●目撃情報を捜せ
今時は裏社会も、情報力が命だ。
正規ルートに乗せられない非合法のあれやそれ。このご時勢、闇取引といえば、やはりインターネットの名が上がる。
いわゆる、アンダーグラウンド。
久遠ヶ原にも当然の如く存在する裏社会。南という男は、その申し子のようなものだったようだ。
受け取った資料に掲載されていた南の住所は、大学部生が多く入居する、とある寮の一室。
管理人を務める男のもとに、燕明寺 真名(
ja0697)が予め赴いて事情を聞いてきたのだが――
「……結論から言うと、南には前科があるようです」
本土でも闇の世界に身を置いていたのだという。とある著名な組織の名前が飛び出し、撃退士達の表情が驚きに変わる。
「もっとも、下っ端のようですが。……そちらの権力が、ここにも及んでいると勘違いしていたのかもしれませんね」
実力のない者ほど、小心翼々と上の名前を借るもの。
徐々に見えてきた南の人物像に辟易しながらも、事前の情報共有を終え、少年少女は各々の勤めを果たすべく、商店街へ散る。
(まぁ、受けた以上はきっちりやりますが……自業自得、でしょうに)
目立つことを怖れ、地味めの私服に帽子を被って。
鳥海 月花 (
ja1538)はどこか納得いかない表情を浮かべたまま、弁当屋の周辺で聞き込みに徹していた。
己の罪を認める気のない人間を、庇うことに意味があるのか。
戸惑う気持ちに嘘はつけない。だが、教師の言葉が理解できないわけでもない。
このような時下であっても、日本が法治国家であることは変わらない。
命を奪われる妥当性はあっても、人の命を奪う妥当性など、この世には存在しないはず。そう信じて。
「すみません――この人を見ませんでしたか?」
聞き込みを、続ける。
同じ頃、三咲 梓(
ja6660)は商店街の肉屋に立ち寄っていた。
「えー……肉のヤオイチでは目撃情報なし、と」
制服姿でスマートフォン片手にメールを送る姿は、何の変哲もない、帰宅前の女子学生そのもの。
特別、怪しまれることもなく店を後にする。
メールを送信し終え、スマフォをポケットに戻しながら呟いた。
「次どうしようかなぁ、魚屋? 八百屋? コンビニもあったっけ」
ターゲットは弁当屋で目撃されているのだから、惣菜を扱う店を当たるというのは、別に不自然な推理ではないのだけれど。
違う目的で動いているように見えるのは、彼女が肉屋謹製コロッケをもぐもぐ頬張っているからに違いない。
(姉さんごめんなさい、何も買わずに店を出るのは気が引けるんです。……あと、揚げたてのコロッケはおいしいです)
忍者たるもの、戦闘だけこなせばいいというものではない。
諜報活動だって立派な任務のひとつ。今このスキルを磨くことは、きっと今後に活きてくる。
気だるげな学生街の雰囲気にうまく溶け込みつつも、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の意欲は自己鍛錬に向いている。
彼にとっては全てが未来の自分の為。ひたすらに強く、隙のない完璧な人間になるため――その布石にすぎない。
「あぁ、すみません」
作り物めいた美しい笑顔で、少年はビラ配りの男へ声をかけ、
「ん?」
「ちょっとお訊ねしたいんです。この男を見ませんでした? どちらへ行ったか分かりませんか」
出がけに受け取ってきた南の写真を差し出しながら、問いかけた。
●日陰者の末路
地下世界。ただでさえ、普通に生きていれば関わることの少ないところ。
怖いもの見たさに一度足を突っ込めば、きっとそのまま、どこまでだって堕ちてしまうだろう。
特に――恵ヴィヴァルディの率いる組織は、本土のそれより確実に危険だ。
構成員の持つアウル能力。
その存在は、銃器や刃物をも軽く凌駕してしまうもの。
任侠映画のような抗争は、この島には存在しない。
どれだけ強い武器を持とうとも、アウルの絶対的格差は埋められない。
そこに存在する争いは――すなわち、一方的な虐殺のみ。
聞き込みに専念する4人からの報告を受け、南を捜索するべく実動担当の4人も動き始めていた。
『商店街にしきみちゃん参上ー。偽札が見つかったお店の資料、無事入手したので送りますうぇーい』
『ぴーえす、赤い丸の外側はヨーヘーの行動パターン的に無い感じかなー。ちなみにボクは外側から攻めるぞー』
そんなメールを仲間に送信しつつ、学園に残って被害報告資料をまとめていた鬼燈 しきみ(
ja3040)も現地へ向かう。
「思ったより時間かかっちゃったけど、まーいっか。これでヨーヘーの行動範囲も見えて来たしねー」
のんびりした口調で呟きつつ。走る速度はそれなりに。制服姿の少女が行く。
(……あ、ちゃんと袋小路とか細い路地とか確認しつつ行こーっと)
ターゲット発見後の動きまで、視野に入れて動く抜け目のなさ。
この包囲網から、南は逃れられるだろうか?
