「本日はお忙しい中お集まり頂き――」
後にして思えば、どう考えてもまともでない依頼の始まりの挨拶がまともすぎたことが、不吉極まりなかったのだ。
どうしてこうなった、とほぼ全員が頭を抱えることになるのだが……まあそれは追々わかるだろう。
参加者の内訳はカップルが3組と、女友達が1組、ぼっちが1名である。
正直1人でいるのは寂しいけれどカップルに混ざれるわけもなく、自然と女3人固まって座ったわけだが、さて、どうなることやら。
●被験者・栗原 ひなこ(
ja3001)
「……いやいや、怪し過ぎるでしょこの薬……」
彼女であるひなこに連れてきた如月 敦志(
ja0941)は説明の段階から苦笑しっぱなしだった。
当然の反応である。
「試験薬の実験って何かいいネタになりそうだよねー♪」
言いながらもチラッチラッと期待の眼差しのひなこ。
しかし現時点では素面()の為、取材という名目に忠実に、撮影機材に不慣れで悪戦苦闘している白衣の女性のところへ行って手伝いを名乗り出る。
放送部は伊達ではない。
「はっ」
あえて驚きを声にしてみる。
ファインダーを向けた先では早速試験薬の効果が現れていた。
(わわっ? あの薬って本当に本物だったんだ!?)
思わず赤面した彼女が何を見たのかは後述するとして。
他の参加者を撮影している場合ではない。
これは是非彼氏に飲ませて本音を聞いてみちゃったりなんかしてキャー。
嬉し恥ずかし心臓がドキバクの展開が待っているに違いなかった。
「敦志くん、敦志くん! 喉渇かないかな? ジュースあるよ?」
「ん、丁度喉が渇いてたんだよね、ほら、かんぱーい♪」
グラスが軽い音を立て、中の液体が小さな波を作る。
敦志は気負う様子なく一気に飲み干す。
慌ててひなこもジュースを喉に流し込む。
期待のこもった熱い眼差しに、敦志はただただ苦笑していた。
「……はわ?」
妙な声を発したのはひなこの方だった。
何と敦志はさりげなく手品の応用でグラスをすり替えていたのだ!
他の参加者の様子を見てついやっちゃったんだ!
(あれえ? なんかふわふわする……?)
頭で考えるより先に敦志の手を両手で包み込むように持ち、頬にすり寄せる。
この上なく愛しい大きな手だ。
猫がすり寄るように、自然な動作で男の胸に身体を寄せる。
「えへへへ、敦志くん大好きぃ〜」
ぎゅー、と抱きつかれた彼氏の方がぎょっとした。
「な、なるほど。これは、確かに凄い効き目だな?」
照れ屋で人目を気にする彼女がこんなに堂々と素直に甘えてくるなんて天変地異の前触れのようだ。
いや、悪い意味ではなく。
普段のそうした自制心の効いていてもひなこのことが好きだから彼氏なのである。
「ねえねえ、敦志くん。あたしのこと好き〜?」
ふにゃら、と人目も憚らず尋ねてくる様子に逆に心配になった。
制作者である女性に意図的か偶然の産物かを尋ねようと、その姿を探そうとして、柔らかい手が両頬を捕まえてきた。
そこは女性とはいえ撃退士の腕力である。
正直ダアトがアスヴァンに物理で勝てるとは思えnnn
「あたしと一緒にいるのに他のこと考えるなんて、やっぱりあたしのこと好きじゃないんだ」
「え!? いや、そりゃ好きだけど。なんかお前がこんな素直になるなんて、なんか身体に悪いんじゃないかと……」
「だって敦志くんのことが好きなんだもん。好きだから独り占めしたいんだもん!」
完全にだだっ子である。
「敦志くんも飲も〜? 敦志くんの本音も聞きたい〜!」
注・この薬は効果が切れても記憶から消えるものではありません。夢オチでもありません。
冷静に戻った後のことが心配ながらも、彼女がこうして甘えてくれるというのは男として決して気分の悪いものではない。むしろちょっとした役得である。
何しろ説明が真実ならば、彼女のこの態度は本心から来るものなのだから。
ねえ、ねえと迫られて致し方なくグラスを手に取る。
騙すように薬を飲ませてしまったという罪悪感もあるし、しぶしぶ飲んでみる。
「……」
少々ふわっとした感じはするが、特に何が変わったとも思えない。
プレ→元からツンでないため特に変化せず。
孔明の罠か。
「んー幸せぇエヘヘ♪」
一応、別の組も見てみようか。
●被験者・夏野 雪(
ja6883)
