●それぞれの準備
打田真尋(
jb7537)と桐ケ作真亜子(
jb7709)は導子の通う学校へ向かい、メッセージビデオを制作しようとしていた。
校門前の守衛から直接校長室に連絡が入る。
ややあって『理事長校長』という肩書きの女性が厳しい表情で二人を出迎えた。と言っても校内へ通されたわけではない。なぜか駐車場へ回されたのである。
「お話はわかりました。お引き取り下さい」
「えっ!?」
意外な返答だった。
しかし学校の責任者は沈痛な面持ちで、再度きっぱりと拒絶を口にした。
「お引き取り下さい。大門導子さんの現状は聞いていますが、傷ついているのは彼女だけではないのです。私には生徒を守る努めがあります」
事件に居合わせた生徒はかなりの数に上り、そこで同じ学校の生徒が死んだという事実に少なからぬ衝撃を受けているのだという。ようやく日常を取り戻しつつある今、蒸し返すような火種を持ち込んで欲しくないのだと。
杓子定規ではあるが、責任者としての重荷もわからないではない。
説得の言葉もすぐには思いつかず、二人は追い出されるように学校を後にせざるを得なかった。
亡くなった級友のことを聞きだそうとした柊 悠(
jb0830)や大和 陽子(
ja7903)も出足で躓いていた。
学校側は判を押したように態度を変えず、何とか接触できた生徒達も今はまだ語れる心境でないというのだ。
かろうじて、導子と仲が良くパーティにも出席するという数人が協力を買って出てくれたが、できることとできないことがあるとかなりきっぱりとした態度を取った。
「導子の誕生日プレゼントを選ぶのに好きなものを知りたいっていうのはわかりますけど、何であの子のことまで?」
故人を演じたいという悠と陽子の提案は、殆ど拒絶と言っていいくらいの反応を引き出した。
「あの、それ、導子のお父さん達が頼んだんじゃないですよね?」
「私達の考えだけど……」
「……ごめんなさい。そういうことなら、無理です。私達だって、平気ってわけじゃないんです。まだ、学校に行くのも……家から出るのも恐いくらいなのに」
今までは天魔に関することすべてがテレビの中の出来事だった。
同じ日本の事件であってもどこか他人事だった。
平和に埋没した日常が、一気に崩れた。壊されてしまった。安全だと思っていた場所は、実は全然安全などではなかったと思い知らされた。
「もしも、魔法か何かで生きてるあの子を映し出せるっていうんならともかく……見ず知らずの人が演じるのを手伝うなんて無理です。ただでさえあの子のご両親に会わす顔がないのに……」
あの日あの時、二人の手を取って逃げていれば。
あるいは。
罪悪感と無力感に打ちのめされる、同世代でありながら全く異なる視点を持つ少女達を納得させられるような言葉が見つからなかった。
● 闇
振り返ると『あいつ』がいる――。
濃厚な死臭を纏って近づいてくる。
振り向く、目が合う、笑う。
視界が赤く塗りつぶされる。
ただ、それだけの繰り返し。
少女の時間はあの日から、あの時から少しも進んでいなかった。
繋ぎ間違えた映画のフィルムのように、同じ場面を繰り返し繰り返し再生し続ける。
その悪夢から自分を守るために心を閉ざしている。
助かったことも、助けられたことも、悪夢という暗幕が覆い隠しているのだ。
目の前の友人が死んだという事実にさえ辿り着かないまま、否、その現実に直面するのを拒むように頑なに心を閉ざし続けている。
●パーティー会場
雨宮 祈羅(
ja7600)は読み取れた内容の濃さに眩暈を覚えた。
三日間分の経験というには余りにも短く、同じ出来事の繰り返しはあたかも自分が経験したかのうような錯覚すら感じられた。
何を言ってはいけないのか、何と声をかければいいのか、わからない。
