●撮影開始
久遠ヶ原学園校門の前で、黒髪のポニーテールの少女が軽く手を振っている。
「さぁて、やってきました久遠ヶ原ウォークラリー! 司会はあたし栗原ひなこ(
ja3001)。一緒にみんなを追っかけてくれるカメラマンは日比野 亜絽波(
ja4259)さんで〜っす!」
「よろしくお願いします」
「よろしくねっ♪」
司会のひなこはさあ、とでも言うようにマイクを持っていない手で右方向を指し示し、カメラもそれを追う。
「今回ウォークラリーに参加するのは桜井・L・瑞穂(
ja0027)さん、大城・博志(
ja0179)さん、ぴっこ(
ja0236)さん、響 彼方(
ja0584)さん、アトリアーナ(
ja1403)さん、鳥海 月花(
ja1538)さん、八角 日和(
ja4931)さん、紅桜(
ja4402)さんと、私、栗原ひなこと日比野 亜絽波の十名です! 久遠ヶ原学園に関する十の設問の答えを探しながら、学園内を歩いてみたいと思います!」
ずらっと並んでいる生徒たちが楽しそうに笑顔で手を振っている。
「それでは早速スタート地点の校門前から、第一問目の出題です。久遠ヶ原学園の生徒なら誰もが知ってる常識問題! 久遠ヶ原のある都道府県名は?」
「はーいっ! 私答える!」
「では元気いっぱいの八角さん! 答えをどうぞ!」
自信満々に手を上げた日和は、いざ答えようとしたところでキョドり始めた。
「…あれ? …いばらぎ……いばら、き? …んん? どっちだっけ?」
ボケ? いいえ、ただのド忘れです。
「『いばらき』! いばら『き』が正解ですよ! 落ち着いて下さい!」
どっと笑いながらウォークラリーは好スタートを切った。
人通りのある廊下で立ったままぼーっと眠たそうにしている月花を肩をゆすってアトリアーナが起こしにかかる。
「月花起きて! 出番だ!」
「え…あぁ、すみません。お見苦しいところを…」
それでもまだぼーっとしているので、ひなこも苦笑を隠せない。
「えー、鳥海さん大丈夫でしょうか? こちら生徒会室前に来ております。今回は残念ながらアポなしということで、ここから第二問目を出題させていただきます。これまた久遠ヶ原学園の生徒なら常識! 我らが生徒会長のお名前はなんでしょう!」
眠そうにしている所を再び肩を揺すられ、月花は呟くように答えた。
「神楽坂 茜さんです…」
「正解! …鳥海さん? 起きてますかー?」
「はい、大丈夫です…」
と言った瞬間、生徒会室のドアを開けようとしたのでアトリアーナに取り押さえられた。
「もうちょっとだから! 頑張って起きてて!」
どたばたしながら次のチェックポイントへと一同は急いだ。
「第三問目は美術室前からー!」
テンションの高いひなこが右腕でガッツポーズをしながら出題する。
「美術室に置いてある人以外の石膏像の動物は!?」
「馬なの。戸棚の上にこっそり置いてあるのね」
「正解です!」
が、アトリアーナの言葉は終わらない。
「美術部長より生徒会会計さんを良く見るという噂の美術室なの。自分の肖像画を頼む事ができるし、もちろん、これまでの肖像画を見ることができるのよ。一部の生徒が足繁く通い詰め破産寸前という噂も……」
「アトリさん、それ以上いけない」
月花の制止にこほんと咳払いをして、可愛く口元に人差し指を当てて言った。
「最後に、美術室で肖像画を頼む時…えっちなのはいけないと思います、なの」
「え、えー。こほん。では、次行ってみましょー!」
深くは追求せず、ひなこも強引に進行役を務めたのだった。
カメラは購買に彼方とぴっこがこそこそと販売員に見つからないよう登場したのをきちんと捉えていた。そしてピンマイクは二人のヒソヒソ話をきっかり録音していた。