重体中の身でも彼女の可愛い姿を見るために、病院から脱走して参加したってアナタ。
言い訳のしようがないくらいデキゴコロ満載ですね。
翡翠 龍斗(
ja7594)の彼女、雪は感情表現が苦手でいつもは淡々とした話し方をするのであるが、この薬を飲んだらどうなってしまうのか。
薬を溶かしたジュースを飲んだ瞬間、彼女の脳は謎の体験をした。
気が遠くなるような、頭がハッキリしたような、体がふわふわしているような、胸が熱くて凍えるような不思議な衝動だ。
(わけがわからない。こんなのぜったいおかしいよ)
震えた手からグラスが床に落ちて割れ、床にジュースが飛び散るがもはやそんなことに構っていられなかった。
雪の中で今、意味を持つのはただひとつのことだけ。
「大好きッ! りゅーとサマ!!」
デレた勢いで抱きつき、嗚呼ドウシタコトカ重体中の龍斗は受け止めきれずに押し倒されてしまった。
中々景気の良い音を立てて椅子もろとも床に崩れ落ちた。
それで止まるか? 否、止まるわけがない。
「好き、大好きです龍斗さま。あぁっ、言葉で言い表せないほどに! でもでも、言いたい、伝えたい!」
その光景は、大型犬が興奮して主人を押し倒すの図に似ていた。
しかし彼と彼女は人間であり恋人同士であるからにして。
ここまでを目の当たりにしたひなこが撮影どころじゃないと慌てたのもまあ無理はない。
……うんでもそろそろ放してあげないと額からだらだら血が、
「邪魔をしないで下さい! それ以上龍斗さまに近づくな下郎!叩き潰すぞ!」
うそん、こっちにお鉢が回ってくるなんて。
おそらく今の彼女には「」外の文章もト書きの如く見えているに違いない。
だがこのままでは彼が死んでしまうがよしわかった。これコメディだし復活の呪文唱えたらきっと何とかなるよ! 復活の呪文というか愛の魔法といったらあれしかないだろう。
KISS★
コンナトコロ デ シンデシマウ トハ ナサケナイゾ リュート
魔法の効果があったかはわからないがとにもかくにも意識は取り戻した。ちょっと三途の川が見えた気がしないでもないが戻ってきた。
「ゆ、雪ってデレるとこうなるのか……珍しいというか、この状態も可愛いからデジカメに収めておこう」
いいんだ。アリなんだ。
何回かデジカメのシャッターを切った後、龍斗はおもむろに雪を抱きしめた。額をこつんと合わせて髪を撫でる。
「やっぱり雪は可愛いな」
天然デレの人がここにも。
臥竜鳳雛揃ったとか。あの、たぶん死にそうな人がこっち()
雪はなおも言い募る。
「龍斗さまは私の最愛の人、唯一の人。私の全てを捧げてもなお足りない人……この気持ちを伝えたいのにっどうしたらいいかわからなんてそんなことがあっていいのだろうか。いや、ない! 断じてあってはいけない!」
謎の感動が龍斗を包み込んでいた。
普段の淡々とした仕草と、感情の起伏が激しい彼女とのギャップに打ち震えていた。目に入れても痛くないほどの可愛さらしいが、あれ、表現間違ってるかな。
「スノウドロップ! いつもいつも貴方ばかりずるいのです!」
何事かと思えば改めて彼の頭にしがみついた猫だった。名前探しに走ッアー
「今日という今日は龍斗さまの膝だって指の一本だって譲りませんから!」
軽い焼き餅だって薬の効果で傲慢なくらい前面押し出し。
「さあ、いきましょうりゅうとさま。え? どこって? そんなのりゅうとさまのいえにきまってるじゃないですか!」
段々ろれつが回らなくなってきたが重体中の人が常に盾を担いでいるアスヴァンに敵うわけもなく。
リュウト ハ オモチカエリ サレマシタ
まあそろそろ薬の効果も切れて病院に逆戻りと信じよう。うん、信じた!
●被験者・メフィス・ロットハール(
ja7041)
「来てみた、が……一体なにがあるんだ、メフィス?」
あ、説明すらまったく聞くことが許されなかった人も。
アスハ・ロットハール(
ja8432)は妻に強制連行されての参加だ。
面白いものが見られるから、という話だったのだがどうにも雲行きが怪しい。
そしてジュースに薬を入れるまでは良かったのだが、鳴った携帯に気を取られている間に、おやあ? グラスの位置が変わって……あれ、どっちが薬入りだっけ?
とりあえず飲んでみればわかるだろう!
