●性格悪いからモテないのか、モテないから性格悪いのか
獅子堂虎鉄(
ja1375)と春塵 観音(
ja2042)は、作戦に先んじて件のモダン会へ潜入していた。
時代が時代、久遠ヶ原にもSNSはいくつか存在するらしく、それらを利用し接触したようだ。
「虎鉄氏の周りはカップルだらけだと聞き及んで申す……さぞかし苦労されていることでしょう」
「音殿も虎鉄殿も俺たちとは違ってイケメンなのにな……おいたわしや」
むせび泣く黒服の男たち。彼らに哀れみの視線を向けられるとか妙にイラっとするけど、まあ人助けですから抑えて抑えて。
「しかし伺った情報が真実だとすれば、会員の諸兄も苦労されているようだな……」
虎鉄が言うと、リーダーが頷く。
「うむ。この間もリア充に鉄槌を下した勇気ある同胞が2名、フルボッコされたのだ」
「許すまじリア充、だな。……おいらたちは非リアを、強いられているというのにっ」
その熱弁に、シリアスな笑いが生まれる。虎鉄の背後に集中線――もとい後光が差して見えた。
「ほんと、ヒドい話だねぇ」
親身になって話を聞く振りをしている観音。こちらも早くも集団に馴染み始めている。
「む……? 隊長、ちょっと失礼するぞ」
ふと、虎鉄がスマートフォンを取り出した。
「どうしました虎鉄氏」
振り向くモダンボーイ。彼の目をしかと見つめ、虎鉄はわなわなと手を震わせながら、迫真の演技で叫ぶのだった。
「たった今、初恋草によりカップルが誕生した模様……! これは、花諸共爆破するしかないな!」
掲げられるスマホ。覗き込む男達。空気があからさまに変わる。
……計画通り。心の奥でほくそ笑む虎鉄。
敵が動き始めるぞ、と。待ち伏せする仲間達へこっそりメールを送信するのであった。
●待ち伏せ御一行
一応これも任務、ということらしい。授業中に活動する必要があると申請したら、幸い公休が認められた。
「……お」
噴水周辺で待機していた小田切ルビィ(
ja0841)の携帯に、一通のメールが届いた。差出人は虎鉄である。
敵が行動を開始したという報告の文面を確認し、同じく周囲で待機する仲間たちにもその旨を告げる。
「来る、か」
「できる限りの準備はしました。きっとうまくいきますよ」
表情を変えず、雫(
ja1894)が呟く。仲間たちが頷いた。
そんな中、一人だけ微動だにしない男がいる。〆垣 侘助(
ja4323)だ。
広場に置かれた鉢植えの手入れをしていたのだが、敵の訪れを予感させる言葉に、ぴたりと手を止め静止している。
無口な彼が、今、何を思うか。
それを察していたのは、初恋草の一件で彼と面識があり、植物へ向けられる侘助の強い想いを垣間見たルビィだけだろう。
(俺も相当ムカついてはいるが……あいつはきっと、それ以上だろうな……)
標的を植物にしたことを後悔するんだな、と。
怒らせてはいけない人間を怒らせた、今回の犯人たちに内心で合掌する。
広場にほど近い校舎の陰に潜む6人。実は各々が、この時のため学園内を奔走していた。
まず、罠。これは雫が先導して設置を行った。
スーパーで買ってきた強力粉をこねて簡易とりもちを製作。
広場付近の舗装されていない場所に浅い落とし穴を掘り、練成したねばねばを底へ大量に放り込んでおいた。
うっかり入ってしまうとホイホイ状態、最低でも靴を脱ぐ時間は足止めできるというわけだ。
(本当は網や縄の仕掛けも用意したかったのですが……仕方ないですね)
ちなみに網は純粋に調達できなかったのだが、縄のほうは用意できていただけに悔しい。
(もう少し木があれば罠を仕掛けられたんですが。残念です)
本人はまだまだガッツリ仕掛ける気だったらしい。容赦ないぜ小学生。
現地の仕掛けはもうひとつ。
武田 美月(
ja4394)は初恋草の造花を持参し、丁寧にピンクの鉢に挿しておいた。
鉢の中央にはハートのシールが貼ってあり、女の子らしい丸みを帯びた文字で【伝説の花の中の伝説の花】と記入してみた。
