼差しで。愁也は夜鈴に微笑を投げる。艶やかに笑う彼は『その先』を知っているように思えた。
だが真面目な夜鈴にとって、それは悪魔の囁きに等しい。
ごくりと喉を鳴らす。ただでさえ背徳の世界。更なる禁断の世界に、好奇心だけで足を踏み入れていいものか?
だが懸念をよそに、愁也は更に、煽るようなことを呟いた。ゼロを背後から抱き竦めるようにして。
「ほら夜鈴。ゼロも待ってる」
「ぜ、ゼロちゃん……」
焦れたように、夜鈴は手を伸ばした。既にはだけられたシャツの隙間へ……。
「あっ……こんなの駄目っ」
「いいんだぜ? もっと声、出しても」
蔵倫さんが聞いたら爆発しそうな台詞を吐きつつ、愁也はゼロの首筋に唇を寄せ――
【以上演技】
そこで寸劇は終わった。色々な意味で耐え切れなくなった姦達が、木製ドアを叩き破り侵入してきたのだ!
『ホモォ!』
更に背後からも、隣の個室との境を突き破り生物登場。
正直、敵のパワーを甘く見ていたが。相手は腐ってもサーバントなのだ……。誰うま。
「逃げろ、囲まれたら終わりだ!」
愁也が叫ぶ。だが、
「おホモだちじゃないよ? 女の(体の)ゼロちゃんだよ!?」
BLじゃなければ或いは、と光纏を解くゼロ。しかし興奮した敵には真の性別など些細な事。
胸? 見えそうで見えない以上無いものと扱っていいのです。エロい人が言ってました。
ほら、女子レイヤーの男装絡みで萌える人も世の中(略)
『ほもほもほも』
『ほもほもほも』
「ひっ……ひゃあああ!?」
哀れゼロちゃん。瞬く間に囲まれ瘴気にあてられてしまう。
勿論、抵抗しなかった訳ではない。再び光纏してナイフを握り、捕まるまいと個室の外へ逃げようとした。
――だが、もとより狭いトイレ。押し寄せる姦達によって退路は塞がれている。
「ゼロちゃぁぁん!」
そんなこんなで夜鈴の叫び声も虚しく、ゼロちゃんは目覚めてしまわれました。
「ほもぉ……」
頬をピンク色に染め、うっとりとした表情で洋式便座に座り込むゼロ。やばい。いよいよ本格的に、やばい。
「やめろ、僕たちの仲を邪魔するな!」
演技の延長なんだかよく分からない、謎の気迫を滲ませながら。夜鈴は迫り来る天使の下僕に蹴りを叩き込む。
生まれた隙を縫うように大太刀を手に取る――が、個室の中では流石に振り回すことができない。
(とにかく外に)
タイル張りの床を蹴って個室の外へ。数体の敵を引き連れ、トイレの外へ向かう――
『ほもぉ』
しかし まわりこまれてしまった!
「うわああああ!?」
白い生物達は驚くべき速度で夜鈴を取り囲み瘴気を生み始めた。意訳、煽りすぎ。
嗚呼、為すすべもなく身につけた装備が腐敗していく。せめてパンツだけでも死守したいが。涙目。
「大丈夫か!」
バステ絶望(効果:両手が塞がる)から回復した愁也が、夜鈴へ駆け寄りつつリボルバーを手に取った。
狙いすました銃撃が敵をかすめ、起死回生の一打となる。痛みに驚き振り向く姦。彼らのうちに走る動揺を見据え、愁也は笑う。
「……殺らないか」
ウホッいい男。
●この天使は架空です、旭川や京都のあれとは一切関係ありません
こうしてトイレは阿鼻驚嘆地獄絵図と化し。だが隣のホールでは、更に恐ろしい事態が勃発していた……。
繰り広げられるのは、めくるめくガチムチの世界。
その隣には何故か長机を設置し、パイプ椅子に片足を掛けて熱血実況中継を試みる良子とフレイヤの姿があった。
【以下演技】
どこかで見たような禿が、どこかで見たようなスーツのナイスミドルに迫っている。
「て……天使である君が、私になんの用だね?」
答えない。ただ、無言のまま熱い眼差しを男に向けている。
スーツの肩に添えられた無骨な指に、ぐっと力が込められる。力任せに引き寄せる。
天使はその逞しい腕で、小さな人間の身体を抱き竦めた。
「あ……!」
薄く開いたシャツの隙間に忍び込む掌。ネクタイはとうに緩められ、スーツの前はだらしなく開いていた。
執拗に肌の上を這い回る天使の責めに、男は【ピー】を【ピー】させられる。
「待って下さい、私には彼に触れる権利さえ無いと言うのですか!」
そこへ現れた、長髪眼鏡の青年。カーディスだ。理知的な立ち姿に、今日はどこか違う色を孕ませている。
