●それぞれの心境
久遠ヶ原から外へ向かうバスに乗った六人は誰からともなく会いにいく少年のことを口にし始めた。
「斉藤くんかぁ…どんな人なんでしょうか?」
純粋な疑問を口にした氷月 はくあ(
ja0811)の隣に座るエヴァ・グライナー(
ja0784)がしみじみと呟く。
「うーん…アウル適性が無いのがどうしてもね…」
吊り輪に手を掛けたソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は困ったように眉をひそめる。
「夢を持つのは良い事だけど、こればっかりは資質の面が強いのがね。押しかけるのは止めさせないと」
「訳が分からなくても学園にいるような人間もいるのですから、意欲と希望があるのは買いでしょうね」
グラン(
ja1111)の言葉に一同は苦笑を禁じ得ない。問題は件の少年が目指しているのが撃退士であるという点なのだ。
「ミーナは斉藤くんが撃退士になるのは反対ね」
ミーナ テルミット(
ja4760)の淡々とした言葉にぎょっとしながらしのぶ(
ja4367)は頬を掻く。
「と、とりあえず、説得するんだね? っと、その前に、私は何故に撃退士にそこまでなりたいのか、詳しく聞いてみようかと思うんだけど。ていうか、私、撃退士について語れるほど、経験ないしなぁ…できれば、撃退士への憧れとか夢、みたいなのを否定はしないで、違う方向に、前向きになるように、説得したいね。…それにしても、よく入島許可が出ましたね?」
「ああ、適性がないと言われただけでは実感がないだろうし、斉藤くんとやらには現実を知ってもらった上で新たな道を選んでもらいたいと思ってな」
窓の外を眺めながらグランはぽつりと呟いた。
エヴァは小学生、氷月とミーナは中学生、ソフィアとしのぶは高校生と本来ならば件の斉藤くんとやらと同じく、進路に悩む年頃である。最年長のグランも大学生だ。どこまで説得できるか、どんな方針を示せるかは、ひとつの試練と言えるだろう。
●問題の少年
「はっはっはー! どうかしたのかしらそこの悩める…えーと、お兄さん!」
幼い声に呼び止められて振り返れば、きこきこきこと子供用自転車に乗った少女が颯爽と現れ、にこっと微笑んだ。黒い学ランを着た少年は彼女の着ている制服を見て顔色を変えた。
「きみ、久遠ヶ原の生徒!?」
「そう、私たちもね」
少年が振り返ると、同年代の少女たちが軽く手を振って笑っていた。
「あなたが斉藤くんだよね? 私はしのぶ。久遠ヶ原学園の高校一年生」
「同じく、あたしたちも久遠ヶ原学園の生徒だよ。最近検問所に入学希望者がが押しかけてきてるって連絡をもらったから」
ソフィアが言うと、斉藤少年は怯んだように顔色を変えた。
「あ、違います違います。私たちは追い払いに来たり、捕まえに来たわけじゃありません。その逆です。私たちは斉藤さんとお話しに来たんです」
氷月の言葉に少年は目を白黒させ、ぽんと肩を叩かれて振り向くと長い黒髪の男が立っていた。
「誰でもやるだろう、受験前の学校見学というものが。入学は無理だが、久遠ヶ原への入島許可をもらってきた。我々と来るか? 来ないか?」
「本当ですか!?」
グランの言葉に斉藤少年は目を輝かせ、勢いで何度も頷いた。
「行きます! 連れて行って下さい!」
斉藤少年を加えた一行は先程とは反対方向へ向かうバスに乗り込むと質問を開始した。
「ねえ、お兄さんはどうして撃退士になりたいの?」
少年の隣の席を確保したエヴァに訊かれ、はにかむような笑みを浮かべて彼は答えた。
「昔助けられたことがあるんだ。それからずっと憧れてて。…適性がないって言われた時はすごいショックだった。両親の仇を取ることも、同じような境遇の子を助けることもできない。俺には何の才能もないんだって…」
その言葉にふむふむと頷きながら、エヴァはゆっくりと喋る。
「私の家系、魔術師だったからよくわかるんだけど、本当にこの業界は才能の有無で完璧に人生が左右されるの。前提条件が無いというとキツイ、かな」
「……」
「でも、大した熱意よね。毎日押しかけるなんて。…ふふん、いいわ。そんなに撃退士なりたいというのなら私がどうにかしてあげようじゃない。なんて言ったって私、魔術師だからね」
「本当ですか!?」
希望に目を輝かせる少年の目に飛び込んできたのは、重厚な鞄をパカリと開け、見てすぐに怪しいと思う奇怪な道具とうにうにと動く謎の生命体を楽しそうに両手に持つ少女の笑みだった。
「要は生まれつきアウルの適性が無いのが問題なんでしょ? だったら外側から」
無理矢理ねじ込んでやればいいじゃない!
