●予想外?
「うっひゃあ」
「でかっ」
予定通りに寺の入口、率いては山の入口に辿り着いた一行は驚いたり声を上げたり無反応だったりと様々だが、おそらくは全員が想定していた『寺』の規模をそれは上回っていたのだろう。
トラックが悠々と通れるくらい大きな山門と生い茂る木々、冬でも濃厚な土のいきれはやけにはっきりと歴史を感じさせる。十年二十年どころではない。
木ノ宮 幸穂(
ja4004)と虎牙 こうき(
ja0879)は実際に声に出して驚いていたし、
「日本史の教科書並、か」
無口な谷屋 逸治(
ja0330)も感慨深く見上げたのである。
逆に山門の前に立っていた坊主頭で作務衣姿の修行僧らしき男は彼らを見るなりぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「久遠ヶ原学園の方ですか」
「ええ」
「お待ちしておりました。本堂で和尚様がお待ちです」
声を聞きつけたのか、通用口が内側から開かれる。
「どうぞ、お通り下さい」
「ご丁寧に、どうも」
山門を抜けた先には寺も建物もない。
「道なりにまっすぐ行くと五角形の道標がありますので、それに従って階段を上って下さい」
目を凝らしても、いくつかのうちのひとつも見えなかった。
「皆さんは?」
「我々は和尚様の指示でここから先へ人が立ち入らないよう見張っています」
「あなたたちも撃退士なんですか?」
あまね(
ja1985)の素直な疑問に僧侶は首を横に振った。
「いいえ。ですが、私たちは昼夜問わずここにいます。万が一、奴らがこちらに向かってきた場合、街へ知らせなければなりませんから」
「危険です。避難をお勧めします」
機嶋 結(
ja0725)の言葉に、しかし僧侶も譲らない。
「危険だからこそ、誰かがここで見張りをしなければならないのです」
僧侶たちの決意は固いようだった。海本 衣馬(
ja0433)は真剣な表情でメモ帳を取り出した。
「それじゃあ、何かあったら電話して下さい。飛んで来ますから」
「畏まりました」
僧侶が頷くのを確認し、
「行きましょう。明るいうちに現状を把握したいですわ」
蜜珠 二葉(
ja0568)の言葉に全員が頷いた。
長い砂利道を進み、五角形の道標を曲がって階段を見上げると、やはり延々と長い階段が続いていて、生い茂る木々に遮られて本堂らしきものは見えなかった。
「これは……中々手強いな。ここまで広いとは思わなかった。夜に出歩くのは危険かもしれないな」
「そうだな。下手しなくても、ディアボロより山の方が問題になりそうだ」
天風 静流(
ja0373)と獅童 絃也 (
ja0694)は辺りを見回して苦々しい感想を述べた。
階段を随分と上った頃、不意に木ノ宮が足を止めた。
「待って」
ほぼ同時に天風と海本が武器を構えたが、リーチの長い槍を持った天風の方が早く茂みに向かって攻撃を繰り出していた。
「せいや!」
ガコっとよくわからない音がしたかと思うと、天風は茂みの中に潜んでいたモノを階下に投げ捨てた。
「スケルトン!」
「ディアボロです!」
すぐさま全員臨戦態勢を整えるが、一番近くにいた機嶋のトンファーを食らっただけで脆くも崩れ去った。
「弱い……?」
「まだわっかんねえけど、早いとこ和尚さんと合流した方がよくないっすか?」
虎牙の言葉に谷屋と獅童も頷く。
「賛成だ」
「行こう」
一行が駆け足で階段を上りきると、山門に連想されたよりかはこぢんまりとした本堂が姿を現わし、その隣に古ぼけた瓦屋根の館が建っていた。どうやら修行僧らの住居のようだ。
「随分遅かったな」
そんな言葉を投げかけて来たのは巨大と言ってもいい犬を連れた老人だった。老人と言っても弱々しいイメージはまったくない。杖はついているが九十六歳とは思えないしっかりとした足取りで、眼光鋭く一同を見た。