「購買で売ってるカレーパンの値段…コンビニのヤ○ザキのカレーパンなら80円なのよ」
「○スバーガーなら、1000円。高級カレーパンになりますね」
「うっわー。○スバーガーたっかいなの…って、ちなうのよっ!!」
彼方に詰め寄ったぴっこは声を荒上げる。
「そんな規格外のたぁかい、パーンのはぁなしぢゃ、ないなぁの!! こーばいの、パンなのよ。500久遠よ、どおもうなーの!?」
言いながら彼方によじ登ってぴっこはじたばたし始める。
「カレーパンの半分は、厳しさで出来ているんですね。財布に」
「だぁみだ、こりゃ…なの」
ぴっこは彼方に足でしがみついたまま、上半身をダラリと垂らして見せた。するとテロップに、『正解は500久遠 高いなの〜』と書かれていた。
「…ちゃんちゃん、と。ここの効果音は編集の時に挿入だね」
亜絽波の言葉にカメラに映る二人はブイサインでOKを出したのだが、
「あんたたち、さっきから何やってるんだい?」
購買のおばちゃんが呆れたようにツッコミを入れたのだった。
「さて、気分を取り直しまして、我々は科学室の前にやって参りました! ここでの設問は『科学室に甲冑はある? ない?』ということですが、科学室に甲冑? 不思議な問題ですね」
司会のひなこが解説をしていると、回答者の博志とアトリアーナと日和が登場した。
「ちわーす」
「皆さん、答えはわかりましたか?」
「もちろんだ!」
自信満々に博志が答えると、なぜか彼は一旦カメラからクロスアウトし、次に映った時にはほぼ素っ裸の状態だった。
「ある! 確かに有る! 何故なら今俺が装着している! 馬鹿には見えない甲冑が有る!!」
「わーッ!! PVなのに放送禁止になっちゃう!!」
あたかも甲冑を着ているようにポーズを取るが、当然着ていないものは映らない。
「見るが良い崇めるが良いこの耀きに慄くが良い!」
と胸を張ったとろこでアトリアーナが思い切り隠し持っていたハリセンで引っぱたいた。
「ちなみに普通のも有ったよ…」
と言い残し、博志はガクッとフレームアウトしたのだった。
ちなみに肌の色に合わせているせいでカメラには下半身に何も着ていないように映ったが、きちんと前張りがなされているのでご安心して欲しい。
「編集ではモザイク、っと。ちょっと破廉恥かとも思いますけれど、多少ハメを外すくらいはアリですかしらね」
台本に赤ペンで線を引きながら瑞穂はついと目を逸らした。
ひなこは歩きながら喋る。
「私たちは今、色んな部室がひしめき合う生徒同士の交流の場に来ています。たくさんの部活の中でもトップを争う知名度を持つ新聞同好会! 第六問目はその新聞同好会の部長さんのお名前を答えていただきます! 彼女については学園新聞『無無』の配布やバーボンハウスの目撃情報なんてのもあったりするよね!」
隣を歩いていた紅桜は眉目秀麗な顔に苦笑を浮かべて解答を述べる。
「正解は…中山寧々美さん。わたくしが苦手とするタイプですわね」
「えっ、そうなんですか?」
「たとえイベントでも必要以上にハメを外さないのがわたくしの流儀ですので、その辺りを考慮しますと…」
「あはは、まあ何かしら騒動を起こす人でもありますからね!」
「悪い人ではないと思います。ですから、個人的な感想です。同じ理由で学園長も…正直、ああいうのはちょっと苦手ですわね」
二人は部活動に励む学生たちを眺めながら、のほほんと会話を続ける。
「ところで郭津城さんは、ウォークラリーについてどう思われますか?」
「ウォークラリー…ね。多少の運動にもなりますし、環境問題について考えるひとつの機会になるのではないでしょうか? 必要以上のモノは使わない、そのためにはまず何があるかを知ることも大切です。生徒自らそうした機会を作ろうという動きは歓迎すべきかと」
