●犯行現場はどこに?
「うーん、おかしいです」
「地図だとこの辺りのはずなのですが……」
普段とは違う髪型・服装に身を包んだ逢染 シズク(
ja1624)と黒羽 倖(
ja0717)、有田 アリストテレス(
ja0647)、秋月 玄太郎(
ja3789)は犯行現場の立地やゲームセンター内の様子を見るために昼間から街へ繰り出して来たのだが、被害者の証言から得られた情報を元に絞られた区画にそれらしい建物が見当たらない。というよりも、その辺り一帯にゲームセンター自体がないのだ。
「証言が間違っているのか? 混乱してたとかさ」
「いや、そもそも『被害者がゲームセンターだと思いこんでいた』だけというのはあり得ないだろうか? 内装はゲームセンター、しかし今現在は営業していない。或いは、会員制などの不法営業……」
「ありえるかもしれませんね」
秋月の言葉に黒羽は頷き、逢染と有田は渋面になった。こうなると昼間に犯行現場を発見するのは困難になるからだ。
「ですが、昼間に見に来たのは正解でした。これで情報収集の仕方が大きく変わります」
「そうだな。ついでに大捕物になりそうな予感がするぜ」
言って、有田は変装用の伊達眼鏡を秋月に返した。秋月はごく自然な動作で伊達眼鏡を掛ける。
「卜部(
ja0256)たちに連絡して学園での調査を手伝ってくれ。俺はこのままこの辺りで聞き込みを続けることにする」
「基本方針はそのままですね。わかりました。お気を付けて」
「春塵(
ja2042)ほど危ない橋は渡らないさ」
苦笑して肩を竦めた秋月だった。
●協力者
現場の下見に赴いた一行からの連絡を受けて、卜部 紫亞とステラ・七星・G(
ja0523)は似顔絵や制服の盗難の他に、閉店になったゲームセンターがないかを調べることにした。似顔絵などと違ってこちらは生徒に聞き込みをすると簡単に判明した。
「あー、知ってる知ってる。急に閉店したんだよな」
「フツーのゲーセン。センスがちょっとズレてて、微妙なゲームが多かったから覚えてる」
「いや、こんな奴見たことないな」
似顔絵への反応はイマイチだったが、場所を特定することはできた。学園に戻って聞き込みをした三人も同程度の情報しか得られず、夕方を前に一旦食堂に集合することにした。早めの夕食である。
「制服の盗難届は何件か出ているようです。いずれにしろ、盗まれた側から犯人は割り出せませんし」
「やっぱり囮作戦で行くしかないでしょうか」
獅堂 遥(
ja0190)は慣れない化粧に手間取りながら不安そうに言う。同じように囮役の逢染 シズクは相手の正体が見えてこないことに苛立ちを覚えていた。
「玄太郎くんと春塵先輩から連絡がないのが気がかりです」
「電源を切っているようですしね」
「この似顔絵の男さえわかれば何とかなりそうなものなんだが」
うーんと全員が渋い顔をした時、黒羽の携帯がテーブルの上で音を立てた。
「あれ? 知らない番号? はい、もしもし……」
「あなたが黒羽 倖さんね」
「ひゃっ」
肩をぽんと叩かれた黒羽は身を竦めて後ろを振り返る。そこには同い年くらいの儀礼服を着た少女が立っていた。完全に気配を消していたため全員が驚いたように彼女を見た。
「こんばんは、風紀委員会の者です」
携帯電話を切るとさも当たり前のように彼女は一同と同席した。
「ふ、風紀委員会の方……?」
「はい。人手不足とは言え、何をしているんだと岸崎さんに叱られまして……」
「と、いうことは何か情報でも?」
少女は頷き、ポケットから二枚の写真を取り出した。
「ああ! 似顔絵の男!」
「久遠ヶ原に逃げ込んだ可能性が高いということで、本土から指名手配として、昨日回ってきたものです。罪状は誘拐、婦女暴行、詐欺、強盗など。彼らは二人組で、似顔絵の男が主犯格と見られていますが、アウル能力者ではない可能性が高く、逆に相棒のこの男には学園在校記録が見つかりました。故郷に帰省すると久遠ヶ原を出て行ったまま一年以上戻ってきていません。犯罪に従事していたものと思われます」
「さすが風紀委員会……と、言いたいところだが、そこまでわかるなら被害者が出る前に何とかならなかったのか?」
「面目次第ありません。ですが、年末年始で気の緩んだ生徒への暴行。見過ごすことはできません。改めてみなさんに捕縛協力をお願い申し上げます」
深々と頭を下げられた六人は顔を見合わせ、一斉に頷いたのだった。
「ここまできて手を引くわけにはいきませんよ」