「荷物はそこの玄関にでも置いてこい。話はそれからだ」
杖かと思った棒は、実は木刀であった。
●殲滅開始
初日は二班に分かれ墓地を回ることで作戦はまとまった。
A班は天風、谷屋、機嶋、海本とシロ。
B班は木ノ宮、蜜珠、獅童、虎牙、あまねである。
墓地は広さもさることながら高低差もあり、平地を回るようにはいかない。だが和尚が墓地の見取り図を見せてくれたので大体は把握している。
上から墓地を見下ろした一同はその異様な光景に息を呑んだ。
「依頼としては聞いてたけど、すごいね」
呟いた木ノ宮にしがみついてあまねが叫ぶ。
「お昼なのにお墓にお化けがいるう!」
その言葉通り、墓地をうろうろうようよと骸骨人間があてどなくさまよっている。しかも墓石や卒塔婆を透過してすりぬけるため、不気味なことこの上ない。
「お化けじゃなくてディアボロだから大丈夫ですよ」
「そうそう、二葉の言う通り! 俺たちあいつらを退治しに来たんすから」
蜜珠と虎牙に促されあまねも自らの武器であるナイフを構える。
「石を投げるまでもなく透過しているな」
確認するように獅童が言い、
「それじゃあまずは、今見えてる奴らからやっつけよう!」
「おう!」
和尚からの助言はひとつ。
『奴らは視界に入った者を攻撃してくる』
その視界はほぼ正面にのみ向けられている。つまり狙うべきは背後。
「まず一体! あ、二体目だった」
虎牙 こうきの斧がスケルトン型ディアボロを頭蓋骨から真っ二つにし、獅童 絃也の鉤爪が残りの骨を粉砕する。バラバラになったディアボロは日光を浴びた吸血鬼のように灰になった。
「む、やはり脆い感じがするな」
手応えがないと獅童がため息をつく横で、投げるのに良い的を見つけたのか蜜珠 二葉が苦無を構え、
「やっ」
かけ声と共に投げた。苦無はスケルトンの背骨に次々と命中するが、そのディアボロの反応は前の二体と異なって、唐突にがくっと項垂れると次の瞬間コツコツと震えだした。
「え、なに?」
コツコツカタカタガタガタ激しく震え、
「カーーーーーーーーーーーーーッ」
と、奇声を発した。
ざわりと墓地の空気が変化した。
感知能力の強い木ノ宮 幸穂は一歩退いて身構えた。
「ちょっと、視線が全部こっち向いてる! そこらじゅうの!」
「いやー!」
視界に入らなければ攻撃してこないはずのディアボロが、そこら中をうろついていただけのはずのスケルトンが今やはっきりとした敵意を持って五人を見つめていた。
「違う個体も混ざってるぞ、断するな! あまね、後ろに下がってA班に連絡してくれ!」
「は、はい!」
獅童の指示にあまねは反射的に頷いていた。
反対側から回る計画のため、A班はまだ墓場を迂回している最中だった。
「さっきのと違うのが混ざってる?」
「見た目は一緒らしいが、どうやらリーダー格がいるようだ。周囲のディアボロに号令を出すような……」
通話が切れた携帯をポケットにしまい、天風は周囲を見回した。少なくとも視界にスケルトンはいない。
「リーダーは一体でしょうか。それとも、リーダーではなく強化版が何体か存在する……?」
「その可能性は捨て切れん」
機嶋の推測に谷屋も肯定を示した。
「さっきシロが反応したのはそれか」
リードを持つ海本に視線が集まったのは道理である。
「ほら、犬の方が聴覚優れてるし。すぐに携帯鳴ったから納得したけど」
「いっそ、シロが嗅ぎ分けられれば楽なんだがな。一気に襲われるのは面倒だ」
男性口調で喋る天風の言葉に誰かがツッコミを入れるより先にシロがバウンと応えた。
「……え? うわああああ! いきなりどうしたシロ!?」