ってことで、二人とも飲んでみた。アスハは半ば強引に勧められて、だが。
効果が現れたのは……メフィスの方だった。
「あ、あらぁ?」
ふらふらと視線を彷徨わせれば、愛しい夫がそこにいた。側にいるのであれば膝に乗って抱きつくくらいせねばなるまい。
「うふふ、アスハぁ〜」
まさしくマタタビを得た猫の如くすり寄って甘えるその様子に、ただごとではないと気付く。気付かないわけがない。
だって彼の渾名は恐妻家。
その恐妻が、いつもの強気とは裏腹に素直に甘えてくるのだ。
夢じゃないか、と思って自分の頬をつねってみると、痛い。夢じゃない。
「メフィス、一体……」
何を飲んだんだ、と問おうとして唇を奪われる。
なんだろう、この新鮮な行動。
ふとカメラが向けられていることに気付いて止めようかとも思ったのだが、こんな姿なんて今後あるかわからないからと後でデータを焼いて貰おうと考えてされるがまま妻の愛を受けていた。
恐妻家ではあるが、何よりも愛妻家なのだ。
まあ。
デレるだけで済めばそれもよかったのだろうが、彼女は段々夫が重体で帰ってくることを愚痴愚痴と責め始めた。
「いつもあなたが怪我をして帰ってくるたびに、どれだけ心配してると思ってるのよ。次は死んじゃうんじゃないとか本当に気が気でないんだから!」
仕舞いにはツヴァイハンダーFEを取り出して、ひた、とアスハの足に切っ先を添えて危うげな笑みを浮かべた。
「そうよ、依頼に行かなければ死なないのよね。行けないようになれば、死なないわよね?」
「おい、メフィス……」
「大丈夫。手足の二、三本じゃ死なないわよ、きっと。うふふ、どうしてもっと早くにこうしなかったのかしら」
恐いです。
しかしアスハは妻のその狂気ともとれる愛の告白に、喜びに打ち震えていた。
嬉しいんかい!(全力ツッコミ)
この夫婦も中々どうして、尋常ではない。
●被験者・ソーニャ(
jb2649)、華愛(
jb6708)
「モルモt……被験体、なのです……?」
華愛は首を傾げ、
「薬の実験? 友達ができるの?」
ソーニャは実験なら恥ずかしい事になっても他の人には知られないんだよね、と期待半分恐怖半分で、せーのと息を合わせてジュースを飲んだ。
うん、飲んだ。
そこには詳細なデータを取ろうとメモを片手にした最中もいた。
「ふにゃぁ〜ん……」
先に効果が現れたのはソーニャの方だった。
なぜかぽろぽろと涙を零しながら最中の頬を猫さながらにぺろりと舐めた。
あろうことか白衣を脱がせにかかった。
「ちょ、ちょっと私は観察者でっ」
ぼーっとしていた華愛はその声に釣られるようにして見、最中に背後から抱きついた。
「最中さまぁ」
「そーにゃんとひとつになりましょう〜」
NPC、逃げ場なし。
詳細を書くと、なんだ。あれだ。蔵倫とやらに引っかかるから書けないが、憐れ科学者はキス魔二人の手に落ちた()
「は、華愛ちゃん」
付き添いで参加した満月 美華(
jb6831)もびっくりの豹変っぷりである。
というかもう、近くにいただけでアウトです。一応、止めようとはしたのでありますが。
「ちゅー、のです……」
口移しで薬を飲ませるとかもうなんて小悪魔!
「ねえ、たすけて。ボクの心が壊れちゃう。虚無がボクを呑み込むの」
とりあえず、脱がないで下さい。脱がせないで下さい。
金髪と銀髪のロリっ娘のくんずほぐれずなんて存在を抹消されてしまうので脱兎。
そんな中、薬の効いてきた科学者はやけくそに叫んだ。
「あいうぉんちゅーらぁああああぶ!!!」
三十路を過ぎた女の、悲痛な叫びだった。
●効果が切れました
「うー頭痛いぃ……」
未成年だからさすがに経験はないだろうが、二日酔いは結構堪えるものだ。
「いやいや、普段見れないひなこの姿が見れて今回はありがたかったな」
敦志はなでなでと彼女の頭を撫でるのだが、
「やだ、もー忘れて! 穴があったら入りたい!」
顔を真っ赤にして恥じらう姿もまた良ギャー
「二日酔いっぽくなるらしいが、大丈夫か? ……て、ありゃあ、寝ちまったか」
精神が限界を向かえたので気絶かもしれないが、まあとりあえず可愛いので寮まで送り届けます。他の野郎に可愛い寝顔なんてチラっとも見せたくないし。
「いやあ! もう無理、無理! 全部なかったことにしてやるー!」
物騒なことを言って剣を振り回すのはメフィス。
やっぱり己の行動が耐え難かったらしい。が、自分の声が非常に良く頭に響いて頭がガンガンした。
「せめて、カメラと……アスハぁあああ!」
愛とは耐えるもnはい物理的記憶削除入りましたー。
でも実は忘れたフリだったりして。
覚えているのは自分だけでいいから、とかすいませんやっぱり天然デレでした()
カメラが壊された事で喜んだ人もいる。
「よかった……よかったなのです……」
着崩れた和服を必死にかき寄せて震えている。
その横でぼーっとしているソーニャがいた。
(よく覚えてないけど……あれは薬の錯覚? 本当の心? ボクが欲しいのは友達や恋人ではなく……心そのもの?)
人はそれを愛と呼ぶのかもしれないが。
「少し休みましょ……」
ぐったりと、美華は最中の肩を叩いたのだった。
……あ。
途中退室した雪と龍斗は、まあ結論として、雪はただの屍になって龍斗に介抱され、そして脱走がばれた龍斗は病院に逆戻りしたとかしなかったとか。
実験経過報告:
男性は女性に甘えられたい欲望があるのか、今実験では男性のデータが取れずに終わった。
次は女性が得をするようなものに改良して挑みたいものである。
……え、やるの?