「私たちにとっても他人事じゃありませんから!」
と、そこへ新たに電話がかかってきた。
「……春塵先輩からです」
●危険な男たち
時刻は少し遡る。
昼過ぎに情報交換をするため秋月と春塵はファーストフード店で待ち合わせていた。
「中々有力な情報が出てこないな。ゲーセンのオーナーに多額の借金があったことまではわかったが」
野菜ジュースのパックを掌でもてあそびながら春塵も頷く。
「なんか喉に魚の小骨がひっかかった感じで、音もすっきりしない」
「あまり気は進まないが、ハルたちを囮にしなければならないか……」
「でもこのままだと引っかかる可能性も低いんだよな」
ぼそぼそと小声で話していると、久遠ヶ原の制服を着た男子生徒が近寄ってきた。いかにもなチンピラ風だが、伊達眼鏡を外して目つきの悪い秋月と顔に薔薇の入れ墨を入れた春塵を見て明らかに動揺した様子だった。
「何か用? 今、音は虫の居所が悪いんだけど?」
ずいと歩み寄ってわざと不機嫌に言うと、男子生徒は気圧された様子で紙切れを差し出した。
「あ、あんたらに渡せって言われたんだ! おお俺はそれしか知らない!」
紙切れを押しつけて脱兎の如く逃げ出した様子を見て、二人はあれは事件に関係ない第三者だろうと失格の烙印を押す。チンピラ風ではあったがおそらく一般の生徒だ。
「えーと、我々に興味があるなら下記の場所まで来たれり?」
小さな地図には件のゲームセンターの場所が示されていた。
「どうやら本命が釣れたようだな」
「好都合だ。行ってやろうじゃないか」
二人は今回の事件に関して、腹の底から怒りを感じている。顔には出さないがそれは怒髪天を衝く激怒っぷりだった。
「実は、女の子たちを巻き込むのはあまり気が乗らないんだ」
「音も同感」
「可能なら隙を見て奴らを一網打尽にするってことでいいか?」
「了解〜」
念のため、と携帯電話の電源を切った二人は十二分に人を寄せ付けない危険なオーラを醸しだしながら呼び出しに応じたのだった。
ゲーセンの奥、リーダーの立ち位置にいたのは件の似顔絵の男だった。出口を塞ぐのは顔に傷のある強面の男だった。
秋月と春塵はあくまでも余裕を見せつける姿勢を貫いていたが、背後の男の存在に内心舌打ちをする思いだった。目の前の男はどうにでもなるが、背後の男が武器を所持し、また戦い慣れしているのがわかったからだ。
(どうやらただのチンピラじゃないようだ)
「僕たちを捜してたんだって? 目つきの悪い優男に、顔に入れ墨の男。何の用かな?」
「何の用? 人のシマで好き勝手やっておいて、随分な態度じゃないか」
「そうそう。ケジメってやつがあるだろう? 俺たちはアンタに誠意を見せてもらいたいだけなんだよ」
普段の知り合いが聞いたら耳を疑うほどドスの利いた声を出す二人に、似顔絵の男は片方の眉を跳ね上げて、楽しそうに笑った。
「そうか。それは悪いことをしたね。何しろ急いでたものだから」
「急いでたで済ませられる話だとでも?」
「済ませて欲しいね。ついでに仲間になってくれると嬉しいと思ってる」
意外な言葉に、だが二人は冷静を装い、秋月は足で椅子を寄せて座ると考えるそぶりを見せた。
「随分そちらに都合の良い話に聞こえるが?」
「金ならあるよ。久遠ヶ原の連中はみんなトシみたいに強いと思ったらそうでもないんだもんな。試しに二人雇ってみたけど全然ダメ。温室育ちの良い子ちゃんは井の中の蛙でさー」
フンと鼻を鳴らして秋月は春塵を見た。彼はわざとらしく欠伸をしてみせ、目を細めた。
「ちなみにアンタはどれくらいの金が出せるのさ?」
「手持ちは一千万以上。本土は金が稼げるんだよ。ただまあちょっと派手にやったら警察に目をつけられちゃってさ。少し骨休みに旅行してみたんだ。ちょっと興味もあったし。ちょっと遊び心が過ぎてキミたちに見つかっちゃったけどシマを荒らすような悪気は無かったんだよ」
はらわたが煮えくり返って今にも殴りかかりそうになるのを必死で自制しながら二人は笑った。嘲るようなせせら笑いだったが、より危険人物として印象づけることになったようだった。そのくらい二人の纏うオーラは尋常ではなかったのだ。
「アンタら、六人で動いてるって報告を受けたが、残りはどこだ?」
「一人はパシリ。後の三人は本日のイケニエを物色中。よかったら一緒にどう?」
どう、と男は訊ねているものの、相手を共犯に持ち込むまで帰す気はなさそうだ。なぜなら、