巨大アラスカンマラミュートに引かれるまま走り出した海本を追って残りの三人も駆け出した。
「まさかと思うが、通じたのか?」
「わからん。賢い犬だとは思うが……」
機嶋は走りながら目を細めた。
「ディアボロ発見……行きます!」
「おう!」
「後ろは任せろ!」
天風と谷屋が返事をする近くで海本は全力でシロの手綱を引いて走るのを食い止めていた。
「ま、まぐろの一本釣りを思い出す……!」
要はそのくらいの力強い引きだということだろう。後ろ足で立てば成人男性でさえ思わず退く巨体だ。無理もない。
機嶋と天風がディアボロを撃破したかと思えば今度は別方向に向かって吠えた。その茂みの先から、スケルトンが向かってきていた。
その後も討ち漏らしがあるとは思えないほどの綿密さでシロが感知能力を発揮し、こちらも相当の戦果を挙げたのだった。
「よーし。よくやったぞー! シロ!」
振り回されっぱなしかと思えば、すっかり海本と息がピッタリあったシロである。撫でられるがままに尻尾を振ってご機嫌な様子だ。
「お前たち」
寺の本堂へ帰ってきた一同を件の和尚が出迎えた。強面はそのままに。
「泥だらけのまま飯を食う気か。生憎と風呂はひとつしかないが、広さはある。入浴は手早く済ませろ。飯は七時丁度だ。遅れるな」
「は、はい!」
返事の手本よろしく反射的に答えた学生たちだった。
夜の見張りは山門の僧侶たちに手を借りてロープを張り、鳴子を阻霊陣付きで仕掛けることにした。とはいえ実際に阻霊陣を使うのは夕食後だ。
「問題は、例のリーダー格なんすよね……」
夕食の席で虎牙が洩らした言葉に全員が頷いた。
「昨日の時点で三体いた。まだ残っている可能性は十分あるな」
「最初すっごい弱いのに、あいつが声上げると他の奴らが強化されて面倒だしねえ」
わけもわからずいきなりそれに遭遇したB班はそこそこ懲りた様子で肩を竦める。
「私たちも一体仕留めたが、そもそもその前に周囲のスケルトンを倒していたから事なきを得たが……」
天風 静流の言葉に視線はなぜか海本 衣馬に集まってしまう。
「俺に振られても……シロが急に引き返したと思ったらそれが強い奴だったってだけだから……」
「それは一緒にいたからわかっている。問題は、シロが意図的に後回しにしたのかどうかだ」
「リードを持ってた俺の主観でいいなら、偶然で引き返した感じではなかったですね。ものすごく賢い犬だし、もしかしたら俺たちにはわからない臭いとかで嗅ぎ分けてるのかも」
お吸い物の入った椀にずず、と口をつけて天風は瞼を下ろした。
「殲滅の鍵はシロ、か」
夜の見張りは交代で行う予定だったが、唐突にシロが吠えだした。
ほぼ同時に本の携帯が音を立てた。山門の僧侶から、ディアボロが群れて向かってきているとの報だった。
「行動パターンが変わった!? うろついてただけの奴が群れるってどういうことだ!?」
「それはわかりませんが、さっき張ったロープが足止めになるかもしれません。私は阻霊陣を使いに行きます!」
「一緒に行きます!」
急いで階段を駆け下りる一行から外れて山中へ機嶋と蜜珠は走り出す。残りの七人はまるでジェットコースターのように階段と参道を走り抜け、あっという間にディアボロの群れに追いついた。
が、
「真後ろにいるのに気付いてないのか?」
「お昼とおんなじディアボロですの」
やや拍子抜けした獅童と、眠い目をこすりながらあまねが呟いた。
「なんかさ、アレに似てない?」
「あれ?」
木ノ宮が先頭から扇状に広がる骨の群れを指さして、言う。
「天敵が現れたからお引っ越しする野生動物」
「……」
一同はしばし沈黙し、反応に困ったようにうーんと唸った。
言われてみればそういう状況下もしれないが、似ているだろうか?