同刻――商店街のはずれに位置する、比較的大きな公園の前。
公園を訪れる人間向けなのだろうか。それなりに客入りの良さそうなコンビニが2軒。
そのうちの片方から、御影 蓮也(
ja0709)が出てくるのが見える。
有力な情報を得られたようだが、その表情はどこか曇りがちだ。
(……なんというか、少なくとも呑気に弁当なんか食べてる場合じゃないと思うんだけどなぁ)
南という男は、自分が踏み入れてしまった領域について本当に理解しているのだろうか。
根本的な部分をいささか疑問に感じつつ、こっそり呆れた溜息。
読み通り、南は弁当を購入後、飲み物とタバコを買うためにコンビニへ寄っていた。
コンビニの店員が状況をはっきり覚えていたのは、南が着ていた白いスーツのせいであり……。
(追われている自覚がないのか? ……これ以上面倒な事に発展しなきゃいいけど)
目的を悟られないよう、何気ない素振りを装いながら。
しきみから送られてきたマッピング済み地図と睨み合いつつ、コンビニ店員の証言を頼りに進む。
さらに別の場所では。
斡旋所で受け取った南の写真をまじまじと見つめながら、路地裏に踏み込んだ光藤 姫乃(
ja5394)は真剣に考えていた。
本人曰く、今日は目立たないように地味目な格好。
だが2メートル近い体格では、服装以前の問題な気もする。それが真昼の商店街に登場となれば尚更のこと。
彼……女、の手には一枚の写真が握られている。
被写体である南葉兵とされる男は、黒いスーツに豹柄のシャツ、ゴールドのネックレスという衝撃的な出で立ちだ。
サングラスとセカンドバッグが無いだけ良いが、明らかに堅気の人間でない事は分かる。
まさかこのように目立つ格好で弁当屋に行くことは無いと思いたいが。
(……南がもう少しホスト系のカワイイイケメンなら、アタシだってもっとやる気出したわよ?
でもなんかもう、この写真見た段階でやる気3割減よねぇ……。今時この服装はないわ。センス磨いて出直してきなさいって感じね)
――と、姫乃の厳しいファッションチェックが入ったところに、何気なく通りかかる金髪の男がいた。
黒のスラックスに紫がかったシャツ着用と、これまた絵に書いたようなチンピラさんである。
だがそんな相手の様子にも怯む事なく、姫乃は男を呼び止めた。
「あ、ちょっとそこのオニーサン! この男。南って言うんだけどぉ、見なかったかしら」
「は? え、と、あの」
上から見下ろしてくる超長身の女に、チンピラ風の男はびくっと肩を震わせた。
「何でもいいの、知っている事を教えて頂戴な?
付き合い始めはあんなに毎日愛してるって言ってくれたのに……何も言わずいきなり居なくなるんだもの」
……案の定、男は震える声で「知らねぇよ」と吐き捨て、涙目のままその場から逃走した。
卯月 瑞花(
ja0623)は蓮也に先んじる形で公園の中へ向かっていた。
学園側から提供されていた、最後の目撃情報。
そして、しきみが纏め直した偽札発見現場の情報。
最後に……予想されるターゲットの人間性、能力、洞察力。
それらの要素から推測される南の行動範囲内で、弁当を広げられるような場所は、ここしか無い。
『公園』という前提――ターゲットが弁当を食べているという予測自体がそもそも的外れだった場合はともかく。
それ以外で、南葉兵という男が、この場所以外を選択する理由はないように思えた。
なにせ普段の生活圏で、何食わぬ顔をして買い物を繰り返していたような男だ。
近場で弁当を買っておいて、わざわざ遠い場所へ赴くとは思えない。
(原版が欲しい……お札を量産して御家の復興資金に充てたい……!)
そんな本音が思わずこぼれそうになるが、はっとして首を振る。
実行に移した男がどうなっているか、もう一度考えなければ。
良くて逮捕、普通に簀巻きコンクリ固めコースだ。下手すると本当に笑えない死に方をするかも。嫌な想像に震えた。
(というか、そんな手で復興したら悪評がね! 御家の名誉を傷つけてどうすんのって話ですよ!)
全くその通りである。
●南、発見
蓮也と瑞花が鉢合わせた場所――公園の中央付近に、白いスーツを着た男……南の姿はあった。
仲間の到着を待って接近するつもりだったが、相手だって腐っても撃退士。
不穏な空気を察知したのだろう。近づいて様子を伺うの存在に、すぐに気づいて逃走を開始する。
『地図上、赤丸の位置で南葉兵を発見。現在、駅方面へ向かい逃走中。至急応援願います』
蓮也は仲間にメールを送り終えると同時に走り出した。
「待て、南葉兵! 大人しく風紀委員会まで同行願う!」
先に南の追跡を開始した瑞花は、公園に設置された鉄製のフェンスをよじ登って、管理棟の屋根に飛び移った。
「こら待てー! 原版をよこ……お、大人しくお縄につきなさいっ!」
大声で叫びながら、逃走する南の背を追う。なんとかすがりつく。
だが公園の出口は間近に迫っている。
いっそ細い道の多い場所に出てくれた方が、袋小路に誘導しやすいだろうか?