「まあキミたちに選択権はないけどね。僕と仲良く一緒にいるところをカメラが録画してるから」
一応考える頭はあるようだと考えながら春塵は口の端を歪めた。
「可愛い子を捜しているなら紹介してあげようか? 清純系で優等生の良い子ちゃんとかさ」
●お仕置きタイム
逢染 シズクと獅堂 遥は春塵に呼び出される形でゲームセンターへとやってきた。手を繋いで怯える様子を演出してはいるが、やはりこちらも内心怒りに燃えていた。
既に裏口は有田と黒羽が回り、入口から少し離れた場所で卜部とステラが突入に備えている。
「あ、あのう、春塵センパイ……?」
獅堂が声を震わせながら上目遣いに名前を呼ぶと、
「イイネ、キミ! すっごくイイ! あいつらの連れてくる女なんかと全然違うじゃん!」
いかにも気に入った様子で男は相好を崩して獅堂の肩を叩いたが、次の瞬間その腕は強く握られ身体は宙に浮いていた。一本背負いを受け身を取る暇もなく食らった男はげふっと呻いてコンクリートの床に倒れた。
と、その時ゴッゴッゴッと音を立てて卜部とステラがゲームセンター内に乱入してきた。音の正体は見張り担当の久遠ヶ原の生徒と思われる男子である。不意打ちを食らって既に目を回していた。
「な、なん……?」
「癒えない傷の分は痛感して貰います」
裏口から入ってきた有田と黒羽は呆れたように床に転がる男を見た。
「裏口に見張りなしだなんて隙だらけだな。テメーら、覚悟しやがれ!」
「学園に関わる総ての悪しきを正すが風紀の役目! 観念してください!」
彼らはきちんと数えていたのだ。見張りを含め犯人グループ全員がその場に集ったことを。
「この野郎!」
リーダーにトシと呼ばれた男が嘲笑う春塵に掴みかかろうとしたが、
「隙だらけです」
間に立っていた逢染の足払いを食らって頭からゲーム機の筐体に向かって突っ込んで行ってしまった。相手が呆気に取られている隙に有田は男二人の手を捻り上げる。
「おっと、あんたら能力者じゃねーな? 大人しくしてねえと、この腕もぎ取るぜ?」
撃退士と一般人の能力差を嫌と言うほど知っているのだろう。軽く脅しただけで二人はすくみ上がって使い物にならなくなった。
残るは一人、と全員が目を向けると彼は両手を挙げて座り込んだ。
「ひ、ひぃいいい! 殺さないでくれえ!」
その男の前に立ったステラは、冷ややかに呟いた。
「……殺しは、しない……しかるべきところに、引き渡す……」
●終わらない悪夢と
貴女を襲った暴漢はちゃんと捕まえました。
それで貴女の傷が癒えるとは思いませんが、貴女が法廷に立つ勇気が今後同じような被害者を生まない未来に繋がります。
今回、音は暴漢側に潜入しました。そこでの暴漢達のやり取りを法廷で証言することもあると思います。
一緒に法廷に立ちますから。
だから頑張ろう?
励ましの手紙と見舞いの花。
被害者を順に回る秋月と春塵の後ろを歩きながら、有田はしみじみと思う。
(もしかしてこういうことって、同性の方が被害者に厳しいのかもしれん……)
文字通り卜部と黒羽はあんな連中に付いていく方も付いて行く方だと切り捨てたし、残りの三人もあえて否定はしなかった。そして見舞いにも同行はせず、報告の方に回ったのである。
改めて風紀委員会に報告をしに逢染と獅堂が本部に訪れると、そこには思いも寄らぬ人物が先客として訪れていた。彼は彼女たちにすぐに気がつき、眼鏡を指で直し、すっ、と頭を下げた。
「素早い検挙、見事だった。感謝する」
「え、もしかして……」
彼は顔を上げると僅かに微笑んだ。
「俺が岸崎蔵人(jz0010)だ。今回の件ではすぐに動くことができず、鉢をそちらに回すことになって申し訳ない」
「は、初めまして。逢染です」
「獅堂です。岸崎さん、今度は貴方が彼らを罰し、被害者の苦痛を解く番だと思います」
その言葉をどう受け止めたのか、岸崎は少し押し黙り、生真面目に答えた。
「彼らを裁くのは俺ではなく、この国の法だ。無論、できる限りのことはさせてもらう。それこそが俺の役割だろう」
その様子を見て、
(真面目な人なんだな)
と、誰もが思った。
一方その頃、残りの三名と言えば。
食堂でデカ盛パフェと格闘するステラと、優雅に紅茶を飲む卜部の横で黒羽は門限破りへ罰則強化や繁華街での巡回等山の様な提案書を一心不乱に作成しているのであった。
「この学園は少し緩すぎるくらいだし 、一から学生の有るべき姿を……」
横の二人がそれを聞いているかどうかは、さだかではない。