ありきたりな言葉では、導子の中で繰り返される悪夢の絶叫に掻き消されてしまうのだ。
一人で考えても埒があかない。
他の参加者とも情報を共有し、どうするかを考えなければ。
「導子さん、お誕生日、おめでとうございます」
氷雨柊(
jb6561)は深々と一礼し、トランペットを構えてすぅっと息を吸った。
明るく、お祝いの門出に相応しい曲を奏でよう。
黒のパンツルックにワイシャツ、髪をポニーテールでまとめた姿は颯爽としていて、マーチングパレードの楽隊を思わせる。大勢で演奏しながら動くその迫力は出せないが、トランペット特有の明るさは会場中に響き渡り、聴いた人の心に、ぽっと灯をともしていく。
「氷雨柊さんの演奏でした。後でまた素敵な演奏を聴かせていただきましょう」
司会進行の佐藤 としお(
ja2489)は明るくおどけた調子で手を叩いて見せる。
(何か気の利いた事をしてあげたいけど、中々どうして難しい……)
せめてパーティーを円滑に進めて、他の人の手伝いをしようと思ったのだ。
それに、スーツの内ポケットにはとしおなりに考えて用意してきたサプライズがある。
「次は――」
●彼女の傍らで
パーティーの主役であり、主賓でもある導子の下へ、次から次へと人が訪れる。
「とりーとぅっ?」
導子に声をかけようとした狗猫 魅依(
jb6919)は、背後からひょいっと首根っこを掴まれた猫のように抱き上げられて目を丸くする。
「先ずは人の身に任せよう」
「にぇ?」
「危害を加えた者に近しい者は、後からとすべきであろう」
ギメ=ルサー=ダイ(
jb2663)は何ともやりきれない表情で肩を竦ませ、他の天魔を牽制しにかかった。
(やはり人とは実に脆い生物であるな。その身への傷が無くとも傷つくとは……)
その心が癒されるのであれば力を貸すのは吝かではない。とはいえ、人の側についたとしても天魔と類される者として、申し訳なさと、後味の悪さがじわりじわりと染みてくる光景だった。
一歩間違えたら、否、道を踏み外したからこそ見えるものもあるのだと。
天使であるギメは、人である導子に初めに声をかけるべきは人であるべきだと考えた。
魅依は頬を膨らませながらも渋々と従わざるを得なかった。何しろ文字通り力ずくの制止であるがゆえに。
「初めまして、導子さん」
雪成 藤花(
ja0292)はゆっくりと、ひと言ひと言を噛みしめるようにして簡単な自己紹介を述べた。来ているのは導子の学校の制服で、頭にはうさぎの耳をつけている。
導子は痩せた体を隠すように、大きめの、不思議の国のアリスのような青いワンピースに白いエプロンと可愛らしい格好をしている。しかし瞳は細く薄く開いているのがわかるだけで、げっそりと痩せこけた顔は化粧でも隠しきれないくらいに血の気がなかった。
「導子さんもうさ耳つけませんか? 可愛いですよ」
藤花はふわふわの耳を黒髪に留め、満足げに頷いてみせる。
「これでお揃いですね」
何の反応もない相手の膝に可愛らしくラッピングされた小箱を載せて紐解いてみせる。
入っていたのはフルートを模した銀色のブローチだ。
シンプルながらも踊るようにくねったチューリップの添えられたそれは明らかに若い女の子向けの品だった。
フルートを除外した吹奏楽の曲を流して、果敢にもフルート演奏に挑んだのは姫路 ほむら(
ja5415)である。
この依頼の話を聞いてから猛特訓をし、指の配置から息の加減まで、撃退士ならではの反射速度と持ち前の役者根性でどうにか形にはなったものの、素人さが残るのは仕方がない。
だが、今はそれでいい。
演奏を終えたほむらは、颯爽とした貴公子風に車椅子の導子の前に跪き、父親から借り受けた導子のフルートを差し出した。