そう主張する少女の頭をぽこっと叩いて慌てたようにしのぶが道具を無理矢理しまわせにかかる。
「バスの中で何するつもり!?」
「大丈夫、痛いのは一瞬だけよ! ドイツの薬学医学にできないことなどないんだからッ! 後遺症もちょっとあなたや子孫が魚顔になって生臭くなるくらいでとどまると思うからッ!」
「そういう問題じゃない!」
さすがの発想と行動に少女たちの声が唱和する。運転手がチラリと振り向いたが一同はあえて気付かないふりをした。
「…ヘタレー」
「え、いや、あの…俺も、そういうのは、ちょっと…」
完全に引き気味の少年を後ろの席から囁くようにミーナが呟く。
「ミーナナ、この前実は初めて撃退士の依頼にイッタンダガナ…、聞きたいカ?」
なぜかカタコトの言葉だが、話題を切り替えたいというのもあって彼は振り返って食いついてきた。
「是非、聞かせて下さい」
そのキラキラとした眼差しに申し訳ないと思いつつ、ミーナは話し始めた。
「その依頼ではナ? カッパみたいなサーヴァントが川を氾濫させて街を潰そうとしてたんだケド、ミーナタチはソレを防ごうと頑張ったんダナ…」
「それで?」
わくわく、と冒険談にさらに目を輝かせる少年に、心の中で両手を合わせつつ、さりげなく目を逸らして彼女は語る。
「デナ? イザ戦闘開始ってなって、初めて敵と戦ったンダ。ものすごい怖い顔をしたバケモノデナ…。でもミーナはひるまずに戦ったのヨ。ホントーにヒドイタタカイダッタネ…。正直イッテナ? ショートソードで叩ききった時にカッパからデタノ、あれ、血飛沫カナ? 酷い匂いで塗れてナ…。2週間落ちなかったシ、敵に太股齧られて、肉をゴッソリ持ってかれてナ…。後、指に噛み付かれて生爪剥がしたりナ…。蹲って倒れててモ、皆自分の敵に必死で助けはコナイ…。ミーナはそのままナグルケルされるダケでナ…。アバラも折ったシ足ももがれそうにナッテナ…。モチロン、その後助けられてナントカ撃退庁のカガクリョクで元通りにナオッタンダ…。その後でキイタンダガ、この程度で済んでマダヨカッタナ、ト。目玉抉られたり、生きたまま脳みそクワレタリ、日常茶飯事らしいから。ミーナもモウヤメタインダ…。その上で、サイトー、適性ナイ? ヤメタホガイイネ…」
車内がしーんと静まり返る。乗り合わせた客がいないのが幸いだったが、撃退士一同は気まずい表情で各々視線を中空に彷徨わせた。
ミーナが言ったことは事実より多少誇張されているものの、嘘ではない。撃退士にとって怪我なんて日常茶飯事、命を張って人を守る仕事なのだ。話を引き継ぐようにソフィアが口を開く。
「撃退士って一見華やかな職業に見えるかもしれないけど、大変なことの方が多いんだよね、実は」
「……」
「あたしはイタリアにいたんだけど、撃退士と言えば力ある存在だからね。向こうにいた頃なんか毎日のように取り込もうとする所の使いの人が来てたよ。主にマフィアだね。あたしの所は師匠が対応してくれてたけど、他はどうしてたのやら…」
日本では聞き慣れないマフィアという単語に少年は反応したようで、膝の上の鞄をぎゅっと握りしめた。
「要するに、力ある存在だからこそ、その力を取り込もうとする所も存在するって事だね。久遠ヶ原に居る間はいいけど、フリーになったりしたら色々とあると思う。後は、戦いに出る以上は日々の訓練や勉強は必須なのもあるね。力に目覚めたての頃なんかは、それはもう思い出したくない位に師匠にスパルタで特訓や勉強をさせられたの日々が…ああ、思い出したくない!」