頬をほんのり朱に染め、青い果実は愛を叫ぶ。
「愛しい人、貴方は一目ぼれを信じますか……?」
掠れた声で耳元に囁きかけながら、青年は愛する男の【ピー】に【ピー】する。
躊躇う事などない。【ピー】なのだ……。
「や、やめたまえカーディス君! 私と君は教師と生徒……ッ」
なけなしの理性が、禁断の関係に抗う。教師としての矜持はこの関係を許さない。
けれど――頭では分かっていても、抗えない衝動が【ピー】。
「私を見て下さい……」
唇が近づく。互いの息使いを感じられる程に。近づく――
【以上演技】
このナイスミドルと禿天がどこから現れたか、と問われれば。
実はこれ、璃狗とエルレーンによる変化の術を利用した小芝居である。
「あのねぇ、おしゃべりするとバレちゃうから、しゃべらないでおくねぇ」
手作りした禿天の衣装に身を包み、エルレーンはそう言っていた。
見た目禿天、声少女。失礼ながらSAN値が直葬される勢いで気持ち悪い。
だからこそ彼女は言葉を使わず、行動によって荒ぶる愛を表現しようとしている訳だが――
それ即ち、ブレーキが効かないという事。
『おぉっとここで禿天が先生の【ピー】に!?』
零れる鼻血を押さえながら良子。隣のフレイヤもあからさまにガタッ。
――見える。見えてしまう。璃狗の【ピー】が!
『ポロリ? 男子高校生のポロリ!?』
どさくさに紛れて何てこと言ってるんですかお嬢さん。
「ちょ、流石にこれ以上は……!」
想定外の事態に慌てる璃狗。思わず解けてしまう変化の術。
固まる。璃狗本人も、場の空気も。文字通り。
(しまった)
考えろ。どうにか状況を好転させる方法を――。
そして思いついた苦肉の策。
「……済まない。学園長に化ければ、先輩に見て貰えると思って」
失敗の動揺から赤らんだ頬、潤んだ瞳。それは傍から見れば真実、先輩に恋焦がれる後輩の姿に見えた(※ただし腐視点に限る)。
「ひ、緋伝さん……」
「俺じゃ、駄目か?」
まさかの四角関係。何この超展開、とツッコミたくなる。ところがどうして、これが功を奏すのだ。
おいしっているか、大半の腐女子は三角関係の当て馬君が傷心のところにやって来る四人目に萌えるんだぜ。
『ホモォォォ!?』
満を持して現れる王姦。良子達も想像以上の収穫(?)に遭遇し、物理的な意味でガタッしている。
禿天へ扮していたエルレーンも、眼前で繰り広げられるまさかのスピンオフ展開に、変化の術を忘れていた。
「ようやく出たな……。エルレーン先輩、影縛の術を!」
「はうっ、そうだった! ……正しいふじょしはねっ、めーわくかけちゃいけないんだよっ!」
エルレーンの言葉に心的ダメージを受ける2名。
良子とフレイヤもその言葉で正気に戻り――いや単に●REC終えて満足なだけかもしれないが――武器を手に取る。
姿さえ見つけられれば、当然、倒せない相手ではない。
「……貴女方に罪はありません、全て天使が悪いのです。どうか安らかにお眠りください」
色々ストレスの溜まりまくった璃狗とカーディスの目はマジだ。
更に、用済みとばかりに慈悲なく。ドヤ顔魔女のフレイムシュートが炸裂。
「あばよ同胞、いい夢見ろよ」
5対1。こうして、圧倒的な力の差の前に女王は屈した――。
●データは闇に消ゆ
黄昏の魔女は憂えていた。必死で録画・録音したアレソレが――。
犯人はカーディス。絶対に出回らせてなるものかと、事後処理に先んじてデータ消去に走ったらしい。
「折角、職員さんに見せてあげようと思ったのになぁ」
涙目のフレイヤの隣で、残念そうに呟く良子。
だが。落ち込む2人の前を、職員は颯爽と行く。
「嘆く事はないわ……私には『力』がある。貴女達は、彼らの自由を奪い、私に彼らの額を捧げればいい」
「ね、姐さーん!」
一生ついていくぜ! 言外にそんな想いを秘め、りょうことよしこは彼女の背を追った。
――そして冒頭に続く。
なお姦の大群を辛くも撃退したものの、瘴気の影響を残したまま帰宅してしまった愁也は、記憶をなくす程、散々な目に遭ったらしい。
しかし最大の被害者は、錯乱したままの彼に【ピー】されてしまった苦労属性の同居人だとか、なんとか。