「確かに何とも危うい感じだな、マリアって子は」
千葉 真一(
ja0070)のしみじみと呟きは全員の気持ちを表すものだった。
「百聞は一見に如かずってね♪」
ひゅっと愛刀を抜いた雀原 麦子(
ja1553)は肩慣らしという感じで二、三度刃で宵闇を切る。
「ああ。何とか誤解を解いて、将来の頼れる仲間になって貰いたいしな」
今回は二人一組、それぞれに役割と意味がある。
決して失敗は許されない。
真一と麦子はほぼ同時に標的を見つけると、それへ向かって駆け出した。
「サーヴァントを発見、戦闘開始を開始する――」
彼らはまず、マリアや住民に疑問を持たれた撃退士への信頼を回復する行動を取ることにした。
重要なのは口頭での論議ではない。
信ずるに値するだけの実力があると証明することだ。
正しく百聞は一見にしかずだが、狙いは他にもある。
「どうやら一人で戦うことの危険性を理解していないように見える。それが分かってからでは遅いというのに」
猿(
jb5688)は京劇の猿の面の下で呟く。
撃退士としての在り方を行動で示す。何を思うかは見た者に委ねる。それが猿の意見だった。
一方キイ・ローランド(
jb5908)は、ほぼ同い年の少女の行動に思う所がかなりあった。
(命を賭して戦うことは尊い事だけど、無駄遣いするのはただの愚か者だよ)
命は簡単に捨てていいものではないのに、と。
それは同時に、少女を取り巻く人々への怒りも含まれていた。いくら戦う能力があるとはいえ、良識ある大人なら止めて然るべきだと。
一人で戦うことがいかに危険か、仲間がいることがいかに心強く、そして効率よく策を持てるかを目の当たりにさせるべく連絡を密に取りながら動いていた。
まずは夜の街を徘徊するサーバントの撃退……殲滅ではなく、撃退。意図的に数を減らし、残ったサーバントを尾行して森へ向かう。そういう手筈を整えるつもりだった。
「千葉・雀原一班、戦闘開始。猿・キイ二班、目撃地点に移動中」
移ろう状況を事務的にまとめる暮居 凪(
ja0503)の言葉を受けて、桐原 雅(
ja1822)は目の前の自治会長に軽く頭を下げた。
「情報提供、ありがとう」
「いえ、私共の町のことですから」
想定していたよりも協力的な反応だ。
凪は返答が得られると考えて尋ねる。
「瑪瑙マリアさんをご存じですか?」
「勿論。近所なので昔から知っています」
「では彼女がいつ頃、撃退士としての能力に目覚めたかわかりますか?」
適性検査は全国で行われている。天魔に対抗する人材が足りていない証拠だが、
「いくら田舎でも一応実施してますよ。ただ、該当者はいなかったはずなのですが」
その答えに、二人は顔を見合わせる。
あえて不参加だったという可能性もあるが、能力に目覚めたのが最近という線も出てきた。得た情報を速やかに共有する。特に、マリアへの説得を試みる二人には詳細に伝える。
雅は情報の統括と全体の指揮を担っている。凪はそのサポートだ。
「瑪瑙さん用に武器防具を持ってきたから、見つけたら一度ボクのところまで来て」
了解、と通信機の向こうから返事が返ってきた。
「考えることは同じ、かな」
葛山 帆乃夏(
jb6152)は苦笑しつつ、持参したカーディガンの入った鞄に手を添える。久遠ヶ原学園で売っているカーディガンは防御力に不安はあるものの、天魔の攻撃を和らげる特殊な性質がある。外で売られている唯の衣服とは異なるが、雅の持ってきた物の方が能力的にも高いのでそちらを借りた方がいいと思われた。
(慎重になるのも分かるけど、2回の派遣で解決されなかったことで俺達を疑う住民の気持ちもわかるなぁ)
行動を共にする日下部 司(
jb5638)は人気のない道で人を探しながら嘆息する。
まだ夕方と言っても差し支えのない時刻なのに完全に人がいない。スーパーもコンビニもとっくに営業終了しており、人々は家に籠もっているらしい。
人を襲ってはいないが、行動を支配されている感じは否めない。
「サーバントが徐々に増えて人を襲わないなんて珍しい状態だよね……おかしいって思ってる人は居ないのかな」
「確かに異常ですよね」
残念ながら電車は通っておらず、バス停がぽつぽつとある程度だが、どれも夕方以降の運行を取りやめていた。
他に人がいる場所を考えるが、この様子では民家を直接訪ねた方が早いかもしれないと思った時、視界に炎を纏った獣が映った。
「こちら三班、サーバント発見……」