若干自らのトラウマを呼び出してしまったようだが、雰囲気を切り替えるようにまあまあ、と氷月が笑った。
「私も、小さい頃に目の前で両親を殺されたから、斉藤さんの気持ちはよくわかるよ。だって私、まだその時のこと引きずってるもん。だから、簡単に諦めろなんて言えないな」
笑えることが逆に痛々しく人の目に映るだろう。だが、少年は羨望の眼差しで氷月を見た。
「あなたが羨ましいです」
彼がそう呟いた時、バスがゆっくりと停車した。久遠ヶ原に着いたのだ。
●憧れの場所
「ここが久遠ヶ原…」
感慨深いものがあるのかバス停で斉藤少年は呆然と立ちつくすが、六人には実に見慣れた生活の場である。しかも学校は遥か遠く、本当に島の入口に立ったにすぎないのだが斉藤少年は既に感極まったのか目を潤ませている。
「さあ、学校に行こうか!」
しのぶに明るく元気に肩を叩かれ、彼は頷き歩き出す。が、そこで彼女の巨乳に気付き慌てて目を逸らした。そう、気がつけば美少女に取り囲まれている状況となっていた。あわあわとグランの姿を探すと少し離れて他人のように歩いている。
(く、久遠ヶ原って美人さんが多いのかな!?)
少女たちに強制連行される形で歩いて行くと、やがて商店街に差し掛かった。買い物をする学生やそれに応じる店員、明らかに学生でない主婦の姿など、どこにでもある風景に斉藤少年は拍子抜けしたようだった。
「なんだか、フツー…ですね」
「ミーナたちは年頃の女の子だもん。お腹空くし、オシャレしたいし、学校じゃあテストだってあるんだよー…」
「そうなんですか!?」
「出撃とかで多少単位をカバーできるけど、そこら辺はやっぱり学校だからね」
ソフィアの言葉に氷月としのぶも頷く。
「文化祭もありましたし、オリエンテーリング旅行もありますよ」
「ほら? 私達って結局は学生な訳だし、先生に色々と教えて貰わないといけないし」
「なんか、思ってたより、フツー…なんですね」
しかし道を進むにつれて、彼は己の言葉を撤回することになる。何のことはない。島の入口から学校までの距離が想像以上にあったというだけの話だ。バスを下りたのだからそこが最寄りのバス停だと勘違いしても無理はなかった。
「…みなさん…ちょ、っと、ぜーはー…待って…くださ、い…ひぃー…」
現役撃退士はオリンピック選手を凌駕する身体能力を有している。校門に着く前に斉藤少年は肩で息をし、膝が笑っているという有様になっていた。対照的にあちこちを指さして案内をしてくれる少女たちは平然としたものだ。
「大丈夫?」
明らかに年下のエヴァが心配そうに見上げてくるが、答える余裕はない。そこまできてようやくグランが手を貸し、道の端にあるベンチに少年を座らせ、自らも屈んで目線を合わせ、告げる。
「これがアウル適性のある者とない者の違いだとわかるか? 体力測定代わりに、分かり易く歩いてもらったんだが」
「……」
「本当は1日体験入学ができないか打診したのだが、危険だからという理由で断られた。現時点で能力に開花していない人間にはカリキュラムについていくのが大変厳しいものであるということを知って欲しかったのだが。検問所に通い詰めても、押し問答をしても、今の君には入学不可能だと言わざるを得ない」