「なるほど。ただ歩くだけではなく、地元を知ることで大きなメリットが生まれるということですか。事務所や職員室って、普段は中々足を運ばない場所でもありますしね。広い学園ですから、普段は必要なところ以外行きませんし。難しいお話をありがとうございました!」
「第七問は事務所前からお送りします」
「おーっほっほっほ♪ 此のわたくしが華麗に答えてさしあげますわ!」
「というわけで、今まで裏でお世話になっていた桜井さんの登場です!」
いかにもお嬢様といった出で立ちの高笑いに背景の事務所の人々が怪訝そうな表情を浮かべているが、背を向けている二人はそれに気付かない。
「久遠ヶ原の温泉旅館の宿泊は2名1室いくらから?」
「答えは1万8千円ですわ。そもそも『温泉旅館』は、主に保護者や視察に来た役人などが宿泊することを目的としています。少し高めな値段設定ではありますが、施設を鑑みれば妥当な値段でしょうね」
「なるほどぉ」
「ちなみにこれとは別に、日帰りできる温泉施設もありますの。お値段もお安く、銭湯代わりに日参する生徒もいるとかいないとか」
「桜井さん、なかなか情報通ですね」
「常識ですわ♪」
にっこりと微笑んで締めにかかろうとした時、ひょっこりと風呂上がりと言った姿の博志が現れた。
「あー、いい湯だった。」
「ちょ…な、何ですの其れ。き、聞いていなくてよ!?」
明らかに狼狽えた瑞穂とひなこの横をすり抜けて紅桜が大股でツカツカと博志に歩み寄った。そして、
「制服を着用なさい!」
ハイキックを叩き込んで、二人はフレームアウトした。
予想外の展開に呆然としかけたが、司会二人はカメラに向かって深々と頭を下げた。
「ただいま大変見苦しいものが映り込んでしまいました。大変申し訳ありませんでした!」
「…落ち着くのよわたくし。こんなことではめげませんわ…」
次の撮影場所に着いても紅桜はずっとこんな調子だった。
「では、第八問。これは少し難しいですね。現在の撃退庁長官のお名前はなんでしょう?」
「答えは…久井遥明さん。いずれ逢ってみたいお方ですわね…テレビなどでお顔を拝見したことはありますけれど」
「撃退士としての将来を考えるならば、撃退庁というのは大きな選択肢ですからね!」
ここはさくっと通り抜けた方がいい。そう判断してひなこは次の撮影場所へ移動の合図を示した。
大学院研究棟が見える場所に陣取ったのは、彼方とぴっこだった。二人とも透明プラスチック板とアルミ箔と針金で作られた電球形帽をかぶっている。
「ここらで気分転換、第九問目は久遠ヶ原クイズ合っ戦っです! 頭に被った帽子を光纏で光らせると解答権が得られます。挑戦者は高等部1年6組光の忍者こと響 彼方! 迎え撃つはその舌っ足らずな言葉遣いと愛らしさで大人気、初等部1年1組のチャンピオンのぴっこちゃんです!」
高校生VS小学生とは、これまた不可思議な対決である。
「では問題です。魔具、魔装に使われるアウルの媒介金属は何でしょう?」
「はい!」
「これは早い! 挑戦者、響くん!」
ふっふっふっと色眼鏡を直しながら勿体付けた彼方は答える。
「アウル媒介物は…ヤマルザキのカレーパン!」
「そーれわ、購買で売っているカレーパンの、余談なのー!!!」
ぴっこは手を×にして激しいフライングアタックを仕掛ける。
「ぐはあ!」
「おおっと光った! 解答権はチャンピオンことぴっこちゃん!」
「はい、はーい♪ こたーえわ、ひひいろまねーなの♪」
「惜しい! 世知辛い回答が続きます」
すると、復活した彼方の電球帽子が急に点灯を開始した。