あぁ、なんかもうこの段階で奴らが引っかかる気配しかないぞ。
もちろん近づけば偽物だとバレてしまうが、遠目に敵を引きつける囮としては問題ないはずだ。
カップルへのフォローは、ルビィが率先して行った。
以前の経験で得たコネにより鉢植えの販路を調査できたようだ。
現在の持主の半分を特定でき、分かった範囲には、不用意に外へ置きっぱなしにしないよう注意を促した。
「まァ、何だ。ほとぼりが覚めるまで、あまり非リアを刺激しない方向で頼む」
とだけ告げれば、カップルの方も事情を察したらしい。
嫉妬に燃える団体が多いみたいですからね、この学校。お察しします。
●そんな餌に釣られクマー
「……あ、あれ」
美月が指差し息をのむ。
――いた。よく訓練された、整然とした足並みの、黒い衣服の男たち。徒歩で来た。
「会長殿、あのピンクの鉢こそ例のリア充の花に違いないぞ!」
非モテの中に紛れ込んだ虎鉄が声高に叫ぶ。
「敵艦発見!」
嫉妬の炎に狂った――それも普段は植物にまったく縁のない者どもだ。
遠目に造花の判断がつくわけもなく、ホイホイ釣られてピンクの鉢のほうへと向かっていく。
よかったのか、そんなにホイホイついてきて……これは罠なんだぜ?
だがその後、予想外の事態が勃発した。
計画通りに、タイミングを見計らって飛び出した待ち伏せ班。
容赦しないと顔に書いてある者数名。視線だけで人を殺せそうな者一名。これはヤバいと本能が叫ぶ。
十六名が騒然となる。元々小心者の集まりなのだ、殺気に敏感に反応し、リーダーさえも腰が引けていた。
逃走を試みる会長。だが、虎鉄がそれを許さない。
駆け出そうとする相手の鳩尾に、さらりと一撃峰打ちをぶち込んだ。
「何をするだァーッ! 虎鉄氏ゆるさんッ」
涙目の会長を尻目に、虎鉄は得意げに笑った。
「悪いな、隊長。おいらはおいらの味方なんだぞ?」
その様子を見ていた会員達。分が悪いと悟ったのだろう、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。
●フルボッコ(初級編)
メインの部隊から少し離れた場所で機会を伺っていたネコノミロクン(
ja0229)。
逃がしてなるものかと、彼らの背後に回り込む。
とはいえ、直接的な争い事をする気はないらしい。
予め用意していたタロットカードを、逃げ惑う会員の前へばらまいた。
男達の視界に、嫌でも入ってくるカードの絵柄。それはモテない男達を刺激するに十分なものだった。
「『恋人』だと……?」
「なんか見てるだけで腹が立ってきた」
衝撃を受けるモダンボーイズ。それもそのはず、ばらまかれたカードはネコノミロクンお手製の、激甘仕様『恋人』カードなのだ。
「許せぬ!」
拾い上げたカードを握りつぶしぐしゃぐしゃにしようとする者続出。だが、それもまた罠のうち。
「地味に痛ェェェ!?」
力任せに握り締めた者たちが次々悲鳴をあげていく。最早ちょっとしたパニックだ。
実はこのカード、側面にちょっとした仕掛けが施されている。ちなみに仕組みは企業秘密です。
月詠 神削(
ja5265)も同時に動いていた。
(依頼として引き受けた以上、少しは動かないとな……)
他のメンバーとの間に若干の温度差を感じつつ、神削はそんなことを考えていた。
だからといってモダン会に肩入れする気はない。
任された仕事を放棄する理由もないし、第一、そもそも。
(花くらいで恋愛がうまく行くなら、誰も苦労しないって)
何やら思うところがあるのだろうか。憂えた表情のまま、剣を構えておろおろする敵へ一言告げるのだった。
「余り酷い怪我したくない奴は、俺にやられとけ。多分それが、一番マシだぞ」
もちろんマシといっても、視界の端に映る、殺気立った人間と比較しての話ですから。仕事は、ちゃんとします。
「少し脚を斬らせてもらうくらい」
真顔で言う美少年。非モテが総じて竦み上がった。十分怖いよ!