帆乃夏が指示を仰ごうとした時、司がそっと耳打ちした。
「誰かがこっちを見てる。たぶん、彼女だ」
これだけ徹底的に人が身を潜めた街で、自分達以外の誰かが様子を窺っているのであれば、それはマリア以外の何者でもないだろう。
「桐原さん、マリアちゃんが近くにいるみたい。どうしよう?」
『撃退士の戦い方を見せて、興味を惹いて。そのまま話し合いに持ち込みたい』
「了解」
目の前のサーバントを速やかに倒して本題に移らなければならない。
帆乃夏は刀を、司は槍を構える。
視界内とはいえ、攻撃されない限り警戒もしない相手だ。事前の調査情報があったので躊躇わずに間合いを詰める。
「はっ」
いつも以上に気合いを込めた司の槍が黒い犬の胴を貫くのとほぼ同時に、帆乃夏の刀が首を刎ねた。断末魔を上げる暇もなくサーバントは燃え尽きた煤のように夜の闇に溶けて消え去った。あまりにも手応えのない敵に一瞬眉を顰めたものの、背後に現れた気配に、動じずに振り返る。
「瑪瑙マリア、さん?」
幼さの残る顔立ちの、どこにでもいそうな少女は……どこかやつれた様相で、目の下にくっきりと隈のある疲れた表情をしていた。気力だけで立っているのが手に取るようにわかった。
「撃退士……」
瞳もどこか虚ろで、声に力がない。帆乃夏はふらつくマリアを支えて、指揮班の指示を仰いだ。共に戦うよりも先に安全な場所で休ませる必要があるのは明らかだった。
一人で戦い続けるのは辛い。
誰かに代わることもできなければ、夜になると天魔が街を徘徊する。昨日人を襲わなかったから今日も襲わないという証拠はない。昼間でも一匹二匹街中に出てくることがある。
学校へ行くことも満足に眠ることもできなくなて、限界なのは自分でもわかっていた。
わかっていても、他に頼れる人がいないのだ。
ぼんやりとした思考で目を瞬いて、眠っていたことに気が付いたマリアはがばっと身を起こした。
「朝……!?」
旅館だろうか。見知らぬ部屋で布団に寝かされていたのだ。窓の外はすっかり明るくなっている。
「あ、おはよう」
声をかけてきたのは少し年上に見える、槍を使っていた少年だ。
「俺は日下部司。久遠ヶ原の撃退士だ」
「そして私は葛山帆乃夏。同じく撃退士だよ」
女の声に振り返ると、刀を使っていた人がいた。布団から起き上がるところを見ると、声に気が付いて目を覚ましたらしい。夜に見たままの服で、仮眠だったのだろうと想像はついた。
「雅さんに報せてくる」
司は立ち上がって部屋を出て行く。
残った帆乃夏はマリアをじっと見つめ、疑問を口にする。
「ねぇ、君は怖くないの?」
「え?」
「死ぬかと思うと私は怖いよ。死んじゃったら、私が守りたいと思ったものまで守れなくなっちゃうもの」
沈黙は、肯定と同じ。
帆乃夏はその答えにふっ、と柔らかく微笑んだ。話が通じない相手ではない。むしろ言いたいことを理解して俯く姿は、力に溺れているわけでも使命感に酔っているわけでもなさそうだった。
「君がその才能に気付いたのはいつなのかな。私はちょっとお父さんと喧嘩したときにさ……ふふ、格好悪いけどね」
守りたいものがあるから強くなろうとするのはわかる。ただ、一人で背負い込もうとするそのきっかけは、そもそも自身の能力に気付いたきっかけは何なのか。
素直に答えるかは賭けだったが、意外にもマリアはあっさりと吐露した。
「今年の、春かな。最初はわけがわからなかった」
「誰かに相談とかは?」
「してない。……親は離婚するんだって。でも私は嫌。家族が離れ離れになるのも……この町を出て行くのも」
廊下で話を聞いていた雅は、彼女の言いたいことに気付いて扉を開いた。
「つまり、キミはその能力が役に立つとアピールして両親を引き留めようとしたのか」
突然の言葉にマリアは目を見開く。
「このまま戦い続けたら、キミは遠からず命を落とす事になるよ。それでも満足なの?」
「……ジャンヌ・ダルクは」
ぽつり、と呟く。
「ジャンヌ・ダルクは自分を信じてた人達に殺された。だから」
死を覚悟した薄笑いは、濃厚な諦めを含んでいる。
「町を守るっていう気概は好ましいけど、このままって訳にはいかないよね。殉教者じゃなくてヒーローを目指そうよ」
「え」
「ボクらとキミの差は、才能なんかじゃない。正しい知識と修練、そして一緒に戦う仲間が居るかどうかの違いでしかないんだよ。少なくとも、この町の問題はキミだけが背負うべきものではない」