「導子さん、俺にフルートを教えてくれませんか?」
手を平を表にして、彼女の手に馴染んでいるはずの楽器を握らせても、何の反応もない。それでもほむらは語りかけた。
「死神を見たら死ぬなんて迷信もあるけど、君は生きているし、生きていていいんだ。怖いなら悲鳴をあげてもいいんだ。悲しいなら泣いてもいいんだ。描いていた未来を叫んでもいいんだ。誰も君を責めたりしない。……君のこえをききたい」
元の彼女であったならば、顔を真っ赤にして挙動不審になっていたに違いないが、心の殻を虚しく叩くだけで終わった。
返事は、ない。
続いてピアノ演奏を披露したのは雀原 麦子(
ja1553)だ。
「楽しかった過去の思い出も呼び起こせるといいわね。そのためにも皆楽しくやりましょ♪」
ビデオメッセージを作れなかった分、特技のある人はそれを活かしてパーティーを盛り上げることになったのだ。
弾くのは久しぶりだが、プログラミングでコンピュータに向かっている分指の動き自体はそこまで鈍ってはいない。後は楽譜を目で追いながら指がついていくかだ。
「フンフ〜ン♪」
楽しい気持ちで奏でれば自ずと楽しい感情が波のように伝わっていくものである。
その点、麦子は気持ちの切り替えがしっかりとできていた。
導子の肩に雀のぬいぐるみを止まらせると、すりすりっと頬ずりさせてみる。
「可愛がってあげてね♪」
にこりと朗らかに笑みかけ、その足で近くにいる導子の両親の元へと向かった。
導子だけでなく、周囲も辛い状況だ。これから愛娘の心を取り戻すには両親の支えは必要不可欠である。
父の手を、母の手を、ぎゅっと包むように握って、囁くように伝えた。
「時間がかかるかもしれない。でも、挫けずに支えてあげて下さい」
心痛の消えぬ彼らに、それでも声をかけずにはいられなかったのだ。
大門夫妻は黙って深々と、頭を下げた。今にも泣きそうになるのを必死に堪えているようだった。
(無意識に死を求める……か。昔の俺だな)
人波が途切れたのを見計らって翡翠 龍斗(
ja7594)は導子の元へ歩み寄った。
生気のない顔、死んだ魚のような目、力なく半開きになった唇。
自分は今の彼女しかしらないからまだしも、元の導子を知っている人には正視しかねる姿なのだろう。
ましてや、彼女の心が事件のその日に留まっているとなると、かける言葉がうまくまとまらない。
龍斗はふと、会場を見回して言った。
「誰かが望み、喜び、想う。そして、誰かが祝う。それだけで意味が生まれる。生きている事は無意味にはならない。……だから、今日来た奴らはお前の事を忘れないさ」
ぽん、ぽんと軽く頭を叩いてその場を後にする。
やはり、うまく言葉がまとまらなかった気がするが、それも致し方ないことだろう。
(まるで、少し前の自分を見ているようですね……)
雫(
ja1894)は内心溜息をついて、導子に淡々と話しかけた。
「……私は、あの時に全てを無くしました。けど、貴方は違う」
導子とて望んで心を閉ざしているのではないと、わかってはいても、
「貴方には、両親が友人がいる。でも、このままなら私と同じように、全てを無くしますよ」
心配し手を尽くしてくれる人がいることが、羨ましいような憎らしいような何とも表現できぬムカムカとしたものがこみ上げてくる。
見ているだけで不快な感情が呼び起こされるような気がして、雫は導子に背を向けた。
壁際から動けずにいた風早花音(
jb5890)は何度目とも知れぬ溜息をついた。
(本当はこんな場面に出くわしたくなかった。……あの時の感情がフラッシュバックしてしまうから)
こうしてみると、心に傷を負っている撃退士は少なくないことがわかる。
側にいてあげたいという気持ちはある。それでもいざとなると、足が竦んだ。