●……からの中級編
指揮官を失ったモダン会。だが、状況に一石を投じる者がいた。
「立て、同志達よ! 奴らはリア充が放った使徒! 正義は我等の手に……!」
男たちを鼓舞する言葉を叫んだのは――観音だった。
彼の目論見はモダンボーイ達の意識を花からそらし、形ある『敵』へ向けさせることだ。
花に被害を出さないためには、それが最良の方法だと彼は考えたのだろう。
次々に男たちの闘争心を掻き立てる言葉を並べ、彼らを煽っていく。
「花など二の次、今明確に我らの敵が現れた……。見よ諸兄! 彼らはリア充に与する者どもだ!」
細い指をびしぃっと仲間へ向ける観音。
凄まじい気迫。演技にしては出来すぎだ。その場にいる誰もがそう思った。……思ったんだ。
「例えば赤髪の子! 『無粋な事して、最低』と蔑んでいるんじゃないか?
そっちの銀髪の娘だって……無害で可愛く見えるかもしれないが、腹の底では俺たちの事を見下しているはず!
仮に今そうでないとしたって、7〜8年後にはきっとそうなっているハズだ!」
「……は?」
美月を指し、雫を指して、観音が叫んだ。感情移入しすぎたのだろうか、なんだか涙目である。
図らず議論の矢面に立たされる羽目になった2人の少女は、ぽかんとした表情で仲間――だったはずの男を見つめている。
何言ってんのこいつ、とでも言いたげな目で。
「観音殿の言うとおりだ!」
「本当だ、汚物を見るような目でこっち見てるぞ!」
ほとんど言いがかりである。
ただでさえ彼らの無粋な行動に腹が立っていたというのに、反省する様子がまるで見えない。
流石の美月も、これには怒ったようだ。
「どうやら、きつーいお灸を据えてあげなきゃいけないみたいね」
ヒヒイロカネに手をかける。ロングボウを顕現させ、そのまま音もなく矢をつがえた。
「大人しく投降すれば、危害は加えな――……あっ」
言い終わらないうちに、アウルの力を纏った矢が、美月の手を離れて敵のほうへと飛んでいく。
勿論練習していない訳ではなかったが、動くモノを狙うのは今回が初めてだったのだ。
……完全なる誤射である。だが、無軌道に飛んでいくと思われたその矢尻は、なんと会員の一人をとらえたのだ。
「オウフッ!?」
絵に描いたようにさくっと刺さる矢。衝撃で飛び上がる男。
哀れなり、太腿を撃ち抜かれては逃げるに逃げられない。
「足が、足がァ!」
その場に崩れ落ちゴロゴロ転がる男。美月は苦笑いを浮かべつつ、その様子を見ていた他の男たちへ告げた。
「こうなりたくなかったら、大人しく捕まってね!」
雫は雫で、別の男たちを相手に。
「二月になってから変な人が多いですね」
先生は春先の変質者に気をつけろと言っていた気がする。ちょっとフライング気味じゃないか。
「……しかし、野生動物よりも簡単に罠に掛っている気がします」
予め設置しておいた罠に思いっきり引っかかった男達を見つめ、ぽつりと呟く。
そうか靴を脱げば脱出できるぞ! と、気づいて靴を脱ぎ始めた男達のほうへ向かっていき……。
「というか、多分。こういう事を思いつく思考こそがモテない理由だと思いますよ」
幼女のド直球な指摘に、男たちが次々戦意を喪失していく。
それでもめげずに逃げ出した強者へは――それよりも更にきついお仕置きが待っていた。
(とにかく黙らせますか。急所をひと突き、かな)
雫は無言のまま槍を手に。狙いすました一撃を、逃げ惑う男の
……股間へ。
「アッー!」
純粋無垢って罪ですね(合掌)。
そんな雫の背後では、見事会長を捕まえた虎鉄がタックルからのジャイアントスイング!