「これは…モールス符号!?」
(く・り・す・て・い・な)
「天使つながりならネフィリム鋼ですが別の金属。残念! 時間も押してきました。最後はお二人で!」
「正解は」
「せえい、かあいわ」
二人で緋々色金と書かれた垂れ幕を広げた。
「ヒヒイロカネ!」
「ひひひひかねーい!」
チャンピオンのにっぱーとした満面の笑みで解答は完全にグダグダだ。だが微笑ましい。
「はらほろひれはれえ〜」
ひなこと彼方はハモりながら腰砕けというように四方によろめき、カメラの焦点も前後したのだった。
「さて久遠ヶ原ウォークラリーもとうとう最後のチェックポイントとなりました。なんとなんと、学園長室前からお送りします! 最後の問題は学園長の名前を答えてもらいます! …でもその前に、参加してくれたみんなからコメントをもらいたいと思います」
全員集合しているので、ひなこはまず一問目を答えた日和にマイクを向けた。
「今回、PV制作ということでしたが、実際歩いてみてどうでしたか?」
「んーっ、面白そう! これは実現の為に頑張らなくちゃ! って思って一生懸命機材を運んでました! こっそり!」
次に月花とアトリアーナ。
「よくよく考えてみると、知らなかったことって結構あるんですね…というか、出来たら人に見られるんですよね…なんとなく恥ずかしいです」
「ん、ゆっくり巡るいい機会、かも」
次は彼方とぴっこ。
「準備からネタまで色々仕込ませてもらいましたが、楽しかったですよ」
「ぴっこーも、たぁのし、かた。またやりたぁい、なのよ」
そして制服を着せさせられた博志と紅桜。
「面白そうだしやってやるか! 無論! フリーダムにな! …とか思ってたらツッコミマジ痛かったです…」
「迂闊にも取り乱してしまいました…ですが、年齢に関わらず学生は学生らしい恰好が大切だと思うのでしてよ…」
段々論点がズレてきたところで、ひなこはカメラに向かってマイクを向けた。
「ずっと一緒に来てくれた日比野さん。あれやこれや裏方を買って出てくれましたが、いかがでしたか?」
「え、あたしも答えるの? そうだな、みんなで楽しんで頑張ろうって思ったから別に裏方でも気にしなかったけど。ああ、カメラや機材の使い方を事前に教わって、色々と勉強になったよ。みんな積極的に手伝ってくれたから段取りもうまくいったし、桜井さんの指示も的確だったしね」
「おーっほっほっほ♪ 当然ですわ! と、言いたいところですけれど、このPVは全員が力を出し合ったからできたんだと思いますわ。学生有志のイベントというのも面白い話でしたし、わたくしの名前を全校に知らしめる絶好の機会でしたもの。では最後にひなこさんのコメントを」
「はい! 司会をやらせてもらったんですけど、学園の楽しさをみんなと一緒に伝えたいなっ! って頑張りました。PV作成すっごく楽しかった! 企画してくれてありがとう! そしてこのイベントが開催されることを願いながら、最後の答えで締めさせていただきます」
ひなこは笑顔で、
「せーの!」
全員の方にマイクを向けた。
「宝井正博学園長〜!」
大声の中に、
「宝井園ちょーせんせのー」
「MASAHIRO=TAKARAI(似非外人発音)」
「君もアウルでホエホエヒーローッ!」
などという叫びが混ざっていたりしたのだが、
「ん、…なんか今違う答えが聞こえたような…」
「それでは皆様、御機嫌よう。学園の何処かでお逢いしましょう……おーっほっほっほ♪」
日和の呟きは瑞穂の決め台詞にかき消された。誰が何を叫んだのかは謎である。
後片付けも全員で。
ひとつの作品を大勢で作る。
一種の連帯感が生まれたPV制作であった。
(2012年、2月7日修正)