天魔に負わされた怪我が元で長く昏睡状態にあった自分と、心を閉ざし、すべてを拒む導子の姿が重なってしまうのだ。
「花音、大丈夫か?」
幼馴染みの御空 誓(
jb6197)の声に慌てて笑みを取り繕う。
「だ、大丈夫。ちょっと、思い出しちゃっただけ……」
何を、と言わなくてもわかってくれる彼が側にいてくれることを有り難いと思う。思うけれど、
「まあ、俺も色々思い出しちまったな。……花音が目の前で天魔に襲われたのに、何も出来なかった」
あの瞬間まで、天魔というものは別世界のものだった。話として聞いても実感がわかなかった。それさえも導子の境遇と重なってしまう。
花音はそっと、頭を振った。
そんなことない、と。
伝えたい想いは沢山あるけれど、今すべきことは。
「誓ちゃんがわたしにそうしてくれたように、あの頃の私を助けてあげる気持ちで向き合ってみる」
ようやく、導子の前に立つ勇気を持てた。
(本当はここにいるのも辛いけど……できるだけ側にいてあげよう)
ここで一旦導子は点滴の為に一旦退出することになった。
藤花と花音が付き添いで一緒に会場を後にした。
●休憩室
ベッドに横たえられ、成されるがまま点滴を受ける導子は痛々しいと表現するのがやっとだった。
看護師がてきぱきと処置するのを両親と、一葉と、藤花と花音がじっと見守っていた。
とはいえ、点滴とチューブを繋いでしまえばあとは液が落ちるのを待つだけである。
重苦しい沈黙に、一同はただただ耐え忍ぶことしかできない。
●幕間
「あー、どうすっかなー」
ぴょーんと悪魔っぽい触覚カチューシャをつけた真尋は頭を抱えていた。
それは真亜子や悠、陽子も同じである。
「イケると思ったんだけどなあ、メッセージビデオ……」
「あたしもー、友達になりきるつもりだったけど、完全に拒否られたー」
陽子の言葉に悠はまたしても溜息をついた。
「被害者が導子さんだけでなかったことを失念していた私達にも落ち度はありますけれど……」
説得次第では上手く事を運べたかもしれないと思うと悔やまれる。
「とりあえずっ、導子ちゃんのママには手料理を作ってもらうことはできたから!」
本当は付き添いに行きたかったのだが、二人までと山咲 一葉にやんわりと断られた。完全に出遅れである。
「考えていたことはできなかったけど、それぞれが伝えたいことを伝える、でいいのかもしれません」
悠が言うと、他の三人も渋面ながら頷いた。
楽しかったら笑ってもいいと。
あなたが元気にならないと、悲しむ人が沢山いるのだと。
ちゃんと生きて欲しいと。
自分から命を捨てないでと。
●再びパーティ会場
ヒツジさんは毎日泣いている。
宝物をなくして毎日泣いてすごしている。
悲しくて悲しくて、ぽろぽろぽろぽろ涙を流していました。
森の仲間たちは何とか元気づけようと、ヒツジさんの宝物を探して回りました。
あれから、これかな、こっちかな。
次々届けられる綺麗なものの中にも、ヒツジさんの宝物はありませんでした。
ある時、まわりがキラキラしていることに気付いて顔をあげると、仲間が集めてくれた宝物で、お家の中はいっぱいいっぱい輝いていました。
うれしいな、うれしいな。
ヒツジさんは元気になって、みんなにお礼を言いにいきました。
ヒツジさんもみんなも笑顔になりましたとさ。
おしまい。
夏木 夕乃(
ja9092)は両手に人形劇で使ったパペットをつけたまま、導子の元へ行った。
「ここにも泣いているヒツジさんがいるクマー。クマの宝物あげるクマー! ウサのおやつもあげるウサー!」
クマは虹色のビー玉を、ウサギはビスケットを導子に渡す。
夕乃はあくまでもパペットが喋っている風を貫き、クマとウサギのパペットから両頬にキスを送って、次の人に場を譲った。