そしてモダン会長はそのまま噴水へログインしました。
●上級者向けコースはこちらになります
バッタバッタとなぎ倒されていく仲間の姿を見届けながら、それでも諦めない男が四名。
観音に鼓舞され、妙なやる気を出してしまったのが彼らの運のつきでした。
ロッドを手に向かってくる会員を、迎え撃つは――もちろん。
「頭に来てんのは分かるが、……やりすぎるなよ? 俺も黙って見過ごす訳にはいかねェけど、少しは抑えるぜ」
と言いながらもちゃっかり脚にメタルレガースを装着したルビィと。
「と……言われてもな」
明らかに殺る気まんまんの侘助、である。
言われてもなんなのか――なんて、怖くてとてもじゃないけど聞けそうにありません。
「……っつーか、人の幸せ嫉んで、罪の無い花に八つ当たりして何になんだよ?」
振り下ろされるロッドを軽やかにかわし、ルビィは振り向きざま相手に強烈な蹴りを食らわせた。
衝撃に耐え切れず、少年の体が後方へ吹き飛ぶ。そしてそのまま動かなくなった。安心しろ死んではいない。腐っても撃退士だ。
「そんな暇があんなら、好きな女落せる様にちったぁ努力しやがれ……!」
イケメンが言うとやたら破壊力高い台詞だ。戦意を喪失する者がいるのも頷ける。
だが、一人諦めていない者がいた。
「い、イケメンに何が分かるんだァァァ!」
号泣しながら侘助に襲いかかるダアト。アウルの力が弾丸と――なる前に、侘助が動いた。
敵の喉元に差し向けられる苦無。息を詰める男の耳元で、侘助は小さく呟いた。
「嫉妬程度で花を殺そうとして、許されるとでも……?」
「す、すすす、すいま、せ」
「花の命を何だと思っている」
「ご、ごごご、ごめんな、さ」
「……痛みを知れ」
ゴキっと、嫌な音ひとつ。同時に男の野太い悲鳴も、ひとつ。久遠ヶ原の青空に響いたのだった。
●後始末もしっかりと
こうして、彼らのよからぬ計画は未然に阻止された。
治療の必要な怪我をしたモダン会会員は、そのまま保健室へ運ばれていった。
どうやら神削が前もって手を回していたらしく、負傷者大勢になってしまった割には混乱なく対応してもらえたようだ。
ちなみにかすり傷程度で済んだ会員達はといえば。
高等部校舎のほど近く、荒れた花壇の一角。軍手着用でしゃがみ込む男達の姿があった。
ネコノミロクンの提案で、彼らに罰として雑草むしりが命じられたのだ。
「そんなに草を狩りたいなら、好きなだけどうぞ……ってね」
占い師はタロットを手に、くすくすと笑う。
その隣には、にやにやしながら見守るルビィの姿もあった。
「迷惑掛けた分、しっかり働けよ〜?」
必死に雑草と戦う男たちの中には、うっかりモダン会に与してしまった観音の姿もあった。
他のメンバーから事情を聞いた中山寧々美(jz0020)に一本背負いされた挙句、この罰である。マゾい。
「寧々美ちゃん、草刈のお礼に何かくれるかな……?」
「……あるとしたら、新聞の記事になる位じゃないかな」
ちなみに寧々美のところへどう伝わったのか定かではないが、マジで寝返ったのは観音だけだったはずなのに、
一緒に潜入していた虎鉄までとばっちりを受けてケツバットを受けたという噂だ。
……当然、真実を知るのは当事者のみである……。