ただ彼女らの『普通のペース』で歩いていただけでもこの違いである。
「俺は…」
「撃退士になるのは自分の人生を大きく変える事に等しいからね。実際、能力があってもここに入学しない人もいるし」
「一生懸命なところは認めるけどね! 何かあってからじゃ遅いでしょ?」
ソフィアとしのぶの心配そうな言葉に斉藤少年は答えられなかった。その通りだったからだ。
氷月 はくあは彼の隣に座ると、一丁のリボルバーを取り出した。
「これ、私の武器なんです。持ってみて下さい」
「……」
「本当は手本で撃って見せたいんだけど、ここじゃ危ないから…。斉藤さんが引き金を引いても使えないでしょ? でもこれが、天魔と戦う武器なんです」
「…俺は、本当に、無理、なんですね」
「だけど諦めろなんて言いません」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「アウルが扱えなくても使えるV兵器を開発すればいいんだよ。皆が使ってくれるような凄い武器ができたなら、それは全ての撃退士と一緒に戦ってるのと同じだと思うのっ。私はそう信じてるな」
その言葉にハッとしたように少年は顔を上げる。
「学校の教師や、今通ってきた道々の人すべてが撃退士ではない。撃退士だけが天魔と戦っているわけではないのだ」
「グランさんの言うとおり、学校の先生や用務員さんには撃退士じゃない人いっぱいいるし! たくさんの人に支えられて久遠ヶ原は維持運営されてるんだよ。なんなら先生呼んでくる?」
「あ、いえ…」
「氷月君としのぶ君が述べたが、武器開発など適性がなくても関われる仕事は数多くある。武道の鍛錬を積んで心身を鍛え上げて能力の開花を待つのもいいだろう。君は君にできることをすればいい。それは決して夢を諦めることにはならないはずだ」
グランの説得に、斉藤少年はおずおずと頷いてみせた。
「そう、かも、しれません。俺はずっと、天魔と戦っているのは撃退士だけだと思っていました」
「そんなことないんだよ。みんなが力を合わせて戦っているの!」
氷月の言葉に力を得て、斉藤少年は今度は力強く頷いて見せた。
「わかりました。俺は俺で別の道を模索してみます!」
「ああ。…ふと思ったんだが、人工アウルの研究・開発でもしてみるのも良いかも知れないな」
その言葉に反応したのはエヴァ・グライナーだった。
「やっぱり私の魔術で」
「それはやめなさいって」
「ちぇー。ハモることないじゃん」
斉藤少年は憧れの久遠ヶ原学園を見上げると、何かを決意したかのように拳を握りしめた。
「今の俺には学園に入る資格がありませんけど、いつか絶対、自分の力でここに来ます」
「えへへ、その頃は私たちもどうしてるかわからないけど、私たちの後輩を頼んだよっ!!」
間近でしのぶに微笑まれ真っ赤に顔を染めた純情な中学三年生であった。
彼を入島させる条件は何かあったら全責任は我々が負うことと、島の外まできちんと送り出すことだったと、グランは斉藤少年と共にバスに乗って行ったが、それを見送った少女たちはとある疑問を氷月に尋ねたのだった。
「勧めるにしても何でV兵器開発だったの?」
「えへっ、斉藤くんが研究者になったら彼を助手にしたいなーって。私よりセンスがあるようなら逆もいいかなって思ったんです!」
――氷月 はくあ、中学2年生。武器や魔具といったものに心底惚れ込んでいるちょっとアブナイ少女である。