「とりあえず」
普段無口な谷屋が、
「これ以上先に行かせるわけにはいかない」
何があろうと変わらない事実だけを口にした。
獅童もそれに倣う。
「先頭にいるのがリーダーだと思う。ダメージを与えなければたぶん強化はしないはずだ。後回しにしろ!」
「了解!」
天風が槍でスケルトンの足を何体かまとめてなぎ払い、開けた道なので遠慮無く虎牙が斧を振るい、眼鏡を外した獅童が酷薄な笑みを浮かべて仕留めにかかる。それでも向かってくるスケルトンには木ノ宮のショートボウと谷屋のリボルバーが狙いを定めて放たれた。それでもしぶとく討ち洩れたディアボロには、ふわふわのロングヘアの少女がにっこりとサバイバルナイフで動くのに必要な足を砕いて回った。
リーダー格の強化の仕組みが露呈していた以上、スケルトンたちに勝ち目はなかったのだ。
「これで終わりだ!」
一番大きな獲物を持った虎牙の渾身の一撃に、リーダー格のスケルトンは少しの間崩れた骨で尚も動こうとしていたが、無駄な努力だった。
鳴子の音を耳にし、二人の少女は速度を上げて山の中を走る。
「いた!」
苦無を投げる蜜珠と、木々の陰に紛れて近づき、
「居なくなりなさい……!」
激しい連続攻撃にスケルトンはなすすべなく粉砕された。
しばらくして機嶋と蜜珠が山門に下りてきたが、
「何体か掛かったので倒しておきました」
と淡々と報告したのみである。
翌日、改めて三班に分かれ日が暮れるまでディアボロ捜索を行ったが、一体も発見することはできず、シロも単に散歩を楽しんでいる様子だった。
「和尚様、手伝います」
危機は去ったと見て皆が手伝いを申し出ると、和尚は墓地に乱れがないかの確認に半数を共させ、残りのメンバーには寺の掃除を命じたのだった。
実に抜け目ない住職である。
住職お手製の精進料理は美味しく、文句をつけるとすれば肉がないことだがそれは言ってもはじまらないことだった。
●殲滅完了
三日目の朝、
「うむ、寺に平穏が戻ったようで何よりだ」
和尚の言葉に、呼び戻された僧侶たちは安堵の表情を見せた。呼び戻されたと言っても場所は山門で、久遠ヶ原学園の生徒の見送りである。
「まずは一歩、皆と同じ場所に近づけたかなぁ……」
ぽつりと呟いた虎牙の言葉が聞こえたのか、住職は彼の方を見た。
「お前、『雨垂れ石を穿つ』という言葉を知っておらんのか?」
「え?」
「長い時間をかければ雨粒でも石に穴をあけることができる。微力でも常に努力を続けてゆけばそれは成就するという意味だ。この経験が、後に活かされることを期待しておる」
「ありがとうございます。俺、頑張ります」
「ならばよい。……それと今回の報酬だが、お前たちにとっての経験が報酬だ」
え、とつい本音が顔に出た者が何人いたのか。
「冗談だ。まあ、わしは出さんがな。檀家の方々が先祖代々の墓を守ってくれたこと、馴染みの寺を守ってくれたこととして謝礼を出し合って下さったらしい。感謝して受け取ると良い」
「和尚様、そこは素直にお礼を言いましょうよ」
僧侶の何人かが苦笑し、笑いを堪えるようにして俯く。
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた住職は、余計なお世話だと呟いた。
「お世話になりました」
「シロ、ありがとな」
それぞれ別れの挨拶を交わして踵を返した。
もっともその中には、
「はあ。いい子のフリも大変……かな」
とこっそり呟く機嶋の姿もあったわけだが。
雨垂れが石を穿つように、それぞれの願いをそれが叶う日を胸に馳せて、彼らは戦い続ける。
(2012年1月13日 加筆修正)