「これも因果か……」
月詠 神削(
ja5265)は導子の誕生日の前日が、自分の誕生日である。
プレゼントについては既に両親に伝えてある。
(生きていてくれてありがとう)
その言葉を、改めて両親揃って贈って欲しいと。
天魔事件に限らず、事故や事件に巻き込まれ、犠牲が出てしまったのに生き残った人達は少なからず迷うから。
自分が助かって良かったのかと。
既に言っていたとしてももう一度。
誕生日という最高の機会に。
死神に扮した十三月 風架(
jb4108)はパーティ自体を満喫していた。
招かれたのは撃退士だけでなく、サーカス団のような賑やかし担当もおり、出てくる料理もハロウィンらしく実に凝っている。
湿った雰囲気ではとてもお祝いにはならないだろう。
「Trick or Treat♪」
言いながら悪戯ではなくお菓子を置いて去っていく。
(生きる希望だけは忘れないで欲しい。死神の弟子としても、ただの人間としても)
あまり刺激しないようにとの配慮だったが、導子はまったく反応を示さなかった。
鈴代 征治(
ja1305)はうーんと呻る。
事件の再現劇を行うつもりだったのだが、もう少し細かく、具体的にはどのシーンをどんな風に演出するのかを説明してくれなければ許可できないと依頼人に止められてしまったのだ。
確かに効果はあるかもしれないが、それならば慎重を期さなければならない。
わかっていたことではある。
だからこそやりたかったのだが、準備不足を指摘されると返す言葉がなかった。
せめてあと何人か、積極的に参加を示してくれれば結果は違ったかもしれないが、今更言っても仕方のないことだ。
「トリート・アンド・ハッピーバースディ」
魅依はぴょこぴょこと猫の耳と尻尾を動かしながら導子の前に立つ。
「これ、ハロウィンだからね? 明日になったら食べてにぇ?」
用意したのはフォーチュンクッキー。
おみくじには『大吉・ハッピーバースディ! これからはずっとずっと良い日でありますように!』と書いたのだが、果たして食べてくれるだろうか。
もっとじゃれついてあれこれ話したかったのだが、膝に乗ろうとした辺りで側にいた人々に止められた。いくら軽くても普段寝たきりの子にそれは無体というものだ。
「……どうか、今日は楽しい日になりますように」
ルル・ティアンシェ(
jb7741) は導子の通う学校の制服に似せた服装で、優しく微笑んだ。
音符を象ったクッキーを焼いてきたのだが、渡すタイミングを掴めずにいたのだ。
明るく振る舞い続けては来たが、相手が一切の反応を示さないのが想像以上に堪えていたが、他の女の子達と一緒に話題を絶やすことはしなかった。
(ダークサイドを見ちまったんだな……)
パーティが終盤にさしかかっても変化の表れない導子に、命図 泣留男(
jb4611)はつい溜息をついてしまった。
気を取り直して、吸血鬼の衣装を大仰に翻して歩き出した。
(元天使の俺が何を言っても、何の救いにもならねえだろうが……漆黒の闇に堕ちた奴を、伊達ワルは決して放置しないのさ)
仮装のコンセプトはブラックロックカジュアルの貴公子、とのことだ。
やや自己陶酔が強い気がしないでもないが、中々様になっている。
「こんばんは、お嬢さん」
メンナク(※通称)がプレゼントに選んだのは天使の羽をモチーフにした可愛らしい銀色のネックレスだ。目の細かい鎖がシャラシャラと涼やかな音を立てる。
「”絆”……これが伊達ワル最終奥義だ」
微笑みかけながら、首の後ろで金具を留めてやる。
「良く似合っているぞ」
もうひとつの贈り物は、導子を包む淡い光――ライトヒール。
例え何の意味も成さないとしても、できることをせずにはいられなかったのだ。