一瞬考え、すぐにかき消す。
久遠ヶ原の街は、長年居住している生徒でさえ把握しきれていない魔境だ。
複雑に入り組んだ路地の中での捜索となれば、いくら地図を用意しても見つけられるとは限らない。
そんなことをすれば、一か八かの賭けになってしまう。あえて選択すべき道ではない。
細い路地で怖い人と遭遇してしまった時も、想像すると少し気になるところ。
ならば、見通しのよい公園内で捕まえてしまうのが吉。
……だが、当然相手にとってはその逆なわけで。
どうにか障害物の多く見通しの悪い場所へ隠れようと、走り続けている。
「待ちなさいってば! もー、ちょこまかと……!」
全力で逃走する南の背を追いかけながら、瑞花が再び叫んだ。
「……逃げ足はさすが、か」
取り逃がしたところでマフィアの制裁が彼を待っているだろう。だが、それでいいのか?
万一、南が逃げ切ってしまうような事があれば……。
やはり雑然とした街中に消えられる前に、なんとしても捕らえなければ。
(あー……イラついてきた。多少なら、傷つけても仕方ないわよね?)
本気の走りを見せながら、瑞花は南の足元めがけて苦無を放つ。
「!」
攻撃自体は外れた。だが、回避行動を取ったことで南は大きくバランスを崩す。
まさに、好機。
●事件は解決へ向かい
「ヨーヘー見つかったってー?」
いつも通りのマイペースな口調で、やって来たしきみが問う。
同時に現れたエイルズレトラと共に、体勢を崩しつつも逃走を試み続ける南へと詰め寄る。
4対1。
更に、真名と梓も姿を現す。
「私刑で死ぬか、法の裁きを経て生きるか。どちらを選びますか」
「ただ殺されて済むならいいけど……思ってるよりずっと酷いお仕置きが待ってる可能性もあるよね」
と、簡単には死ねないような、ひどい仕打ちを仄めかしてみたり。
四方を囲まれ逃げ場のなくなった南。
それでも往生際悪く活路を捜すが――
その行動を見透かしたように、彼の動線を封じる場所へ、月花と姫乃まで現れた。
「えぇと……聞くだけ聞きますが、捕まるのと酷い殺され方するの、どちらがいいですか?」
呆れたような表情。気だるげに、心底面倒そうに、月花は問いかけ。
「もちろん、第三の選択肢なんて存在しませんからね?」
そして不敵に笑った。
「幸い、怖いオニーサンはまだアンタを見つけてないようだし。大人しく投降しなさいな、南ちゃん」
姫乃は周囲を見回しつつ、南を安心させるような声音でそう告げる。
「塀の向こうも悪くないんじゃない? なにせ、命の保証がされてるんだから」
身も蓋もない話ではあるが、それもまた、事実であるからして。
さすがの南も8人を相手に逃亡を試みるほど向こう見ずではない。
こうなってしまえば大人しく捕縛されるだけである。
呆気ない幕引きとなったのは、勿論、撃退士達の迅速な行動ゆえだが。
「クソ……何なんだよ、どいつもこいつも恵、恵って。そんなに偉い奴かよ……」
縄で縛られながら、半ば負け惜しみのように呟く南。
久遠ヶ原にやってきて日の浅い人間なら、そう思うのも仕方のない事かもしれない。
恵ヴィヴァルディは、学生や商店街で働く人々の中に、ひっそりと語られるだけの都市伝説のような男だ。
学園関係のSNSなどでその存在を知ることはあっても、彼のことを大々的に取り上げる週刊誌などは存在しない。
否、あるかもしれないが、それは一般学生の目に触れるような公のものではないだろう。
『天才が集う常世の楽園』――どこかの2流ジャーナリストが、久遠ヶ原をそう称したことがある。
楽園の、闇。報道を志す者にとっては魅力的すぎるネタだ。
それでも報道記事が上がってこない理由はただ一つ。リスクが大きすぎる。
久遠ヶ原の表と裏は密接に繋がりあい、互いに強い影響を持つ。
タブーに触れるからにはリスクがあって然るべき。
けれど、それでも干渉するというのなら無理に止める理由もない。
天魔の侵攻が止んだとしても、それだけでは世界は平和にならない。
己の信念を貫き、黒く汚れた撃退士の心を改めさせるのも、確かに撃退士の使命なのだ。
「まあ、何はともあれ任務完了ですね」
「ああ……疲れる鬼ごっこだったよ……」
後は黒服に見つからないよう学園まで戻るだけ。
だけ、とは言っても実際はそこが一番の問題だったりするのだが――
今回の捕縛作戦は考え得る限り、最速で行動できた。綿密な連携と、各々の持てるポテンシャルによるものが大きい。
この分ならば、たとえ黒服の男達に追いつかれたとしても、逃げ切ることが出来るはずだ。
久遠ヶ原に根付く闇を討つという意味では、根本的な解決にはならないかもしれないが。
入学後まだまだ日の浅い現時点で、これだけの成果をあげることが出来たのは、むしろ嬉しい誤算。
ともあれ彼らの今後の活躍に、十分期待することにしよう。