疲れ切って倒れた時、手を差し伸べたのは町の住民ではなく撃退士であったように。
少しずつ歯車が噛み合わなくなってきたのだ。
期待されれば、応える。
マリアはそうすることで必要とされることを求めてきた。
「熱いけれど、冷たい火ね――貴女の炎は近くに焼くものが無くなれば、次は何を燃やすのかしら?」
雅の後ろに立った凪が冷淡に現実をつきつける。
必要とされなくなったら、一体どうするのかと。
「貴女が眠っている間に、町に出てきたサーヴァントの殆どは倒したわ。これから森へ行って最後の仕上げよ」
情報と指揮系統をはっきりさせた撃退士達は今までとは違い、確かな成果を挙げていた。
スタスタと遠慮無くマリアに歩み寄った雅は、その肩に白いコートをふわりと掛けた。
「キミもこの二人と一緒に行ってくれるかな?」
「私、が?」
「ボクらの仲間が既に森に向かっている。撃退士がどんなものか、その目で確かめてごらん」
帆乃夏は頷いて手を差し出した。
「少しの間、この町を私達に任せて久遠ヶ原で学ぶことを視野にいれてもいいと思うよ。そうすればもっと沢山のものを守れるようになるし、不確かな情報に惑わされることもなくなる」
その説得がどう響いたかはわからないが、マリアは帆乃夏の手を取った。
三人を見送って、凪は一人呟く。
「しかし、妙ね。この状況なら……使徒がいてもおかしくはないでしょうけれど。会わないで済むのなら、それが一番ね」
もっともだと、雅は頷いて森へ先行している仲間に連絡を取るのだった。
「お、マリアは司達と一緒に来てくれるのか」
「不安がひとつ減ったわね」
真一と麦子は顔を見合わせて微笑んだ。
「それにしても……森の中に半端なゲートでも開いてるのかしらね?」
サーヴァントがなぜ森に集うのかがわからない。
群を成しているわけではないのに、示し合わせたように戻っていく。不思議な現象だった。
「報告よりも結構数がいたしな」
「強くはないけど鬱陶しかったわね。あと、倒した数がイーブンだから、決着はこれから」
状況を把握するためにカウントしていた数は、二人だけでも報告の倍に上っていた。キイと猿の分も乗算すると増殖と言っていいくらい劇的に増えている。
(戦いで重要なことは早々と敵を打ち倒すことじゃない。例え余計な手間だろうとも、相手が取るに足らない雑魚だろうとも一切の油断をせず万全を期すこと、それが肝要だ)
間引くつもりで油断していたら想定外の数に疲れ切っていたかもしれない。猿の忠告に従ったキイも驚いていた。
(これは、マリアちゃんが焦るのも当然かも)
森へ戻る個体を追跡して来た二人は木の陰から様子を窺っていたが、突然大きく身を震わせたサーヴァントに身構える。だが攻撃的になったわけではないらしい。
「え……」
まだ凶暴化した方が驚かなかったかも知れない。
サーヴァントは次の瞬間、ふたつに分裂していた。
(数が増えるって、こういうこと!?)
一体が二体に、二体が四体に、四体が八体に。
おそらくそんな風に増えていったのだろうと予測がつく。
「ちまちま数を削っても元に戻るということか」
「一体でも残したら元通り? すぐに伝えないと」
元より殲滅するつもりだったが、捨て置けない事態だった。
「これまでの増え方からすると、分裂頻度はそう高くないだろうが厄介な能力だな」
猿は苦無を構えつつ、仮面の下で舌打ちしたのだった。
交替で小休止を挟みつつも、念には念を入れての戦闘に撃退士達は明け暮れることとなった。
マリアを加えてもたった九人――されど九人。
一人で身を削っていた日々とは違い、戦いに余裕があった。
サーヴァントを一掃した後、彼らは各々マリアに声を掛けていった。
「久遠ヶ原に一度来てみない?そこで実際に見聞きして町に戻るか撃退士になる道を選ぶか決めても遅くないと思うよ」
強制するわけではないと司は言う。
「これまで町を護ってくれてありがとな!」
真一の裏表のないそのひと言に、マリアはぽろりと涙を零した。
今まで、どれだけ頑張っても誰も礼など言ってくれなかったのだ。
当たり前と言わんばかりに任せきりで。
彼女が久遠ヶ原の門を叩くのは、この事件の少し後のことである。
陰で成り行きを見届けていた『モノ』はつまらなさそうに溜息をついた。
――あれだけの気概と献身の心があれば良い同志になっただろうに、と。
済んでしまったことは仕方がない。ソレは最初からいなかったのと同じように姿を消した。