パーティ終盤になって音もなく現れたのは仮面をつけた道化だった。
ヒース(
jb7661)は恭しく一礼し、導子に歩み寄る。
『今の貴女の願いはなんですか?』
それは声ではなく、宙に浮かび上がった文字だった。
『今の貴女は死へと歩み続けているのと同じ。死の先に、亡くなった友人との再会を望みますか?』
浮かんでは消え、消えては浮かぶ『言葉』は彼女に届いているのかどうかわからない。
無音のメッセンジャーは手品のように次々と文字を繰った。
『それが貴女の願いならば、貴女の願いは叶わない。死の先には何もない。文字通り全てが終わるだけです。そして、貴女が死ねば亡くなった友人たちとの思い出も消えてなくなり、本当の意味で死んでしまう』
朽ちるのは体か、心か、思い出か。
『それが嫌ならば生きなさい。友人の為に。貴女自身の為に』
偶々人が途切れたのを見て、ギメは少女に向き合うことにした。
多くを語るでもなし、何かを贈るでもなし。
「休むがよい。遅うものはもうおらん。お主は良くやった」
たったひと言を伝えるためだけに。
「導子さん、聞こえているかな?」
ここまでの全てを見守ってきた鳳 静矢(
ja3856)はじっと、導子と目線を合わせようと努力してみても、そこにあるのはただの眼球で、何も映してはいないのだ。稀に目を開けたまま眠る人がいるが、それに似ているかも知れない。
よくよく観察すると瞼が持ち上げられているのではなく、頬の筋肉が衰えて勝手に目が開いている状態なのがわかる。
見えてはいない。
だから、その手を握ってみた。
血行が悪いのかあまり温かくはないが、生きている脈動は感じられる。
「……天魔に襲われて、とても怖くて……また、友人を目の前で亡くして、辛くて悲しくて、どう表現していいか解らないのではないかな? ……こういう時は泣いていいのだよ、導子さん。我慢することはないのだよ」
痩せ細った小さな手を、温めるように優しくさすった。
パーティも終わり、ちらほらと帰り始める人がいる中で、としおは導子の両親の元へと歩いていった。
白い封筒を両手で大切に持っている。
「これを、どうぞ」
受け取ってきょとんとする夫妻に、としおはにっこりと微笑みかけた。
「本当は導子さんにとお願いしたんですが、ご両親の方に渡して欲しいとのことでしたので」
愛娘を喪って間もない、導子の友人の両親に頼み込んで書いて貰った手紙だ。
諦めないで欲しいと、私達の娘の分も導子さんに生きてもらいたいと。
そんな励ましの内容であることを彼は知っていたが、大勢の前で読み上げるものではないだろうとこっそり渡したのである。
後で娘に読み聞かせることや親同士、何かしら話し合うことは予想に難くないが、ひとまず部外者ができるだけの橋渡しはできた。これからどうするかを決めて、必要があればまた声がかかることだろう。
スズランとスノードロップと、スペアミントの可愛らしい花束が導子の膝に置かれる。
「あんたは悪くない」
淡々とした言葉を添えて神凪 宗(
ja0435)は背を向けた。
友人の死を目の当たりにして、普通で居られるはずもなく。
撃退士であれば立ち向かうことで何とか克服しようと挑むこともできるかもしれない。だが、彼女はそうではないのだ。
けれど今のままでは何かしらの方法を見つけて恐怖に立ち向かうこともできない。
どうか立ち向かう勇気を持つために、そして支えてくれるであろう人々に希望を持ってもらうためにも、心を取り戻してもらいたかった。
パーティーそのものは成功したが、彼女の心は未だここに非ず――。
生々しい心の傷を目の当たりにした撃退士達は、それぞれに複雑な想いを抱いて――澄みゆく冬の星空に、白い息を零したのだった。